金剛山赤不動明王院 密教

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密教549 氣使い

氣は、使うものでは無く利かすものである。

昔の言葉に、気が効き過ぎて間が抜けて居ると、よく年配の方が言われていたが、今、考えてみれば正に名言であったと思う。

相手を考え、時と場合、時と場所、全てを考慮し、氣を利かす時素晴らしい人間関係を構築する効果があります。

さりげなく氣を利かす、氣を利かす事は、本当は自身の為なのです。

昨今、自己中心的な人が増えて居る中で、氣を利かせられる人に成る事は、魂の向上に繋がります。
誰にでも、さりげなく氣を利かせられる人は、自身にも氣を利かす事が出来ます。

自身に氣を利かすとは、暴飲暴食を控え、身体をいたわり、心を磨く事に繋がります。

優しさに欠ける時代に、あなただけでも、氣を利かす達人に成るチャンスです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教548 怒り憎しみ

怒りの感情を持ち続ける時、やがて憎しみに変貌する。
憎しみの感情は、負の感情の最たるものである。

憎しみを持ち続ける者は、やがて憎しみの感情に翻弄され、我を忘れ犯罪に走る傾向があります。

その時には、もはや理性など存在しない魔物と化し重大犯罪を引き起こします。

以上ほどでは、無いが怒りの感情は、自分の周りに作用する事があります。
例えば、電気製品の故障を引き起こす事があります。
家庭内の電気製品が特に影響が出やすく、また顕著に表れ易いので、注意が必要です。

怒りや憎しみの感情は、私達の誰もが持っているある物質に作用し
電気製品などに影響を及ぼす事は世界の心霊科学では、証明されて居ります。

ここでは、模倣や詐欺に使われ兼ねないので、これ以上は、語れませんが、怒り憎しみの感情は、誰もが持ちやすい感情です。
放念するか、忘却し、皆さんが明るい生活を送る事がしあわせへの早道なのです。

負の感情など捨て去り、正の感情を育てることは、魂の向上へと繋がります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教547 因縁《カルマ》

ニュースを見て、愕然とした。
若者であろうが、動画を投稿する目的で、通行人を車で威嚇し喜んで居るのである。
これは、後に大変なカルマに成って、本人達に返って来ます!

どんなカルマが来るか、私には、解って居るが、書きません。
尋常では無い事だけは、確かである。

本人達は、軽い気持ちで犯した事が、その後の人生を大きく変えるとは、思って居ないであろう。
ただ、車で通行人を脅しただけと。
しかし、これが取り返しの付かない事故に成って居たら殺人である。

時として、イタズラがとんでもない事態を引き起こす事を知って置いて貰いたい。
殺人を犯し、逃げる為に自殺するケースが多発して居るが、罪を逃れようと自殺しても決して逃げる事など出来無いのである。

罪を犯し、自殺に、逃げた犯人の末路を書きたいが、余りにも悲惨過ぎるので、差し控えます。

カルマとは因縁、良いカルマは、徳として預金され、悪のカルマは借金と成る。
此の摂理を學び真剣に捉えて居ればわかるはずである。
罪とは、重ね重ねれば最後に待つものは、哀れな結末である。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教546 負の感情

人間は、自身が持つ感情に依り、自身を苦しめ、追い詰めてしまう事があります。

それが、負の感情である。
負の感情は、誰にでも訪れますが、案外自身の中で消化して仕舞い大事には、至らないのですが、
消化出来無い場合、精神を病む事も少なくありません。《負の感情》

負の感情は、持た無い事が最良であるが、様々な状況の中で、負の感情を抱いて仕舞うのも事実である。

昨今、人間関係が希薄であり、複雑化し様々な問題が浮上して居る現状を視るにつけ、考えさせられるのも事実である。
だからと云って、あなたが負の感情に支配され、大切な人生を誤った方向に進んでは、勿体無いと考えます。

あなたの人生は、生まれる前からあなたが決めて来た階段なのです。
然し乍ら、その階段も他からの影響を受け、変わる事もあります。
そんな時は、潔く、手放す事も勇気なのです、

手放せずに涙し、精神までも病んで仕舞えば、正に、元も子もないのです。
負の感情に支配される前に、手放す勇気が必要であり、手放した事に悩む必要もありません。

最後に楽しい言葉を贈ります。

《忘れ上手は、生き上手》

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教545 闇の兆候

闇は、自分で作り上げて居る場合が多々あります。

満足、不満足、欲しい、得られない、愛しても、愛してくれない、やったのに、やってくれない、わかってくれない。
全て、同じ意識から発し、自らを苦しめて居るのである。

また、価値観の麻痺も以上の意識低下を招く要因である。
例えば、一カ月の生活費が三十万円で満足して居た人が、稼げる様に成り、
やがて百万円を軽く考えて行く過程と同じである。

ある意味《溺れた者》哀れである。
永遠な物が無い様に、永遠な繁栄も無いのである。

常に初心を忘れず《貧しい頃》物事に対する時、あなたは、最良の選択が出来るはずである。

選択を自らが誤った時は、素直に誤りを認め、悲観せず、新たな道を模索する事である。

また、模索できる理性と叡智を身につける為に、現在を學ぶ時、其処にあるのが、御仏の慈悲である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教544 病い

肉体的病い、精神的病い。人間と生まれ、病い《病気》を経験した事が無い人は、居ないでしよう。

子供の頃、風邪をひいて、熱、咳、鼻水を流し床に伏した時、
優しい母の手が差し伸べられ、気づいたら、元気だったとゆう経験は皆さん、お持ちだと思います。

其処から學んだ事は、母の愛であり、優しさ、痛み、苦しさ、全て愛の學びなのです。
看病する者、看病される者、それぞれの違いがあっても、愛を學ぶ場を与えられたのである。

自身の痛みを知る事に依り、他人の痛みを知る事にも繋がります。
痛みを知らず、痛みを理解せず、ただ生きる者に、愛を理解する事は出来無い。

経験は、學び、実経験は、學びを深くします。
愛別離苦、愛する者との別れは、愛を知った者には、逃れられ無い事象であるが、愛を理解する事に依り、學びと変わるのである。

失う事は、辛い、失う事は、苦しい、
しかし、辛い苦しいの境涯を持ち続ける時、辛い苦しいは、執着に変わり、自身を苦しめ続けます。

愛を悟り、本当の愛を実践する時、あなたは一人では、無い事を知るのです。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教543 欲望

人間は、様々な歴史を重ねて来たが、未だ解決出来無い問題を抱えて居る。

自らの保身と欲望の為にミサイルを発射したり、他国を威圧したり、欲望にまみれた餓鬼そのものである。

やがて、その欲望は他国を巻き込んだ時、どんな事態が起こるか、皆さんは、想像した事がお有りでしょうか?
とどまるところを知ら無い欲望と云う闇は、私達に脅威と成り、覆い被さる様に迫りつつある。

欲望は、私達の中にも存在しますが、自身を律する事で、解決します。
しかし、巨大な力《権力》を有した時、元々、餓鬼畜生の素量を前面に押し出した時、人間は、人間では、居られないのである。

欲望は、大なり小なり、誰にでもある。
昨今、日本の犯罪も欲にまみれた結果、重大犯罪に結び付いて居ます。

今、必要なのは、一人一人が自らに置き換えて考える時では、無いでしょうか。
最早、対岸の火事を眺めるが如しでは、無い事を自覚し、自分の出来る努力が必要だと考えます。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教542 生きる目的

人は、それぞれに生きる目的を持って、生まれて来たのです。

しかし、やがて世俗の垢にまみれ本来の目的から逸脱し、
ある者は物質的価値観に身を委ね、ある者は、真理を求め探求の山に登る。

人の一生とは、長い坂をある時は上り、ある時は下り、やがて自身の生きる目的に氣づくのです。

大切なのは、自身の目的に氣づいた時、素直に自身を認め、學ぶ事である。

諸行無常、形あるものは、何時かは滅し、永遠に残る物など無いと知り
、自らを律し、真理を學ぶ時、光明が照らされ、自身の道に氣づきます。

人間は、長短の違いは、あれど何時かは帰幽する日が訪れます。

その時に、自身に恥じぬ生き方こそ、後悔し無い生き方では、無いでしょうか。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教541 心の疲れ

人間の性格《性質》は、様々ですが、今日は、一点に絞り、お話しをさせていただきます。

精神的な病いで苦しんで居られる方も少なくない昨今、
他には、言えず一人で悩み、苦しみの渦中に居られる方に、今日の記事を送ります。

心の疲れは、ある日、突然やって来た様に思いがちですが、憑依を除けば、真面目過ぎたのです。
ここまでは、やろうならまだ良いのですが、ここまでは、絶対にやるは、やがて自身をやるが、絞り上げてしまうのです。

人間は、生身、過度の疲労が蓄積する時、精神と肉体の均衡が保てない状態になり、ネガティヴ思考に捉われる様になります。

ほどほどの心
頑張り過ぎず、さりとて、怠けるでも無く、自身の環境と状況を精査し、物事を進める時、ほどほどの心を捉え理解、出来るであろう。

ほどほどの心は、決して自分に甘いのでは、無い。
自身の限界を知り、理性的な自分を確立する為である。

古い諺に、過ぎたるは及ばざるが如しとある様に、何事も度が過ぎれば、益には、ならないと言う教えである。

肉体と魂の理を知り、生きる時、あなたは、真の調和に氣づくことでしょう。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教540 豊かに生きる

あなたにとって豊かさとは?

物質的豊かさには、限界が必ず訪れます。
例えば、使い切れないほどの富を得た時、あなたなら何をしますか?
好きなものを買い、贅沢に暮らしますか。

私がまだ、青年僧侶だった頃、こんな経験をしました、以下は、その時のお話です。

ある施設《孤児院》で私が紙芝居を使い、子供達に御仏の話しをやさしく、楽しく教えて居りました。
子供達は、私の事を一休さんのおじさんと呼んでくれて、紙芝居を楽しみにしてくれました。

そんなある日、園長先生から、ある事実を伺い、紙芝居の内容を変えました《極楽浄土に関して》
まだ、幼い六歳の子が小児癌に冒され近々、入院するとお聞きしたからである。

私とその子は、特に親しく、私は我が子の様に想っていたので、何も出来ない自分を恥ました。
それから入院したその子の病室に毎日のように通い、話しをしました。

小児癌は、成人の癌より、進行が早く、最後の日を迎えました。
私は、付き添い優しく話しました
「何も怖く無いよ明るい光が見えたら、その光は、仏様の光、
暖かく優しい仏様が迎えに来てくれたのだから、安心しなさい」と話しました。

すると、眼を閉じて、光が見えた温かいよ〜、と言って息を引き取りました。

生まれて来てから、何一つ良い事を味わうこと無く、行ってしまったあの子を思い出す時、私は、次の事を考えます。

何故、生まれ、何故、生きるか。

この命題を長年、考え追い求め學んで来ました。
そして、全ての答えは、學び生きる事にあると知りました。

私も歳を重ね、先に行った人達に逢える日がやって来ます。その日を楽しみに、學びの日を過ごして居ります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-05-21 06:00 | ◎赤不動明王院通信