人気ブログランキング |

<   2018年 11月 ( 40 )   > この月の画像一覧

自殺に関する密教ブログ⑦

d0359990_09110664.jpg

■悪霊と化す

今から書くことは、私の体験談です。


ある家のお祓いを頼まれて行った時の話です。
依頼者家族は、真面目で明るいアットホームな方々です。

ご夫婦は、一生懸命に働き、やっと、念願のマイホームを購入しました。
中古住宅でも、自分達の城である。


しかし、異変が始まったのは、引っ越しを済ませ落ち着いた、一か月後。
夜中、誰も居ない台所での物音。
誰も入って居ない風呂場で、誰かが入浴する音。

その他、様々な異変に見舞われ、堪り兼ねて私の寺に来たのでした。



私は、日時を決め、お宅に向かいました。
視ると老婆が一人、生前と変わらない生活をしているのである。

老婆は、自分の死を理解出来ていないのである。
従って、生きている時と同じように振る舞い、生活して居るのである。

私は、この老婆が哀れになりました。
其処で説得をし、霊界から老婆の先祖霊に来て頂き、一緒にお帰り頂きました。

それから、風呂敷護摩を焚き、家を浄化し、元の平和な家庭生活が出来るように結界を張り、終了しました。


現在の日本は、このような事があちらこちらで頻繁しております。
それは、何故か?
原因は、霊的知識が無い為なのです。


死んだら終わり。
死んだら墓に入る。
死んだら天国に自然と行ける。

全て、間違いです。

死を理解せず、死んでも意識がある事に戸惑い、自分がまだ生きて居ると思い込み、彷徨うのである。
自殺者のほとんどが死を理解出来ず、憑依を繰り返すのも、同じところに原因があるのです。



今、必要なのは、オカルトではなく、霊的知識と霊的理解である。
そして、霊的真理に到達する時、學ぶことの素晴らしさを知ることになります。

貴女が求めなければ、門は開きません。
例え門が開いても、自分が、歩を進めなければ、中には入れないのです。

私は、お勧め致します。
學ぶ事は、貴女の魂を磨く行為であると。

■海難事故

毎年、海で亡くなられる方は後を絶たないが、その原因の一つに引き込まれがあります。

《海で死に成仏出来無い霊》不成仏霊が絡む事故も少なくありません。
泳ぎが上手な人が、いきなり海に中に引き込まれていく様な溺れ方は、引き込まれ現象を疑う必要がある。
海の不成仏霊は、ほとんどが海で自殺したか、非業の死を遂げた人が多いのも事実である。

仲間を増やし、より多くの力を蓄える為です。

私も友人も、少年時代に海で引き込まれ現象を経験しております。
私と友人は運良く脱出する事が出来たが、その時の状況は以下の通りです。

互いに必死で陸を目指し、力一杯泳いで陸に上がりました。
二人ともしばらく話しも出来無いほど、疲れきっておりました。

ようやく体力も回復し、お互いの事を話して全てが解りました。
友人は、誰かが背中にのしかかる様に重くなり、潜水し、反転を繰り返し、振り切って陸を目指したのです。

私は、誰かが私の足首の握って引きずり込もうとしたので足をバタつかせ、相手の力が緩んだ瞬間に全力で陸を目指し、力一杯泳いで九死に一生を得ました。

しかし、足首にはくっきりと痣が残っており、友人は肩に痣が残っていたのです。

友人は言いました。
『 俺は、老婆を見た』

青ざめた顔で、二人は早々に帰宅する事にした。
お互いに、帰りの電車の中では無言でした。

駅で別れ、それぞれの家に戻り休みました。
帰宅後、友人はその日から高熱を出し、入院したのです。
しかし、医師が診ても高熱の原因が解らない。

私が友人の見舞いに行った時、友人の母に海で何があったのか聞かれたので、全てをありのままに話した《笑われる事を承知で》
しかし、友人の母は笑わず、急ぎ、祈祷所をやっているお婆さんの家に急いだ。
私も連れられて行きました。

お婆さんは何やら呪文を唱え、祈祷を始めました。
そして、紙の人型に字が書き、炎の中に入れた。

次は、私の番である。
お婆さんは私の足首に人型をあてがい、何やら呪文を唱え、その人型を炎の中に投入した。
子供だったのでその時は分からなかったが、あれは除霊である。

友人も、その日を境に熱も下がり、回復しました。
私は、あの日の出来事を未だに忘れる事は出来ません。

■光と影

世界で一番、強固な金庫を作る人がいますがその金庫を開ける人も存在します。

どんなに自身がうまく隠れたつもりでも、探し出すプロに掛かれば簡単に探し出されてしまいます。

人間は正直に生きる時、逃げる必要も無ければ、戦々恐々とする必要もない。
今、一番強いのは「正直」である。
正直であれば、何も恐れる必要もありません!!

今、イジメやセクハラ、誹謗中傷に悩む方々は、来たれ。
私の旧友、弟子で組織した調査機関があります。
《各界のエキスパート、コンピュータ、法律、武術家、様々な専門家で組織しました。》

運営資金は、私の私財で賄って参ります。
ご安心ください。皆さんには、運営費の協力は求めません!!

私は、以上の事柄で自殺する人や、理不尽に泣く方々を救いたい一念しかありません。
一人で悩まず、一人で泣かないで下さい。
私は、餓鬼は全力で倒しますが、助けを必要とされて居る方々の為には道具と成ります。

上記の事柄についての相談は、メールにてお受けします。
《お名前(フルネーム)、ご住所、電話番号、生年月日を必ずお書き添えください》

但し、嘘偽りの類は、報いがあることをご承知の上でお申込み下さい。
本当の意味でのご相談は、無料でお受けします。

■ネットの地獄

よく聞く話だが、誹謗中傷を受けネットから消えて行き鬱に堕ち入り自殺までに発展するケースもあります。

顔がわからない相手からの攻撃、普通の人は耐えられません!!
しかし、相手の事《住所、氏名、生年月日、職業等》を調査できる機関があります。

他を誹謗中傷する輩は、自分の身分を隠し「わからないから大丈夫」と考えます。
しかし、其れらが全て判り、具体的に成った時、法的にも具体的に追い詰める事が出来ると知った時、どうなるだろうか?

私は、その機関を立ち上げました。 国家機関ではない限り、秘密情報などと馬鹿げた事は存在しません!!
私の情報はオープンである。 しかし、他を誹謗中傷する輩は、隠れた所から姑息な嫌がらせを繰り返す。

私は、此れから姑息な輩の情報を全て公にします。メンバーの公表はしません!!
但し、弁護士、警察、司法機関を全面に打ち出し行います。

抽象的な子供のケンカでは無い事が解るはずである!!
私財を投げ打っても悔いは無い。
私は本気である。

他の誹謗中傷を喜び、揶揄する者も同じ穴のムジナである。
恥を知らない者は哀れである。
私は本来、武術家だった。
今は唯の爺だが、少しは強い《大笑》

この記事を読まれて、この爺は危ない、嫌いと感じた方は読まないことをお勧めします。
此れを現代用語でいう「フカシ」とか「ハッタリ」と思えば其れで良い。《大笑》

■信仰心

このブログは、私独自のものであるから、誰の制約を受けることも無く、真実を伝えることが出来る場なので書きます。

昨今の犯罪事情は、異常であり異質である事を、理解されて居る方々も多いと想うのですが、自身に降りかかる事を想定する方々は少ない!

私は、敢えて提言します。
対岸の火事ではないの事が、来年からは頻繁します。
続いて、自殺者も増大します。

いま、シグナルは、イエローではない、レッド状態であると言わざるを得ません。
いつ、自分に降りかかって来てもおかしく無い状態を認識して下さい。
ハッキリ言います。
異常精神者が増大して居るのであります。

一見、何でも無く見える人が、豹変し襲い掛かって来る様な事態が、来年には頻繁します。

一般の人では、防ぎようが無い事態と申し上げます。
犯人に成り得る者の特徴も解って居りますが、書く事は、出来ません。

それは、具体的に言えば察知され、特徴を消される恐れがあるからなのです。
これから、起こる事象を解決、未然に防ぐ事は、人間には不可能であります。

人知を超えた力を有する方にしか、出来ません。
私は、言います。

不動明王尊の力で無くては、解決する事も防ぐ事も出来無い事を。

信仰は、自由です。
誰を信じようと、信じまいと自由であります。

強制される必要も勧誘される必要もありません。
自身の中から、生まれる信仰心こそ、真の信仰心です。


信じては、危険な項目

①うちの団体に入れば救われる、と勧誘する者。
②寄付を極度に要求、強制する者。
③うちの神仏以外は邪教、と云う者。
④病気も治せると断言する者。
⑤信じたら、金持ちに成れると云う者。
⑥他を誹謗、中傷し自身を正当化する者。
⑦勧誘に応じなければ、罵詈雑言を口にする者。
⑧経典、聖書、を知りもしないのに、それらを否定する者。
⑨経典、聖書を知って居ても、和文でしか知らず、原文を読め無い、原文の存在を知らない者 。


以上の項目に当てはまる者を、信じては成ら無い、
以上の者の特徴は、傲慢である事です。

見つける事は、簡単です。

態度、口調、普段のそぶりを観察する事で、誰にでも発見出来ます。
男女問わず、心優しき人に、傲慢な人は居ません。

自身の周りを見渡し、傲慢な人には、近づいてはいけません。

触らずに、普通にして、自身は學びを深める事をお勧めします。

■念持仏

私達は、毎日、仕事、家庭生活と目ま苦しい毎日の中で、いつの間にか歳を重ね、ふと氣づいた時、自分はいったい何をして居るのか?と想う時がありませんか?

人生に疑問を感じ、生きる事に疑問を感じる時、人間が一番、無防備な瞬間です。
その瞬間を見逃さ無いのが魔である。

よく聴く言葉に魔が差した、 と云う言葉を聴いた事は、ありませんか。
現代では、心の隙間とか形容しますが、昔の人は、言い当てて居たのです。

魔が差す、魔が刺すなのです。

魔は、人間の障氣を喜びます。
障氣とは、人間が氣力を発揮出来無い時に表れます。

自殺された方々を霊視すると皆さん後悔をして居るのです。
中には、何故、自分が死んだのかも解らない人もお出でに成られます。

魔が刺すに乗っては、イケマセン。
私達には、必ずそれぞれに役目を背負って居ます。

その役目も中途半端に終える事は学生で云えば、卒業では無く中退である。
学生ならやり直しが出来きますが、人生の中退は、やり直しが効きません。

では、何故、魔が刺すか?

護りが無い状態なのです。

私は、長年、僧侶としてまた、霊能者として活動を続けて居ます。
魔から、皆を護るには、確かな正しい信仰心が必要です。

神社仏閣に御参りせずとも、一家に一仏の生活を送っていれば、護られます。

御仏の慈悲は、寛大です。

貴方も家族で合掌礼拝の毎日を過ごしては、如何でしようか。
念持仏は、一家に一仏…の思想と信仰心を、具現化する最良の功徳で御座います。

たくさんの方々から、お問い合わせを頂き、感謝申し上げます。
念持仏は、今、専門仏師の手に依り一刀入魂して居ります。

全て、白木造りの厨子に白木の不動明王尊は、
貴方様が礼拝を重ねる年輪を感じ取り、貴方様のしあわせを、具現化させます。
白木の特性は、貴方様が礼拝供養を重ねる事に依り、色艶が増して参ります。

まさに貴方様だけの持仏像であり、礼拝供養の象徴でもあるのです。

開眼供養は、赤不動院、院主である拙僧が、責任を持って勤めさせて頂きます。

この機会にぜひ、お求めに成られる事をお勧め申し上げます。
皆様の注文をお待ちして居ります。

念持仏は、専門仏師の手に依り一刀入魂して居ります。




by kongousan-akafudo | 2018-11-30 12:00 | └私たちの暮らし

密教941 感謝と反省

e0392772_16022788.jpg

人間に生まれ、しあわせを望まない人は皆無であろう。
しかし、しあわせの定義は曖昧である。
ある人は、少しの事でもしあわせを感じる。
ある人は、使い切れないほどの財産があっても、財産を違法に隠し逮捕される。

その差は何であろうか?
価値観の違いは、しあわせ【幸福感】まで変えてしまうのか。
今、私達は岐路にあります。

このまま誤った価値観を持ち続け、未来に進むのか。
俯瞰し、感謝と反省を実践して真の価値観に目覚め、人生を豊かに導くか。
全て自己の選択である。

上記を物質的価値観と定義し下記を心の価値観とした時、あなたはどちらを良しとしますか?。
この選択は、後の人生を大きく左右する事になります。

e0392772_09011502.jpg


小さなしあわせを喜べない者に、真のしあわせを味わう事はないであろう。
大きなしあわせを望む者は、たとえ大きなしあわせが舞い降りても、掴む事も感じる事もないであろう。

人間の欲望ほど果てしないものはない。
一を得れば十を望み、十を得れば、百、千、億、兆を望むであろう。
上記を貧乏人のひがみと捉えるも良し。
傲慢の池に泳ぐが良い。

この記事の答えは、密教塾にて明らかにします。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2018-11-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

自殺に関する密教ブログ⑥

d0359990_09110664.jpg

■調伏祈祷

私は、あまり調伏祈祷は好きではありませんが、必要と判断した時は迷い無く厳修致します。

以下は、その一例で御座います。

或るご夫婦が、私の寺にお出でに成られました。
お話を伺いました。《以下は、その時の事》

一人娘のお嬢さんが、突然意味不明な言動を発する様になり、困って居るとの事でした。
私はまず、専門医の診察を勧めました。
後日、診断結果を携え、ご夫婦は再度私の寺にお出でに成りました。

結果は、疲労に依るものだそうである。
ご夫婦は、専門医の診断に納得されておりません。

娘さんは、何時もは普通に生活をして居るが、突然意味不明な言動を発すると仰いました。
私は、娘さんに会う為にご自宅に行く事にしました。

私が見たものは、娘さんの部屋にある様々な道具と本。
それは、黒魔術、まじない、降霊術の本である。
娘さんは興味がこうじて、実際に自分で試したく成り始めたのである。

これは非常に危険な事であり、興味本位でやればとんでもない事態に発展することがあります。
黒魔術やまじないの類いは、方法論が間違って居てもツボに嵌まることが多々あります。

その結果、低級霊に憑依されて人生をメチャクチャにされた実例を、私は数多く視て来ました。
或る人は精神に異常を来たし、或る人は自殺に追い込まれ。
或る人は事件の犯人と、様々に翻弄されて、取り返しの付かない事態に陥りました。

私は、解って居ても手出しは出来ません。

何故か?

依頼もされて居ない人に、あなたには低級霊が憑依して居ると言えば、私自身が狂人扱いされるからです。

《本題に戻ります》

娘さんの部屋で発見した数々の物を、ご両親の了解を得て焼却し、いよいよ娘さんの祈祷である。
祈祷中、娘さんは意識を失い、お母様の腕の中。
私は、一心を込めて調伏法に入り、気付けば夕方に成って居ました。
娘さんは意識を取り戻し、ご両親と三人で帰って行かれました。

拙僧からの提言です。
真剣な修行もなく、安易に手を出してはいけません。

安易なものは、所詮、中身の無い結果を招きます。
素人考えで遣れるほど、この世界は甘くありません。

本気でやりたい方は御自分で探し、指導者を見定める事が最も肝心なのです。

■死に逃げ

様々な犯罪を犯し《テロも含め》自殺する犯人。
人を殺し、自分は自殺に逃げる。
火炎瓶を投げ、大勢の人を傷つけ自殺する犯人。
好きな人を殺し、自殺し逃げる犯人。

正に、身勝手、極まりない犯行。
其処にあるのは、幼稚な逃げである。

簡単に言えば、怒られる事が怖くて逃げ出す悪餓鬼そのもの。
同情も慈愛も必要無し。
悪魔の所業である。

人間は、我が身で犯した事を反省し、成長する。
成長を拒み、悪戯に逃げる時、成長も発展も無い。

死ねば逃げられる。

私は、ハッキリ断言致します。
絶対に、死に逃げは出来無いと。

どんな高尚な理論を唱え様と、他を傷つけ、他を殺せば、只の犯罪者である。

戦争も同じである。
個人が行えば、犯罪者。
国家が行えば、戦争。
馬鹿げた理屈である。

但し、戦争の場合の違いは、命令され戦争に駆り出された人には救いの手が差し伸べられますが、戦争首謀者達には未来永劫、安心も救いも存在しません。
あるのは、未来永劫に続く苦しみと、自戒、反省の未来である。
霊界の法則に、取りこぼしはありません。

《信じるか信じ無いかは、全て自由意思です。》

本当の法則を知る時、凡人は震え、犯罪者は、恐怖に震え上がるであろう。

何故か?

全ての生きとし生けるものは、死に逃げは出来無いのである。

■動物霊

動物霊には、大別して、二つの存在に別れます。
優しく飼われた動物と、虐待され死んで逝った動物です。
優しく飼われて居た動物は、素直に動物の霊界に帰って、次の輪廻を待ちます。

しかし、虐待されて人間不信に成り殺された動物は、間違い無く浮遊霊と成り、人間に憑依する低級霊と成ります。
この場合、一つの霊なら余り怖がる必要は無いのですが、怨みに燃える浮遊霊が重なり合えば、普通の人間など一溜まりもありません。

成す事全てが裏目にでて、人生はメチャクチャに成ります。
気づいた時は、後戻りが出来無い犯罪者か、自殺して地縛霊と成り、他人に憑依し、自殺を繰り返す未浄化霊に成ります。

罪も無い動物を、ただ己れの感情のままに自身の都合で扱う事は、霊への冒涜にも繋がります。
最後までパートナーとして愛せ無いのなら、飼わない事であり、興味も持たない事が良い。

全ての動物には魂があり、その魂を粗略に扱えば、自身も粗略に扱われる事は自明の理である。
興味が無ければ、無関心で良い。

虐める必要も、虐待する必要も無い。
愛したく無ければ、無視すれば良い。
関わる必要も無いのである。
愛情の裏返しは、無関心。

但し、愛の無い人は、愛される事も無いと知るべきであるのです。

■重なる不運

何をやっても、上手く行かない上に、買った物は、不良品だった場合、その人に摂って人生そのものが嫌に成る場合があります。

其処につけ込むのが未浄化霊《悪霊》である。
そして自殺に導きます。他にもこんな事例があります。

自分には、霊的能力が無いにもかかわらず、見えた振り《霊体》をして、
最後は、未浄化霊に憑依され、人生をメチャクチャにされた人、
自殺した人、犯罪者に転落した人と様々である。

一例を挙げれば、その人は、他から、〇〇さんは何でも出来ると褒められている内に、
他の人に相談されるがままに、霊的事にも興味を持ち、始めは、マンガの知識でしかなかった事が、
続けるうちに自分にも見えると錯覚し始めたのである。

此処まで、で止めておけば良かったのである、
《霊的存在は、波長が合う者を探し憑依し、身体を乗っ取り、思うがままに支配します》
霊的存在《霊霊》は、何故、支配しようとするのか?
自分がやれなかった様々な執着を他の身体を使い、成し遂げ様としますが、
元来いい加減な性格が根底にある為に何も成し遂げられ無い事に、氣づいて居ないから、未浄化霊に成るのである。
そんなものに憑依されて仕舞えば正に万事休すと言わざるを得ません。

皆さんは、大丈夫だと思いますがくれぐれも霊的な事を気軽にオモチャにしては、イケマセン、
私は見えるし、霊的能力があると思う方には、何も言いません。

私は、この能力がある為に人生の中で、様々に苦しんで参りました。
私は、言います、
霊的能力など必要が無いと。


■死に逃げ

何故、犯罪者が自殺するか?
それは、死ねばこの世の罪から逃げられると考えたからであるのです。
確かに逃げられるが、次に待って居る世界を、彼らは知らない。

殺せば殺され。
盗めば盗まれ。
騙せば騙され。
傷つければ傷つけられる。

これは法則であり、摂理なのです。
逃げても逃げられない、永遠のカルマである。

死んだら終わりと考えている人は、これから書く事を観ない事をお勧めします。
死んだら終わりなら、嫌ならリセットすれば良いの考えに至る。
それは、正に物質的価値観の表れであり、全てが金と物質の思想で形成されて居る。
この思想の持ち主には金が全てであり、金が減ることを極端に嫌う傾向がある。

これから話す事は、事実です。

ある夫婦の出来事
彼女は、お金のある男性を選び、結婚しました。

半年が過ぎたある日。
ある事で大金《数十万円》が必要に成った事を、主人に説明しました。

しかし主人は、結婚すれば二人で働いて預金が増えると思っていたのに、逆に、預金が減るなら離婚したいと。
彼女は、うな垂れた。
正に、彼は金の亡者である。
家庭に金を使わず、預金を増やしたいだけの結婚だったのです。
正に、物質的価値観の典型的な例である。

自分が良ければ良い。
これも、物質的価値観から生まれる利己主義である。
犯罪も同じである。
物質的価値観が産む弊害である。

霊界からの警告は、ありました。
これ以上の事は、ここでは書けない内容なので、この続きは私塾、密教塾で解説致します。

■地獄は、何処にある?

仏教、神道、キリスト教、様々な宗教が地獄を語っておりますが、明確に何処にあるかは中々ハッキリした答えが無いようです。

それは、当たり前です。
霊界の存在を明らかにしていない思想に、地獄の場所など明確には出来ません。

まず、霊界の位置は大気圏と下界の境目に存在します。
その下に位置するのが、地獄界である。

正に、人間界と地獄界は表裏一体と言えるでしょう。

今の人間を見て下さい。
地獄界と同じような、浅ましい行為が横行しております。

姉が弟を殺し、バラバラに切断してゴミ袋に入れていた。
様々な事件が、最近変わった事に皆さんは気づきませんか?

ピストルを乱射、立て篭り。
ボーガンを持って、立て篭り。
火炎瓶を、祭りの人に投げつける。
人を殺して、自分は自殺。
ホテルの女性従業員に、乱暴。
覚醒剤の氾濫。

正に、犯罪のデパートの様である。
これらは、地獄界と同じである。
何故、この様な状態になったのか、理由は此処では控えます。

その他にも、匿名で他人を誹謗中傷する卑怯な行為は、正に地獄の亡者と同じである。

悪魔崇拝は最後には身を滅ぼし、地獄の最下層に身を置くことに成ります。
それでも良いと思うのは、今のうちだけである。

本当に堕ちた者は、後悔しきりである。
私は、堕ちた者をたくさん見て来ましたが、救いの手は出しません。
自身で選択し、歩み、犯した事は、自身で解決するのが法則である。

困った時の神頼みは、ありません。
神は、そのような事に見向きもしないのです。
だからこそ、正しい取捨選択が必要なのです。
自身の道を選び、進むのは自分自身なのである。




by kongousan-akafudo | 2018-11-29 12:00 | └私たちの暮らし

密教940 捨て神、墓捨て

e0392772_08371280.jpg

尊び敬う事は、その人の心を成長させます。
その逆に、自分は助けて貰えないから神も捨てる、墓は要らない面倒だと考えて墓捨てをする。
それは、結果的に全てを捨てた事になり、その後の人生に多大な影響を及ぼします。

【捨てれば、捨てられる】
そんな馬鹿な事はない、と思う方は、自分が思うようにやれば良い。
但し、後悔先に立たずを忘れてはならない。
自分から捨てた事をやり直すには、何倍もの努力が必要となります。
e0392772_09232544.jpg

例えば、仕事、結婚、家。
全ては努力の結晶である。
それを、自分の思い通りにならないから辞める捨てる、は覚悟が必要である。

私は家族の死によって、何度も何度もやり直す場面に直面して参りました。
幾度も死と向き合っては自問自答し、人とは、何故生きるのか。
その答えを探し求め、10年の歳月を費やした時代もありました。
e0392772_20523619.jpg

悲しい時には悲しさが重なり、苦しい時には苦しみが重なり、貧しさ故空腹に耐えた日も幾たびかありました。
しかし私には、強い信仰心が支えになりました。

当院に来られる相談者の方々も、様々な悩み苦しみを抱えてお出でになられます。
しかし、皆さん打開され、今では笑顔でお詣りになられて居ります。
自分は不幸だと言って居る内は、まだ本当の不幸を理解して居ない証拠である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-11-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

自殺に関する密教ブログ⑤

d0359990_09110664.jpg

■自己防衛と自己責

ある若者の話し。

仕事が好きな真面目人間が居りました。
会社が人手不足に成った時、彼は休みも返上して会社の為に働いた。

そしてリーマンショックの煽りを受けた会社の経営は、悪化しリストラ。彼も失業。
奥さんは、実家に帰り、彼は、一人奮闘《再就職》。

しかし、悪い時は、悪い事が重なるように、思うようには、いかないのである。
やがて彼は、精神を病んでしまった《鬱病》。
心療内科に通院していたが、奥さんからの離婚の申し出に彼の心の糸が切れてしまった。

そして自殺。
リセットと云う言葉をよく耳にするが、嫌に成ったら辞めるのと同じである。

安易なカタカナ言葉に騙されてはいけない、日本語に直し自身の中で咀嚼し考える時、氣づくはずである。
安易な言葉、安易な行動には、必ず落とし穴が存在して居るのである。

昔の人は、自分の足元を見ろとよく言われました。
自身を過大評価する必要も、過小評価する必要も無いのです。
本当の自分を知っているのは、自分です。

自身が素直に成った時、視えるのが、本当の自分である。
あんなに努力したのに、あんなに尽くしたのに、のには、必要がありません。
一生懸命に生きて、結果が駄目なら手放す勇気を持てば良い。
手放し、新しい努力の中に身を置く時、必ずや道は開けます。

■魔窟

私は若い頃、外国で三年間を過ごし帰国しました。
そして両親の死後、僧侶に成りました。

現在に至るまで、様々な土地を見て来た経験上、断言できることがあります。
それは、魔窟の存在である。
魔窟は、世界中至るところにある。《日本にも》

特に被害に遭いやすいのが、日本人である。
それは、何故か?
神仏の国、日本である。
しかし、本当の意味で霊的真理を知る者は少ないからである。

世界に比べ、日本の霊的真理の認知度は低い。
言わば、百年遅れているのです。

此処では、日本の何処に魔窟が存在するか明かす事は出来ないが、確かに存在する事は断言します。
不用意に近づけば、確実に被ります。
被れば人格に変異を来たし、《自身では、気付かない》最悪の場合、犯罪を犯すであろう。
また、自殺に陥る場合もある。

一例を挙げれば、肝試し《遊びのつもり》で行った場所が魔窟だった場合、 確実に被り、その後、最悪な事態に成った例を私は知っている。

今から、5年前の丁度今頃である。
依頼を受け行ってみると、明らかに被りでありました。

十八才の女性が、まるで中年女性にしか見えない変貌である。《写真で確認済》
祈祷を施し、その場は落ち着いたが、私が《3日間、外出してはいけないと。》親にも念押ししたにも関わらず、その子は、《大丈夫。》と勘違いし、またしても、友達と遊びに行きました。

しかし、二度と家に帰る事はありませんでした。
《自殺したのです》
友達の話だと、笑いながら橋から飛び降りたそうである…。

アパートの一室に居る自縛霊も注意が必要です。

■アパートに潜む怪異

不特定多数の人が出入りする場所には、ある程度の注意が必要です。

私の元にある依頼が来ました。
それは、夜に成ると現れる現象を何とかして欲しいと云うものでありました。

その現象とは匂いでした。
依頼者は、毎日のように異様な匂いに悩まされ、部屋で食事を取ることも儘ならないそうで、私の寺に来たのです。

私の寺に来るまでには、様々な芳香剤や消臭法を試したが効果が無く、友人に相談して私の寺に来たのでした。

依頼を受け、昼間訪問して解った事。
それは、ある儀式に使われて居た部屋である事。
最近よく有ることだが、漫画や本の知識で悪魔召喚や式神召喚を遣る人が居るが、非常に危険な行為である。

その行為に及んだ者は、この世には居ない。
自殺したのです。
召喚したものは還すのが鉄則であるが、漫画や本などでは、本当の事は書かれて居ない事を知るべきである。
帰れ無かったものは現界にとどまり、様々な現象を起こし、関係の無い者まで巻き込む事があり危険です。

中でも、獣匂を発するものは危険極まり無い。
素人が絶対に手出ししてはイケマセン!

私は依頼者に、一刻も早く家を出る様に勧めました。
依頼者は実家に帰る事を決断し、私は部屋に残された荷物の全てに加持祈祷をし、護符を貼り、搬出作業を見守った。

今、あの部屋がどうなったかは知らないが、部屋を借りる時や新居を定める時は注意が必要である。
前の住人が仕出かした事で、関係の無い人が迷惑するのは理不尽な事です。

しかし、本当に理不尽なのは、くだらない儀式の真似事をして、帰る事も出来ない召喚されたものだと私は思う。

■事故物件

依頼を受けて、ある建物を霊視したことから、この件が始まった。

依頼者に案内されて行った家は、閑静な住宅街にある一軒家である。
敷地面積は百五十坪はある、大きな邸宅である。
依頼者によれば、破格な値段だったので無理をして購入したそうです。

しかし、奇妙な気がして、私に鎮宅除災の加持祈祷を依頼して来たのです。
私には、その異様な氣の正体は解っていた。

それは、一家離散の果てに希望を失い、自ら死を選んだこの家の主人の無念である。
その一家は、会社を経営して居た裕福な一家だった。

しかし、全員が無神論者で、祟りなどと言う事は信じ無い家族でした。
その家族のもとに来た話しがある。

それは、高さ6メートルはゆうにある、石の塔でありました。
その石塔は、持つ者に災いがあると言われて居た石塔なのです。

家族はその石塔を買い、庭の真ん中に据えさせて、毎日見ては笑い、

『 祟りなどを信じるのは、馬鹿か、貧しい人間が、信じる戯言 』

と、言い笑って居たのである。

そして、石塔が来て一年後のある日。
会社は倒産し、家族は離散。

残った主人は、ある場所で自殺したのである。

しかし、自殺しても死を理解できない主人は、自分がまだ死んで無いと思い、家に帰って来て居たのです。
そして、この家を買い、入居する人々をことごとく邪魔にして、追い出して居たのである。

その後、私の依頼者が購入し、鎮宅除災の加持祈祷に成ったのである。
私は、霊視した事を全て話し、依頼者の判断を待った。

依頼者は、家を購入する為に全ての財産を注ぎ込んでいるので、何とか助けて欲しいと願うので、私は決断した。

ある秘法を屈指し、家があるがままで焼祓う事にした。
諸天天神の力を借り、浄化の法を修し、元凶である石塔を粉砕《石屋の専門家の力を借り》

三日間の加持祈祷は、終了した。

一般の方々が、絶対に手を出してはいけないのが、わく因縁がある物である。
それと、古い仏像にはさわらない事が安全です。

テレビで、古い物の鑑定をして一喜一憂して居るが、古い物にはそれなりの来歴がある事を知っておくべきである。
素人考えで、《物質的価値観》欲を剥き出しに買えば、結果は?
古い物が欲しい場合は、自分がその物を好きで愛せるか?
俯瞰することも必要なのです。

■自愛

頑張ら無くて良いよ、自分の速度で歩めば良い、他と競う必要など無い、のです。

自分が崩壊するまで頑張ることなど無いのです。
自分を愛してあげて下さい。

私達は、機械でも奴隷でもありません。人格を持った一人の人間です。
愛する事は、甘えでは無い。
自身が崩壊するほどの頑張りは、頑張りでは無く自身の放棄である。

自分らしく生きる道は、何本でもあります。
自身を崩壊させるほどの環境であるならば、自身がその環境を捨てれば良いのです。

あなたは、あなたしか居ないのです。
現在、自殺する人が急増しています。状況、環境、場所は、異なっても命の尊さには、何の変わりもありません。

あなたは一人では無い、あなたが手を伸ばせば、優しい仲間が待って居るのだから。

■因縁《カルマ》

ニュースを見て、愕然とした。
若者であろうが、動画を投稿する目的で、通行人を車で威嚇し喜んで居るのである。
これは、後に大変なカルマに成って、本人達に返って来ます!

どんなカルマが来るか、私には、解って居るが、書きません。
尋常では無い事だけは、確かである。

本人達は、軽い気持ちで犯した事が、その後の人生を大きく変えるとは、思って居ないであろう。
ただ、車で通行人を脅しただけと。
しかし、これが取り返しの付かない事故に成って居たら殺人である。

時として、イタズラがとんでもない事態を引き起こす事を知って置いて貰いたい。
殺人を犯し、逃げる為に自殺するケースが多発して居るが、罪を逃れようと自殺しても決して逃げる事など出来無いのである。

罪を犯し、自殺に、逃げた犯人の末路を書きたいが、余りにも悲惨過ぎるので、差し控えます。

カルマとは因縁、良いカルマは、徳として預金され、悪のカルマは借金と成る。
此の摂理を學び真剣に捉えて居ればわかるはずである。
罪とは、重ね重ねれば最後に待つものは、哀れな結末である。




by kongousan-akafudo | 2018-11-28 12:00 | └私たちの暮らし

密教939 起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半

e0392772_21131936.jpg

人間は、どんなに欲をかいても、消費する量は知れた物である。
例えば、私はダイヤが好き、私は純金が好き、私はブランド品が大好き、純金が好きな人ならば、全身に純金を付けて歩けば良い。
歩ける重さでは無い!
ダイヤが好きな人の場合、好きなだけ身に飾れば良い。
当院の支持者の方で、宝石の卸業を営んでおられる社長が教えてくれた事実を、差し支えない部分だけを記します。
ダイヤの相場市場は、全てユダヤ系が支配して居り、ユダヤ系がダイヤを市場に放出すれば大暴落し、価値は地に堕ちるであろう。

私の信条。
私には、理屈や見栄は必要無い。
衣服は、寒くなければ良い。
法衣以外に興味は無い。
法具は本物を追求し、無ければ復元に力を注ぐ。
それは、後進に受け継ぐ為である。

例えば、現在、お大師様の実際にお使いになられた法具を知る方がどれだけおられますか?
本物は本物を知る。

私が言いたいのは、好きか嫌いかである。
本当に自らが好きならば、見せびらかす必要も、他の眼を意識する必要も無いのである。
e0392772_13331683.jpg
見栄は欲の始まり。
見栄を捨てれば、自分の好きな事、ものが視えて来ます。

人間は好きな事に出逢う刻、しあわせを味わうのではないでしょうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-11-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

自殺に関する密教ブログ④

d0359990_09110664.jpg

■子供の心

本来、子供の心は純真無垢。
その心を歪め、傷つけ、変異させているのは大人の様々な嘘なのです。

昔から、厚顔無恥な大人は沢山居りますが、昨今の嘘は、眼に余る行為が多過ぎでは無いでしょうか。

車の嘘、食品の嘘、政治家の嘘。
建築の嘘、飛行場工事の嘘。
様々な大きな嘘、正に嘘のデパートです。

そして、何時も有耶無耶に成り、涼しい顔でまた嘘を重ねてきた車屋。
以前、トレーラーのタイヤが外れ、道を歩いて居た母子が死傷した事件を、皆さんは覚えているだろうか?
あの事件には、隠れた悲惨な結末があるのです。

トレーラーの運転手だったA氏は、自身の整備不良と車会社から断言され、後に自殺したのです。
その後、車会社の部品の嘘がバレ、車会社は謝罪したが、今回もまた嘘!で、一般消費者に嘘で、大変な損害を与えて居る。
最早、厚顔無恥としか言いようが無い。

此れでは、子供たちに嘘をつくなと言えるだろうか?
私達大人が今、襟を正し、子供たちに見本を示す。

正とは何か、邪とは何か。
示さねば、ならない時では無いでしょうか。

あの人がやって居るから、あの人とは関係無い。
あの人達、あの人達が、今、口癖の様に?
あの人では無く、自身に置き換えて、子供たちと話し合い、輪になって考える時では無いでしょうか?

子供たちは、待って居るのです。
大人からのメッセージを。

私も考え、反省します。
今、自分に何が出来るか?
どうすべきか?
俯瞰し考えます。

■同調現象

ごく稀に見受けられるのが同調現象である。

これを感受するのは、1万人に1人位の比率である。

事例①母と娘が、同じ所を同じ様な痛みや怪我に襲われたり、別の場所に居るのに、同じ時間に同じものを食べて居たりと、様々に同調する事がある。

事例②これは深刻である。
面識の無い死人の苦しみに身体が反応し同じ痛み、苦しみを共有する現象である。
《上記の場合は然るべき機関に相談が必要である、要注意》

事例③自殺霊に同調して引き込まれ、自殺をしてしまいそうに成る。
此れも要注意《報告例もある》

事例④様々な場所で感受し、気分が一変する。
此れも要注意である。


上記の様な例は1万人に1人位だが、自身に当てはまる場合は注意が必要です。

不思議ちゃんに成らず、科学的知識を養い、理性的に考え學ぶ時、大部分は回避できるので、あまり神経質に成る必要は無い。

美しいものを愛し《花や美術》理性的に思考する事は、自身のしあわせにも繋がります。

その逆に、誹謗中傷やイジメを好むものは、様々な現象を味わう事に成るので覚悟が必要である。


正心に生き、美しいものを愛する人には、今は苦しくとも必ず光明が差して来ます。

■自殺

人は何故、自殺に走るのか。
それもまた、物質的価値観の影響と言わざるを得ません。

何故、物質的価値観なのか?

①死んでしまえば終わる。
②命を物質と混同して居る。
③死ねば逃げられる。
その他



自殺は、人生の中退を意味します。

それも自分勝手な中退です。

動物は自殺をしません。
どんなに苦しい状況に成ろうと生きようとします。

しかし人間は簡単に諦め、自殺に走ろうと考えます。
自殺は勇気ではありません。
諦めと逃げであります。
私は今日までたくさんの自殺された方の霊と交霊し、真実を観て来ましたが、

全ての方々が後悔して居られます《自殺した事を》。

人間は肉体を着た霊なのです。

肉体は衣であり、本当の実体は霊《魂の存在である》
これを理解出来ていれば、自殺など出来るはずもが無いのです。

過ぎた過去にしがみつき、現状の自分を憐れむ《悲劇の主人公》
そんな感情に降り回され自身を見失なう時、魔は忍び込みます。

恥で在ろうが、痛みで在ろうが、自殺の後に来る苦しみに比べれば軽いものなのです。
自殺で受ける苦しみは、筆舌に尽くしがたいほどの苦痛です。

自殺を考える能力があるならば、その能力を生きる為に使って下さい。

それでも死にたい、と考える方を止める術を私は知りません。

しかし、最後に私と話して下さい。
解り合えない事など無いのです。

最後と思った時から、新しい明日が始まるのです。

■呪いの念

本当の意味での呪いは、凄まじい。

私は、今迄に何度も呪い返しを厳修して来たが、一度だけ凄まじい念と対峙した事がある。

以下は、事実のまま書け無いので、一部緩和して書かせて頂く。

今から15年前、医師も原因がわからない症状で、歩く事も自力で食べる事も出来ない女性が居るので視て欲しい。と、親族から依頼を受けた。

その家に到着し、詳しく事情を聴いた。

当人は、優しく明るい性格で誰にでも好かれる性格だと言う。

本人と面会した時、全てが解った。
女性の霊が憑依して居る。
其れも、凄まじい怨みの念を発し、完全憑依である。
これは、尋常な事では離れそうに無い。

私はまず、憑依霊に何故憑依して居るのか?聴いてみることにした。
《生き霊では、無く死霊である》

生前に酷いイジメにあい、自殺した女性の霊である。
死んで怨みを晴らすと決め、自殺したのである。

事情を聴いて全てが解った。
来る日も来る日も、複数人からイジメを受け、呪いを決意しての自殺である。
そして、その原因を作ったのが当人である。

霊体は、涙を流しながらも鬼の形相である。

このケースで最大の問題点は、自殺した人に憑いて居る他の浮遊霊である。
他の浮遊霊は、自殺した人に憑いて、自分達の果たせなかった想いも晴らそうと言うのである。

理不尽だが、そんな生者の理論など通用するものでは無い。
これは、最早、尋常な祈祷では解決は不可能である。

何故か。

劇画では、簡単に祈祷調伏して終わりだが、現実は劇画や漫画ではない。
私は、ある方法を取った。

其れは、説得である。
親族に全てを明かし、自殺者の無念を和らげて浄化祈祷に持って行く事である。

私は、親族に全てを話した。
そして、当人がやって来た事も告げた。

ところが、親族は信用し無いのである。

当人は成績優秀、優しく明るい者がそんな事をする訳が無い、と、頭から否定し、話しに成らない。

私は決断した。
無理に憑依霊を剥がせば、当人の命は、無い。
しかし、親族も認め無い。

現状ではこれ以上関わる事は不可能と判断し、依頼を断わり退室した。

其れからしばらくして、その家では一件の葬儀が行われた。
誰の葬儀か?
言うまでも無い。

除霊は、技術的には簡単だが、また直ぐに新たな憑依が発生する。
其れを防ぐには、浄化、浄霊する他はない。

本当の浄霊とは、理解と調和が不可欠であり、無理矢理祈祷する事では無い。
私達でも同じだが、自身が理解納得し、反省する事が何よりではないだろうか。

其れを無視して、抑え込む事が正しいだろうか?
理解、納得、反省する事は、全ての浄化に繋がるのです。

私達でも、言えることではないだろうか。
善悪だけで、全ての事が解決出来る訳では無い。

これを、読まれた方々も考えて貰いたい。
世の中には、理不尽な事は沢山あります。

しかし、腹を立てる前に、俯瞰して頂きたい。
その行為に、理解、調和があるか?

■愛と平和

人を愛する事は尊い。
しかし、愛と我欲を混同する時、愛は失せ魂の意味も解らず生涯を過ごすことに成ります。

女性は男性のオモチャでは無い。

男性は女性のスポンサーでは無い。
男女同権とは、互いがいたわり合い初めて成立するのです。

自己の主張を優先したいのであれば、男女共に独身を貫いた方がしあわせである。

しかし日本の現状は、今だ女性が涙する事が多いのが現状である。
私の元に寄せられる相談も、女性が泣いて居る事が大半を占めて居る。
嘆かわしい事である。


しかし、そんな場合でもご安心下さい。

カルマの法則《因縁》からは、逃げられ無いのである。
女性を泣かした男性には、必ず報いが参ります。

また女性も同じで、男性を落としめた場合にもカルマの法則は見逃しません。

泣かせば泣かされ、奪えば奪われ、傷つければ傷つけられ、殺せば殺される、これが法則である。
何人たりともこの法則から逃れる事は、出来ないのである。

但しある事を持ってすれば可能と言えますが、此処では書くことは出来ません《模倣、悪用を避ける為》

従って、泣かし傷つける事は、双方、何の得にもならない事を知るべきである。

一例を挙げれば、過去に美しい女性が居ました。
女性は自己の美貌を武器として様々な男性を騙し、ある男性は失意の内に自殺をしました。

その女性は男性の自殺から一年後に事故を起こし、顔の半面を見るも無惨に失い、その後の人生は惨憺たるものでした。
スーパーの店員にも採用されず、狂乱し強制入院させられその後は…。

正に因縁である。

僅かな徳と虚栄心の為に取った行動が、後でとんでも無い結末を迎え様とは知る由も無い。
これを信じ様が信じまいが自由である。

男女問わず、キチガイ坊主の戯言と笑う方はご自由に。

■緩やかな自殺

私が寺に奉職していた頃、一件の供養依頼から、これは始まった。

夏の暑い日に、そのご家族が供養の依頼においでになりました。
御婦人と小さなお子さんの二人で、電車を乗り継いで来られたそうです。

相談室で話しを伺うと、私の噂を聞いて、ご主人の今が聴きたい…
それだけが今の自分に、ケジメを付けられる唯一の事と言い、泣き崩れられました。

涙する母のかたわらで、小さなお子さんが、母を気遣い、母の頭を撫でる姿は、涙を誘います。

私は、すぐに仕度を整え開始した。

ご主人は、すぐに現れ、涙ながらに、謝るばかりで要領を得ない…

ご主人はサラリーマンで、過労が原因で亡くなりました。
自分は、熱血社員と言われる事が嬉しくて、家庭を疎かにして、仕事に、接待に…忙しい時。
医者にも掛からず、ある日…会社で倒れて、死んだ

それから、3カ月…誰一人、社内で自分を思い出してくれる者もいない。
悔しいと言っている…

当たり前です。
物質的価値観に染まり、己が欲に染まりし者に、情けなど無い。

あるのはライバルが減った事の喜びが、渦巻く様に、とぐろを巻いているだけである。

可哀想なのは、家族である。
夫の自己満足の結果の遺族二人。

私は、二人のしあわせを御本尊に祈願して、次は、ご主人の浄化供養をして終了。

現在の不景気の中で、安い賃金で働いている方々、自分の身は自分で護って下さい。




by kongousan-akafudo | 2018-11-27 12:00 | └私たちの暮らし

密教938 心の喪失

e0392772_08364789.jpg

心の喪失とは、己が欲望のままに生き行動する事である!
其処には、理性も智慧も存在しない。
あるのは欲望だけである。
その最たる見本が犯罪者である。
犯罪者には、理性は無いと断言します。

昨今、心の喪失者が急増して居る事は、皆さんも薄々感じて居るのでは無いでしょうか?
大の大人が中学生2人を殺し、自分の減刑の為ならば、なりふり構わず嘘を並べ立てる浅ましさ。
これが犯罪者の実態である。
正に鬼畜!

では、何故犯罪が発生するのか?
それは、剥き出しの欲望である。
e0392772_10582568.jpg

虫が餌に群がり、喰らい尽くすように無機質なのである。
無機質とは、理性、愛、感情の無い状態を言います。

無機質人は、最早人間ではない。
魔物である!

人間に生まれるには、様々な段階を経て現界に生を受けます。
では、同じに生を受けても何故、様々に分かれるのか。
あなたは解りますか。

考えて下さい。
母の胎内に命を宿し、何故、善、悪に分かれるのか。
それは、欲望の台頭に負けたのである。
e0392772_13500430.jpg

何故、その者達は欲望に負けたのか?
それは、幼い頃から甘やかされ、欲望の抑制が効かない状況下で育てあげられ、大切な躾がなされて居ないのも要因の一つである。
裕福な家庭に育ち、空腹も知らず育てられた者に、飢餓は耐え難い苦痛である。
人間は、育った環境が左右する事も要因の一つである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2018-11-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

自殺に関する密教ブログ③

d0359990_09110664.jpg

■無垢な心

幼い子供の心は美しい。

何故美しいか?
それは、持って生まれた心《魂》そのままだからである。

本来、生まれて三歳までは、魂そのままが表面に出て、その後、様々な事象を経験し、自我が形成される。
始めから悪い人間はいない。
子供には、子供の良心があるからである。

年月を重ねて行く内に、良心を伸ばす子供、悪心に支配されて行く子供、魂が怯え疲弊して行く者と分かれて行くのである。

では、何故分かれて行くのか?
それは、自我に依る目覚めである。

大人に成って、益々自我を増大させる者も昨今では珍しく無い。

その証拠に、近年の犯罪事情を見れば誰でも分かるはずである。
反省の無い犯罪者の心に、最早人間と呼べる心は無い。

では何故、ここまで堕ちるのか?
敬いを軽視する風潮は、日本に限らず世界的な傾向である。

敬いを軽視する者に、尊ぶ心など理解出来る訳もない。
理解出来て居るのなら、老人を騙してお金を巻き上げる輩が居るわけも無いはずである。

そして、自殺者も増加して居る事に誰も関心が無い。


昨今、今の日本に必要なのは學びであると思う。
たった5分でも良い。
その5分に込める時、変わります。

他の人が変わるのを待つのでは無く、自身から変化する時、確実にあなたの人生は変わります。

■変貌

何故、人は変貌するのか。

過度のストレスとか、精神不安定とか様々に取り沙汰されるが、本当の意味で知る者は少ない。

自殺も同じで、本当の意味を知る者は少ない。
現実からの逃避だと言う人も居ますが、これも完全に的を得ているとは言いがたい。

誰でも一度くらいは、現実から逃避したいと思った事があるのではないでしょうか。
では、何故あなたは逃避しなかったか?

それはあなたの魂が《理性》優って居たからである。
しかし、それに胡座をかいて居てはいけない。
人間は、學ぶ事で自ら成長します。

一事が万事では無く、現代は多様化した問題も発生しております。


良い意味で自らの學びも変化させる事で、多様化の前に進む事が出来ます。
そしてその結果、翻弄される事はありません。

現界は、檻や柵の無い動物園の様な場所であると理解すれば、不思議など無いとお解り頂けるのではないでしょうか。

全ては自分の魂を磨く為の試練。
辛い事も悲しい事も、全てあなたを磨く磨き砂。
それでも堪らない人は、信用置ける人に聞いて貰いなさい。

そして涙が止まったら、前を向いて進みましょう。

あなたには、明日があるのだから。


■怯えて生きる

人間には様々な苦があります。

病気、怪我、生活苦、人間関係。
様々な苦が周りには、数え切れないほどあります。

しかし怯えて居ても、何の解決にもなりません。
様々な苦を乗り越えてこそ意義があるのです。

引きこもり自分の世界に居られるのは、親の保護があるからである。
親も死に、自分一人で生活し生きるには、嫌でも世界に出なくては成りません。
その時に怯えて出られないければ、餓死しか無い現実に気づいても遅いのです。

また、自殺しても更に厳しい世界に転生するのです。

逃げても逃げられ無いのなら、勇気を奮い起こして生きる時、御仏の大慈悲が判ります。

御仏は、私達に耐えられない試練を御与えに成りません。
それぞれに適した試練を御与えに成るのです。

悲観や絶望は、人間の底力を上げます。
力量とは、物や金では計れません。
計る手段があるとすれば、苦労、試練にも負けず生き抜いた時の経験値ではないでしょうか。

悲劇の主人公に自分を置いてはいけない。
自分で自分を哀れんでも、何の役にもならないからであります。

それよりも、自分から底力を信じて立ち上がり、経験を學びに変える時、其処に弱かったあなたは居ません。

心の筋トレは、あなたを助ける頼もしい味方です。

■自殺願望

自殺願望は何故生まれるか?

生きる事への怯えが自殺願望に繋がるからであります。

助けを求めて彷徨うも助けは現れず、死にたい気持ちが助長され、

「死にたい」が、「死ねるかな?」から「死ねる」に向かった結果です。

自殺は逃避にも成りません。
逆に苦しみを増すだけなのです。

現界に生まれた事は學びの選択であり、目標も目的も全て自分が決めて生まれて来ました。

経典にもはっきり明記されております。

自殺を今考えて居る方は、まず試して頂きたい。
部屋を出て太陽の光を浴び、花を《花畑、草原》見て、寝ころんで下さい。
そこには、爽やかな風と暖かさを感じることが出来るはずです。

人は、辛さ、悲しさ、苦しさに弱いもの。

恥ずかしいなどと考えず、まずは生きる事も死する事も忘れて爽やかな風を感じて下さい。

あなたの心の傷を癒すのは、あなた自身しかないのです。
忘れ上手は生き上手。
死にたい気持ちも忘れて下さい。


それでも死にたいと願う方は、私と一度でもお話ししませんか。

死は急がなくても、いつかは必ず訪れます。

私と一緒に急ぐ意味を考えても、時間はたっぷりあるのだから。

■自殺は悲惨

私の寺には、様々な悩みを抱えた方々がお出で成ります。

中には、ここで解決出来なければ自殺しようと思い詰めて居る方も居られますが、生きる氣力を取り戻して帰られます。

それから、ほとんどの方が、ある人は弟子に、あるいは信徒に成られて居られます。
御本尊様の慈悲の力の成せる技であり、改めて想う事、それは道具と成り生きる我が身の有難さです。

自殺は人生の中退、やり直しは効きません。

そして最も悲惨なのは、自殺した後からやって来る事を誰も知らないことです。
私なら、自殺するくらいなら行法の下で命が滅するまでひたすら待ちます。

自殺は家族を泣かせ、周りに悲しみと苦しみしか残しません。
そして自殺した本人は後悔と自責の念に苛まれ、暗黒蔵の中に自ら入り、反省の年月を送るのです。


これを救えるのは、御仏しか居られません。

それも、自殺した本人が完全に反省をしなければ、未来永劫、暗黒蔵の中で一人たたずむ時を過ごす事になるのです。

これを信じるも、信じ無いも勝手です。
しかし自殺を決行した時点で、戻り橋は無いのです。
私は自殺を様々な状況の中で体験して参りました。

■心の転身

人は満足の中では、何も考え様とはしないで在ろう。
その逆に窮地に陥ったり、苦境に遭遇した時に初めて考えるで在ろう。
では、苦境、窮地に陥った時に改善出来る人は何人いるだろうか?


今思えば私の人生は、苦境と窮地の連続だった。

希望が実現したと安心すれば破綻し、しあわせな家庭生活も死の訪れに依り崩壊。
失意をこれでも可と云うほど味わって来たが、変わらない事が一つある。
それは信仰心である。

何度も死を考え、自分と向き合い、それでも涙を拭い仕事に向かう働く事は生きる為であり、当たり前の事である。

だが、失意の内にある時に生きる為に働く事の辛さを体験した時、人は様々な思いに翻弄されやすい。

生きる意味を失い彷徨う時、人は死を考える。
そんな時に多いのが憑依である。

自殺した方の言葉を聞く時、異口同音に答えられるのは『何故死んだかわからない』である。

正に死ぬ氣などなかったのである。
では何故、自殺したのか?
引き込まれ現象である。

引き込まれは、誰にでも起こります。

例えば、失意の内にある人が死にたいと考え彷徨う時、心の隙間に入り込んで来るのが憑依である。

死にたい、死ねるかな?死ねる。に変わるのが憑依の実態である。

しかし、恐れる必要などありません。
正しい信仰心を確立していれば、そんな低級霊に翻弄される事などありません。

何故ならば、明日を怯えて迎えるより、自身から明日に飛び込み、希望を実現する為に生きる事が重要である。
失意、絶望の中からは何も生まれません。

心の転身を果たし、明日に羽ばたく姿を想像する時、あなたの人生は変わります。




by kongousan-akafudo | 2018-11-26 12:00 | └私たちの暮らし

密教937 心の体幹

現代には、様々な落とし穴が存在して居る。
ある人は落とし穴を見破り、回避するが何故、多くの人が落ちるのか?
それは、様々な原因が考えられるでしょう。

e0392772_13554502.jpg

①利益と損得勘定が原因の場合が多々ある。
それから、一時の感情の緩みだと考えます。
マインドコントロールも同じ穴である。
自身が俯瞰できる者なれば、全くかからない。幼稚な術策だからである。

私には、マインドコントロールも、条件反射も効かない。
何故ならば、心の体幹を鍛え上げて居るからである。

鍛える行為は、身体だけではない。
心も鍛え上げられます。
それは、自身と向き合う覚悟から始まり、自身に妥協せずあくまで真理を求め、ひたすらに励み學ぶ事から始めれば、誰にでも可能である。
e0392772_17012386.jpg

それは、多難でもなんでもありません。
學ぶ心の芽生えである。
自身の心が欲する素直な要求なのである。

真理を知る事は、自身を向上させる原動力と成り、やがて心の体幹を鍛える事へと繋がって行くのである。

心の体幹を鍛える事は、自身に訪れる様々な悩み苦しみをも解決に導くのです。
何度も予習復習を繰り返し、學び得た事は、生涯の宝と成り、幾ら積み上げても重荷にはなりません。

その逆に、全ての苦しみからの解放に繋がるのである。
そして、あなたに残るのは、本当のしあわせを見極める眼なのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2018-11-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信