金剛山赤不動明王院 密教

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密教172 回向発願

大慈悲に出会うには、自らが歩まねば道は開けない。
ただ手を合わせても、道は遠い。
様々な行法を履修し、会得・体得する事は韋駄天の如くであるのです。

私は、密教僧になって今年で43年。
各地の老師を訪ね、放浪を重ねて参りました。

あの頃、不安と探究心だけの若者でした。
現在は、寺に座して毎日を過ごす、唯の爺いに成りました。
今の自分があるのは、全て御本尊赤不動明王尊様の大慈悲であり、私は唯の道具に過ぎません。

御本尊様と始めて出会い、結ばせて頂いたのは、僧侶と成る以前の十年前の出会いからなのです。
母が他界し、父が他界し、僧侶の道に入り現在に至ります。
発願し、回向を重ねて参り、現在があるのです。

辛く、悲しくて、何度も自爆しそうに成った時、優しく支えてくれた御本尊様。
私は終生、御本尊様の道具として、精進して行かさせて頂く覚悟で御座います。

縁は待つものでは無く、求め、精進するものでは無いでしょうか、、、。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教173 結願 開闢《開白》

行法を重ね、結願し、最後に願いを開白する。
密教は、専門的には様々な段階を経て、成り立つカリキュラムであると私は思います。

其処にあるのは、最後まで諦めず進む意志力である。
《努力する氣に華が咲く》

様々な障害を乗り越え、己れを磨き、込めて生きる時、必ず開かれる門が密門である。
百日を始めとし、千日を初心とし、万日を以って極みとす。

私達は現代生活の中で、ともすれば安直に考え、インスタント方法に行きがちに成ります。
考え方も同じで、インスタント的な考え方は、脳がインスタントに毒されて居ると言わざるを得ません。
《日々是、丹精》
積み重ね、築き上げ、堅固なものは崩し難く、簡単に即席のものは儚く脆いのです。

早い遅いはどちらでも良い。
自分の速度で、自分の歩みで、踏み締め歩み、生きる時、貴女は知ることが出来るのです。

生きるとは、生かされて居る事を。
焦る必要など、無いのです。

一歩づつ地に足を付けて歩み、躓き、傷つき、泥だらけに成っても立ち上がる時、手に饅頭を掴み、生きるのです。

回向結願、望み、果たし、進む時、必ず大慈悲のお計らいが働くのであります。
馬鹿にされても、傷付けられても、信仰心を持ち続ける貴女を侵す事は、出来ません。
泣いても良いのです。
大慈悲は、貴女の中に、芽生える、一輪の花なのだから。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-30 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教171 縁を結ぶとは

私の寺では今回、聖天尊《象頭双身歓喜自在天》仮称を、在家聖天法を伝授する講座を開講する事に成りました。
早速、お申し込みが殺到致しております。

私は常々、御仏との在り方は敬愛と説いております。

例えば好きな人が出来た時、相手依り優位に立ちたいと想って交際を始めても、結果は解っています。
相手を互いに尊重しあい、進む時、其処には敬愛が生まれるのです。

どんな神仏であろうが、恐れおののくだけでは距離は縮まりません。

こちら側から飛び込み、近寄る事で、ある種の親近感が生まれるのです。
敬いと根拠の無い恐れとは、次元は当然異なるのであります。

恐れるだけで本質を知らなければ、それは無知と成ります。

無知は、時として傲慢を生む種になるのです。
御仏は、皆さんのお出でを、両手を広げて待って居て下さるのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-29 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教170 当たり前《日常》

毎日、が当たり前にあると思うのは間違いであります。
日常の些細な事も、誰かが支えて居る事を忘れた時に崩壊が始まる。

世の中に、当たり前は無い。
支え、支えられて居る現実が存在する事を忘れてはいけない。

当たり前のように接していた人が、ある日突然居なくなる現実を、貴女は経験した事がおありですか?
当たり前の現実は、脆く儚いものなのである。

感謝を忘れず込めて生きる。
今日を込められずに、ダラダラ怠惰に生きる時、明日は無いと知るべきである。

世の中に、当たり前の感覚ほど不確かな事は無い。
昨日まで有ったものも、今日は無い現実を経験した人と、当たり前を生きた人とは生き方に大きな差が生じます。
明日は無いと言う経験をする前に、感謝を込めた生き方を取り戻して下さい。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2016-04-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教169 詭弁

昨今のニュースを見ると、正に詭弁の嵐のようである。

私は、知らなかった。
秘書が、部長が、部下が…。
これが事実であれば、トップが無能である証であり、管理能力の無い者が、政界、財界に君臨して居る事に成る。

我々は誰を信じ、何を信じたら良いのか?
それは、誰にも解りません。

私が言える事は、様々な現象、事象を見極めるのは自分であり、自身の智慧と理性なのである。
自身の智慧、理性、心を磨く時、あなたには無限の可能性がある事に氣づくでしょう。

學ばず、他に責任を転嫁する時、人は怠惰の海に浸かり、誹謗中傷に明け暮れるでしょう。
我が身を省みる事が、問われて居るのです。

何故、そう成ったのか。
振り返り、俯瞰する時、必ず答えは在ります。

原因の無い事象は有りません。
結果の無い現実もありません。

原因結果を繋ぎ、俯瞰すれば、答えは在ります。

しかし、回答を急ぎ、自身を顧みず、己れを甘やかす時、怠惰が生まれ、誹謗中傷を繰り返し、最後は地獄の渦の中に自ら飛び込む事に成るのである。

學びは人を成長させ、詭弁は自らを欺く罪と成る。

南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-27 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教168 子供が危ない

私は、貧しい家に生まれ育った事を誇りに思います。

与えられる事を当たり前と考えて育った者には、心は解りません。
与えられる事が、当然だからであります。

己れが一番、他は二番。
これでは、心が疲弊するだけです。
心が成長する事は、皆無であります。

子供と大人は、何処が違うか?
それは、大人には、長年培った経験に依る知性と理性があるからなのです。
しかし乍ら、昨今の事象・現象を省みる時、私は危機感を禁じ得ない。

大人の振る舞いとは言い難い、行動が満ち溢れている現在、子供達の未来が明るいとは言い切れないのです。
例えば、自動車会社の改ざん問題を例に挙げれば、会社の中枢を担う重鎮が、部長クラスの人間の行動を把握出来なかったなどは詭弁であります。

信頼して購入した消費者はどうなるのか?
会社を信頼し、胸を張って販売した者はどうなるのか?

あまりにも幼稚である。

そんな社会で、そんな精神構造の大人が、子供達に何を教えられるのか?
私達大人は他人事と思わず、俯瞰して考える時では無いだろうか?

このまま行けば、子供の未来は有りません。
今、私達こそ、原点回帰して考える時ではないでしょうか?

子供達の未来を育む為に。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-26 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教167 聖天信仰

象頭双身歓喜自在天尊は、古来より最後の信仰と言われて参りました。
それは、何故か?

様々な神社仏閣に詣でても、叶えられ無い願いを叶えてくれるのが聖天尊なのです。

私の寺では、御本尊赤不動明王尊の脇侍に聖天尊をお祀りし、浴油法を修しております。

古伝の約束法を護り、十一面観音像を拝して聖天尊を供養しております。
当院の聖天尊は、秘仏ですのでご開帳はして居ませんが、金製の尊像であります。

聖天尊が最も嫌うのが不浄であり、聖天行者の私でも、礼拝時には下着、足袋、法衣に至るまで新しい物を着用致します。


法具に至っては、未公開の法具を使用しております。
また新たに、現在、古伝、古来の法具を謹製中で、《鋳造》鳴金製の法具を使用致します。

この度、聖天尊の宝殿《厨子》完成を祝し、広く皆様に聖天尊に親しんで頂く為に、特別な企画をご用意申し上げました。
此処では語る事が出来ませんが、興味のある方は、お問い合わせ下さい。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-25 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教166 事件・事故

今、日本は大きな過渡期にあるのです。
災害も含めて。
全ては、怒りのエネルギーが大きく作用して居るのです。

個人から、複数に。
複数から、自然界にと。
様々に影響し、私達に脅威としてのし掛かって来て居ます。

それは、何故か?
個々の怒りのエネルギーが放出される事で、怒りのエネルギーは増幅され、様々な事象に繋がるのです。

それは、如何してか?
例えば、池に拳大の石を投げ込みます。
すると波紋は広がり、岸に辿り着き、やがてまた中心に向かいます。
押し寄せる波紋と同じであるのです。

正に、負の連鎖であるのです。

怒りを忘れ、笑顔で暮らす。
先人を敬い、神仏を尊ぶ。
妻を愛し、子を愛で、隣人を愛する時、怒りのエネルギーは消滅します。

そして、新たなる正のエネルギーが増幅されます。

平安と優しさに包まれた環境を、取り戻すことが、出来るのです。

怒りでは、何事も解決を観ません。

笑顔のエネルギーは、癒しをもたらします。
華を愛で、優しい空間を共有する時、人は悟ります。
生きるとは、何かを。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-24 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教165 純真無垢

今日、私は可愛い手紙を頂戴しました。
以下は、御本尊様に宛てられた可愛い手紙の一節でございます。

ほとけさま、はやく、ぱぱといっしょにくらせますように。
ぱぱとおふろにはいって、たくさんあそんで、ぱぱとといっしょにくらせますように。

もう一通は、幼い妹さんが書かれました。

ぱぱとといっしょにくらせますようにほとけさまおねがいします。
ぱぱがだいすきです。

御本尊様は、子供の純真無垢な心に観応されて御眷属を御使者に立たせました。
それは、子供達のパパを思う気持ちを汲み取りになられての事です。

子供達には、大人の様な我欲はありません。
唯、ひたすらにパパ恋しさだけなのです。

私も、子供達の純真無垢な心に打たれました。
私たち大人も、子供の頃にはその純真さがあったのでございます。
しかし、世の垢にまみれて、あの頃の心を忘れて来てしまったのです。

私は、考えます。

改めて、生きるとは何か?を改めて學び直そう。
そう、子供達の手紙に教わりました。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-23 06:00 | ◎赤不動明王院通信

密教164 華のエナジー

華《花》は、美しい。

愛でる事に依り、華の一生は報われ、昇天致します。
華は、優しく美しいエナジーを私達に無言で伝えて居るのです。

私は何をやっても駄目だと悲観して居る方々は、一度ゆっくり花園に身を置いて下さい。
必ず、効果は現れます。
華のエナジーは、それほど有効なエネルギーを発して居るのです。

美しい華を観て、イライラする人は居ないでしょう。
もしイライラする様であれば、医師の診察を受ける事をお勧め致します。

華は、人間の心を癒す最高の友であり、最高の妙薬でもあります。
切り花は、僅かな一生を私達の為に使ってくれて居るのです。

玄関に飾れば、優しい人を招きます。
食卓に飾れば、和合をもたらします。
寝室に飾れば、安らぎを招きます。
トイレに飾れば、浄化を促します。
道に咲かせれば、和みを配ります。

華は、永遠の友であるのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2016-04-22 06:00 | ◎赤不動明王院通信