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密教388 気は使うものでは無く

気は使うものでは無く、氣は利かすものである。

昔よく使われた言葉に、気が利かない奴、気を使わない奴、気を使え無い奴と、様々に他を揶揄する言葉がありましたが、今は死語の様である。

現代は正に、自分本意の時代。
他人の事より自分の事。
嫌なら辞める。
しかし、嫌なら辞めるが、出来ているうちは良い。
しかし、誰でも何時までも若く、チヤホヤされてている時は短い。
人間は、老いれば容貌は変化し、身体能力は衰え、気持ちは急ぎたくても、身体がついて来ない状況は必ず来る。
その時に、氣が利かない生き方をして来た人は哀れである。

何故か?

全て、他人の責任に転化するしか生きる術が理解出来無い、自己中心性しか兼ね備えていないのです。
従って、他人に迷惑を掛けていると云う、意識も理性も培われていない。
自己中心的な生き方が背景に特化し、自己憐憫に駆られ、自分に甘く他人にきつい性格になる。

氣は利かすもの。使うものではない。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2016-11-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教387 盟友

私の寺は、無宗旨、無宗派の単立寺院です。

今、私の寺には、大勢の僧籍にある人達が訪れ、盟友と成り、輪を広げ、信仰を広げております。
霊的真理は、宗旨宗派を超えて、仏教界に広まり始めています。

そして、従来の殻を破り、生きるとは何か、を霊的観点から真摯に取り組んでいます。

生きる事とは何か?
生きる事は、決して楽ではありません。
しかし生きる事に意味がある。

人間関係、老い、病、貧困、様々な命題を、超えねばならない。
この難題に取り組み、答えを出すことが人生である。

我々僧侶は垣根を超えて學び合い、精進して行く事が大事であると考えます。
そして、皆さんの支えたる人格向上を図るのも、僧侶としての使命であり勤め、と私は考えます。

これから、沢山の盟友と共に學びを深め、皆さんに安心して頂ける僧侶軍団を目指し、邁進して参りたいと考えます。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2016-11-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教386  霊的な友

殺伐とする人間関係の中で、疲弊する心を癒してくれるのが動物です。

何故か?
私達も、人間に転生する前は動物だったのである。
その中でも特に、人間と関わりが深いのが犬であるのです。

また、日本中にある伝説に多く登場するのも犬。
まさに隣人である。

特質すべきは、その能力である。
嗅覚、聴覚に至っては驚くべき能力を有しています。
そして、霊的能力にも秀でた力を持っているのです。

有名な話では、戦争中、日本陸軍が犬を使い、兵器としようとした事実があるのです。

敗戦により闇に消えたが、犬は様々な場面で人間に関わり、癒しの代名詞でもあります。

人間関係で傷つくあなた。
あなたは、一人では無いのです。

霊的友は、人間だけではありません。
あなたが求めれば、霊的友に巡り会うことも出来るのです。
孤立し、人間関係に疲れた時、あなただけの霊的友を見つけては如何でしょうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2016-11-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教385 御霊刀

古来、日本には御霊刀が存在し、民を害し国を脅やかす怨霊を退治してきました。
正倉院の宝物には、それを裏付ける数振りの太刀、剣が現存しております。

また、伊勢神宮、熱田神宮、その他、神社仏閣には、古来依り伝わる御霊刀が今もなお伝えられております。
そして、御霊刀を発動させる為の法《神事、祈祷法》も修されていたのです。

しかし、現在では知る者も少なく、語り継ぐことも皆無に等しく、忘れられて来たのです。

それは、何故か?
戦後のアメリカによる、植民地政策の日本非武装化に起因しています。
その結果、日本は、霊的にも無力化して行ったのである。

然るに現在、巷には悪霊《悪鬼羅刹》が蔓延り《人間の姿はしているが鬼畜の所業をする者》幼い命を奪い、善良な人々の命を脅やかし、傷つけている現状が存在しているのである。

昨今の犯罪事情を冷静に判断すれば、その異常さは誰にでも解るはずである。
最早日本には、霊的結界は存在しない。

当院では、古来依り伝わる御霊刀を屈指し、加持祈祷をして参ります。
当院では、霊障に合わせて御霊刀を変えております。
以下は、その数々でございます。

摩利支天刀《真剣》不動剣《真剣》不動明王破邪の剣《真剣》をお祀りして居ります。
尊剣による、加持祈祷もお受け致しております。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2016-11-26 06:32 | ◎赤不動明王院通信

密教384 霊的落とし穴

私は、霊的落とし穴に堕ちた者を数多く観て来ました。
その経験を元に自身を戒め、生きて来ました。
霊的落とし穴は、何処にでも存在するのです。

ある一人の者が霊的落とし穴に堕ちるまでを、振り返りながら書いて参ります。

彼女は、ごく普通のOLでした。
占いや心霊的な事が好きで、よくパワースポットと呼ばれる所にも行っておりました。

彼女が変わったのは、ある古書店で一冊の本を買ったことがきっかけでした。
それが引き金になり、劇的に変化して行きました。

それから彼女は様々なプロと呼ばれる人の所に通い、怪しげな事を信じ、自身も実践し、のめり込んで行ったのです。

そして、彼女が選んだ道は、金の為に呪い屋に身を落としたのです。
確かに、呪い屋ほど金になる商売は他に無いだろう。

しかし、遣ればやるほど、続ければ続けるほど、魂は穢れ、もう二度と、正常な道に戻る事は出来無いのである。

そして、彼女の訃報を聞いたのは、彼女が呪い屋になって三か月位後のことでした。
金の為に金の奴隷に成り下がる時、人間は人間では無くなります。

私が知った彼女の末路は、余りにも悲惨なので書くことを控えますが、彼女の今は悲惨を極める事に成ったのである。
金は、真面目に働き得ることに意味があり、其処に學びも生じるのである。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2016-11-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教383 事象と実相

今、様々な事件事故が多発しておりますが、これらは全て偶然では無いのです。

12月になれば、また増える事になるでしょう。

何故か?
国乱れれば、民乱れる。

原発事故は、当初早急に終息させると国は明言したにも関わらず、未だ完全終息にはほど遠い状態です。
しかも、抜本的な方法論もない、うやむや状態であるのです。
国民も原発事故を忘れかけている。

今の状況は、誰が見ても明らかです。
其処に、蠢めくものが居る事を知るべきである。
今の状況は、決して安穏としていられる状態ではありません。
結果、考えられ無い様な事象が発生するのです。

今や、この国の安全神話は完全崩壊して居る事を知るべきである。

これから益々、不可解な事件、事故が多発するでしょう。
その渦中に自分はいない。大丈夫だ。と言い切れる方は、どうぞそのままで。
不安を感じる方々は、真の學びに向かい、精進する事をお勧めします。
《愚者は、経験に學び、賢者は、歴史に學ぶ》
過去の出来事が私達に教えて居ます。

このまま、ながら的な生き方をすればどうなるか?
私が言っている事がキチガイ坊主の戯言とお考えの方は、どうぞ、そのままお過ごし下さい。

學びを深めたいとお考えの方は、その瞬間から天がお味方されます。
學ぶ事は、難しい事ではありません。
素直に理性的にお考えになれば、簡単に分かります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



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by kongousan-akafudo | 2016-11-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教382 行ってはいけない場所

私達の周りには、行ってはいけない場所がある事を皆さんはご存知ですか?

例えば、廃墟となった病院跡などは、面白がって肝試しの場によく使われますが、絶対にやっては行けません。
最も危険な区域が、事件現場である。

其処には強い想念が残り、その想念により浮遊するものが引き寄せられて来るのである。
あなたが、他人から存在を認められずに、ただ遊びの如く扱われていたのなら、あなたは平常に居られますか?

其処に棲む、霊的存在も同じです。
遊びで、霊をオモチャにしてはいけません。
生きていようが、死んで霊体に戻ろうが、意識は生きている時と何ら変わらないのです。

変わったのは、肉体が有るか無いかだけの事なのです。
其れを理解出来ていれば、上記の様な事は出来ません。

私は、何度もブログに書き、教えて来ました。

學ぶか學ばざるか?
全ては、自由です。

日本は霊的後進国ですが、自身まで霊的無知になる必要はないと氣づいて下さい。
學びは、あなたの近くにあるのだから。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝




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by kongousan-akafudo | 2016-11-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教381 秘仏降臨

密教には、様々な秘仏が、存在しております。
しかし、日本特有の秘密主義により一般公開をされず、知られていない秘仏が沢山おいでになります。

当院では秘仏にスポットを当て、広く皆さんに知って頂く為に、現在大仏師の力をお借りして、現在に蘇って頂く為に尽力しております。
順次、純銀にて謹製し、皆様の信仰の糧にして頂く為に、製作中です。

秘仏は、一般の仏具、仏壇店では取り扱いをしておりません。
また、扱いのある仏壇店では、一体70万円からと非常に高価な物であり、中々入手は困難で御座います。

当院では、皆様が密教に取り組み易くする為に安価でご提供申し上げます。
密教の本義は、一般の方々が學び、喜びに溢れて頂く事が願目であり、誰でも學べるのが密教であり、遠き門ではないのです。

なかでも秘仏は秘密主義に護られ、普通の方が眼にする事さえ無いのが現状です。
私は敢えて、皆様の向学心を開花させて頂く為に秘仏を公開し、密教の深遠さに触れて頂く為に、秘仏を作り続けます。

もう、秘仏は、秘仏に非ず。

皆様の信仰本尊として、子々孫々に至るまで受け継がれる秘仏を、私は提供していきたいと考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝






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by kongousan-akafudo | 2016-11-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教380 障害とは 何か?

自分と違うから変、おかしい、様々な捉え方がある。
私は、ある集まりで激怒した事がありました。

それは、ある女性教師が発達障害の子供を指して《発達君》と表現したのです。
愛称のつもりだったのであろうが、これでは《 障害君 》と言っても同じ事だと言う事を理解していない。
だから、《 発達君 》という言葉が出るのである。
障害のあるお子さんをお持ちの方が、聞いたら悲しまれます。

想像力の欠除が、今の日本の現状なのです。

私は、常々言っております。
人間に、障害などと言う事は無いと。
あるとしたら、それは上から目線の傲慢さが産む錯覚である。
《障害は、立派な個性である》

個性と認知する時、どんな人間にも、個性は存在し、ことさらに障害などと問題視する必要など無い。
問題視するのは、傲慢である。

自分は、普通だから。
うちの子は、普通だから。

では、何を指して、普通と言い切れるのか?

もし、自分の子がイジメに参加していたら、イジメをする子供が普通ですか?
私は、その子は心が病んでいる。と判断します。

早稲田大に入り、女性に酒を飲ませて強姦に及ぶ若者《馬鹿者》
そんな輩が普通ですか?
これこそ、理性のかけらも無い暴徒である。

様々なデモに参加し、イデオロギーを振りかざし、騒乱を利用して略奪を繰り返す者が五体満足な者ですか?

ダウン症でありながらも、書家と成り活躍している少女は、清い心を書に表し、観る者に感動を与えております。
天才絵師、山下清画伯の絵を再現出来ますか?
批評出来ますか?
本来、全ての人は、兄弟であり、共に學び合い、助け合う仲間なのです。

障害者など存在しません。
障害は個性であり、勇気ある魂なのである。
障害者と思う者こそ、傲慢な心の障害者ではないでしょうか。

分かち合い、助け合う時、調和に包まれた、慈愛の世界が生まれるのである。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝




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by kongousan-akafudo | 2016-11-21 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教379 受験

この時期、様々な場所で色々な受験が行われています。
進学、就職、受験生にとって、正に試練の時です。
しかし、本当はその試練を喜ばなくてはいけません。

皆さんと同じ様に、試練を受けたくとも受ける事すら出来ない人も存在しているのです。

とかく人間は、自分の立場に溺れ、自分を主張する傲慢さに翻弄され、人生を見失う者も少なくないのです。
甘えと傲慢は紙一重であり、自分を律する事が難しくなる時があります。

そんな時、思い起こして貰いたいのです。

誰の為に試練に臨むのか?
何の為に試練に臨むのか?
それを理解し、試練に臨む時、必ず見えてくる結果があります。

怠惰と傲慢の中にいれば、見える事も見えず、理性的に捉える事など、到底出来るものではありません。
感謝と理性を向上させる事に、氣づいた者は幸いです。

その逆に、自分本意な生き方を選び、怠惰と傲慢の海に溺れる者は、人生を無駄に過ごし、最後には死の恐怖に怯え、大切な人生を無駄に過ごす事になるのである。
あなたは、どちらを選びますか?

人間には、寿命があります。
もっと生きたい、もっと遊びたい。
もっと楽しみたい、もっとお金持ちになりたい。
もっと、もっと、と追い求めても、何時の日か確実に死は訪れます。

私は、皆さんに、死を恐れない、楽しい人生を歩んで貰いたいと考えます。

楽しく、自身が満足出来る生き方こそ、最良の人生であり、誰もが望むことではないでしょうか。
それが、御大師様が伝えられた密教には存在します。

學ぶか、學ばざるか?
全ては、自由選択である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2016-11-20 06:00 | ◎赤不動明王院通信