金剛山赤不動明王院 密教

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<   2018年 08月 ( 58 )   > この月の画像一覧

愛に関する密教ブログ 8

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愛にはいろんな形があります。
親子愛、夫婦愛、人類愛など。
様々な愛の形について書かれた記事をシリーズで特集して参ります。
どうぞご覧ください。

>>愛に関する密教ブログ1
>>愛に関する密教ブログ2
>>愛に関する密教ブログ3
>>愛に関する密教ブログ4
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>>愛に関する密教ブログ7

夫婦関係

夫婦関係とは、学び合いです。
互いに良いところ、悪いところを学び合い、助け合う関係なのです。

主人が怖い、奥さんが強い…
それは、夫婦関係ではなく、自分を主張したいだけの、小我な関係に過ぎません。
互いに平等な関係であり、互いにいたわり合う関係なのです。

今、私の元に様々な夫婦間トラブルの相談がきます。
私は、考えます。

夫婦とは、何の為に成立した関係なのか?
互いに歪み合う関係に、学びは成立しません。
例えば、夫婦喧嘩を見聞きすると、その原因はほぼ同じです。

自己主張のぶつかり合いです。

私は夫婦とは、互いに認め合い、互いを尊重し互いを愛し、自己の傲慢さを、愛により修正する関係と考えます。

自己の傲慢さを知り、穏やかに修正できる関係は夫婦関係しかありません。

他人に自己の傲慢さを、曝け出した時…
他人は、あなたを侮蔑し去って行きます。

しかし、それを支え大我に導く関係こそ、素晴らしい夫婦関係だと、私は考えます。

今、縁有って、成立した夫婦関係…
あなたは、奥さんを優しく、愛していますか?
奥さんは、傷だらけになって帰って来たご主人を優しく手当していますか?

自己主張は、傲慢の産物です。
自己主張などせずとも、ご主人は奥様の意見を聞き、叶えるべく努力し、奥様は常に優しく、美しい存在であり、菩薩なのです。

心の美しさが菩薩の証明なのです。

男、主人は、泰然自若たる自己を目指し、精進潔斎する時…小我は崩壊し、大我に目覚めるのです。

増殖、分裂

私は、視た…
増殖、分裂を繰り返し、様々な人や階層に憑依し、増殖、分裂する物を…
細胞は、分裂し増殖するが、物も増殖、分裂を繰り返し、感染する様に、他を侵し続けている事を、皆さんはご存知だろうか?

その証拠に、イジメが後を経たない…
事件が兇悪化している事実を、皆さんはどうお考えですか?

何時の日か貴女に襲い掛かる時が、来た時…
貴女は、自衛出来ますか?
私は、大丈夫と言えますか?

私が以前、書いた記事を覚えておいでですか?
愛情の反対は、無関心。

今や、日本中に無関心者が、増えているのです。

自分には、関係ない。
自分だけは、大丈夫だ。
環境が悪いのは、私には関係ない。

自由で結構…

但し、自分が巻き込まれた時、関係ないの言葉が出るだろうか?

古来日本語は、大和言葉…言霊だったのである。
それが、現在では、皆無に等しいのが現実である。

昨今のイジメは犯罪であり、許される事ではないのに、イジメが横行するのは何故か?
犯罪が兇悪化しているのは、何故か?

悪想念が増殖、分裂を繰り返しているのです。
そして、更なる憑依を産み、暗黒へと誘うのである。

ここまで来た状態を修正し、回復させるには、一人の力、能力では不可能である。

私は今、自分の亡き後を視つめている…

今や確実に、〇〇は、起きます

そして、荒廃した時に氣づいても、遅いのです。

私の元に急激に、弟子が集結しております。
様々な能力を持った者達です。
後は、修行と訓練を繰り返し、一人前の密教僧に育てるのも私の使命である。

赤不動院、密教塾は、あなたの入塾を歓迎します。
一緒に学びましょう。

伝染

何も無いのにイライラする。
それは、オーラ伝染によることが多いようです。

例えば電車内の椅子には、様々なオーラが付着しています。
何も知らない人がその椅子に座ると、しばらくしてイライラとして来る事がありますが、此れはオーラの伝染であります。

昔の諺に以心伝心とありました。
この意味するところは、『口で言わなくとも意思は伝わる』と言う事です。

良い感情は伝わり難いのですが、悪感情は簡単に伝わります。
それは、悪感情の方が意識レベルが強いからなのです。
従って、イライラや憎しみの感情は伝わり易いのです。

他人を誹謗中傷する人間は、常にイライラや憎しみの感情に支配され、やがて破滅の道を辿ります。
そうならない為にも、皆さんは明るく、負の感情は捨てましょう。

全てには愛があることを悟って下さい。
全てに愛があることを悟る時、あなたは向かい入れてくれる存在に氣づく事でしょう。

私達は一人では何も出来ないし、一人では完結しない事に氣づくことは、しあわせに近づいた証しなのです。

増長傲慢

アメリカでは新しい大統領が就任し、韓国では大統領が失脚し、日本固有領土に少女像を安置すると騒いでおります。
また、北朝鮮では核ミサイル騒ぎ。正に増長傲慢の極みであります。

平和に生きれば安心が得られ、増長傲慢に生きれば、争いの芽が発芽する。
何故、こんな簡単な事が理解出来ないのでしょうか。

それは、国民性と人間性の希薄化が引き起こす魔界帰り現象が起きているからに他なりません。

増長傲慢は、侵略、争い、悲劇を呼び起こし人間界を破壊します。

平和を愛し、融和を実践する時、争いは影を潜め、隣人を愛する事が出来るのであります。
自らが争いを求め、平和を語るは正に、増長傲慢の極み。

日本は嘗て敗戦を味わい、国民は地獄を味わった経験を生かし、静かに生きて来た時代がありました。
然るに、昨今の日本は犯罪者が闊歩し、犯罪は凶悪化しています。

警視庁の発表では、犯罪の総数は減少しているといいますが、犯罪の質は言明を避けているように考えます。
ひと昔前では考えられないような子供が子供を殺し、子供が親を殺し、親が子供を殺し、性的異常者が横行する。
現行の日本は、決して正常とは言いがたいものがあります。

この異常事態を正常に戻して安心を得るには、正真正銘の學びと敬う心、尊ぶ心を呼び起こすことが急がれます。
そして、日本人が日本人の尊厳を心に刻み、厚顔無恥を知って道徳心を養い、自分に恥じ無い生き方を見直すことが肝要なのです。
更に言うならば、宗教と信仰の違いを確実に自身に刻み込むことであります。

日本には、古来より素晴らしい教えが数多く残されております。
葉隠《鍋島論語》修身、文武両道の精神、全て日本固有の思想であります。

外国文化に傾倒するも良し。
しかし、自国の文化も知らずして他国文化に傾倒する時、それは唯の猿真似に過ぎず、他国からは軽薄としか認知されません。

日本人の最低の証しとして、自国の文化を熟知してから、他国の文化に興味を抱いても遅くはないと考えます。
日本人の特性は、恥を知る文化です。

ベストパートナー

あなたにとってベストパートナーとは、どう考えますか?

様々な関係性を鑑みる時、夫婦関係を今回は考えてみて下さい。
真に俯瞰して考える時、純粋に人間性だけを捉えて相手を決めましたか?

容姿端麗、美しい、スタイルが良い、若い、頭が良い…など。
しかし、人間は年を取り、容姿は衰えて変貌を遂げます。
生活力、仕事があり、順風満帆な時は、誰しも自信に満ち溢れております。

しかし、職を失いうらぶれた時、自信を持ち続けられますか?
上記は、物質の裏付けなくして保つ事は不可能であります。

私は、六十三歳になるまで様々な人生を味わい、慟哭の涙を流した時もあります。
生きるとは、正に學びの連続です。
貧困に喘ぎ、愛する者との別離《死》、自らの老い、裏切り、裏切られ。
何故起こるか?物質に傾倒する時、魔を呼び込むのです。
心の闇も全て、物質的価値観を自身が受け入れた結果なのです。

あなたが、本当の意味でベストパートナーを求めるならば、自身を俯瞰し、物質的価値観を棄てて真の道を學ぶ事をお勧めします。
物質のみを求める時、人は無限の地獄を味わい続ける事になるのであります。

遺品整理

遺族は、悲しみのあまり遺品を片付け、整理する事が難しいと思います。

私にも、何度となく経験があります。
しかし、故人の為を思うのであれば、葬儀後の四十九日が経過した時点で遺品整理を進めることが、故人の浄化を助ける事になります。

遺品をあまり長く放置する事は、浄化の妨げになるだけです。
故人を思う心が強ければ強いほど、遺品整理をして下さい。
遺品が思いを現世に留め、浄化の妨げになっているケースを沢山みて来ました。

自分の靴に執着心を持ち、浄化出来ない人。
釣り竿、人形、コレクション…その他。
故人の執着心を、助長させないのも愛です。

遺族が遺品にすがる気持ちも解ります。
しかし、何よりも大切なのは、物ではなく故人の浄化を助ける事です。
故人がいつ迄も現世に残れば、最後は未浄化霊になります。

そうしない為にも、遺品整理は大切な事と考えて下さい。

遺品整理を業者に出す方は、気をつけてください。
悪い業者は、遺品を他に売り利益を稼ぎます。

故人の着物がいつの間にか、古物店の店先に並んでいるケースもありました。
それでは供養にも、何もなりません。

どうしようか?…悩んでいる方々は私にご相談下さい。
的確なアドバイスをさせていただきます。

毎日、何事もなく暮らしていた…。
そして、明日は来ると、思っている方が大半ではないでしょうか?

しかし明日は、誰にも保証されてはいません。
私とて同様です。

そして、突然迎える死…。
やりたい事、やり残した事を諦めざるを得ません。
理屈では解っていても、残して来た物が、他人にも家族にも知られたくない物がある時、人は執着心を抱きます。

私が、四十九日の法要を依頼され、その御宅に行った時の話です。
納骨前の遺骨を前に供養経を読誦している時…切実な声が。
「あの写真を家族に見られたくない…何とかお願いします」言うのである。

葬儀時に故人を知っていますが、美しい人でした。

法要が終わり、宴席の用意に家族の方々が他の部屋に行き、私は法衣を着替えている時も、仕切りに頼まれます。
故人に教えられた箪笥の中から、一枚の写真を鞄に入れて宴席に向かいました。
お接待を受けましたが、何か後ろめたさにうわの空でした。
寺に帰り、写真をお焚き上げする時に見たものは色っぽい写真でした。

供養の想いを込めて、お焚き上げが終わった時、故人が一礼されて浄化され、登られて行かれました。
あまり他に見られたくない物は、生前に整理しておく事をお勧め致します。

人にはそれぞれ、プライドがあります。
他から見ればたった一枚の写真でも、ご本人にとっては大切なプライドなのです。
私はこれからも、生者、故人に関わらず、皆さんのお役に立てれば本望で御座います。

小我の愛を知り

人は、様々な出会いと別れの中で、愛を知り、愛に泣き、愛の葛藤を覚え愛に苦しむ時、様々な愛の形を学びます。

平和を愛する人は、妻を愛し、家族を愛し、自分を愛し、
やがて、天を愛する心が芽生え、より大きな愛がある事に、氣付く事でしょう。

それは、大慈悲、大我の愛です。

人が愛に、無関心に成った時、国は滅び、人は死に絶えるでしょう‼️
昨今の猟奇的事件を耳にするたびに、人間の低級自然霊化に、歯止めをかけなければ、
地域は、荒廃し、やがて國は、弱者を切り捨ていき、やがては滅びし國の、二の舞に突入する事でしょう。

今こそ、貴女の心の中に宿る、大我を発揮する時なのです。
愛する我が子が、低級自然霊化する前に、本当の母性愛、すなわち、慈愛を持って接する事が、今求められているのです。

犯罪者にも、親はいます。親のいない生き物は、存在しません。
親は、子の鏡
子は、親の鏡
互いに助け合い、学び合う、魂の同志なのです。

子供達が、正しい愛を学び、正しい愛を実践する時、この世は、美しく再生します。

その逆に、子供の心が荒び、荒廃の渦に呑まれる時、この世は、確実に滅びの道に進みます。

私達の責任は、子供達と人生の先輩である。
御老人が安心して生きられる環境にする為に、叡智を結集する時ではないでしょうか。

涙のオートバイ

愚僧が担当した供養依頼の中でも、忘れられない事があります。

秋の日に一人の御婦人が、相談依頼に来られました。
とても疲れている様子で、暖かいお茶を出してからお話しを伺う事にした。

御婦人がポッリポッリと話されたこと。

息子さんが暴走族の仲間入りをして、母の貯金を持ち出しオートバイを購入。
暴走を繰り返し、ヤクザに
面白半分で追い回され電柱に激突して死にました。

親不孝な馬鹿息子です。

お母さんが泣き崩れます。

生前息子さんは、お母さんの貯金で買ったオートバイをお母さんに自慢して居たそうです。
マフラーの音が特別にしてあると、笑顔で話して居たそうです。
本当は、優しい子だったと涙。

相談は、亡くなった息子さんが毎夜オートバイの爆音を響かせ、家の周りを走っている。
隣近所にオートバイの爆音が毎夜有って困ったものね。と言ったら、オートバイの爆音など聞いた事が無いと、皆さんに言われました。
しかし、私は毎夜オートバイの爆音を響かせる息子の姿が分かるのです。

御婦人の相談内容も承知。

霊査する事に成り、御婦人の自宅に行くことになりました。

支度を整え、御婦人と二人ご自宅に到着。
息子さんの為に壇が、遺影があり、まだ少年である。
若い命を可哀想に視ると、息子さんは家には居ない。

事故現場に向かい視ると、全身血だらけの少年の姿。
頭から激突したので有ろう事は察しがつく。

此の儘では、毎夜オートバイで徘徊を繰り返す!
浄霊する事に。

自分が死んだ事を、理解させなくてはならない。
まず自分の姿を見せた。
かなり動揺して居たが、法を掛け、自宅に連れて帰り、ゆっくり自覚させるしか無い。

お母さんに、息子さんはここに今も居て、自分の死んだ時間になるとオートバイに乗り、一人で走り周っている。
自宅に連れて帰り、自分の死んだ事を理解させるしか無いので、愚僧に憑依させ自宅に連れて行きます。と説明。

自我を縮め憑依、成功!
お母さんと自宅に戻り、安心した様に愚僧から離れ、自分の部屋に入るが、様子が違うので戸惑っている。

お母さんに息子さんは、死んだのだと言って頂くと、息子さんは自分の死を受け入れた!

お母さんの目には、涙が溢れて居た。
愚僧は、息子さんが幼い頃に他界したおじいさんを召喚して、お孫さんを霊界に連れて行く様に頼む。

蓮華を観想、二人を蓮華に乗せて霊界へと旅立ちました。
息子さんは突然の死に理解出来ず、毎夜オートバイに乗ってお母さんを探して居たのです。

まさに母、子の情愛が生み出した悲しい出来事でした…

その後お母さんも、自宅でひっそりお亡くなりになられて居る処をご近所の方が発見され、警察に通報されたそうです。

今度は、霊界で親子仲良く暮らして頂くことをお祈りして居ります。

私達は霊的存在

毎日、考えられない事件、事故が発生する。
何故か?皆、死んだら終わり…と考えているからなのです。

先日の新幹線内での事件…全くもって、自分勝手で傲慢な犯行としか、言えない。
様々な人を巻き込み、自分は自爆する…自爆テロと変わりません。

その根底にあるのは、人間死んだら終わりという無知な思想の現れです。

どんな偉い人でも、一般人でも、死に逃げは出来ません。
必ず自分が犯した罪は、カルマ、因縁になり、自分に返ります。

カルマ、因縁とは…自分が犯した罪を反省、完全理解を果たすまで、未来永劫に渡り続きます。
これほど恐ろしい事はありません。
自分で犯した罪を反省する事は出来ますが、完全理解となると、簡単には出来ません。

何故か?答えを教えてくれません。
答えは、何世掛かろうと、自分で見つけなくてはならないのです。
答えを見いだすまで、未来永劫、同じ科目を履修するのである。これがカルマの法則です。

全てに、例外はありません。
ですから私がよく皆さんに申し上げる言葉に、究極の自己責任、蒔いた種は自分で苅る、責任主体、これが霊界の法則です。

この法則から逃れる事は、誰にも出来ません‼️
例え、御仏に仕える身であろうと逃れる事は、出来ません。

全ての法則は、平等に働きます。
現界でいかなる立場であろうと関係ありません。

全ては、大霊の愛なのです。
理解し自分の中に、落とし込む時、答えが見えて来ます。

大霊は、慈悲そのものなのだから。

水面下で起こる事

今、水面下で起こる事
私は、今年の始めに予言を書いた事を、皆さんは覚えておいでですか?

今、何処で何が起きても可笑しくない状況なのです。
私は、自分は、大丈夫‼️…だと思う方々は、それを信じてお進み下さい。
私には、何も出来ません。

物価の上昇、事件事故、あらゆる事が、私の書いた予言通りでは、ありませんか?
今、最も重要な事は、家族の結束です‼️
家族の結束なしには、この危機を脱する事は、難しいのです。

若い力と、お年寄りの智恵、夫婦の愛が、カギです。
調和が乱れる時に、出来る風穴を塞ぐのは、家族の結束です。
貴方が中心に成り、結束を固めるのです。

結束する事で、ある種の結界効果が生じます。
貴方や家族を護るのは、結束から生まれた愛の結界なのです。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-31 12:00 | ├愛について

練習護摩を赤不動明王院で焚くことができます

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■赤不動明王院からのお知らせです

風呂敷護摩の伝授を受けられた皆さまへ、そして伝授をご検討の皆さまへ

伝授を受けても、自宅で練習出来ないしどうしよう。
そんな風にお悩みの方へ朗報です。

外護摩を焚くための炉を用意致しました。
赤不動明王院で練習護摩を焚くことができます。
(伝授者に限ります)

アパートやマンションにお住いの方、お庭で護摩を焚くことの出来ない方は赤不動明王院へお越しください。
ただし、その際はきちんとご予約をお願い致しますね。


また、赤不動明王院の護摩木や壇木を使いますので、指導料のほか材料費(壇木、護摩木は赤不動明王院、香油は眞澄)のご負担をお願い致します。
詳細につきましては、お問合せ下さい。

練習護摩は本堂のご本尊さまたちの前では焚けません。
ご了承下さいm(__)m

尚、初回の伝授は座学ですから、お電話でも指導を受けることが可能です。
実際の護摩焚きまでは行きません。

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*風呂敷護摩一式*

・護摩本尊御幣及び幣串…10,000円
・五色房付敷布《当院別製》…20,500円
・木曾ヒノキ壇本36本…3,000円
・木曾ヒノキ護摩木《当院別製》100本…7,500円
・50ml入り香油…3,000円
合計44,000円

※こちらのセットは、護摩を焚いたり伝授は希望しないが資料として手元に欲しいという方へもお分け致します。

伝授希望者の方は、別途伝授講習料が必要です。

伝授講習料:20,000円

※伝授に際し、事前に誓約書への署名捺印が必要です。
※伝授内容は一切他言無用です。
※伝授は初回に風呂敷護摩セットを申し込まれた方のみとさせて頂きます。
※講習は、電話と赤不動明王院に御来院との2通りからご選択いただけます。←初回講習は座学です
※当院へお越しの方は、護摩木は当院のものを使います。
※伝授に関する質問は、当日のみ受け付けます。伝授日以降の質疑応答には一切応じられません。

ご希望日時を、第3希望まで挙げてお申込み下さい。
尚、ご同伴者やご見学者は一切認めません。


これ以降、自宅で練習が出来ない方はご予約を取って赤不動明王院へお越しください。
指導料の他、別途必要となる材料代をお支払い下さい。


みなさまのお申込みを心よりお待ち致しております。
お申込みは赤不動明王院オーダーフォームよりお願い致します。

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by kongousan-akafudo | 2018-08-31 11:00 | 本院分院からのお知らせ

密教863 素人、玄人

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俗に言うアマチュア【素人】とプロフェッショナル【玄人】

此処で一言。

自国語で意味を解釈出来ずは恥である。
自国語で正しい国語力を理解して居れば、古文解読も容易い。

昨今の日本はカタカナ語【外国では通用しない言葉】に毒され、漢字の意味すらわからない者が増えて居る。
従って、自国の文化も歴史も忘れ去られ、金に群がる餓鬼を増やして居ると言えよう。

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玄人とは、積年の研鑽から生まれ、死ぬまで修行を積み続ける者を云う、と私は心得て居る。
玄人の領域では、生活は成り立ちません。
何故ならば、天職だからである。

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利を考え、利を得ようとするなれば、商法に移行するが賢い生き方である。
玄人に固執するなれば、餓死も止む無しの信念が必要である。
そこには、経済の入り込む隙も無い。
有るのは、草を食んでもやり抜く覚悟しか存在しない。

若い頃ぼろぼろの法衣を纏い、托鉢に命を繋がれ、諸先生方の教えを頂いて感涙した頃。
素人でも玄人でも無い、己れがありました。
ただひたすらに學び、ただひたすらに歩いた。

ようやく一人前と認められ、普通と言われる暮らしを始めた頃に幸福感を味わいました。
しばらくして、愛別離苦を身をもって知る時代に突入した。


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そこで氣づいた事は、己れは真に學びを深めて居ない事であった。
それから10年。
一から學び直して得た答えが、何故生きる。生きるとは。である。

そして60の坂を下る歳を得た今、言える事はあるがままである。
あるがままとは、怠惰に生きるに非ず。
智性を養い、理性を磨く時に得られる境涯である。

平敦盛が詠んだ「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」は有名な一節である。
様々な解釈があるが、真意は御本人に聞くしかあるまい。


人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり
読み方:じんかんごじゅうねんげてんのうちをくらぶればゆめまぼろしのごとくなり
別表記:人間五十年下天の内をくらぶれば夢まぼろしのごとくなり

人の世の50年間は天界の時間と比すれば夢幻のように儚いものだ、といった意味のことば。
幸若舞「敦盛」の一節。

「敦盛」におけるこの「人間五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」という詞は、しみじみと世を儚む詞として登場する。

現代における「人間(にんげん)の人生は50年」や「せいぜい50歳で尽きる人生は儚い」といった解釈は、元の意味からは離れた通俗的な理解といえる。また、織田信長を関連づけてこの句が引かれることは多いが、織田信長の発言というわけではない。

実用日本語表現辞典より引用

ただ、私なりの解釈で言えば、ぼや~っとして居る間にも歳をとる、と云う事である。
だらだら生きるも一生、込めて生きるも一生である。

その選択をするのは自分でしかない。
だから、あるがままなのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2018-08-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

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兄弟家族

魂の世界から言えば、人類は、皆兄弟なのですが、それぞれ生き方も考え方も違います。

それは、何故違うのか?
広義《霊的》で言えば、學び合う為なのです。

そして、夫婦はより一層の學びを求めた相手と言えます。
夫婦は、身近で學び合える唯一の存在とも言えます。
良きにつけ悪しきにつけ、學ぶ意思さえ持って居れば、學ぶことは、容易い。
ただお互いの存在を癒すだけでは無く學び合う存在と自覚する時、新たな関係が生まれます。

それは、愛の學びです。
夫婦間の肉体関係も學びなのです《オーラの交換》
また、子供を通して《究極のボランティア》
また、お互いが年齢を重ねた時《いたわり合いの心に目覚め最後の愛に到達するのです》
子供から大人へ、大人から老人に最後は、誰も拒む事が出来無い世界に帰るのである。

人間の一生には、無駄は、ありません。
無駄と決め付ける心が無駄であり、傲慢なのです。
人間に最も必要の無い感情は、傲慢である。
そして最も必要で重要なのが愛なのです。

愛を知らない人は、居ません。
もし愛を否定出来る人が居るとしたら、その人は、人間から生まれて居ない事に成ります。

母は、十月十日、我が子をお腹の中で育て、この世に産み出し育てます。
その行為を男性が変わったとします?痛みに耐え切れ無いと産科の医師は、言います。

自身の父母を敬い、先祖を敬い、神仏を尊ぶ時、あなたの人生は、きっと良い方向に進んで行きます。

怠惰と傲慢の海から脱却するのは簡単である。
自身が深く反省し、學びの道に邁進する時、全ての霧は晴れ新しい道が開かれます。

祈りの輪

今年も残すところあと僅か、そんな事を考え今、私は此れを書いています。
様々な加持祈祷に明け暮れ、生きる時、人の愛を感じます。

家族を助けたい心、愛する人を助けたい心、自己の不運を好転させたいと願う心、私はそんな方々と向き合う時、明王尊にお願い申し上げます。

今の事象を好転させなければ、此の方々に真の信仰心を目覚めさせる事は叶いません。
どうか御力をお貸しくださいと、念じます。

人の世は、學び合い、一人では、生きられません。

来年は、今年以上に様々な出来事が、頻発する事が考えられます。
今迄に私は、何度も発信して参りました。

自分だけは、大丈夫と想う気持ちを捨てて下さいと。
しかし世の中は、ある方向へと進むばかり、自分の力の無さを痛感する今日この頃でございます。

願わくば、この記事を読んで頂いた方だけでも、御理解いただきたい。
いま何をすれば良いかと、答えは、今迄に何度も繰り返し書きました。

ただ目覚めて下さい、學んで下さい、愛情の裏返しは、無関心です。
全ては、無関心から発していますこの現況を改善するのは、人の愛です。

愛無き言葉、愛無き行動、愛無き現実、
これらは、全て私達の無関心から来る事象なのです。

正しい信仰には、愛があります。

御仏の慈愛です。
その慈愛に触れることが出来るのは、あなたなのです。

あなたが手を伸ばすだけなのです。
例えば、ムズカル幼子にそっと手を差し伸べる母のように、御仏はあなたに、手を差し伸べてお出でに成られます。

その御手に縋るか、縋らぬかは、あなたの選択であります。
御仏は、平等ですが、平等に意思込めるのは、あなたなのです。

私は、ある著名な霊能者の方々とも振興が御座いますが、皆さん異口同音に仰る言葉は、不動明王尊信仰です。

今を救えるのは、不動明王尊の御力だけだと。

皆さんの心の中に、不動明王尊の信仰心が芽生えるだけで良いのです。

御参りして、お金を使う事は、ありません。
ただひたすらに不動明王尊の御姿を観想するだけで、護られます。

不動明王尊は、お金を要求しません。
必要なのは、確固不抜な信仰心だけなのです。

心の飢餓

今、急速に心の飢餓が進んでいる。
此れは、私達が産んだとも言える。
原因は、無関心で在る。

自分に直接的な影響が起きないと人は、動こうとしない。
反面、少しでも不愉快な事には、異常なまでに反応する。
正に、現代の象徴の様に感じられる。

そのいい例が、すぐキレる、自分に非があるにも関わらず、逆ギレする。

私も遭遇した事がある。
相手が弱く見えた時、更に酷く襲い掛かって来る。
仕方無くかわすが、しつこい馬鹿者には、鉄鎚を喰らわせば尻尾を丸め、泣きが入る。
情け無い輩が居るものである。

私は身体は小柄だが、武芸十八判を納めた身、普通の者では歯が立つまい。

増してや、相手を小柄な爺いと侮るヘナチョコなど、取るに足り無いが、懲らしめてやらねば、普通の人に害を及ぼす怖れがあるので、懲らしめて置いた。
その情け無い醜態は、餓鬼以下である。

正に今の世は、末世末法の世を、彷彿する様な出来事であった。

男足るもの、本来であれば、強きを挫き、弱きを助くる者であるはずが、今日は、この体たらく。
世も末と想う私は、中世の遺物なのだろうか?

女性には優しく、幼きは愛でる、これが私の心情である。

家内にも同様。
然るに家内とあれば、負けるが勝ちも、諸般の男性諸氏には伝え置きます。

強さは魅せる物に非ず、感じるを待てば良い。
男子、質実剛健であれ。
女子よ大和撫子に帰縁、願いたい。

皆様の幸せを、御祈念申し上げます。

警告

水と揺れ、皆さんは、お気づきのはずです。

私は、予言、警告、注意、様々な形で伝えてきました。
今回の洪水、地震これは、自然霊からの警告です。

何故、警告が発せられたか。
それは、今の日本の現状を見て下さい。
私が予言した結果に、近づいて居る事がお解り頂けると思います。

原発、戦争法案、殺人事件の多発。
自分勝手が原因の事故、何一つとして、反省が無い。

私は選挙に無関心、無関係だから関係無いと思って居る方々、あなたも大いに関わって居るのです。

愛情の裏返しは、無関心!
まさに日本の現状は、無関心なのです。

自分に関わる事には、関心を示すが、直接的には、関係無い事には興味すら感じ無い、と考えて居ること自体がkarmaを呼び寄せます。
京都御所の結界が切れ、また皇居の結界も切れました。

私の仲間は、必死で各地の結界修復に奔走して居ります。

私もやります。
皆さん如何か、伝えて下さい。
平和の有り難さを、平和の尊さを。
あなたの大切な人を守る為には、大勢の善意が必要です。

密教塾

密教塾とは、拙僧が一般の方々に密教を理解し触れて戴く為に開いた私塾です。

密教とは、様々な苦しみを抱え生きる人々の寄る辺と成る為に、お大師様が創始したのが密教であり、最大の目的は人々の救済なのです。
安心立命、即身成仏を主眼とするものなのです。

安心立命とは、怯えも、怒りも、嫉妬も、無い。
明るい心で、愛を育み、愛に生きる心です。

即身成仏とは、全ての苦から離れ大日如来の慈悲に依り、生き乍ら菩薩行を歩み、一人ひとりが仏の心を具現化し、生きたまま菩薩或いは、明王に成り人々の 救済にあたり、自らも救われるのです。
そして、行者は、新たな階層に向かい、修行を重ねるのです。

悟り

人は、様々に生き、葛藤してある時は傷つき、汚れ、涙を流し、絶望の渦に飲み込まそうに成ります。
絶望の渦中にある時、人は学びを拒絶しようとします。

何故、自分だけ不幸なのか?
何故、自分だけこんな目に遭うか?

何故、何故、を繰り返す時、其処にあるのは、絶望に我が身を置くヒロインに成りたがるのである。

私は、様々な絶望を経験して参りました。
その経験を生かし言える事は、絶望に身を置いても何も解決しないと云う事である。

絶望を学びに転換する時あなたには、霊界からの救いの手が差し伸べられます。
あなたは、子供の頃の様な素直な自分に帰り、その手を掴めば良いのです。

絶望から来る拒否の心に封印し、学びましょう。
必ず導きの光が、あなたを誘います。

今の時代に必要な要素は、素直な明るい心なのです。

悟りは、あなたが、素直な明るい心を取り戻したいと願う時、既にあなたは悟りの境涯に包まれて居るのです。

難しい悟りの道もあります。

しかし、初心を忘れた者には、難しい悟りも簡単な悟りも、未来永劫訪れる事はありません。

まずは自分を信じ、御仏を信じ、愛を信じる事が、あなたを悟りの境地に誘います。
自己を愛せぬ者が、他を愛せぬも真理。
まずは自分を信じ、愛して下さい。


私は、今日もあなたのしあわせを願い、御祈念申し上げます。

愛別離苦

現界では、どれほど愛する人とも、別れは訪れます。

あれは、ちょうど今頃でした。
亡くなったお子さんの供養を頼まれて、お宅に伺いました。
重く沈んだ空気が立ち込めて居ました。

それも、仕方ありません。
幼い我が子との別れ。
私にも経験があります。

仏壇に灯明をともし線香を焚き、読経。
幼子は成仏して居ない。

読経を終えてから幼子と会話して、成仏出来ない理由が解りました。

娘ちゃんは三年近く入退院を繰り返し、桜の花が散る頃に亡くなったのです。

娘ちゃんが亡くなり、家族の顔から笑顔が消え、口数もメッキリ減り、暗い毎日の中で、おかあさんは娘ちゃんの写真を見ては泣くばかり。
このままではお父さんも、大好きなお兄ちゃんも、バラバラになってしまう。
自分が死んだ事で、家族がダメになるのはイヤと、
家の中を泣きながら走り回る姿には、私も涙を流しました。

私は、家族に全てを告げました。

おかあさんにの言葉、お父さんにの言葉、お兄ちゃんにの言葉で、娘ちゃんがこのままでは、お兄ちゃんは死んでしまうと、言うのである。

おかあさんも、お父さんも、お兄ちゃんをもっと見て、私の身体が弱かったから、みんな私に優しかったありがとう。

でもお兄ちゃんは、何時も我慢して、笑顔をくれた。
お兄ちゃん、ありがとう。

お兄ちゃんは、自殺を考えて居たのです。

学校でのイジメに耐え、家に帰って来ればおかあさんは泣いている。
お父さんは、何も喋らない。
そんな中で一人で我慢を重ねて来た、お兄ちゃん。
限界だったのです。

私は、お兄ちゃんに、普賢菩薩のお力をお借りして、強い意志を芽生えさせ強く、生きる事を念じました。

お父さんおかあさんには、文殊菩薩の智恵を頂き、家族に光明をもたらし給えと御祈願申し上げました。

娘ちゃんは、母方のご先祖様に護られながら昇天して行きました。

その顔には笑みを浮かべ、父、母、お兄ちゃんのしあわせを、願う幼子の姿がありました。

自由と責任

人間は自由であります!
しかし自由には、責任が伴うことを忘れてはなりません。
最後は、その責任によって償いが待っています。

全ての人に例外なく待って居るのが、自由と責任の法則です。
自身が正義と思い、行う行為にも責任は伴います。

あなたの一言が、もしかしたら人を傷つけているかも知れません。
また、あなたの行為が、愛する人に重荷を背負わせているかも知れません。
人間は傲慢になった時、大きな罪を犯します。
人間に必要のない感情は、傲慢であります!
傲慢になるとき、人間を人間と見ずに自身を王様に仕立て上げ、傲慢の限りを尽くします。

人間は譲り合い、助け合い、分かち合う時、調和と言う素晴らしい道に辿り着くのです。
啀み合い、そしり合う時、全ての調和は崩れ、争いの渦中に没入します。

ミーコ

私は、この時季になると一人の少女を思い出す。

私と彼女の出逢いは、仕事で広島に出かけた時…
明るく笑顔が可愛い十二歳の乙女である。
その顔は、天使の様に清らかで素敵です。

私は、彼女と夜明け前まで話しをした…

将来は、看護婦さんになって、苦しんでいる人の手伝いをしたい…
お母さんに新しい着物を買って、妹達に美味しい物を沢山食べさせる。
自分は真っ白なブラウスを着て、花屋さんで父が好きな百合の花を沢山買う。
甘い物が好きだった弟の為にお団子を作り、母と妹達と、父、弟が眠る墓に、お参りするのだ…と私に話してくれました。

その笑顔に出逢えた私はしあわせ者です。

ありがとう、ミー子…
君の夢と願いを聴かせてくれて…
でももう時間が来ました。

白いブラウスを着て、髪を綺麗に整えて、さあ、おゆきなさい…
君のお父さんと弟が、迎えに来ました…

私は、祈りました。


御本尊赤不動明王尊、お力をお貸し下さい…ミー子と母、妹達が安らかに還れますように…と。
我が為す術は、我が為すにあらず…明王の力成り。



一瞬にして、命を奪われた人々…
やりたい事も有ったでしょう。
沢山の夢も有ったでしょう。
愛する人の死を眼の前に悲しみに、泣いた事でしょう。

私達は、尊い犠牲者の方々の命に支えられて、今、生きているのです。
自分を大切に、他を大切に生きる事が、今、私達に託されているのです。

今、この瞬間は、二度と返って来ません。

あなたは、あなたの人生を大切に生きて下さい。

結婚と離婚

男女が愛を育み、一つ屋根の下で永遠の愛を育み、しあわせな人生を歩む…結婚。

良き伴侶と巡り会えたしあわせと、もう一つ大切な課題があるのです。
人間としての学び合い。
男としての学び…女としての学び…やがて二人の間に、子供が授かり、親としての学びが始まります。

甘いだけが、結婚ではありません。
男は、妻たる女性を庇い、愛を完成させる為に努力を惜しまず、男の気概を見せるのが男です。

妻は、夫を慕い、二人三脚、雨の日、風の日、嵐の日…そして日本晴れの日を、夫婦として迎えるその日を楽しみに、夫を支える人なのです。


人と言う字は、一人では完成しません。
互いに支え合う心と心…だから、夫婦なのです。

今、しあわせな貴女、貴方…努力を怠らず、夫婦相和し力を合わせて、頑張って下さい。


離婚とは…


悲しい事かも知れませんが、悲しみに眼を曇らせてはイケマセン。
涙眼で物事を見れば、霧や雲が掛かり、本質を見失います。

離婚は、学び合いが終わったのです。

いつまでも、その現象を引きずらず、前を向いて下さい。
必ず、分かります。
貴女に相応しい、学びが存在する事を…

今、次への準備段階です。
貴女の人間力を磨くチャンス到来です。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-30 12:00 | ├愛について

密教862 祈願法

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当院には様々な法が存在して居るが、今日は個人が出来て効験もある法を紹介します。
古来より、他には言えない【相談出来無い】事柄を、様々な秘法により解決して来た。
数えればキリがないほどあります。
私は全ての法を熟知して居るが、あまり安直には教えない。
何故ならば、悪用する者が居るからである。
そして、法を修するには、用意する物が厳密に決められて居るのである。
その用意する物は、素人では入手不可能な物ばかりである。

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例えばこんな話がある。
神道をかじった者が、お祓いに使う道具を神具店に買いに行きました。
しかし、真面目な神具店では神職の証明が無ければ神職の使う道具は入手出来ません。
断られるのである。

また、安直に買える店では高額な料金設定がされて居るのである。
そして、真に必要な物は入手出来無いのである。
当院には、専門の神具店、仏具店、大仏師【仏像を彫る専門家】法具師【法具を作る専門家】など、全て長い付き合いの方々が控えて居る。
従って、揃わぬ物や揃えられない物はない。
また、古代の物を現代に蘇らせる事も可能である。
それは、全て上記の人脈があるからである。

付き合いは大切である。
当院は貧乏寺だが、人脈に於いては最高と自負して居る。

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それもこれも、全て御本尊様のお計らいなのである。
人間は奢り高ぶる時、全てを失い、後悔の海に彷徨うのです。

当院では近々、自分で出来る御祈願法を提供予定です。
興味がある方は、記事を注視して居て下さい。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2018-08-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

愛に関する密教ブログ 6

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愛にはいろんな形があります。
親子愛、夫婦愛、人類愛など。
様々な愛の形について書かれた記事をシリーズで特集して参ります。
どうぞご覧ください。

>>愛に関する密教ブログ1
>>愛に関する密教ブログ2
>>愛に関する密教ブログ3
>>愛に関する密教ブログ4
>>愛に関する密教ブログ5

縁結び法

密教には、様々な縁結び法が実在致します。

①好きな人と結ばれたい。
②相手はいないが、良縁を望む。
③好きな人がいるが、相手には、奥さん、旦那さんがいる。
④相手に、こちらを向かせる。
⑤仲の良い者同士が、最高の喜びを得る。
⑥死者同士の愛を、永久に続くようにする。


まだまだ御座いますが、縁結びで絶対に結ばれ無いケースを紹介します。
他に付き合って居る相手がいながら、また他にも欲しいと考え、縁結び法を依頼しても成就しません。
《隠して依頼しても、行者は騙せても、成就に導く眷属は騙せ無いのです》

縁結びは、本当に相手が欲しいと願い、御本尊様、行者、依頼者のトライアングルが完璧に揃う時、必ず成就します。

また、縁切り法もありますがこれも然り。
偽りがある場合は、成就しません。

全ては正心に始まり、正心に終わるのが密教の加持祈祷なのです。

名前

今日は、信徒様や弟子からよく尋ねられることについて語ります。
例えば、守護霊様の名前についてですが、守護霊に成るには輪廻転生を繰り返します。
そして、様々な時代と家に生を受け、現界の様々な事象を學びます。

その後に、今度は高級霊に成る為の準備として守護霊と成り、私達を見守って行く辛い修行の一環なのです。
例えば貴女が、自身の可愛い子供が危機にある時、貴女はじっと耐え、子供の成長の為に黙って見守る事が出来ますか?

一言も言わず、ただ子供の成長を見守る事は、想像以上に過酷な事なのです。
しかし、それは、後に子供を救うことに繋がります。

守護霊様は愛溢れる存在であり、人間界の個有名詞などと言うものを達観した境涯にあります。
従って、名前などにはこだわりません。

名前にこだわるのは、一部を除いて、低級霊が貴女を騙し、落とし入れる為に語る偽名である可能性が高いので注意が必要です。
人間界でも、ことさらに自身を売り込む者が居ますが、後は皆さんの見識と判断が必要と考えます。

危機感の無い生き方

人間には、様々な可能性があります。
しかし、それも見ぬ間に年老いては勿体無いと思いませんか?


ただ毎日を過ごした人間と、目標を立て生きた人間とは、必ず差が生じます。
現界には、歳だけを重ねた人間には、情がありません。

何故か?
物質に生き、考え方も物質的価値観の固まりに人間が堕ちる時、情は失われます。

物質的な思想の持ち主に、真の愛は訪れません。
従って、物質的価値観が助長され、いざ自分が死を迎える時、のたうち回る結果になるのです。

執着の無い生き方は、人間を成長させます。
物質的価値観に生きる者は、常に価値観を全面に打ち出し、争い奪い合い、分かち合う喜びを感じることがありません。

死後も奪い合い、無意味な争いの渦中に自らを投入する事になるのです。

死中に活を求める

私の友人は、阪神大震災を経験している一人である。
あの日は地震によって目覚め、灯りが付かない部屋を手探りで出口に向かっていた時、足に激痛が走った。
割れたガラス片を踏んだらしい。
暗くて、何も見え無い。

どれだけ時間が経過したかわからないが、灯りが見えた。
灯りでは無い、炎だ。
後は、無我夢中で逃げた。

彼は単身赴任で被災地にいたが、一人でも必死であったと語る。
私は、被災した彼から學んだ事から、次の物を用意してある。
まず、スリッパ、懐中電灯、ラジオ、保存食、水。

昔からの諺に、備えあれば憂いなし。

正にその通りである。
いつ何時、何が起こるかわからない、その時の備えが必要です。

死中に活を求めるとは、冷静に判断し、理性的に行動する事である。
他を押し退け、自身が助かる道など無い。
愛を忘れ、殺伐と生きる時、人は人に非ず。
餓鬼に堕ちる。

依代と人形

依代とは、神霊が寄りつくもの、神霊の憑依物のことです。
樹木、岩石、人形、人間などが依代として考えられています。
また、神体や神域のことを依代と言います



今から、30数年前に起きた悲しい出来事です。
ある男女が愛し合い、ようやく親の許しを得て結婚できる事になりました。

娘は、婚礼の日を指折り数えて待っておりました。
しかし、諸行無常。

娘は流行り病に掛かり、婚礼の前の日に亡くなってしまいました。
葬儀も終わったその夜、両親の夢の中に娘が現れて娘が言いました。

『自分は如何しても、好きな人と結婚がしたい 』

両親は、同時に見た夢を哀れに思いました。
娘が着るはずであった花嫁衣装で、腕の良い人形師に頼み、亡き娘にそっくりな人形を作って貰い、娘の祭壇に供えました。

人形が出来上がり、祭壇に供えて三日後の事です。
両親は、一本の電話に驚きました。
娘が、結婚するはずであった男性が急死したと言う知らせでした。

両親は急ぎ男性の家に行き、礼拝を済ませた後で、葬儀に出席して居る親戚から聴かされた話しに仰天するのである。

男性は、友人と出掛ける為に電車のホームに立っていました。
電車がホームに入って来た時、男性は訳の解ら無い事を口走り、そのまま電車に飛び込んだのです。
娘の両親は絶句しますが、葬儀の帰り道で話しました。

《あれは、娘が呼んだのだ。早速、人形師に婿の人形を作って貰い、結婚させよう。》

また人形師は精魂込めて作り上げ、祭壇には男女の人形が並びました。
それで止めれば良かったのですが、祈祷師を頼み、人形に結婚式を挙げさせたのです。

その後すぐに、異変が始まりました。
恐くなった両親は、私の寺に相談に来ました。
私は護摩の炎で、荼毘に伏す事を提案しました。

しかし、両親はそれを断り、和歌山のある神社に納めてしまいました。
今も、その人形は安置されていると聞きます。
古来依り、人形は依代とされ、呪詛や様々な魘魅に使われる依代であり、以上のように使えば結果は明白である。

読者の皆様は、決して出処の解らない人形や仏像を家に入れてはいけません。
被る事は、確実です。

心霊現象

心霊現象は、何故、起こるか?
それは、霊と成った者が現界の私たちに送るメッセージなのです。
メッセージの内容を知れば、怖れる必要も何もありません。

以下に一例を挙げれば
①遺族に自分がやり残した事を伝えたい。
②愛する人へのメッセージ
③物品への執着心
④危険を知らせたい一心様々にありますが、
以上の事は、一心を込めて向き合えば、遺族の方なら分かるでしょう。

以下は、上記以外の現象を基軸とした場合に起こる危険な事である。
①ラップ現象《騒霊現象》
②物品消滅現象
③悪臭現象
④異様な心霊写真《撮影》
まだありますが、代表的な例題を挙げて見ました。

以上の場合には、冷静沈着が最も必要であると共に、後の行動がその後の結果を大きく左右する事が多々あります。
先ずは、事象を記録し、然るべき機関に依頼する事《信用の出来る機関》素人判断は危険です。
同時に科学的検証が必要であります。

以上の項目を具備し多方面の検証が不可欠です。
いたずらに騒ぎ立てる事は、返って事を悪化させる事に繋がり易いので注意が必要です。

どんな事でも、先ずは冷静に対処する事が良いと私は考えます。

愛の學び

男女の交際から始まり、結婚。
人生は、巡り会いが転機と云えます。

そして、想いも様々です。
仲の良い時、口喧嘩、性格の相違、価値観、信仰、心情と様々に相違点が出て参ります。
それは、全てあなたが選んだ道であり、正しくは學びなのである。

夫婦は、人生の中で一番近い學び相手であると私は捉えて居ります。
深く考えれば、これほど素晴らしい関係は、他に類を見ないでしょう。
病いの時は助け合い、貧しい時は分け与え、老齢に成れば慈しみ合い、
正に人生に於いては、究極の學びこそが夫婦関係ではないでしょうか。

これから夫婦関係を構築しようと思う方は、相手をどこまで深く理解出来るか俯瞰する事も大切ではないでしょうか?
そして、一度契りを誓ったら邁進するのも道であり、學びなのである。

真実を知る

現代は情報化社会だが、間違った情報も垂れ流し状態である。

真実を知るのは、あなた自身の努力が最も必要である。
努力の無い真実は無いと言えます。

何が真実か?正義を探求する者には、正義が必ず示されます。
では、何処から示されるか?

簡単です。
自身が正を求め邁進する時、正義に関する事象が発生します。
後は、あなたがどう受け取るかに依り、変化します。

自身に甘く受け取れば、真実から遠ざかり自身を俯瞰し分析する時、依り真実に近づきます。

全ては、蒔かぬ種は生えぬ。
棚から牡丹餅など存在しないのです。

人の一生は、正に『光陰矢の如し』自身の一生は終わりに近づいて居る事に氣づくとき、あなたは何を考えますか?

自身の一生に悔いの無い生き方とは、恥じない生き方です。
物質的に恵まれても、心が貧しい生き方は、魂の弱体化を加速します。

生きる事は、魂の筋トレ。
鍛えれば鍛えるほど強く成ります。

今、あなたが悩み、苦しみ、苦悩する事は、あなたを鍛える愛の筋トレなのです。
御仏は、耐えられ無い試練は与えません。

結集

赤不動明王院は、此処に結集しました。

一人の力は、一人である。
しかし、小さな力でも結集するとき、想像だにしない力を発揮します。

其れが善の祈りであれば、無限の可能性を秘めて躍動します。
人の心は、善が基本であります。
善を行う事に微塵の揺るぎもありません。
そして、波動を産み輪と成す時、無限の可能性を発揮します。

私達は皆、御仏の子供です。
我がままを言い叱られる時も、其処には御仏の慈愛があります。

今、様々な苦しみの中にある方、一人で寂しい方、誹謗中傷の渦に飲み込まれ疲弊して居る方、お出で下さい。
私どもの仲間は、あなたを優しく迎え入れます!!
其処には、輪があります。調和と融合、あなたは一人ではありません。

傷つき、ボロボロに成ったカラダを癒し、豊かな愛を体感する時、人は目覚めます。
その目覚めを選び、実感するのは、あなたの選択です。

イヤなら何時でも辞める自由は、誰にでもあります。 悪の波動に身を任せるのも自由!!全ては自由選択なのです。
但し、自由には、責任が伴うことを忘れてはいけません。
何でも自由は存在しません。
結果を考え行動する事も大切です。



花のエナジーは、優しく愛に満ちています。

花のある生活は、あなたの心に優しく寄り添い、あなたの心を和らげる効果があり、心の浄化にも有効です。
花の命を見守ることも、魂の成長を促し、あなたに沢山の事を氣づかせてくれるでしょう。

子供の頃、友達と遊んだ野原、其処には、小さな花が咲いていたはずです。
様々な事象の中で自身が消耗した方も、花は、優しくあなたを包みます。
あなたに合った花を探すのも、良い心の娯楽ではないでしょうか。

心がざらつき悪い言葉を発すれば口から毒を吐くのと同じで、
やがてその毒は、自らの身体を害し、失意の中で果てる事に成ります。

花を愛し、自らを愛し、他を愛する時、あなたの人生は、変わります。
あなたの人生を変えるのは、あなた自身である事を完全に知る時、必ず変えられます。

大切な人生、変えてみませんか?変えるのは、あなた自身の選択が必要不可欠なのです。
怠惰の海からは、何も生まれません、みんなで學びませんか?
仲間から仲間に學びの輪を広げ、自身を俯瞰する時、あなたを縛る鎖は外れ魂の自由を知る事に成るのです。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-29 12:00 | ├愛について

密教861 怒りに駆られる人々

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私が最近、特に感じるのが、怒りの想念である。
それは、街に出れば倍加して感じられます。

具体的に、何を指して怒って居るのでは無く、ただイライラして居ると言った方が分かりやすいであろう。
夜になれば、怒りのエネルギーは倍加するであろう。
正に、私がアメリカで感じた【1970年代のスラム街】怒りのエネルギーである。

白人以外の者には、まともな仕事は与えられず、怒りの街と化して居た時代。
私が、アメリカで空手を教えて居た時代である。

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昨今の日本は、怒りのエネルギーが充満しつつある。
そして、無関心で無機質になりつつある。

話は変わるが、いま怒りのエネルギーが頂点に達して居るのが中国である!
国は隠して居るが、中国に行けば一目瞭然である。

一例を挙げる。
電車に乗る為には、改札口で空港にある探知機を通らなければ、切符を買うことが出来ません。
貧富の差に怒りを持ち、テロに走る者を取り締まる為であろう。

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また、無闇に写真を撮ることが許されない。
正に厳戒体制の様である。

国内以外のインターネットは使用出来ない。
当然、ラインも国内用以外は繋がりません。
犯罪者を収監する留置場は、もう受け入れが出来ない状態である。

私の友人達は世界各国に居るが、内情を聴くと中国が内情不安の様である。
日本も安心しては居られません。
この怒りのエネルギーは、いつ何時、無差別に襲い掛かって来るか予想はし難いのである。

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では、何故怒りのエネルギーが充満するのか。
それは、価値観の歪みと理性の欠如から発生するのです。

本当の理性とは何かは、長くなるので密教塾で進めて参ります。

南無大日大聖不動明王尊
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金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2018-08-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

愛に関する密教ブログ 5

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愛にはいろんな形があります。
親子愛、夫婦愛、人類愛など。
様々な愛の形について書かれた記事をシリーズで特集して参ります。
どうぞご覧ください。

>>愛に関する密教ブログ1
>>愛に関する密教ブログ2
>>愛に関する密教ブログ3
>>愛に関する密教ブログ4

怯えて生きる

人間は、怯えて生きるより、希望を持ち、清々しい気分で生きる為に生まれて来たのです。

しかし、毎日のように繰り返し起きる事件事故。
何故、起こるのか?
貴女は、考えた事がお有りですか?

密教の理想は、安心立命。
安心する事は、命を立たせるのである。
現代は、不安と怒りに満ちていると、私は考えます。

では、何故、不安や怒りに駆り立てられるのか?
それは、學びを知らない事から起きているのです。
無知は、暴力と混濁を招き、暴力と混濁は破滅を招きます。
言わば、私達が招いているのと同じなのです。

片方で、安心を求め、片方で快楽に耽る。
これでは、なんの解決にも成りません。

今、私達に必要なのは、正しい學びの道であり、自身がこの身このまま仏に成る事なのです。
無償の愛に目覚め、學ぶ時、必ず道は開けます。

その逆に、怠惰に生きる時、其処に残るものは虚無しかありません。
學ぶ事を選択し、生きる楽しさを知る時、貴女の人生は輝きます。

始まりの鐘を鳴らすのは、貴女なのです。

日本刀に宿る花嫁の怪

私が寺にいた頃、不思議な依頼が来た。

骨董商のAさんが、日本刀を供養して欲しい…と言うので、詳しく話しを聴くと、最近仕入れた二振りの日本刀が来てから、毎夜同じ夢を見てうなされると言うのです。

内容を聴くと、花嫁と少年の夢で、二人共血だらけの姿で現れると言うのです。
寺に刀を持って来るのも…と思い、私はAさんの家に行く事にして支度をした。

Aさんの家で、二振りの刀を持った時…

全てが判った。

一振りは嫁入り刀、一振りは元服刀
元服刀とは、十五歳の成人を祝う刀である。

その日、息子の元服の宴が開かれ酒を飲んでいると、祝いの席に敵が討ち入り、全員を殺し、最後に息子を元服刀で殺害したのです。
息子は死を理解出来ず…未だ刀と共に、現界にいるのです。

私は、死を理解させて、父母の待つ霊界へと帰しました。
晴れて二人は婚礼の日を迎え、喜びは万感迫るものでした。

二人は身分違いの間でも愛し合い、やっとの思いで迎えた婚礼の夜に、悲劇が待っておりました。

盗賊が押し入り、一家皆殺し…
最後に残った花嫁を恥ずかしめたのである。

花嫁は、懐にある嫁入り刀で胸を突き絶命したが、愛する夫への申し訳なさに成仏出来ずにいたのだった。
私は、霊界からの使者と行く様に促したが、夫に合わす顔が無い…と聞き入れず。
地蔵尊に願い、夫を召喚した。

夫も妻を探して、探して…最後は、疲れて霊界の片隅にいたのです。
私は、孔雀明王法にて二人を浄化して、新たに二人の縁結びを修して、来世は仲睦まじい夫婦になる事を御仏に願い、二人は手を携えて霊界へと帰って行きました。

供養の様子を見ていた人達の目にも、涙が流れておりました。

メッセージ

私達は、様々な形でメッセージを受け取って居ます。

しかし、受け取り方の間違いに氣づかず、誤った解釈をして行き詰まりを経験して参ります。

中でも、その最たる例が男女間の問題である。
男女が互いに求め合い結ばれる事を結婚に置き換えれて考えれば、解り易いと考えます。

結婚は、互いに學び合いなのである。 
金、金に執着する夫婦は、金により様々な學びを繰り返し、金に苦しみ、其処から貧困をも學ぶ事になります。

夫婦は、互いに學び合うパートナーである。
良きにつけ、悪しきにつけ、お互いに學び合うのである。
其れを理解出来ずに、互いに主張を繰り返す時、其処にあるのは不和という現実が発生します。

広義で言えば、人間関係そのものが學びと言えます。
また、狭義で言えば、夫婦関係は最良のパートナーを見いだしたと言えます。
共に學び、共に成長する時、本当の目的は達成されたとも言えるのではないでしょうか。

素晴らしいパートナーを獲得するのも、人生の目的なのです。
物質的価値観からは、本当のパートナーを見つける事も難しいのです。
愛するがゆえに許し合い、和合し學び合う時、あなたは最良のパートナーに巡り会えると考えます。

歯車

人間は、人生と言う學びの中で様々に経験と変化を体感します。

自分一人の経験の中では、歯車と云う現象を味わう事はありませんが、
例えば、仕事、恋愛、グループ活動の中で、上手く行かなかった経験をした方は、少なく無いと思います。

上手く行かなかった場合、自分が去るか、活動そのものが崩壊するか?
状況に応じて様々であります。
では、何故、上手く行かなかったのかを考え俯瞰する人は少ない。

何故か?
自分の気持ちを優先するからでは無いでしょうか。

口で言うのは簡単ですが、俯瞰する事が出来れば同じ失態は繰り返しません。
哲学の中に、人間は考える葦である。
と言う一節がありますが、様々な事象を分析し、次に備えることが出来るのは入門だけである。

正に葦が日進月歩、伸びる様に、人間は自身を俯瞰出来る唯一の生きものです。
自身を見つめ、自身を反省し、明日に繋げて行く努力こそが、私達に与えられた使命であり學びなのです。
あの人が、彼奴がと他を責める前に、全ての事象を振り返り、分析し反省して明日に臨む時、あなたの明日は変わります。

人間関係は、歯車の様に複雑に絡み合い、また助け合う大切さも教えています。
明日への努力をせず、ただながら的に生きる時、あなたの周りには同じ波長の者しか集まりません。
挫折をバネにし、明日に向けて學ぶ時、あなたは歯車では無く、独立した個人としての人生に氣づきます。

私達は、それぞれにお役目を持った人生の代表選手なのです。
絶望、悲観、愚痴、怠惰は、人間から學ぶ意欲を奪い、衰退させる毒素と同じです。
あなたの人生をより良くする為に學んで下さい。
學びの門は、何時でも、誰にでも開かれて居るのだから。

心の居所

喜怒哀楽、人間の心は、状況に応じて様々に変化しますが、其れは全て學びを進める為には、必要不可欠な変化なのです。

平坦な中で學べるほど人間は、未だ進化して居ないのです。
その証拠に様々な犯罪は、後を絶ちません。
哀しい限りであります。

私は、此処で犯罪者の論理を語るつもりは、ありません。
しかし、平坦な道は、人を苦しめ無いが、學びも、もたらしません。
坂あり、谷あり、崖あり、の中で自身が正しい志しを持つ時、道は開かれます。

その逆に、不平不満を抱いて生きる時、波長の法則に依り、同じ様に、不平不満を持つ者が集い、
欺瞞と破壊を糧と成す集団と化します。
不平不満の旗印を掲げ、戦に生きる時、全ての門戸は、閉ざされ暗黒の闇に身を晒し全てを失います。
悪口、罵詈雑言、誹謗中傷、イジメ、全ては、自身を滅ぼす毒と変わります。

神仏を信じざるも良し、他人を信じざるも良し、誰も信じざるも良し。
しかし、自身の心に嘘、偽りの塊を凝固してしまった時、人は、人では、無くなります。
人が真に求める境涯は、安心であり、愛なのだと私は、考えます。

迎合する行為は、愛とは、言いがたいと考えます。
様々に意見交換を繰り返し、正論に耳を傾ける姿勢を持つ事に依り自身の成長が促されると考えます。
正論を退け、自身の持論を展開するも良し、しかし、全ては、自身に帰ることを、踏まえて置かなくては、なら無い。

純真無垢な心の時代は、例外無く誰もが経験して来たのだから。

心の調味料

人生の中で食べる行為をしない人は、皆無に等しいですが
本当の意味で美味を味わう事は、少ない《美食ではない》と考えます。

女性の立場に立って考えてみてください。
料理を作るのは当たり前、料理が出来て当然の様に思われているのではないでしょうか?

私は僧侶。料理も当たり前にこなし、全ての家事もこなせます。
私は貧しい家に生まれ育ちましたが、心に残る料理を持って居ります。

小麦粉を水で溶き、団子のようにして作った粗末な料理ですが、母が作ってくれた《すいとん》未だに忘れられません。

そんな思い出は、皆さんお持ちではないでしょうか。
今から考えれば、何故、粗末な料理が美味しかったのか?
貧困でも空腹でもありません。其処には、心の調味料が加えられていたのです。

粗末な材料で子供達に少しでも美味しいものを食べさせたいと思う母の調味料が入っていたのです。
主婦も料理人も変わりありません。
食べる人に、美味しいものを食べて貰いたいと心を込めて作る時其処には、愛があります。
例え一流の料理人が作った料理でも、ただ「ながら的」に作った料理には、何の深みも感じません。
其処にあるのは、虚構の美食。
心を打つ感動は無いでしょう。

また、食する側にも問題があります。美食、飽食を繰り返した結果、心で食する事を出来無くなっているのである。
その結果、感謝も感動も忘却し、ギスギスした人生を送る事に成って居ると考えます。

今、必要なのは、心の調味料ではないでしょうか。
料理に限らず、心の調味料を理解した時、あなたの人生は一変します。

素直に思い出してください。寒さの中で食べたあの味噌汁の味、喉の渇きを癒す為に飲んだ石清水、全て、愛があります。
石清水には自然の愛がある様に、其れらに愛を見だすのは自分であると氣づくはずです。

殺伐とした心には修羅が宿り、卑しい心には餓鬼が宿り愛無き心には鬼畜が宿ります。
全ては、与える者、受ける者の心次第で変わります。
純真な心の時代を思い出して、愛を真から理解し得た時、あなたの人生は変えられます。

愛の存在

昨今愛の無い事象を視るに付け、此の国の未来を案じる次第である。
正に、愛情の裏返し《無関心》の横行は、眼に余る物がある。

自分さえ良ければ良いは、最後には破滅を意味する事も知らず。
我が世の春を謳歌するが如く振る舞い、他を顧みない所業は、己がカルマを呼び寄せ、増大させているのである。


その反対に、愛を捧げ続ける人々は約束されます。
魂の浄化向上こそ、真の御利益なのである。
御仏の心は、正に大慈悲。
あなたが真の信仰心に目覚める時、御手を差し伸べ、あなたを御救い下さいます。
《信じるは、我にあり》

御仏に帰依する事こそ、誠の信仰心に目覚める事なのです。
御仏の前では、貴賎はありません。
あるのは如何に生きたか、だけが全てであるのです。

人間は母の胎内に宿り、十月十日、母の愛に満たされ、生まれて来ます。
その時は、無垢の状態である。

厚顔無恥な者など存在しません。
皆、愛の旅人だったのです。

思い出して下さい。
優しい母の面影を。

尊敬、敬愛

私の若年時代は、しあわせである。

唐手の師匠、剣術の師匠、古武術の師匠に教えを頂き、
父母亡きあとには、法華経の師僧、密教の師僧に教えを賜わり、現在があります。

そして、敬愛する文学者の諸先生方に教えを賜わり、感性の大切さを學ばさせて頂きました。
思えば、各、諸先生方には、尊敬と敬愛の念を禁じ得ません。

拙僧も早、上記の諸先生方の御歳に近づき、回想するも、
人間にとって、尊敬、敬愛の念が如何に大切であるかを再認識して居ります。
文武両道、何方が欠けても、今の自分は、無かったとしみじみと考える今日この頃である。

人間には、波長の法則が付き纏い何人なりと此の法則から逃れる事は、出来ません。
心に尊敬と敬愛の念を持つ者には、師の導きがあり、心に卑しさを持つ者には、餓鬼がまとわりつく、
これは、変えがたい法則のなせる業である。

しあわせを望まぬ者は、無いが、真にしあわせを望むのであれば、先ず、尊敬と敬愛の念を學び持つ事である。
しあわせを実現する事は、容易である。
自身を認める時、しあわせは、駈歩であなたのもとにやって来ます。

しあわせは、追うものでは無く、招き入れるものである。
招き入れ方は、簡単明瞭です。
敬い尊ぶ心を養えば良いのです。

報恩謝徳

恩に報いることに依り、様々な謝徳を得ると云う事は、古来依り受け継がれて来た美徳であります。

例えば、自分は、御返しが頂きたくてやった事では無いのに、
考えもしなかった出来事で幸せな生活を得る事が出来た。
これは、正に報恩謝徳である。

私達は、ともすれば、見返りを望んでしまいますが、我が子に対して、見返りを求めますか?
そう見返りを求める事は、無いでしょう。
正に無償の愛があるからです。

見返りを求めて行う行為は、傲慢であり、物質的価値観と言わざるを得を得ません。
結果を求めず、結果を追わず、常に感謝し生きる人は、幸いである。
その逆に、こうして、ああして、やったのにと考える時、其処には安心どころか、不幸の種が芽生えて居るのである。

一度、不幸の種が芽生えて仕舞えば、尋常一様な事では、刈り取ることは、出来ないのが現実なのです。
この世《現界》に生を成し學びに意欲を燃やして居た時の自分を思い出すことは、容易です。
自分が詰まらない小我を棄て、本来の自分に戻り、素直な心で、自身を認める時、
報恩謝徳の意味を理解出来るのである。

無機質と傲慢

昨今、無機質な人が、増えて居るのは何故か?
犯罪者を観て頂けば解るように、正に無機質そのものが現れています。

その一例、弟を殺し、遺体をバラバラに切断する。

あなたに出来ますか?
私には、出来ません!

それは、何故か?
まだ、理性が働いているからです。
無機質なものには、それが無いのです。
あるのは、そこにある現実だけで、感性も理性も無い。
傲慢さしか、無いのである。

機械と同じで、其処にある善悪も理性も情愛も無く、ただ処理する機械なのです。
例えば、良い人が機械を使っているから、機械がその人を機械の中に巻き込まないですか?
逆に、悪い人が使っているから巻き込みますか?

機械は、全て同じである。
無機質に作業をするだけである。
無機質な人間は、自分に都合の悪い者を排除したと云う感情しか無いのです。

イジメも同じである。

自分に都合の悪い者を、排除して居る感覚なのです。
その根底にあるのは、傲慢さである。

全て自分の都合で考え、行動し、意に反する者を排除しようとする利己的感情こそ、傲慢であり無機質なのです。
では、何故そんな感情が芽生えるか?

まだ、人間に成って浅い魂だからである。《魂年齢の低さ》

では、どうしたら良いか?
學びである。
學ぶ事は、楽ではありません。
楽な學びなど存在しません。
《楽な學びがあるとするならば、それは、學びではなく、遊びであると知るべきである》

楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。

私が主催する密教塾は、學びは自由である。
しかし、學ぶ者と、そうで無い者の差は歴然と出て来ます。

學びとは、他の人に強要されるものではありません。
自らが、心に落とし込み、俯瞰を繰り返し、成長するのである。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-28 12:00 | ├愛について

密教860 歌【詠】

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歌には、魂を癒す効果があると考えます。
私は若い頃、修行の為に日本各地を旅した事があります。
その時、耳にした歌を今でも忘れることが出来無い。
その歌を聴いた時、情景が浮かび、涙が止まらないのです。

以下は、その歌の一部である

とびらをたたくのはあたし
あなたの胸にひびくでしょう
その時、三つの女の子
いつでもたっても三つなの

二十年前の夏の日に
私は長崎で死んだ
その時、三つの女の子
いつでもたっても三つなの

この歌は私の心を震わせました。
そして、私も老いました。

良い歌は、いつでもも心の奥底に生き続けます。
そして、歌にはもう一つの効果がある事を皆さんはご存知ですか。
それは浄化作用である。

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魂の浄化である。
未浄化霊をも、霊界にいざなう力がある力があります。
涙を流して昇天する霊達は、まるで霧の如く天に向かって登って行きます。
優れた歌は、生きて居る私達だけではなく、霊体をも昇天させる力を持って居るのです。

【リリーマルレーン】などは、第二次大戦中にこの歌がラジオから流れると、
大戦中の兵士が、誰が言うでも無く銃撃を止めてこの歌を聴いたそうです。


正に、平和の心に響いたのである。
現代でも同じ事が言えるのではないでしょうか。
人々はイラつき、兇悪犯罪は増加し、他人事と無関心を装う。

私は、想います。
心の栄養不足と…。

南無大日大聖不動明王尊
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愛に関する密教ブログ 4

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宝の言葉

宝の言葉は、人を活かし、罵詈雑言は、人を殺める。

ありがとう、おかげさま、愛しています、様々に表現される日本の美しい言葉には、魂が宿ります。
また、魂が宿る言葉には、癒しが生まれます。

草木に向かい、今日も元気でありがとう、動物に向かい、可愛いさをありがとう、家族に向かいありがとう、
御仏に向かいありがとうございます。
魂を宿した言葉を発する事は、自身の魂を成長させる大切な行為なのです。

その逆に、罵詈雑言は、人を殺める悪言である。
例えば大勢の人の前で罵詈雑言を発すれば、信用を失い、
誰も見て居ないからと勝手に思い込み、好き勝手に罵詈雑言を垂れ流せば、濁流と成って我が身に降り掛かり、破滅の坂を転げ堕ちます。

全ての言葉には、魂が宿り言霊に成ります。
その時に、己れ一人ならまだ、反省しやり直す事も容易いが、家族や様々な人間関係が存在する場合、
償いの代償は、計り知れない大きさに成り、我が身に降り掛かります。

たかが言葉されど言葉、魂の言葉を學び理解する事は、あなたのしあわせに繋がる大きな橋なのです。

ある夫婦の物語

夫婦は共に再婚。
極平凡な二人の過去世には、悲しい接点があったのです。

奥さんは真面目でとても明るく優しい方で、暗い過去など微塵も見せない才女です。
前のご主人と別れ、母一人子一人で、事務員として夜遅くまで働き、お子さんを育てておられる優しいお母さんです。
様々な迫害にも耐えて寄り添う親子に、愚僧はエールを送りました。

今のご主人は真面目で静かな方ですが、過去には壮絶極まり無い悲しい人生を歩まれて来たお方です。
その二人がひょんな事から知り合い、恋に発展するのに時間は必要ありません。

実は、前世で二人は、愛し合う中でした…しかし結ばれる事はなく、別れさせられたのです。
そして女性は他家に嫁がされ、挙句には、生まれた子供を取り上げられて失意の中で亡くなったのです。

そして、子供を取返す為に今世に帰って来たのです。
今のご主人と知り合い、結婚の約束を…
御本尊赤不動明王尊の御前で、誓いを立てた後にお計らいの力が動いたのです。

奥さんの子供に面会するも、お母さんの結婚を承諾。
ご両親に面会するも承諾。
家を購入するも破格な値段、破格な待遇。
正に、絵に書いた様な展開である。

前世のカルマも今世で解消して、来世は共にと誓い合う二人の後ろには、赤不動明王尊が見護っていて下さっている事を、愚僧は二人には明かしていない。
明かさず共、二人の愛と信仰心は本物である。

別離

別れには、様々な形がある。

生き別れ、死に別れ、別れの経験は、どちらも辛く、苦しいものである。
その中でも死に別れの経験は、筆舌に尽くしがたいものがある。

私も幾度と無く経験して来たが、頭では、解って居るが涙がでるものです。
あの時、私に信仰《不動信仰》が無かったら私は、現界には居なかっただろう。

今は、霊的真理と言う学問が日本に定着し分かりやすく學ぶ事が出来ますが、
其れとて自身が求め學ば無ければ、得られるものではありません。
とかく人間は、悲劇の主人公になりやすく、一旦、自身を悲劇主人公にしてしまうと自身を取り戻すことが難しく、
最悪の場合、自爆のボタンを押してしまいます。

絶対に押しては、いけないのが自爆のボタンです。
泣いても良い、恨んでも良い、憎んでも良い、全ての感情を剥き出して、疲れた時は、静かに自身を視つめ自身を愛して下さい。
そして、目覚めた時、自愛について俯瞰して観て下さい。
自愛は、慈愛に繋がり、優しく生きる事に繋がります。

あなたは、かけがいの無い命なのです、この世《現界》に不必要な命など存在しません。
今のあなたが思う様に成らない状況にあったとしても、其れは、魂の負荷であり、必ず道は開けます。

そして、足るを知る時、あなたは幸せを感じ、幸せを知る事に繋がります。

全ての事象には、繋がりがあります。
繋がりを完全に理解し我が身に落とし込んだ時、幸せとは何かを知る事に繋がります。

いたわる心

若く勇猛だった父、若く美しかった母、幼く弱かった自分、誰にでもあった、あの頃。

光陰矢の如し、それぞれに歳を重ね、老いた父母、老いと病から逃れられる者は、居ない。

いたわりは、他の為にあらず自身をいたわる事に繋がります。
歳老いた父母、強かった父母、病を得た父母。
親孝行とは、親の事を考えて自分がどう行うが問われる時が来たと言う事である。
そして、何時かは、自分にも老は訪れるのである。

永遠の若さも、永遠の命も存在し無い。
優しさが希薄に成って来た、昨今、自分だけが良ければ、私には関係無いと考え生きる時、必ず帰って来る代償があります。
その代償は、言葉の裏返し。

例えば、愛の裏返しは、無関心の様に自分が行って来た事の裏返しを味わう事に成るのです。
自身を振り返って、改め生きる時、全ての雲は、晴れ、新たな道が開かれます。

改める事に、遅い、早いは無い、氣づきは、あなた自身が得る真実です。

自愛

頑張ら無くて良いよ、自分の速度で歩めば良い、他と競う必要など無い、のです。

自分が崩壊するまで頑張ることなど無いのです。
自分を愛してあげて下さい。

私達は、機械でも奴隷でもありません。人格を持った一人の人間です。
愛する事は、甘えでは無い。
自身が崩壊するほどの頑張りは、頑張りでは無く自身の放棄である。

自分らしく生きる道は、何本でもあります。
自身を崩壊させるほどの環境であるならば、自身がその環境を捨てれば良いのです。

あなたは、あなたしか居ないのです。
現在、自殺する人が急増しています。状況、環境、場所は、異なっても命の尊さには、何の変わりもありません。

あなたは一人では無い、あなたが手を伸ばせば、優しい仲間が待って居るのだから。

闇の兆候

闇は、自分で作り上げて居る場合が多々あります。

満足、不満足、欲しい、得られない。
愛しても愛してくれない、やったのにやってくれない、わかってくれない。
全て同じ意識から発し、自らを苦しめて居るのである。

また、価値観の麻痺も以上の意識低下を招く要因である。
例えば、1カ月の生活費が30万円で満足して居た人が、稼げる様に成り、やがて百万円を軽く考えて行く過程と同じである。

ある意味《溺れた者》哀れである。
永遠な物が無い様に、永遠な繁栄も無いのである。

常に初心を忘れず《貧しい頃》物事に対する時、あなたは最良の選択が出来るはずである。

選択を自らが誤った時は、素直に誤りを認め、悲観せず新たな道を模索する事である。

また、模索できる理性と叡智を身につける為に、現在を學ぶ時、其処にあるのが御仏の慈悲である。


病い

肉体的病い、精神的病い。人間と生まれ、病い《病気》を経験した事が無い人は、居ないでしよう。

子供の頃、風邪をひいて、熱、咳、鼻水を流し床に伏した時、優しい母の手が差し伸べられ、気づいたら、元気だったとゆう経験は皆さん、お持ちだと思います。

其処から學んだ事は、母の愛であり、優しさ、痛み、苦しさ、全て愛の學びなのです。
看病する者、看病される者、それぞれの違いがあっても、愛を學ぶ場を与えられたのである。

自身の痛みを知る事に依り、他人の痛みを知る事にも繋がります。
痛みを知らず、痛みを理解せず、ただ生きる者に、愛を理解する事は出来無い。

経験は、學び、実経験は、學びを深くします。
愛別離苦、愛する者との別れは、愛を知った者には、逃れられ無い事象であるが、愛を理解する事に依り、學びと変わるのである。

失う事は、辛い、失う事は、苦しい、
しかし、辛い苦しいの境涯を持ち続ける時、辛い苦しいは、執着に変わり、自身を苦しめ続けます。

愛を悟り、本当の愛を実践する時、あなたは一人では、無い事を知るのです。

或る少女の生涯

私のもとに、一通の手紙が届きました。
その手紙には、末期の病に苦しむ娘さんの事が書かれておりました。

私は、手紙を読んだ後にご両親に電話をし、翌朝伺う事を告げました。

娘さんは18歳。
名古屋の隔離病棟に居られます。
身体は、痩せ細り、飲むことも食べることも出来ない容態です。

しかし、唯一、意識だけはハッキリとしているのです。
逆にそれが、当人を苦しめる事にも成っておりました。

娘さんは、幼い頃は明るく快活な性格で皆に好かれていたそうで、友達も多く、中学卒業まで真面目な女の子でした。
それが、高校生に成り、彼が出来た頃から変わり始め、僅かな期間で変貌して行ったのです。

最後には、麻薬、売春に染まり。
その結末は、麻薬中毒になってしまいました。
最後には、第四の性病に感染し入院。
入院した時には、現代医学では手の施しようが無い病状に成って居たのです。

寝返りをすれば身体中に激痛が走り、排泄をすれば激痛が走る状態でした。
正に、生き地獄であります。
私は、薬師如来の慈悲にお願いを致しました。

すると、医師に呼ばれて行って居たご両親が、帰って来て私に言いました。
『 有り難う御座います』と、深々と頭を下げられました。
『 医師がモルヒネを使うと、言ってくれました』と、涙を流して居られました。

モルヒネは、痛みを緩和するが、意識は、朦朧とし…。

お父さんが、ポッリと言われました。
『 痛みの中で苦しむ娘を見ることは、我が身が切り刻まれる依り苦しい』

それから数日後、娘さんは亡くなりました。
お父さんは、娘さんの遺体に向かい一言。

『 これで楽に成ったね』
涙が溢れておりました。

母の愛は海よりも深く、父の愛は山よりも高い。

葬儀は私が導師を勤めさせて頂き、引導を渡しました。

葬儀の間、娘さんはご両親に詫びて居ります《霊体》
私は、これ以上娑婆に置くのは良く無いと判断し、〇〇家の御先祖を召喚し、遺体を荼毘に伏すと同時に帰幽させました。

この出来事は、正に物質的価値観が生んだ悲劇であり、憂うものがあります。
この世《現界》だけを信じ、《霊界》を軽んじた結果、物質的価値観に翻弄され、真の生き方を見失う結果に成るのです。

私の話を信じるかどうかは、皆様の判断にお任せ致します。
キチガイ坊主と嘲笑いたい方はどうぞ、お笑い下さい。

但し、笑い終わった後には、一度真剣に、物質的価値観とは何か? をお考え下さい。

御役目を授かる

御役目は、授かりものであり、勝手に放棄も出来ません。

私は、若年期に様々な経験をして参りましたが、決して楽しいものでは、ありませんでした。
家族との別れ《死別》青年期には最愛の人との別れ《死別》いつでも、死と向かい合わせの様に感じていたのです。

在家から出家し、イジメ、誹謗中傷の中で、私が考えたのは、生きて居ても仕方が無い、いっそ死を選ぼうかと考えました。
その時、私を支えたのが、幼い頃から続けて来た、武術でした。
思い出す言葉が、文武両道です。
こんな事に負けて成るものかと、必死に堪え耐えました。

現在は、六十を越えた爺ですが、今にして思えば、あの時代があったればこそ、今の自分があるのだと理解出来ます。

人間は、苦しみの中にこそ、真理を求め、探し、達観するのである。
しかし、誰しも苦しみを求めて行く者は、いません。
私も苦しみが好きな訳では、ありません。
苦しみが来るから対処したに過ぎ無いのです。

理解や達観は、乗り越えたからこそ、得られたと言えます。
今、苦しみの中に居るあなた、あなたは一人ではありません。
苦しくて、どうしようも無い時は頼ることも必要です。
私で良ければ、いつでも応じます。

絶望は、愚か者の結論であると言う言葉もあります。
一抹の希望が無い事など、あり得ません。
もしかしたら、あなたの苦悩は、御役目を与えられる為のテストかも知れ無いのです。

強く生きる事こと。
それが、私達に与えられた本当の御役目なのかも知れません。

願意

昔から続くのが、願掛けである。
人間の力ではどうしょうも無い事を、神仏に頼り、願意を託す人が後を絶ちません。
しかし、一番肝心なのが御礼詣りであるのです。

此処で一例を挙げれば、大きな願いが叶い、それ以上に欲を増大させた時、今までの願いは水泡に帰し、全ては前以下の状態に成ることがあります。
人間の欲は果てし無く続き、その先に待つ物は破滅である。

足る事を知る。
人間は、足る事を忘れた時、我欲に走り滅びの笛を吹く。
一旦、吹いた笛の音は止む事は無い。

同じ欲でも、知識欲は人間を向上させます。
探究心を持ち、學び続ける時、人は開花します。
霊界の摂理を學び続ける時、人は真理を知り、争うことの愚かさを知るのです。

飽食は餓鬼道であり、人の道では無い。
足る事を知り、先祖を敬い、御仏を尊ぶ時、人は真理に導かれ、本当の幸せを感じ、知る事になる。
無償の愛こそ人を救い、人を育て、霊格は向上し、自身も救われる事に繋がるのである。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-27 12:00 | ├愛について