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菩薩行に関する密教ブログ

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感涙

私は今日、感動に涙しました。

以前から仏具師さんにお願いし、現在製作中の宇賀神様と聖天尊様の八角厨子の完成を前に、ある方から、二尊の厨子の製作費用に充てて下さいと多額の寄進を頂戴致しました。

正に、菩薩行。
其の方の事を書きたいのですが、ご迷惑をお掛けしてはいけないので伏せ置きます。
私は、有難さに涙しました。
実は、資金が困窮して居たのです。

誰にも言わず、老骨に鞭打ち働いて居りますが、中々、資金には到達出来ずに居た矢先の出来事。
有難さに、ただ涙です。

私は、確信します。
私の信仰は、正しかったと。

お金だけの事では、ありません。
何故ならば、私は資金が困窮して居る事を誰にも告げて居なかったのです。

私は幼い頃から貧しさを味わい、貧しい事は苦になりません。

しかし、老仏具師さんの温かい心に支えられて製作して頂いて居ります。
仏具師さんも金具にもこだわり、金具も彫金師に注文をして下さったので、必ずや素晴らしい八角厨子に成る事でしょう。

全ては、御仏のお計らいと感涙する毎日で御座います。

菩薩行

私は、東京で生まれ育った浅草の街が大好きで、浅草寺の境内は私も遊び場であった。
昭和三十年代は、未だ貧しさに溢れていた。
戦傷兵《傷痍軍人》が片足で街角に立ちハーモニカを吹き、僅かなお金を貰い、その日を生きていた。
浅草寺の境内には、乞食《ホームレス》が溢れて居りました。

その中でも、端に一人で静かに座って居る老婆が何故か気になりパンを買って老婆に声をかけパンを差し出しました。
老婆は、喜びましたが、食べません。子供だった私は、訳を聴きました、老婆は、ゆっくり話してくれました。

坊ちゃんありがとう、このパンは後で三人で食べるよ《老婆の周りには、誰も居ない》。
おばあちゃん周りには、誰も居ないよ、と言うと、息子とお父さんは、此処に居るよと言い、防空頭巾で作った袋を出して言いました。
その袋の中身は、息子さんとご主人の遺骨が入って居たのです。

おばあちゃんは、語りました。あの戦争は、地獄だった、多くの罪も無い人が虫ケラのように殺され
老婆の息子さんとご主人は、老婆の目の前で、焼夷弾の直撃を受け
息子さんをかばいお父さんも黒焦げに成り、果てました。

お婆さんは、言いました。自分で死ぬのは、簡単な事。
死んだ家族の分まで自分は、一緒に生きると。
どんなに恥ずかしくても、雨に濡れ、泥にまみれて道端で寝ても、何時も三人で居られる。
いつか観音さまが迎えに来てくれるまで、三人で生きて行くとあの日、決めたんだよと言う老婆の眼には、涙が溢れて居りました。


生きるとは、ある意味、過酷ですしかし、生きる事に意味があるのです。
この世に生まれ、滅せぬものは、ありません。
なれば滅するその日まで、精一杯に生きる事こそ、勤めであり、御役目だと私は、信じます。

尊厳

様々に尊厳について語られておりますが、本当の意味で尊厳を考える時、最近の考えかたは自己主張になっては、いないでしょうか?

自己の尊厳だけではなく、相手の尊厳を認め尊重する事によって自分の尊厳をも認められます。

自己主張に固執し、主張する時、其処には傲慢の意思が働き、見失うことになるのです。
自己主張の文化はアメリカ特有の思想であり、日本人の文化にはそぐいません。

日本には、素晴らしい思想文化《謙譲の美徳》があります。
まずは他を尊重し、相手を立てることによって自分も立つのが日本人の思想です。

・・・
島根県益田市久々茂町の国道191号で、集団登校で横断歩道を渡っていた市立豊川小学校の児童の列に飲酒運転の軽トラックが突っ込み、ボランティアで通学を見守っていた近くの三原董充さん(73)が全身を強く打ち、翌日病院で死亡した。
三原さんは33年前、小学2年だった下校中の次女(当時7歳)を交通事故で亡くし、子どもたちの事故を防ぐため見守り活動を続けていた。

事故現場近くの女性は「車に気付いた三原さんが、男の子を突き飛ばしてかばったと聞いた。身をていして男の子を守ったようだ」と話した。
三原さんの長女摩弓さんは「二度と娘と同じ思いをしてほしくないと思い、ずっとボランティアを続けてきたのだろう」と話し、
悔しさをにじませた。

《毎日新聞2017.01.31記事》

・・・

先般、登校中の子供達を護って自らが犠牲になり亡くなられた方がいらしゃいます。
正に尊厳を最後まで護り抜いた英雄であり、菩薩行であります。
この方の様な人が、正に日本人の鏡として賞賛されるべきです。

私はこの英雄の死に敬意を払い、御冥福をお祈り申し上げております。
願わくば、英雄の遺された行為を後世に伝え、自らを犠牲にして他を護り、救う事が日本人の美徳と解釈する人々が増える事を望みます。

意見と學び

私は、四十三年前に両親と死別しました。
20歳の時でした。

今、想うに《親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄は無い》人を想い、発する言葉には、どんな厳しい言葉で有っても愛があります。
その逆に、愛の無い言葉には、《誹謗、中傷、妬み、嫉み、憎悪、》物資的価値観を裏付けする利己主義が存在するのである。

時として、言葉は人《他人》を育て成長を促し、激励します。
しかし現代は、揚げ足をとる事がまるで文化の様に成っています。

失言を責める依りも、改めさせる親の愛、《殺す依り、活かす》
正に、愛が無ければ出来無い事である《菩薩行》。

私達の親は、正に菩薩行を教えてくれた恩人であります。
今、私達に与えられた課題は、育てる事である。
育てずに成長は、無い。

私も含めて、人間は、未熟な存在である。
しかし未熟だからこそ、生まれてこられたのです。
全てを達観し、答えを出せる人間なら、生まれて来る必要も無い(解脱)のである。

人は、學びを受け入れる時、其処には、あなただけの愛が存在するのま事実であります。
個性も學び、同じ人生など無い事を知る時、本当の自分が理解出来るのである。
当院は、そんな貴方を待っています。



by kongousan-akafudo | 2020-01-31 12:00 | └私たちの暮らし

密教1345 憑依の現実

皆さんは、こんな経験をした事はありませんか?
例えば、その日は気分は良かったのにある場所に行った時、急に不快な気分に成った事は、ありませんか。
誰かに何か言われた訳でも無いのに、誰かと接触した訳でも無いのに不快な気分に成った。
身体的な変化で言えば、頭痛や吐き気が襲って来る場合もある。
上記を感じられた場合は、一刻も早くその場を立ち退いて下さい。
あなたの霊性に合わないので、良い影響は受け無いからである。
特に避けなければならない所は、刑場跡、自殺多発地帯、惨殺現場、この様な場所は要注意である。
好んで行く人は少ないで有ろうが、たまたま行った場所がそうであった場合は、即座に立ち去りましょう。
【君子危うきに近寄らず】
怖いもの見たさも時と場合に寄っては、その後の人生に多大な影響を及ぼす事がある事を知っておくべきである。
密教1345 憑依の現実_e0392772_20441304.jpg
それから最近、自分の霊感を信じ他の人に除霊まがいの行為をして居る人は、要注意である。
何故か?
その人に霊的力が有ろうが無かろうが、浮遊霊【身浄化霊】から見れば霊的関わりの有る者とみなされ、取り憑けば助かる、取り憑いて利用したい対象にしか
映らないのである。
言わば依代と思われ、憑依される危険が有るからである。
【生兵法は怪我の元】
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霊をあなどっては、いけない。
どうしても霊的な世界で生きたいのであれば、確かな師に指導を受け長年に及ぶ修行に耐え抜く覚悟が必要である。
【簡単なものは簡単に崩れ去る】
修行とは、決して華やかなものでも無く地道に積み重ね師の教えを護り、己れが積み重ねて会得するものである。
辛く厳しい道なのである。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-01-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

障害とは何か?

障害とは何か?_d0359990_08425274.jpg

■隠蔽と虚偽

今から数年前、ある母子の悲痛な相談を受け、実質的に動かざるを得ない事になり、ある学校《高校》に出向いた。

以下はその時の経緯と結果である。

まだ冬の寒い日のことである。
電話で相談の申し込みを受け、日時を決めてお会いする事に成った。

そして面談。

お母さんが開口一番。
『先生、この子をイジメから助けて下さい』

お母さんは涙。
落ち着いて頂く為に沈黙の後、温かいお茶を飲んで頂き、相談を再開しました。

お子さんはダウン症で、本人は知らなかったが今回の問題で親子で話し会ったとの事である。

以下イジメの内容

登校すると、決まって数人の生徒が『お前の顔、鏡で見た事ある』
するとクラス全体が笑う。
『お前、教科書読める』

様々なイジメが繰り返されて居る事を担任の教師も知って居る。
しかし見て見ぬ振りである。

お母さんは学校側に実情を訴えたが、そんな事実は確認出来無いの一点張りでラチが明かない。

我が子が障害を種にイジメに遭って居る事を知った時、自分を責めた。
《自分が普通に産んで上げられなかったのは自分の罪》

私はお母さんに言いました。
此処で祈祷するのは良いですが、この件は根本的な解決策を考えましょう。

私はお母さんと一緒に学校に行き、校長、教頭、学年主任の先生と会議室で話し合いました。

その時の学校側は事実を認めません。
私は学校関係者しか知らない事実を羅列して追求した。
様々な事を挙げた時、教頭が証拠が無いと言うので、教頭しか知らない事実を暴露し、詰め寄った。
そのとき、校長が一言。申し訳ありませんと謝罪。

学校の問題として解決すると明言して、その場からありとあらゆる手段を提案され、実行に移されました。

そして担任の教師も知って居たことを認めて謝罪し、それからこの学校ではイジメが撲滅された。

今では有名進学校に数えられる様になりました。


障害とは立派な個性であり、なんら恥じる事も何も必要ありません。
また個人が正しく生きる事に他が揶揄する必要も権利も無い。
私は今後も実質的に動かなくてはいけない時は動きます。
全ての人が安心して生きられる様に、今日も御祈念申し上げます。

■障害

私は、障害、障害者と言う事は、間違いだと考えます。
身体が不自由な方が居たら、私達、健康な者が手を貸せば良い。
共に助け合い、分かち合い、共に生きる。

障害は、障害に非ず。
個性なのです。

全ての人が同じ考え、全ての人が同じ身体。
全ての人が、同じである必要は無いのです。

個々に違う顔、違う身体、違う考え方。
それが個性であり、差別も区別も必要無いのです。
そもそも、同じである必要は無い。

全てを同じに考えるのは、ファシズム、ファシストであり、共に相手を尊重する、社会構造が無い事自体が異常としか思え無いのです。


強い人もいれば、弱い人も居る。
優しい人もいれば、意地悪な人も居る。

様々に個々の人生を歩み、最後は、例外無く帰幽するのである、《死んで霊界に帰る事》

どんなお金持ち、政治家、医師、法律家、宗教家。
例外無く、帰るのです。

唯、違うのは一点だけである。

現界で侵した事は、法則に従って受けるのです!

私達は、平等なのです。
身体が不自由な方は帰幽すれば自由に動き周り、傲慢を謳歌した者は…。

■立場を利用した暴力

昨今、パワーハラスメントが後を絶たないのは何故か?
会社の上司のパワハラ!
様々な場所でのパワハラ!

私の寺には、パワハラに苦しむ人の相談が、後を絶たない。
特に酷いのが、男女問わず、職場でのパワハラである。

生活の為に働かざるを得ないのは皆同等だが、昨今、立場を利用した暴力、パワハラが、異常なほど急増して居る。

一例を挙げさせて頂きます。

私の寺に、一人の女性が相談に訪れました。
話しを聞いてみると、会社の上司に依るパワハラ《イジメ》問題である。

彼女は、母子二人で生きる為に、事務職で朝早くから夜遅くまで働く、真面目な方である。
しかし、会社の支店長に、事あるごとに威圧的な態度を取られ、精神的に参ってしまい、私の寺にやって来たのです。

私は霊視し、事の真意を確かめ、結論を出しました。
引きなさいと《退職》

何故か?
彼女が、その会社にいれば、命の危険があるのです。
それは、会社の支店長が原因で彼女は病いに倒れ、悲惨な結末が私には視えたのである。

私は、強く退職を勧めました。
引くことも、勇気であると。

その後、彼女は良い男性と結ばれ、今は人生を満喫して居る。

世に、某会社の支店長の様な人はたくさん居るが、氣をつけるが良い。
自身が落としめた事象は、己れに三倍から十倍に成り、まるでブーメランのように襲い掛かって来る。

その日が、来るのは、速い。

■傲慢の心

人間に生まれ出た者に、完璧な者はいません。

何故か?

完璧では無いから現界に生を受け、人生と言う學びを与えられ、社会と言う学校で學び、家庭と言う教室があるのです。
そして、様々な環境、様々な容姿、様々な能力が与えられ、人生と言う大きな學びの中に居るのです。

私は、何の能力も無い。
私は、容姿も好く無い。
私は、財力も無い。

そう感じ、想う心は、ある意味傲慢なのです。

あなたには、他に無い力が必ずあります。
言い換えれば、あなたしか無い力に氣づいて居ないだけなのです。

私は今日、ある生徒と会い、再認識をしました。
その生徒には、俗に言う障害があります。

しかし、その障害の陰には、素晴らしい能力が隠されて居たのです。

私が常々言うように、障害は個性であるのです。
その強い個性の裏には、素晴らしい能力が秘められているのです。

私は、再認識しました。
私の残る人生の、御役目はこれだと。

私は、今迄以上に、人間の秘められた能力の開発と発掘に全身全霊を込め、活動する事を此処に宣言します。

■魂の行方

大変な事件が、日本各地で頻発して居る。

正に修羅場。
罪も無い老婆が暴力に依り重症、障害者施設で惨殺事件!
此れは、異常事態と云う他は無い。

犯人はいずれ死刑に成るであろうが、犠牲者は帰りません。
犠牲者の方々の冥福を祈ります。

事件後、必ず犯人の精神状態が云々されるが、異常な犯罪を起こした者が正常な訳が無いのである。
正に異常者。
根底に何があるのかが、重要な点であります。

私は、魂レベルが重要と考える。

魂のレベルは、生き方に重要な作用を起こします。
本人が自覚し、學ぶ時、確実に成長して行きます。

その反対に、學ばず、ただ自己顕示を繰り返せば、魂は汚れ、退化します。
犯罪者が反省せず、刑の執行を受けた時、《死刑》どう成るか?

肉体は滅びるが、魂は野放しに成り、同じような魂レベルの者に憑依し、悪事が繰り返すのである。
此れを、信じようが信じまいが自由ですが、確実に現在進行して居るのです。

その証拠に、近年の異常犯罪の増加が見られる事は、皆さんもご存知のはずです。
そして、その闇は、確実に広がりを見せております。
いつ自分に降り掛かって来ても、おかしく無いのです。

私は、宗教をやりなさいとは言いません。
正しい信仰心を持つ事を、勧めて居るのです。

信仰心は、誰でも持つ事が出来ます。
お金も要りません。
必要なのは、真摯に學ぶ心と、學ぶ為の行動力だけなのです。

では、どうやって學ぶか?
理性的に判断すれば良いのです。
妥協せず、探し求める時、必ず導きの力が働きます。
自身の中に、引きこもって居ては、學びも解決の糸口も現れません。

一歩を踏み出すのは、あなたなのです。

■障害とは 何か?

自分と違うから変、おかしい、様々な捉え方がある。
私は、ある集まりで激怒した事がありました。

それは、ある女性教師が発達障害の子供を指して《発達君》と表現したのです。
愛称のつもりだったのであろうが、これでは《 障害君 》と言っても同じ事だと言う事を理解していない。
だから、《 発達君 》という言葉が出るのである。
障害のあるお子さんをお持ちの方が、聞いたら悲しまれます。

想像力の欠除が、今の日本の現状なのです。

私は、常々言っております。
人間に、障害などと言う事は無いと。
あるとしたら、それは上から目線の傲慢さが産む錯覚である。
《障害は、立派な個性である》

個性と認知する時、どんな人間にも、個性は存在し、ことさらに障害などと問題視する必要など無い。
問題視するのは、傲慢である。

自分は、普通だから。
うちの子は、普通だから。

では、何を指して、普通と言い切れるのか?

もし、自分の子がイジメに参加していたら、イジメをする子供が普通ですか?
私は、その子は心が病んでいる。と判断します。

早稲田大に入り、女性に酒を飲ませて強姦に及ぶ若者《馬鹿者》
そんな輩が普通ですか?
これこそ、理性のかけらも無い暴徒である。

様々なデモに参加し、イデオロギーを振りかざし、騒乱を利用して略奪を繰り返す者が五体満足な者ですか?

ダウン症でありながらも、書家と成り活躍している少女は、清い心を書に表し、観る者に感動を与えております。
天才絵師、山下清画伯の絵を再現出来ますか?
批評出来ますか?
本来、全ての人は、兄弟であり、共に學び合い、助け合う仲間なのです。

障害者など存在しません。
障害は個性であり、勇気ある魂なのである。
障害者と思う者こそ、傲慢な心の障害者ではないでしょうか。

分かち合い、助け合う時、調和に包まれた、慈愛の世界が生まれるのである。


■何故、混迷するのか?

日本が何故、混迷するのか?
全ては、欧米式物質的価値観に由来するのである。

価値、価値に追われ、心を失い、物質的価値観こそ真理と錯覚して来た我々に、最大の問題があるのである。
心を軽視し、物質に生きた時代はありました。

しかし今、餓死する人は皆無と言える日本に於いて必要なのは、古き良き時代の思想であると、私は考えます。
然るに、今の状況は救い難いものがある。

全てが価値で始まり、全てが価値で判断される世の中を、あなたは正常な状態と考えますか?

正常と考える時、あなたは私とは違う世界の住人である。
中国では、懐妊すると、遺伝子検査をする人が多くいます。
それは、障害を持つ子供を産みたくないから、殺すのである。
この根底にあるのが、物質的価値観である。

正常でないものは、不良品であると云う考え方の表れである。

では、何故、魂が宿るとか?
考えて下さい。
それも救い、學びなのです。

我々が學びを拒否し、忘れ去る時、人類は亡びます。

■生き方の改善

前回、開運について触れましたが、今回は、具体的に、開運を考え、語ります。

以下は、実例です。

実業家である〇〇氏は、生まれつき、腰から下の機能障害を抱え、
子供の頃からイジメにあい、決して、しあわせな子供では、ありませんでした。
しかし、優しい性格だった彼は、成人し、美しい女性に恋をした。
彼女は、容姿とは正反対な悪女だった。

そして、彼は、自身が得た金品を、彼女に捧げ続けた。
しかし、そんな事が、長く続くわけもない。
やがて破局。
その時、彼女が言った言葉が、彼を一変させた。

『貴方みたいな醜い男が女にモテるわけが無いでしょ!』

彼は、その言葉にショックを受け、その後の彼の人生は、金の為なら何でもやる。
何をやっても良いに変わり、最後は、悪徳金融のボスに成ります。

そして、金を返せない相手には、臓器売買を迫り、金を返せない女性には、売春を迫り、金の為なら悪事の限りを尽くした。

最後には、訳のわからない、拝金宗教まで作り、金に執着し投獄。

最後は、身体中に悪性の病巣に侵された身体で、金に執着を燃やしたのである。

本来なら、それほどの才能を他に発揮し、精進すれば、素晴らしい偉業を成し遂げていたで有ろう。
才能を、金と云う魔性に、身も心も毒され、人生を誤った方向に向けてしまったのである。

今、彼の霊体は、浄化も出来ずに、現界を彷徨い、同じ様な低俗な魂に憑依を繰り返し、餓鬼の形相で、次の標的を物色している。

もう、彼の魂を救うことは出来ない。
何故か?今の日本には、彼と境遇は違っても、男女問わず、金に執着する者達が満ち溢れて、
彼の様な低俗な魂の憑依を、許しているからである。

金は、便利な道具であり、あれば嬉しい。
しかし、金に振り回され、どちらが道具だか?分からない人生は、人間の尊厳をも破壊する兵器である。

私達の人生は、デコレーションケーキであり、飾り付けも、味も、自分で選び、作り上げるもの。
穢れ、腐臭を放つケーキなど望まない。

人生は、何時でも改善できる。
強い意志と理性を身に着け、神仏を尊び、先祖を敬う時、あなたの人生は、必ず改善できるのです。

■障害は個性

例えば、ダウン症の少女が書家と成り、素晴らしい作品を生み出し私達に感動を与えてくれます。

水泳に至っては、迫力ある泳ぎで感動を与えてくれる少女が
オリンピック《パラリンピック》に向けて素晴らしい泳ぎで私達を魅了してくれます。

様々な世界で活躍する個性派を、皆が応援、交流し優しい心で生きる時、其処には、平和の二文字が生まれます。

本当の意味での個性は、ワガママや怠惰、傲慢の中からは、生まれません。
私達が個性を理解して応援と協力をしなければ、せっかく芽生えた個性を枯らせかねません。
個性派達は、私達に様々な氣づきを教えてくれます。

氣づきとは、真摯に受け止めなければ、生涯、知ること無く、人生を終える事になるでしょう。
謙虚にならなければ、見るに終わり、學びにも繋がりません。

個性派の方々は、霊的に言えば、勇気がある魂なのです。
私達は、互いに助け合い、學び合う時、本当の學びに出会うことが出来るのである。


by kongousan-akafudo | 2020-01-30 12:00 | └私たちの暮らし

密教1344 異常犯罪者

犯罪者を客観的に見れば、許す事が出来無い存在である。
総論で犯罪を捉えれば、社会の外敵である。
裁判では心神耗弱状態であったとか取り沙汰されるが、各論で言えば犯罪を犯した者が正常な訳が無いのである。
しかし乍ら、昨今の犯罪事情は異常である。
今日のニュースで高齢の女性が、ハンマーのような鈍器で頭を殴打される事件が発生した。
正に狂気の沙汰としか、言いようが無い。
私達は、ともすれば過去の事件事故を忘れがちだが、どの事件も他人事では無い。
何故か?
いつなんどき自分が巻き込まれるか、判らない。
また巻き込まれる訳が無いと言った、不確かな根拠は存在し無いのである。

此処で考えて貰いたい。
如何に、愛する人と自分を護るかである。
家族や愛する人と真剣に対処法を考え、話題にするだけでも無防備から警戒心が芽生え、普段の行動も変わって来るのである。
正に、心構えの変化である。
武術の世界では、殺気を感じ取る為に修行を重ねます。
警戒心があるのと無防備では、受ける衝撃にも大きな差が生まれます。

また、霊的観点から犯罪者を捉えた場合、ほとんどが憑依の可能性がある【可能であるならば犯罪者一人ひとりを霊査、霊視する事が出来れば証明する事も
不可能では無い】。
悪霊の憑依は、どの様にして起きるのか?
それはその者が持つ悪想念の波長が、悪霊と同じ周波数に成った場合に必然的に起きる現象である。
従って呼び寄せたも、同然なのである。
例えば、普段から悪想念を抱き馬鹿な妄想に耽り心を汚し続ければ当然、良い霊は離れ闇を形成するのである。
正に、因果応報の結果と言える。
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但し、ひとたび悪霊に憑依を許せば、尋常一憂には解けるものでは無い。
場合に寄っては、終生離れ無い事もざらでは無い。
そして死後は、仲間として取り込まれ未来永劫に渡り、憑依を繰り返す存在に成る場合が、多々見受けられる。
悪意とは、他にとっても己れにとっても百害あって一利なしの想念である【正心を持って學び智慧と理性を育む者は幸いである】。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-01-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1343 感情

喜怒哀楽【きどうあいらく】人間の感情はこの四文字に集約されますが、上記を制御し自分を律する事はなかなか難しい。
感情の赴くままに行動すれば、どうなるか。
密教1343 感情_e0392772_21522567.png
賢明なあなたなら、お解り頂けるで有ろう。
上記の感情が一方に傾き極端に作用する時、人は誤ちを犯し易くなる。
其処に必要なのが、理性である。
しかし乍ら、昨今の事象を見渡す時、感情のままに生きる者の多さに危機感さえ感じる今日この頃である。

例えば交通事故で言えば、感情の起伏が様々な事故に結びついて居る事は、お解り頂けるで有ろう。
この様に感情が行動を左右する事を、お解り頂けるであろう。
感情を制御すれば防げる事象は、一例を挙げるまでも無く多岐にわたります。
人間は感情の動物と言われますが、感情を制御出来るのも人間である。
感情のままに生きれば人間の尊厳は、失われ餓鬼、修羅、畜生に堕ちる事にも成り兼ねません。
智慧と理性を育み、一時の感情に流されない為にも學びを深める事が急務と考えます。
密教1343 感情_e0392772_21575331.jpg
私だけが學んでも何も変わらないと考える事は、早計である。
先ずは、自分から変える努力をする事こそ、先決である。
子は親から學び、社会から學び経験値を上げ、智慧と理性を身につけて行くのである。
難しい事では、有りません。
誰でも一から學び十を知る努力を重ねる時、霊界は応援の手を差し伸べて下さるのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-01-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

赤不動明王尊に関する密教ブログ

赤不動明王尊に関する密教ブログ_d0359990_10334520.jpeg


赤不動明王尊

私の寺は、赤不動明王尊をお祀りさせて頂いている寺で御座います。

嬉しい事に今日も、正式に御本尊 赤不動明王尊の分け御霊である念持仏を是非ともお迎えしたいとのお申し出が御座いました。

誠に信仰心の厚いお方で、重なる試練にも負けず、強く生きている方で御座います。
度重なる試練を、他の者のせいにし無い姿勢には敬服するほどであり、また密教塾にも入門を希望し、今日より塾生の仲間入りを果たしました逸材であります。

私は、彼の特性を、これから伸ばす使命を感じております。
彼は、末は行者の道を歩む事でありましょう。

そして、世の苦しむ人々に救いをもたらすと観ております。

正に、御本尊赤不動明王尊のお導きを体感した一日で御座いました。



このほど当院に、特別な意味を持った龍神が御出でに成られました。
当院の様な貧乏寺では、これほど見事な木彫りの龍神を購入する事は不可能ですが、様々な事柄が重なり合い、当院でお祀りする事に至りました。

当院の西側には、巨大な池があります。
その池には因縁があり、予々心を寄せて居りましたが、この度池の主である龍神が当院に縁付かれました。

それは御本尊、赤不動明王尊の御力なので御座います。
龍神は、重なる人間の理不尽に耐え兼ね、爆発する寸前に、私が赤不動院をこの地に開いた時にさかのぼります。

赤不動院を開くと決めた時から、不思議な現象が度々起こりました。

①貧乏な僧侶である愚僧が、家を買える訳がありません。
②当時の私は、仕事の傍らに僧侶の仕事をして生計を立てて居りました。
③霊能者としても、表舞台に出る事を嫌い、隠遁生活をして居りました。
④自分の人生は、このまま朽ち果て様と悔いは無いと想う毎日でした。
⑤其処に表れたのが、ある人物であります。
⑥あの出会いが、私の僧侶としての運命を大きく飛躍させてくれました。
⑦寺として相応しい家探しの始まりであります。
⑧その日に見つかり、その日に決断、購入。驚きの連続であります。
⑨内部の改造、そこで大変な事態に成ったのです。

内部の改造を専門家に頼み、私は引越しの準備に入りました。
工事は順調に運び、引き渡しの日に喜んで家に向かいました。

そして、説明を聞いて居る時、声が聞こえて来たのです。
当然、私にしか聞こえない声であります。

受け取っては、いけない!
この工事は手抜きだらけで、受け取って仕舞えば万事休す。
取り返しがつかない。受け取るな!

私は、その声に従い欠陥点を指摘しました。
当然、出来上がっていて解るはずも無いのですが、私は声に従って全てを指摘。
相手の業者が、全ての瑕疵を認めました。
その他の瑕疵も、自分から全て暴露して全面改装に成りました。

その後は現場監督も常駐し、職人さんは一流の腕を持った人が担当する事に成りました。
それから一カ月後、ついに完成。
見違えるほどの出来映えでした。

始めは、お金が無いので一部改装の予定が、何と全面改装に発展してしまったのです。
その原因に成ったのは、私が工事の無事を願い、仏様を工事不要な部屋に安置した事でした。

何と事もあろうに、その部屋に立ち入り禁止を告げて有ったにも関わらず入室し、ゴミ置場にして居たのです。
当然怒りを買い、工事は、瑕疵だらけに成り、70万円位の工事が、300万円以上の大工事に変わってしまったのです。

不思議な声の主は仏様だったのです。
全ては、仏様にはお見通しで、いい加減な工事をした者は会社から追求され、全てを認めました。

正に、観てござる。です。

不思議な事は、まだまだ続きました。

全ての工事が終わり、工事会社の重役さんがお詫びに来られました。
全ての工事代金は、自社で教訓として残す為に会社が負担すると。
更には、引越しが一カ月遅れたお詫びに、全ての引越し費用を負担して下さいました。

有り難いお申し出を頂戴致しました。

それから家も落ち着き、散歩をして居る時に大きな池の存在を知りました。
その池は、つい数十年前は今の何倍もの大きな池で、この辺りの水源地だったのです。

水門を完備して、地域の田畑を潤し、豊かな恵みをもたらす大切な命の池だったのです。
しかし、高度成長期に宅地化の波が押し寄せ、徐々に池は埋め立てられ、今の大きさに縮小されていったのです。

池の主の龍神様は怒りもせず、今の池に夫婦主としてひっそりと暮らして居られました。

しかし、人間の欲望は止まるところを知りません!
今の池も埋め立てて、土地を売却する事にしたのです。

前回の埋め立て話しは談合発覚に依り取りやめに成りましたが、今回は2月に再入札をし、売却する事に成りました。

龍神様は哀しみ、御本尊 赤不動明王尊に相談され、御本尊様も快諾され、今は御本尊様の前護りの位置におわせられます。

愚僧は、想います。
人間の欲望に依り自然が破壊され、其処に棲む様々な生き物が行き場を失い死滅する。
それを止める事が出来無い無力さに、申し訳なさを感じて居ります。

愚僧が地主に掛け合っても、金欲しさのキチガイ坊主と一蹴されます。

今の私に出来る事は、せめて龍神様の為に御社を埋め立て地の一画に建立される事を願って祈祷すること。

日本人は、古来依り神仏を尊び、神仏と共に暮らして来た民族です。
アメリカかぶれの合理主義は、日本人を堕落させ、壊滅に追いやると愚僧は心得ます。

本来の日本人は自然を愛し、自然を敬い、神仏を尊び、隣人を愛した民族です。
私の記事を読んで頂いて居る方々だけでも、本来の日本人とは。を考えて頂ければ幸いです


赤不動明王尊

今、日本中で毎日のように、殺人事件が起きている…
私は、常々言っています。
今の日本で、何が起きてもおかしくない…と。

これは、異常事態でです。
私は大丈夫…は通用しません。
今日、明日、明後日、あなたに降りかかるかもしれません。
無差別に襲い掛かる危険に、あなたはどう対処しますか?

対処できると言い切れますか?
私は、何度も言いました…
あらゆる記事にも書きました。

もう、人智を超えた力を借りるしかありません。

そんな馬鹿げた事…と、お思いになる方々は、どうぞそのままで結構です。

私は、正しい信仰心を持つ方々に申し上げます。

今の状態を、是正できる力を持っているのは、不動明王尊だけです。
不動明王尊信仰をお持ちなさい。
御宅の近くの御不動様でも構いません。
御不動様は、きっとあなたをお助け下さいます。

本当の霊能者の方なら、不動明王尊のお力を頂くしか道はない事を御存知のはずです。
あなたを守る為にも、あなたの大切な方を守る為にも、不動明王尊の御加護を御願いして下さい。

もう迷う時では、ありません。

失う前に氣づいて下さい…
人間の力だけでは、どうしようもない事が存在する事を。

眷属神

今日は、当院の御本尊赤不動明王尊様の御眷属様についてお話しさせて頂きます。

普通に知られている不動明王尊様の御眷属様は、三十六童子が有名です。
三十六童子のお一方でも、一千万の従者を従えて居られる頭領が不動明王尊様で御座います。

その他には、《順不同》帝釈天閻魔天、伊舎那天、火天、地天、風天、水天、毘沙門天、羅刹天、梵天、日天、月天、稲荷、龍神、まだ続きます。
赤不動明王尊様には、その上にまだ、秘密神が御眷属様として連ねて居られます。

特筆すべきは、毘沙門天はもともと夜叉の王で御座います。
羅刹天は悪鬼の王。
閻魔天は地獄の王。
伊舎那天は破壊神で忿怒身で御座います。
以上の御眷属様でも、恐ろしい力が御座います。

人間がどうこう出来る様な方々では御座いません。

御眷属様を動かせるのは、頭領である不動明王尊様だけなのです。
私は四十年以上、行者として道具として御本尊赤不動明王尊様にお仕えしておりますが、自分では何も出来ません。

全て、御本尊赤不動明王尊様のお計らいで生かさせて頂いております。

御仏を尊び、御先祖様を敬い、毎日を感謝して生きる時、自然に身に着くのが信仰心なのです。
敬い尊ぶ心を欠く時、其処に残るのは傲慢の一文字。
己れの分をわきまえ、御仏にお仕えする事は、私にとって最高の喜びなのです。

御本尊赤不動明王尊

赤不動明王尊様は、全てに寛大な明王尊様で御座います。
男女の悩み、子育て、病気平癒、悪魔祓い、様々に効験を御示しに成られます。
秘密は、御眷属様の数であるのです。

天部はおろか、明王部の頭領でおわせられる、赤不動明王尊様のお力は無限大であります。
地獄の王、閻魔天様も、御眷属様なのであるのです。
正に無敵。

赤不動明王尊様は、またのお姿は両頭愛染明王尊なのです《一般には、公開されてい無い明王尊》
慈悲の力は、観世音菩薩以上と思われます。
私達に一番近く、親しみやすい仏様なのです。

昔から、お不動様の愛称で慕われている御本尊様は、皆さんが一言、愛不動明王尊に帰依すると言えば、貴方の後ろにおわせられます。
正に、赤不動明王尊と結縁する事は、この世の親と、あの世の親と、同時に御縁を頂く素晴らしい事なのです。

難しい作法はまずは忘れ、御本尊赤不動明王尊と結縁される事をお勧め申し上げます。
そして、大慈悲に触れて下さい。

きっと、あなたは実感します。
結縁をした後の自身の変貌に驚嘆し、大慈悲の意味を知るのです。

皆さんが、一日も早く御縁を結ばれる事をお待ち申し上げております。

回向発願

大慈悲に出会うには、自らが歩まねば道は開けない。
ただ手を合わせても、道は遠い。
様々な行法を履修し、会得・体得する事は韋駄天の如くであるのです。

私は、密教僧になって今年で43年。
各地の老師を訪ね、放浪を重ねて参りました。

あの頃、不安と探究心だけの若者でした。
現在は、寺に座して毎日を過ごす、唯の爺いに成りました。
今の自分があるのは、全て御本尊赤不動明王尊様の大慈悲であり、私は唯の道具に過ぎません。

御本尊様と始めて出会い、結ばせて頂いたのは、僧侶と成る以前の十年前の出会いからなのです。
母が他界し、父が他界し、僧侶の道に入り現在に至ります。
発願し、回向を重ねて参り、現在があるのです。

辛く、悲しくて、何度も自爆しそうに成った時、優しく支えてくれた御本尊様。
私は終生、御本尊様の道具として、精進して行かさせて頂く覚悟で御座います。

縁は待つものでは無く、求め、精進するものでは無いでしょうか。

両頭愛染明王尊

本日、両頭愛染明王尊の製作成就を祈願致しました。

今回も純銀で製作中です。

両頭愛染明王尊は明王の頭領と言われ、大変有り難い明王尊であります。
今まで、純銀製の秘仏を数多く製作して参りましたが、秘仏中の秘仏、両頭愛染明王尊は、私の知る限り当院が初めてと思います。

愛染明王尊に関する過去記事より
>>赤不動明王尊様は、またのお姿は両頭愛染明王尊なのです《一般には、公開されてい無い明王尊》
慈悲の力は、観世音菩薩以上と思われます。

私達に一番近く、親しみやすい仏様なのです。
昔から、お不動様の愛称で慕われている御本尊様は、皆さんが、一言「愛不動明王尊に帰依する」と言えば貴方の後ろにおわせられます。

正に、赤不動明王尊と結縁する事は、この世の親とあの世の親と同時に御縁を頂く素晴らしい事なのです。
難しい作法はまずは忘れ、御本尊赤不動明王尊と結縁される事をお勧め申し上げます。
そして、大慈悲に触れて下さい。


>>両頭愛染明王尊は、明王尊の中でも特に強力な明王尊である。
何故か?
それは、不動明王尊と愛染明王尊の合体仏という特殊なお姿にあります。
向かって左が愛染明王尊、右が不動明王尊、二尊の力が一つになり、凄まじい効験が表されます。


>>両頭愛染明王尊は、密教僧の中でも秘仏であり、両頭愛染明王法を実際に知る者は少ない。
当院には、全ての両頭愛染明王法についての経典は全て所蔵しております。


>>後醍醐天皇が、最後まで信仰心を崩さずに祈り続けたのが、両頭愛染明王尊である。
両頭愛染明王尊とは、一般的には知る人も少ない。
ましてや秘法となれば、専門僧侶でも、厳修出来る者も少ない。

中には、知ったかぶりをして真言立川流という者が居るが、真意を問うと全くの素人である。
それも当然と言えば当然である。

>>両頭愛染明王法は、法具から別誂えである。
後醍醐天皇が持っている五鈷杵は、一般的な五鈷杵ではない。
正式には金銅割五鈷杵といい、左右にスライドして、中央の窪みに仏舎利を入れ、元に戻した時は普通の五鈷杵にしか見えないのです。


当院には、両頭愛染明王法の経典《原本》が伝わっております。
古来より、両頭愛染明王尊に願を掛け、叶わぬ願いは無いと言われるほど力の強い明王尊であります。
製作完了時には、寺を上げてお迎えし落慶法要を謹修致します。


昔、叶わぬ恋に身を焦がした若者が、名前を書いて両頭愛染明王尊の足元に置いた後に恋が成就し、

その後しあわせな生涯を送ったと伝え聴きます。
また悪魔払い、呪い返しには強い効験を発揮する事でも知られております。

そして当院製作中の両頭愛染明王尊は、天弓をたずさえて居る事でもお判り頂けると考えます。
当院では皆さんの願意を叶えて頂く為に、これからも素晴らしい秘仏を世にお姿を現して頂く為、精進を重ねて参ります。

八大龍王尊

八大龍王尊とは、非常に荒ぶる神であり、礼拝法に至るまで細かに定められ、一般の方がお祀り出来るほど優しいものではありません。
大変な効験がありますが、お祀りするのは、素人の方では無理である。

しかし、我が御本尊、赤不動明王尊は唯一、八大龍王尊を眷属として従える明王尊であり、そのお力は絶大であります。


効験は、次の通りです。

開運招福、無病息災、災厄放除、福徳円満、水難消滅、良縁成就
その他、一願成就の特別法を、祈願する事も出来ます。



by kongousan-akafudo | 2020-01-28 12:00 | ├密教の諸尊について

密教1342 試練

人は生きて行く中で、様々な試練に遭遇します。
例えば、愛する人との別れや病気、貧困、人により様々な出来事を味わいます。
挫折や絶望の果てに、自分を見失う事もあったで有ろう。
しかし今、生きて居ると言う事は、上記の事柄を乗り越えて来たから現在がある。
そして、また新たな苦しみの渦中にあるかも知れないが、それらは自分に与えられた試練なのである。
考えて見れば、何と過酷なのかと思うで有ろうが、試練こそ我が身を磨く研磨剤【磨き砂】なのである。
苦しみのたうたうちまわり、投げ出したく成るかもしれません。
そんな時、この言葉を思い出して下さい。
御仏は、私達に耐えられない試練は御与えに成りません。
その人の力量を超える試練は、無いのである。
超えられないと決め付けて居るのは、自分なのである。
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試練を乗り越えた時、待って居るのは安らぎであり、しあわせそのものである。
試練と言う事象を嫌い、怨み嘆き投げ出しても解決にはほど遠く、苦しみが増すだけである。
上記の事柄を理解し達観、出来る様になれば、苦しみは半減しやがて試練を學びの糧として居る自分に驚くはずである。生きる喜びを知る時、あなたの中にある試練は失せ尊厳と誇りを知る事に成るのである。
そして知れば知るほど時間の無駄使いは無く成り、いつしか他と比べる事も羨む事も馬鹿ばかしいと知るのである。
自分の人生を光り輝くものとするも、惰眠を貪る境涯にするも自分次第である。
なれば、あなたの人生を光り輝くものとして頂きたいと私は願います。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-01-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

雙身毘沙門天尊像像

赤不動明王院でお授けしている雙身毘沙門天尊像でございます。

木製・雙身毘沙門天尊像~赤不動明王院オリジナル

雙身毘沙門天尊像像_e0392772_09441395.jpg
木製雙身毘沙門天尊像
高さ約12cm、幅約7cm
全額前払いにてお支払い頂いた後、1ヶ月以上お時間を頂戴致します。
130,000円

≪ご注文≫
赤不動明王院オーダーフォームよりお願い致します


青銅製雙身毘沙門天尊像~赤不動明王院オリジナル

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青銅製雙身毘沙門天尊像
重さ約500g
高さ約12cm、幅約7cm位
全額前払いにてお支払い頂いた後、お渡しまでに約1カ月弱お時間を頂戴致します。
237,600円

≪ご注文≫
赤不動明王院オーダーフォームよりお願い致します

◎家宝にされたい方は、金・銀・プラチナでの作成も可能です。価格は相場に応じます。

◎ご希望の方には、開眼供養・力上げの祈祷を致しますが、祈祷や礼拝目的でなく美術品として鑑賞されたい方へは致しません。
◎丸厨子をご希望の方は、ご注文を承ります。
◎聖天厨子も作成可能です。ただし完全な注文作成で価格はすべて時価となります。

◎青銅製のご仏像は100円ショップで売っている銀磨きの布で磨いてください。
●青銅製の仏像は、新しい10円玉の色です。

◎ご希望の方へは、お手入れ時の真言・作法をお知らせ致します(ご購入者に限ります)

純銀製雙身毘沙門天尊像~赤不動明王院オリジナル

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純銀製雙身毘沙門天尊像
重さ約580g
高さ約12cm、幅約7cm
全額前払いにてお支払い頂いた後、1ヶ月以上お時間を頂戴致します。
378,000円


≪ご注文≫
赤不動明王院オーダーフォームよりお願い致します

◎家宝にされたい方は、金・銀・プラチナでの作成も可能です。価格は相場に応じます。

◎ご希望の方には、開眼供養・力上げの祈祷を致しますが、祈祷や礼拝目的でなく美術品として鑑賞されたい方へは致しません。

◎ご希望の方へは、お手入れ時の真言・作法をお知らせ致します(ご購入者に限ります)




by kongousan-akafudo | 2020-01-27 18:00 | ★仏像・法具

雙身毘沙門天尊に関する密教ブログ

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本日は、秘仏の中の秘仏と言われる、雙身毘沙門天尊《双身毘沙門天尊》に関する記事を特集致します。
密教を學ぶ者にとって、「知らない」「分からないから」調べない、知ろうとしない…のは恥ずべき事。
最も、秘仏についてはインターネットで検索をかけても、書籍をあたっても真相にはなかなか迫ることは出来ません。

血のにじむような長年の努力の末に、経典を集めて解読された阿闍梨である師僧の言葉から學んで頂きたいと存じます。

どうぞご覧ください。


雙身毘沙門天法

《ソウシンビシャモンテン》法は、一般には知られて居ないが本流は、傳法院流、勸修寺流に相傳が実在して居ります。

尊像は、合掌し輪を持つ仏が吉祥天、独鈷を持つ仏が毘沙門天と成すのが雙身毘沙門天であります。

浴油法、浴酒法を持って修法を実践します。
また、別法も存在しますが、此処では伏せ置きます。

現在では、修する方《僧侶》も少ないですが、素晴らしい秘法なので、
密教を學ぶ方には、學んで頂きたいと常々望む次第であります。

当院では、この度、浴油、浴酒法に耐え得る尊像を製作して居ります。
皆様の修行の手助けに成る様、精魂傾け製作に臨みました。

雙身毘沙門天尊

秘仏の中の秘仏と言われる、雙身毘沙門天尊《双身毘沙門天尊》尊格は、天部だがその効験は、凄まじい。

双身仏は、まだ他にもおわせられるが、台座に固定されず自走自在。
これは、当院の雙身毘沙門天尊像以外は、ある有名寺院の秘仏の他に知らない。

何故か?
鋳造の難しさと、正しい伝承がされていないのが現状だからである。
対外的に言われている秘仏への知識は、ほとんどが迷信である。

では、何故そんな迷信がまことしやかに語られているのか?
其れは一言で言えば、無知蒙昧に過ぎない不思議ちゃんの観点である。

事実を知る事は、科学する事と同じである。
雙身毘沙門天法の真実は、お大師様の説かれた経典を見れば明らかである。

これを知らずに秘仏を取り沙汰し迷信を振り回す行為は、正に不思議ちゃんであり無知蒙昧と言わざるを得ない。
では、雙身毘沙門天法は現存するのか?
現存して居ります。 真摯に學び、経典を科学し探求する時、必ずやあなたも眼にする事が出来ます。

要は真摯に學び、科学する知識の有無にあるのです。

雙身毘沙門天

私が雙身毘沙門天尊と初めてお会いしたのは、修行僧の頃でした。

その時の印象は、何と威圧感がほとばしる尊像で在ろうか、驚きを禁じ得無い心持ちでした。
あれから数十年、今は、毎日、お側で礼拝して居る自分の御縁に感謝して居ります。

以下は、私の体験談であります。

今から二十数年前、私の友人は、不治の病と戦っていた。
友人には妻子が居り《奥さんは、孤児院で育ち身寄りが無い》彼は、私に言った、自分は、このまま死ぬわけには、行かない、自分が死ねば、妻子は、路頭に迷う、何としても生きて《せめて子供が小学生になるまでは、働きたい》

私は、途方に暮れた、しかし私に出来る事は、無い。
私は、寺に帰り、師僧に相談をした。

師僧は、汝が己が命をかけても救いたいと願うのであれば、雙身毘沙門天尊に願意を立て行うが良い。
私は、精進潔斎して、雙身毘沙門天法に挑んだ。
そして一座、一座に渾身の力を込めた。

そして、数日が過ぎたある日、友人は、日本でも有数な名医の手術を受けられることに成ったのである。

手術の結果は、大成功である。
彼は、今も元気で妻子と仲むっまじく暮して居る。
雙身毘沙門天尊は、《必勝の仏》今も、苦しむ人々の願いの中におわせます。

双身毘沙門天

一般には、ほとんど知られていないのが双身毘沙門天尊像である。

何故か? 一度修すれば、その効験の凄まじさに、他に知られては困ると考えられたのです。
そして、双身毘沙門天法の経典も知る者も少ない経典である。

弘法大師空海が経典として遺されて居りますが、
真髄と言われる経典は、伝燈大阿闍梨でも一部の大阿闍梨しか知らない大法である。

当院では、現在、双身毘沙門天尊像を古式に則り復元製作中であります。

あるオークションでは、銅製の双身毘沙門天像が四十万円で売買されて居りましたが
その尊像には致命的な欠陥が有りました。《足が埋もれた作りの粗悪品》

当院で製作中の双身毘沙門天尊像は、四本足で独立したお姿で製作して居ります。

四本足で独立したお姿を製作するには、並大抵の技術力では不可能と考えます。
当院では、広く皆様にお分けする事に依り、密教の興隆に繋がれば幸いと考えて居ります。

密教を學ぶ方々や美術的観点からお求めに成る方々にも、お授け申し上げます。
本物の経典も、順次、お授けする予定であります。

秘仏の秘密

秘仏と言われる仏像には、様々な秘密が存在する事を知る者は、少ない。

例えば、双身毘沙門天像は動く仏像であり、動きが取れない様な作像のものは偽物と判断せざるを得ない。
そして、持ち物にも秘密が存在する。
なんでも、持っていれば良いと云うものでは無い。

其処には、密教の教義に沿ったもので無くては意味が無いのです。

昨今、巷では密教ブームの様であり、秘仏の偽物が横行している。
秘仏は、普通の方々が中々観る事が出来無いので、知る事も難解であるが故に偽物も横行するので有ろうが、例え古い物でも偽物は存在します。

古いから本物と思われがちですが、逆に古い物の方が偽物が多いのも事実である。
秘仏には、深い信仰と意味がある事を踏まえて、入手される事をお勧めします。

当院では、様々な秘仏の復元を現在進めており、様々な経典、資料、秘仏の拝観に、多方面の先生方に御尽力を賜わり、研究を重ねております。
此処では、明かす事は出来ませんが、秘仏には様々な秘密が存在します。

研究するには、かなりの困難が予想されます。

しかし、困難だからこそ意義深いものと私は解釈している。

念波、念力

密教の加持祈祷は、念波、念力に依るところが大である。

私が知る老師、大徳は、御歳九十を数えてもいささかにも氣力の衰えを見せません。
毘沙門天護摩を修する〇〇大徳は、正に達人でおわせます。

御歳九十を数えるも、尚、素晴らしい御護摩を修されておられます。
また、尼僧である大徳は、凄まじい気魄と法力で様々な秘法を修されておられます。
尼僧で、世にも出ずひたすら法に励み、精進潔斎する僧侶を視る時、私は、私の持つ法を全て伝授しても良いと考えます。

まだまだ、僧侶の世界は男性社会。
なまじの事では、大徳とあがめられる事は難しい社会なのです。

しかし、念波、念力に掛けては、男女の区別は存在しません。
僧侶の位は、念波、念力には関係ありません。
より強い念波、念力があればこそ、加持祈祷を成就に導くことが出来るのです。

口先だけの事は所詮、児戯に等しいのである。
成就に導いてこそ、密教の加持祈祷です。


私の寺は、男女の区別なく教え鍛えます。
但し、弱音を吐くこと、怠惰を許しません。

私には、過去に直弟子が数名おりますが、今は皆、密教僧の本分を護り全国におります。
一兆事あらば、身を捨て《命》事にあたる、精鋭であります。

男女の力の差など、知れたものである。
必要なのは、覚悟と、弛まない修行であります。
最早、男女の境は無い。と、私は考えております。

縁結法

当院で最も多い祈祷が縁結び祈祷である。
それには訳があります。

古来より、双身仏は縁結びの神として有名であり、参拝者が途絶えません。
代表的なのが聖天尊、双身毘沙門天尊、両頭愛染明王尊である。

全て、当院の秘仏である。
双身仏は、他の仏では叶えられ無い願いを聞いてくださる最後の仏として、古来より信仰を集めて参りました。

現在でも聖天信仰は有名ですが、勝るとも劣らない強力な効験を現されるのが、

双身毘沙門天尊、両頭愛染明王尊である。


知る人ぞ知る密教の秘仏である。
その効験は、叶えられ無い事は無いと言われる仏尊である。

密教は、全ての方がしあわせを実感し、この身このまま仏の境涯に至る事をお手伝いするのが大事である、と説かれております。

正に、成仏とは仏に成る、生きたまま仏の境涯を実感する事なのである。

しあわせを知らずに、人を愛する事は出来ません。

他を愛し、愛されて初めて愛を知るように、自分がしあわせを知らずに、優しくはなれないのです。

自分はしあわせを知らないと思う方は、この機会に是非密教を學ばれては如何でしょうか。
嫌ならやめれば良いのです。

嫌も好きも、味わわなければ判断は出来ません。
本当のしあわせを味わうには、あなたが一歩を踏み出さ無ければ始まらないのです。

眷属神

今日は、当院の御本尊赤不動明王尊様の御眷属様についてお話しさせて頂きます。

普通に知られている不動明王尊様の御眷属様は、三十六童子が有名です。
三十六童子のお一方でも、一千万の従者を従えて居られる頭領が不動明王尊様で御座います。

その他には、《順不同》帝釈天閻魔天、伊舎那天、火天、地天、風天、水天、毘沙門天、羅刹天、梵天、日天、月天、稲荷、龍神、まだ続きます。
赤不動明王尊様には、その上にまだ、秘密神が御眷属様として連ねて居られます。

特筆すべきは、毘沙門天はもともと夜叉の王で御座います。
羅刹天は悪鬼の王。
閻魔天は地獄の王。
伊舎那天は破壊神で忿怒身で御座います。
以上の御眷属様でも、恐ろしい力が御座います。

人間がどうこう出来る様な方々では御座いません。

御眷属様を動かせるのは、頭領である不動明王尊様だけなのです。
私は四十年以上、行者として道具として御本尊赤不動明王尊様にお仕えしておりますが、自分では何も出来ません。

全て、御本尊赤不動明王尊様のお計らいで生かさせて頂いております。

御仏を尊び、御先祖様を敬い、毎日を感謝して生きる時、自然に身に着くのが信仰心なのです。
敬い尊ぶ心を欠く時、其処に残るのは傲慢の一文字。
己れの分をわきまえ、御仏にお仕えする事は、私にとって最高の喜びなのです。




by kongousan-akafudo | 2020-01-27 12:00 | ├密教の諸尊について

密教1341 怯える心

不安と怯える心は、何処から来るのか?
真実を知らず、答えを見出す事が出来無い結果、不安と怯えが襲って来るのである。

例えば、漠然とした不安感は何処から来るのか。
生活苦、身体の不調、家族間の不協和と様々である。
その人が抱えた不安、怯えは他が理解する事は難しいで有ろう。
良くその身に成って考えれば解ると言うが、遭遇【経験】した事の無い事を理解する事は難しい。
密教1341 怯える心_e0392772_20393265.jpg
だからと言って、我儘に振る舞う事は児戯に等しいが、不安や怯えに苛まれて居る人を責める事は出来無い。
私の元には、様々な不安と怯えを抱え打開策を求める人は、少なく無い。
私は幸いと言うか不幸と言うか、今迄の人生の中で味わって来た事が相談者の求める答えに沿える経験値を重ねて来たからである。
過去に私も相談者の方々と同じく、不安と怯えに苦悩を重ねて参りました。
それらを、乗り越えられたのは、一重に御仏の加護が有ったればこそである。
また今般、生命の危機である病いを得て、また學ばせて頂いて居ります。

不安と怯えは、人間なれば当然と言えます。
この課題にただ苦しみ耐えるだけでは、解決には至りません。
解決策を見出だし、これからの人生を輝かせる事こそ本願に至るのである。
不安や怯えは、気持ちの妨げ【さまたげ】に他なりません。
不安や怯えがどこから来るのか、見極め明るく振る舞う事こそ、あなたを大きくする道である。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-01-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信