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密教972 境遇

人間は境遇に依り様々な人生を生き、歩み、ある人は富に恵まれ、ある人は貧しさに反発し、ある人はその境遇を自らの力と錯覚し傲慢になる。

境遇とは學びの課題であり、羨む事でも卑下する事でも無い。

以下は、逆境を乗り越え生きた方の実話である。

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私の友人のお母さんは幼い頃、顔に重度の火傷を負い苦労されました。

【友人談】幼い頃、母の容姿について他の人から心無い誹謗中傷を受け泣いて帰った時、お母さんは息子に謝ったそうである。

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お母さんがこんなだからお前がイジメられる。

ごめんね、母は涙を溜めていた。


その夜、仕事を終えて帰って来た父とお風呂に入り、今日の出来事を話した。

その時に父が言った言葉を今でもはっきりと覚えている。

そして心の宝とし胸に刻んだ父の言葉とは、人間は姿形で判断しては行けない。

例え宝石で身を包み豪華な服装をしようと、心が卑しければ身も卑しいのである。

【外面菩薩内面夜叉】

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お父さんは、お母さんとお前が大好きだから、何を言われようが氣にしない。

小学生の時、私の家も貧乏でした。

その頃は、テレビがある家が珍しく、私もテレビが見たかった。

ある日、友達の家でテレビを買ったと聞いた私は、見せて貰いに家を訪ねた。

すると家人から貧乏人は、汚ないから見せられ無いと言われ、泣きながら帰った記憶がある。

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人間は時として、自分の境遇を錯覚し傲慢になる事がある。

真の學びを知らない者は不幸である。

錯覚の中に暮らし、傲慢の海に漂う筏の上に居ても氣づかず彷徨う。


そして母の容姿でイジメられた少年は、大人に成り立派な人生を歩んで居る。

そして彼が子供達に教える事は、差別の無い心を身に着けて生きなさい!貧富を羨まず。

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良い教えである。

貧富の差も容姿の差も所詮、生きている間の幻のようなものである。


南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-12-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教971 不動産を決める前に

家土地を購入する事は、大変な事だと思います。

だからこそ慎重になって頂きたいと思うので、今回の記事を書く事に致しました。

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【借家、アパートも同じです】

以上を回避するには次の方法が有効と考えます。


貸主、売主、仲介業者に履歴を確かめる事。
 ただ真実を語ってくれる保証は無い事を心得ている事が肝心である。
 
近所に聞く、しかし中々、本音では話してくれ無い
 のも事実である。
 そんな時に有効なのが手土産である。人は物を貰い怒る者は皆無である。
 そして礼儀正しさを示し、相手に話しやすい状況を
 作る事が真実を知る早道である。  


近所の商店で買い物して、何気なく物件情報を聴く。
 これが意外と有効な場合が多々あります。
 最後にどうしても不安がある場合は、潔く諦めましよう。

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全ては、必然であり偶然では無いのである。

すべからく言える事は、どんな事でも深追いは禁物である深追いは、人間の眼を曇らせる要因の一つであり、正しい判断が出来難くなる最大の要素でもある。


これから、転居する事が多くなる季節に入ります。

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皆さんには明るく快適な生活をして頂きたいと考え、以上の事を老婆心ながら書かせて頂きました。

皆様の安心立命を心よりご祈念申し上げます。


南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝







by kongousan-akafudo | 2018-12-30 13:05 | ◎赤不動明王院通信

密教970 怨霊の棲む家

それはある若夫婦が家を買った時から始まった。


誰も居ないのに電気が消えたり、台所で鍋が落ちた様な音がしたので見に行くと何も落ちて居ない、風呂には水を入れて無いのに、水音がする。

様々な現象に悩まされた若夫婦は、人の紹介で私を知り訪ねて来られました。


私が靈視すると、ある事が解りました。その家より土地に問題が有ったのである。


私は、若夫婦に言いました。

今の家の近くにお寺があるはずです。

そのお寺で事情を話しその土地の由来を調べて教えて貰いなさいと言いましたが、しかし納得して居ない様なので靈視結果を全て話しました。

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靈視結果は、刑場跡だったのである。

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刑場と言えば悪人が首を斬られ【死刑執行】ると普通は、考えますがその昔の捜査は、必ずしも正解では無かったのである。

犯人が否定すれば、拷問しても白状させるやり方である。

それは、戦後まで続いた。

ご存知の方も居るで有ろう。


無実の者が処刑される気持ちを考えれば、さぞかし無念で有ったで有ろう。

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その念は、消える事無く続くのである。

それが一体や二体なら方策もあるが多勢になれば難しい。


若夫婦は、私の言う通り寺に行き事情を話し過去帳を調べて貰った。

そして愕然とした若が靈視した通りだったのである。

その後、若夫婦は、売るに売れ無い家土地を抱えて悩み、再度 私に助けを求めて来られました。


私は、御本尊様にお伺いを立て得られた答えが加持祈祷【土地の浄化祈祷】の後、全てを貸し駐車場にする。

ご夫婦は、悩んだ末に駐車場にしたところ、直ぐに全てが契約され、現在はその利益で前のローンも返済できる結果に成り、その後、新築の家を購入しました。

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ては、真面目な若夫婦の信仰心が助けた事例である。


南無大日大聖不動明王尊

金剛合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-12-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教969 怨霊

日本には、古来より怨霊を封じる時に石像・石碑を建て供養して来た経緯がある。

しかし、昨今の物質至上主義の影響かそれらの物が何の供養もされず撤去されて居る事実をあなたは、ご存知ですか?

では何故、古来の方々が石像、石碑を建立し祀ったのか古来の方々は、知って居たのである。

封じ無ければ、子孫に仇を成す事を経験から學んで居たのである。


以下は、私の経験談である。

それは、一本の電話から始まった。

その家は代々続く旧家である。

一年前に、家族の意向に依り新築工事に入りました。

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その時、前々から有った石碑を邪魔に成り、一時保管のつもりで移動、撤去し工事完了後は、適当な場所に安置するつもりだったが忘れて紛失してしまったらしい。


【家族談である】新築工事完了に家族は浮かれた。

誰も石碑の事など忘れて居た。

一年後、家族に異変が立て続けに起こった。


最初は、子供達、次に奥様、ご主人の身に

病気、家庭不和、仕事の逆風、言い表せないほどの苦労が覆い被さる様に、立て続けに起こったのである。

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私には直ぐに解りました、祟りである。

石碑は、土地を鎮める為の要だったのである。

それを何の供養もせず外し忘れて、放置すれば当然の結果と言え様、その後新たな供養塔を建立し、私が御供養申し上げて居ります。


現在御一家は、前非を悔い家族全員で信仰を深め、現在は家族円満、万事しあわせな毎日を過ごしである。

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霊的無知は、ある意味不幸を招き入れる事に繋がる事があります。

お気を付け下さい。


南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-12-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教968 麻薬の代償【魔薬】

私は、これほど悲惨な事例を知らない。

私の昵懇にして居る医師から依頼を受けある医療機関に出向いた。

そして私が眼にしたのは、まだ成人前の若い患者の姿である。

しかし一見すれば、老婆である!


患者さんのお父様の話しによると、男に騙され帰って来た時は、麻薬と性病で身体は、ぼろぼろ、入院はしたが手遅れであり。

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せめて親の気持ちで、少しでも安らかに見送ってやりたいとおっしゃられ涙される姿を見て私も胸が熱くなるのを抑えられませんでした。

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医師も、最早手の施しようが無い状態であり、親御さんの心中を考えると余りあるものがあります。


私は、寺に戻り加持祈祷に入り一心不乱に祈りました。

その間も医師の懸命な治療は、続いて居る事は言うまでもないが、一つ変わった事が有ったそうである。


医師によれば、患者さんが動く度に外れて居た関節【大変な痛みを伴う】が外れ無く成り、良く眠る様になったと聞いた時は、私も嬉しい気持ちになりました。


そして運命の日がやって参りました、私も病棟に急ぎ参りました。

娘さんは、昏睡状態でした。

私は、心の中で護摩を焚き祈りました。

その時、娘さんが眼を開けて御両親に一言【ごめんなさい】そして安らかに永眠しました。


御両親が涙乍らに言われました。有難う御座います。この子もこれで楽になれました。


医師にも私にも感謝の言葉を頂きました。

どんな事が有っても薬物に手を出しては、行けません!

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南無大日大聖不動明王尊

金剛合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-12-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教967 小児癌

私が昵懇にして居る住職は、寺の一角で幼稚園を営んで居た。

園児たちは登園すると誰が勧めた訳でも無いのに毎日、寺の御本尊様に可愛い声で、おはようございます。

それは遠目に見ても微笑ましい光景である。


私が所用で寺を訪れると、園児たちが一休さんのおじさんと言われ、その純真無垢さに癒され微笑んだものである。

その知らせは、園児のお母さんから寺にもたらされた。

【うちの子に小児癌が見つかりました、母は、涙声であった】小児癌は大人の癌に比べ非常に進行が速く発見した時は、手遅れ状態であった。


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あの当時は、今の様に医学も進歩しておらず手の打ちようが無いのが実情であった。


そして運命の日が来た、住職は、お母さんに言いました。

朝まで【一晩中】起きて居るので、何かあれば電話をして下さいとお母さんに告げた後、私を寺に呼び話してくれました。

一緒に祈って欲しいと、私は快諾し支度を済ませ壇上に座し、住職はいつ電話がかかって来ても良い様に待機した。


夜中、一本の電話、園児のお母さんからである。

子供が怖い怖いと言うのでどうしたら良いでしょうかと言う電話である。

住職は、何時もみんなで拝んで居る御本尊様を思い出す様にと、優しく話しをしました。

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そして明け方に電話がありました。

今、子供が息を引き取りました。

あれほど怖がって居た子供が、園長先生の話して下さった言葉を聞いて最後は怖がりもせずに、安らかに眠る様に亡くなりました。

有難う御座いますと言い後は、言葉に成りません。


葬儀は、園児が親しんだ本堂でしめやかに行われ遺影は、運動会で元気良く頑張った写真である。

その写真を見て多くの参列者が涙しました。

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私は、今でも思い出す度に目頭が熱くなります。

願わくば多くの方が學びに目覚め、しあわせな人生を歩んで頂きたいと存じます。


南無大日大聖不動明王尊

金剛合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-12-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教966【私の体験談】 ホスピス

私は現在祈祷専門僧でありますが、まだ若い頃、自身の無力感と挫折感を思い知る経験をさせて頂きました。

以下はその時の経験談であります。

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私の友人である医師からホスピス病棟で患者さんの相談相手を勤めて欲しいと依頼を受け快諾し、週に二度病棟に通う事になりました。

そして始めて担当した患者さんは、末期癌のご老人であるしかしご老人は、頑固で誰の言うことも聞きません。

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私は、大変な人を担当したものだと正直思いました。


薬が効かない時がやって来たご老人【お爺さん】は、悶え苦しみました。

その時、とじ【戸主】奥さんがご老人【ご主人】の身体を摩ると痛みが去った様にご老人は、眠りにつきました。

その後、何度も苦しみが襲って来るたびに、奥様が摩りまるで痛みが無かった様に眠られました。


そして最後の日が訪れ、お爺さんは亡くなりました。

私は、自身の無力さを感じ乍ら祈りました。

そして病棟を去る時、戸主に呼び止められ病棟の長椅子に座り暫時、お話しをさせて頂きました。


内の主人は、頑固者で若い頃から私も手を焼きましたと言われ涙を流されました。

その後に言われた言葉に、私も泣きました。

内の主人は、先生の来る日を楽しみにして居たのです。

何時も来れば文句ばかりを並べ、法話など聞きたく無いと言って居た、お爺さんが私の来訪を心待ちにして居た事を知り、有り難さと自身の未熟さを恥ました。

あれから数十年、私もお爺さんである、光陰矢の如し、學びの大切さを実感する、今日この頃です。

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南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-12-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教965【私の体験談】 涙の記憶

人間に生まれ涙を流した事の無い人は、少ないのでは無いでしようか。

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涙を嘲笑う人は、幸いである。

振り返れば私の人生は、涙とありました。


小学生の頃、私はイジメられっ子でした。

何もして居ないのに殴られ罵倒され、ただ貧乏だと云うだけでイジメの対象でした。

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そんな私にたった一人の友達が居ました。
彼【A君】は、親に捨てられ一人、孤児院で生活して居ました。

同年代でも彼は、背が高く私をイジメる者達には、脅威的な存在でした。

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私は、ある意味 彼が羨ましかった。

昭和三十年代には、誰しも貧しかったその時代に施設では、クリスマスパーティーや復活祭、イースターパーティー様々に開かれて居ました。


後に知る事だが、それは悲惨な事件を隠蔽する為の経営者の艤装だったのである。


園長【鬼畜】は、作業の出来無い幼い子は物乞【乞食】をさせ、

作業の出来る子は、靴磨きや様々な事をさせて居ました。


夜、皆が作業を終え帰って来るとその日の稼ぎをチェックし、

少ない子を殴り虐待し、泣き叫ぶ声を消す為に子供達に円陣を組ませ、大声で歌わせ泣き叫ぶ声を消したのである。

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そして、子供が死亡すると施設の床下に遺棄し、悪業を続けたのである。


そしてある日、私の友達が決死の思いで反逆し世間に事実が知らされ園長と関係者は、逮捕されました。


最後の日、私は、彼と約束をした。

いつかきっと再会しようと、再会したのは、彼の墓であった。



南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-12-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教964 逆境を乗り越えた者

逆境を知る者と知らない者の差は、天と地の差を生じる事は、

自明の理であるが、敢えて以下で説明します。

逆境とは、自分ではどうにもならない事象を指します。


例えば、愛する者の死は、どうする事も出来無い。

天変地異・地震・台風・洪水に依る被害、此れもどうする事も

出来無い。

そして生家【貧富の差】の差を幼い子供が変える事は、出来無い。


自分が現在、裕福な立場にあるから貧しい人達を卑下する行為は、誠に恥ずべき事である。

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【自分が住んで居る場所は東京青山そこに保護施設を建設する事は、価値が下がるので反対と云う騒動】

嘆かわしい物質主義思想。


逆境を知らず、豊かさに支えられ生きて来た場合、他をかえりみる余裕が無い様である。

しかし、現界に不変なものなど存在しません。


諸行無常 形あるものはいつかは滅し、永遠に続くものなど存在しません。

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物質的価値観を推奨する者は、やがて失う苦しみを味わうであろう。

その逆に、慈しみの心を尊ぶ人は、その慈しみの心に救われ、真の學とはに氣づき枯渇する事は無い。


逆境を恐れず、學びを深める時、真のしあわせを知る事になる。



南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝 






by kongousan-akafudo | 2018-12-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教963 人の一生

人の一生【人生】とは、同じ生涯を辿る者は、無いであろう。

昔から十人十色と例えられるように、似通った境涯はあろうと同じ事は無い。

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では、何故違うのか?

それは、個々の學びを具現化し履修する為である。


例えば同じ様な経験をしても捉え方、學びの軽重の差に於いても、結果は大きく変わる様に。


では、人生とは何か?

ある人は、自分の人生は不幸だと嘆き。
   
           
ある人は、欲を増長させ欲に生き欲に終わる。
 
           
ある人は、怠惰に明け暮れ氣づけば取り返しがつかない状態を招く。
           
ある人は、感謝に生き己が境涯に感謝する。
 
          


正に人の生とは様々であるが究極を考え答えを見出せば解るはずである。

人は彷徨い乍らも答えを模索し、自ら答えを探し求めて居る事に氣づく筈である。

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良い人生とは、學び多き事であると私は考えます。

學び多きとは、苦労の連続かも知れないが、

乗り越え 振り返れば知らず知らずに、

経験を積み感動に変化させるすべを身に着けて居るのである。


帰幽【故郷】し感動を共有する時、

本当の人生の意義を知る事になる。

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南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-12-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信