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酒乱に関する密教ブログ

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酒は百薬の長と言われる反面、人を酩酊させる力があることから、現実逃避の道具として求められがちなものでもあります。
人生に潤いをもたらす妙薬とするのか、人生を破壊する劇薬とするかは、あなた次第。

身近な誰かも、苦しんでいるかもしれません。
依存症は精神論では治りません。適切な治療と理解、周囲の協力が不可欠です。

自分の身に引き寄せて、いま考えてみたい課題をまとめました。
どうぞご覧ください。

依存性と憑依

依存症と憑依現象には、密接な関係があります。
まず、依存症の依存を考えて下さい。

誰かがやってくれる。
私だけは、大丈夫。

あの人がやっているから大丈夫だと思う。

金が儲かる。

今日やっても、明日からやめれば大丈夫。
今日は、ついて居るから大丈夫。
最後は、親がいるから、大丈夫。

誰かが助けてくれる。

その他…
全ての、事柄の中に依存心が、丸見えですね~。
正に、自主性の欠損が招く、トラップです。

これに、ハマると心は、よりネガティヴになり、様々な浮遊霊、低級霊を呼び寄せる霊波とオーラの両方で、呼んでいるのです。
このトラップにかかって一生を、台無しにする人も珍しくありません。

依存を治すのは、貴方が主体性を持つ事です。


人生は、責任主体です。

しあわせな人生にするか、暗い人生にするか?

それは、貴方次第ではないでしょうか。

加持祈祷

加持祈祷とは、皆様の願いを皆様に代わりお願いする行為ですが、願主が心から願う事が大切です。

酒乱の夫を、何とかして下さい。
ギャンブル狂の夫を、何とかして下さい。
浮気がやまらない、夫を何とかして下さい。
暴力を振るう夫を、何とかして下さい。

様々ですが、願主の想いが強ければ強いほど早く確かに届きます。

神仏に想いを聞き届けて頂きたい方は、想いが大切です。

大願成就は、皆様の想いの強さの度合いが決め手です。
私は、唯のお届け人です。
正しい信仰は、貴方の御心の中にあります。


酒乱

皆さんは、酒乱を御存知ですか?
呑んでいくうちに顔色が変わり、性格も変わり、まるで別人に豹変する。

私の庵に相談者が来て、御兄弟が毎夜酒を煽り家族を罵倒して暴力を振るうと言うのです。

警察を呼んで連行された後、一日は大人しいが、その晩には誰が警察を呼んだ!と、まるで犯人捜し…
そしてまた酒を飲むの繰り返しで、仕事も酒のトラブルで解雇され、今度は朝から酒を飲み、寝る。
また呑む…前より酷いと言う。

私は、本人の写真を透して視た。
やはり、複数人が憑依している。

一つ難問がある。
餓鬼である。

酒で死んだ霊は、何とかなる。

餓鬼を無理やり剥がせば、命も持って行くだろう。

本来は自業自得だが、歳老いた母親を悲しませたくない。
ここは、圧倒的な力を持つ大黒天にお出まし願うことにした。

大黒天は日本では、福の神、恵比寿大黒として親しまれている。
大黒天は本来は、大闇黒天神である。
この世を暗闇に変えるほどの力があるのです。

その日は、本人に一滴の酒も呑ませず、聖水を呑ませて身体の浄化を図り、祈祷開始です。

酒乱の霊を三人捕縛して、最後に餓鬼との対決で、案の定、命に関わることになった。

大黒天を召喚して餓鬼と本人を切り離し、餓鬼はお使者に引き渡し、大黒天神には天界にお帰り頂きました。
そして、本人は腑抜け状態に…氣を注入して、やっと終了である。

ただの除霊浄霊なら、これ程の苦労はない。
自分で酒に逃げ、老いた母親を泣かすのは止めてもらいたい。

酒乱は、甘えから起こる《霊障》です。
酒は、呑んでも、呑まれるな…です。

酒乱

俗にいう酒乱は、人により様々な表情を見せるが、だいたいがまともな行動はしていない。

以下は、私が加持祈祷した酒乱の夫を、断酒させた記録です。

相談者家族は、夫婦と子供が二人の四人家族で、夫は平凡な会社員。
妻は、パートで働いている。
子供達は、二人とも働いている…女性である。

夫の酒乱は、酒を三合以上呑むと、姿を現わす。
ならば、三合以下で酒を止めさせれば良いと思う方々もいると思いますが、酒乱を目の前で見ればわかりますが、酒を止められるほど生易しいものではない。
暴言、暴力、家具の破壊…最後には、殺人に及ぶケースもある。

酒乱の夫は、酒を飲まない時は、ごく普通の大人しい人である。
酒が入って一定量を超えた時、眼つき、顔色が変わり、奥さんに様々な事を言い出し、最後は暴力のパターンである。

酒乱は、浮遊霊の中でも低俗な霊が憑依して、浮遊霊事態が酒を飲む行為なのです。

従って、酒を飲む事により人格は入れ替わり、生身の身体を憑依している霊が使うので、当たり前に人格性格は変わります。
この憑依は、簡単には、出て行きません。

何故か?

泥酔状態にある者に、説教が通じますか?
水を掛けても平気な状態の中にある者に、何を言ってやっても無駄です。

簡単です、酔いを醒ませば良いのです。
方法論は、書きません!
何故か?
被ります。

酒乱は精神病ですが、本当は憑依現象なのです。
手遅れになってからでは、遅いのです。
時の経過と共に、憑依霊は、奥深く侵食しているので、無理に剥がそうとすれば、命を失う危険な状態になります。

本物の専門家と協力して、助けてあげて下さい…
あなたの助けが、何よりです。

犯罪の影

犯罪の陰には、必ず、低級霊の憑依がある事を、あなたは、御存知ですか?
まともな人間なら思いも寄らない、卑劣で残虐な行為は、全て低級霊の憑依であると言える。

しかし、低級霊に憑依される原因は、本人の稚拙な精神構造にあるのです。

以下に記す事は、私が経験した実例で御座います。

私の寺に、ある若い御婦人が相談を申し込まれました。
私は、何時もの様に弟子を横に置き、相談を始めました。

《私の寺では、女性のカウンセリング時には、必ず相手に了解を得て、家内か弟子を同席させております。 何故か? 無用なトラブルを回避する為である》

夫の酒乱についての相談でした。
夫は、酒を飲むと人格が豹変すると言うのです。

罵詈雑言を吐き、果てには物を壊し、手が付けられ無い状況に成るが、奥さんへの暴力は無い。
酒を飲まない時は優しい人なのに、酒があの人を変えて居る。と、奥さんは言われる。

しかし、私はハッキリ断言致します。
本人の自覚の無さが原因であり、甘やかしてはいけない。

酒乱は、病気では無い。
人格の低さから来る、低級憑依である。
優しいから、良い人、地位が高いから、人格者とは言い難い。

昨今の、様々な役職にある者の不祥事を観れば明らかである。

私は、夫を寺に連れて来る様に促し、奥さんは帰って行った。

その次の日、問題が発生した。
夫の暴力が始まったのです。
私が危惧して居た事が、始まったのです。

私は、電話口で泣く奥さんに、直ぐに家を出て実家に帰るか、何処かに身を隠す様に告げた。
奥さんは私の注告を聞き、実家に帰り、ご両親が間に入って離婚に向けて話し合いが進められた。

夫は離婚を承諾して、円満に成立する筈であった。
そして、私の寺に、奥さんから御礼の電話を頂きました。

その電話の中で、私は言いました。

『 絶対に一人でご主人と会ってはいけない。』

しかし、ご主人の留守を見計らい、自身の荷物を取りに行き、ご主人と会ってしまった。

何時もの様に、優しい人。
二人で最後の食事を摂ることに成り、何事も無く時は過ぎ、夜に。

そして、奥さんが実家に戻る時、ご主人が豹変した。
《台所に酒を隠し飲んで居た》
いきなり、奥さんに襲いかかり、殴る蹴るの暴行を加え始めたのである。

そして、奥さんの叫び声を聞いた隣人が警察を呼び、ご主人は逮捕され、奥さんは病院に入院しました。

私は、病院に見舞いに行き、全ての出来事を聞いた。
《先生の言葉を聞かず一人で行き、優しい態度に氣を許した自分が馬鹿でした。まさか、隠れてお酒を飲むとは思いませんでした》と、反省しきり。

低級霊の憑依は、私達の常識を遥かに超えた行動を起こします。

その時に、あなたは対応出来ますか?
低級霊の憑依は、科学では解りません。
また、判断する事も容易ではありません。

ただ一つ言える事は、理性的に考えて判断の付かない事は、一人で悩まず、しっかりした人に相談し、対処する事が肝心です。

人格変異

昨今、人格変異としか思えない人が増えて居る事を皆さんはご存知ですか?
くだらない事が原因で、築き上げて来た地位も名誉も失う人達。

教育者が幼い子の裸を撮影したり、売れっ子作家が児童ポルノ所有で逮捕、議員の不祥事《不倫》些細な事で人殺し。
今の日本は、ニュースの宝庫である。


そして、増加して居るのが酒乱である。

酒乱は、正に人格変異の典型例である。

私の寺では、酒乱に悩む相談が多い。
酒乱は、酒量をある一定度を超えると人格が変異し、暴力的な言動や暴力に走る傾向がある。

では何故、酒に酔って人格が変異するのか?
医学的には精神科の範疇に入るが、霊的には憑依である。

酒を飲んで居る本人の身体を使い、他の者が飲んで居るのである。
此れらは、本人の内向的性格が利用されたのが原因である。

酒を飲めば酩酊するのは当たり前の現象であるが、精神を錯乱してしまうのは、本人の幼児性が表面に出るからである。
其処に憑依が加わって、手がつけられ無い状態になるのである。


答えは簡単である。

憑依を許さない精神力を身につければ良いのである。

当院では可能である。
但し、本人の承諾と家族の承諾の上、修行の申し込み書を書いて頂いた後でしかお受け出来ないのでご注意下さい。




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by kongousan-akafudo | 2018-04-29 12:00 | └私たちの暮らし

ギャンブルに関する密教ブログ~後編

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今日と明日はギャンブルについて書かれた記事を特集致します。
俗に依存症とされるギャンブルですが、霊的見地から視た場合は別の問題も浮かび上がってきます。

希望

人生の目的…皆さんはどんな、目的を持って居られますか?
お金があれば、あれもこれもしたい…と思われるのではないでしょうか。

しかし、本当にお金持ちになった時、暫くは楽しいかもしれません。

私の昔の知り合いに、一瞬で、金持ちになった人がいます。
真面目が、取り柄の人でした。
たった、数百円で人生が一変してしまいました。

そこに元の彼は居ない。
奥さんと離婚して一人暮らし。
仕事も辞めて毎日ぶらぶら…。
でも、以前に働いていた時の出勤時間には必ず喫茶店に入り、そして出て行く。
あの日から、彼の姿を見て居ない。

彼は、川に身を投げて死んだ。
彼に何が、あったのか私には、解らない。

ただ、彼が変わるキッカケは、宝クジの当選である。
宝クジが彼を変えたのではない。
彼が、宝クジに依存したのである。

私から見た宝クジはギャンブルである。
当たる当たらないは、買わなければ発生しない。

霊的観点において考えると、運の先取りに過ぎません。
あらかじめ預金しておいた物を、一時に引き出しただけなのです。
後は預金ゼロ…。

私は、思います。
人生の宝は、経験と感動。

例え、つまずき、転んでも、希望という饅頭をつかみ、立ち上がろうではありませんか。

加持祈祷

加持祈祷とは、皆様の願いを皆様に代わりお願いする行為ですが、願主が心から願う事が大切です。

酒乱の夫を、何とかして下さい。
ギャンブル狂の夫を、何とかして下さい。
浮気がやまらない、夫を何とかして下さい。
暴力を振るう夫を、何とかして下さい。

様々ですが、願主の想いが強ければ強いほど早く確かに届きます。

神仏に想いを聞き届けて頂きたい方は、想いが大切です。

大願成就は、皆様の想いの強さの度合いが決め手です。
私は、唯のお届け人です。
正しい信仰は、貴方の御心の中にあります。

突然の憑依

このところ、電車の人身事故が増えている。

これは、突然の憑依が大きく関わっています。
亡くなった本人は、全く死ぬ気はなかったのです。

では、何故起きるか?
魔は、人間の持つ弱いメンタル面を突いてきます。

そして、引き込み、仲間を増やし、新たな犠牲者を待つのです。

では、負の連鎖は止められないのか?
止められますが、大変なエネルギーを必要とします。
霊体は、マイナスエネルギーです。

電極には、プラス、マイナスが存在します。
大きなエネルギーを、中和する為には同等のエネルギーが必要です。

貴方が、流れに引き込まれないようにする方法は、次の通りです。

汚ない言葉を使わない。
ギャンブルをやらない。
人をうらやんでは、いけない。
ポジティブな考え方を学び、実践する。

憑依は、誰にでも、起こります。

しかし、回避する事も出来ます。

貴方は、どちらを、選びますか?
全ては、自由です。

波長が呼ぶ

人間には、波長という周波数が存在します。
例えば、ギャンブル狂の人には間違いなく、低級霊が憑依しています!
パチンコ位なら…と、思う方もいらっしゃるかもしれませんが、今やパチンコはギャンブルです!

歳老いた母の蓄えまでも奪い、次は母の保険証書を持ち出して金を作り、パチンコに興ずる…。
まさに、狂人です。

しかし、憑依を呼んだのは心の弱さ、傲慢さ、自分勝手、気の弱さ、様々なネガティヴな思いが、低級霊の憑依を呼ぶのです。
言わば自業自得ですが、私は密教僧。

歳老いた母御に頼まれた時、危険な祈祷になりますが、敢えて向かいます。
これ以上、歳老いた父母に仇成す者を野放しには出来ません!

自分の意思でギャンブルの誘惑に勝てない者は、憑依と断定出来ます。
ギャンブルは滅びの道。

それを、解って行くのは自由です。
しかし、親、兄弟、家族に依存するギャンブルは破滅。
魂の救済もありません。

ギャンブルが好きな方は、おやりなさい。

ただし、人には迷惑を掛けずにおやりなさい。

たとえ病気になり、余命幾ばくも無くなっても人に頼ってはいけない。
それが、ギャンブルを選んだ者の最後のプライドではないでしょうか?

破滅の道を選ぶには、覚悟を持つ!


好調不調

人生に於いて好調な時は、ニコニコ、笑顔が輝いています。
そして、不調になると、段々と落ち沈む気持ちが湧いて来ます。

では好調とは、何か?
お金が入り、贅沢が出来ることですか?
異性に、モテる事ですか?
ギャンブルで、儲けることですか?
様々な事が自分に都合良く展開する事が、好調と、言えるなら?
そこには学ぶべき事は、何もないと私は、考えます。

現在、勝組、負組などという言葉がありますが、優劣をどんな基準で計っているのか
誠に、現世らしき、錯覚的価値観に、敬服します。

不調とは?
貴方は、現在様々な事に、迷い、苦しみ、葛藤しているとしたら?
それは、貴方にとって、チャンスです‼️輝きます!
但しタイミングを観る事が大切です‼️

次の方は、御用心下さい。
私は、悪くないのに如何して、不調なのか?
私は、努力しているのに何故、認められないの?
私は、他の人より能力が上なのに、不調のせいで上手くいかない。
私は、家族の為に、一生懸命なのに?
私は、家族の犠牲になっているのに、誰も解ってくれない。

様々な事情と環境は、一朝一夕には、変わらないし、変えられないのです。
そんな時の私の答えは、自分が変われば良いのです!

環境や事情の変化を待って、苦しむ位ならその場を離れ、自分が変われば良いのです‼️
この世は、究極の自己責任と責任主体を、貫く覚悟で暮らす時、答えは必ず出ます。

波動の乱れ

今、ある地域の、波動が乱れています。


皆さんも、氣づいておられると思いますが、乱れが日を追うごとに増加しております。

この乱れは、積年の積み重ねも原因の一つです。

例えば、自分の部屋で掃除もせずギャンブルに明け暮れ、勝った日は上機嫌!
負け日は、愚痴三昧!

次の日、ギャンブルの必勝祈願を寺社にして、ギャンブル場に向かう。

何をしても、自由です。

自己責任であり、責任主体の人生です。

ギャンブルに負け、自分の思い通りにならない…

お参りもしたのに…御賽銭も入れたのに…
力のある寺社だと思ったのに…

なんで上手くいかない?

自分は、悪くない…何で自分だけが貧乏、好きになってくれる異性もいない…

自分は、なんて不幸なんだ。

世の中が悪い、運が悪いのは、寺社のせいだ。
だのに…だから…自分は関係ない

自分は悪くないのに、ただ運が悪かった。

…以上の考え方が悪想念になり、その人の人格をも歪め、善悪の基準も、自分だけの簡単な基準に、当て嵌めていく結果になります。

全ては、平等なのです。
人は上下は、ないのです。

あるのは、僻み、ひがみだけです。

天を敬い、人を愛する時
必ず光に包まれます。

皆様のしあわせを御祈念申し上げます。





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by kongousan-akafudo | 2018-04-28 12:00 | └私たちの暮らし

ギャンブルに関する密教ブログ~前編

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今日と明日はギャンブルについて書かれた記事を特集致します。
俗に依存症とされるギャンブルですが、霊的見地から視た場合は別の問題も浮かび上がってきます。

発想の転換

しあわせを求めるのはごく普通のことですが、中々、思うようにならないのも普通によくあることです。
では、何故、思いが具現化しないのかを考えた事がお有りでしょうか。
それは思いであり、想いになっていないのです。

想念、観想力が低いから届かないのです。
古来より《想う一念岩をも通す》強く想い、念じる事により、自身も目標に向かって努力することで、目標を達成する方向に向くのです。

例えば、次のような考え方で望んでも、答えを得ることは出来ません。
その逆に、悪い結果に成る場合のが多いようであります。
それは、棚から牡丹餅的な思想であります。
楽をして何かを得ようとしても、身に付かないという事です。

自分の人生を変えたければ変えられます。
但し以下の事は、厳守された方が良いでしょう。

①棚から牡丹餅的な考えを捨てる事。

②博打《ギャンブル》に手を出さ無い事。

③自分の得意な事を導き出す努力をする事。

④自分の将来を強く想い浮かべる事。
そして大成した自分を強く想い浮かべる事。

⑤両親を大切にし、御先祖様を敬い、神仏を尊ぶ心を育む事が大切。

劇的に変わる事など望んではいけない。
劇的に変わる事は、劇的に終わるのです。

強い想いは、やがて信念に成り、加護を受けるに相応しい人格をも形成するのです。

ギャンブル依存症

昨今、ギャンブル依存症、成る言葉を、く耳にしますが、私は以前より、ギャンブル依存は憑依と申し上げております。
《症》と着けば、全てが病気の様に思われがちですが、強度の依存《症》は、ほとんどが憑依に元づく現象なのです。
本人の人生はおろか、ご家族までも地獄に引きずり込む憑依は、今年に入って急増して居ます。

まさかこんな事に成ると思って居なかった、と言うのが、この依存症《憑依》に掛かって、人生をメチャクチャに成った人の言葉で御座います。

私の相談室にも、依存症に掛かって助けを求めて来た方は良いほうです。
ほとんどの依存症《憑依》事例を見れば、納得されると思いますが、最後は悲惨を極めて居ます。

依存症を治すには、理屈ではダメなのです。
医師とタッグを組める者が、必要なのです。

当院では医師とタッグを組み、医療の観点と密教の観点から対処して居ます。
医学と密教は、元々は同じ世界のものなのです。

現代人がそれを知ら無いだけであり、また、法的にも分離されているので仕方無いのですが、本来、医学を日本に運んで来たのは僧侶だったのです。

私の寺では医師と連携を取り、様々な事案に対処して参りました。
此れからも、医師と連携を取り、様々な問題解決に寄与して参ります。
まずは、医師に相談する事は、問題解決の第一歩です。
精神医学も日進月歩、進んで居ます。

依存症は心の病であり、適切な治療法を施さなければ人生の破滅に繋がります。

経験を後世に伝える

経験を後世に伝える行為を歴史と捉え、教訓とする時、私達は沢山の學びに囲まれて居る事に氣づくであろう。

独裁の愚かさ、暴君を野放しにした過ち、歴史が教えて居る事を學ば無かった結果である。

自身の身に置き換えて考える行為は自身を成長に導き、政治を他人任せにする時、自身を犠牲者に導く。
愛の裏返しは無関心。
無関心からは何も生まれず、無関心は独裁者を生み出す結果に繋がる。

無知蒙昧な独裁者は、国民を奴隷と捉え、勝手放題に振る舞う。

しかし、その独裁者を作り上げたのは自然発生か?

勝手に生えたのか?
違います。
国民が容認して来た結果である!

家庭内の事で考えれば、簡単にお解り頂けると想います。
一例を挙げれば、家庭内暴力、ギャンブルに依る家庭崩壊、不倫問題、その他。
最初は小さな問題に始まり、やがて修復不可能な状況に発展する事が多いのも事実ではないでしょうか。

黙っていた事も、助長する結果に繋がるのです。

監視では無く、愛の目線で考え行動する事は、人間にしか出来ません。
無関心、容認は、愛ではありません。

関わりたく無いと思う方も居るでしょう。
しかしそれも愛無き行為なのです。

三度言ってダメな場合は、潔く手放しましょう。

暴力沙汰に成る位なら手放しましょう。
言っても聞か無いと判断した場合は手放しましょう。
そして、手放した後はあなた自身の人生を生きるのです。

自分を愛する事が出来ない人が、他を愛する事が出来ない様に、

私達は、御仏に愛されている事に感謝して生きることが報恩感謝である。


争いを呼ぶ心

男女に限らず、争いに巻き込まれる人は居るのです。
もし、あなたが争いに巻き込まれた、巻き込まれているとしたら要注意である。
あなたの波長が、争いを呼んでいる可能性が高いのです。

①一人では、時間を過ごす事が出来無い人。
②ギャンブルが好きだと思う人。
③他人の意見と反対意見を考えもせず云う人。
④他の意見を何故か反発してしまう。
⑤強い人には、逆らえ無い。
⑥強い人の意見に同調してしまう。
⑦自分は、愚痴っぽい。
⑧相手を何故かわからないが、怒らせてしまう。
⑨他の迷惑を考えた事が無い。
⑩自分は、特別な人間だと思う。

以上の項目に五個以上、該当する人は要注意です。

あなたは、近日中にトラブルに、巻き込まれる可能性が大です。

何故、そう成るか?
あなたの中にある傲慢さが、あなたを導きます。

人は、変わることが出来ます。
そして、しあわせに向かい前進したら良いのです。
しあわせは、あなたが掴むものなのです。


迷子

昨今、心の迷子に悩む方々が急増している様に見受けられます。

仕事もぜず、親兄弟に世話を掛けて平然と時を過ごし、当り前の様に過ごす。
親も環境も、何時迄も同じではありません。
心の迷子から卒業する日が必ず来ます。

その時、私は心の迷子だと言っても相手をしてくれる人がいるでしょうか?
ギャンブルで身を崩し、行く宛も無くなった時、助ける人が居るでしょうか?

受験の失敗、就職難、育児に無関心…様々な事は良く考えれば自分の責任です。
人間には理性があり、理性に基づく反省は皆が受け入れます。

誰もが、出来れば楽をしたいと考えたい時がありますが、それをぜずに思いとどまり、明日に繋げているからこそ社会が成り立ち、我が身も立つのです。

皆さん、心の迷子の人を突き放さず、チャンスを与えて下さい。

人は、本来善良なのだから。

自分の人生

これ程、自由な事はありません。
全てが責任主体なのですから、大人になっても歳老いた親に、迷惑を掛けても自分勝手に、好き勝手に生きても自己責任。

全ては、プラス、マイナス、ゼロになります。

では、怠けたままで人生が終われるか?
そんな事は、ありません!

必ず、怠けた分、頑張った分8怠けた分2、頑張らなかった人は3足りない事になります。
残りの3を、頑張り通さなければならないのです。

休みなく、だから人生は責任主体であり、自己責任なのです。
ですから怠けたい方は、どうぞお楽になさって下さい。

ギャンブルでご家族を泣かしたい方、どうぞギャンブルを楽しんでお続け下さい。

犯罪を犯し、反省しない方、どうぞそのままで構いません。

ばちは、当たりません。
ばちなど、ありません。
あるのは、法則です。

蒔いた種は、自分が最後迄狩り切るまで続きます。

蒔かぬ種は生えぬです。
これが、カルマ、因縁の法則です。


出会い

人生の中で、良き出会いが数回あります。
良き出会いを受け入れ、その後の人生をプラスに変えるかは選択の自由です。

悪い出会いもあります。
悪友との非道です。

ギャンブル、覚せい剤、現実からの逃避、非行…と様々ですが、その愚行を選択するも、自分であり、途中で止めるも、自分。
最後まで、堕ちるも自分です。

全ては自己責任。

良き出会いを選ぶも、悪しき選択をするも、何もしない自由も自己責任です。
後悔しても、その時代、その時間に、帰ることは不可能なのです。
私の中の教訓は、人生に反省しても、後悔はなし。

良き出会いが、皆様に訪れます様に。




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by kongousan-akafudo | 2018-04-27 12:00 | └私たちの暮らし

密教801 願解と約束

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まず、願意とは何か?を考えて下さい。
願意とは、神仏との約束なのです。

例えば、「〇〇を叶えて下さい」と御願い申し上げ、「その代わり、私はお願いした神仏を信仰します」と言った約束事なのです。

人間界で考えても同じ事。
「〇〇しますからお願いします」
そして、相手が納得した時点で成立する約束事であります。

約束事を変更する場合は、お願いした相手に約束事の変更をお願いして、了承して頂けた時点で成立するのである。

神仏との約束事は、人間との約束と違って、承諾されたかどうかは普通の人には分からないでしょう。
がしかし、本人が努力を続けて居れば必ず叶います。

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願解きの場合は、正式に御礼申し上げ、また新たに願意をお願いする事が肝要である。
其れをせずに、勝手に解釈して行えば、前の願意も失い、その後の願いも叶いません。

何故か?
人間社会でも同じ事なのである。
礼節を無視してはろくな結果が出ない様に、理性的に判断すれば答えは自ずから解るのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2018-04-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

事故物件/瑕疵物件に関する密教ブログ

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家探し、事務所探し、店舗探しの際に忘れてはいけない事がいくつかあります。
霊的見地からの注意事項が書かれた記事をまとめました。

今すぐ必要ではない方も、どうぞ一度はお目通し下さいませ。


何故、浄化供養が必要か?

例えば、中古物件を購入するとします。

前に住んでいた方が家庭不和で、毎日のようにケンカが絶えなかった家だとしましょう。
貴方は、入った瞬間にイライラして来ます。
賃貸アパートや、マンションでも、同じような現象が発生します。

原因は、前の住人が、残したオーラです。

殺人犯が住んでいた家など、最悪です。

また、事件現場の家には触れてはイケマセン!

古井戸の土地などは、解らずにいればさほどの事はなかったのです。
が、解った後に何故、被るのか?


例えば、貴方が遺体を発見したとします。

その時、面倒だから知らん顔するのと同じより、それ以上の障りが当たり前に起こります。

私は、よく引っ越し先の浄化供養を頼まれます。
が、一度だけ、あの物件は諦めた方が良いと言った事がありました。

後で聞いた事ですが、不動産屋が黙って貸そうとした事故物件だったのです。

様々なところにあります。

住まいは、大切な場所です。

しっかりした業者を、選ぶ事から始めましよう。

家選びに必要な事

新しく、家や部屋を探して居る方々が多くなる時期ですね。

機能性で選ぶ方が多いのではありませんか?
機能性も大切ですが、意外と知られていないのが、家の履歴です。
家の履歴は、本当は非常に大切な事なのです。
一般的な言い方をすれば、事故物件に手を出してはいけません。

以前、私の寺に相談に来られた方が、事故物件を買い、悲惨な目に遭われました。
祈祷の依頼にお見えになり、お話を聞いた時の事で御座います。
その方のご主人が、無神論者を自負する方で、事故物件、事件物件と知りつつも、購入を決めてしまいました。

それ以降、様々な不幸に見舞われて、最後に私の寺に相談に来られた時は、奥様は憔悴仕切って居られました。
その家は、家族全員が自殺された家だったのです。

私が霊視すると、自殺された家族は全員が憑依され、自殺に追い込まれて居たのです。
過去にも、その土地では多くの血が流され空き地と成り、前回、自殺された家族が土地を購入し家を建て、その後に一家で自殺されたのです。

その家族も無神論者であり、地鎮祭も家相も一切信じ無い方でした。
その後の近所への聞き取り調査で、私の言っている事が事実と立証されました。

その家は、祓い切れない穢れに覆われて居るので、最早、人が住める状態ではありません。
私は、その家を諦めて家を出る事を勧めましたが、最後までご主人は言う事を聴きません。

私も諦めて、ご自由にどうぞと言い、手を引きました。
その後、ご夫婦は離婚し、あの家には誰も住んでは居ません。

仲の良い夫婦、家族で有っても、悪因縁には勝てません。

新しく家を探して居る方々は、くれぐれも、急がず、履歴を確認してから引越しをする事をお勧め致します。


事故物件

依頼を受けて、ある建物を霊視したことから、この件が始まった。

依頼者に案内されて行った家は、閑静な住宅街にある一軒家である。
敷地面積は百五十坪はある、大きな邸宅である。
依頼者によれば、破格な値段だったので無理をして購入したそうです。

しかし、奇妙な気がして、私に鎮宅除災の加持祈祷を依頼して来たのです。
私には、その異様な氣の正体は解っていた。

それは、一家離散の果てに希望を失い、自ら死を選んだこの家の主人の無念である。
その一家は、会社を経営して居た裕福な一家だった。

しかし、全員が無神論者で、祟りなどと言う事は信じ無い家族でした。
その家族のもとに来た話しがある。

それは、高さ6メートルはゆうにある、石の塔でありました。
その石塔は、持つ者に災いがあると言われて居た石塔なのです。

家族はその石塔を買い、庭の真ん中に据えさせて、毎日見ては笑い、

『 祟りなどを信じるのは、馬鹿か、貧しい人間が、信じる戯言 』

と、言い笑って居たのである。

そして、石塔が来て一年後のある日。
会社は倒産し、家族は離散。

残った主人は、ある場所で自殺したのである。

しかし、自殺しても死を理解できない主人は、自分がまだ死んで無いと思い、家に帰って来て居たのです。
そして、この家を買い、入居する人々をことごとく邪魔にして、追い出して居たのである。

その後、私の依頼者が購入し、鎮宅除災の加持祈祷に成ったのである。
私は、霊視した事を全て話し、依頼者の判断を待った。

依頼者は、家を購入する為に全ての財産を注ぎ込んでいるので、何とか助けて欲しいと願うので、私は決断した。

ある秘法を屈指し、家があるがままで焼祓う事にした。
諸天天神の力を借り、浄化の法を修し、元凶である石塔を粉砕《石屋の専門家の力を借り》

三日間の加持祈祷は、終了した。

一般の方々が、絶対に手を出してはいけないのが、わく因縁がある物である。
それと、古い仏像にはさわらない事が安全です。

テレビで、古い物の鑑定をして一喜一憂して居るが、古い物にはそれなりの来歴がある事を知っておくべきである。
素人考えで、《物質的価値観》欲を剥き出しに買えば、結果は?
古い物が欲しい場合は、自分がその物を好きで愛せるか?
俯瞰することも必要なのです。

瑕疵物件

昨今では、隠れ瑕疵物件が増えて居る。
別名、事故物件。

家は、借りるにしても、かなりのお金が必要になります。
まして購入するとなれば、大変なお金が必要になります。
なるべく安く良い家を取得したいのは当たり前です。

但し気を付けて下さい。
契約する前に必ず、自分の足で調べる事をお勧めします。
何故か?
自殺や事件事故のあった物件は割と分かり易いですが、前に契約成立者が居た場合、履歴は消えます。

以下は、私が経験した実話です。

ある相談者の方が、中古の家を購入された後から夫婦不和が始まりました。
ご主人の性格が一変したのです《奥様談》

以前のご主人は、荒い言葉など一度も使った事が無い、子煩悩な優しいお父さん。
引っ越してから一週間くらい経った頃、ご主人が豹変して日増しに荒く成って行った、と。

子供達は、今迄ほとんど病気などした事が無かったのに、怪我と病気が連続して起きるのです。

これはおかしいと思い、奥様の同級生だった住職に相談したところ、住職は過去帳を広げました。
《住職は、御夫婦が購入された家の近所の寺の住職である》

『あの家から早く出なさい、あの家は、私では祓い清める事は出来無い土地です』

私が霊視した通り、その土地は刑場跡でした。
その土地に家を建てた人は、必ず離散して居たのです。

私はご主人に説得を試みましたが、聴く耳を持たない無神論者でした。
そして在ろう事か、そんな因縁の有る家なら、見世物で金が稼げて大いに結構だと言うのです。

万事休す。

それから一週間後、ご主人の暴力と様々な事柄によって家族は離散しました。
まず家を選ぶ時は、出来る限り慎重に選び、様々な観点から調べる事をお勧めします。

悪霊と化す

今から書くことは、私の体験談です。

ある家のお祓いを頼まれて行った時の話です。
依頼者家族は、真面目で明るいアットホームな方々です。

ご夫婦は、一生懸命に働き、やっと念願のマイホームを購入しました。
中古住宅でも、自分達の城である。

しかし、異変が始まったのは、引っ越しを済ませ落ち着いた一か月後。
夜中、誰も居ない台所での物音。
誰も入って居ない風呂場で誰かが入浴する音。
その他、様々な異変に見舞われ、堪り兼ねて私の寺に来たのでした。

私は日時を決め、お宅に向かいました。
視ると老婆が一人、生前と変わらない生活をしているのである。

老婆は、自分の死を理解出来ていないのである。
従って、生きている時と同じように振る舞い、生活して居るのである。

私は、この老婆が哀れになりました。
其処で説得をし、霊界から老婆の先祖霊に来て頂き、一緒にお帰り頂きました。

それから、風呂敷護摩を焚いて家を浄化し、元の平和な家庭生活が出来るように結界を張り、終了しました。

現在の日本は、このような事があちらこちらで頻繁しております。
それは、何故か?
原因は、霊的知識が無い為なのです。

死んだら終わり。
死んだら墓に入る。
死んだら天国に自然と行ける。

全て、間違いです。

死を理解せず、死んでも意識がある事に戸惑い、自分がまだ生きて居ると思い込み、彷徨うのである。
自殺者のほとんどが死を理解出来ずに憑依を繰り返すのも、同じところに原因があるのです。

今、必要なのはオカルトではなく、霊的知識と霊的理解である。
そして、霊的真理に到達する時、學ぶことの素晴らしさを知ることになります。

貴女が求めなければ、門は開きません。
例え門が開いても、自分が歩を進めなければ中には入れないのです。

私は、お勧め致します。
學ぶ事は、貴女の魂を磨く行為であると。

古戦場跡のマンション

相談依頼のメールが届いたのは、七月の暑い日でした。
買ったばかりマンションの、相談依頼である。

部屋が寒いというので、今は夏…。
そんな訳が…と思いながら、電話相談に切り替え、直接話しを聞いていて、私の脳裏にある事例が浮かんだ。

古戦場跡に建てられた、マンションがある…
あの事案は、忘れられない。

電話相談でも解るが、依頼者の物件が近いこともあるが…
何故か氣になる…

調査に、行く事にした。
行ってみてハッキリした…

マンション全体が、古戦場の砦になっている。

私は、依頼者のいる階に…
依頼者と面談後、部屋の中を調査した。

この部屋だ‼️

子供部屋である。
入ってみると、異様に寒いのです。

これは、まずい!

部屋の中には、沢山の人形が飾られている。
その人形は祖父母とその他の方々から、孫の為に贈られた様々な種類の人形である。

その全ての人形に憑依霊が、とり憑いている…
まるで軍隊である。
人形は、あまり家の中に入れてはイケマセン。
私のブログ内で何度も教えている様に、人形は、人、型、憑代なのです。

全ての人形をここで供養する事は出来ない。

ご家族全員が揃っていたので、結果を話して、子供部屋をしばらく閉鎖して封印する事になりました。

全ての調査が終了して、私は結論から話した…
このマンション全体が、憑依霊の砦である事。
未浄化霊が多過ぎて祓い切れない事。
このマンションに長く居住すれば、子供さん達に悪影響が出る事など全て話した。

ご夫婦は愕然としていたが、私も大丈夫とは言えない。

やはり、家、土地、事業を行う時は、その地の産土神と守護神は無視してはならない。

今、素人流の様々な方法があるが、土地の因縁を甘くみると、とんでもない事態になってしまいます。
そうなってからでは取り返しが付かない事もあります。

呉々も、御用心下さい。

土地の因縁

土地には、様々な因縁が存在します。
これは、ごく身近に起こり得る事であるのです。

『 私は、大丈夫 』的な事は、通用しない実例である。

A氏は、所有するマンションを売却し、新たなマンションを購入した事から、不可解な出来事に悩む事になりました。
それは、A氏が新しいマンションに入居した日から起こりました。

誰も居ない台所から鍋が落下。
その音に驚いた奥さんが台所に行って見たが、何も無い!

その後、連続して、毎日同じ時刻に音がするのである。
また、台所以外の場所でも、様々な不可思議な事が頻発しました。

最後には、夫婦の寝室にもそれは起こった。《人影》
たまりかねたA氏が寺や霊能者に依頼して祈祷をして貰ったが、その現象は止む事は無いばかりか、益々激しさを増したのです。

たまりかねたA氏は、友人を介し、私の寺に相談に来られました。
私は事情を聴き、A氏のマンションに行く事にしました。

数日後、A氏が迎えに来られ、私はマンションに向かいました。
マンションに到着した瞬間、強い波動を感じました。

しかし、敢えてA氏には告げて居無い。
A氏所有の〇〇号室に入って霊査するも、予想通りだった。
戦争の犠牲者を荼毘に付した土地だったのである。
《荼毘とは、火葬する事》

しかし、戦争の混乱の中での荼毘は、《火葬》とは、呼べないほど惨い扱いであり《人間の焚き火》供養などとは程遠いありさまである。

何度も何度も同じ場所で、遺骨を拾うこともせずに、繰り返し続けられたのです。
そして、終戦、混乱。

人々は、自身が食べ生きる事に必死でした。
何時の日か、全ての事実は消えて行ったのである。

戦後七十年が経ち、現在、その事実を知る者は居無い。
荼毘の現実は知っている人も居るが、土地の場所まで克明に覚えて居る人は居無いのである。

その他にも、斬首場、腑分け場、晒し首場、刑場跡を、知る者は居無い?
しかし、確実に言えることは、その土地が存在する事実は曲げられ無いのである。

A氏に、私は言った。
『 一日も早く、このマンションから出なさい。』

そして、この問題はA氏だけでは収まらなかった。
同じマンションの住人にも、起こって居たのです。

マンションは敷地面積も広く、土地の履歴を調べる事が困難です。
そのうえ営利目的の為に、徹底したコスト削減から、ほとんど地鎮祭や浄化祈祷は行われ無いのが現状です。

そして購入者も、利便性と集合住宅である事から、あまり土地については関心が無い様です。

A氏のマンションで起こった霊事では、現在住人のほとんどが退去して居る。
そして、売却したくても、買い手が見つからずに困っております。

しかし、この物件を浄化して因縁霊を成仏させるには、大変な人数の法力僧が必要なのです。
私ひとりの力ではどうしようも無いのが現状である。

では何故、そこまで悪化したか?
まだ更地なら、打つ手は合ったのです。
しかし、建物は集合体。

一部屋一部屋を、同時に祈祷浄化する事は不可能である。

皆さんも、考えて頂きたい。

説得する相手が複数人居て、聞き分けの良い人もいれば、言う事を聞かない人も居る。
中には、凶悪の者も居る。
そんな状況の中で、一人や二人の説得者《法力僧》が法を修しても、効果は望めません。

また、数がいれば良いと言う事ではありません。
本当に力のある法力僧を探すだけでも、至難の技なのです。

それだけ、現在の状況は物質的価値観が蔓延し、本物の法力僧が少なくなってしまったのです。
本山と言われる所では、勢力図と他を認めない風潮があり、在家から出家しても、夢破れ去る人が後を絶ちません。

また、昔のように修行に命を懸け、挑むことも無く成りました。
地鎮祭は大切な礼法であり、軽視すれば、結果は上記のように悲惨な状況になるケースが少なくありません。

家の鎮めと浄化

つい十数年前までは何処でも当たり前の様に行われて居た、地鎮祭や鎮宅除災。
昨今では、ほとんど行われません。
《地鎮祭、土地を鎮める儀式》
新築する時は、必ず行いました。

《鎮宅除災、引っ越しや、中古物件購入時》には必ず行いましたが、今では見る事は稀です。
神式、仏式と様々ですが、目的は同じです。

当院は、祈祷寺。
以上の事は当たり前に行いますが、加えて行う事が御座います。

埋め物はさること乍ら、浄化には最大限の労を惜しみません。

ビル建築なら、定礎の中に水晶を納め、一般住宅なら四方結界の中心に〇〇を納めます。
鎮宅除災の場合は、家が建って居るので、状況に応じた修法を厳修します。
密教には、状況に応じた修法が用意されております。

全ての状況に、画一的な法では効き目が薄いと考えるからなのです。
病気も、人に依り異なるのと同じ様に、家にも様々な装があります。

大難は、小難。
小難は、無難に。
変えてこその祈祷であり、修法なのです。


私も齢、六十二。
そろそろ、後継を考える歳に成り、思う事が御座います。

形式だけの現代祈祷の影響が、不信仰を助長させて居ると考えます。
まだ、真に修行し、取り組んで居る若い僧侶、神官は大勢おります。
願わくば、彼らが道を誤らず、真の信仰を突き進む様、祈るばかりです。

執着心が起す霊現象

昨今、空き家が目立ち始めております。
中古でもマイホームが欲しいと願う人は沢山おられますが、何故空き家が目立つのか?

ある事例を挙げて、観てみましょう。

ある老夫婦が住んで居た家が、売りに出されました。
綺麗な外観で、駐車場もあり、周りは閑静な住宅街であり、条件的には良い物件です。
しかし、契約時に必ずトラブルが生じ、完全契約には到らないのです。

其れも、原因が様々なのです。
金額的にも割安なので、訪れる人も多い物件であるにも関わらず、様々な事で未だ、売れない状態が続いているのです。
しかし、霊的に視れば当たり前の事なのです。

何故か?

その家で亡くなった母親と娘は死を受け入れず、未だその家で生活をしているのである。
従って、他人が来れば排除しようとします。

其処に様々な浮遊霊が加われば、当然力は増大し、様々な妨害を楽しむ様に成るのである。

言わば、自覚の無い死は、当人に取っても不幸な事だが、周りに及ぼす影響もかなりである。
本来は葬儀の時に引導を渡すのだが、渡し切れてい無い場合が多々あるのも事実である。

此処では、その理由までは書かないが、現実に起きているのも事実である。
あの家では、娘さんが癌で死去し、お母さんは老衰で亡くなり、どちらも死を受け入れ難い状況である。

私も葬儀の席で、故人が死を自覚せず参列者の列に加わり、お辞儀をしている姿を何度となく見た事があります。
正に、死を自覚していない証拠である。
家を売却する時や購入する時は、力のある専門家にお祓いをして貰うことをお勧めします。



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by kongousan-akafudo | 2018-04-24 12:00 | ├密教の世界

パワースポットに関する密教ブログ特集

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これから大型連休を前に、旅行の計画を立てていらっしゃる方も多いと存じます。
有名な神社仏閣、あるいはパワースポット巡りを楽しみにしていらっしゃるかもしれませんね。

そんな方へ、ぜひご覧頂きたい記事を特集しました。
楽しいハズの休暇を台無しにしない為には、いくつか気を付けることがあるのです。


パワースポット

今、パワースポットが危ない。
まるで流行の様にパワースポットに出掛ける人がいるが、御利益の替わりに憑依されている事がある。

私が、みなさんに教えられる事は限られています。
何故か?
それは、相手に対しての業務妨害になるからなのです。

では、危険なパワースポットは私にはどういう風に視えるのか…少しお話しましょう。

ある有名な滝に行った時の話です。
落差も凄まじい有名な滝ですが、景観の美しさから訪れる人は多い。

私は友人達と一緒に滝壺の近く迄行ったが、凄い数の霊体に囲まれて意識を乗っ取られそうになった経験がある。
アレで私の意識が乗っ取られていたら、私は破滅していただろう…

では、友人も居たのに何故私だけが憑依されそうになったか…の疑問にお答えします。

古く強い霊体は、霊力の強い肉体を求めているのです。
霊体は肉体を手に入れる事で、自分がやりたい様に出来る身体を欲しいのです。

憑依霊に良いも悪いもありません。
自分が肉体を得ることで様々な事が出来るので、憑依霊も真剣である。
この様に成った方が、自分で除霊が出来ないか?
理性的に考えれば、答えは簡単に出て来ます。

滝だけではなく、神社仏閣にも存在します。
夜間の神社仏閣には、行かない方が無難です。

パワースポットブーム

現在も続くパワースポットブームは、その裏で様々な弊害をも生んでいる事を皆さんはご存知でしょうか?

昨今、私の寺にはパワースポットに関する相談が増えて居る。
内容をお話しする事は出来ませんが、いくつか例を挙げてお話し差せて頂きます。

①パワースポットは、体質に合わない場合があります。
②当たり前の事だがパワーがあれば反比例する事もあります。
③万人に合うなどと言う事は無い。
薬でも副作用がある様に、当然合う合わないは存在します。
④正しいお詣りの仕方も知らずに行けば、失礼に成る事もあります。
⑤不思議ちゃん思考でパワースポットに行く事は、お辞めに成る事をお勧めします。
⑥正しい知識と儀礼を無視すれば、返りがあるのは当然である。



全ては人間界の常識と同じで、他人の家に土足で上がり込めばどうなるか?

誰にでも、結果は想像がつくはずである。

それから夜の神社仏閣には行ってはいけない《お祭りは別》
夜は異空間が形成される事が多いので近寄らない方が無難である。

聖域

世界各国に存在する聖域《パワースポット》が非常識な行為に依り損なわれている。
日本でも同様な問題が各地で発生し警察問題に成っているが、
その最たる原因は、魂の幼児化である。

カタカナ語で会話し自国の言葉もあやふやに、表現出来ず
いれば、やがて文化そのものも危ぶまれる時が来ます。

文化が根底に無ければ、思想は思想では無く、
自分勝手な一人よがりに成り下がるのである。
例えば、昨今の「自由」に名を借りた一人よがり的行動。
相手の迷惑も考えず、家族《夫》の非難を公表し、自らを正当化する。
しかし世間は、冷ややかである、やがて消えるであろう。


聖域での愚行はお止めなさい。
何故か?
全て自分に返って来ます。

それを具体的に書けば簡単である。

ある男女が浮かれ気分で聖域に落書きをしました。
その後、二人は別々の人生を歩み別々の相手と結ばれたが、
その相手に依り人生がメチャクチャに破壊されたのです。

これは、自業自得であり当たり前なのです。
やってはいけない事を理解出来ない人が、まともな人と結ばれる訳が無いのです。

波長の高いものと波長の低いものは、あいまみえる事が無いからです。
口で綺麗事を並べても、心は波長が低いものは、必ずボロが出ます。

もし、あなたが素晴らしい相手を望むならば、今からでも遅くはありません。
自分で自分を磨く事です、必ず良い相手に巡り会えます。
後はあなたの努力が人生を変えるのである。

パワースポット

昨今、パワースポットがブームですが、ブームの影にある弊害が発生して居ることを、皆さんはご存知でしょうか?

私の寺には様々な相談が寄せられますが、意外に知られて居無いのが、パワースポットに安易に行き、様々な被害にあって居る方々が急増して居るのです。
パワースポットは確かに存在しますが、カタカナでは優しく柔らかな印象を受けますが、本当は力のある場所にはいわく因縁がある事も事実なのです。

例えば、有名な神社仏閣は、何故其処に建立されて居るかご存知ですか?
ほとんどが、祟りを鎮める為に其処にその場所に建てられたのです。
また、自然のパワースポットは、その場所のエネルギーが強いのは何故か?
考え、調べた事が皆さんはありますか?

敢えて言いませんが、安易に行くことは危険ゾーンに自ら飛び込むのと変わり無い事を、知っておく事が肝要です。
そして、安易に頼り、立ち入ることが如何に危険か、自身で故事来歴を調べれば解ります。

今は、便利な時代です。
携帯電話で調べる事も簡単に出来ます。

御参りの仕方は、安直な本を読めば解りますが、安直な本には、御参りに関する精神までは明記されて居無いのが現状です。

作法は大切ですが、精神の裏付けの無い作法は空法であり、弊害は生んでも益は生みません。

私の理論を、古臭いキチガイ爺いの戯言とお考えの方は、是非ご自身の判断と理論で進まれることをお勧めします。


御神氣

様々な神社仏閣がありますが、御神氣を感じられるところは少ない。

昨今では、パワースポットブームとやらで行かれる方も少なく無いが、ある意味思慮が必要であります。

強い力がある場合は、反作用も存在することを知るべきと考えます。
万人に合うものが無いように、力の強い場所には、反作用もある事を覚悟することが必要である。

それが自身で良い力か、好ましく無い力かを判別することは、可能です。
ただ、訓練が必要である事を書き添えておきます。《悪用、転用を避ける為、方法論は、書きません》

様々な事で言える事ですが、自身で腑に落ちるまで學ぶ事が最良であり、
他の言葉に翻弄される事は、害に繋がり易い。
まさに短略的行為と言わざるを得ない。

自身が學び、納得の域に到達すればあなたの宝と成り、その宝は終生を通して自身を守る糧と成るのです。

パワースポット

よく聞く言葉。

〇〇のパワースポットに行ったが何も感じなかった。
〇〇のパワースポットは、変な感じだった。
〇〇のパワースポットは、凄かった。
この言葉を総合すると、全てがあやふやな表現であることに氣づくはずである。

また、パワースポットと呼ばれる所は、それなりの作用はありますが、あやふやな場合はまだ良いです。
しかし、はっきりと感じ取れる場合は要注意です。

あちらの機嫌の良い時なら良いが、機嫌が悪い場合もある事を、誰も知ろうとしない。
そのような現状では、あまりパワースポットなどと言ってはしゃぐものではありません。
当たり前の事ですが、作用があれば反作用もある事を忘れてはいけません。
全てが、自分の都合の良い様にはいかない現実を知るべきである。

私は、よく皆に注意する事があります。

神社仏閣では、たとえ石一つでも持って帰ってはいけない、と。
パワースポットも同じです。
中には、記念に名前などを書いたり傷付けたりする者がいるが、その時は何も無くても、覚悟しておく事である。

それだけでは終わらない事を、以前ブログにも書きました。

聖域を穢した者が、どんな末路を辿るか?
本人が体験した時は、手遅れになることがほとんどです。
私達は、本来、皆、霊的存在である事を自覚する時、全ての謎が謎では無い事を知るであろう。

肉の思考は、所詮、物質的価値観に堕ち入り、真実を見失うのである。
心の眼を開け、自身が知る時、本当のしあわせを実感するのである。

慈愛は、心の眼。
欲は、肉の眼である。

霊的落とし穴

私は、霊的落とし穴に堕ちた者を数多く観て来ました。
その経験を元に自身を戒め、生きて来ました。
霊的落とし穴は、何処にでも存在するのです。

ある一人の者が霊的落とし穴に堕ちるまでを、振り返りながら書いて参ります。

彼女は、ごく普通のOLでした。
占いや心霊的な事が好きで、よくパワースポットと呼ばれる所にも行っておりました。

彼女が変わったのは、ある古書店で一冊の本を買ったことがきっかけでした。
それが引き金になり、劇的に変化して行きました。

それから彼女は様々なプロと呼ばれる人の所に通い、怪しげな事を信じ、自身も実践し、のめり込んで行ったのです。

そして、彼女が選んだ道は、金の為に呪い屋に身を落としたのです。
確かに、呪い屋ほど金になる商売は他に無いだろう。

しかし、遣ればやるほど、続ければ続けるほど、魂は穢れ、もう二度と、正常な道に戻る事は出来無いのである。

そして、彼女の訃報を聞いたのは、彼女が呪い屋になって三か月位後のことでした。
金の為に金の奴隷に成り下がる時、人間は人間では無くなります。

私が知った彼女の末路は、余りにも悲惨なので書くことを控えますが、彼女の今は悲惨を極める事に成ったのである。
金は、真面目に働き得ることに意味があり、其処に學びも生じるのである。

パワースポット

昨今、テレビ、マスコミその他でパワースポットが人気らしいですね。

パワーがある神様は礼儀が非常に難しく、お願い事を聞いて頂ける確率も低いのです。
また、運良く願いが叶った暁には、御礼参りを忘れたら大変な事に成ります。
御参りはしても大丈夫ですが、お願い事は無闇やたらにしない事をお勧めします。

愚僧の庵に相談に来た、ご両親の悲痛な訴え❗️

息子さんは17歳のヤンキーを気取る坊やで、手を焼く存在でした。
夏の暑い夜にある事件を起こしたのが、この子の人生を根底から崩しました。

始めは夏の肝だめしで、仲間が集まり無人の寺と、石仏を触って帰って来る。
そんなたわいもない事でした。

相談者の息子さんが中頃に一人で廻った時、仲間がイタズラで幽霊の真似をして脅かすと、息子さんは慌てて逃げた。
其れを見て仲間が笑います。
強がり屋の息子さんは、仲間の持っていたバットで、事も有ろうに石仏の頭を打っていき、何体かの首が折れた!

その後、警察の調べで、犯人で有る息子さんは、逮捕補導された。
両親が破損した石仏を専門家に依頼して修復、示談に成り、家に帰って来た。

しかし、その夜に異変が始まりました。

息子さんが急に暴れたかと思うと、怯え泣きだすの繰り返し。
専門病院にも通い、医師も原因が解らないと言う。

困った両親が、愚僧の庵に来た時には、息子さんは寝たきり。
医師からも見放され、目を開けた状態である。

目が乾くと失明する危険があるので、お母さんが眼薬を点眼している。

愚僧が一言、「何て酷い事をしたのだ」と言うと、両親がそうですね…と言う。
愚僧が、「違います、息子さんが酷い事をしたのだと言ったのです!」

私には、視えて居ました…「許さん!お前のした事を許さん!」


私は、壇を組む事を決断しました。

此の儘では、最悪な結末が訪れる事は必定。
何とかそれだけは、避けたい。

しかし壇を組むには費用がかかる!
高野山から供物を取り寄せ、献華蝋燭が和蝋燭、一本一万円、その他…である!

ご両親は、今迄に息子さんの為に生活を詰めて支払いをされて来た方。
事が解るだけに辛い。

私は僧侶、明日から食べる物が無くとも其れも修行。
壇を組み…護摩供養開始。

しばらくして、声が!
「差し許す、なれどこの者が犯せし事、償うは必定!」

今、少しずつは回復して居りますが、青春はありません。

一夜の軽はずみな行動が人生を狂わせ、家族をも巻き込む事に成ります。

呉々も責任ある行動を、心がけて行きたいですね。


未浄化霊

私が視た実例を挙げて、お話しします。


私は、職業柄、様々な場所、職場、お宅に参りましたが、ハッキリ申し上げて、未浄化霊のいない処は皆無でした。
時には、自殺された方を私に憑依させて、自宅に帰した事もあります。

それから、依頼者以外の家族全員が、病気、交通事故で怪我をして入院。

私が依頼を受けてお宅に伺うと、やはり例の物がありました。
その後、壇を設えて加持祈祷を施し難を免れたが、後少し遅ければ依頼者まで被害に遭う寸前でした。

〇例の物とは珍しい物ではありませんが、誤解を招く場合があるので此処では秘密にします。

次の実例は、水子霊の悲劇である。
私が、或るお宅に招かれて供養を始めた時、余りにも多い水子霊の数に驚いた事がありました。

女系の家族ですが、お母様を始め皆さんがお綺麗な方でした。
このご家族は大変信仰心の厚い方々で、神社仏閣に良く参拝されてお出でに成り、何処かでついてきた水子霊でした。
このご家族の優しさが、逆に招き寄せる形になった出来事でした。

供養を済ませその事を告げ、これからは余り関係のない無縁仏やパワースポットという処には無闇に行かない様に、お勧めして一件落着した事象で御座います。

魔の刻

誰でも経験があると思いますが一度ある事は、二度、三度とあった事。
良い事で有れば歓迎だが、良くない事が続いた時、あなたならどうしますか?

①気にせず過ごす。
②一日、嫌な気持ちで過ごす。
③用心して早めに家に帰り、静かに過ごす。

これは、③が正解である。

昔から間を外す《魔を外す》なのである。

意地を張り通すなら、好きな様にやれば良い。

但し、それに寄って人生を無茶苦茶にした事例を私は沢山見て来ました。

例えば《実話である》私が、君は一週間以内に事故《自動車》を起こすから、一週間は自分の運転に細心の注意を払うか、運転自体を自粛しなさい。
と、注意したことがある。

そうしたところ、裏で嘲笑っていたのである。

彼は3日後に事故を起こし、大変な償いをする事になったと親御さんから聞かされた。

その他、行ってはいけないパワースポットに行った事例。
他の者が落として行った物に憑依され、その後の人生を無茶苦茶にされた女性達。
私は、パワースポットは性が合えば安全だが、合わない事もある、と再三再四、言い続けて居る。
が、未だにパワースポットに無防備な状態で行く人が後を立たない現実に、警鐘を鳴らして居る。

簡単なものは、簡単な結果しか得られ無いのである。
真摯に修行を重ね、向き合う時に解るで在ろう。

いい加減な、怖いもの見たさは辞めましょう。

パワーなどと言うカタカナ言語を捨て去り、日本語の持つ言霊を真摯に學ぶ時、理解出来ます。

あなたは、何方を選びますか?



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by kongousan-akafudo | 2018-04-23 12:00 | ├密教の世界

祟りに関する密教ブログ

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何か良くない事が起きたとき、不幸が続くとき。
『それは何かの祟りではないか』と不安に思ったり、そのような言葉を会話の中で使ったりします。
では、祟りとは何なのでしょうか?
霊的真理に基づいて説かれた記事を集めました。
どうぞご覧ください。

祟り

昨今、聖域を穢す者が増えて居るが、これは、最低の自殺行為である。
私は聖域を穢した者の末路を見てきた。

以下は、体験談である《実話》

その人は、無神論者を気取って居ただけなら何の問題も無かった。
が、仲間たちと歩いて居た時、酒に酔って居たのだろう。
『祟るなら祟ってみろ』
そう言って、在ろう事かお地蔵様に放尿し、高笑いした。

それだけで辞めて置けばまだしも、事あるごとに、様々な石仏や、神社仏閣の建物を見れば毒づき、『祟れるものなら祟ってみろ』と言っていたそうである。

ある夏の日に、仲間たちが肝試しをやると言うので、参加して其処に有った石仏の頭を蹴った。
石仏の頭は折れ、転がった。

異変は7日後に始まった。

幻聴、幻覚に悩まされて、家族が精神科に入院させたが半月ほどで退院。
そして、今度は総合病院に入院した。
癌である。

治療も虚しく、全身に癌が転移して苦しみ抜いて亡くなった。

神仏を信じようが、信じまいが自由である。
嫌なら、無視すれば良いだけである。
関わる必要も無い。
昨今では多くの方々が、事あるごとに、評論家のように、様々な事に批判する風潮がある。
しかし、面白半分の批判は、やがて自分に返って来る可能性を秘めて居る事を覚えておいて貰いたい。

嫌なら、嫌いなら、見なければ良い、関わらなければ良いだけである。
愛の裏返しは、無関心である様に。

被る、 障り

同じ様な意味ですが、どんな神仏でも絶対にけなしたり傷付けてはいけない。
例え、イタズラでも大変な事態を招く結果になります。

私の過去の祈祷事例から、一つ挙げてお話しします。

ある有名人の方に頼まれて、その御宅に伺い驚きました。
門を入る前から只ならない気配を感じ、私は秘かに印を組み我が身を覆い、屋敷の中に入って行きました。

すると離れから、異様な気配を感じます。
尋ねると、この屋敷の跡継ぎの御長男が居る所なのである。

今回の祈祷を受けるのが、その御長男なのです。
別室に案内され、事情を聴いて納得しました。

御長男は、無神論者でワガママな性格。
どんな心霊スポットでも平気で、逆に罵倒し、供養のものも蹴散らす始末である。
私は内心、今日は大変な加持祈祷になることを覚悟せざるを得無かった…

御長男の居る離れに通され、まずはカウンセリングを開始した。

するとご本人の口から、事実が話され始めた…
彼は、旅行が好きで日本中を回った時に、イタズラ半分で、お地蔵様の顔につばをしたり、挙げ句の果ては、放尿まで…

そして言った言葉が「祟れるなら祟ってみろ」

その後、原因不明の高熱とできものが…
祟り、障り、被る…が原因だと思い…また知る者もいない。
私は、この時点で知っていた…

原因が複数の祟りだと。
従って一度や二度の加持祈祷で、全てが祓えるとは思っていない。

ただ、どんな集団であっても、ボスが居るはずである。
このケースを最小限の状態に、納める方法は、他に無い…

私はボスと折衷する事にした。
印を組みボスとの交渉に入った…
ボスの正体を、ここに書くことは出来ないが、力の強い自然霊とお考え下さい。

これは、簡単にはいかない事は、解っている。
しかし、ここでやめれば本人は、おろか一族の者も、彼に関係した者もただでは済まない。

事は、そこまで切迫していたのである。

本人は自業自得であるが、一族と関係者までもを被害に合わせる訳にはいかない。

私は、秘策を使う事にした…
それは、祟神となった者達の本宮の大霊に、お願いする他は無いと考えた。

例えば、稲荷なら伏見大社、豊川稲荷という具合に、彼が汚した神々の本宮に使者を飛ばして謝罪供養をするのである。

大変な費用と労力を費やし、行う事になった。

私は、彼に汚した場所を全て思い出させ、使者を派遣した。
彼には、3日間の堂入りを命じ、一歩足りとも外に出る事を禁じた。

私は総指揮をとり、使者からの連絡を待つ間、護摩行に入った。

2日目も順調に供養が進み、3日目の深夜…私の元に知らせが入った。

彼が在ろう事か脱走…つまりつまり夜遊びに行ったのである。
信じられない愚行である。

私は、祈祷を続けた…
そして夜が明け、皆は、無事に乗り切れた。

それからしばらくして、警察からの電話で、全員が愕然とした。

彼が死んだのだ。
ドブ川の中で、汚物まみれの姿になり…

みなさん、神仏を信じ無くとも大丈夫です。
信じたくなければ、信じなければ良いのです。
そのかわり関わる必要もなければ、穢す必要も無いのです。

彼は、自分がした事を、最後に自分が味わう事になったのです。

被り、被る

修行を積んで居ない者が、他人の祈祷をして失敗した時に起こる現象が被りである。


以下が被りの一例である。
祈祷の後に
・体の変調が起こる
・普通、見え無いものが見える
・聞こえないものが聞こえたりする

注意が必要である。

身体の変調は、針で刺されるような痛みや、関節痛、嘔吐、頭痛、様々である。

昔から触らぬ神に祟りなしとは、遠からず的を得ている。

正に生兵法は怪我の元である。
他人に祈祷を施したければ、師匠に付いて修行を積む事をお勧めする。

但し、本物の師匠たる方は、中々な事では祈祷の方法の手解きなどして貰えない事を覚悟する事が必要である。

私から言える事は、祈祷を本気で學びたいのであれば、自分を捨てて道具に成り切れるかを自分に問うてから、

その道に入られる事をお勧めする。

生半可な気持ちで入れるほど、祈祷の道は甘く無い。

まして、他人に施す様に成るには、様々な苦難を乗り越えなければならない事は当たり前である。

私塾、密教塾では、自身を護る為の方法は教えて居るが、未だ他人に施す法の伝授はして居ない。
但し、これから修行の度合いを見極め、伝授の候補は居るのも事実である。


祟り


何故、祟りが発生するか?

現代社会では、この科学の時代に馬鹿げて居ると言う人は、余りにも無知と言わざるを得無い。
世界の科学では、霊的事象は認識済みであり、常識です。

私の塾では、霊的常識を学び霊的能力の開花を目指し、修行する為に私が立ち上げた私塾である。

本題に帰る。 
祟りは、存在する。
私は、今日までに数多の障りを鎮めて来た経験を皆さんに、教えて参ります。

井戸の祟り、自縛霊、自然霊、祟り神、一宮の祟り、病鎮め神動物神、以上は、私が今迄に鎮めた事例の一部である。
祟りは、普通の方々が考えて居るほど、生易しいものではありません。

例えば、貴方が助けた相手に何度も裏切られた時、貴方は相手を許せますか?
今度は、皆に嫌がられて感謝も無い。
そして忘れられた時、牙を剥く祟り神に変貌するのです。

これが、祟りを生んだ現実なのです。
身勝手な人間にいいようにされた、自然霊が暴れ出したのが祟りの正体である。

私は、浄霊や浄化供養の後、想う事がある。
人間の身勝手で祟り神と恐れられ消えて行く、時々、刹那く胸中をよぎることがある。


本当に恐い祟り神は、人間の方ではないだろうか?

祟り

祟りは、様々な場所、場合があります。

しかし原因は、全て、こちら側なのが現状であり、今も各地で繰り返されている。
私の元に来た相談もその一つである。

夏の暑い日にそれは起きた。

Aは、大工見習いをしている。

青年だが信仰心の欠片も無い男である。
そんなAが母親に連れられ、私の元に来た。
母親は、御本尊様に信仰心を向ける善良な方である。
母親の頼みで、私がAを霊視すると、古い社が視えた。

社の中には、古い仏像が安置されている。
祟り神である。
この祟り神は、昔、我が子を失った親達が、子供を殺した魔物封じの為に、安置した物であり、かなり想いが籠っている。

何故、Aが社と関わったか?
それは親方と一緒に、ある古民家のリホームに来て、たまたま隣が社であったのである。
親方と一緒に仕事をしている時、尿意をもよおし、社に放尿したのである。

馬鹿者である。

しかし馬鹿者がもう一人…親方である。
あろうことか?親方も、社に放尿していたのです。

Aは、素行は悪いが、母親思いの青年である。
それを視て、今回の祈祷を引き受けたのですが、本来ならキッパリ断わる事案である。
それほど大変な事案なのである。

しかしこのままにしておけば、Aの命は無い。
本人は、どうなろうとも自業自得である。
しかし母親の頼みを、断われない。
私にも、子供はいる。

母親の気持ちが解る私は、霊符を用意して、親子にこう告げた。
「今日から3日の間、家から一歩も出てはいけない」と。
そして私は、加持祈祷に入った。

しかしAは、母親の眼をかすめて、その夜遊びに出たまま行方不明である。
まさに、必然である。
成るように成ったのです。

祟り神

関東地方のある城下町の事です。
その地には、古くから続く祭りが盛んですが、開催すれば必ず、良くて怪我人、悪くすれば死人が出るのです。
今回の祭りにも死人が出ました。
そんな町の一画にある会社からの依頼を受け、向かった先は会社の駐車場。

此処では、度重なる事故に会社も困り果て、私に依頼してきたのです。
その駐車場は、一見何処にでもある普通の駐車場であるが、いわく因縁のある土地でありました。

過去には、城下町であった。
その土地には、真面目に生き、集落を護った武家の屋敷があったのである。

全てに平和な日々が続き、皆、しあわせに暮らしていました。
しかし新しい領主に成り、全てが一変した。

年貢《税金》は上がり、暮らしが成り立たない状況が続く中、武士は領民の幸せを祈り、敷地内にある井戸で、毎夜水ごり。すなわち願掛けをしておりました。
古来より、井戸には、龍神が宿っております。

武士は、井戸で毎日、雨の日も雪の降る日も願掛けを続けました。
そして、ある事から、無神論者の領主の怒りを被り、殺されてしまいました。
あろう事か家族まで殺し、領民への見せしめの為に、武士の家の井戸で家族全員の切り落とした首を洗い、井戸の淵に切り落とした首を並べたのです。

それが、私が依頼を受けた会社の駐車場にあたるのです。
普通の人が見れば、綺麗に舗装された駐車場である。

私は、指摘しました。
井戸の合った場所を指差し、あの場所に近よってはいけない。
あの場所には井戸があり、未だ生きている。
と云うと、嘲笑う様に『造成時に、業者が埋めて居ます。もう井戸は解決済みである』と。

私は、それ以上云う事を避けた。

何故かと言えば、信じない人間を説得するほど私は暇ではありません。
しかし、それからあの井戸跡は陥没し、いくら水を汲み上げても止まらない。
会社は、其処にバリケードを張り、再度、私に依頼して来ました。

しかし、私は拒否しました。
以後その場所は完全な柵がされ、パイプが通され使われておりません。

昨今、以上の様な案件が増えている。

祟り神と成った哀れな霊体が、供養もされず放置されている。
現代を象徴する出来事なのだ。と、私は言いたい。

祟りの真相

本質的には本人が引き寄せた結果であるが、祟りがあるのも事実である。

例えば、悪霊に憑依された場合は何故そう成ったか?
理性的に考えて欲しい。
必ず原因が存在して居ます。

例えば、我が子を亡くした親達が建てた、地蔵尊、地蔵堂に悪さを働けば恐ろしい結果が待っている。
当たり前の法則である。

現在の日本は、 アメリカの文化を有難がって居るが、アメリカ方式は、侵略と殺戮が根本にある。
アメリカの創生を考えれば、解る筈である。
ネーティブアメリカンは、 現在の白人では無い。
侵略と殺戮、其処には、敬い尊ぶ心は存在し無い。

私がアメリカに滞在して居る時にネーティブの彼女と知り合い、ネーティブの考え方、神を敬い、尊ぶ心を知った。
正に昭和の考え方である。

私は、警告します。
このまま行けば、日本人は大きな祟りを受ける事になります。

今、日本は、大きな祟りを自分で招いて居ます。

昔の日本人が大切に護って来た、文化、思想、礼節を今一度、振り返りましょう。
そして、自分を俯瞰して視る時、其処に全ての答えがあります。

祟り神

あれは、一通の手紙から始まった。
家族が次々に事故や病気で入院してしまい、今は一人暮らしで不安な日を過ごしている…と。

そして決定的なのが、二年前に祖父が亡くなり、異変が起き始めたのが一月前のちょうど祖父の命日。
父親が交通事故、しかも単独事故。
母親は掃除中に足首を骨折、兄は、職場で倒れ入院。
残るのは彼女一人である。

彼女には、思い当たる事がないと言う。
私は、手紙から視ることにした。

やはりあった!
誰も手入れをせず、ほったらかし状態の祠が…彼女の家の庭にあるのだ。

私は手紙に記されている電話番号にかけた。
すぐに彼女が出て、挨拶もそこそこに私は聞いてみた…
貴女の家に、祠はありますか?と。

彼女は少し考えて、そういえば祖父が信仰していた祠があります。
何処の神様か仏様か、解らない…と言うのである。

私が言った通りの場所に祠があったのである。
しかし娘さんではどうして良いやら、さっぱり解らない。
そこで、ご両親の退院を待つことにして、それまで彼女を護らなくてはならない。

女性では、私の部屋に泊めることも出来ない。
そこで、強力な護符と御守りを送ることにした。

それから半月後、ご家族が揃ったと知らせがあり、皆さんが愚僧に会いたいと仰るので、日にちを決めてお宅に伺うことにした。

約束の日、朝から雨が降る肌寒い日である。
電話があり、入院していた兄と妹、依頼者が車で迎えに来ると言うのでお願いすることにした。

私は法具と法衣を選び、迎えを待つことにしました。
迎えの車が到着。
一路、依頼者の家に向かう。

暫くして、日本建築の大きな邸宅前に停車。
ここが、依頼者の家である。

家の中に案内され、ご両親と面会。
早速、話しを聞いた。
あの祠は祖父が建て、亡くなる迄信仰していたと言う。

祖父が亡くなり、誰も手を出さなくなり二年間手入れもされていない…
私は家の中も案内されたが、他に障りのある所は見当たらない。

そして、祠の前に立った瞬間、めまいとも違う感覚を覚え、ある映像を見た…

それは、稲荷の眷属である。
狐が怒り狂うほど、怒った様相である。
内容は、次の通りである。

《祀る時はあれほど敬もうたに…今は、このありさまに…我らは約束を守り、この屋を繁栄させた。その見返りが、これか‼︎》
…と凄い剣幕である。

私は家人を集め、全てを話した。
このままにすれば、一家は離散します。

稲荷大社にお帰り頂くにも、大変な行事、つまり祭りを行い、稲荷大社に錦を飾る凱旋しかない。
もう一つは、家族で今迄の非礼を詫び、信仰心を持って毎日礼拝する方法である。

家族で協議の結果、毎日礼拝する事で決まり。

後は、愚僧の仕事である。
怒り狂う眷属を横に、直接、稲荷神にご挨拶して、稲荷神の了解を頂き一件落着です。

皆さんの周りは、大丈夫ですか?
敬う心なくして、仏像や神棚を祀るのは良くありません。

正しい、知識と経験を積むことが重要ではないでしょうか?



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by kongousan-akafudo | 2018-04-22 12:00 | ├密教の世界

密教800 聖天童子《歓喜童子》

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当院オリジナルの写仏セットが完成しました。

これは、あくまでも返礼品です。
聖天尊千体供養勧進を申し込まれた方々にお送り致します。

尚、写仏セットのみをお分けする事は出来ません。
勧進申し込みは、暫時お待ち頂ければ幸いです。

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現在、特別製の厨子の完成を待って居る段階です。

素晴らしい厨子が完成して参ります。
そして、聖天尊の尊像が厨子を埋め尽くす時、全ての願意が成就する事になります。
楽しみにお待ち頂ければ幸いです。

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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2018-04-18 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教799 聖天尊との出会い

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今から数十年前、ある導師から聖天尊のほとんどの伝授を賜わりました。
そのお名前を聞けば、知らない僧侶が居ないほどの導師です。

≪いま私が単立を名乗る以上、明かす訳には参りません。
失礼を承知で、ある導師とさせて頂きました≫

師僧の教えは、素晴らしいものでした。

我らは世話役であり、取り次ぎ役であれ。
今を苦しむ人を救えるのは、聖天尊である。
他の仏が聞き届けられ無い願いを聴き、信仰の道にいざなう有り難い御仏である。
高みに立っては底は見えず、満腹では空腹を知らず、死を恐れては真理を知らず。


正にその通りです。
聖天尊は民衆の信仰であり、金持ちの道楽では無い。

私が聖天像をお迎えしたいと思った頃、大変な高額でした。
普通の人の給料で換算すれば、最低3ヵ月間飲まず食わず。
1円も使わずに残して、やっとのほどでした。

今では、純金、純銀像に加え、聖天童子像を安置する寺に成長しました。

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そして今般、聖天尊千体供養を謹修出来るまでに成りました。

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これはひとえに、御本尊様の思召し。
当院では、どなた様でも勧進して頂ける様に、少額の寄進で参加して頂ける様に、現在鋭意努力中であります。
楽しみにお待ち頂ければ幸いです。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2018-04-17 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教798 追憶

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私には、様々な思い出がある。
他とは違う能力。
今でこそ霊能者などと言う言葉があるが、私の子供時代にはキチガイ扱いであった。

そして貧しかった。
東京は浅草寺の境内にも、家が無い人達がベンチを寝床にして生きて居ました。

私はある少年と知り合いました。
一緒に遊び、語り合う。
そして、夕方になれば私は家路につく。

しかし、彼はそれからが仕事だったのである。
街は夕暮れ時から賑わい、酔客が歩き出す。
彼は、そんな人達の靴を磨きお金を貰い、そのお金を施設に持って帰るまで帰れなかったのです。

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施設《孤児院》は、いま考えれば、その施設を運営する園長は悪魔である。
幼くて働け無い子供には、乞食をさせて金を稼がせる。

夜になって子供達が帰って来ると、一日の稼ぎを出させる。
稼げなかった子供には、ベルトで殴って他への見せしめにして居たのです。

泣き声が他に聞こえ無いよう、子供達に輪を作らせて歌を歌わせ、泣き声を消して居たのである。

その後全てが発覚し、園長は逮捕された。
警察が床下を掘り返した時、何人もの子供達の遺体を発見したのである。

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その中に私の友達も居たのですが、私は発見される前の日も、夕暮れを待つ友達と遊んで居たのです。
そして数日後、いつも遊んで居た場所で友達と会いました。

友達は寂しそうに、何も言わず夕暮れの中に消えて行きました。

いま思えば、最後の別れに来てくれたのです。
酷い出来事でした。
人間が人の心を失って悪に染まる時、この世は地獄と化し、再生は無い。

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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2018-04-16 06:00 | ◎赤不動明王院通信