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障害とは何か?

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■隠蔽と虚偽

今から数年前、ある母子の悲痛な相談を受け、実質的に動かざるを得ない事になり、ある学校《高校》に出向いた。

以下はその時の経緯と結果である。

まだ冬の寒い日のことである。
電話で相談の申し込みを受け、日時を決めてお会いする事に成った。

そして面談。

お母さんが開口一番。
『先生、この子をイジメから助けて下さい』

お母さんは涙。
落ち着いて頂く為に沈黙の後、温かいお茶を飲んで頂き、相談を再開しました。

お子さんはダウン症で、本人は知らなかったが今回の問題で親子で話し会ったとの事である。

以下イジメの内容

登校すると、決まって数人の生徒が『お前の顔、鏡で見た事ある』
するとクラス全体が笑う。
『お前、教科書読める』

様々なイジメが繰り返されて居る事を担任の教師も知って居る。
しかし見て見ぬ振りである。

お母さんは学校側に実情を訴えたが、そんな事実は確認出来無いの一点張りでラチが明かない。

我が子が障害を種にイジメに遭って居る事を知った時、自分を責めた。
《自分が普通に産んで上げられなかったのは自分の罪》

私はお母さんに言いました。
此処で祈祷するのは良いですが、この件は根本的な解決策を考えましょう。

私はお母さんと一緒に学校に行き、校長、教頭、学年主任の先生と会議室で話し合いました。

その時の学校側は事実を認めません。
私は学校関係者しか知らない事実を羅列して追求した。
様々な事を挙げた時、教頭が証拠が無いと言うので、教頭しか知らない事実を暴露し、詰め寄った。
そのとき、校長が一言。申し訳ありませんと謝罪。

学校の問題として解決すると明言して、その場からありとあらゆる手段を提案され、実行に移されました。

そして担任の教師も知って居たことを認めて謝罪し、それからこの学校ではイジメが撲滅された。

今では有名進学校に数えられる様になりました。


障害とは立派な個性であり、なんら恥じる事も何も必要ありません。
また個人が正しく生きる事に他が揶揄する必要も権利も無い。
私は今後も実質的に動かなくてはいけない時は動きます。
全ての人が安心して生きられる様に、今日も御祈念申し上げます。

■障害

私は、障害、障害者と言う事は、間違いだと考えます。
身体が不自由な方が居たら、私達、健康な者が手を貸せば良い。
共に助け合い、分かち合い、共に生きる。

障害は、障害に非ず。
個性なのです。

全ての人が同じ考え、全ての人が同じ身体。
全ての人が、同じである必要は無いのです。

個々に違う顔、違う身体、違う考え方。
それが個性であり、差別も区別も必要無いのです。
そもそも、同じである必要は無い。

全てを同じに考えるのは、ファシズム、ファシストであり、共に相手を尊重する、社会構造が無い事自体が異常としか思え無いのです。


強い人もいれば、弱い人も居る。
優しい人もいれば、意地悪な人も居る。

様々に個々の人生を歩み、最後は、例外無く帰幽するのである、《死んで霊界に帰る事》

どんなお金持ち、政治家、医師、法律家、宗教家。
例外無く、帰るのです。

唯、違うのは一点だけである。

現界で侵した事は、法則に従って受けるのです!

私達は、平等なのです。
身体が不自由な方は帰幽すれば自由に動き周り、傲慢を謳歌した者は…。

■立場を利用した暴力

昨今、パワーハラスメントが後を絶たないのは何故か?
会社の上司のパワハラ!
様々な場所でのパワハラ!

私の寺には、パワハラに苦しむ人の相談が、後を絶たない。
特に酷いのが、男女問わず、職場でのパワハラである。

生活の為に働かざるを得ないのは皆同等だが、昨今、立場を利用した暴力、パワハラが、異常なほど急増して居る。

一例を挙げさせて頂きます。

私の寺に、一人の女性が相談に訪れました。
話しを聞いてみると、会社の上司に依るパワハラ《イジメ》問題である。

彼女は、母子二人で生きる為に、事務職で朝早くから夜遅くまで働く、真面目な方である。
しかし、会社の支店長に、事あるごとに威圧的な態度を取られ、精神的に参ってしまい、私の寺にやって来たのです。

私は霊視し、事の真意を確かめ、結論を出しました。
引きなさいと《退職》

何故か?
彼女が、その会社にいれば、命の危険があるのです。
それは、会社の支店長が原因で彼女は病いに倒れ、悲惨な結末が私には視えたのである。

私は、強く退職を勧めました。
引くことも、勇気であると。

その後、彼女は良い男性と結ばれ、今は人生を満喫して居る。

世に、某会社の支店長の様な人はたくさん居るが、氣をつけるが良い。
自身が落としめた事象は、己れに三倍から十倍に成り、まるでブーメランのように襲い掛かって来る。

その日が、来るのは、速い。

■傲慢の心

人間に生まれ出た者に、完璧な者はいません。

何故か?

完璧では無いから現界に生を受け、人生と言う學びを与えられ、社会と言う学校で學び、家庭と言う教室があるのです。
そして、様々な環境、様々な容姿、様々な能力が与えられ、人生と言う大きな學びの中に居るのです。

私は、何の能力も無い。
私は、容姿も好く無い。
私は、財力も無い。

そう感じ、想う心は、ある意味傲慢なのです。

あなたには、他に無い力が必ずあります。
言い換えれば、あなたしか無い力に氣づいて居ないだけなのです。

私は今日、ある生徒と会い、再認識をしました。
その生徒には、俗に言う障害があります。

しかし、その障害の陰には、素晴らしい能力が隠されて居たのです。

私が常々言うように、障害は個性であるのです。
その強い個性の裏には、素晴らしい能力が秘められているのです。

私は、再認識しました。
私の残る人生の、御役目はこれだと。

私は、今迄以上に、人間の秘められた能力の開発と発掘に全身全霊を込め、活動する事を此処に宣言します。

■魂の行方

大変な事件が、日本各地で頻発して居る。

正に修羅場。
罪も無い老婆が暴力に依り重症、障害者施設で惨殺事件!
此れは、異常事態と云う他は無い。

犯人はいずれ死刑に成るであろうが、犠牲者は帰りません。
犠牲者の方々の冥福を祈ります。

事件後、必ず犯人の精神状態が云々されるが、異常な犯罪を起こした者が正常な訳が無いのである。
正に異常者。
根底に何があるのかが、重要な点であります。

私は、魂レベルが重要と考える。

魂のレベルは、生き方に重要な作用を起こします。
本人が自覚し、學ぶ時、確実に成長して行きます。

その反対に、學ばず、ただ自己顕示を繰り返せば、魂は汚れ、退化します。
犯罪者が反省せず、刑の執行を受けた時、《死刑》どう成るか?

肉体は滅びるが、魂は野放しに成り、同じような魂レベルの者に憑依し、悪事が繰り返すのである。
此れを、信じようが信じまいが自由ですが、確実に現在進行して居るのです。

その証拠に、近年の異常犯罪の増加が見られる事は、皆さんもご存知のはずです。
そして、その闇は、確実に広がりを見せております。
いつ自分に降り掛かって来ても、おかしく無いのです。

私は、宗教をやりなさいとは言いません。
正しい信仰心を持つ事を、勧めて居るのです。

信仰心は、誰でも持つ事が出来ます。
お金も要りません。
必要なのは、真摯に學ぶ心と、學ぶ為の行動力だけなのです。

では、どうやって學ぶか?
理性的に判断すれば良いのです。
妥協せず、探し求める時、必ず導きの力が働きます。
自身の中に、引きこもって居ては、學びも解決の糸口も現れません。

一歩を踏み出すのは、あなたなのです。

■障害とは 何か?

自分と違うから変、おかしい、様々な捉え方がある。
私は、ある集まりで激怒した事がありました。

それは、ある女性教師が発達障害の子供を指して《発達君》と表現したのです。
愛称のつもりだったのであろうが、これでは《 障害君 》と言っても同じ事だと言う事を理解していない。
だから、《 発達君 》という言葉が出るのである。
障害のあるお子さんをお持ちの方が、聞いたら悲しまれます。

想像力の欠除が、今の日本の現状なのです。

私は、常々言っております。
人間に、障害などと言う事は無いと。
あるとしたら、それは上から目線の傲慢さが産む錯覚である。
《障害は、立派な個性である》

個性と認知する時、どんな人間にも、個性は存在し、ことさらに障害などと問題視する必要など無い。
問題視するのは、傲慢である。

自分は、普通だから。
うちの子は、普通だから。

では、何を指して、普通と言い切れるのか?

もし、自分の子がイジメに参加していたら、イジメをする子供が普通ですか?
私は、その子は心が病んでいる。と判断します。

早稲田大に入り、女性に酒を飲ませて強姦に及ぶ若者《馬鹿者》
そんな輩が普通ですか?
これこそ、理性のかけらも無い暴徒である。

様々なデモに参加し、イデオロギーを振りかざし、騒乱を利用して略奪を繰り返す者が五体満足な者ですか?

ダウン症でありながらも、書家と成り活躍している少女は、清い心を書に表し、観る者に感動を与えております。
天才絵師、山下清画伯の絵を再現出来ますか?
批評出来ますか?
本来、全ての人は、兄弟であり、共に學び合い、助け合う仲間なのです。

障害者など存在しません。
障害は個性であり、勇気ある魂なのである。
障害者と思う者こそ、傲慢な心の障害者ではないでしょうか。

分かち合い、助け合う時、調和に包まれた、慈愛の世界が生まれるのである。


■何故、混迷するのか?

日本が何故、混迷するのか?
全ては、欧米式物質的価値観に由来するのである。

価値、価値に追われ、心を失い、物質的価値観こそ真理と錯覚して来た我々に、最大の問題があるのである。
心を軽視し、物質に生きた時代はありました。

しかし今、餓死する人は皆無と言える日本に於いて必要なのは、古き良き時代の思想であると、私は考えます。
然るに、今の状況は救い難いものがある。

全てが価値で始まり、全てが価値で判断される世の中を、あなたは正常な状態と考えますか?

正常と考える時、あなたは私とは違う世界の住人である。
中国では、懐妊すると、遺伝子検査をする人が多くいます。
それは、障害を持つ子供を産みたくないから、殺すのである。
この根底にあるのが、物質的価値観である。

正常でないものは、不良品であると云う考え方の表れである。

では、何故、魂が宿るとか?
考えて下さい。
それも救い、學びなのです。

我々が學びを拒否し、忘れ去る時、人類は亡びます。

■生き方の改善

前回、開運について触れましたが、今回は、具体的に、開運を考え、語ります。

以下は、実例です。

実業家である〇〇氏は、生まれつき、腰から下の機能障害を抱え、
子供の頃からイジメにあい、決して、しあわせな子供では、ありませんでした。
しかし、優しい性格だった彼は、成人し、美しい女性に恋をした。
彼女は、容姿とは正反対な悪女だった。

そして、彼は、自身が得た金品を、彼女に捧げ続けた。
しかし、そんな事が、長く続くわけもない。
やがて破局。
その時、彼女が言った言葉が、彼を一変させた。

『貴方みたいな醜い男が女にモテるわけが無いでしょ!』

彼は、その言葉にショックを受け、その後の彼の人生は、金の為なら何でもやる。
何をやっても良いに変わり、最後は、悪徳金融のボスに成ります。

そして、金を返せない相手には、臓器売買を迫り、金を返せない女性には、売春を迫り、金の為なら悪事の限りを尽くした。

最後には、訳のわからない、拝金宗教まで作り、金に執着し投獄。

最後は、身体中に悪性の病巣に侵された身体で、金に執着を燃やしたのである。

本来なら、それほどの才能を他に発揮し、精進すれば、素晴らしい偉業を成し遂げていたで有ろう。
才能を、金と云う魔性に、身も心も毒され、人生を誤った方向に向けてしまったのである。

今、彼の霊体は、浄化も出来ずに、現界を彷徨い、同じ様な低俗な魂に憑依を繰り返し、餓鬼の形相で、次の標的を物色している。

もう、彼の魂を救うことは出来ない。
何故か?今の日本には、彼と境遇は違っても、男女問わず、金に執着する者達が満ち溢れて、
彼の様な低俗な魂の憑依を、許しているからである。

金は、便利な道具であり、あれば嬉しい。
しかし、金に振り回され、どちらが道具だか?分からない人生は、人間の尊厳をも破壊する兵器である。

私達の人生は、デコレーションケーキであり、飾り付けも、味も、自分で選び、作り上げるもの。
穢れ、腐臭を放つケーキなど望まない。

人生は、何時でも改善できる。
強い意志と理性を身に着け、神仏を尊び、先祖を敬う時、あなたの人生は、必ず改善できるのです。

■障害は個性

例えば、ダウン症の少女が書家と成り、素晴らしい作品を生み出し私達に感動を与えてくれます。

水泳に至っては、迫力ある泳ぎで感動を与えてくれる少女が
オリンピック《パラリンピック》に向けて素晴らしい泳ぎで私達を魅了してくれます。

様々な世界で活躍する個性派を、皆が応援、交流し優しい心で生きる時、其処には、平和の二文字が生まれます。

本当の意味での個性は、ワガママや怠惰、傲慢の中からは、生まれません。
私達が個性を理解して応援と協力をしなければ、せっかく芽生えた個性を枯らせかねません。
個性派達は、私達に様々な氣づきを教えてくれます。

氣づきとは、真摯に受け止めなければ、生涯、知ること無く、人生を終える事になるでしょう。
謙虚にならなければ、見るに終わり、學びにも繋がりません。

個性派の方々は、霊的に言えば、勇気がある魂なのです。
私達は、互いに助け合い、學び合う時、本当の學びに出会うことが出来るのである。





by kongousan-akafudo | 2018-12-07 12:00 | └私たちの暮らし

菩薩行に関する密教ブログ

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感涙

私は今日、感動に涙しました。

以前から仏具師さんにお願いし、現在製作中の宇賀神様と聖天尊様の八角厨子の完成を前に、ある方から、二尊の厨子の製作費用に充てて下さいと多額の寄進を頂戴致しました。

正に、菩薩行。
其の方の事を書きたいのですが、ご迷惑をお掛けしてはいけないので伏せ置きます。
私は、有難さに涙しました。
実は、資金が困窮して居たのです。

誰にも言わず、老骨に鞭打ち働いて居りますが、中々、資金には到達出来ずに居た矢先の出来事。
有難さに、ただ涙です。

私は、確信します。
私の信仰は、正しかったと。

お金だけの事では、ありません。
何故ならば、私は資金が困窮して居る事を誰にも告げて居なかったのです。

私は幼い頃から貧しさを味わい、貧しい事は苦になりません。

しかし、老仏具師さんの温かい心に支えられて製作して頂いて居ります。
仏具師さんも金具にもこだわり、金具も彫金師に注文をして下さったので、必ずや素晴らしい八角厨子に成る事でしょう。

全ては、御仏のお計らいと感涙する毎日で御座います。

菩薩行

私は、東京で生まれ育った浅草の街が大好きで、浅草寺の境内は私も遊び場であった。
昭和三十年代は、未だ貧しさに溢れていた。
戦傷兵《傷痍軍人》が片足で街角に立ちハーモニカを吹き、僅かなお金を貰い、その日を生きていた。
浅草寺の境内には、乞食《ホームレス》が溢れて居りました。

その中でも、端に一人で静かに座って居る老婆が何故か気になりパンを買って老婆に声をかけパンを差し出しました。
老婆は、喜びましたが、食べません。子供だった私は、訳を聴きました、老婆は、ゆっくり話してくれました。

坊ちゃんありがとう、このパンは後で三人で食べるよ《老婆の周りには、誰も居ない》。
おばあちゃん周りには、誰も居ないよ、と言うと、息子とお父さんは、此処に居るよと言い、防空頭巾で作った袋を出して言いました。
その袋の中身は、息子さんとご主人の遺骨が入って居たのです。

おばあちゃんは、語りました。あの戦争は、地獄だった、多くの罪も無い人が虫ケラのように殺され
老婆の息子さんとご主人は、老婆の目の前で、焼夷弾の直撃を受け
息子さんをかばいお父さんも黒焦げに成り、果てました。

お婆さんは、言いました。自分で死ぬのは、簡単な事。
死んだ家族の分まで自分は、一緒に生きると。
どんなに恥ずかしくても、雨に濡れ、泥にまみれて道端で寝ても、何時も三人で居られる。
いつか観音さまが迎えに来てくれるまで、三人で生きて行くとあの日、決めたんだよと言う老婆の眼には、涙が溢れて居りました。


生きるとは、ある意味、過酷ですしかし、生きる事に意味があるのです。
この世に生まれ、滅せぬものは、ありません。
なれば滅するその日まで、精一杯に生きる事こそ、勤めであり、御役目だと私は、信じます。

尊厳

様々に尊厳について語られておりますが、本当の意味で尊厳を考える時、最近の考えかたは自己主張になっては、いないでしょうか?

自己の尊厳だけではなく、相手の尊厳を認め尊重する事によって自分の尊厳をも認められます。

自己主張に固執し、主張する時、其処には傲慢の意思が働き、見失うことになるのです。
自己主張の文化はアメリカ特有の思想であり、日本人の文化にはそぐいません。

日本には、素晴らしい思想文化《謙譲の美徳》があります。
まずは他を尊重し、相手を立てることによって自分も立つのが日本人の思想です。

・・・
島根県益田市久々茂町の国道191号で、集団登校で横断歩道を渡っていた市立豊川小学校の児童の列に飲酒運転の軽トラックが突っ込み、ボランティアで通学を見守っていた近くの三原董充さん(73)が全身を強く打ち、翌日病院で死亡した。
三原さんは33年前、小学2年だった下校中の次女(当時7歳)を交通事故で亡くし、子どもたちの事故を防ぐため見守り活動を続けていた。

事故現場近くの女性は「車に気付いた三原さんが、男の子を突き飛ばしてかばったと聞いた。身をていして男の子を守ったようだ」と話した。
三原さんの長女摩弓さんは「二度と娘と同じ思いをしてほしくないと思い、ずっとボランティアを続けてきたのだろう」と話し、
悔しさをにじませた。

《毎日新聞2017.01.31記事》

・・・

先般、登校中の子供達を護って自らが犠牲になり亡くなられた方がいらしゃいます。
正に尊厳を最後まで護り抜いた英雄であり、菩薩行であります。
この方の様な人が、正に日本人の鏡として賞賛されるべきです。

私はこの英雄の死に敬意を払い、御冥福をお祈り申し上げております。
願わくば、英雄の遺された行為を後世に伝え、自らを犠牲にして他を護り、救う事が日本人の美徳と解釈する人々が増える事を望みます。

意見と學び

私は、四十三年前に両親と死別しました。
20歳の時でした。

今、想うに《親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄は無い》人を想い、発する言葉には、どんな厳しい言葉で有っても愛があります。
その逆に、愛の無い言葉には、《誹謗、中傷、妬み、嫉み、憎悪、》物資的価値観を裏付けする利己主義が存在するのである。

時として、言葉は人《他人》を育て成長を促し、激励します。
しかし現代は、揚げ足をとる事がまるで文化の様に成っています。

失言を責める依りも、改めさせる親の愛、《殺す依り、活かす》
正に、愛が無ければ出来無い事である《菩薩行》。

私達の親は、正に菩薩行を教えてくれた恩人であります。
今、私達に与えられた課題は、育てる事である。
育てずに成長は、無い。

私も含めて、人間は、未熟な存在である。
しかし未熟だからこそ、生まれてこられたのです。
全てを達観し、答えを出せる人間なら、生まれて来る必要も無い(解脱)のである。

人は、學びを受け入れる時、其処には、あなただけの愛が存在するのま事実であります。
個性も學び、同じ人生など無い事を知る時、本当の自分が理解出来るのである。
当院は、そんな貴方を待っています。



by kongousan-akafudo | 2018-12-06 12:00 | └私たちの暮らし

死に逃げに関する密教ブログ~後編

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■死に逃げ

魂の存在を認識出来ない人は、哀れである。
何故ならば、現界が全ての物質的価値観に毒された方だからである。

物質は、未来永劫に続くものと想い込んでいる証しである。
諸行無常、形有る物は何時の日か滅する。
これは当たり前の法則なのです。

では、滅したら終わりか?

違います。
新たな時を迎える為に、滅するのです。

それが霊魂の法則なのです。
これを完全に理解し自分の中に、落とし込み咀嚼する時、
貴方は、真実に目覚めるのです。

そして目覚めた貴方は、様々な法則の有無を、知る事に成ります。
覚醒です。

今迄の疑問点が明白に成って来ます。
其処に辿りつける人は僅かですが、確実に貴方の人生観は変化し、開花する事を保証します。

知ることの素晴らしさを理解し、後の貴方の人生を実りあるものへと変貌させます。

貴方がやる事は、簡単です。
素直な気持ちで受け入れ、理性で受け留めれば良いのです。

貴方の魂は、貴方が受け留め理解する事を望んでいるのです。
そしてその後、貴方は悟ります。

残りの時間を、経験を感動に転換する素晴らしさを。

人は、霊的存在です。
分から無ければ良い、見つから無ければ大丈夫、と言う思想の恐ろしさを実感出来る、選ばれた人である事を。
それが、お役目を受けた人の証しである事を、人間界はその為に有るのです。

難しい答えは、今の貴方には無用です。

今、必要なのは霊的存在である事を理解して学ぶ事です。

学ぶ事に遅早は、ありません。
カルマに怯える事もありません。
貴方は、自由な学び人なのだから、失敗は、貴方を成長させる為の栄養なのです。

真実から目を背けて、生きても、死を迎える時、
全てが白日の下に晒され、その時に氣づくでしょう。

死に逃げは、出来ない事を。

■私達は霊的存在

毎日、考えられない事件、事故が発生する。
何故か?皆、死んだら終わり…と考えているからなのです。

先日の新幹線内での事件…全くもって、自分勝手で傲慢な犯行としか、言えない。
様々な人を巻き込み、自分は自爆する…自爆テロと変わりません。

その根底にあるのは、人間死んだら終わりという無知な思想の現れです。

どんな偉い人でも、一般人でも、死に逃げは出来ません。
必ず自分が犯した罪は、カルマ、因縁になり、自分に返ります。

カルマ、因縁とは…自分が犯した罪を反省、完全理解を果たすまで、未来永劫に渡り続きます。
これほど恐ろしい事はありません。
自分で犯した罪を反省する事は出来ますが、完全理解となると、簡単には出来ません。

何故か?答えを教えてくれません。
答えは、何世掛かろうと、自分で見つけなくてはならないのです。
答えを見いだすまで、未来永劫、同じ科目を履修するのである。これがカルマの法則です。

全てに、例外はありません。
ですから私がよく皆さんに申し上げる言葉に、究極の自己責任、蒔いた種は自分で苅る、責任主体、これが霊界の法則です。

この法則から逃れる事は、誰にも出来ません‼️
例え、御仏に仕える身であろうと逃れる事は、出来ません。

全ての法則は、平等に働きます。
現界でいかなる立場であろうと関係ありません。

全ては、大霊の愛なのです。
理解し自分の中に、落とし込む時、答えが見えて来ます。

大霊は、慈悲そのものなのだから。

■地獄

皆さんは、仏教や他の宗教の中に出て来る地獄絵を思い描く方々が多いと思いますが、如何ですか?


地獄は存在します!
私は、何度も視て来ました。

地獄絵とは全く違う様相です。
鬼もお化けも妖怪もいません。

もっと恐ろしい者達が存在しておりまして、我先に争い、奪い、犯し、犯され、殺し、殺される事の繰り返し…昼も夜も存在せず。
時間も、一日の区切りもない世界です。
あるのは、終わりのない不安と恐怖だけです。

場所は、大気圏とオゾン層の間に位置します。

肉眼では、捉えられません。
そこは、無意識界でも有意識界でもありません。

言わば、本能の世界。
生前に金持ちだろうと、政治家、医師…etcだろうと関係ありません。
生きている時の肩書も全て、何も、通用しません。


欲望だけが、行き交う空間です。


何故なら、人は死に逃げが出来ないからです。


死んだら楽?
違います!


散々、好き放題、様々な悪事も全て、アカシックレコードに記録されています!


その記録を基に、階層があり、殺人が好きな者は好きなだけ楽しめるでしょうが、殺すことは、自分も油断すれば殺されるのです。

これが未来永劫続く…と想像して下さい。

お判りですね?

この法則を逃れることは、出来ないのです。
誰も知らない、証拠もない、だから大丈夫?
それでも、良いです。

私を嘘つき坊主と笑って戴いても構いません。
魂なんかないと、言われても構いません。

私は、反論しません。

遅かれ早かれ、解る時が全ての人に平等に訪れるのだから。

■死に逃げ

以前から、犯罪者が罪を逃れようと自殺するケースが多発して居るが、
霊的に考え考察する時、余りにも愚かな結論である事がお分かり頂けると思います。

どんな事象で在ろうと完結しなければ、あらゆる意味で繰り返されるのである《カルマの法則》
言わば、死に逃げは、出来ないのである。
蒔いた種は、自身が狩るしかないのがカルマである。

悪事を重ね、挙句に逃亡し、追われ、追求を避ける為に、自殺する《死に逃げ》。
私達、人間は、何故、現界に生まれいでたのか?考えを巡らせば、簡単に答えは、出るのである。

死に逃げこそは、正に究極的にやっては、行け無い行為である。
罪を償う事は、反省であり、再生の道でもある。
反省無しに、再生は、無い!
學んでおられ無い方は、信じられ無いと思うが、世界各国の心霊研究は、現在、かなりな水準に達している。
死に逃げ出来ない事も、解き明かされて居るのである。《どう死に逃げ出来ないかは、自身で學んで頂きたい》

現在は、心霊は科学であり、世界の先端科学の領域にある事を、知って頂きたい。


■完全憑依

私が一番懸念して来た事が、現実に姿を現してきました。

自分自身が制御不能に堕ち入り、人を傷つけ殺し、その後自分も死を選ぶ犯人。
今回は、ほぼ同じ時期に犯行が行われたので、大々的に報道された。
相手を殺し、自らも死に逃げをした犯罪者は多い。
無差別に、犯行に及ぶケースが増えていることを、皆さんは御存知ですか?

これは、先に死に逃げをした者が、今回の犯人に憑依して犯行を助長し、もっと沢山の人達を不幸に引きずり込む為の策略である。
完全憑依は誰にでも起こりますが、今回の犯人二人は、自らが憑依を歓迎したのである。

今回の犯人二人は、普段は大胆な事など出来無い小心者です。
しかし、完全憑依と共に人格は豹変します。
正に、完全憑依だから出来るとも言える、犯罪行為なのです。


この様な事件が発生すると、必ず言われる事が、犯人の精神鑑定。
しかし、何時でも何の解決にも成っていないのも、事実では無いでしょうか?

日本には昔、終身刑が存在しました。
現在では、無期懲役に変えられている。
無期懲役では、だいたい15年位で出所しているのです。
死刑は、二人以上の殺人を犯さなければ、死刑には成らないのである。

人道的見地と云う人が居るが、被害者の人権はどうなるのか?
被害者には罪は無いのは当たり前だが、人権は戻らない。
身勝手な犯人には人道的見地が適用され、被害者は戻らない。

しかし、この手の事件は増加して居るのも事実であり、いつ私達に襲い来るか分かりません。
来るとも来ないとも、誰にも分かりません。
だから、怖いのです。

完全憑依は、何処にでも現れます。
今、必要なのは防備であり、防御なのです。

頭の良い人達が幾ら考えても解決出来なかったのも事実であり、日本が諸外国に比べ、霊的知識が百年遅れて居るのも事実である。
事実を知ってこそ、対処も可能に成るのです。

■生霊

生霊は、人間が放つ念波の一種で必ずしも、良いものでは無い場合があります。
怨みの念が強ければ、強いほど飛ぶと言っても過言ではない。

しかしその全ては、最終的には、自分に跳ね返る事になる。
此処に事例を挙げておきます。

私がA氏に依頼を受け、霊視すると様々な怨みの念が渦巻いている事を知った。

A氏は、会社の重要人物で決定権を持つ地位にある人で、今まで様々な仕事上のトラブルを解決して来られた方だが、その手法は、いささか強引な面も有った。

相手を思う気持ちは、優しいのですが、相手は、そうは、思って居ない。
ただ自分の地位を奪った憎い奴なのである。

A氏は、強引な手法だが、その後は、相手の身が立つように奔走し助けた事は数知れない位あるのですが、怨みの念に凝り固まる者には、馬の耳に念仏である。
A氏を呪い、我が身を鬼に変え、呪う心は生霊と成りA氏に取り憑いて居るのである。

私は、余りにも数が多いので、一人一人を排除呪縛しても、拉致があかないと判断し奥の手を使う事にした。
仏母孔雀明王法を使う事を決意し準備を始めた。

孔雀明王法は、悪鬼羅刹を消滅差せるには、最適である。
孔雀は、好んで毒蛇を食う事から密教では、調伏法に使われる事が多い修法である。

私が修法を始めると、段々視えて来た。
相手は、普通の人間だけでは、無かった。

金で呪いを請け負う呪法者が混じって居た。
術勝負である。

私も呪法は心得ている。
呪い返しを相手に掛けて、念を込めた瞬間、手ごたえがあった。

相手はただでは、済まないであろう。
呪い返しは、呪う方依り返す方が強いのである。

但し、素人が生齧りでやった場合、逆に危険を伴うので、勧められない。

よく質問される事だが、呪法師に依頼すれば自分は大丈夫だと思って居る人がいるがそれは、完全な誤りである。
同罪なのである。
呪法が例えば成功しても、後で何倍にも成って、自分に返って来る事を知らない人が多いのも事実である。

私が返した、呪いは、呪法師と依頼人に全て返り、ただでは、済まない。

その実態は、生々しいので書く事を控えますが、どんな事が有っても、呪いだけは手を出してはいけ無い。

罰は、人間が与えるのでは無く、神仏が与える究極の反省です。
ですから、悪事が今世でバレなくても必ず報いは、あります。

死に逃げは、出来ません。





by kongousan-akafudo | 2018-12-05 12:00 | └私たちの暮らし

死に逃げに関する密教ブログ~前編

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■心の闇

自分の存在がバレなければ大丈夫。
私では無い。
そんな事は知ら無い。
私は関係無い。

様々な言い訳?
それは全て、自分に帰ります。
逃げても逃げても、逃げ切れ無いのです。
最終的には、死んで逃げようとします。

しかし、死んでも、逃げられ無いのです。

自分が犯した罪は、死んでも逃げられ無いのです。
それがカルマ、因果の法則であり、全ての人に適応される法則なのです。

私とて例外ではありません。

皆、平等です。
しかし、悪い事を解って居て犯した罪は、償いが待っております。

人は、生きた様に死にます。

何故ならば、死に逃げは出来ないのだから。

■調伏法

密教秘法の中でもあまり行わない秘法でありますが、人間界の法則を持っても倒す事が出来ない場合に行う、大法で御座います。

詳細は、模倣を避ける為に書きませんが、怨敵退散を祈願するには、明王部の御力を頂き、発動する。
代表的な調伏法は平将門の乱で、調伏法を厳修したのが、不動明王尊の法《仮名》であります。

高野山から成田山新勝寺に不動明王像を移し厳修した。と伝えられております。

私も久々に調伏法を厳修する事になりました。
内容は書けませんが、調伏法に関しては、私利私欲がある依頼は御断りしております。

私が依頼を受ける基準は、以下の通りであります。

①依頼が、私利私欲で有ってはなら無い。
②大義名分が、必要である。
③調伏法を厳修する事で、大勢の人が救われる事。
④依頼に虚偽が無い事。

以上の事柄を満たした時に、御受けするか、否かを決定します。

虚偽が有るか無いかは、本人《依頼者》しか分からない事ですが、私は霊視して虚偽の有無を確認します。

調伏法は、そこまで厳密にしなくては成りません。
密教の法はそれほど強力であり、邪な考えで扱えるほど甘くは御座いません。
緩やかに扱えるほど、密教秘法は簡単ではありません。

密教には、此処に書く事を憚るほどの秘法も数多く御座います。

一例を挙げれば、金持ちに成る為の秘法では、宇賀神法、鬼子母神法《仮名》多々あります。

極め付けは、聖天法があります。

当院には、聖天尊も宇賀神尊も秘仏として安置して居ります。

その他の諸天天神は御本尊赤不動明王尊の眷属神であり、御本尊様の命に依り召喚自在であります。
しかし乍ら、其処に、虚偽を認められた時には被ります。

何事も正直に行い、正義を満たす時、天は御味方されます。

今の時代、虚偽がまかり通る様に思う人間も多々居りますが、必ず被ります。

全ては、人間を騙し逃れる事が出来ても、それは人間界の事象に過ぎません。
人間界を逃れても、恐ろしい罰が待って居るのであります。

人間は、死して逃げる事は出来ません。
死に逃げは出来ません。

■死に逃げ

昨今の事件の概要を視ると、被疑者死亡《犯人死亡》の事件が多く成って来ました。

此れも、根底にある思想は物質的価値観です。
死ねば、終わり。
何も責められること無く、逃げられると考えた。
自らを、物質としての捉え方の典型である。

どんな非道な事を起しても、何を遣っても死ねば終わり、逃げられると考え、後はどうでも良い。
自分さえ良ければの考え方は、正に物質的価値観そのものなのです。

戦後日本は、アメリカ式価値観に依り経済的な繁栄を遂げた事も事実です。
引き換えに、日本人的精神論を捨てたのも事実である。
金、金、金と追い求め。
今日では、アメリカ的犯罪が蔓延り、全ての人々を危険に晒して居るのも事実である。

死んだら終わり、は日本人思想には無かったのです。

神仏を尊び、死後の世界を考え、學び、精神性を大切にして来たのが、大和民族であり日本人なのです。

私の子供の頃は、悪い事をすれば地獄に堕ち、閻魔大王の裁きがあると教えられて育ちました。
また、悪い事をすれば、お天道様が観ていると教えられました。

自分に恥無い生き方をしろと、言われたものです。

それに引き換え現代は、金、金、金と、金を得る為なら、何でもありの様に。
政治家、企業、嘘と堕落の、オンパレード。
正に、餓鬼界の亡者である。

私は、言います。
心ある方々は、自身を俯瞰し、學んで下さい。
必ず、解るはずです。

今、學ばなければ、大変な事態が来ることを。
それから學ぶも、學ばぬも、全ては自由です。

しかし、一言申し上げます。

人間は、死んでも死な無い!
悪事を働き、現界から、逃げられたと想うのも自由。

しかし、真実は一つである。
決して、死に逃げは出来ません。

■死に逃げ

皆さんは、死んだらどうなるか御存知ですか?
大部分の方は、死んだら終わりと考えて居るでしょうが、死んでも終わりは、来ません。

むしろ、肉体が無い分、精神は、研ぎ澄まされ鋭燐に感じます。
そして、何故、死んだのに意識があるのか不思議に思うでしょう。

当然です、肉体の衣に包まれて居た時は、肉体的衝動に左右され、自由では無かったのです。

死んだ瞬間から、肉体的拘束から解放された自分は、自由である。
しかし、其処には、法則があり自らが望み、生きて居た時と同じ道を歩んで行くのである。

悪人は、同じレベルの悪人世界に入り、殺し合い、傷付け合い、未来永劫続けて行くのである。
その世界に居るのは、生前に犯罪を犯したり、誹謗中傷を好み、嘘や詐欺行為を繰り返し死んだ人間が好んで行く世界《本当の地獄》である。

その世界は、殺しても死なない世界である。
何故か?滅する肉体が無いのだから当たり前です。

しかしその世界の住人は、痛みや苦しみだけは、持って居るのである。
何故か?《執着心》欲を捨てられ無いから、生前に罪を平然と犯したのである。

欲は、あらゆる神経に作用し、死しても生き続けます。
その逆に良い事は、血管を通り体内に吸収され良心を育みます。
ですから、人間は、生きた様に死ぬのです《死とは、言わば魂の解放》
だから、死に逃げは、出来無いのです。

■死に逃げ

様々な犯罪を犯し《テロも含め》自殺する犯人。
人を殺し、自分は自殺に逃げる。
火炎瓶を投げ、大勢の人を傷つけ自殺する犯人。
好きな人を殺し、自殺し逃げる犯人。

正に、身勝手、極まりない犯行。
其処にあるのは、幼稚な逃げである。

簡単に言えば、怒られる事が怖くて逃げ出す悪餓鬼そのもの。
同情も慈愛も必要無し。
悪魔の所業である。

人間は、我が身で犯した事を反省し、成長する。
成長を拒み、悪戯に逃げる時、成長も発展も無い。

死ねば逃げられる。

私は、ハッキリ断言致します。
絶対に、死に逃げは出来無いと。

どんな高尚な理論を唱え様と、他を傷つけ、他を殺せば、只の犯罪者である。

戦争も同じである。
個人が行えば、犯罪者。
国家が行えば、戦争。
馬鹿げた理屈である。

但し、戦争の場合の違いは、命令され戦争に駆り出された人には救いの手が差し伸べられますが、戦争首謀者達には未来永劫、安心も救いも存在しません。
あるのは、未来永劫に続く苦しみと、自戒、反省の未来である。
霊界の法則に、取りこぼしはありません。

《信じるか信じ無いかは、全て自由意思です。》

本当の法則を知る時、凡人は震え、犯罪者は、恐怖に震え上がるであろう。

何故か?

全ての生きとし生けるものは、死に逃げは出来無いのである。

■死に逃げ

何故、犯罪者が自殺するか?
それは、死ねばこの世の罪から逃げられると考えたからであるのです。
確かに逃げられるが、次に待って居る世界を、彼らは知らない。

殺せば殺され。
盗めば盗まれ。
騙せば騙され。
傷つければ傷つけられる。

これは法則であり、摂理なのです。
逃げても逃げられない、永遠のカルマである。

死んだら終わりと考えている人は、これから書く事を観ない事をお勧めします。
死んだら終わりなら、嫌ならリセットすれば良いの考えに至る。
それは、正に物質的価値観の表れであり、全てが金と物質の思想で形成されて居る。
この思想の持ち主には金が全てであり、金が減ることを極端に嫌う傾向がある。

これから話す事は、事実です。

ある夫婦の出来事
彼女は、お金のある男性を選び、結婚しました。

半年が過ぎたある日。
ある事で大金《数十万円》が必要に成った事を、主人に説明しました。

しかし主人は、結婚すれば二人で働いて預金が増えると思っていたのに、逆に、預金が減るなら離婚したいと。
彼女は、うな垂れた。
正に、彼は金の亡者である。
家庭に金を使わず、預金を増やしたいだけの結婚だったのです。
正に、物質的価値観の典型的な例である。

自分が良ければ良い。
これも、物質的価値観から生まれる利己主義である。
犯罪も同じである。
物質的価値観が産む弊害である。

霊界からの警告は、ありました。
これ以上の事は、ここでは書けない内容なので、この続きは私塾、密教塾で解説致します。






by kongousan-akafudo | 2018-12-04 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑩

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■低級霊の憑依

昨今、低級霊に憑依されている方々を、視ることが、増えているのが現実である。

あまり、気持ちの良い物ではない低級霊は、様々なかたちで、存在します。
一例をあげれば、自殺者が供養もされず、放置されて低級霊に変化する事もあります。

生前に自分勝手な、傲慢な人ほど、低級霊に堕ちるケースが、増えているのも事実です。
男女の比率で考えた時、あくまで私観ですが、男性の低級霊化が、増大しているのも事実です。

人間は死んでから、霊体に戻りますが、生きている時に、物質的価値観の強い方は、自分が死んでいる事さえも、認めません。
今、私が抱えている案件の中にも、低級霊に憑依されて、普通の生活もままならない方もいます。

低級霊に憑依された場合除霊だけでは、不十分なのです。
今の低級霊を、私が除霊しても、別の低級霊が空家に入る様に、またすぐに、憑依されてしまいます。
それを、全て除霊するには、準備期間を入れて、一カ月間の大仕事になり、
私も一カ月間、他の仕事が出来きない分、依頼者に掛かる負担は、大変です。

憑依される人は、次ぎのような人です。

①傲慢な人

②怠惰な人

③思い遣りのない人

④自分本意な人

⑤残酷な人

⑥人を愛せない人

以上の条件が当てはまる人は要注意が必要です。

憑依を防ぐには、普段からの心掛けが、最も重要なポイントです。
そして、憑依が疑われる様でしたら、先ずは心療内科を受診する事が先決です。

霊能者の出番は、それからでも遅くありません。
先ずは、理性で判断する事が大切です。

■自殺者の証言

私は、この題材を書く事を今まで躊躇して来た。
しかし、自殺者が急増してきた昨今の現状を見て決意した。

何故、人は自殺に走るのか?
それは、精神医学では様々な学説があるが、根本には、死んだら終わりの物質生滅思想とも言える考え方が、背景にある。

何故、そうなるのか?
簡単明瞭に言えば、霊界の真実を知らないからに他ならない。

私は、此処に自殺者本人から直接、語られた真実をお伝えします。
信じないと思う方、嘘、虚言と思う方は、以下はお読みになられない事を、お勧めします‼️

実例①
列車に、飛び込んだ若い女性の証言。
あの日は、朝から頭痛がして、寝ていたかった。
しかし、大学の単位が必要だった。
起きて、いつものように駅に向かった。
足元が少しふらつく、そして、駅のホームに、そこに特急列車が走って来た瞬間強い力で引き込まれた!
後は、覚えていない
彼女は、自縛霊に引き込まれた被害者だが、警察の調べでは、自殺扱いだった。

②ビルからの飛び降り病院の屋上から、飛び降り自殺したA氏は、家族にも恵まれていたが、
自分が病気で、入院している事が我慢出来なかった!
今迄に自分の思い通りに、生きて来たA氏には、耐えられない出来事だったのだ。
毎日が嫌で、いっそ死んだ方がましだと、考えていた。
あの日の明け方、死にたいと考えていたA氏が、死にたい、死にたい、が、突然、死ねる!に変わり、屋上に上がり飛び降り自殺した!
人間は、動物の中で、唯一自殺をする。
それは、肉体と魂のアンバランスから起こる、憑依現象である。

③感電死彼女は恋人と別れ、尾椎の底にいた。
同居している実の兄は、電気技師。
彼女は、兄に冗談っぽく聞いた。「家庭の電気では、人間は死なないよね?」
兄は、答えてしまった!「簡単にこうすれば、死んじゃうぞ」と。
その日の夜、彼女は、自室で感電死を遂げた。
兄は、自分が教えた事で妹を殺したと、自分を責めた!

私は、様々な相談の中で上記の様な自殺者と、話しをすると、自分が自殺した事を覚えていないケースが、多い事に氣づいた!
それは、憑依に依る例が、増えている証しなのです。
私は、昨今の現状に、不安を覚えている。

■依存

親子依存に依る、憑依現象があります。
依存には、様々なパターンがありますが、親が自分の寂しさを癒す為に、
ほぼ強制的に子供を自分に依存させ、子供の精神的自由をコントロールして、自分に依存させていきます。

最初は、親に褒められたい一心で、子供は従います。
時が経つにつれて、親が子供に対する依存度が増していきます。

そして、子供が成長し成人し結婚しても続く。
子供に対する、親の依存、ここまで来ると、簡単には打開する事は難しく、深刻な状態になっていきます。

過去に、私が手掛けた依存に依る憑依現象を、少し語ります。
子供は、親に良く思われたいと、必死に母の言いなりに行動します。
母は、いつしか自分の子供なのに、便利な子分が、出来た様な錯覚に陥ります。
その母は、元々が依存心の強い人なので、あらゆる神仏に願を掛けては放置して、新しい神社仏閣に行く人で、
結局、行った先で憑依されて、その影響で子供も憑依され、自殺未遂を繰り返す様になった頃、
ある人の紹介で、私の庵に来られた時は、子供さんの憑依と母親の憑依を外すのに、相当な苦労をしましたが、
今では子供は、しあわせな結婚生活を送っておられます。

母親は、自業自得と申しましょうか?
現在は精神を病み、入院中である。

愚僧があと少し、母親と早く会っていれば、何とか、助けられたかも知れません。
今、想うと、切ない一件でした。

■納得

人は千人いれば、千人の考え方があります。
霊体は、もっと複雑です。

事件、事故、自殺…状況に依り説得していくには、時間と根気が必要です。

何故か?

人間は、死んだら終わりと考えている人は、自分が死んで居る事を理解出来ないのです。
死んだ自分に何故、意識があるのか?
何故、自分を家族や友人が、無視するのか?

解らないのです。

御線香、御華、供物を供えても、死んだ事を理解していない霊体には届きません。

何故か?
死んだ事を理解し、納得していないからなのです。

死んだ事を納得すれば、見守ってくれている高次元の霊体が優しく寄り添い、幽界へと導いてくれるのです。
生きている、私達も同じです。

自分が納得して行う事と、納得していない事をする時の事を考えて下さい。
納得する事の大切さが、お解り頂けると存じます。

■経験談

あれは暑い夏の日でした。
一人の女性が、庵を訪ねて参られました。
亡くなられた、友達の供養をして欲しいとの事。
まずは、供養して欲しい方の名前と命日を書いて頂き、亡くなられた時の事を聴き、読経に入ると全てが視えました。

ビルの屋上から、投身される姿が…
しかし、変なのです。
お家に帰られているはずのその方が、今だにビルの下にうずくまる様に一階の非常階段の横にいる姿が視えるのです。

読経が終わり参拝者にその事を告げると、親友なので助けて欲しいと頼まれ、私はその方の車に乗って現場に直行しました。

到着して、直ぐにわかりました。
亡くなられた方が、戸惑い帰りたい…何故?…と様々な、思いが伝わります。

私は、相談者に口速に告げました。
此処には、沢山の地縛霊がいます。
貴方の友人だけを、私に憑依させてます。

私が訳のわからない事を口走るかもしれませんが、貴方は取り合わず、友人の実家に私を連れて行って下さい。
私は真言を唱え、一人だけをその場から引き離して私に憑依させ、車は実家に向けて走りました。

実家の近くに来ると、運転手の彼女が、お葬式の時に一度しか来た事が無いので道に迷いました。
すると、私の中にいる彼女が道案内をしてくれました。
当然、私が彼女の家を知る訳もありません。
ある家の前に来た時に、彼女と運転手の彼女が同時に「実家です!」

私は、憑依させている彼女を連れて実家の前に立ち、彼女を帰して庵に帰り、彼女の為に供養の読経を続けました。
今では、霊界に帰った彼女が、あの時の真相を教えてくれました。

やはり、自殺ではなかったのです。
引き込まれ!でした。

■自殺のメカニズム

私は、今日まで、多くの自殺された方々と、向き合って参りました。
皆さん口を揃えて言われることは、後悔の言葉です。

親、兄弟、夫、妻、子供…自分にと、皆さん悔やんでおられます。

人は、自分の中に自爆のスイッチを持っています。

では、どのような時に、自爆のスイッチを押してしまうか?

一緒に考えてみて下さい。

①学校や職場でのイジメ

②家庭内の不和

③お金にまつわる揉め事

④先行きの不安

⑤失恋、その他

最大の原因は、魂の迷子です。

魂の迷子に落ち入る前に、自分自身を俯瞰して観る訓練をお勧めします。

俯瞰するとは、理性的にあらゆる角度から自身を見つめ、自身の行動の善悪を理性的に捉え、分析し、魂の成長を計ることが目的です。
難しく考えず、客観的に自分を眺めて下さい。

そして、自分を愛して下さい。

自己中心愛では、ありません。
自分を愛するとは、正しい視点に立って、自分を見つめる事です。

自身の心に、自問自答する事も、魂の成長につながる、大切な行為でもあるのです。
自分を、自身が、滅する事は、魂の理解度不足から来る、魂の迷子なのだから。




by kongousan-akafudo | 2018-12-03 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑨

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■お計らいを逃す人

拙僧の元には、多くの方々が様々な悩みを抱え、相談と加持祈祷の依頼にお出でに成ります。

しかし、どんな祈祷をしても無駄な例を挙げて置きます。

拙僧の自論ですが、効かない祈祷は気休めにしかならない。


では、本題に入ります。

ある御婦人が悩みを抱え、寺社を訪れ、悩みを打ち明け、僧侶、神官は、適切な祈祷法を選択し、祈祷に入りました。
お計らいの力が働き、成就。
その後、御婦人は事ある度に祈祷を依頼、そして成就。
だんだんと傲慢に成り、想う結果が出ないと心の中で、

想う様な結果が出ないのは弱い神仏に、頼ったからだ

と思い、大社、大寺院に依頼をする様になってしまった。

最後は妖しい宗教にのめり込み、全てを失って自殺してしまった。

一見、宗教が悪い様に思われますが、真相は、傲慢と怠惰が招いた結果である。

感謝が無い、お計らいを理解出来ない未熟さ故の結果である。

例えば、あなたが御本尊様にお願い事をした時、御本尊様は、あなたの人生で学びに成る事に対して眷属を動かし、様々なお計らいの力を発揮して下さいます。
それは、御本尊様そのものなのです。

あなたが塾生に成ったのも、あなたの守護霊様のお計らいです。
言い返れば、私達は護られて居るのです。

守護霊様や諸尊の御加護にそれを自覚出来て居ないだけなのです。

これからは学びを一層深め、自分に御役目が降りて来る事を願い乍ら待ちましょう。

そして、準備をしましょう。
相応しい自分に成る為に。
全てに早道は、ありません。

あるとすれば、それは日々の暮らしの中に有る課題を探し出して学ぶ事なのです。

■私の天職と適職

私の天職は密教僧ですが、適職も持っております。

適職はあくまで生活の糧であり、それ以上でも無ければそれ以下でも無い、
但しどんな適職であろうと、疎かにした事は無い。

以前、仕事上のコンクールがあり、冷やかしで出場させられた大会で優勝してしまった。

私は、仕事場では、必要以上の事は喋らない。
工場の片隅で、黙々と与えられた仕事をこなすだけの変な爺である。
若い者に馬鹿にされても、黙っている。

そして、コンクールの日がやって来た。

ゼッケンを付け、いざ競技開始。
終わった時、私は優勝していた。

私の会社の人間は、全員呆気に取られていた。
馬鹿げた事である。
笑い者にしようとした爺に、全員が敗退。
誠に愚かな事である。

私が適職を続けるには、訳がある。

密教僧としても食べては行けるが、最大の訳は依存である。
私を頼り、遠方より祈祷を受けに来る方々に、過分な負担を掛けたく無いのです。

私は祈祷料の請求をし無い。
依頼者の気持ちに任せて居るが、それで良いのだ。

私は、適職で食べて行ける。
天職を穢す必要は無い。

ところが、一度来た方々は必ず長い付き合いに成って居る。
私の弟子も、元は参拝者の一人だったのです。

こんな、爺を頼り託してくれた加持祈祷。
私は、全身全霊を掛けて祈祷する毎日です。

皆さんも、仕事をお持ちだと思いますが、適職はあくまでも生活の糧。
命を削る仕事は、お辞めなさい。
不幸の種にしか成りません。

適職は、あくまで適職。
命を削るほどの価値などありません。
適職は、家族を養い、自分も生きる糧と心得えておやりなさい。

命を削る仕事は、自殺です。
貴女は、自殺する為にこの世に生まれたのではありません。

■末路

私は、祈祷僧…依頼があれば、何処へでも行きます。

その日は、信徒さんからの紹介で、ある企業の不浄祓いと、火伏の祈祷を頼まれていた。
行ってみると大きなビルに、工場と敷地…立派な会社である。
その様な会社が、何故、私に祈祷を依頼して来たのか?

その会社には専門の寺が付いていたおり、様々な怪異現象が発生する度、専門寺が祈祷に来ていた。
が、怪異現象は収まるどころか、火事騒ぎまで起きる始末…。
そして私の元に依頼が入り、行って視ると怒りの念が渦巻いていたのです。

ひとまず依頼された事案に対して、祈祷を開始して驚いた‼️
怒りの念が湧いてくる源は、会社の中。
生きている人間の怒りの念は、死者よりよほど怖いのです。
時により、人間の念は人を死に追いやる場合があります!

そして、執拗に何度でも繰り返し襲って来ます。

今回の場合は、念の発信場所も特定出来ているので大丈夫だと思ったが、思わぬところに落とし穴があった…。
経営者である。
経営者の社長室に招かれ、社長と談笑していたときは、温厚な良い人だなぁ~と、思ったが間違えだった…。
私が帰った後、不満分子を探り始めたのである。

不満分子を探る様な事をせず、不満解消を考え実行すれば、会社には新たな息吹が起こる。
と助言したにも関わらず…

犯人探しをした影響で不満は増幅し、最後は、詐欺師に会社ごと乗っ取られ、経営者の社長は、入水自殺をした。
と、後年聞いた時は人の念の怖さを改めて知ったのでした。

■自殺

昨日、帰宅途中に電車が緊急停止した。
車内アナウンスでは、人身事故発生だという。
代替え輸送の案内に導かれ、バス、電車を乗り継いで自宅になるべく近い駅を教えて戴いた。

下車後1時間、徒歩にてやっと帰宅。

私は、歩きながら犠牲者の事に思いを馳せた。
僧侶である私は、過去に電車飛び込み自殺をされた方の葬儀の導師を勤めた事があります。

その時の話しです。

ご主人が亡くなられ、奥様と幼い子供達が残された葬儀は、愚僧の提案により骨葬にて執り行ないました。
子供達には、遺体に成った父親との対面は控えたが、その訳は御察し下さい。

愚僧は遺体引き取り時に同席。
ご主人の遺体に引導作法を施し、遺族と火葬場に同行した。

荼毘に付した遺骨を奥様が抱き、親戚の方々に付き添われて自宅に到着。
子供達と涙の対面と成った。
読経中もすすり泣く声が絶えず哀れを誘った。

初七日の法要に行った愚僧は、其処に見たものは電車会社の人達であった。

愚僧の姿を見て話しは中断したが、察しはつく。
費用負担の話しである。

昨日の電車人身事故では、代替え輸送の費用は私一人でも600円位は掛かっていました。
距離に寄っては、もっと費用が発生したと思いますが、電車会社が費用負担するとは考え難い?

私には費用の事はわからないが、この時の遺族の心境を考えると、察して余りある所があります。
初七日の法要が進む中、部屋の隅でうずくまる男性。
自分のしでかした事の重大さに、今気付いた様である。

そう、行くところにも行け無いのです。
然りとて元に戻れる筈も有りません。

死んだら全てが終わると思い、咄嗟に衝動的にした行為でも必ず後悔します!

愚僧は苦慮しましたが、今この場で浄化するよりも、奥様、子供達がご主人の自殺によりどれだけ苦しみ、傷つき、悲しみ、現実に喘ぐ姿を見て、ご主人が反省された時に、改めて浄霊に来ようと心に決め、初七日の法要を終えました。

四十九日の法要は頼まれて居ませんが、あくまで愚僧の好意である事を、前日に奥様の実家にご連絡させていただきました。
了解を得て参上させて頂くと、奥様、御親族の方々が出迎えて下さり、しめやかに法要を執り行ないました。

一言。「今より浄霊供養をさせていただきます。」
浄霊により、ご主人の亡き祖父にお迎えをしていただき、ご主人の御霊は、界に帰られました。

帰る時は、自分の過ちを認めて反省し、修行を約束されて霊界に帰られました。

人の感じ方、苦しみの度合いがある事も解ります。
しかし自分の命を自分で断つ行為は、人生の卒業では有りません。
中退です。

人生に無駄は、有りません。
耐えられ無い苦しみを神仏は、与えません。

自殺する勇気があるなら、何もせず寝て苦しみが去るのを待つのも勇気ではないでしょうか?

■ラップ、騒霊現象

私は、今迄に数えきれないほどのラップ音を聴いて来ました。
その中でも悲しくせつないラップ音の話しです。

そのご夫婦は、息子さんと三人暮らしの平和な家庭でした。
ご夫婦は、正に、オシドリ夫婦。
何処に行くにも手をつなぎ、労わり合う優しいご夫婦でした。

其れが在る事件を境にバラバラになって行ったのです。

息子さんは、幼い頃から優しく利発でした。
その息子さんが魔性の者に魅入られて性格も一変。

ご夫婦は、何とか自分達の力であの優しかった息子さんを取り戻そうとしました。
が、結果は、惨敗❗️

愚僧に相談していてくれたら、悲惨な出来事を回避する事が出来たと思うと慚愧に耐えません。
何故、ご夫婦が相談に来なかったか?

後にご主人から伺いましたが、こんな事で相談に行ったら恥ずかしいと思う気持ちが強かった。
結果、最悪の事態に成り、自分も死のうと思い歩いていると、寺の前に立っていた。
後は、号泣…。

魔性の者は人間界に入り込み、人間の負の感情を最高の糧とし、歓喜します❗️

普段は、男女問わず化身し、在る時は美女美男、その他、注目を集めそうな者に憑依します。
最後にはその者をも破滅させ、糧として歓喜乱舞します❗️

見分け方は、簡単明瞭です。

善を嫌い、悪を尊び、悲しみの涙を飲用し、悲痛な叫びに歓喜する。
今迄の事件で、上記に当てはまる事がここ数年頻繁に発生していますね⁉︎

息子さんは自殺、奥さんも後追い、ご主人は幸い元気でおられますが、今は俗世を離れ出家されました。

何故、魔性の者が出てくるか❓
其れは、現代人が無機質に成りつつ在るからかも知れません。

魔性の者が大手を振って跳梁跋扈する様な日本にはしたく無いですね。
精進潔斎

■宿命と寿命

宿命と寿命は基本的には、変えられないのです。
しかし、好転させる事は、出来ます‼️

全てに於いて、何もしなければ変わりませんが、何もしなければ、悪化する事も多々あります。
例えば病気。
治療しなければ、確実に悪化する事でしょう。

家庭を例に挙げれば、夫妻の間にも、夫が妻を道具の様に扱えば、
何時の日にか、手痛い反撃に合い、悲しい顛末を迎えることでしょう。

また、逆に妻が夫を、金を運ぶ運搬車の如き、扱いをすれば、運搬車は、二度と元の車庫には、戻りません。

互いに、助け合う所には、調和が生まれ、自己主張の中には、不協和が生まれ、
やがて破局を迎える様に、何もしないと言う事は、何も好天しないと言う事なのです。

寿命も同じく、身体を大切に、使いケアーする事も大切です。

人間は、生まれてくる前に、寿命も決めて、生まれて来ます。
生きるも、死ぬも天まかせは、真っ赤な嘘である‼️

広義では、死ぬ時期も、死に方も、自分で決めて生まれて来るのです。
ただし、自殺は肉体の意志であり、魂の意志では、ありまかせん‼️

言わば、宿命も寿命も、自分で決めて、生まれて来ます。

運命は、変えられます‼️あなたの、強い意志があれば、変えられます。

しあわせを決めるのも、あなたが主体なのです。
逆に、不幸を決めるのもあなたなのです。

物質を得ることだけが、幸、不幸のバロメーターだとしたら、人生とは、愚かな時間の無駄だと私は思う。




by kongousan-akafudo | 2018-12-02 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑧

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■納得の死

昨今、自殺者が急増して居る事を皆さんは、御存知ですか。

これから、自殺のメカニズムについて少しだけ、お話しします。

昨日も親子が電車に飛び込み自殺をしました。
一人は、重傷一人は、死亡する事態です。

自殺した方に聞いてみると、ほとんどの方が、自殺した瞬間を覚えて居ません。
中には、死んだ事も理解して居ないのが現実です。

では、何故その様な事に成るのか。
それは、死んだら終わりと云う考え方、いわゆる物質的価値観がそうさせて居ると言っても、過言ではありません。

嫌なら辞める、捨てる、無視する、これらは、完全な物質的見方であり、物質的価値観なのです。
その逆に、正しい信仰心を持つ方は、おかげさま、有り難い、賜わります、の感謝の念を持つて居られます。

感謝の念を持つ方には、悪霊も近寄れません。
悪霊は、死にたいの念に反応し、死にたい、死ねるかなが、死ねるに成り、自殺が実行される訳です。

引き込まれは自殺には成りませんが、納得が無い分迷います。
死については、如何なる経典聖書より、納得に勝るものは無いと考えます。

■學び

人は、學びを求めて現界に生まれて来るのです。

では、學びとは、と首を傾げる方も居るものと考えます。

例えば、しあわせいっぱいに過ごして居る人を見て、うらやましいと思う人は沢山居ると想いますが、頑張ったねと想う人は、少ないのでは無いでしょうか?

人が成功しようと、凄い幸運に恵まれようと、うらやましいと考えてはイケマセン!
うらやましいと考える方々は、次の事もうらやましいと考えて下さい。

しあわせいっぱいの老夫婦、家もある、食べる心配も無い、家の中には、全てが揃って居る。
そして、老夫婦は、仲良しである正に、絵に描いたような生活である。

それを知る他の老夫婦は、毎日のように夫婦喧嘩に明け暮れて、あの家は旦那が良いから、あの生活が出来るのだと羨みます。
あの家の奥さんの様に美人なら、俺も頑張れる。

それに引き換え、内の奴は、文句ばかり、まったくあの家が、うらやましいと思う爺さん。
まったく何を学んで来たのかと想う方も居るでしょうが、彼らも學びの最中なのです。

実は、他にしあわせいっぱいに見えて居る老夫婦の過去には、大変な悲しい過去が有ったのです。

営んでいた事業が倒産、家族の相次ぐ自殺、生活苦、裏切り。
様々な苦を乗り越えて、やっと掴んだ一握りのしあわせ、なのです。
他人を見てうらやましいと思うなら、その人が乗り越えて来た苦難もうらやましいと思う事です。

但し、あなたが耐えられるかは別です。

人には、それぞれに學びの段階があります。
他を羨み、自己を卑下する者には、低い學びの段階が待っているのである。

高次の學びには、それだけ負荷が掛かります。
その選択をするのは、あなたなのです。

學びの段階を自己が選び、自身に負荷を掛けるのですが、途中で怖気付き、この世を放棄する人が増えて居るのも現実です。

私達は、もっと學び、理解を深めより高度な學びの段階に進ま無くてはなら無いのです。

文明が発達、進化しても、魂の発達、進化が伴わなければ、また、地上に戦火が巻き起こります。

あの愚行を、繰り返さ無い為には魂の発達、進化が必要なのです。
では、如何すれば発達、進化出来るのか?

それは、一口には、語り尽くせません。

學びたい方々は、密教塾に入塾して下さい。
様々な角度から見る景色と同じように、楽しみ乍ら学ぶ事が出来ます。

學びは自分磨きの時間であり、人生をより良く生きる為の法則なのです。

■乗っ取られた意識体

昨今の犯罪者の大部分が、意識躰レベルの憑依である。
この憑依は、完全な地獄レベルであり、救いきるのは不可能に近い、恐ろしい憑依である。

そして、最も恐ろしい点は、本人から罪悪感をも感じさせない点であり、従って、再度犯罪に走らせ、前回より兇悪で残虐な犯罪を犯させるのである。
また、生命の尊厳など微塵も感じ無いので、獄中でも自殺出来るのである。
過去に兇悪犯罪者が獄中で自殺を遂げたのは、このケースである。

そして、浮遊霊に成り、今度は自分が憑依霊と成り、心の弱い者に憑依して新たな犯罪を生み出して楽しみ、繰り返して行くのである。

彼らは、二度と霊界に帰ることは無い。
現界にとどまり、新たな殺戮の準備をして居るのである。
最終目標は、戦争と云う大量殺戮と、善良な人達の悲しみ、怒りの障気である。

■想念と感情

人間は時として、意識と関係無く、他人に悪想念を発している場合がある。
その場合、悪想念が生霊に変化し、相手に危害を及ぼす場合がある。
以下は、その実例を私の経験から記しておきます。

生霊に変化した想念

私はその日、あるお宅に病気平癒の祈祷を頼まれ、訪れた家で家人の異変に氣づいた。
娘さんの後ろに異様な人陰が揺らめいて居る。
私は、娘さんに質問をした。

①最近食べ物の好みに、変化が無いか。
②突然の不安を感じる事が無いか。
③何でもない様な事で、怒りを感じる事が無いか。
④恐ろしい夢や、嫌な夢を最近よく見る。
⑤よく、怪我にみまわれる特に、最近は、多い。
⑥友達や同僚に言われの無い事でイジメに遭う。
⑦最近、何か集中して物事が出来無い。
⑧寝て居るのに、眠くてたまらない。
⑨他人との関わりが、面倒に思われ、一人で居る事が多くなった。
⑩自殺を考えている、または、死にたいと考えて居る。

上記の項目に複数、該当する方は要注意が必要です。
間違い無く、憑き物です。

放置すれば、悪化する事は必定。
信頼出来る法力僧の力を借りて下さい。

本題に戻る。
娘さんは、全ての質問にハイであった。
私は、加持祈祷を勧めた。

そして、寺で加持祈祷をする事に。
母親が見守る中、娘さんの祈祷開始。
不動護摩供である。

開始後、生霊を不動尊の捕縄を以って呪縛、護摩の炎に曝し消滅差せた。
相手は、意識的に飛ばしていたのだ。

祈祷後は、相手もただでは済むまい。
呪い返しである。

この様に、意識的な生霊は逆に始末が仕良いが、無意識的な生霊は、本人が解って居ない分始末が悪い。
そんな場合に私は、或る法をよく使うその法は…・

模倣を避ける為に公開はしませんが、実に効果的に働きます。

人を怨んではいけないと解って居ても、怨んでしまう人間の性。
正に煩悩。
しかし、私の記事を読んだ方々は、人を怨むのは止めましょう。

何故か?
全てはカルマ、いわゆる宿業因縁に成り、自分に全て跳ね返って来るのです!

一番、恐ろしい事である。

このカルマは、自分が氣づき解消するまで、未来永劫引きずる事に成るのです。
氣づけばまだましな方です。

氣づかずにカルマに苦しむ人がどれほど居るか、皆さんはご存知では無いでしょう。
次回は、カルマに苦しむ人の実例を挙げて、書かせていただきます。

■愛別離苦

現界では、どれほど愛する人とも、別れは訪れます。

あれは、ちょうど今頃でした。
亡くなったお子さんの供養を頼まれて、お宅に伺いました。
重く沈んだ空気が立ち込めて居ました。

それも、仕方ありません。
幼い我が子との別れ。
私にも経験があります。

仏壇に灯明をともし線香を焚き、読経。
幼子は成仏して居ない。

読経を終えてから幼子と会話して、成仏出来ない理由が解りました。

娘ちゃんは三年近く入退院を繰り返し、桜の花が散る頃に亡くなったのです。

娘ちゃんが亡くなり、家族の顔から笑顔が消え、口数もメッキリ減り、暗い毎日の中で、おかあさんは娘ちゃんの写真を見ては泣くばかり。
このままではお父さんも、大好きなお兄ちゃんも、バラバラになってしまう。
自分が死んだ事で、家族がダメになるのはイヤと、
家の中を泣きながら走り回る姿には、私も涙を流しました。

私は、家族に全てを告げました。

おかあさんにの言葉、お父さんにの言葉、お兄ちゃんにの言葉で、娘ちゃんがこのままでは、お兄ちゃんは死んでしまうと、言うのである。

おかあさんも、お父さんも、お兄ちゃんをもっと見て、私の身体が弱かったから、みんな私に優しかったありがとう。

でもお兄ちゃんは、何時も我慢して、笑顔をくれた。
お兄ちゃん、ありがとう。

お兄ちゃんは、自殺を考えて居たのです。

学校でのイジメに耐え、家に帰って来ればおかあさんは泣いている。
お父さんは、何も喋らない。
そんな中で一人で我慢を重ねて来た、お兄ちゃん。
限界だったのです。

私は、お兄ちゃんに、普賢菩薩のお力をお借りして、強い意志を芽生えさせ強く、生きる事を念じました。

お父さんおかあさんには、文殊菩薩の智恵を頂き、家族に光明をもたらし給えと御祈願申し上げました。

娘ちゃんは、母方のご先祖様に護られながら昇天して行きました。

その顔には笑みを浮かべ、父、母、お兄ちゃんのしあわせを、願う幼子の姿がありました。

■傷つく貴女に

昨今、男女問わず、精神的に弱体化して居る様に想われますが、私の氣のせいでしょうか?

最近聴いた言葉で、草食系男子?
つまり弱いと云う事でしょうね。

私の年代にはピンと来ないフレーズですが、私が感じた現代の社会事情では、未だ女性が被害を受けるケースが多い様に想われます。

私の相談室にも、男女間の問題で悩む方が多いのは事実です。

いくら女性が強く成ったと言えども、肉体構造上の筋肉はまだ男性には、及びません。
その結果、暴力に苦しむ女性が多いのも事実です。

女性に暴力を振るう男性の90パーセント以上が、間違い無く低級霊の憑依が視えます。

暴力など振るわずとも、話し合えば良いのです。
それも駄目なら離れる事です。

私は、暴力は使いません。話し合います。
男女の区別はしません。

ただし、暴漢には痛い目にあって頂きます(笑)
敵対は相手を選ばなければ、大きな怪我をする時があります(笑)

男女間で自分の主張も大事ですが、過ぎた主張は傲慢です。
妻が家事をするのが当たり前と考える男性も、傲慢で怠惰です。

私は武芸十八版を収め、料理は和洋中全てこなします。
片付け物も、料理をしながら洗い物もします。

私の特技は、一度食べた料理を、家庭で再現する所です。
従って、男だからの言い訳は聴きません。

全ては、ヤル気と実行力です。
ヤル気も実行力も無いなら、望まぬ事です。

望むから、失望するのです。

怠惰では無く、出来無いのであれば、
それを凌ぐ、優しさと想いやりを学びなさい。

両方とも、出来無いと言う人は、
伴侶は、求めず孤高に生きる事です。

少なくとも、摩擦に悩む事は、ありません。
人と関わる事は、自分を磨く修行と解釈しても過言ではありません。

人付き合いが、苦手な貴女、考え直して下さい。

貴女は、学びの中に居るのです。学びは貴女のカルマです。

カルマは、拒否しても、解消するまで、終わりません。
逃げても履修するまで終わりません。

意地とは、ツマラナイ想い癖です。
意地とプライドは、違います。

仕事も同じです、命を削る仕事は仕事ではありません。
自殺です。




by kongousan-akafudo | 2018-12-01 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑦

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■悪霊と化す

今から書くことは、私の体験談です。


ある家のお祓いを頼まれて行った時の話です。
依頼者家族は、真面目で明るいアットホームな方々です。

ご夫婦は、一生懸命に働き、やっと、念願のマイホームを購入しました。
中古住宅でも、自分達の城である。


しかし、異変が始まったのは、引っ越しを済ませ落ち着いた、一か月後。
夜中、誰も居ない台所での物音。
誰も入って居ない風呂場で、誰かが入浴する音。

その他、様々な異変に見舞われ、堪り兼ねて私の寺に来たのでした。



私は、日時を決め、お宅に向かいました。
視ると老婆が一人、生前と変わらない生活をしているのである。

老婆は、自分の死を理解出来ていないのである。
従って、生きている時と同じように振る舞い、生活して居るのである。

私は、この老婆が哀れになりました。
其処で説得をし、霊界から老婆の先祖霊に来て頂き、一緒にお帰り頂きました。

それから、風呂敷護摩を焚き、家を浄化し、元の平和な家庭生活が出来るように結界を張り、終了しました。


現在の日本は、このような事があちらこちらで頻繁しております。
それは、何故か?
原因は、霊的知識が無い為なのです。


死んだら終わり。
死んだら墓に入る。
死んだら天国に自然と行ける。

全て、間違いです。

死を理解せず、死んでも意識がある事に戸惑い、自分がまだ生きて居ると思い込み、彷徨うのである。
自殺者のほとんどが死を理解出来ず、憑依を繰り返すのも、同じところに原因があるのです。



今、必要なのは、オカルトではなく、霊的知識と霊的理解である。
そして、霊的真理に到達する時、學ぶことの素晴らしさを知ることになります。

貴女が求めなければ、門は開きません。
例え門が開いても、自分が、歩を進めなければ、中には入れないのです。

私は、お勧め致します。
學ぶ事は、貴女の魂を磨く行為であると。

■海難事故

毎年、海で亡くなられる方は後を絶たないが、その原因の一つに引き込まれがあります。

《海で死に成仏出来無い霊》不成仏霊が絡む事故も少なくありません。
泳ぎが上手な人が、いきなり海に中に引き込まれていく様な溺れ方は、引き込まれ現象を疑う必要がある。
海の不成仏霊は、ほとんどが海で自殺したか、非業の死を遂げた人が多いのも事実である。

仲間を増やし、より多くの力を蓄える為です。

私も友人も、少年時代に海で引き込まれ現象を経験しております。
私と友人は運良く脱出する事が出来たが、その時の状況は以下の通りです。

互いに必死で陸を目指し、力一杯泳いで陸に上がりました。
二人ともしばらく話しも出来無いほど、疲れきっておりました。

ようやく体力も回復し、お互いの事を話して全てが解りました。
友人は、誰かが背中にのしかかる様に重くなり、潜水し、反転を繰り返し、振り切って陸を目指したのです。

私は、誰かが私の足首の握って引きずり込もうとしたので足をバタつかせ、相手の力が緩んだ瞬間に全力で陸を目指し、力一杯泳いで九死に一生を得ました。

しかし、足首にはくっきりと痣が残っており、友人は肩に痣が残っていたのです。

友人は言いました。
『 俺は、老婆を見た』

青ざめた顔で、二人は早々に帰宅する事にした。
お互いに、帰りの電車の中では無言でした。

駅で別れ、それぞれの家に戻り休みました。
帰宅後、友人はその日から高熱を出し、入院したのです。
しかし、医師が診ても高熱の原因が解らない。

私が友人の見舞いに行った時、友人の母に海で何があったのか聞かれたので、全てをありのままに話した《笑われる事を承知で》
しかし、友人の母は笑わず、急ぎ、祈祷所をやっているお婆さんの家に急いだ。
私も連れられて行きました。

お婆さんは何やら呪文を唱え、祈祷を始めました。
そして、紙の人型に字が書き、炎の中に入れた。

次は、私の番である。
お婆さんは私の足首に人型をあてがい、何やら呪文を唱え、その人型を炎の中に投入した。
子供だったのでその時は分からなかったが、あれは除霊である。

友人も、その日を境に熱も下がり、回復しました。
私は、あの日の出来事を未だに忘れる事は出来ません。

■光と影

世界で一番、強固な金庫を作る人がいますがその金庫を開ける人も存在します。

どんなに自身がうまく隠れたつもりでも、探し出すプロに掛かれば簡単に探し出されてしまいます。

人間は正直に生きる時、逃げる必要も無ければ、戦々恐々とする必要もない。
今、一番強いのは「正直」である。
正直であれば、何も恐れる必要もありません!!

今、イジメやセクハラ、誹謗中傷に悩む方々は、来たれ。
私の旧友、弟子で組織した調査機関があります。
《各界のエキスパート、コンピュータ、法律、武術家、様々な専門家で組織しました。》

運営資金は、私の私財で賄って参ります。
ご安心ください。皆さんには、運営費の協力は求めません!!

私は、以上の事柄で自殺する人や、理不尽に泣く方々を救いたい一念しかありません。
一人で悩まず、一人で泣かないで下さい。
私は、餓鬼は全力で倒しますが、助けを必要とされて居る方々の為には道具と成ります。

上記の事柄についての相談は、メールにてお受けします。
《お名前(フルネーム)、ご住所、電話番号、生年月日を必ずお書き添えください》

但し、嘘偽りの類は、報いがあることをご承知の上でお申込み下さい。
本当の意味でのご相談は、無料でお受けします。

■ネットの地獄

よく聞く話だが、誹謗中傷を受けネットから消えて行き鬱に堕ち入り自殺までに発展するケースもあります。

顔がわからない相手からの攻撃、普通の人は耐えられません!!
しかし、相手の事《住所、氏名、生年月日、職業等》を調査できる機関があります。

他を誹謗中傷する輩は、自分の身分を隠し「わからないから大丈夫」と考えます。
しかし、其れらが全て判り、具体的に成った時、法的にも具体的に追い詰める事が出来ると知った時、どうなるだろうか?

私は、その機関を立ち上げました。 国家機関ではない限り、秘密情報などと馬鹿げた事は存在しません!!
私の情報はオープンである。 しかし、他を誹謗中傷する輩は、隠れた所から姑息な嫌がらせを繰り返す。

私は、此れから姑息な輩の情報を全て公にします。メンバーの公表はしません!!
但し、弁護士、警察、司法機関を全面に打ち出し行います。

抽象的な子供のケンカでは無い事が解るはずである!!
私財を投げ打っても悔いは無い。
私は本気である。

他の誹謗中傷を喜び、揶揄する者も同じ穴のムジナである。
恥を知らない者は哀れである。
私は本来、武術家だった。
今は唯の爺だが、少しは強い《大笑》

この記事を読まれて、この爺は危ない、嫌いと感じた方は読まないことをお勧めします。
此れを現代用語でいう「フカシ」とか「ハッタリ」と思えば其れで良い。《大笑》

■信仰心

このブログは、私独自のものであるから、誰の制約を受けることも無く、真実を伝えることが出来る場なので書きます。

昨今の犯罪事情は、異常であり異質である事を、理解されて居る方々も多いと想うのですが、自身に降りかかる事を想定する方々は少ない!

私は、敢えて提言します。
対岸の火事ではないの事が、来年からは頻繁します。
続いて、自殺者も増大します。

いま、シグナルは、イエローではない、レッド状態であると言わざるを得ません。
いつ、自分に降りかかって来てもおかしく無い状態を認識して下さい。
ハッキリ言います。
異常精神者が増大して居るのであります。

一見、何でも無く見える人が、豹変し襲い掛かって来る様な事態が、来年には頻繁します。

一般の人では、防ぎようが無い事態と申し上げます。
犯人に成り得る者の特徴も解って居りますが、書く事は、出来ません。

それは、具体的に言えば察知され、特徴を消される恐れがあるからなのです。
これから、起こる事象を解決、未然に防ぐ事は、人間には不可能であります。

人知を超えた力を有する方にしか、出来ません。
私は、言います。

不動明王尊の力で無くては、解決する事も防ぐ事も出来無い事を。

信仰は、自由です。
誰を信じようと、信じまいと自由であります。

強制される必要も勧誘される必要もありません。
自身の中から、生まれる信仰心こそ、真の信仰心です。


信じては、危険な項目

①うちの団体に入れば救われる、と勧誘する者。
②寄付を極度に要求、強制する者。
③うちの神仏以外は邪教、と云う者。
④病気も治せると断言する者。
⑤信じたら、金持ちに成れると云う者。
⑥他を誹謗、中傷し自身を正当化する者。
⑦勧誘に応じなければ、罵詈雑言を口にする者。
⑧経典、聖書、を知りもしないのに、それらを否定する者。
⑨経典、聖書を知って居ても、和文でしか知らず、原文を読め無い、原文の存在を知らない者 。


以上の項目に当てはまる者を、信じては成ら無い、
以上の者の特徴は、傲慢である事です。

見つける事は、簡単です。

態度、口調、普段のそぶりを観察する事で、誰にでも発見出来ます。
男女問わず、心優しき人に、傲慢な人は居ません。

自身の周りを見渡し、傲慢な人には、近づいてはいけません。

触らずに、普通にして、自身は學びを深める事をお勧めします。

■念持仏

私達は、毎日、仕事、家庭生活と目ま苦しい毎日の中で、いつの間にか歳を重ね、ふと氣づいた時、自分はいったい何をして居るのか?と想う時がありませんか?

人生に疑問を感じ、生きる事に疑問を感じる時、人間が一番、無防備な瞬間です。
その瞬間を見逃さ無いのが魔である。

よく聴く言葉に魔が差した、 と云う言葉を聴いた事は、ありませんか。
現代では、心の隙間とか形容しますが、昔の人は、言い当てて居たのです。

魔が差す、魔が刺すなのです。

魔は、人間の障氣を喜びます。
障氣とは、人間が氣力を発揮出来無い時に表れます。

自殺された方々を霊視すると皆さん後悔をして居るのです。
中には、何故、自分が死んだのかも解らない人もお出でに成られます。

魔が刺すに乗っては、イケマセン。
私達には、必ずそれぞれに役目を背負って居ます。

その役目も中途半端に終える事は学生で云えば、卒業では無く中退である。
学生ならやり直しが出来きますが、人生の中退は、やり直しが効きません。

では、何故、魔が刺すか?

護りが無い状態なのです。

私は、長年、僧侶としてまた、霊能者として活動を続けて居ます。
魔から、皆を護るには、確かな正しい信仰心が必要です。

神社仏閣に御参りせずとも、一家に一仏の生活を送っていれば、護られます。

御仏の慈悲は、寛大です。

貴方も家族で合掌礼拝の毎日を過ごしては、如何でしようか。
念持仏は、一家に一仏…の思想と信仰心を、具現化する最良の功徳で御座います。

たくさんの方々から、お問い合わせを頂き、感謝申し上げます。
念持仏は、今、専門仏師の手に依り一刀入魂して居ります。

全て、白木造りの厨子に白木の不動明王尊は、
貴方様が礼拝を重ねる年輪を感じ取り、貴方様のしあわせを、具現化させます。
白木の特性は、貴方様が礼拝供養を重ねる事に依り、色艶が増して参ります。

まさに貴方様だけの持仏像であり、礼拝供養の象徴でもあるのです。

開眼供養は、赤不動院、院主である拙僧が、責任を持って勤めさせて頂きます。

この機会にぜひ、お求めに成られる事をお勧め申し上げます。
皆様の注文をお待ちして居ります。

念持仏は、専門仏師の手に依り一刀入魂して居ります。




by kongousan-akafudo | 2018-11-30 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑥

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■調伏祈祷

私は、あまり調伏祈祷は好きではありませんが、必要と判断した時は迷い無く厳修致します。

以下は、その一例で御座います。

或るご夫婦が、私の寺にお出でに成られました。
お話を伺いました。《以下は、その時の事》

一人娘のお嬢さんが、突然意味不明な言動を発する様になり、困って居るとの事でした。
私はまず、専門医の診察を勧めました。
後日、診断結果を携え、ご夫婦は再度私の寺にお出でに成りました。

結果は、疲労に依るものだそうである。
ご夫婦は、専門医の診断に納得されておりません。

娘さんは、何時もは普通に生活をして居るが、突然意味不明な言動を発すると仰いました。
私は、娘さんに会う為にご自宅に行く事にしました。

私が見たものは、娘さんの部屋にある様々な道具と本。
それは、黒魔術、まじない、降霊術の本である。
娘さんは興味がこうじて、実際に自分で試したく成り始めたのである。

これは非常に危険な事であり、興味本位でやればとんでもない事態に発展することがあります。
黒魔術やまじないの類いは、方法論が間違って居てもツボに嵌まることが多々あります。

その結果、低級霊に憑依されて人生をメチャクチャにされた実例を、私は数多く視て来ました。
或る人は精神に異常を来たし、或る人は自殺に追い込まれ。
或る人は事件の犯人と、様々に翻弄されて、取り返しの付かない事態に陥りました。

私は、解って居ても手出しは出来ません。

何故か?

依頼もされて居ない人に、あなたには低級霊が憑依して居ると言えば、私自身が狂人扱いされるからです。

《本題に戻ります》

娘さんの部屋で発見した数々の物を、ご両親の了解を得て焼却し、いよいよ娘さんの祈祷である。
祈祷中、娘さんは意識を失い、お母様の腕の中。
私は、一心を込めて調伏法に入り、気付けば夕方に成って居ました。
娘さんは意識を取り戻し、ご両親と三人で帰って行かれました。

拙僧からの提言です。
真剣な修行もなく、安易に手を出してはいけません。

安易なものは、所詮、中身の無い結果を招きます。
素人考えで遣れるほど、この世界は甘くありません。

本気でやりたい方は御自分で探し、指導者を見定める事が最も肝心なのです。

■死に逃げ

様々な犯罪を犯し《テロも含め》自殺する犯人。
人を殺し、自分は自殺に逃げる。
火炎瓶を投げ、大勢の人を傷つけ自殺する犯人。
好きな人を殺し、自殺し逃げる犯人。

正に、身勝手、極まりない犯行。
其処にあるのは、幼稚な逃げである。

簡単に言えば、怒られる事が怖くて逃げ出す悪餓鬼そのもの。
同情も慈愛も必要無し。
悪魔の所業である。

人間は、我が身で犯した事を反省し、成長する。
成長を拒み、悪戯に逃げる時、成長も発展も無い。

死ねば逃げられる。

私は、ハッキリ断言致します。
絶対に、死に逃げは出来無いと。

どんな高尚な理論を唱え様と、他を傷つけ、他を殺せば、只の犯罪者である。

戦争も同じである。
個人が行えば、犯罪者。
国家が行えば、戦争。
馬鹿げた理屈である。

但し、戦争の場合の違いは、命令され戦争に駆り出された人には救いの手が差し伸べられますが、戦争首謀者達には未来永劫、安心も救いも存在しません。
あるのは、未来永劫に続く苦しみと、自戒、反省の未来である。
霊界の法則に、取りこぼしはありません。

《信じるか信じ無いかは、全て自由意思です。》

本当の法則を知る時、凡人は震え、犯罪者は、恐怖に震え上がるであろう。

何故か?

全ての生きとし生けるものは、死に逃げは出来無いのである。

■動物霊

動物霊には、大別して、二つの存在に別れます。
優しく飼われた動物と、虐待され死んで逝った動物です。
優しく飼われて居た動物は、素直に動物の霊界に帰って、次の輪廻を待ちます。

しかし、虐待されて人間不信に成り殺された動物は、間違い無く浮遊霊と成り、人間に憑依する低級霊と成ります。
この場合、一つの霊なら余り怖がる必要は無いのですが、怨みに燃える浮遊霊が重なり合えば、普通の人間など一溜まりもありません。

成す事全てが裏目にでて、人生はメチャクチャに成ります。
気づいた時は、後戻りが出来無い犯罪者か、自殺して地縛霊と成り、他人に憑依し、自殺を繰り返す未浄化霊に成ります。

罪も無い動物を、ただ己れの感情のままに自身の都合で扱う事は、霊への冒涜にも繋がります。
最後までパートナーとして愛せ無いのなら、飼わない事であり、興味も持たない事が良い。

全ての動物には魂があり、その魂を粗略に扱えば、自身も粗略に扱われる事は自明の理である。
興味が無ければ、無関心で良い。

虐める必要も、虐待する必要も無い。
愛したく無ければ、無視すれば良い。
関わる必要も無いのである。
愛情の裏返しは、無関心。

但し、愛の無い人は、愛される事も無いと知るべきであるのです。

■重なる不運

何をやっても、上手く行かない上に、買った物は、不良品だった場合、その人に摂って人生そのものが嫌に成る場合があります。

其処につけ込むのが未浄化霊《悪霊》である。
そして自殺に導きます。他にもこんな事例があります。

自分には、霊的能力が無いにもかかわらず、見えた振り《霊体》をして、
最後は、未浄化霊に憑依され、人生をメチャクチャにされた人、
自殺した人、犯罪者に転落した人と様々である。

一例を挙げれば、その人は、他から、〇〇さんは何でも出来ると褒められている内に、
他の人に相談されるがままに、霊的事にも興味を持ち、始めは、マンガの知識でしかなかった事が、
続けるうちに自分にも見えると錯覚し始めたのである。

此処まで、で止めておけば良かったのである、
《霊的存在は、波長が合う者を探し憑依し、身体を乗っ取り、思うがままに支配します》
霊的存在《霊霊》は、何故、支配しようとするのか?
自分がやれなかった様々な執着を他の身体を使い、成し遂げ様としますが、
元来いい加減な性格が根底にある為に何も成し遂げられ無い事に、氣づいて居ないから、未浄化霊に成るのである。
そんなものに憑依されて仕舞えば正に万事休すと言わざるを得ません。

皆さんは、大丈夫だと思いますがくれぐれも霊的な事を気軽にオモチャにしては、イケマセン、
私は見えるし、霊的能力があると思う方には、何も言いません。

私は、この能力がある為に人生の中で、様々に苦しんで参りました。
私は、言います、
霊的能力など必要が無いと。


■死に逃げ

何故、犯罪者が自殺するか?
それは、死ねばこの世の罪から逃げられると考えたからであるのです。
確かに逃げられるが、次に待って居る世界を、彼らは知らない。

殺せば殺され。
盗めば盗まれ。
騙せば騙され。
傷つければ傷つけられる。

これは法則であり、摂理なのです。
逃げても逃げられない、永遠のカルマである。

死んだら終わりと考えている人は、これから書く事を観ない事をお勧めします。
死んだら終わりなら、嫌ならリセットすれば良いの考えに至る。
それは、正に物質的価値観の表れであり、全てが金と物質の思想で形成されて居る。
この思想の持ち主には金が全てであり、金が減ることを極端に嫌う傾向がある。

これから話す事は、事実です。

ある夫婦の出来事
彼女は、お金のある男性を選び、結婚しました。

半年が過ぎたある日。
ある事で大金《数十万円》が必要に成った事を、主人に説明しました。

しかし主人は、結婚すれば二人で働いて預金が増えると思っていたのに、逆に、預金が減るなら離婚したいと。
彼女は、うな垂れた。
正に、彼は金の亡者である。
家庭に金を使わず、預金を増やしたいだけの結婚だったのです。
正に、物質的価値観の典型的な例である。

自分が良ければ良い。
これも、物質的価値観から生まれる利己主義である。
犯罪も同じである。
物質的価値観が産む弊害である。

霊界からの警告は、ありました。
これ以上の事は、ここでは書けない内容なので、この続きは私塾、密教塾で解説致します。

■地獄は、何処にある?

仏教、神道、キリスト教、様々な宗教が地獄を語っておりますが、明確に何処にあるかは中々ハッキリした答えが無いようです。

それは、当たり前です。
霊界の存在を明らかにしていない思想に、地獄の場所など明確には出来ません。

まず、霊界の位置は大気圏と下界の境目に存在します。
その下に位置するのが、地獄界である。

正に、人間界と地獄界は表裏一体と言えるでしょう。

今の人間を見て下さい。
地獄界と同じような、浅ましい行為が横行しております。

姉が弟を殺し、バラバラに切断してゴミ袋に入れていた。
様々な事件が、最近変わった事に皆さんは気づきませんか?

ピストルを乱射、立て篭り。
ボーガンを持って、立て篭り。
火炎瓶を、祭りの人に投げつける。
人を殺して、自分は自殺。
ホテルの女性従業員に、乱暴。
覚醒剤の氾濫。

正に、犯罪のデパートの様である。
これらは、地獄界と同じである。
何故、この様な状態になったのか、理由は此処では控えます。

その他にも、匿名で他人を誹謗中傷する卑怯な行為は、正に地獄の亡者と同じである。

悪魔崇拝は最後には身を滅ぼし、地獄の最下層に身を置くことに成ります。
それでも良いと思うのは、今のうちだけである。

本当に堕ちた者は、後悔しきりである。
私は、堕ちた者をたくさん見て来ましたが、救いの手は出しません。
自身で選択し、歩み、犯した事は、自身で解決するのが法則である。

困った時の神頼みは、ありません。
神は、そのような事に見向きもしないのです。
だからこそ、正しい取捨選択が必要なのです。
自身の道を選び、進むのは自分自身なのである。




by kongousan-akafudo | 2018-11-29 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑤

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■自己防衛と自己責

ある若者の話し。

仕事が好きな真面目人間が居りました。
会社が人手不足に成った時、彼は休みも返上して会社の為に働いた。

そしてリーマンショックの煽りを受けた会社の経営は、悪化しリストラ。彼も失業。
奥さんは、実家に帰り、彼は、一人奮闘《再就職》。

しかし、悪い時は、悪い事が重なるように、思うようには、いかないのである。
やがて彼は、精神を病んでしまった《鬱病》。
心療内科に通院していたが、奥さんからの離婚の申し出に彼の心の糸が切れてしまった。

そして自殺。
リセットと云う言葉をよく耳にするが、嫌に成ったら辞めるのと同じである。

安易なカタカナ言葉に騙されてはいけない、日本語に直し自身の中で咀嚼し考える時、氣づくはずである。
安易な言葉、安易な行動には、必ず落とし穴が存在して居るのである。

昔の人は、自分の足元を見ろとよく言われました。
自身を過大評価する必要も、過小評価する必要も無いのです。
本当の自分を知っているのは、自分です。

自身が素直に成った時、視えるのが、本当の自分である。
あんなに努力したのに、あんなに尽くしたのに、のには、必要がありません。
一生懸命に生きて、結果が駄目なら手放す勇気を持てば良い。
手放し、新しい努力の中に身を置く時、必ずや道は開けます。

■魔窟

私は若い頃、外国で三年間を過ごし帰国しました。
そして両親の死後、僧侶に成りました。

現在に至るまで、様々な土地を見て来た経験上、断言できることがあります。
それは、魔窟の存在である。
魔窟は、世界中至るところにある。《日本にも》

特に被害に遭いやすいのが、日本人である。
それは、何故か?
神仏の国、日本である。
しかし、本当の意味で霊的真理を知る者は少ないからである。

世界に比べ、日本の霊的真理の認知度は低い。
言わば、百年遅れているのです。

此処では、日本の何処に魔窟が存在するか明かす事は出来ないが、確かに存在する事は断言します。
不用意に近づけば、確実に被ります。
被れば人格に変異を来たし、《自身では、気付かない》最悪の場合、犯罪を犯すであろう。
また、自殺に陥る場合もある。

一例を挙げれば、肝試し《遊びのつもり》で行った場所が魔窟だった場合、 確実に被り、その後、最悪な事態に成った例を私は知っている。

今から、5年前の丁度今頃である。
依頼を受け行ってみると、明らかに被りでありました。

十八才の女性が、まるで中年女性にしか見えない変貌である。《写真で確認済》
祈祷を施し、その場は落ち着いたが、私が《3日間、外出してはいけないと。》親にも念押ししたにも関わらず、その子は、《大丈夫。》と勘違いし、またしても、友達と遊びに行きました。

しかし、二度と家に帰る事はありませんでした。
《自殺したのです》
友達の話だと、笑いながら橋から飛び降りたそうである…。

アパートの一室に居る自縛霊も注意が必要です。

■アパートに潜む怪異

不特定多数の人が出入りする場所には、ある程度の注意が必要です。

私の元にある依頼が来ました。
それは、夜に成ると現れる現象を何とかして欲しいと云うものでありました。

その現象とは匂いでした。
依頼者は、毎日のように異様な匂いに悩まされ、部屋で食事を取ることも儘ならないそうで、私の寺に来たのです。

私の寺に来るまでには、様々な芳香剤や消臭法を試したが効果が無く、友人に相談して私の寺に来たのでした。

依頼を受け、昼間訪問して解った事。
それは、ある儀式に使われて居た部屋である事。
最近よく有ることだが、漫画や本の知識で悪魔召喚や式神召喚を遣る人が居るが、非常に危険な行為である。

その行為に及んだ者は、この世には居ない。
自殺したのです。
召喚したものは還すのが鉄則であるが、漫画や本などでは、本当の事は書かれて居ない事を知るべきである。
帰れ無かったものは現界にとどまり、様々な現象を起こし、関係の無い者まで巻き込む事があり危険です。

中でも、獣匂を発するものは危険極まり無い。
素人が絶対に手出ししてはイケマセン!

私は依頼者に、一刻も早く家を出る様に勧めました。
依頼者は実家に帰る事を決断し、私は部屋に残された荷物の全てに加持祈祷をし、護符を貼り、搬出作業を見守った。

今、あの部屋がどうなったかは知らないが、部屋を借りる時や新居を定める時は注意が必要である。
前の住人が仕出かした事で、関係の無い人が迷惑するのは理不尽な事です。

しかし、本当に理不尽なのは、くだらない儀式の真似事をして、帰る事も出来ない召喚されたものだと私は思う。

■事故物件

依頼を受けて、ある建物を霊視したことから、この件が始まった。

依頼者に案内されて行った家は、閑静な住宅街にある一軒家である。
敷地面積は百五十坪はある、大きな邸宅である。
依頼者によれば、破格な値段だったので無理をして購入したそうです。

しかし、奇妙な気がして、私に鎮宅除災の加持祈祷を依頼して来たのです。
私には、その異様な氣の正体は解っていた。

それは、一家離散の果てに希望を失い、自ら死を選んだこの家の主人の無念である。
その一家は、会社を経営して居た裕福な一家だった。

しかし、全員が無神論者で、祟りなどと言う事は信じ無い家族でした。
その家族のもとに来た話しがある。

それは、高さ6メートルはゆうにある、石の塔でありました。
その石塔は、持つ者に災いがあると言われて居た石塔なのです。

家族はその石塔を買い、庭の真ん中に据えさせて、毎日見ては笑い、

『 祟りなどを信じるのは、馬鹿か、貧しい人間が、信じる戯言 』

と、言い笑って居たのである。

そして、石塔が来て一年後のある日。
会社は倒産し、家族は離散。

残った主人は、ある場所で自殺したのである。

しかし、自殺しても死を理解できない主人は、自分がまだ死んで無いと思い、家に帰って来て居たのです。
そして、この家を買い、入居する人々をことごとく邪魔にして、追い出して居たのである。

その後、私の依頼者が購入し、鎮宅除災の加持祈祷に成ったのである。
私は、霊視した事を全て話し、依頼者の判断を待った。

依頼者は、家を購入する為に全ての財産を注ぎ込んでいるので、何とか助けて欲しいと願うので、私は決断した。

ある秘法を屈指し、家があるがままで焼祓う事にした。
諸天天神の力を借り、浄化の法を修し、元凶である石塔を粉砕《石屋の専門家の力を借り》

三日間の加持祈祷は、終了した。

一般の方々が、絶対に手を出してはいけないのが、わく因縁がある物である。
それと、古い仏像にはさわらない事が安全です。

テレビで、古い物の鑑定をして一喜一憂して居るが、古い物にはそれなりの来歴がある事を知っておくべきである。
素人考えで、《物質的価値観》欲を剥き出しに買えば、結果は?
古い物が欲しい場合は、自分がその物を好きで愛せるか?
俯瞰することも必要なのです。

■自愛

頑張ら無くて良いよ、自分の速度で歩めば良い、他と競う必要など無い、のです。

自分が崩壊するまで頑張ることなど無いのです。
自分を愛してあげて下さい。

私達は、機械でも奴隷でもありません。人格を持った一人の人間です。
愛する事は、甘えでは無い。
自身が崩壊するほどの頑張りは、頑張りでは無く自身の放棄である。

自分らしく生きる道は、何本でもあります。
自身を崩壊させるほどの環境であるならば、自身がその環境を捨てれば良いのです。

あなたは、あなたしか居ないのです。
現在、自殺する人が急増しています。状況、環境、場所は、異なっても命の尊さには、何の変わりもありません。

あなたは一人では無い、あなたが手を伸ばせば、優しい仲間が待って居るのだから。

■因縁《カルマ》

ニュースを見て、愕然とした。
若者であろうが、動画を投稿する目的で、通行人を車で威嚇し喜んで居るのである。
これは、後に大変なカルマに成って、本人達に返って来ます!

どんなカルマが来るか、私には、解って居るが、書きません。
尋常では無い事だけは、確かである。

本人達は、軽い気持ちで犯した事が、その後の人生を大きく変えるとは、思って居ないであろう。
ただ、車で通行人を脅しただけと。
しかし、これが取り返しの付かない事故に成って居たら殺人である。

時として、イタズラがとんでもない事態を引き起こす事を知って置いて貰いたい。
殺人を犯し、逃げる為に自殺するケースが多発して居るが、罪を逃れようと自殺しても決して逃げる事など出来無いのである。

罪を犯し、自殺に、逃げた犯人の末路を書きたいが、余りにも悲惨過ぎるので、差し控えます。

カルマとは因縁、良いカルマは、徳として預金され、悪のカルマは借金と成る。
此の摂理を學び真剣に捉えて居ればわかるはずである。
罪とは、重ね重ねれば最後に待つものは、哀れな結末である。




by kongousan-akafudo | 2018-11-28 12:00 | └私たちの暮らし