金剛山赤不動明王院 密教

akafudoumyououin.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 03月 ( 29 )   > この月の画像一覧

密教492 尊敬、敬愛

私の若年時代は、しあわせである。

唐手の師匠、剣術の師匠、古武術の師匠に教えを頂き、
父母亡きあとには、法華経の師僧、密教の師僧に教えを賜わり、現在があります。

そして、敬愛する文学者の諸先生方に教えを賜わり、感性の大切さを學ばさせて頂きました。
思えば、各、諸先生方には、尊敬と敬愛の念を禁じ得ません。

拙僧も早、上記の諸先生方の御歳に近づき、回想するも、
人間にとって、尊敬、敬愛の念が如何に大切であるかを再認識して居ります。
文武両道、何方が欠けても、今の自分は、無かったとしみじみと考える今日この頃である。

人間には、波長の法則が付き纏い何人なりと此の法則から逃れる事は、出来ません。
心に尊敬と敬愛の念を持つ者には、師の導きがあり、心に卑しさを持つ者には、餓鬼がまとわりつく、
これは、変えがたい法則のなせる業である。

しあわせを望まぬ者は、無いが、真にしあわせを望むのであれば、先ず、尊敬と敬愛の念を學び持つ事である。
しあわせを実現する事は、容易である。
自身を認める時、しあわせは、駈歩であなたのもとにやって来ます。

しあわせは、追うものでは無く、招き入れるものである。
招き入れ方は、簡単明瞭です。敬い尊ぶ心を養えば良いのです。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教491 報恩謝徳

恩に報いることに依り、様々な謝徳を得ると云う事は、古来依り受け継がれて来た美徳であります。

例えば、自分は、御返しが頂きたくてやった事では無いのに、
考えもしなかった出来事で幸せな生活を得る事が出来た。
これは、正に報恩謝徳である。

私達は、ともすれば、見返りを望んでしまいますが、我が子に対して、見返りを求めますか?
そう見返りを求める事は、無いでしょう。
正に無償の愛があるからです。

見返りを求めて行う行為は、傲慢であり、物質的価値観と言わざるを得を得ません。
結果を求めず、結果を追わず、常に感謝し生きる人は、幸いである。
その逆に、こうして、ああして、やったのにと考える時、其処には安心どころか、不幸の種が芽生えて居るのである。

一度、不幸の種が芽生えて仕舞えば、尋常一様な事では、刈り取ることは、出来ないのが現実なのです。
この世《現界》に生を成し學びに意欲を燃やして居た時の自分を思い出すことは、容易です。
自分が詰まらない小我を棄て、本来の自分に戻り、素直な心で、自身を認める時、
報恩謝徳の意味を理解出来るのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教490 御刀供養

以下は、御刀供養にまつわるお話である《依頼者の了解済み》。

古来依り、刀は、武士の魂と申しまして、大切にされて参りました。
今回、依頼のありました御刀は、さる名家の家に伝わる御刀であります。
刃渡り80センチの業物で銘も立派な名刀である。

私は、作法にのっとり、御刀を供養申し上げました。
その結果、思わぬ幸運が名家に《依頼者の元に起こったのです》もたらされたのである。

依頼者は、真面目一方な性格で、浮いた噂も無い親孝行な方である。
そして、家にある刀が錆び朽ち果てる事を哀れに想い私の寺に、お持ちになられました。
しかしその刀は、血刀だったのです。

私は、刀をねんごろに供養し研ぎ師さんと相談をし、元の美しい輝きを取り戻すべく、努力を続けて居りましたところ、
正に驚くべき結果が訪れたのです。

何と、結婚が決まったのである。
今まで結婚など諦めていた依頼者が、一生の伴侶を得たのです。

私は、過去にも数回、同じような経験をして居るので、解ります。
刀には、魂が宿り、そして刀の本懐は、良き主人に仕える事が刀の本懐なのです。
言わば、今回の事は、刀の恩返しと云うべき結果なのです。

古くとも良い物には、昔から魂が宿り、持つ者を守護します。
古くて良い物を大切にする心こそ日本人の美徳では、無いでしょうか。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教489 心霊現象

心霊現象は、何故、起こるか?
それは、霊と成った者が現界の私たちに送るメッセージなのです。
メッセージの内容を知れば、怖れる必要も何もありません。

以下に一例を挙げれば
①遺族に自分がやり残した事を伝えたい。
②愛する人へのメッセージ
③物品への執着心
④危険を知らせたい一心様々にありますが、
以上の事は、一心を込めて向き合えば、遺族の方なら分かるでしょう。

以下は、上記以外の現象を基軸とした場合に起こる危険な事である。
①ラップ現象《騒霊現象》
②物品消滅現象
③悪臭現象
④異様な心霊写真《撮影》
まだありますが、代表的な例題を挙げて見ました。

以上の場合には、冷静沈着が最も必要であると共に、後の行動がその後の結果を大きく左右する事が多々あります。
先ずは、事象を記録し、然るべき機関に依頼する事《信用の出来る機関》素人判断は危険です。
同時に科学的検証が必要であります。

以上の項目を具備し多方面の検証が不可欠です。
いたずらに騒ぎ立てる事は、返って事を悪化させる事に繋がり易いので注意が必要です。

どんな事でも、先ずは冷静に対処する事が良いと私は考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教488 貧富

貧を知らずんば富を知らず。
貧しさを真に學ぶ時、富の本質を知る事が出来ます。

富を得る事だけに走れば、物質的価値観に翻弄され、本来の人間としての學びを失い
常に枯渇した心に自らが苛まれ、人間としての尊厳をも失うであろう。

富む者は、貧しき者を救い勤勉に勤める。
此の理想が実現化する時、犯罪も妬みも無い世界が具現化します。

しかしながら、現実化されないのも人の世であります。
富を持つ者は依り多くの富を求め、貧に喘ぐ者は富を妬み富む者は貧する者を蔑むのが現状である。

しかし、人間には一つ平等が存在します。

それは、死である。
どんな富豪であれ、貧する者であれ、必ず死を迎えます。
死から逃れることは、何人たりとも出来ません。

そして、死する時、何一つ持って行く事も出来ません。
お金も家も、形ある物は、現界に残していくしかない。
泣いても笑っても、其処には貧富の差も存在しません。

但し素晴らしいものを土産にする事は出来ます。
感動です。
様々な経験を積んで来たあなただから出来るのです。

経験を感動にに変換する時、最高の土産に成るのです。
何処への土産か?
霊界で待つ仲間への土産であります。
あなたが現界に旅立つ時、涙で見送ってくれた仲間が次は優しく拍手で迎えてくれるのです。

全ての真理を知る時、貧富の差など無かった事を知るであろう。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教487 心の筋トレ

昨今、心無い仕打ちに傷つき、精神を病む方も少なく無いと思いますが
現界は、様々な階層《魂の階層》から降りて来て、學び合う場であることを理解することが出来れば、
あなたは飛躍的に成長します。

私たちは、ともすれば被害者意識に捉われ、自身を悲劇の主人公にし、本質を見誤る事がありますが、
此れこそ自身を悲劇に落とし入れる事に成り兼ねません。

自身を真摯に俯瞰する時、理解することが出来るよう全ての事象は自身の中で起きているのです。
人間不信に陥る様であれば、孤独に成るのではなく孤高に生きれば良いのです。

孤高とは、気高く生きる事である。
気高くとは、自身を磨き、生きる事であります。

仕事は、生きる糧を稼ぐ手段であり、心を病む場ではありません。
心を病むほど苦しいのであれば、転職することをお勧めします。

そして、自身が本当に學びたい事に時間を費やし自身を磨く事に全身全霊をかけ生きる時、
あなたの前には未来が開けます。

人生は、魂の筋トレなのだから。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教486 愛の學び

男女の交際から始まり、結婚。
人生は、巡り会いが転機と云えます。

そして、想いも様々です。
仲の良い時、口喧嘩、性格の相違、価値観、信仰、心情と様々に相違点が出て参ります。
それは、全てあなたが選んだ道であり、正しくは學びなのである。

夫婦は、人生の中で一番近い學び相手であると私は捉えて居ります。
深く考えれば、これほど素晴らしい関係は、他に類を見ないでしょう。
病いの時は助け合い、貧しい時は分け与え、老齢に成れば慈しみ合い、
正に人生に於いては、究極の學びこそが夫婦関係ではないでしょうか。

これから夫婦関係を構築しようと思う方は、相手をどこまで深く理解出来るか俯瞰する事も大切ではないでしょうか?
そして、一度契りを誓ったら邁進するのも道であり、學びなのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教485 雙身毘沙門天法

《ソウシンビシャモンテン》法は、一般には知られて居ないが本流は、傳法院流、勸修寺流に相傳が実在して居ります。

尊像は、合掌し輪を持つ仏が吉祥天、独鈷を持つ仏が毘沙門天と成すのが雙身毘沙門天であります。

浴油法、浴酒法を持って修法を実践します。
また、別法も存在しますが、此処では伏せ置きます。

現在では、修する方《僧侶》も少ないですが、素晴らしい秘法なので、
密教を學ぶ方には、學んで頂きたいと常々望む次第であります。

当院では、この度、浴油、浴酒法に耐え得る尊像を製作して居ります。
皆様の修行の手助けに成る様、精魂傾け製作に臨みました。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教484 双身毘沙門天

一般には、ほとんど知られていないのが双身毘沙門天尊像である。

何故か? 一度修すれば、その効験の凄まじさに、他に知られては困ると考えられたのです。
そして、双身毘沙門天法の経典も知る者も少ない経典である。

弘法大師空海が経典として遺されて居りますが、
真髄と言われる経典は、伝燈大阿闍梨でも一部の大阿闍梨しか知らない大法である。

当院では、現在、双身毘沙門天尊像を古式に則り復元製作中であります。

あるオークションでは、銅製の双身毘沙門天像が四十万円で売買されて居りましたが
その尊像には致命的な欠陥が有りました。《足が埋もれた作りの粗悪品》

当院で製作中の双身毘沙門天尊像は、四本足で独立したお姿で製作して居ります。

四本足で独立したお姿を製作するには、並大抵の技術力では不可能と考えます。
当院では、広く皆様にお分けする事に依り、密教の興隆に繋がれば幸いと考えて居ります。

密教を學ぶ方々や美術的観点からお求めに成る方々にも、お授け申し上げます。
本物の経典も、順次、お授けする予定であります。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教483 秘仏

本当の意味で秘仏を知る人は、一般人では皆無であろう。

例えば宇賀神尊は、弁財天経の中に大変おめでたい仏と記されて居る事はお好きな方は御存知であろう。

専門的な知識となれば、知らなくても当たり前であるが
誤った流言飛語をまことしやかに語る者も多いのも事実である。

当院には、宇賀神尊の専門秘密経典を秘蔵して居るのも事実でありゆくゆくは、全て出版予定であります。
そして、世に真価を問う事に成るでしょう。

間違った解釈は、世に害毒しかもたらしません。
当院の出版する経典は、全て原文で出版します。 そ
そうする事が間違った解釈を打破する最良の方法と考えての事であり密教の正しい解釈にも繋がると考えての事である。

そして、そんな物など存在しないと言う者が現れてもつまらない議論にもならない証拠と成ることは、自明の理であります。
また、真摯に學ぶ方々の教科書にも成ると考えて居ります。
私の秘蔵する経典群は、全て本物である。
大学に鑑定して頂いても構いません。
私の夢は、一人でも多くの方々に正しく密教を理解して頂きたい。
ただそれだけであります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2017-03-21 06:01 | ◎赤不動明王院通信