金剛山赤不動明王院 密教

akafudoumyououin.exblog.jp
ブログトップ

<   2016年 05月 ( 35 )   > この月の画像一覧

密教207 じいちゃん先生《体験記》

良い事を喜び過ぎてはいけない。
自分にとって良い事は、ご褒美なのです。

例えば、勉強が好きで好きでたまらない人は、少ないですよね。
良い事は、一生懸命にやった事への霊界からのご褒美なのです。

その逆に、自分にとって嫌な事は學びなのです。
嫌な事を、怖れてはいけない。
嫌な事は、あなたを成長させる為のお計らいなのです。

嫌な事に、泣いて逃げてはいけない。
霊界は、あなたが耐えられない事は与えません。
嫌な事は、あなたの勉強なのです。

そして、あなたが強く生きる時、霊界はあなたの力を見極めて新たな試練を与えます。
その試練を乗り越えた時、あなたには素晴らしいご褒美が待っています。

今、嫌な事から逃げられても、必ず嫌な事は帰って来るのです。
あなたが、一つ一つと解決し、乗り越えた時、知らず知らずのうちに、あなたは強く成って居るのです。

諦めては、いけません。
人生は長い学校なのだから。

しっかり學んで、沢山のご褒美を貰いましょう。
私は、これを読んで理解したいと思う人の側に居ます。

そして、自分で解らない事や、どうしても我慢出来ない時は、じいちゃん先生に相談して下さい。
あなたの輝く未来の為ならば、じいちゃん先生は、骨が舎利に成ってもあなたを助けに参ります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-31 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教205 奥義

私は、当年六十三歳になりますが、ようやく奥義とは何かを理解し得た気がします。

密教の奥義は、安心立命するところに即身成仏が成立するのであるのです。
簡単に言えば、安心を得る事が無く苦しみの中にいれば、學びは絶え、苦界と成ります。

また、苦界から救う手段が加持祈祷力であり、苦しみから救う手段でもあるのです。
例えば、腹痛を病む人に食べ物を勧めても意味が無く、頭痛に喘ぐ人に思想哲学を説いても、無用の長物。

必要なのは、まず痛みを癒す事。

痛みは人を変え、人格をも変貌させます。
《精神も同じ作用と考える》

密教の秘法は、腹痛、頭痛を癒す事と同じなのです。
様々な苦界から、救い上げる為の方法論であり、妙薬と私は信じます。

精神と肉体は歯車と同じ。
片方が誤作動を起こせば、正常な働きは出来ません。

また、欲も同じである。
ある程度の欲は學びを欲し、欲が過ぎれば餓鬼と成る。

全ては、両輪が円滑に作動し、作用する事に寄り可動します。
欲を過度に否定しては學びを嫌い、欲を肯定し欲すれば學びを失います。

全ては程々に、喜びを感じ過ぎれば我欲を呼び、破滅を呼びます。

分かち合う時、本当の奥義が其処にあるのではないでしょうか?

私達は、本来霊的存在であり、霊界の法則の中に生かされて居るのです。
密教は、霊界の法則の中に有ると考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教206 平等利益《びょうどうりやく》

求めれば与えられると解釈されますが、真の平等利益とは、大儀では拝む者に仏が与える利益《りやく》です。

しかし、本当のところは違うとお応えするしか御座いません。
利益を求め、様々な場所に足を運び、拝んでも、利益は得られ無いのです。

本当の利益は、一心に礼拝供養する事が肝心なのです。
然りとて、一般の方々が、作法次第にこだわり、こだわり過ぎて本質を理解出来ず、違った方向に向かって行ってしまうケースを多々見受けます。

しかし、それもその方が選びし事。
私がとやかく言う氣は、微塵もありません。

批判は批判を生み、怒りは争いを生み、争いは破滅を生むのです。

私の中で、正しい礼拝供養は、御本尊様に仕え生きる事であり、道具として、役目を果たす事。
それ以上でも無ければ、それ以下でも無いのです。

礼拝供養とは、心から御仏を敬い尊ぶ事であり、我欲を満足させる為におこなっても、何も生まれ無いのです。
それ以上でも無ければ、それ以下でも無いのです。
常に、御仏とある生活の中にこそ、平等利益が存在するのです。

本当の御仏は、あなたの心の中に居るのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教204  じいちゃん先生奮戦記②

痛ましい事件が、勃発しています。

子供達には、本質的には悪意は無いのです。

今、世界に蔓延する想念⁉︎
それは怒りのエネルギー。

私達は知らず知らずに、怒りのエネルギーを放出して居るのである。
あの人が嫌い、あいつは嫌な奴だ、あの人がいなければ?
其処にあるのは、學びであり、成長なのです。

しかし昨今の事象は、少し違います。
何が違うのか?

怒り《小我》なのである。
処にあるのは、自分優先。

自分を優先することは、他を退け顧み無い心。
其処には、愛は存在しません。

あるのは、思い通りにならない怒りしか無いのです。
人間に必要の無い感情は、怒りである。
怒りのエネルギーは強く、全てのものを巻き込みます。

子供達は、怒りのエネルギーを知らず知らずに蓄積し、自身も訳も分からず苛立ちを覚え、非行、不登校、引きこもり、家庭内暴力、他、様々な感情に翻弄され、悲しみの中に居るのです。

世のお母さん、お父さん、子供達を抱きしめてあげて下さい。
そして、自身の子供時代を思い出して下さい。

其処には全ての答えがあります《子供、目線では無い》
純粋に我が身の子供の頃を考えれば、其処にあるのは子供心です。

子供が何を考えて居るか分からない、では無く、自分が子供時代を振り返り、思い出し、子供達に接して下さい。
子供は、あなたしか頼る人はいないのだから。

甘やかすのでは無く、怒るのでは無く、そっと寄り添い、心を通わすだけで、子供達には解ります。
自分が愛されて居る事が。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教203 じいちゃん先生《奮戦記》

私は、じいちゃん先生。

毎日沢山の依頼を受け、奮戦して居る。

私は我が子を二人亡くして居るせいか、子供達の頼みを断わる事が出来ない。
ワンちゃんの葬儀から、金魚の葬儀も、マジメに取り組んできた。
それは、小さな依頼者の頼みだから引き受けたのが本音である。

子供達は、純粋です。
そして、優しいのです。

子供達は、知って居るのである。
命に区別も、差別も無い事を。

私は、子供達が大好きです。
私はこの純粋な魂を、この老骨に鞭打っても護り通します。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教202 厚顔無恥

厚顔無恥とは、詐欺師の総評である。
他人が苦心惨憺して完成させた物を、自分が創始したかの如く見せかけ、他を欺き、利益のみを飽食する行為は餓鬼道也。

自分は、労せずして奪う。
正に、餓鬼。
畜生の類いである。

人間界《現界》の罪は、免れても、霊界には浄玻璃の鏡が存在します。
スピリチュアリズムの表記ではアカッシックレコードと言い、現界での自身が犯した事は全て記録されています。

その機能は、スーパーコンピュータを遥かに凌ぐ性能です。
この事は、世界の霊能者が認めて居る事実であります。

お疑いの方は、自身で心霊科学書を紐解いて頂けば、私が言う事が事実である事がお解り頂けます。

私は、自信を持って明言します。
厚顔無恥な行為は、身の破滅であると、、、。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教201 怠慢

特権意識が生む怠慢が後を絶た無い昨今、今度は警察の怠慢が明らかになった。
偽装、搾取、怠慢、次は何が出て来るのか?

上流から流れる水が穢れていれば、下流の水は腐敗し異臭を放つ。
其処に暮らす私達は、最早自浄する他は無い。
自浄し、自衛し、自らで判断するしかありません。

これから、益々増加する様々な事態に対応して行かねば、大切な人は護れません。

危機感の欠除は様々な悲劇を生み、呼び寄せる結果にも成っています。
我が身と大切な人を護れるのは、最早、自分しかない事に氣づくべきと私は考えます。

物的自衛、精神的自衛、霊的自衛を意識しなくては、到底この事態に対処出来なくなるでしょう。

私は大丈夫とお考えの方は、ご自由にされると良いのではないでしょうか?

私は、武術家であり僧侶。
護ります。
私を頼りにする、方々の為に。
私が、出来る限りの法を屈指し、護ります。
そして、學びを通して伝えます。

法則とは、何か?
何故、學ば無くてはなら無いのか?

私の知る限りを伝えます。

現状を鑑みれば、魔窟が存在して居る事は、好むと好まざるに関わらず、皆さんは実感して居るのでは無いでしょうか?

尊い命が失われ、若い命が危険に晒されて居る現状は、最早異常事態なのである。
少し前まで、平和日本とマスコミが言っていた頃、私達は危機感を覚えていたのです。

私は再三再四、声に出し、訴えて参りましたが、耳を傾ける人は僅かでした。
しかし、現在は沢山の方々が理解、賛同して下さり、私の運動に協力し、応援を頂いて居ります。

これからは私塾を通して、活動を強化し、少しでも助けられる人を増やして参ります。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教200 魂の未熟

連日発生する、事件事故は魂の未熟さに依るものが大多数であります。

魂の未熟さには、ある理由が存在する。
これを説明する事は、此処では難しい。

何故ならば、様々な要因が絡み合う法則を、僅かな文章では伝え切れないからです。

当院の密教塾では長年、上記の事柄を講義の中で咀嚼し、解説しております。
全ての事柄には、必ず法則が存在致しますが、現代社会では忘れ去られ、學ぶ者も少ない。

その答えは、全て経典に書き記されているのです。
しかし、解説し教える者が少ないのが現状で御座います。

この法則は両刃の剣と同じく、解釈を間違えば大変な事にもなり兼ねません。

例えば、密教経典の理趣経などその典型であろう。
《色、空、生》を教えて居るが、捉え方を間違えれば、全く異質な教えに繋がるのである。

それと同じで、法則の捉え方を間違えば、飛んでも無い事態を起こし兼ね無い。
質疑応答が不可能な場では、言及を避けているのが本当のところなのである。

算数のたし算引き算の様に、簡単には説明仕切れないのがこの法則なのです。

然るに、昨今の事件事故の本質を見抜くには、法則を理解して居なければ解明は難しいであろう。

昨今の流行りのインスタント脳では、到底理解する事は難しい。

しかし、それを咀嚼し、教え、伝える事は急務と考えます。

他の僧籍にある方々がどう考えるかは私には知る由も無いが、経典を身近に置き、読み下せるのは、やはり僧籍にある者の勤めでは無いだろうか?

一般の方々がイメージして居る経典とは、葬儀で唱えるお経の感覚でしょう。
しかし、経典の本義は教えであり、葬儀だけの為にあるのでは無いと断言致します。

私の考えで御座いますが、寺は本来學びの場であり、学舎なのです。
その学舎が真理を語らなければ、真理を伝える所は皆無に等しいと言わざるを得ない。

様々な経典を紐解き、現代に伝える事こそ、御役目では無かろうか?

私は、これからも伝え、教え続けて参ります。
學びは、棚から牡丹餅的発想では、得る事は出来ません。

自ら求め、學習する事に目覚めなければ、得る事は出来無いのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教199 音

音のトラブルで起きた殺人事件、誰しも騒音は嫌いだが、殺人を犯すまでは考え無いし、実行もし無い。

当たり前だが、現在、当たり前が当たり前では無くなって居る現実があります。

アイドルに一方的に恋心を抱き、殺人に発展。
マンションの管理係が合鍵を使って他人の部屋に浸入。
異常としか言いようが無い。

理性が働かなかったと言えばその通りだが、皆さんも考えて頂きたい。
犯罪者の動機を云々するが、以上の事件に理性があるか?
理性があったか?
理性を持っていれば、当たり前に遣る訳は無いのです。

では、何が彼らを犯罪に駆り立てたのか?

以上の事件には、共通点が一つあります《音》

そして、此れから発生するであろう事件にも共通点があるでしょう。

此処では、これ以上詳しくは書けません。

全ては、私塾で発表します。
此れから、増加するでしよう。

その原因も結果も、全てはエネルギーである。

何のエネルギーか…。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教198 集中 想像 体験

密教に不可欠な三大要素を私流に言えば、集中力、想像力、体験力と考えます。

集中力とは、読んで字の如くで御座いますが、私の言う集中力とは、如何に己を滅し、御本尊の道具足るかであるのです。
想像力、これは、依頼者と同じ環境に自分が近づけるか、解決策を模索出来るかであります。
体験力、これは、机上の空論に成らぬ為にも、様々な経験を踏まえ、己をその《依頼者》状況下に同化し、解決に向け特化する。

私の密教は、自分だけの密教では御座いません。

様々な苦しみを、抱え、駆け込む《駆込み寺》場所で良いと思っております。
本当に苦しむ人に、精神論を説いても、身には成らない。
最初に必要なのは、安心である。

安心の無い心に立命も無く、安心立命が育つはずも無い。

多くの人達は、解っているはずである。
頭では解って居るが、気持ちが許さないと。

私の寺は、そんな気持ちの止まり木。

傷ついた心を癒し、また新たな大空に向かって飛び立つ為の、心の止まり木寺を目指し、今日も祈ります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



追記
集中力、想像力、体験力の詳しい、解説と活用法は、密教塾にて、講義を致します。


[PR]
by kongousan-akafudo | 2016-05-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信