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密教1271 動物の恩返し

今迄に沢山の動物ちゃんの慰霊をさせて頂きましたが、以下は心温まる事例であります。
私の知り合いのTさんが散歩中に車に轢かれ瀕死の状態の犬を発見し、すぐさま病院に連れて行き命を助けたが飼い主は見つからず、
Tさんは自分が面倒を観る事にした。
Tさんは、天涯孤独の独居老人であるが、動物が大好きである。
その日から、犬と二人暮らしを始めました。

傷も癒えたワンちゃんは、お爺さんになつきまるで親子の様に暮らしました。
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お爺さんにシルバー人材センターから仕事が入るとワンちゃんは、静かにお爺さんの帰りを待つおとなしいワンちゃんである。
そんなある日の夜、けたたましく吠える犬の鳴き声を聴いた近所の人がお爺さんの家に行くと、お爺さんが倒れて居る事に気づき救急車を呼び、
発見が早かったおかげで、お爺さんは助かりました。
お爺さんの帰りを待つワンちゃんは 吠えもせず静かに近所の人達が運んでくれるご飯を食べ、待って居ました。
やがてお爺さんは、家に帰ってきました。
お爺さんとワンちゃんは再会を喜び、それからはまるで親子の様で有ったと、近所の人達は言う。

その数年後、雪の降る寒い日にお爺さんは、亡くなりました。
その日もワンちゃんは、お爺さんを救おうとけたたましく吠えて、助けを呼んで居たそうである。
しかし異変に気づいた近所の人が、お爺さんの家に入った時には、お爺さんはこときれて居たそうである。
【お爺さんの葬儀は拙僧が担当】
ワンちゃんは、お爺さんの棺の側を離れ様としないのである。
まるで、大切な人を自分が守ると決めた様に。
私は、その姿が今でも忘れられ無い。
お爺さんの遺体を荼毘に伏した後でも、遺骨の側から離れ無いワンちゃんの姿を見たご近所の方々も、涙されておられました。
そしてお爺さんが亡くなった日からワンちゃんは、ご近所の方々がどんなに美味しい物をあげても食べず、お爺さんの初七日の日にお爺さんの後を追う様に、
亡くなりました。
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お爺さんとワンちゃんは、天国できっと楽しく暮らして居る事でしよう。
愛を注いだお爺さん、その愛を受け取ったワンちゃん、魂に上下の区別は有りません。
美しい愛と魂に称賛あれ
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1270 動物愛護

歴史から観ても動物は、人間と関わり様々な時代を重ね、現代では家族として一緒に暮らしている方が大多数ではないでしょうか。
かくゆう私も、動物が大好きである。
現在、ミニウサギ、フレンチブルドッグ、パグ、カメ二十一匹が我が家の家族です。

先日、動物愛好者の編集社から依頼され、動物雑誌の表紙と各記事の写真に掲載される事に決まり、本日撮影に行って参りました。
主役のワンちゃんは【我が家の真海、天真】は、堂々とカメラの前に立って居ましたが、拙僧の方が初めての経験であり、終始、緊張を隠せません。
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私は、元来の動物好きで全ての生きとし生けるものが、大好きである。
また、魂には段階があり、動物だから低いとは、限りません。
人間に生まれてもある者は、私怨に駆られ大量殺戮を実行する者や、自分のモヤモヤを晴らす為に他人に危害を加える者と挙げればキリがないほど、
魂の低い者が居るのも周知の事実である。
魂は、磨く努力をすれば向上し光り輝く日が来るが、その逆に己れの幸不幸を他人のせいにし怠惰な生き方を続ける者は、
闇の世界に身を置く事に成るのである。
どちらの世界を選択するかは、自分自身の心次第である。
自身の場所を光明蔵とするか暗黒蔵とするかは、自分が決める事である。

暗い話し以外にも、優しい話しもあります。
当院の後援者の方々から、動物の為の霊園を作ろうと言う気運が高まっております。
恵まれ無かった子達や埋葬もままならない子達の為の霊園を作りたいと云う、構想である。
私も、大いに賛成である。
気持ちを一つにして、実現へ向けて各方面に働きかけて参ります。
二年後、三年後の実現に向けて、私はこれから奔走して参ります。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1269 御供養の必要性

僧侶として他界された方を御供養申し上げるのは、当たり前の事でありますが、いくら僧侶と言えども依頼が無ければ、お受け出来ません。
また僧侶が霊的存在を理解しておらず、御供養申し上げても空經に過ぎず届かないのも現状であります。
私が以前から提唱して居る様に教典とは、実践論と説話が存在しております。
どちらも切り離す事は出来ませんが、上記の二教を知らずして供養の実践も成り立たないと私は思う。

例えば説話だけで故人【愛するもの】が成仏を遂げるのであれば、身近な親族、家族の説得だけで充分であり、高額を掛けて葬儀をする必要も無いと考えます。
葬儀、供養は、単なる儀式【セレモニー】では無いのである。
生前に死を理解して居なかった人をも、納得に導く実践法が必要なのである。
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霊的存在を理解し折衷する時、其処に生まれるのが納得【霊的納得】なのである。
説得と納得無くば、迷うのは当然と考えます。
最良なのは、生前に學びを深め執着を捨てられる自分作りなのである。
死を知らず生前と同じ欲を持ち続ける事が、如何に不幸な事かを知り俯瞰するには、學びは最高の良薬である。
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誰にでも、出来ます。
最初から難しいと決め付け手を出さず、振り向きもせずにはやがて後悔する時が、訪れます。
本当の供養は、先祖に心配を掛け無い生き方をする事である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1268 加持祈祷の原理厳修

専門的に述べても理解が難しくお解りにならないと考え、以下は拙僧が咀嚼し分かりやすく書いて行きます。
加持祈祷とは、善男善女の願いを聞いて頂ける様に密教僧が一心を込めて祈る事から、始まります。
護摩行法とは、何か?
仏様への、究極の御接待である。
護摩木に願いを込めて焚き上げ、様々な御供物を護摩炉に投入し御供養申し上げます。
御供物とは支具は勿論、宝石、金、銀その他を指します。
饅頭や菓子などは、投じません。
上記を護摩の炎で天に捧げ祈るが、護摩法の基本である。

様々な密教法具の役割
人間界に置き換えて考えれば、至極当然な事とお解り頂けると考えます。
私達が食を得る時にも、様々な道具が必要である。
箸、茶碗、湯呑み、飯炊き釜、しゃもじ、おかずと皿、また、飯を炊くには電気、ガス【火】が必要である。
人間界でも最低限、必要なのが上記の様に揃え無ければ成らないのと同じく、法具、仏具も必要なのである。
当院が本物の法具、仏具に特化する意味は、何か?

上記でもお解り頂ける様に、玩具の釜でご飯が炊けますか?玩具の調理器具で料理が出来ますか?
全ては、此処に答えがあるのです。
依頼者の願いを叶えたい一心を本気で考え実行するには、本物が必要なのは当然と言えよう。
加持祈祷とは、御本尊様、依頼者、行者のトライアングルが形成される事で、成就の道が開かれるのである。
行者は、一心に依頼者の願いを御本尊様に言上し奉りますが、この時に依頼者側に虚偽が有った場合には、
例え行者が気づかずとも御本尊様は見破り、成就には至らない事は当然であり、場合によっては罰が下される事もある。
どんな事でも言える事だが嘘、偽りの類いは、やがて破滅を招くのは、道理である。

密教の教義を難解と言われる方も多いが、専門的教学は確かに難解である【一般の方では理解し難い】。
しかし教える側が理解して頂きたいと思う心を持ち、咀嚼を繰り返し教えれば可能であると言うのが、私の考え方である。
少年老い易く学成り難し、されど學ばん。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-28 06:01 | ◎赤不動明王院通信

密教1267 因縁を背負う

人間は、知らず知らずのうちに因縁を背負うことがあるが、その場合はまだ良い.
しかし、作為的に行なった行為で背負った因縁は、簡単には消え無い。
何故か?
作為的に行う行為には、意志があるからである。

例えば、イジメ、誹謗中傷、匿名で行う行為これらは、簡単な行為と思いがちだが、大変な因縁を背負う事に成るのである。
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自分が上記の行為を受けたら、笑って流せますか?
不安、苛立ち、怒り、怨み、と言った感情が働くであろう。
その感情は、相手が不明で有っても、届くのである。
そして他人に迷惑行為をする者は、同じ様な行為を複数回、行なって居るであろう。
従って、因縁も複数に及びがんじがらめ状態に成った時点で、一気に表面化しどうにも成らなくなるのである。

以下に、一例を挙げて置きます。

その人は、何処から見ても真面目そうな人でしたが、一つ悪い癖が有ったのである。
むしゃくしゃすると匿名で関係が無い人に手紙を送り付けたり、買う気も無いのに嘘の注文をしたり、お店に嘘の予約を入れ混乱させて、
自分のうさを晴らす様な悪い癖である。
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しばらくすると喉と腰に痛みを感じる様に成り、医師の診察を受けたが原因が解りません。
痛みに耐えながら一年が過ぎた頃、ますます痛みが激しく成り専門医の受診を受けた時には、手術しか無いと言われ手術を受けたが、
痛みは、消えず困り果てた時、知人の紹介で私の寺にお出に成りました。
私が視たものは、怨みに燃えた人達の顔が無数に視えたので、本人にそのまま伝え、身に覚えが無いかを聞いてみました。
すると重い口を開き、話してくれました。
今迄にしでかした事を懺悔する様に、全てを話してくれました。
しかし相手の事やいつ誰をは、覚えてい無いのである。

私は何故あなたが現状苦しむのかを、説いて聞かせある行を勧めたのである。
その行は、千日に及ぶ行である。
この行は一日たりとも休む事は、許され無い行である。
相談者はその場で快諾し、その日から行を始めたのである。
百日が過ぎた頃、一本の電話があり、苦しいので行を辞めたいと云うので、私は言いました。
元に戻りたいなら、良いでしょう!
但し、また苦しいからやりたいは、受けません。
本人は泣きながら反省し、その後千日の行を満行し、今では他から信頼を受け仕事も家庭も円満で、毎日の信仰も欠かさ無い人に成りました。
くだらぬ思いで他を苦しめた者の償いは、十倍に成って帰って来るのが法則である。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1266 善意悪意

誰にでも多かれ少なかれ持ち合わせている感情だが、これが人生を左右する事を知る者は少ないであろう。
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そもそも人間の想念は、生き方、運命に大きく関わって来るのである。
例えば自分以外は認め無い傲慢さは、信頼する者を自分から排除するように孤独と猜疑心に支配され、顛末は悲惨である様に様々に影響するのである。
上記以外では、誹謗中傷、イジメ、に関わった者は、そのカルマが払拭されるまで自分が同じ目に遭い続けるのである。
犯罪者に至っては、終生、懺悔の生き方を強いられるのである。
悪意の末路は、自身の人生崩壊を意味するのである。

以下は、ある資産家に気に入られ養子と成りし者の末路である。

その家では男の子に恵まれず、当時資産家が気に入って居た若者を養子に迎えたが、しかし当主が他界すると養子は手のひらを返す様に、
当主の奥様にまで暴力を加えるようになった。
観かねた親類が注意を促すと、暴力団の様に威圧し追い返す始末である。
やがて、他の親類の資産まで我が物とする為、様々な画策をする様に成ったのである。
困り果てた親類は、人伝に私の事を知り相談にお越しに成りました。
私は尋常では無いと悟り、霊視をする事にした。
すると過去の因縁が、次々に出て来たのである。【全ては人権に抵触するので割愛する】

まずは、横変死の因縁【自殺、事故死】過去世の因縁【近い親族の怨み】金銭の怨みと様々である。
とても全ては、払い切れ無いので持仏像をお祀りする様に、お勧めした。
上記をおさめるには、強い信仰心と信念が大切である。
そして一年が過ぎた頃、悪行を重ねて来た養子、ある事件が元で命を落とす羽目になった。
それは、莫大な借金絡みである。
生前、養子はギャンブル好きであちらこちらに、借金をして居たのである。
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本来であれば、受け継いだ資産を大切にし先祖を敬い親類付き合いも正しく行って居れば、先祖の加護も受けられたのだが、
その真逆では、当然の末路と言えよう。
金に群がり金に支配される時、人間は人間で居られなくなるのである。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1265 忍び込む魔

私達の生活の中でふとした事に失敗をした経験は、誰にでもある事であろう。
原因は、焦りや早とちりと様々である。
しかしそれが、事故や事件に繋がることもあります。

例えば、電車のホームで人とぶつかりその弾みで線路内に墜落し、其処におり悪く電車が来た。
これは、事故だろうか事件だろうか?
判断が、別れるところであろう。
正に、魔がさしたである。
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これは電車を利用する人には、起こり得る事である。
油断、焦る心に忍び込む魔である。

以下は、上記にまつわる話しである。

その日私は、依頼を受け地方に居た。
その依頼とは、自死を遂げられた娘さんの霊を慰霊して欲しいと云う案件である。
過去に何度も自死の慰霊を謹修して来た経験上、どうすれば良いかは充分心得ているが、今回の慰霊は思わぬ展開がありました。
自死【自殺】では、無かったのである。
警察の調べでは、事故か自殺かハッキリしなかったが、降霊して本人に聴くと、其処に居る霊に引き込まれ線路に落ち気づいたら死んでいたと云うのである。
しかし、その場を離れる事が出来無い。
私は強く念じ、私の身体に憑依させ、彼女の実家へと急いだ。
実家に帰り着いた彼女は、様々な事を教えてくれたのである。

その日、彼女は体調が悪く頭が朦朧として居たが、どうしても行かなくてはならない仕事があり、朝の混雑する駅に居た。
気持ちは、帰って眠りたい嫌だなと思って居た瞬間、強い力で押され線路内に転落し其処に電車が来てしまった。
その後の事は、覚えてい無い。
正に、一瞬の出来事である。
その後は、得体の知れないものに支配され、その場を動く事が出来無かったのである。

私は、知っている。
自殺が続く場所には、必ずいる魔である。
その正体は、悲しみ・怨みと言った想念が集まり形成された邪悪なものが、居るのである。
従って、自殺が多発する場所や幽霊が出ると言って面白がり行く事は、やめた方が良い。
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私が依頼された件は、年月の経過も浅く完全に取り込まれていなかったので実家に連れ帰り霊界に行く事が出来だが、
完全に取り込まれて居た場合は、引き戻しにかなりの困難が有ったであろう。
出かける時、家族から掛けられる言葉に、気をつけて行ってらっしやいの言葉は、氣を付けての言霊と理解するが正解である。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1264 危険な領域

本物の霊能者なら知らない者や分からない事は、無いであろう。
増してやあやふやな答えは、出さ無い!【此処では不特定多数の方々が観て居るので差し控える】
私の寺では、弟子・信徒には、伝えてその場所に近づかない様に指導して居る。
何故か?普通の人が太刀打ち出来る存在では、無いからである。
正に、魔物である。

その場所は、地域で書けば代表的なのが東京、大阪、奈良、名古屋、諸々の地域である。
小さな場所まで言えば、無数にあると言え様。
その際たる原因は、戦争の後遺症である。
日本の戦乱の歴史は、長い。
一部の愚かな人間がもたらした悲惨な歴史は、戦った人間はおろか婦女子・子供に至るまで犠牲にして来た歴史である。
やがて戦争は、終結したが魂は、救われぬまま現在に至る。
良い人も悪い人も死んだ戦争、しかし死後も戦乱を忘れられ無い魂は、軍神と祀られる事により活性化し彼等の中では、今も戦争は続いて居るのである。
其処に無防備な人が迷い込めば、結果は私が言わずともお分かりであろう。
混沌、混乱、意思薄弱な行動は、上記に毒された者達が引き寄せもたらす要因を強いのである。
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これに打ち勝つには、正心と信仰心しか打ち勝つすべは無い。
しかし悪意悪心は容易く持続可能だが、正心を持ち続ける事は難しだが、悪意悪心は、未来永劫、安心立命には、至らない。
どちらを選ぶも自由であるが、危険な領域の住人に成った場合、それを認めぬが為に新たなる苦海に身を投じる事になる事を覚悟せねばならないのである。
母の胎内から産まれし時、無垢であり學びを主眼に置いた学徒なのである。
それがいつの間にか悪意悪心に染まり、様々な害毒を撒き散らす者に変貌するのは、悪心を招き入れた本人の怠惰な心である。
信仰心あつき者は、危険な領域には踏み入れ無い護りが働きます。
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決して遊び半分な気持ちで、領域に足を踏み入れてはいけない事を忠告しておきます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1263 氣付かない恐怖

様々な脅威や恐怖は、好むと好まざるに関わらず襲って来る事がある。
以下は、警鐘を鳴らす意味で書かせて頂きます。
私には視えて居る事が、他の方々には視え無い。
この現象は子供の頃から慣れて居るが、他に理解される事は無い。

例えば、私が相談を受け助言をしても私が示した事の反対の行動をして失敗した例は、少なく無い。
しかし失敗を経験するまでは、自我が優先していたのであろう。
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それでもまだ、良い方である。
人間は失敗を繰り返して、學ぶ事もあるのだから。
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ただ言える事は、失敗の度合いである。
改正するにも、余力が必要である。
しかし失敗を取り戻そうと足掻けば足掻くほど、泥沼化してしまう場合もあるので注意が必要である。
上記の例は自分を客観的に捉え分析し、智慧と理性を屈指すれば解決の糸口は掴めるが、
霊的要素が絡み合い起きる現象は、一般の方々には中々に理解し難いであろう。

例えば何度も泥棒の被害に遭う家は、普通に考えれば防犯意識が低いからだと言う人も居るであろうが、では何故 リスクを犯しても同じ家を狙うのか?
私の知る例では、防犯カメラを設置して居てもカメラの眼をかい潜り、潜入される事も有った。
霊的に分析すれば、引き寄せ現象である。
私がカメラの映像を家人と一緒に確認すると、泥棒と憑依霊がハッキリ写って居たのである。
この家には、前の住人で亡くなられた方が不成仏霊と成り、今もその家に住んで居るのである。
言わば、置き去りの状態であるから、後からこの家に引っ越して来た者は、侵入者としか捉えられ無いのである。
理不尽な事と思われる方々も少なく無いと思うが、これが現実なのである。
その現実を霊を信じ無い人に伝える事は、至難の技である。

例えば、私が親切心で憑依されて居る人に教え救いの道を示しても、その人は私を詐欺師か狂人と思うであろう。
従って依頼が無ければ、動けないのがお解り頂けよう。
真実を捉えるには、受ける側の予備知識と理性、客観性が要求されるのである。
全てを霊の仕業と捉えるのは、危険である。
また不思議思考は、最も危険であると言わざるを得ない。
霊的要因は一つの要素と捉え、反省と感謝の心に立ち戻り冷静に見詰める時、真実はあなたの眼にも捉える事が出来るのである。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教1262 井戸②

人間は便利を優先した挙句に、忘れてはならない事を忘れがちな生きものである。
私の寺の檀家さんである建築会社の社長に、井戸を埋め整地する事をお願いして、次は神具師の知り合いに龍神様の御社を製作して頂く事にした。
家人も納得して全ての依頼を承諾され、後は全てが揃うまで井戸神に祈りを込め、竣工の時を待つ事にした。
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何故、井戸が障ったのか?
当たり前である。
必要な時は重宝し、必要で無くなれば蓋をする。
これでは井戸神で無くとも、怒るてあろう。
私は先ず井戸神【龍神】が鎮座される場所【裏庭】を浄める為に、壇を組んで土砂加持祈祷を謹修した。
そして、御社を設置する土台を専門職人に施工して頂き完成後いよいよ御社を設置、次は御魂を井戸から御社にお移り頂く為の供養法を謹修させて頂き、
鎮座された事を確認し井戸の埋め立てと整地の作業に入った。
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代金は其れなりに掛かったが、後日談がある。
店は今迄以上の盛況をみせ、工事に費やしたお金は直ぐに儲けで支払え、今も繁盛して居る。
今では、仕事前には必ず全員で御社にご挨拶をし、毎月の御縁日も欠かさず謹修して居る。
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正に神仏とある、生活である。
敬い尊びが、日常と同化した良い見本と言えよう。
良い時は忘れ、悪い時だけ願うは都合の良い事だが、それでは、成就は、夢のまた夢では、無いだろうか。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2019-10-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信