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密教789 忘却と良薬

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昨今、心の病に苦しむ人が増加して居るのを知るたびに、心が痛みます。

人は、苦しむ為に生まれて来たのでは無いのです。
増してや、他の人を苦しめる為に存在して居るのでも無い!

共に學ぶ為に、今世を選び、《時代、環境、境遇》をも自らが決めて生まれて来たのが真実である。
そして、様々な出来事に遭遇して喜怒哀楽を繰り返し、生きるとは?を學ぶのです。
やがて、経験を通して感動を知る事に繋がるのです。

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感動を知ろうとしなければ、経験は単なる出来事に終わり、何故生きるにも繋がらないであろう。
人は死を恐れ、病を嫌う。
「病は愛を學ぶ経験」と捉える時、全てが変わります。

例えば、私達が今迄の人生で遭遇した全ての事を鮮明に覚えて居たとしたら?
私は発狂していたでしょう。

人間は哀しみが頂点に達する時、我を喪うか、忘れようとします。

何故か?
怒り、哀しみに支配される時、平常心は失われ、感情に押し潰されます。
判断能力も著しく低下し、やがて死する事に特化して行きます。

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私が選んだ結果は忘れる事だった。
忘れ上手は、生き上手。
悲劇の主人公に自分を仕立ても、哀しみや怒りが増加するだけで何も変わら無い事を悟りました。

人間は死を迎える時、この世の物は何も持って行けません。
しかし、経験を感動に変えられる時、たくさんの感動を、土産として持ち帰る事が出来るのです。
そして、霊界で待つ懐かしい人達に再会出来るのです。

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忘却と良薬。
正に、忘れ上手は生き上手である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教788 魔除の草木

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魔除を主眼に置いて考える時、草木の力は偉大です。

例えば、切り花でも凄い力を発揮します。
皆さんは、切り花は鑑賞用と捉えておいでかも知れません。
しかし、切り花は邪気を吸い、代わりに優しい氣を発散してくれます。

その特徴として、切り花が直ぐに枯れてしまう場合は氣が落ちて居るとお考え下さい。

当院では、20日以上の間、枯れもせずに居てくれます。
その証拠に、信徒様が御本尊様にお贈り下さったお花が、約1カ月美しい姿のまま華やかに氣を楽しませてくれています。

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当院には、表に樒が植えてあります。
冬も葉を落とさず、春の今は若い芽が顔を出し、出番を待っております。
樒《しきみ》は、密教の法を施す時に欠かせない存在であり、魔除にも効果があるのです。

この他にも、魔除の木は存在します。

鉢植えでも、十分に効果は期待出来ます。

樹木から発散される正常な氣は、病んだ心を癒し、魔の侵入をも拒みます。
《注、蔓草や蔓が家を覆うようなものは、不可》

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蔓については、いつかお話ししたいと考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作 優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教787 二つの意味を持つ

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密教の経典の中には、二つの意味を持つものが存在している。
一つは思想を説き、もう一つは方法論《実際に使う為の教科書》である。

密教には、一般には知らされて居ない経典が数多く存在している。
それらは全て、方法論の経典群である。

何故か?
一般人でも、漢文の理解が出来る者なら使いこなす事が可能だからである。

一例を挙げれば、大日経には住心品と倶縁品がある。

大日経住心品では大智と小智の思想を説き、大日経倶縁品では実際の方法論を説いている。
従って、大日経倶縁品は一般人の手には入手し辛いのである。

大毘盧遮那成仏神変加持経
『大毘盧遮那成仏神変加持経』(だいびるしゃなじょうぶつじんべんかじきょう、略して『大毘盧遮那経』(だいびるしゃなきょう)、あるいは『大日経』(だいにちきょう)は、7-8世紀頃成立したと考えられている密教経典である。
インドから唐にやってきた善無畏と唐の学僧たちによって724年に漢訳された。

内容は、真言宗のいわゆる事相と教相に相当する2つの部分から成り立つが、前者である胎蔵曼荼羅(の原形)の作法や真言、密教の儀式を説く事相の部分が非常に多い。
また、この部分の記述は具体的であるが、師匠からの直接の伝法がなければ、真実は理解できないとされている。

教相に相当するのは「入真言門住心品」だけといってよい。
構成は、毘盧遮那如来と金剛手(秘密派の主たるもの)の対話によって真言門を説き明かしていくという、初期大乗経典のスタイルを踏襲している。

要諦は、毘盧遮那仏が如来の一切智智について説明する部分において、菩提心とは何かを説くところにある。

初期大乗経典では、菩提心とは「菩提を求める心」であったのに対し、この経では「ありのままの自分の心を知るのを求める心」と、その意義が大きく変わってきている点が重要である。

Wikipediaより引用



密教には、十年掛けても説き明かせ無いほど、方法論を説いた経典群がが存在しています。

私は、高野山の資料室にも何度もお邪魔して《地下一階から地上三階》拝見させて頂きました。
が、その膨大な量に圧倒されました。

そして、お大師様《弘法大師空海》の偉大さに、今更ながら敬服するばかりです。

この資料が、寝るだけでは無く、世の為人のために生かされる時、日本は大きく変革するであろう。
と、そのように実感した次第である。

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昔と違い、現在は、読み書きの出来無い人はほとんど居ません。
それに伴い、理解力も増大している。

現在、一般に広く公開し、心の変革を測って頂きたいと願う一人である。
当院では、私が個人的に所有している経典を、解読班の手によって現在解読作業が進行中です。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教786 写経

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写経は、現在では誰でもご存知の仏教に馴染む方法として深く世に浸透しておりますが、意識を変えて行なえば功徳を積むことにも成るのです。
先祖供養の為に枚数を決めて書き上げたら、寺院に納め供養して頂く方法など様々にあります。

そのほかに、以外と皆さんがご存知無い、写経より功徳を積むことが出来る写仏があります。
例えば、自分の願い事を決めて決めた数を写仏する法や、寺院で開眼供養をして頂き、寺に納める方法もあります。

当院では、他にあまり類を見ない写仏を開催する為に、現在準備中です。

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詳しい内容は、密教塾とメールマガジンでお知らせします。
現在進行中なので、4月より開催予定です。
それに合わせて、他にも行事を予定しております。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教785 護摩法

私が知るだけで、護摩法は百以上ある。
敬愛、息災、調伏、増益である。

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護摩炉も、謹修する護摩の種類により、丸型、三角型、四角型と様々である。
また、大きさも、私が使用している大々型から様々である。

一般の方には、入手困難なのが現実です。

護摩とは、「御仏に供物を供える接待法」と考えて頂けば解りやすいと考えます。
言わば究極のお接待である。

護摩壇は接待テーブル、護摩炉は釜、法具や仏具もお接待には欠かせ無い御道具なのである。
一般の方で密教に興味のある方ならご存知だと思いますが、密教では様々な法具が活躍しております。

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当院が誇る三鈷剣《真剣》は、大刀、中刀、小刀と三振りが揃っております。
これは、宝剣加持祈祷には欠かせ無い御道具の一つである。

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当院で扱う法具類は、全て本物を揃えてあります。

何故、本物が必要なのか?
それは、魔も本物なら、調伏する為の道具が偽物であった時に戦えますか?

古来より、刀は武士の魂と言われるのと同じで、法具は密教僧の魂である、と私は考えて居るからである。

私が丈夫で居られる内に、順次、皆に教えて行くつもりです。
飾りでは無い、本物の使い方を伝えて行くの私の最後の勤めであると思う今日この頃です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教784 呪いの末路

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私は、長年祈祷専門僧として活動を続けて居るが、どうしても救え無い案件がある。

それは、呪いの因縁《カルマ》である。
これだけは、完全に切る事は難しい。
何故ならば、始まりが一方的な怨みの念だからである。
そもそも、他人を怨むと言う事が因縁に繋がるのである。

世の中には極悪人も存在します。
しかし、呪いに依り解決しようとしても、堂々巡りだと知るべきである!
そんな事は早く忘れ《放念》、新しい人生を歩む事がしあわせの第一歩に繋がるのです。

今回は、稚拙な事は書きません。
私が扱った事例を紹介します《以下事例》

あれは、今から10年前。
ある方が、娘さんの事で相談に来られました。

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優しかった娘さんが、三ヵ月前から急に豹変したのです。
まず、菜食主義だった娘さんが肉魚を生で食べ、いきなり攻撃的に成り、部屋はゴミだらけ。
悪臭が漂う中で平然としている!

それに、神社仏閣を嫌って唾を吐き、夜中には奇声を上げる。
とても正常では無い。

心療内科の受診をしたが、何の効果も無いと言う。
私には解って居た。

完全な憑依である。

これを抜くには、並大抵な事では無理である。
何故か。
本人の命が保たないのである!

過去に様々な祈祷僧が挑み、失敗し、自らは裁判、拘留の憂き目に遭った記録を参照すれば明らかである。

私は、お母さんとお父さんの気持ちに打たれました。
娘を助けたい一心で頼む父母の心。

私は、急ぎ準備に取り掛かりました。
各分野の専門家《弟子、友人》の尽力に依り、全てが揃いました。
そして、本人、御家族の前で行いました。

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因縁解脱法。

私も命掛けである。

負ければ、私も連れて行かれます。
加持祈祷は長時間に及びました。

しかし、最後に御本尊様の御力に依り降伏出来ました。

些細な怨みの代償にしては、割りに合わないと思いませんか?

その後、娘さんは回復して、現在は私の弟子である。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教783 呪い

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呪いは可能である!

しかし、呪いが相手に作用した時点で同じ事が自分にも起きます。
ただ起こるわけでは無い。
何倍にも成って返って来る事を覚悟せねばならない!

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当院には、呪術に関する経典はほとんど揃って居ると言っても過言ではない。
ほとんどが数百年前の経典である。

それらを熟読すれば解るのは、この法を真剣にやれば出来ると言う事である。
言わば捨て身の法である事に気づく。

何故か?
呪いの掛け方は書け無いが、呪いを進めれば、必ず一命を落とすと断言出来る。

まさに、執念の鬼と化さねば成就は無く、徒労に終わるだろう。
徒労だけでは無く、必ず憑依を呼び込みます。
ですから、一命を落とす覚悟が必要なのである。

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専門家に頼んだから私は大丈夫。と考え、軽はずみに呪いの世界に足を踏み入れた場合も同じである。

怨めば怨まれ、落とせば落とされ、殺せば殺されるのである。
例外は無い。

一番良いのは、放念する事である。

放念出来ず、どうしても悔しいと言うのであれば、その人より大きな人に成り、見返してやれば良いのです。

そんな事は不可能だと言う方は、自分から逃げて居るのです。
努力もせず、良い結果など無いのです。
必ず出来ます。
但し、並大抵な事では、到達は無い。

しかし、呪いに依り思いを遂げ様とする依り、よほど現実的である。

私は、弟子たちに『進む努力もなしで成就は無い』と説いて居る。

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分からない事は學び、出来無い事は努力で解決する。
それでもダメなら、神仏に祈り、努力を重ね続ける事である。
必ずや、光明を知る時が来る。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



by kongousan-akafudo | 2018-03-21 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教782 始まり

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私は、春彼岸が無事終了した時点で新たな行法に入ります。
皆さんがしあわせを実感できるように、自らに行法を課し実践します。

ここでは内容を公表しませんが、密教塾を購読されて居る方なら解るはずです。
一口にしあわせの実感と言っても、漠然としてお判りになら無いと思いますが、それを実感できるようにする行法です。

私も当年で齢六十五。
過酷ではありますが、やり遂げる所存で御座います。

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始まりには、決断が無ければ一も百も千も無い。
難しければ難しいほど、やり遂げた暁には幸福感が待って居るのである。

全てにおいて、机上の空論は何も産まず、徒労しか無い。

求め、努力を重ねた結果は必ず残ります。
人生は挑戦の繰り返し。

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失敗を恐れて何もせず、時間と年を浪費すれば後悔しか残りません。

全てに始まりがあるように、始まりには必ず終わり《終点》が存在するのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



by kongousan-akafudo | 2018-03-20 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教781 追憶

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私にも、皆さんと同じように様々な過去があります。
では、何故過去があるのか?
答えは、一生懸命に生きて居るからなのです。

例えば、過去に捉われて生きる時、あなたも私も、生きて居る事が苦痛なって来ます。
何故か?
良い時だけを見つめる時、今の状況に、不満と過去への憐憫が生ずるからである。

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人間に生まれてカルマ《因縁》の無い人は、唯の一人も居ません。
何故か。
カルマもなく、悟りと覚醒に満ちた人であれば、生まれる必要も無いのである。

この世は、檻の無い動物園だからである。
良い人も悪人も、全て同じ檻の中に居るのである。

これを否定出来る人が居るのなら、教えて頂きたい。
但し、いい加減な事は許しません。

過去にこんな話がある。

男は肉親の縁薄く、若い時に両親と死別。
日本各地を放浪するが、やっと美しい妻と結ばれ、しあわせの絶頂にあった。

男は一生懸命に働いた。
妻と子供に囲まれ、このしあわせが未来永劫に続くと信じて働いた。

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だが、魔の時が突然襲い掛かって来た。
それは、妻と子供の死である。

男は絶望した。
何故自分なのか?
何故こんな目に会わねばならないのか。
考えても答えは出て来ない。

毎日が地獄だった!
妻との日々を追憶する時、男は居ても立っても居られ無い苦痛にのたうち、精神が崩壊して仕舞うかと思ったほどである。

その時、男は考えた。
どんな事にも、答えは存在すると。
しかし、容易には答えを見い出す事は出来無い。

妻との思い出の部屋は埃にまみれ、あの頃の面影は無い。
男の心は荒み、涙に暮れた。

しかし、男の心を支えたのは幼い頃から続けて来た武術であった。
男は、生きるとは何かを題材に選び、文武両道を胸に學んだ《一心不乱に》

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そして、紆余曲折の後に教えられたのが、妻と子供からのメッセージだった。

人は生を生き、死を受け入れる時、真の學びに目覚める。
今、苦しみの中に居る人は、絶望してはいけない。
學びの中に居る事を知るべき、と私は考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



by kongousan-akafudo | 2018-03-17 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教780 久遠の力

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正に普遍。
皆さんもご存知の通り、地球が鉱物に依り形成されて居る事は小学生にも理解出来る事です。
しかし、何故鉱物なのかを考えた事がありますか?

それは、正に久遠《普遍》だからである。

久遠の力《くおん》は、誰でも持つ事は可能なのです。
それは、信念を確立する努力から生まれます。

人間は死んだら終わり。と考えること自体が、久遠の力を遠ざけて居る事に氣づくべきである!

ここで、魂の創生の順番をお話しましょう。

まず、人間が全ての始まりと考えるのは傲慢である。
人間がこの世に誕生した時を考えて下さい。

大地があるから、陸地、海上があります。
そして生物の誕生。
それから長い年月を経て人間の誕生。
このくらいの事は誰でも解ります。

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しかし、魂の段階で理解して居る方は少ないで在ろう。

魂は全てに存在します。

順番で言えば、鉱物霊、植物霊、動物霊、人間霊。
大別すれば以上になる。

私達の本性は、霊体なのです。

ただ肉体を持った時点で、様々な力は忘却します。
その力を呼び覚まし、現在に活かすのはあなたの努力次第である。

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自分が眼を開けず、忘却の中に彷徨えば、終生分からず一生を終えることが通例である。

そして、死後に氣づくのである。
何故、死後に意識があるのか?

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2018-03-14 06:00 | ◎赤不動明王院通信