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密教887 人型【人型セット】

当院では、皆さんの願望達成を現実に近づける為に、御本尊赤不動明王尊をはじめ、聖天尊、荼枳尼天【真澄稲荷】のお力を具現化した人型をお授けして居ります。
人型は古来より、様々な災厄を払う為に使われて参りました。

当院では災厄も言うまでもなく、信仰心の向上を主眼とし、この度人型をお授けする事に致しました。
【人型セット】

当院のお授けは、御本尊をお迎え出来なくとも可能なように、御幣、弊串をも網羅した完全版であります。
本来、祈願には御本尊様が絶対条件として存在しますが、当院の御用意させて頂いた祈願人型は、御幣【依代】を御用意して御座います。
手元に届いた時から始められます。

此処で特質すべきは、真澄稲荷御本尊である。
真澄稲荷御本尊の凄さは、私が一番良く知って居ります。

何故か?
真澄稲荷御本尊を計画設計、様々な折衝をしたのが私である。
まず、京都の大仏師に原型になる仏像を依頼。
次は原型を元に鋳型の製作である。
鋳型は、最終的に12を数えた。

何故か?
本尊仏の大きさである。

私は長年この道に居るが、これほどの大きな【純銀製、稲荷神】を見た事がない。
真澄稲荷の秘仏であるから、あまり大きな声では言えないが、純銀5キロを超える秘仏である。

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一般公開はして居りませんので、悪しからずご了承ください。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝







by kongousan-akafudo | 2018-09-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

自然災害からの警告に関する密教ブログ

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今日は、主に自然災害からの警告について書かれた記事をまとめました。

常日頃から防災意識を高め、自覚して準備をすること。
流言飛語に惑わされるのではなく、過去の統計や専門家の分析などを元に自分の目で検証することが大切です。

また、私たち霊的真理を學ぶ者は、霊界からの警告に素直に耳を傾けることや隣人と助け合う事も重要です。
どうぞお目通し下さい。

水と揺れ

皆さんは、氣づきましたか?
揺れと水、地震と水。
これはメッセージです。

感じて、考えて下さい。
このメッセージが、何を暗示して居るか?

これは、自然霊からのメッセージです。
私達が理解し、反省しなければ、次は涙で償う事になります。
今、何をするか…
何をするべきか…

私達に問われて居るのは、反省と行動です。
一人の力は微力でも、万民の力は、巨大です。

原発、戦争法案、殺人事件…

我儘が生み出した事故…


今、自然霊が発しているメッセージは、私達が反省し、理解と理性で判断する事を求めらているのです。

メッセージが来ている内は、大丈夫です。
本当に恐ろしいのは、静寂です。

結界の必要性

私達に何時、何度き事件、事故、災害が降り掛かるか、
誰にも分からない事ですが、結界を張り災いを転じて福となす法が存在します。
結界法である。

例えば、勉強嫌いな受験生を机に釘付けにする法も結界法の一種である。
また、訪問販売員に困って居る方々には、結界法が最適である。

但し、素人が実行しても効果は望めません。

また、茶道、華道でも結界は、重要な儀式の一部である。

現代では、形式的な結界、今では知る者も少なく、本当の結界を張り巡らせられる者は、表社会には見受けられ無い。
結界の必要性は言うまでも無い。

今は、正に動乱。
自分の身は、自分で護る気概が必要なのですが、そんな簡単には出来ないと言う方々が多いのも事実。

我が密教塾では、様々な事を、学び、実践する事で、自立自律を果たす原動力に替えて行くのをお手伝いします。

密教塾は、あなたの入塾をお待ちして居ります。


事件・事故

今、日本は大きな過渡期にあるのです。
災害も含めて。
全ては、怒りのエネルギーが大きく作用して居るのです。

個人から、複数に。
複数から、自然界にと。
様々に影響し、私達に脅威としてのし掛かって来て居ます。

それは、何故か?
個々の怒りのエネルギーが放出される事で、怒りのエネルギーは増幅され、様々な事象に繋がるのです。

それは、如何してか?
例えば、池に拳大の石を投げ込みます。
すると波紋は広がり、岸に辿り着き、やがてまた中心に向かいます。
押し寄せる波紋と同じであるのです。

正に、負の連鎖であるのです。

怒りを忘れ、笑顔で暮らす。
先人を敬い、神仏を尊ぶ。
妻を愛し、子を愛で、隣人を愛する時、怒りのエネルギーは消滅します。

そして、新たなる正のエネルギーが増幅されます。

平安と優しさに包まれた環境を、取り戻すことが、出来るのです。

怒りでは、何事も解決を観ません。

笑顔のエネルギーは、癒しをもたらします。
華を愛で、優しい空間を共有する時、人は悟ります。
生きるとは、何かを。

毒と薬

私は、三歳の頃より古武術を習い修行を重ね両親の死後、出家するまで、古武術を學びました。

古武術をご存知無い方の為に解説をさせて頂けば、古武術は、戦さ場に於ける武術である。
組打ち、剣術、手裏剣術、薬学、地学、天文学、弓術、馬術と多彩である。

何故、古武術に薬学があるか?其れは、戦さ場に於いて怪我が付きものだからである。
又は身体の変調不調があっては、充分な働きが出来無いからである。

薬学の中には、毒、火薬の製法も含まれている。昔の僧侶は、薬も調合し人々を助けて居りました。

現在は、薬事法で禁止されているので、調合は、出来ませんが、
災害時の人命救助に関しては、必要最小限の医療行為は、必要と考えます。

私は接骨の資格も有しているので災害時は、持ち得る力を惜しみなく使います。
全ては、人間が作り、人間が使う、知識があってもよこしまな者が使えば害と成す。

何時の時代も絶えない問題であるテロ行為も同じである。罪も無い人々を巻き込み、殺害、傷つけ、
口では、聖戦とうそぶいて居るが、只の人殺しである。


毒と薬、思想も同じである。
間違った思想は、人々に地獄を与え自らは《指導者》隠れ、命令と云う欺瞞を発するだけである。

薬も火薬も狂人の手に入れば凶器と化すが、心正しき者の手に入らば人命を救う鍵と成ります。

イジメや誹謗中傷を繰り返して居る人間は、自らが毒の池に浸かり喜ぶ大戯けであり、
悪口雑言は自ら毒を吐き、その毒に依り自らの命を縮めて居るに過ぎない。

カルマ《因縁》は、必ず返ります。
イジメや誹謗中傷の類いは、卑怯者の一番好きなご馳走なのであるだから、辞めることをし無いのである。
やがて、カルマが増大し破滅を迎える日が来るまで。


地震

大地を激しく揺らし、破壊する地震。
それは、怒りのエネルギーです。

日本人は、本来、穏やかな民族です。
何故、こんな怒りを、凝固させるようになったのか。
その原因の一つに、食生活の乱れがあります。

例えば、肉…怒り苦しみ乍ら、殺された動物の肉はやはり怒りに満ちている。
その怒りの肉を食べれば、怒りの蓄積が始まります。
怒りの蓄積が頂点に達した時どうなるか?
お考え下さい。

最近、よく言われるのがキレる、キレまくり、ヤバイ…汚ない言葉です。
口から、毒を撒き散らしている事と同じです。

辛抱強かった日本人の面影はありません。

地震は、何故起きるか?

我々の怒りのエネルギーが想念となり、大地を激しく揺らし、自らも傷つくのです。

早く、氣付いて下さい。

このままでは、いずれとんでもない事に…?
まだ、間に合います。

死中に活を求める

私の友人は、阪神大震災を経験している一人である。
あの日は地震によって目覚め、灯りが付かない部屋を手探りで出口に向かっていた時、足に激痛が走った。
割れたガラス片を踏んだらしい。
暗くて、何も見え無い。

どれだけ時間が経過したかわからないが、灯りが見えた。
灯りでは無い、炎だ。
後は、無我夢中で逃げた。

彼は単身赴任で被災地にいたが、一人でも必死であったと語る。
私は、被災した彼から學んだ事から、次の物を用意してある。
まず、スリッパ、懐中電灯、ラジオ、保存食、水。

昔からの諺に、備えあれば憂いなし。

正にその通りである。
いつ何時、何が起こるかわからない、その時の備えが必要です。

死中に活を求めるとは、冷静に判断し、理性的に行動する事である。
他を押し退け、自身が助かる道など無い。
愛を忘れ、殺伐と生きる時、人は人に非ず。
餓鬼に堕ちる。


警告

水と揺れ、皆さんは、お気づきのはずです。

私は、予言、警告、注意、様々な形で伝えてきました。
今回の洪水、地震これは、自然霊からの警告です。

何故、警告が発せられたか。
それは、今の日本の現状を見て下さい。
私が予言した結果に、近づいて居る事がお解り頂けると思います。

原発、戦争法案、殺人事件の多発。
自分勝手が原因の事故、何一つとして、反省が無い。

私は選挙に無関心、無関係だから関係無いと思って居る方々、あなたも大いに関わって居るのです。

愛情の裏返しは、無関心!
まさに日本の現状は、無関心なのです。

自分に関わる事には、関心を示すが、直接的には、関係無い事には興味すら感じ無い、と考えて居ること自体がkarmaを呼び寄せます。
京都御所の結界が切れ、また皇居の結界も切れました。

私の仲間は、必死で各地の結界修復に奔走して居ります。

私もやります。
皆さん如何か、伝えて下さい。
平和の有り難さを、平和の尊さを。
あなたの大切な人を守る為には、大勢の善意が必要です。

過去に学ぶ

日本は、世界でも稀に見る、様々な犠牲者を出して来た国だと言う事を思い出して下さい。
近い時代から振り返れば、関東大震災、戦争、原爆、水害、噴火。
様々な出来事の中で、犠牲者が出る度に、二度と有ってはならないと、悲しみ復興して来たが、数年すれば忘却する。

如何かが、おかしいと思うのは私だけでしようか?

私以外にも氣づいて居る方々が居るはずである。
私は、言い続けます。
今のままでは、確実に涙で贖う時が来ると思います。

今からでも、遅くは、ありません。
学びましょう。

尚、この記事は、勧誘目的ではありません。

一人で学べる人は、一人で学んで下さい。

真に学ぶ者の到達点は同じであり、何ら変わりは無い。
私も貴方も大差は、ありません。
有るとすれば、学ぶ姿勢だけでは無いでしょうか。

私は、密教僧であり、御本尊、赤不動明王尊の道具です。

後は、道具としての勤めを果たすまでと考えます。


送り火

今迄にどれだけ、送り火を焚いたか…覚えていないが、忘れられない送り火もある。
今から、お話しするのは、母と子が離れ離れになり、お互いを探す間もなく死んで逝った親子のために焚いた送り火です。

私の横を泣きながら、走り去った一人の少女…
それから暫くして、何かを探す様に歩く女性。
不安と悲しみが私に伝わってくる。

きっと行方不明のお子さんを、探しまわっているのだろう。

人間は、強い衝撃に遭って死亡すると、自分が生きているか?死んでいるかの区別がつかない場合があります。
例えば地震や、火災、津波、噴火…様々な瞬間的な死は、意識する間もないと思います。
あの親子は、着ている物から見て、終戦の前にあった東京大空襲の犠牲になられ方に間違いありません。

私は、支度を整え、あの場所に急ぎました。
暫くして、あの少女が泣きながら走ってくる。

私は、不動七縛りの法をもって、少女をその場に止めて、次は母親を待って、二人揃ったところで開始である。
暫くして、母親が現れたが、子供の事が分からない様である。
私は、二人を寺に連れて帰り、説得してから引導作法を施し、護摩を焚き二人を見送った。

その時の親子の顔は、再会出来た喜びと、二度と離れ離れにならない様にしっかり手を握りあっていた。

私は、二人の供養に護摩を修した。
今は、故郷で親子仲良く暮らしている。



by kongousan-akafudo | 2018-09-29 12:00 | └私たちの暮らし

密教886 真実への提言

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昨今の事象の流れを観るに、嘘偽りの感がある事は皆さんもお気づきではないでしょうか?

何かと言えば、証拠が無い、そんな事は言っていない。
正に、厚顔無恥の一言である。

子供には嘘を言うなと言い、自ら、嘘を平気で並べる者達。
正に地獄の亡者の戯言である。

私は、対面で一対一でお話しする時は全て録音をさせて頂いております。
何故か?
それは、言った言わない、嘘偽りが無い証拠とする為である。
昨今の事象を鑑みる時、絶対に必要と考えます!

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人は、自分に不利な事は認めたくないのが人情である。
しかし、誇りある者は、古来より【武士に二言はない】である。

然るに、昨今は偽りのオンパレードである。
私が皆さんに申し上げたい事は、自身の潔白を維持する為には、様々な機器を導入する事も必要であると言う事であります。

見られなければ嘘を言い、聞かれなければしらを切る。
そんな、情けない者達もいる事を理解しなければいけない時代にあるのが現在なのです。

証拠を残す習慣は、不利にも有利にも働きます。
しかし、証拠のない案件は、力の強い方に有利に働く事は皆さんもお分りの筈である。

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皆さんにお伝えします。
無駄や面倒と考えず、自己防衛の意味からでも、記録は大切なものであると認識する事をお勧めします。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-09-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教885 闇を照らす灯

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御仏が教えて下さいました。
闇を幾ら灯で包んでも、闇は消えない。
太陽の光が全てを照らしても、影は存在する。
そして、影ある所に魔は存在するのである。

以上は、古代経典の一説である。
現在の社会形態に当てはめて見れば、一目瞭然ではないでしょうか?

それは、何故現代社会に写し出されて来たのか。
答えは簡単である。
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明ある所に暗あり。
正に表裏一体であるからである。
では、暗を受け入れて生きるのか?
それは、自由である。

しかし、両部の均衡が保たれて居る内は良いが、保証は無い事を知るべきである。
闇を無くす事が出来ないのであれば、自らが光に成り照らせば良いのである。
正に慈悲の光である。

人間に生まれ、乍ら的に日々を過ごすのでは、あまりにも寂しいのではないでしょうか。
自らが光に成り、闇を照らす光明となれば、影は存在しません。

優しい光明は暖かく慈愛に満ちて、苦しむ人々に希望を与えます。
誰でも、必ず光を持って居るのです。
ただ氣づかないで、一生を終えて居るのである。
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難しい事ではありません。
ちょっとした親切、心の掃除をすれば、誰にでも出来るのが光明心を持つ事なのです。

優しさとは、思いやりから始まり、氣づきによって開華します。
まず、自身の周りから試してみては如何でしょうか。

優しさは、見返りを求め無い大我の心から生まれます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-09-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教884 改める勇気

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人間に本当に必要なのは、お金でも、地位でも、名声でもない。
また、高尚な事でもない。

幼い頃を思い出して下さい。
母に叱られて泣いた自分、父に怒られた時にかばってくれた母の優しさ。
あの頃を思い出す時、人は素直さを思い出します。

いつから自分は傲慢になり、學ばなくなったのか?
それは、人生の垢を積み重ねた結果である。

子供の頃は、正に無垢の眼で見、見たものを純粋に受け入れていた。
利害も虚勢もなく、不思議思考の入る隙間もなかったのである。
大人になった現在、何故、不思議思考に傾倒するか。
それは、現実逃避願望が要因である。

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元を正せば、幸不幸など存在しないのである。
幸、不幸を司るのは、価値観の相違が原因である。

では、価値観の相違とは何か?
捉え方と優越感と言うつまらない見栄である。

人間にとって一番必要のない感情は、見栄である。
価値観は、千人居れば千通りあって然るべきであり、全てから同一である必要はない。
正に個性である。

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人間界の生き方は上記で良いが、霊的真理には、変える事が出来ない真実の法則がある。
それを學ぶのが、現在求められて居る課題である、理性的解釈と感動である。

私が危惧する目下の事は、不思議思考の蔓延である。
不思議思考は正に霊的暗虚、暗闇の世界なのです。
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霊の世界には、善霊も悪霊も存在します。
自分が理性的真理を望めば善霊が指導し、不思議思考に陥れば、それに即した未浄化霊が訪れます。
全ては、自己が選択した結果である。


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以上をご理解下さった方々は、自己選択の大切さをご理解願いたい。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-09-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教883 離別

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出会いの数だけ別れはありますが、別れ方も様々です。
そして、別れによる悲しみ、苦しみは様々である。
失恋、離婚、死別、理性的に捉えれば學びなのである。

但し、物欲が介在する時、學びではなく憎悪に変わる事が多々あります。
例えば、親の遺産などは争いが絶えません。
しかし熟慮して見れば、親の遺産などで争って醜さを露呈する位なら、さっぱりと辞退した方が、その後の人生にとって良い結果をもたらします。

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何故か?
私達は、生まれてから大人になるまで育てて頂いた事が、最高の遺産などである。
親の遺産は、親が努力して築き上げた結果の財産である。
なれば、自分も最高の努力をして築き上げる事も可能なのである。

築き上げられたものを受け継ぐ事は悪い事ではない。
しかし、自分で苦労し築き上げた自信と経験は最高の學びに繋がります。

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別れに涙した経験を持つ人は少なくないが、その経験で萎縮して生き方まで萎縮する必要はない。
辛い経験をバネにする事で、あなたは成長し、強い精神力を身につける事が出来るのである。

別れの経験に涙しても良いでしょう。
しかし、いつまでも涙眼で見つめて自らを悲劇の主人公にする時、魔が漬け込む事もあるのです。
悲しい時は極力美しい物を観て、心を和ませる努力をするのです。
その時、光明が差して参ります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-09-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教882 イジメ

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イジメが何故、絶えないか?
答えは簡単である。
実行犯が公にされないからである!
それと、イジメられて居る本人が逆襲して来ないと言う根拠のない自信があるからである。

以下、実例である!
私の生家は貧しい家でした。
小学時代は給食費も滞りがちで、黒板に何度も実名を書かれて悲しい思いをしました。
私は、給食を食べない事にした。

そして、給食費を払えない事を種に、同級生から様々なイジメを受けたのである。
その時、私は考えた。
自分が弱いから馬鹿にされ、イジメられるのだと。
私は、その日から一人、武術の稽古に励んだ。
血を流し痛みを堪え、悔しさを原動力に変えて生き抜いた。
やがて、20歳の頃は己が能力に満ち溢れて居た。

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両親の死を皮切りに武術の道を諦め、僧侶の道を歩んだ。
此処でもイジメである。
しかし、簡単に解決した。
私が武術の達人である事を知った者達は、全員が恐れを抱き、借りて来た猫である。

独立して住職になった今でも、誹謗中傷する輩はいる。
しかし、表面切って私と相対する事が出来る者は皆無である。

それは何故か?
相手が卑怯者であるからである。
卑怯者は、決して表面に出て来ようとはしません!
正に卑怯未練の代名詞である。

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老若男女問わず、イジメをやって居る者は卑怯者であり、恥知らずの大馬鹿者である。

この記事を読んで立腹する者が存在するなれば、私はいつでもお相手致します。
私の元には連日、イジメに関する相談があります。
弱い人をイジメて喜ぶ者達よ、根性があるのならば私に向かって来なさい。
私はいつでもお相手致す。
但し、手加減はしない事を覚悟して来るが良い。

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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2018-09-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教881 表裏一体

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善と悪、光と陰、謙虚と傲慢。
理性ある者は、常に考え俯瞰して捉える事が出来るが、本能で行動する者は道を誤るで在ろう。

では、どうしたら理性が身に着くのか?
學びである。
學ばずして、理性を身に着ける事は難しい。

學びとは、様々な経験も必要だが、先人の智慧を率先して自己に投影させ、第一に反省から始まらねばならない。
何故、反省から始まるか?
それは、謙虚に受け入れて理解せねば、反省は机上の空論に過ぎないからである。

深く反省する事は、俯瞰する為の要素に繋がり、やがて自己の行動理念をも制御するのである。
自己中心的な思想を破棄し、協調性を身に着けた者は普遍である。


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人間は何故争うのか?
それは、欲による自己喪失と考えます。

欲が高じれば、人は魂を否定して欲の渦に飲み込まれ、全てを水泡に帰すであろう。
幸い、私達は様々な解脱法を心得ている。
學びは、正に梯子である。
一歩上がれば、一歩上昇し、登る事を拒否すれば欲界を彷徨い、やがて自らが後悔するのである。

現界【この世】は永遠ではない事を知り、學びに身を置く時に理解としあわせは訪れます。
それを率先して受け入れるも、己が欲望のままに生きるも自由であり、全ては自己責任である。
但し、本当の自己責任とは、巷で言われて居る様な甘い現実ではない事を、私は付け加えます。

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それは、死後誰もが経験出来ます。
信じる信じないも自由であり、究極の自己責任なのである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-09-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教880 失言

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言葉には、魂が宿る【言霊】と言う事を何度もお話しして参りました。
しかし、失言によって人間関係が危うくなった方も少なくないようです。
そこで今日は、そんな失敗をしないようにするにはどうしたら良いかをお話して参ります。

失言をする人は、悪気はないようであるが、相手に与える影響は意外と大きいのである。
それが原因で疎縁になる事も少なくない。

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まずは、言葉の意味を理解する事。
言葉の意味を理解して居ない場合、失言の回数は増えます。
昨今の日本に置いては、正にデタラメ言葉が増えました。

日本には、時と場合をわきまえた言葉遣いが存在している。
それを無視して、仕事で得意先や会社上司に不適切な言葉を使ってしまった場合はどうなるか?
お考え下さい。
悪気はなくとも、結果は想像通りである!

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失言をしない為には、まず相手の話を聞く姿勢が大切である。
そして、自分が発言する時は、その言葉が適切か不適切かを熟知していなければ、その場で使う事はやめた方が良い。
自分が発言する時は、頭の中で言葉を咀嚼して発言する事が望ましい。
浮かんだ言葉を咀嚼せずに発する事は、お辞めになる事をお勧めします。
【話し上手は、聴き上手である】

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私は若い頃から本を読むことが好きで、膨大な数を読破して参りました。
例えば、問答集などは話し方の手本と言えますが、一般の方には不向きかも知れません。
しかし、普通の良書は幾らでもあります。
まずは、自分に合う書籍を読んで、文中の意味を理解するだけでもかなりの効果が得られます。
面倒がらず真摯に取り組んでいけば、私が言わんとする事がご理解頂けると考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2018-09-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教879 學習から學修

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当院では、真剣に學びを深めたいと望む者には、私が一対一で指導を行っている。
現在は、護摩法について指導する為に、新たに護摩壇を製作中である。

何処でも出来る様に、折りたたみ式を検討している。
學習から學修とは、學び習うから始め、學び修めることが本義である。

修めるまでに至るには、様々な事柄を履修しなければならない事は言うまでもない。
その中でも、実技は中々出来るものではない。
ましてや、道具を揃えることが困難であろう。
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当院には二揃えあるので、本座の法具を使わずに修法の練習が出来るので安心である。
これを一から揃えて居たら、最低でも百万円位の出費となるであろう。
密教の本物の法具は、素人では入手も困難であり、価格も皆さんの想像を超えるものであろう。
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これから履修する人は、空身で来て學び、帰るだけなので楽である。
私は、自分がして来た苦労をさせたくないだけである。

私が元気なうちに、出来るだけ多くの人達に教えていきたいと考えている。
また、希望する者は、私が告知するまで静かに待つように願いたい。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





by kongousan-akafudo | 2018-09-20 06:00 | ◎赤不動明王院通信