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破邪の剣に関する密教ブログ後編

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今日は、赤不動明王院寺宝である、三鈷の柄がついた不動尊剣(両刃)についてのお話です。
沢山あるので、前後編に分けてお届け致します。
今日は後編です。
あなたが加持祈祷の出来る祈祷僧を目指すなら、手に入れるべき法具。
それが不動尊剣です。

>>破邪の剣に関する密教ブログ前編

赤不動明王尊破邪の剣 2016年 11月 13日

破邪の剣が完成に近づいております。
この破邪の剣は、前項でも述べさせて頂きましたが、弘法大師空海招来の三鈷杵を使い、真剣《両刃刀》を拝した本物で御座います。

当院では、この破邪の剣を最大限に活用し、加持祈祷を実施致します。
一例を挙げれば、イジメに悩む方の救済、様々な苦しみにおかれている方々の為に、護摩法に破邪の剣を融合させた秘法を厳修致します。

一日に出来るのは二座までであり、申し込みされた方々は順番に厳修して参ります。
早、予約が入っております。
来月になれば、三カ月〜半年後になる可能性が御座います。

そして今回は、赤不動明王尊破邪の剣完成を祝し、特別に寄進額も下げてお受け致します。
《破邪の剣の完成後は、通常の寄進額となります》

ご希望の方はお急ぎ下さいます様、お願い申し上げます。

当院は、1年365日、休まず祈祷寺としての御役目を続けておりますが、祈祷の出来ない日も御座います。
その日は、祈祷の準備日として稼働しております。

誰にも言えない悩み苦しみを早く解決するには、早い対応しか御座いません。
一日も早く、苦しみを笑顔に変えたいとお考えの方は、お早くお申し込み下さい。

尚、正式申し込みではない方の申し出には、全てお答え致しかねます。

イタズラや冷やかしには、毅然と対応させて頂きます。
《式神の発動も辞さない覚悟》

お悩みの方々は、一日も早いお申し込みをお勧め申し上げます。

弘法大師空海招来の三鈷柄の真剣を所蔵して居るのは、日本広しと言えども、当、赤不動明王院をおいて他にはありません。
拙僧の生涯をかけた、一大宝具でもあるのです。

御霊刀 2016年 11月 26日

古来、日本には御霊刀が存在し、民を害し国を脅やかす怨霊を退治してきました。
正倉院の宝物には、それを裏付ける数振りの太刀、剣が現存しております。

また、伊勢神宮、熱田神宮、その他、神社仏閣には、古来依り伝わる御霊刀が今もなお伝えられております。
そして、御霊刀を発動させる為の法《神事、祈祷法》も修されていたのです。

しかし、現在では知る者も少なく、語り継ぐことも皆無に等しく、忘れられて来たのです。

それは、何故か?
戦後のアメリカによる、植民地政策の日本非武装化に起因しています。
その結果、日本は、霊的にも無力化して行ったのである。

然るに現在、巷には悪霊《悪鬼羅刹》が蔓延り《人間の姿はしているが鬼畜の所業をする者》幼い命を奪い、善良な人々の命を脅やかし、傷つけている現状が存在しているのである。

昨今の犯罪事情を冷静に判断すれば、その異常さは誰にでも解るはずである。
最早日本には、霊的結界は存在しない。

当院では、古来依り伝わる御霊刀を屈指し、加持祈祷をして参ります。
当院では、霊障に合わせて御霊刀を変えております。
以下は、その数々でございます。

摩利支天刀《真剣》不動剣《真剣》不動明王破邪の剣《真剣》をお祀りして居ります。
尊剣による、加持祈祷もお受け致しております。

新たな年の準備 2016年 12月 15日

私の寺では、来年の為に新たな準備を進めております。
来年は、〇〇の年に入ります。
その為に、今準備しなくては間に合わないのです。

そして、当院では、新たな赤不動明王尊の破邪の剣を製作中です。
大変高価な剣なので、かなりの出費ですが私は決断しました。

一剣が折れようと、もう一剣があれば戦える。

来たる年は、用意周到に迎えねば出遅れると考えたからなのです。
それが祈祷専門寺の役目であり、本分で御座います。

当院の破邪の剣は、御存知の通り弘法大師空海の三鈷剣であり《真剣》現代に甦らせたのも、当院だけでは無いか?と思います。

宝剣は両刃であり、簡単には出来ません。
刀鍛冶が精魂込めて打ち上げた秀作です。
その剣に三鈷の柄《弘法大師の三鈷杵》

私は、仏を信じ、深い信仰心を持つ人の為に戦います。
当院では、これから、忘れられた様々な仏像、法具《宝具》を現代に甦らせて参ります。

皆様のご賛同を頂ければ、幸いに存じ上げます。

年末年始特別祈祷会2016年 12月 17日

今回日本中にいる私の弟子も各地から祈りを込めて、來たる年に向け祈りの輪を広げて参ります。
破邪の剣も完成し、例年以上の力を込めて参ります。

今月の事象を見れば解る通り、来年は多難な、特別な年に成るでしょう。
しかし、密教の奥義を駆使して、これを阻止するには簡単ではありません。

學びを深め、信仰心を育み、今迄を反省する心が必要不可欠なのです。
私は、《 反省も訂正も必要無い》と考えている方は、そのままのお考えのままでいらして下さい。

密教を信じ、御本尊様を敬う方々の為に、私は命をかけて年末年始の加持祈祷に臨みます。


破邪の剣

連日の祈祷で曇りを被った破邪の剣は、有名研師の手で研ぎ上げられて復活しました。
どんなものでも、永久に使えるものはありませんが、特に、祈祷で使用する宝具は消耗します。

破邪の剣も例外ではありません。
因縁を切れば切るほど、曇りを生じて来ます。
それは、因縁を切れた証しでもあるのです。

良い宝具は人を傷つけず、悪いものだけを両断します。

私の寺は、祈祷専門の寺で御座います。
その為には、新たな破邪の剣も製作中です。
如何に様々な因縁が多いか、お判り頂けると思います。


しかし、やり続けなくては大変な結果に成る事も事実です。
信じるも信じないのも自由ですが、確実に日本の変貌を認識している方々も少なくありません。

今回新たに製作中の破邪の剣は、同じ破邪の剣でも変えて有ります。
此処でお見せする事は出来ませんが、素晴らしい仕上がりに成る事は確実です。

新破邪の剣は、慈悲の剣に仕上がります。

そして、苦しむ方々に光を放っていきます。
今は、宝具師さんの工房で静かに仕上げを続けております。

年末年始特別祈祷会2016年 12月 26日

今回の祈祷会は、破邪の剣を用いて7日間の護摩祈祷を行います。
《秘法を修するので非公開で行います》

締め切りも間近になりました。
準備の都合上、締め切りが過ぎた場合は受け付けする事が出来ません。

今回の護摩法は、秘伝書に基づき古式の護摩を謹修致します。
古式の護摩には、皆さんがご覧になった事がない法具を様々に使い、願主の願いを天に届けます。

供物も、古来より伝わる物を護摩炉の中に投入し、諸天天神に捧げます。
言わば、究極のお接待を行います。
護摩の炎は、御供物を煙に変えて天に届け、願主の願いをお聴きになられます。

後は、願いが願主に適切で有るか無いかは、諸天天神が吟味して御決めに成られるのです。
これが本来の加持祈祷であり、本道であると拙僧は信じて止みません。

何でも叶うなどと言う事は、人間の傲慢な思想の表れです。

金は、真面目に働き稼ぎ、蓄財は我慢と辛抱の上に立つ。
一攫千金などは、絵空事。
仮に、一攫千金が有ったれば、その後の人生を真剣に考え、生きる事をお勧めします。

光と影、明暗は、常に表裏一体なのだから《棚から牡丹餅などは、無いのだから》


復帰した破邪の剣 2016年 12月 27日

研師さんの御尽力により、復活した破邪の剣は、以前に増して力強く、そして重厚な光を放っております。
来年に向けて祈りを強化し、信仰心を拡大する事は、自分自身を守ることに繋がります。

御仏の大慈悲無くては、難局を乗り切る事は難しい。
波乱を鎮めるには、深い信仰心と理性を高めることが急務であるのです。

自身の傲慢さを改め、信仰心と理性を身につける事は、どんな強固な盾、鎧を身に着けるより、強靭なバリヤーと成るでしょう。
私達の中には、元々、神我が宿っているのです。


その神我を呼び起こす方法は?
有ります。
来年は、あなたが立たなければ何も変わらず、ただ時代の波に流され、漂流する漂流者になるだけでしょう。
自分の人生は、あなたが主役なのです。




by kongousan-akafudo | 2019-12-31 12:00 | ├密教法具について

密教1329 身土不二【地産地消】

昔は今の様に交通機関が発達していなかったので、自家を中心として四里四方【十六Km】の物を食しておりましたが、現代では日本はおろか世界中の物が食べられます。
その昔は、野菜も家畜も全て自然の力と流れに任せて居た時代である。
当然、農薬など無い。
食品添加物などあろう筈が無い頃は、不自由もあったが添加物に神経を使う事も皆無でした。
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現代では無添加品が評判を稼ぐ時代、何かおかしく無いですか?。
このままの状態を続けて行く時、必ず何処かに歪みが来るのは必定と私は考える。
あなたの子孫の為にも、考えて見ませんか。

昔の僧侶は、様々な事を學ぶ事を要求されました。
薬学、地学、天文学と多岐に渡り學ぶ事は、地域に貢献する為で有った。
川に橋が無い時代では、雨が降り増水すれば川留と言い、川を横断する事が禁止されておりました。
当然破れば罰せられる民衆は、苦しくとも従うしか有りません。
今なら橋が有って当たり前の時代、しかし昔には橋を架ける技術も知識も乏しい時代である。
其処に立ち上がったのが有名な僧侶、行基大徳その人である。
溜池15窪、溝と堀9筋、架橋6所、その他の功績は多岐に及ぶ。
鑑真大和上と行基大徳は、拙僧が若い頃から崇拝する偉人である。

偉い人であろうが無かろうが、自分の家族を守れるのは、あなたしか居ないのです。
本当の安全【食の安全】を確保して、お子さんや家族に与えられる人は、あなただけなんです。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-12-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

破邪の剣に関する密教ブログ前編

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今日は、赤不動明王院寺宝である、三鈷の柄がついた不動尊剣(両刃)についてのお話です。
沢山あるので、前後編に分けてお届け致します。

破邪の剣

私の寺には、破邪の剣《不動明王尊の利剣》が存在します。
刀身には不動明王尊の梵字を拝し奉り、御本尊様の利剣と同じく両刃の剣です。

一般には公開しておりませんが、必要と判断し、御本尊様の許しが出た時は公開致します。

破邪の剣は、古くは弘法大師空海様が、青龍寺にて金胎両部の大法を、恵果阿闍梨、依り賜わりし時、全ての密教法具、経典の中でも、秘法とされる破邪の法に使う、利剣の事で御座います。

肉体を切らずに悪霊だけを切る。
正に、破邪の剣であります。

今は、形だけを残した模造刀が出回っておりますが、本物は全て真剣造りです。
両刃刀は、日本書紀にも登場致します。

坂田金時が大江山酒呑童子を征伐した時に、所持して居たと伝えられている《現存して居る》
坂田金時が所有して居た両刃刀は、現在、持ち主が金庫に保管しております。
時価一億円以上の宝物です。
私も、一度だけ拝見した事がありますが、見事な宝剣で御座います。

七支刀については、国宝なので、実物は持った事はありませんが、凄まじい気迫に満ちている事は言うまでもありません。

古来依り、破邪の剣は世界中に有ったのです。
しかし、時代の移り変わりと共に、歴史の影に消えていきました。

それらの破邪の剣は、心ある者に依り、現代に受け継がれている事も、事実である事をお伝え致します。

御霊刀《破邪の剣》

古来より日本には、仏教、神道に限らず、破邪の剣が存在して居ります。

それは、刀匠が魂魄を込めて打ち上げた魂の剣であります。
其処に精霊が宿り、祈祷の力で御霊刀に変化した剣が、現在、日本各地の寺院、神殿に祀られて居ります。

当院にも数振りの御霊刀が存在しますが、中でも異彩を放つのが、破邪専門の御霊刀で御座います。

拵えは、龍を純銀にて拝し、全体を龍神の家来である蛇を純銀にて拝し、漆で仕上げた珍しい剣で御座います。
この剣は邪気を呼び寄せ滅する得性があり、普段は厳重に保管してありますが、一兆事ある時には剣自体が騒ぎ抜刀を臨みます。

昨今の事象を鑑みるに付け、正に、魑魅魍魎が群雄闊歩する様相を呈して居ります。
皆々様には、呉々も御用心される事をお勧め申し上げます。

備えあれば憂いなし。とも申します。

自分だけは大丈夫などと言う、不確かな自信は、逆に我が身を危険に晒します。
氣を引き締めて、この時局を乗り切ってしあわせを掴んで下さい。

両刃剣《破邪の剣》

両刃剣の存在を知る者は少ない。
何故か。
其れは、殆ど一般に公開も流通もして居ないからである。
両刃剣は刀鍛冶の力量が問われる難しい刀で、左右均等に鍛え上げるには相当の腕前が必要不可欠であります。


古来、両刃剣は神の剣として崇められ、一般の人が触れる事は出来ないのが常識でした。

現存する両刃剣は、奉納刀のせいか?殆んどが錆びが深く浸透し、

研ぎを試みれば見る影も風格をも失うほど痩せて仕舞うのが現状である。

当院の宝物である不動明王剣《両刃剣》には、錆び一つ無い。
そして、全て刀鍛冶が打ち上げた時のまま保存してあります。


其れは何故か?

前の持ち主が古武術家であり、行者だったからである。
《刀の保存、手入れは素人では難しい》

例えば、御刀油を塗ったままで置けば油焼けを起こす。
柄の手入れを怠ればカビを呼び、目釘の点検を怠れば思わぬ事故に繋がります。


当院では、両刃剣《宝物》を特別に使用して行う加持祈祷があります。
この秘法は滅多な事では行いません。
《宝剣加持祈祷法》

真剣の宝剣を使用し、護摩法と合わせて謹修します。

古くは、弘法大師空海が招来した密教の秘法であります。

御大師様の秘法は数多に及びますが、悲しい事に現存し、謹修される事は久しい。

我が密教塾では、当院に伝わる秘伝書を元に履修して行く事に主眼を置いて居る。
《男女問わず》

學びとは、本来平等である。

平成の三鈷剣2016年 10月 13日

当院では、この度、不動明王尊の破邪の剣に習い、平成の世に本物の三鈷剣を製作致します。
登録済の真剣を使います。
密教の、最高の宝具である三鈷剣の本物は滅多にありません。
しかしながら、昨今の日本の情勢を鑑み、製作を決意しました。

本物の三鈷剣でなければ、太刀打ち出来無い状況にあると言えるほど酷い状況にあります。

私は祈祷僧として、私財を投げ売っても製作します。
来年は、まだ酷い状況になります。
尋常一様な事では、勝てません。
必ず、製作致します。

既に法具師《京都の一流法具師》と打ち合わせ済です。
新年の大祈祷会に向けて、始動します。
新年の護摩供養法は、今迄に誰も見た事のない秘法を修します。

そして、先づは、御本尊赤不動明王尊を信じてついて来た人達の安全と弥栄を磐石のものにします。
それが一番の早道と、考えるからです。

密教僧として、周りの人達を助けられないで他の方を助けられる訳が無いのです。
私は、骨が舎利に成ろうと、正しいと信じる道を歩んで参ります。


不動明王破邪の剣 2016年 11月 09日

現在当院では、新年に向けての最高の加持祈祷を謹修すべく、本尊赤不動明王の破邪の剣を製作中で御座います。
破邪の剣は、肉体を傷つけず、憑依する悪鬼羅刹を斬る宝剣の事です。
柄に成る三鈷杵は、弘法大師空海招来の三鈷杵を復元します。

元には鬼目を配し、刀身は刀鍛冶が精魂込めた剣《真剣》を使い、正に現代の不動明王破邪の剣であります。
剣は、普通の日本刀と違い両刃です。
製作には、熟達した刀匠の腕が要求される名刀である。

不動明王破邪の剣は、使う者を選びます。
昔から、優れた道具は主人を選ぶ。とあります。

密教の加持祈祷を厳修するには、弘法大師空海の時代より、優れた法具が要求されてきたのは歴史的事実であり、これは動かし難い真実である。

然るに、現代では短略された紛い物が本物を知らない人々を欺き、まかり通る世相に、私は危惧を覚える。

本物を探し求める事は、至難の技です。
しかし、それを怠り、安直な物を良しとする時、秘法も安直に成り下がるのである。

これから、真面目に密教を學ぶ者は、法具も本物を探す努力を重ねて行く事が、最後には本道を歩むことに繋がるのです。
現在、当院で製作中の秘剣は、製作完了後、希望者には公開し、必要とされる加持祈祷には惜しみ無く使用して参ります。

破邪の剣の考察 2016年 11月 10日

不動明王尊の尊剣は、倶利伽羅明王尊でもあります。
そして、歴史的に残る人物が、悪鬼羅刹を退治した時に所持していた事から、諸大名が刀鍛冶に命じて作らせたのが両刃剣であります。

両刃剣は作刀が難しく、並みの刀鍛冶では作れません。
その昔、足柄峠に差し掛かった源頼光が類い稀な力を持つ少年と出会い、その力量を認めて家来として支えさせる時に付けた名前が坂田金時。
その後、様々な武勲を立て京都に登り、渡邉綱、ト部季武、碓井貞光、と共に源頼光を助け、後に頼光四天王と呼ばれ、武勲を立てました。

990年4月28日、丹波の国、大江山《現在の京都府福知山》に住む大江山酒呑童子を討ち取りました。
金太郎さんで有名になった坂田金時、その時に所持していたのが両刃剣です。

近年に、坂田金時が所有して居た短刀が、有名鑑定機関に依り鑑定したところ、時価、一億円以上の結果が発表されました。
此れで、坂田金時が実在した事が公的に証明され、それに伴い、破邪の剣が両刃である事も証明されたのです。

当院では現在、有名法具師に手に依り、弘法大師空海招来の三鈷の柄を、剣に繋ぐ作業が行われています。

完成時には、一大法要を謹修致します。
当院では現在、宝剣を使い、開運厄除けの加持祈祷を募集しております。
ご希望の方は、お問い合わせ下さい。

本格的始動


いよいよ、我が赤不動明王院は本格的に始動致します。
様々な悩み苦しみを抱える一般の方々の御役に立てる祈祷寺として、本格始動します。

何故か?
全てが揃うのです。

オモチャではない本物が今、法具師の腕に委ねられ、完璧な本物として帰って来ます。

それは、破邪の剣です。
その剣は、寛文7年1月吉日、紀州の名刀工に依り打ち上げられ、行者の手に依り代々受け継がれ、使用する事も無く、私の手に委ねられた名刀である。
何故、300数十年も使われなかったかは、以下で語って参ります。

名刀を手に入れた行者の先祖は、三鈷剣《不動明王破邪の剣》に仕立てたかったのです。
しかし、中々本物の三鈷杵に出会うことが出来なかったのです。

月日は流れ、現在私が受け継いでいる。
私もまた三鈷剣に仕立てるべく奔走したが、今日に至るまで出会いがなかった。

それが、ある法具師との出会いにより、実現する事になりました。
正に、千載一遇の好機到来である。

何故か?

その法具師は、京都は東寺に置いて弘法大師空海の法具を《本物は、国宝級のため展示不可》本物と同じ物が必要に成り、本物と同じ法具を製作した法具師なのである。
私と法具師は、刎頸の友であります。
この度、弘法大師空海の御招来型の三鈷杵を使い、御本尊赤不動明王尊、破邪の剣を製作に入りました。


法具師とは、刀工と同じく、溶かした金属が相手の危険な仕事です。
ましてや、御大師様の法具である。
緊張感は、増すばかりと心得ます。

此処で、元来の秘密を明かします。
御大師様が使われていた法具は、今の様に小振りではありません。


長さ約24センチ《八寸》の大型の法具なのです。
それが時の流れの中で、現在の様に扱い易い大きさに成ったのである。

私は破邪の剣に、御大師様が使われていた三鈷杵と同じ物を再現します。
此れには、多額の費用が必要になりますが、私は私財を投げ売っても完成させます。
いつか皆さんにもご覧にいれて、密教の真髄を見て頂こうと思います。

宝剣誕生 2016年 12月 01日

本日、不動明王尊破邪の剣が完成し、当院に運ばれて参りました。

密教の開祖、弘法大師空海が愛用した三鈷杵を剣の柄に、刀身は当院に伝わる両刃剣を配して製作しました。
私の予想を上回る出来栄えに、密教の深遠さを感じております。

この他に、当院には、摩利支天剣《真剣》鬼切丸《真剣》を祈祷時に使用しております。
そして、現在製作中の仏像は、宇賀神尊像《純銀》双身毘沙門天尊像《純銀》聖天尊像《純銀》です。

上記の尊像は、ご希望の方には開眼供養、力上げの祈祷を施してお分けしております。

《聖天尊像純銀製は、もう少しで完成です》

双身毘沙門天尊像は、他に類を見無い、本物中の本物である。
宇賀神尊像は、古来から伝わる尊像を元に製作中です。


by kongousan-akafudo | 2019-12-30 12:00 | ├密教法具について

密教1328 般若心経秘鍵

【痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る】
【哀れなるかな哀れなるかな長眠の子、苦しいかな痛いかな狂酔の人】
上記は般若心経秘鍵の一説であるが真に言い得て妙なり、現代を象徴して居る様である。
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難しい解説は敢えて割愛するが、上記の文を咀嚼して考える事は、正に學びである。
自らを棚に上げ他人を干渉嘲笑または、批評する行為など自分の人生と真剣に向き合って考えれば、如何に無駄な事であるかに氣づく筈です。
生身の身体は、無限に動くものでは無い。
今、若くハツラツとして居てもやがて中年期を迎え身体は衰えて行き、やがて嫌でも死と向き合わねばならない日が来るのである。
医学が進歩して癌や様々な死病が解消されても、人間の肉体は永遠には持続出来ません。
今を學ばなければ、死の恐怖も克服出来ません。
上記で記した様な稚拙な事を繰り返して居ては、死を達観する事など到底出来ません。
私の経験で言えば、死なんか怖く無いと言う者ほど自分の事となった時、慌て死の恐怖に震え上がるものである。
その逆に人生を學んだ人は、静かに死を受け入れ最後は、安らかです。
皆さんも死を他人事と考えず、自らに置き換え考えてみては如何であろうか。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



by kongousan-akafudo | 2019-12-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

独鈷杵・三鈷杵に関する密教ブログ特集

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赤不動明王院では、鳴金製(響銅)の法具をみなさまへお授け致しております。
本物の法具をお迎えすることの意味、そして価値についてこれまでも度々記事にして参りましたが、今日は特に独鈷杵と三鈷杵について触れた記事を特集致します。

結界

結界には、様々な形が御座います。

人結界、四方結界、道場結界、自然結界、まだあります。
そのパワーは、行者の力量によって変わります。
強い物は、何百年と、効果を止める物も御座います。

一例を挙げれば、徳川家の三百年結界を張ったのは、天台宗の僧侶天海で御座います。
天海は、あらゆる結界を使い、完成させたのです。
日光東照宮、上野の寛永寺、不忍池、まだまだ御座いますが、徳川家康の膨大な力を使い、徳川家三百年結界を完成させたのです。

正に、結界の見本であります。
私が施す結界は、主に個人を守護する四神結界や五大明王結界、不動結界、と様々です。

結界に無くてはなら無いのが密教法具で御座います。
密教法具を使った結界は、チベット密教にも色濃く残って居ます。

簡単なので、説明すれば、独鈷杵を四方に打ち込み、その場を囲む四方結界も簡易的なものですが、悪霊や魔界人を寄せ付けません。

また、動く物に張ることも出来ますが、此処での発表は模倣を呼ぶので控えます。
個人に張る結界も存在致します。

但し、素人が見よう見まねで行った時、逆に、魔や悪霊を呼び寄せる結果に成り危険であります。
自分でおやりに成りたい方は、まず師の伝授を受けて下さい。
古神道にも、優れた結界法が存在する事を明記して置きます。

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密教法具の力

古来より、密教法具による様々な現象が伝えられて居ります。

例えば、お大師様が錫杖の石突で地面を突いたら温泉が出たり、水不足で困っていた村では、お大師様が独鈷杵で岩を突くと岩が割れて湧き水が吹き出し、村人は水不足から解消された等。

今の高野山も、お大師様が聖地を示せと投げた三鈷杵が高野山の松の枝に乗っていたなどは、有名な話である。

飛行三鈷
空海が806年8月唐から帰朝の際、密教流布宣布の聖地を定める為に投げたと称する伝説上の三鈷。
三鈷の懸かっていた松を三鈷の松という。
密教辞典より引用


私も、ある信徒さんを護る為に自分の三鈷杵を持たせた経験がある。
以下はその時の話である。

信徒さんの娘さんは、誰にでも優しく、可愛い娘さんである。
ある日、お母さんが相談に見えて、先生、内の娘を助けて下さいと云う。

話しを聞いてみると、明るかった娘さんが、最近、無口に成り考え込むように成り、

訳を聞いても、大丈夫だからと云うだけで、話してくれ無いと云うのです。

私が娘さんの状態を霊視すると、非常に危険な状態にある事を知り、祈祷に入り深く視る事にした。

結果、このままでは危険と判断し、私の旅法具の一つである三鈷杵を、金襴の布に包んでお母さんに渡しました。
《旅法具とは、普通、寺で私が使う法具は大大型であるが、旅法具は小型の法具》

私は法具を渡し、言いました。
この法具を娘さんに、七日七晩持たせなさい。
軽い物であるから邪魔にはなるまい。


お母さんは、お帰りに成りました。

そして七日目、娘さんは、お母さんに全てを話されました。
実は、自殺するつもりであった事を。

その夜、親子で話し合い、涙の中、解り合い、娘さんと翌日、私の寺にお出でに成り、全てを話されました。
私は改めて加持祈祷に入り、二人の目の前で金襴の布を開けると、三鈷杵は真っ二つに折れていました。

一番驚いたのは、娘さんである。
お母さんに言われて、渋々持っていただけの法具が折れていたのである。

密教法具をご存知の方なら解るが、簡単に折れるものでは無い。
娘さんは救われたのである。

娘さんから聞いた話だが、ある場所で自殺しようとしたが、どうしても出来無くて家に帰って来たそうである。


私は手厚く法具を供養し、感謝致しました。
正に法具が身代わりになってくれたのである。

三鈷杵の力

赤不動院は祈祷寺である関係上、様々な案件の依頼が日々御座います。
その中で一番多いのが、加持祈祷であります。

加持祈祷と一口に言ってもお判り辛いと思いますが、いわゆる願い事の成就です。

一例を挙げますと、

病気平癒、恋愛成就、家内安全、厄除祈願、

先祖供養、水子供養、

開運障除、運気上昇、大願成就、

受験合格、商売繁盛、浄霊供養、浄化供養、等。

まだまだ沢山の願意が御座います。

今回は、その中でも特に印象に残っている、自殺された方の供養を頼まれた時に起こった事を書かせて頂きます。

あれは春まだ早い頃、一本の電話から始まりました。

内容を伺ってみると、ご家族の方がビルから飛びおりて亡くなられ、その日から家族に異変が起き始めたと言うのであるのです。
一通り事情を伺いましたが要領を得ないので、私の寺にお出で頂いて相談を始めました。

異変とは、まず家の中で物が壊れる様な大きな音がするが、何も壊れて居ない。
夜、眠りに着くと、亡くなられた娘さんが現れて泣く。
奥様は、心労のあまり病の床にある。
息子さんは会社で嫌がらせに会い、ノイローゼ気味。
相談者ご自身も、体調不良に悩んで居るとの事でした。

私が霊視をして視ると、娘さん自身が、まだ死んだ事に気付いて居ないのでいるのです。
自殺された方に一番多いパターンであります。

自殺された方は、死にたいが反面、止めて欲しいと心の叫びを発して居るのです。

深層心理を言えば、死にたい人は居ないのです。
生きて恋愛を楽しみ、レジャーや仕事に励み、生活をエンジョイしたいのです。

しかし、中々上手く行かない中で、段々気持ちの中で虚無感を増幅して仕舞い、最後には、自分はいらない人間なのだ。と思い込んでしまうのです。
そして、自身で自爆のスイッチを押してしまうのです。

私は事情を伺った後、相談者と一緒に自殺現場に向かいました。
其処には、階下にうずくまる娘さんが居ました。

私は、娘さんを自分に憑依させ、相談者の運転する車で自身の寺に帰り、御本尊様の御前で娘さんを降ろして供養を始めました。
娘さんは逃げ様としますが、逃げられません。

寺には、結界が張り巡らせてあります。
逃げる事は、出来無いのです。
だから、私に憑依させて連れて来たのです。

供養を始めて直ぐに、娘さんに憑依して居たものが姿を現し、襲い掛かって来ました。
しかし、此処は寺。
如何に強いものでも、御本尊様と眷属様の前では無力で御座います。

しかし、私に襲い掛かって来ました。
私は、護摩壇上の三鈷杵を手に取り、バジヤラに変化させ、娘さんに憑依していたそのものを斬って瞬間に消滅させました。

後は娘さんに引導を渡すことが必要であり、大切な締め括りに成ります。

相談者のご先祖様を召喚し、娘さんを託しました。
娘さんは納得して、ご先祖様と霊界に帰られました。

その後、相談者の家庭は円満に成りました。

今では、息子さんがお嫁さんを貰い、孫の世話をご両親と一緒に楽しく送られておられます。

この世に不必要な人間は居ません。
皆、それぞれに、役目を持ち、この世に生まれて来るのです。
生きる事に無駄な事など無いのです。


人生に無駄はない。

密教法具は身を守る

密教法具は、最高の護身用具です。
私は、数え切れないほど救われて来ました。

あの時に、密教法具が無ければ、命が無かった。
と思う経験もしております。

こんな事も御座いました。

娘が小学生の頃の話です。
学校の遠足に行く時、妙に胸騒ぎを覚えました。
遠足の前夜、私は布に包んだ三鈷杵を娘のリュックサックに忍ばせておきました。

遠足も終わり、帰って来た娘が謝るのです。

お父さん、法具が壊れた。

観て視ると、真二つに折れて居ます。
勿論、子供の力で折れる様な品ではありません。

何か、途轍も無い力が一点をめがけて加わったとしか考えられ無い折れ方です。
私は、御本尊様に合掌し、赤不動明王尊の御加護に感謝申し上げました。

その娘も、今は外国で教師をして居ます。
全ては、御本尊様の御加護と感謝の毎日で御座います。

あなたも本物の(開眼供養済)法具をお迎えになりませんか?




by kongousan-akafudo | 2019-12-29 12:00 | ├密教法具について

密教1327 恐怖

このフレーズを観ると、オカルトと考えるかも知れないが違います。
人間の感情と置かれた環境に依り、変化する様相である。
最も辛いのが、飢餓だと私は想う。
私も過去に断食行を一週間敢行したが、飢餓は断食の比では無い。 
食べたいが食べる物が無い状態が、いつ終わるでも無い状態が場合によっては死ぬまで続く状態が、飢餓である。
想像を絶する世界である。
心の飢餓は精神力を鍛えれば克服出来るが、肉体的飢餓は、食を持ってしか解消出来ません。

幸いな事に現行の日本では、飢餓は無いに等しいが、過去の日本では、大勢の人々が飢餓に喘ぎ死んで行ったのである。
その魂は、今も癒える事は少ない。
何故ならば、食を得るにも棲家を得るにも金、金、金と自らは働かず求め流離う者の魂は、浮ばれ無い魂と同調する事が多々あるからである。
何の努力もせずに欲しがる者の姿は、正に餓鬼である。
他人のお金を狙い、強盗殺人を犯した犯人の面妖は、正に餓鬼である。
犯罪者も人の子と言うが、反省無き犯罪者は餓鬼であり、修羅そのものである。
最早、人間では無い。
刑罰を課しても期限が過ぎれば、また繰り返すであろう。
【死刑は、自由を与えるだけである】
なれば、死しても五百年の呪縛を掛け、徹底的に反省をさせるべきである。
浮遊霊、未浄化霊が上記の者の魂に同調する時、犯罪は激化し戦争では無い惨劇が、繰り返されるであろう。
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物欲は、真面目に働き満たせば良い。
心の飢餓は、精神力を鍛え付ければ良い。
しかし最も重要な事は、理性を身に焼き付ける事である。
人間の理性の脆さは、學びの深浅に比例するのだから。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-12-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

数珠に関する密教ブログ

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今日は最も身近な法具である、数珠についてのお話を過去記事から集めてみました。
あまりに身近過ぎて、法具だという認識がなかったかたも多いかもしれませんね。

ぜひご覧くださいませ。

密教水晶念珠の歴史 五色房念珠について

密教僧に念珠は、欠かすことの出来ない大切な法具であります。
拙僧は今迄、密教独特の念珠のおかげで幾多の危機を乗り越えられてこれました。
皆さんは、密教の念珠には特別な房を付けている事を御存知でしょうか?

密教の念珠には、五色の房が付いているのです。

拙僧の愛用しております念珠は、12mmの水晶球を組み上げた祈祷用念珠と、菩提樹の実を磨き上げた金剛菩提念珠の二種類。
それを祈祷内容に合わせて使い分け致しますが、どちらの念珠にも五色の房が付いているのです。

五色の房とは、五大力とも言われますが、地水火風空、森羅万象を司る力でもあるのです。
拙僧が様々な危機を乗り越えられたのも、五色の房念珠が有ったればこそで御座います。

修行時代には、貧しさから水晶念珠を買う事が出来ず憧れの品でした。
密教水晶念珠の歴史は古く、日本に初めて渡来したのは千年以上前。
弘法大師空海様が密教念珠として渡来したのが始まりで、それが御招来の数珠、五色房念珠であります。


水晶のパワー

今、オリンピック強化選手や関係者の間で、水晶のパワーが話題を呼んでいる。

水晶を日本に始めて渡来差せたのは、弘法大師空海である。
空海が水晶を数珠に仕立て五色の房を付け、祈祷する時に使用して居られました。

水晶は、加工する事に依り、水晶が持つ無機質な力を制御して、行者の持つ法力を真直ぐに伝える力を備え増幅する特性を持って居ります。
一点の曇りも無い水晶は、多大な力を蓄える特質がある。
言わばバッテリーの役目もする訳である。
そのバッテリーに充電し発動させるのが、法力である。

昨今、世に様々な石が出ているが私は、水晶しか使わ無い。
私は、加持祈祷に置いて、水晶念珠を使用しているがその効果は、絶大である。

水晶球を自分で吟味して、誂える時、一つ持っては、真言を読誦し水晶球に命と役割を与え、最後に護摩の炎で浄化し開眼供養してから、加持祈祷に使うのである。

詳しい製法は、悪用を避ける為に此処では、公開しません。

近年、近親者の要望もあり、水晶念珠を現代風に改良して、配布して居るが、好評である。

依頼者の願い事を聴き、製作に入り、水晶球に封じ込め願望達成を果たす時、安心立命の境涯を得る事は、古来依り密教の目指すところの、即身成仏に通じると拙僧は信じて止まない。


密教法具

密教を志す者にとって、法具は命!

この度、関係各意の御尽力に依り、密教法具としては、最高峰の京仏具が赤不動院に納入される事に成りました。
京都の仏具は、一般仏具と違い荘厳で細密な造りに成っております。

京都の密教法具は、弘法大師空海が、唐依り招来した密教法具であり、京都の法具の秘密でもあるのです。
今回、其れを再現した密教法具を当院に破格なお値段で提供して頂ける事に成りました。

密教法具は、特に京都の法具は高価な物ばかりです。
其れに加え、材質にも秘密があります。

響銅と言って、数珠に擦るとキーンと良い音を奏でる法具なのです。
これは、一般寺院には買えるお値段では無く、拙僧の夢でした。

この度、京都の仏具師のA氏依りお申し出頂き、市価の半額で提供して頂ける事になりました。

半額とは、正に法楽で御座います。
願っても無い事なのである。
貧乏寺の当院では千載一遇のチャンス、有り難くお受け申し上げました。

当院ではこれを記念して、A氏の協力を得て、一般の方々にも提供させて頂く事に成りました。

こんな事は今迄に無かった現象であり、御本尊様のお計らいに感謝申し上げて居ります。


念珠の力と御加護

念珠は、僧侶の必需品ですが、念珠すなわち数珠は、計算機の役目もします。
そして、曼陀羅でもあるのです。

数珠球の一つ、一つには、仏が宿り、正に大宇宙を具現化するのが数珠なのです。

数珠は、持つ者を彼岸に導き悟りを与える役割もあります。

私は、幾多の危険に際した時、数珠は、私を護る為に切れ弾き跳んだ事もしばしばあります。

密教の加持祈祷は、苛酷です。
様々な悪霊を調伏する為に祈り祈祷する時、素直に応じる霊は皆無と言っても過言ではありません。
中には、調伏されたふりをして、騙す霊も居ります。

それを見逃さず、紐を切り跳んで行く数珠は、身を捨て調伏法を実践する密教僧と一心同体であります。
皆様が力のある良い数珠とめぐり会われる事をお祈り申し上げます

皆さまから、度々お念珠の使い方や数の数え方に関するご質問を賜っておりました。
もちろん、インターネット検索をすれば文字での説明にはヒットしますが、どうしても実際に手に数珠を掛けているところの画像を眼で見て確認したいですよね。

ということで、師僧に「数珠を使っている画像を下さい」とお願いしておりました。
ようやく、こうして皆様にご覧いただくことが出来ますことを、嬉しく思います。

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赤不動明王院にて、作成した念珠に力上げをしているところですm(__)m



数珠は計算機
数珠は、本来計算機なのです。
それが、進化し、現在ある様に様々な変化を遂げて来ました。
中でも、密教念珠は房を五色にし、地水火風空を表現することにより、密教の独自性を強調して居るのです。

今日は、簡単な数珠の計算方法を解説して参ります。

①数珠に手で触れて、分かる印を付けて、真言を唱えた回数を把握します。
②専用の念珠があれば、最高です。
③専用の念珠を持つことで、回数に氣を取られずに専念する事が出来ます。
④数珠の球を指先で、一つ弾いて一回とします。
例えば、十回でやめたい時は、十の球に目印の球を配置します。
印でも、大丈夫です。
⑤何故、印を付けるか?
回数に氣を取られて、本質を忘れ無い為の工夫なのです。
安心して念じ、集中するには、ただ一点に想いを込めて行う事が大切なのです。
また、それが雑念を寄せ付けない秘訣でもあるのです。


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by kongousan-akafudo | 2019-12-28 12:00 | ├密教法具について

密教1326 秘蔵宝鑰

今、私は病院のベッドで弘法大師が残された秘蔵宝鑰を読んでおります。
その一説に、皆さんに伝えたい教えがあるので、以下に記します。

【狂毒自ら解けず医王よく治す、摩尼自ら宝にあらず工人よく磨く】
これは、激しい毒は自分で消す事は出来無い。
医王のみが、消す事が出来る。
宝珠は、元から宝珠では無い。
工人が磨く事で、宝珠となるのである。
即ち病いを患った場合は、自己判断はせずに名医にかかり治療を受ける事。
どんな宝石も、それを磨ける確かな腕を持った職人がいなければ、唯の石ころ同然である。
【仏を例えれば、医王であり工人である】

病いや貧に嘆く事無かれ、全てはこの世の學び【試練】なのである。
御仏は、その者に耐えられない試練は御与えに成りません。
医王【医師】を目指す者、工人【職人、匠】を目指すも、道は違えど努力の過程は大差無いのである。
差があるとすれば、考え方と心の持ち方である。
自分には出来無い、自分はもう駄目だ、駄目だ駄目だは誰が決めて居るのか?自分である。
例え治る望みが無い病いで有っても、精一杯生きる事こそ努力であり、試練の終末なのである。
愚痴や未練には、キリがない。
正々堂々と事に向かいその後は。
【人事を尽くして天命を待つ】

潔く生きるも人生、愚痴や未練に生きるも人生である。
それを選択するのは、自分である。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-12-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

紙天蓋・御幣に関する密教ブログ

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天蓋

密教では天蓋は不可欠な仏具ですが、高価でなかなか入手困難であります。
しかし日本人の叡智は、困難を乗り越えて可能にして来ました。
その結果とは紙天蓋です。

天蓋
天に懸(か)けられた蓋(がい)の意で、仏像や導師の上にかざす装飾的な覆いをいう。古来からインドでは強い日射しを避けるため、貴人の外出にはつねに傘蓋(さんがい)で覆う習慣があり、これが仏教の荘厳具(しょうごんぐ)として用いられるに至ったとみられる。
初期経文には、宝華(ほうげ)や光明(こうみょう)が化して蓋となると説き、仏の白毫(びゃくごう)が七宝の大蓋と化して天を覆ったと記されている。
蓮華(れんげ)をかたどる天蓋は古いものに多く、インドの無仏像時代から中国に至るまで数多く存在するが、のちに、しだいに方形、六角、八角、円形などで表現されてくる。
その多くは蓋の周辺に宝散を垂れ、片隅に幡(ばん)を懸け、華、宝綱、宝珠、瓔珞(ようらく)、鈴などで飾ったものや、天人、霊鳥などを彫刻したものがある。
日本に現存する有名なものに平等院鳳凰堂(ほうおうどう)の阿弥陀仏(あみだぶつ)天蓋、東寺(教王護国寺)の不動明王像の蓮弁(れんべん)木造天蓋(ともに国宝)、法隆寺金堂の釈迦(しゃか)三尊や阿弥陀仏の天蓋などがある。
後世、寺院の礼盤(らいばん)の天井にもこれを懸け、阿闍梨(あじゃり)を覆う人天蓋と、諸尊を覆う仏天蓋とを区別している。[江口正尊]
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


紙天蓋とは、一枚の紙に切れ目を入れ制作した逸品のことです。
一枚の紙に切れ目と折りを加え、切り離される事無く一枚で見事な天蓋が出来上がります。
私も天蓋が買え無い時代、長きに渡り紙天蓋を愛用して来ました。



そして、御幣。
精魂込めて刻みあげた御幣は、魂の憑代です《憑代、よりしろ》

その昔、紙は貴重品でしたが、木像、鋳造仏は武家や貴族しか持てない高価で貴重な物でした。

その頃に出現したのが、紙に依る細工であります。
そしていつの日か、御幣、紙天蓋と発展を遂げて来たのです。

現在では、誰でも入手可能な仏像、仏具。
いつの日か、紙天蓋や御幣の需要は無くなり現在に至ります。

当院では、忘れ掛けられた文化に焦点を当て、現在、弟子を中心に指導中です。

日本には、紙を使った芸術文化が各地に伝承されております。
日本人の繊細な感性が育んだ文化と言えましょう。

伝承を護り、受け継がれた紙の芸術は世界に冠たるものであると私は考えます。
私は、今後もこの文化の掘り起こしに尽力して行く所存であります。

荼枳尼天

通称稲荷神は、商売繁盛の御利益で有名ですが、一度拝んだら一生、拝めと言われるほど、きつい神仏です。
が、本当にきついのは御神体ではなく、御神体で在る稲荷神が乗る眷属の狐なのです。

稲荷神の眷属にも階級があり、それは尾の数で分けられます。
九尾の狐は稲荷神の乗り物であり、眷属中では一番の実力者である。

稲荷神が九尾の狐に信者の願いを叶えるように命じ、九尾の狐が下の狐に伝え、下の狐がまた伝えるのである。
実に整ったシステムである。

しかし、信者が御神体を粗末に扱うと、御神体は平静だが下の狐が黙っていない。
あらゆる事が発生する。

私が頼まれた事例が、次の通りである。

稲荷神の社を取り壊して、アパートを建てたが、借り手が現れない。
次いで主人が他界。
三ヶ月後に長男が他界。
次男も病気で入院中で、母親も病気で自宅療養中である…。

その家の娘さんが愚僧の庵に相談に来られた。
全ての事情を聴いた私は、アパートで祈祷する前に霊視をする事にした。

やはり、眷属の狐が暴れている。

其処で一考、新たに社を建立する事を提案した。

病床の母親と娘さんでは結論が出ないので、親族会議を開き決めたいので、私にも出席して欲しいと頼まれる。
快諾して親族会議の場に出た。

私の勘が的中した。
何処の家にも要るが、科学至上主義人間である。

私は、頼まれたから出席したにも関わらず、疑惑の眼に晒された。
私は、迷わず退席して帰宅。

それから、二、三日して、あの科学至上主義人間が倒れて、私に謝りたいと言うのである。

私は、丁重に御断りしたが、どうしてもと言う病人の頼みと言うので会うだけ会う事にした。

再会して見ると、二、三日前に会った人とは、思えない痩せ方。
私には、直ぐに解った。
障りである。

病人が私の手を握り、先日の非礼を詫び、稲荷社の建築費用、その他を全額、自分が負担すると言うのである。
訳を聞いても、青い顔をして、訳を言わず終いである。

私は、申し出を実行すべく奔走した。

勿論、仕事は休暇を取り、宮大工と打ち合わせをして建築。
次は、知り合いの法具店に法具を発注。
次は、供物である。

米三俵、酒樽一位(いつい)三宝五に山海の物を盛り上げ、御幣を建て、いざ供養の日。
大変な人集りである。
まるで祭りの日です。

まず、今迄の稲荷神を召喚して、社にお入り頂く。
後に、稲荷大社から私が頂いて来た御霊にお入り頂き、この屋の護りとなって頂いた。

その後、不思議な事に病で倒れた方々が全員完治して、お医者様も首を傾げる程でした。

この件は、関わった人が信じる信じないは自由なのに、科学至上主義を振り撒いた結果の出来事でした。

今、その御宅は大盛況です。



■御幣

御幣とは、日本特有の折り紙文化と融合し、時代の流れの中で独自の発展を遂げた祈りの文化である。
依代としての効果は絶大である。
奉書を折り、小刀で刻む時、口に真言、心に御仏を観想し一気呵成に切り終える。
そして折り返し、幣串に納めて出来上がりである。
誠に手間がかかる逸品である。

様々な御幣が伝承されて来たが、現在では修行の厳しさに、御幣を切れる者も少ない。
また幣串についても、神具師に依頼して製作するが、神職《宮司》僧侶の資格を有する者以外には製作してくれません。

お金を出しても製作してくれ無いものがあるのは、この世界だけでは無いだろうか。
正に、物質的価値観が届かない世界である。



by kongousan-akafudo | 2019-12-27 12:00 | ├密教法具について

密教1325 愛の學び

人間は生き物、病に倒れる事もある。
機械でも故障した場合には、修理や部品交換が必要と成ります。
人間でも機械でも傷んだ時に必要なのは、それに従事する方々の力である。
例えば、長年愛用して来た機械が壊れた場合、修理を考えます。
それには、長年の愛着と支えてくれた愛があるからである。
人間の場合では病院があり、切除しなければいけない場合には当然手術と成りますが、家族の心労は計り知れません。

例えば、一家の柱が入院と成れば金銭的にも家族に重圧が掛かるばかりか、様々な不安に苛まれその気持ちは筆舌に尽くし難い心境であろう。
それは、病に侵された本人も同じであるが、病気は愛の學びと捉え一日も早く快癒し、家族や待っている人達の為にも耐えねばならないのである。
入院して氣付いた事は、様々な愛がある事である。
看護師さんの献身的な看護は、正に愛そのものである。
例え、病や怪我が軽傷で有ろうと自分だけで快癒させる事は、難しいであろう。
それが重病になれば、大勢の方々に力を借りねば成りません。
正に、感謝である。

私は今、病の床にありますが愛に包まれとても幸せです。
私は、全身全霊の氣力を振り絞っても生還します。
皆さん、それ迄待って居て下さい。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-12-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信