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物質的価値観に関する密教ブログ⑦

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■物質的価値観の落とし穴

物質に囲まれた生活は、一見豊かに見えるが、不自由な事この上ない生活ではないでしょうか?

例えば、洗濯機が無ければ?
冷蔵庫が無ければ?
掃除機が無ければ?
炊飯器が無ければ?
…と言う方がいれば、私はこう答えます。

電気が使え無い時はどうします?

私は、古い人間ですから平気ですが、もし電気が使えない状況になった時の事を想像して下さい。
想像して、どうしたら良いか…常日頃から訓練しましょう。

芸は身を助ける。と言います。
身に着けた知恵は盗まれません。

知恵と経験は、必ずや貴方の財産になります!

その逆に、物質に囲まれ物質に頼る生活は、物質の崩壊に依り滅ぶでしょう。

私達日本人は、元々は勤勉で、発想の転換を得意とする民族であり、物質に頼る民族ではないのです。

物質的価値観を高度成長期に植え付けられ、拝金主義者に毒され、本来持っている能力を忘れているだけです!

私達の時代で得た教訓を、子供達に受け継がせるのは貴方です。
このままでは、子供が危ないのです。

■低級霊の憑依

昨今、低級霊に憑依されている方々を、視ることが増えているのが現実である。

あまり、気持ちの良い物ではない低級霊は、様々なかたちで存在します。
一例をあげれば、自殺者が供養もされず、放置されて低級霊に変化する事もあります。

生前に、自分勝手で傲慢な人ほど、低級霊に堕ちるケースが増えているのも事実です。
男女の比率で考えた時、あくまで私観ですが、男性の低級霊化が増大しているのも事実です。

人間は死んでから霊体に戻りますが、生きている時に物質的価値観の強い方は、自分が死んでいる事さえも認めません。
今、私が抱えている案件の中にも、低級霊に憑依されて普通の生活もままならない方もいます。

低級霊に憑依された場合除霊だけでは、不十分なのです。
今の低級霊を私が除霊しても、別の低級霊が空家に入る様に、またすぐに憑依されてしまいます。
それを全て除霊するには、準備期間を入れて一カ月間の大仕事になります。
私も一カ月間他の仕事が出来ない分、依頼者に掛かる負担は大変です。


憑依される人は、次のような人です。

①傲慢な人

②怠惰な人

③思い遣りのない人

④自分本意な人

⑤残酷な人

⑥人を愛せない人

以上の条件が当てはまる人は要注意が必要です。

憑依を防ぐには、普段からの心掛けが、最も重要なポイントです。
そして、憑依が疑われる様でしたら、先ずは心療内科を受診する事が先決です。

霊能者の出番は、それからでも遅くありません。
先ずは、理性で判断する事が大切です。

■貧困、貧乏

私が生まれた家は、借家で長屋に、両親、兄弟の八人家族の末っ子に生まれ、
物心ついた時は、小さな家で、一つのテーブルを八人家族が囲む、貧しい家で育ちました。

夜、寝る時は、蚊の大群が来る前に、蚊帳の中に入って、朝を迎える、そんな毎日でした。

ある日、近所の家にテレビが来た日、私も見せて貰おうと思い、行きました。
すると、家人が私に言った言葉が、「貧乏人は汚いから上がるな」と言われそのまま帰りました。

帰り道、涙を拭いながら、大きくなったら、日本一大きなテレビを買って、貧乏人だけで見てやる!と思いながら、涙を流していました。

涙を見せると、母が心配するので、手で涙を拭い家に帰ると、
母が「何があったの?男の子が泣いたら、可笑しいぞ?」と一言。
私の顔には、涙の跡が残っていたのです。

日本の昭和三十年初頃は、まだ戦争の傷跡が彼方此方に残っておりました。

今の日本人は、豊かさを知っていても、貧しさを知らない人が多いのではないでしょうか。
豊かさも生きる上では大切な事ですが、貧しさを知ることも、大切ではないでしょうか?

昨今、毎日のように報道される、殺人事件。
その裏側を、私なりに霊視して見ると、ほとんどが、物質的価値観に翻弄された、果ての犯行!
お金、物質は、この世だけの道具、その道具に翻弄される時、人は人である尊厳までも、失われ、亡者、餓鬼に成り下がるのです。

道具は、道具。
本当の視点を見誤る時、あなたは、しあわせの尺度を、見誤る事になるでしょう。

豊かさに学ぶことは少ないが、貧しさに学ぶ時、人は、真の豊かさを実感するでしょう。

■聖なる愛

人々に、御仏の愛を具現化して観せた空海聖人。

学ぶ事の尊さや素晴らしさを伝え、多くの上人を世に送り出した、比叡山延暦寺開山の祖、最澄聖人。
一貫して愛を説き、愛に生きた親鸞聖人。
正に、偉人、天才、慈愛の人。
霊界から選ばれし方々です。

今の日本の現状は、精神性より、物質的価値観の渦巻きの中にいる様に思います。

人間は、何故生まれ、何故生きる?
正に現界は今、精神性の危機と言えます。
物、金、物、金、何処までも、果てしない物欲は、最後自分達に牙を剥く〇〇〇に変化して襲い掛かって来ます。

清貧に生きるとは?
全ての物質を、否定する事ではありません。
自分に必要か、不必要かでもありません。
物に感謝し、恵みに感謝して無駄にしない心です。

理性と想像力を持っているのは、人間である証しです。
豊かさ、貧しさは、本来、心の領分です。
物質を金を、多く所有していれば豊か?少なければ貧乏?違います。
お金をどれだけ持っていても、心を潤すことは出来ません。

貧しくても互いに助け合う精神性を持って、生きる時、悟ります。
自分が如何にしあわせなのかを。

■輪廻転生

あなたは、御存知ですか?
生まれ変わりの周期を!

普通は、二百年位の周期で、生まれ変わりますから、前世の記憶は忘れて、新しい人生の学びに入りますが、
それは人生を全うして、霊界に帰られた人の場合です。

事故や病気で志し半ばで、亡くなられた方は、私が知っているケースでは、20年~30年で、生まれ代わる方も、おいでになります。
そして、極稀に前世の記憶を、鮮明に覚えている方がいるのも事実です。

例えば、今迄に一度も行った事のない場所の、昔の事が解る。
他人に言えば、狂人扱いされそうな事柄まで、知っている。
一例を挙げれば、前世の自分の墓、もしくは前世の親の墓を知っている。
とまあ様々ですが、私の場合は、読んだことがない経典がスラスラ読めるとか、
ある高僧の尊像の前に立った時に身体が硬直して、涙が止めどなく流れて引率の先生が驚き、
保健の先生を連れて来て…騒ぎになった事等様々です。

前世の記憶に、あまり捉われてはイケマセン。
今世の学びに、支障を来たします。
しかし、物質至上主義、物質的価値観に捉われて、日本人が培ってきた精神性を見失なう様では、
輪廻転生して来た意味、そのものを見失なう事になります。

今、非常に早い速度で精神性、すなわち、物質的価値観が、日本人に浸透しています。
死んだら終わり! 楽しんで、何が悪い!生きている内に!これが、物質的価値観であり、物質至上主義なのです。

現在、二極化が進んでいるのも事実です。
霊的真実を真摯に学び、実践しょうと努力されている方々、またそれを利用してお金に、結び付け様と狙う人様々です。

私が、皆さんに教えられる事は、ご自分で見極める必要が、あるという事です。
教えられるままではなく、学ぶ努力が必要なのです。

高級霊界は、私達が学ぶ努力をする事を、待っておられます。
幾らでも、教えて下さいます。
後は、私達の目覚めだけではないでしょうか。

■礼節

大和國、日出ずる国、日本。
日本人の良いところ、礼儀正しく、凛として、凛々しく、礼節を重んじる、謙譲の美徳。
以上のことを、誰でも、わきまえていた時代には、文化が、溢れる水の様に、生まれて参りました。

礼節こそ日本文化です。
礼節が発展して、作法が生まれ、霊的な力も増強されて来たのです。
然るに、現代の礼節の乱れは、霊的な乱れにも、通じ、様々な現象を起こします。

日本特有の霊性が在るのを、皆さんは、御存知ですか?
戦後、アメリカ人によって、日本の霊性は著しく否定されて、
アメリカ文化が日本に流入して来てからは、言葉の乱れと合わせて、物質的価値観は、アメリカ文化、ヤンキーの考え方なのです。

日本人が、本来、兼ね備えていた美しい心を、根底から否定したのが、物質的価値観、
物、金、が一番潤えば良い、自分が満足する事が先、他を排除してものし上がる。American dream、
正に、物質的価値観と云う病氣であり、心の害毒です。

足りる心を知る、武士は食わねど高楊枝、腹が減ってもひもじゅうない、以上の言葉を、的確に解釈して、理解出来る貴方は、
霊性の高い方なのです。
その能力を更に、向上させていく事も貴方の使命です。
授かった魂を磨き、更に磨きをかけ、完成した時貴方は、覚醒します。

■魂の劣化

昨今、痛ましい事件が多発しております。

何故、この様な事件が多発するのか?
それは、物質的価値観による魂の劣化にあります。

正に、犯人は魂の劣化した鬼畜と言わざるを得ない。
犯罪を犯す者は全て、自身の身勝手な欲望を抑え切れなかった魂の劣等生で在る。

しかし、何故、魂の劣等生に堕ち入るのか?
それは、欲界に身を任せたからに他ならない。

人間には自制心があります。
自制心が向上する事で、理性の発達が望めます。

簡単に言えば、犯罪を犯す者は、自制心を養う學びの過程が欠損して居るのである。
言わば、我がまま放題に自身を置いたのです。
自身の欲望が満たす事に主眼を定め、生きたのです。
その事を考える時に、私はある危機感を覚えます。

このまま日本人が學びを捉えずに日々を過ごす時、近い将来に、必ず訪れる事があります。
それは、此処では余りにもショッキングな事象なので差し控えますが、断言致します。

近い将来、必ず皆さんも解ります。

それは、沢山の涙が流れることになるからです。
その日は、必ず来ます。






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by kongousan-akafudo | 2018-08-20 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ⑥

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■呪詛

昨今、呪屋なる者まで出現する様に成った今、皆さんに警告の意を込めて書きます。

簡単な呪なら誰でも出来ます。
しかしカルマも自分が背負います。
プロに頼んだから大丈夫だと思うあなた、それは間違えである。

カルマは、確実にあなたに返って来ます。
お金を払って、大丈夫はありません。

カルマは、確実に増大して居ます。
お金を払ってあるから、私は関係無いと思うのは勝手である。

しかし、思いと現実には隔たりがあり、思惑通りにはいきません。
何でもお金でと思う事が、物質的価値観の現れです。

正当な価値観を持つ方は、理性的に考え、シンプルに行動します。

呪詛にも無数の法が存在して居るのは、事実である。
私は、その人間が呪に携わったか、過去に依頼したかは、一目瞭然でわかる。

如何してかは、此処での言明は避けるが、ある見方をすれば、誰でもわかる様になる。

法具も同じで、護摩炉など黒護摩を焚いた炉は、他の修法には使え無い。
だからこそ、古い護摩炉など素人が手を出して遊び半分で使用すれば、間違えなく被ります。

護摩法や祈祷は、正しい指導を受け、印可を得て始めて厳修出来るのです。

素人が見よう見真似でやれば、とんでも無い事に成り兼ねません。
如何してもやりたい方は、自己責任でおやり下さい。

法は一朝一夕には、使え無い事を知るべきだと思います。
私の塾では、塾生の特性を観て弟子に抜擢し、さらなる指導を実施して居ります。

肩書きより、実力が我が密教塾の根本方針であり、変えるつもりは無い。

塾生が弟子に成り、やがて一人前の能力を身につけてくれる日を、今は夢観て居る私です。

■生きるとは

人の数だけ生き方はありますが、意味を追求して生き方を決めて居る人は、少ないのでは、ないでしょうか?

ここで私が言う、決めた生き方とは、迷いや不安を微塵も抱かないで生きる事です。

不可能だと云う人が、大多数だと想います。
私もそうだと想いますが、だからと言って諦めた時、そこには、虚無感しか残りません。
虚無感を味わう為に、産まれて来たのでは無いのです。

私達には、一人一人に隠れた使命があります。

それは、あなたが覚醒する日まで、閉ざされて居るのです。
それが現界で覚醒するか?来世に持ち越すかは、私にはお答え出来ません。
何故ならば、それを決めるのはあなたなのです。

人間は、誰一人として、未熟な人生を生きるつもりで霊界を後にする者など居ないのです。
様々な使命を胸にして、現界に降りて来るのです。

では、何故、使命を忘れたか?

肉体を持った時点で、自我が芽生え、小我、大我を身に着けます。
しかし最大の原因は、我欲が肉体と融合する事で、価値観に支配される様に成り、物質的価値観の信奉者に成り下がります。

人間の本質は、肉体では、ありません。
魂なのです。
魂は永遠に続き、消滅する事はありません。

魂の真実は、永遠に刻まれます。

かつて、私は、死を何度と無く覚悟する場面に遭遇しました。
その都度、御本尊に依って救われ、今があります。

人間はしあわせの絶頂から奈落に堕ちる刻、死を覚悟します。
死を覚悟し刻を重ね、やっと辿り着いた時に、氣づいた事があります。
老いです。

私は、もう空手で世界を廻って居た時の、肉体は無いのです。
今、私にあるのは、信仰心密教に残りの命を燃やす一人の老骨。

でも、後悔は、ありません。

やがて私の意志を継ぎ、御役目を果たしてくれる弟子が私の元に集まって参ります。

私は、語ります。永遠の命は存在して居る事を。

肉体の儚い刹那を生きるよりも、自由で何物にも捉われない強い魂を育てなさい。と。

■正当化の罠

よく見受けられるのが、他を誹謗中傷して自身の正当性を歌う行為です。

正に、あさましい限りであります。
本当に正当な者は、誹謗中傷などの下卑た行為をしません。

今の日本において死語になって居る言葉に、「品格を重んじる」があります。
上記のような行為は、正に品格のなさを自らが露呈する行為と言わざるを得ません。

また、こと更に自身の正当性を強調する必要もありません。
解る人には解る。それで良いと私は考えます。

しかしながら、品性の失われる世の中には辟易します。
日本には、古来より品格を重んじる文化がありました。

アメリカかぶれの物質的価値観が横行する中で、ひとにぎりの人でも良い、品格、品性を重んじる人が居る限り、
日本文化は護られるでありましょう。

アメリカ人の様に、誤りを認めず自らを正当化する人間が日本に溢れる時、最大の危機が訪れるでしょう。

■ベストパートナーとは?

皆さんの求めるベストパートナーとは、どんな方ですか?

①一流企業に勤め高収入
②イケメン、高身長
③持ち家、高額預金者
④医師、弁護士、

その他以上の項目を重視して居る方は、これから私が書くことをご覧にならない事をお勧めします。

物質的価値観を重視する人に、安心立命は理解出来ない事です。
ならば、難しい思想などに入らずに、物質的価値観を追い求めている方が楽でしょう。

私は仕事柄、大勢の方のカウンセリングをして参りました。
経験上言える事は、真に物質的価値観を理解していない方は、必ずと言って良いほど道を誤るということです。

そして、執着心をも捨てる事が出来ず、迷いの中を彷徨うのです。
俯瞰して見れば簡単に解る事が、物質的価値観を持つ人には、苦しく難解な題材なのです。

人の判断は、物質ではなく心根です。
どんなに美形であろうと、財を持とうと、人間性が卑しければ価値に値しません。

貧しくとも、美形でなくとも、優しく相手を気遣い、
富める時も病める時も、相手を気遣って静かに生きる時にこそ真の人間力が培われます。

美にこだわれば老いを醜悪と嫌い、様々な施術に終始し、人生の學びから遠ざかります。
富に執着すれば、餓鬼道に堕ちるでしょう。

慎ましく生き、學びを極めれば、御仏を現じます。
男性であれ女性であれ、真のベストパートナーを望むのであれば、先ずは相手を気遣う心を養うべきなのです。

■ベストパートナー

あなたにとってベストパートナーとは、どう考えますか?

様々な関係性を鑑みる時、夫婦関係を今回は考えてみて下さい。
真に俯瞰して考える時、純粋に人間性だけを捉えて相手を決めましたか?

容姿端麗、美しい、スタイルが良い、若い、頭が良い…など。
しかし、人間は年を取り、容姿は衰えて変貌を遂げます。
生活力、仕事があり、順風満帆な時は、誰しも自信に満ち溢れております。

しかし、職を失いうらぶれた時、自信を持ち続けられますか?
上記は、物質の裏付けなくして保つ事は不可能であります。

私は、六十三歳になるまで様々な人生を味わい、慟哭の涙を流した時もあります。
生きるとは、正に學びの連続です。
貧困に喘ぎ、愛する者との別離《死》、自らの老い、裏切り、裏切られ。
何故起こるか?物質に傾倒する時、魔を呼び込むのです。
心の闇も全て、物質的価値観を自身が受け入れた結果なのです。

あなたが、本当の意味でベストパートナーを求めるならば、自身を俯瞰し、物質的価値観を棄てて真の道を學ぶ事をお勧めします。
物質のみを求める時、人は無限の地獄を味わい続ける事になるのであります。

■未成仏霊

俗に人が亡くなると成仏されたかどうか、気になる事ですが、今日は、成仏についてお話しします。

私は、普段、成仏出来ない霊体を、未浄化霊と呼んでいます。

昨今、未浄化霊が急増しているのです。
それは、物質的価値観の後遺症です。

私は、お葬式を頼まれて行きますと、大概、故人が遺族者席に座っているのです。
それだけならまだ良いのですが、誰の葬式かも理解できない故人も増えているのです。

それは、まさに物質的価値観の後遺症である。
人間は、死んだら終わり…も物質と捉えた考え方が、表面に出ています。
であるから、死んで自分が意識を持っている事が理解できないのです。
だから、自分は死んでない…となり、自分の葬式も理解出来ないのです。

魂は、現界の学びを終え、故郷の霊界に還る事が現界で言う、死んだ…なのです。
まさに、意識界なのである。
だから死を理解せず、彷徨う様になるのです。

そして快楽を求めて、憑依の繰り返しで、魂は汚れ、帰幽する事も出来なくなり、彷徨うのである。
従って、普通の供養法では、成仏しないのです。

では、どうするか?説得力が必要になります。
ただ普通の人には、ハッキリ申し上げて、不可能です。

何故か?
霊を認知出来る力が必要なのです。

①霊体を視る力。

②知識、経験、説得力の三要素を持つ者。

③霊力を発揮出来る者。

以上は、最低持つていなければ、不可能です。
下手に霊体を、刺激するだけの除霊まがいは、危険を増すだけの行為に過ぎません。

御注意下さい‼️

■心霊現象

私達の本来の姿は霊体であり、肉体は、現界で様々な事を、体験する為に必要なので、肉体が存在するのです。

それが現界に生まれて、月日が経つにつれて、本来の目的を忘れて、肉体のみの体験に頼る様になってしまいます。

物質的価値観がその最たるものです。
魂が本質と理解出来た時、貴女の人生は、大きく豊かに変貌します。

肉体は、わずか百年生きれば限界です。
魂は、無限に広がる存在なのです。

私達の魂は、貴女の番を生きているのです。

現界は学びの場。
イジメ、虐待、暴力、偽り、様々な悪事も、全ては魂の存在を理解していないから、出来るのです。
言わば、可哀想な人達です。

やがて、故郷である、霊界に帰幽する時、悪事を働いた事を、自分自身が後悔に苛まれ、望んで暗闇に没入するのです‼️
そして、二百年~三百年暗闇の中で反省し、再度現界の旅に、自分で志願して、辛い人生を設定して、生まれて来る。
これが宿命の部分である。

そして、生を受け努力を積み重ねて、自分自身が運命を変えられる事に、やっと氣づくのです。

運命を嘆く前に、運命は自分自身で、変えられる事に、気付くべきである。
捻くれて、自分の人生はついていない、運が無い、運が良いなどと、思う暇があるのなら、努力する事です。

運任せの人生を選ぶか?運命を切り開く人になるかは、貴女の選択です。

私は、運命を切り拓く人の為に、教えます。
そして、祈ります。

■飢餓

私が育った昭和30年代は、貧富の差がまだ激しい時代で、餓死する人が巷にはおりました。

現在では皆無に等しいのですが、その変わりに皆さんもお気付きだと思いますが、心の病いが蔓延しているのも事実です。

それは、心の飢餓が原因です。
無関心から~利己主義~物質的価値観~傲慢~攻撃的性格の現れ。
正に、心の飢餓状態と言えるのではないでしょうか?

これは、誰にでも発症する可能性があります。
自分には、関係無いと思う心は捨てましょう。
関係無い事象など、存在しないのです‼️

全ては、無関心を助長差せる為の、現象と捉える事が貴女を救います。

無関心が全ての元凶です。
無関心で、いられる事などないのだから。

広義では皆、魂の兄弟なのです。
真理を学び、受け入れる時、貴女は悟ります。
自分が魂の存在であることを。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-19 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ⑤

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■真剣勝負

密教の加持祈祷は、真剣勝負である。
己が身を削り、ひたすら成就を願う。

自分を他に置き、虚しくして祈る時、成就の道が開かれるのである。

今日私は、先祖供養の為、ある霊園にて供養法を修しました。
最後に、霊園の守護尊に祈りを捧げる為、その霊園の守護尊である観世音菩薩像に読経していた時、それは起こりました。
霊的浮遊現象である。

観世音菩薩像が建っている場所の左横は、崖でした。
私が読経している時に、左の崖に二人の婦人が立ち、私に向かい意識を向けるのである。
《成仏法を実践出来る者を探しているのである》

では、何故この様な事が起こるのか?
それは、全て物質的価値観が最大の原因なのです。

死して死なず。

墓石を管理料未納により撤去され、無縁と成りやがて彷徨う。
正に、現代の象徴の様な現象である。

昔は、墓石を撤去する時には供養の法を修しました。
墓石に宿った仏様の魂を抜き取る際に、必要となってくる供養 でもあります。

しかし現代は、それとて無駄な様です。
業者が撤去し、無縁仏として積み上げる。

正に、物質至上主義そのものである。
全ては、心を無くした結果なのである。

■イジメ

嫌な言葉ですね〜。

今、社会で問題に成って居る現象を貴方は、どう捉えて居られますか?
これは、洗い出し現象です。
私達の中にある、物質的価値観の間違えを正す為の洗い出し現象なのです。

例えば、会社でのイジメがある場合は、転職すれば良いのです。
何故しないか?それは、給料の額なのです。

転職すれば前の様には、行きません。不利益も沢山あるでしよう。
しかし、耐えられ無い状況からは解放されます。
その為に生活が苦しく成っても、絶望する依りは遥かに勇気ある行動です。

自分らしく生きる、自分を信じる、自分の能力を信じる時、道は開きます。

ただ、アレを失いたく無い。コレが勿体無い。
それらは全て、物質的価値観の表れです。

本来、人間は、失う物など何も無いのです。
生まれた時、お金を握り締めて生まれて来た人は、居ません。

生きた過程で、持つか持た無いかなのです。
しかし、霊界に帰る時、お金も土地も、宝石も持って帰る事は出来ません。
持って帰れるのは、経験を感動に変えた意識だけなのです。

何故かと言えば、肉体は、物質、何時かは滅します。
しかし、残るのは、霊体である私達なのです。

分かり易く言えば、霊体は、意識体なのです。
魂は、意識体の集約なのです。

物質に捉われ執着の鎖に我が身を縛る時、それは、地獄の始まりなのです。

自分を信じて下さい、あなたは護られて居ます。

御仏は、平等です。
あなたが信じ様と、信じまいと存在する事は確かです。

洗い出しに翻弄されて生きるか?自分を信じて正しく生きるか?
それは、あなたの自由選択なのです。

学ぶも良し、学ばざるも良し、御仏は強制はして居りません。

■納得の死

昨今、自殺者が急増して居る事を皆さんは、御存知ですか。

これから、自殺のメカニズムについて少しだけ、お話しします。

昨日も親子が電車に飛び込み自殺をしました。
一人は、重傷一人は、死亡する事態です。

自殺した方に聞いてみると、ほとんどの方が、自殺した瞬間を覚えて居ません。
中には、死んだ事も理解して居ないのが現実です。

では、何故その様な事に成るのか。
それは、死んだら終わりと云う考え方、いわゆる物質的価値観がそうさせて居ると言っても、過言ではありません。

嫌なら辞める、捨てる、無視する、これらは、完全な物質的見方であり、物質的価値観なのです。
その逆に、正しい信仰心を持つ方は、おかげさま、有り難い、賜わります、の感謝の念を持つて居られます。

感謝の念を持つ方には、悪霊も近寄れません。
悪霊は、死にたいの念に反応し、死にたい、死ねるかなが、死ねるに成り、自殺が実行される訳です。

引き込まれは、自殺には、成りませんが、納得が無い分、迷います。
死については、如何なる経典、聖書より、納得に勝るものは、無いと考えます。

■撥遣と浄霊

昨日は、或るお宅の仏壇を撥遣しました。
いわゆる魂を抜く祈祷ですが、それだけでは終らない結果に成りました。

浄霊供養に発展して、3時の祈祷に成りました。

しかし、嬉しいのが霊体が納得して、霊界からの御使者と帰えられる時に、納得した安心感から見せてくれる表情は、素晴らしい微笑みです。

本来の姿を取り戻し、故郷の霊界に帰幽する彼らはしあわせです。
物質的価値観に翻弄されて自分を見失い、魔界の手先にされて居る事すら氣づいてい無い人は哀れである。

霊体に戻った時に氣づいてくれれば良いのですが、まず97パーセント氣づきません。

3パーセントの方は、法力僧や本物の霊能者の方々の御尽力のおかげで改心し、霊界に帰幽します。
が、後の霊は浮遊したままの状態です。

そして、人に憑依し、悪事を重ねていきます。
その様子は、バクテリアが増殖するのと同じように、次ぎから次ぎと増えて居るのが現状です。

少数の法力僧や本物の霊能者の手に余る数です。

今の日本は、霊的無法地帯です。
霊的真理、霊的真実を学ぶ事は、確かに大変だと思いますが、あなたが救世主に成らなければ、近い将来、日本は暗黒に包まれる事になり兼ねません。

日本が暗黒に包まれる事は、あなたの身に確実に影響を及ぼすでしょう。
其の時に慌てても、遅いと思いませんか?

今、学ぶ事が自分を救い、あなたの大切な人を救い、やがては地球を救う事に繋がるのです。

密教塾では、此処では、書けない真実を書いて居ます。
何故、此処では、書かないか?

それは、過去に私の記事を模倣して犯罪を犯し、罪も無い人々を悲しませた輩が居たからです。

密教塾では、入塾して頂く時に私は霊視します。
其の方が光の系譜である事を祈りながら、密教塾では皆さんの入塾をお待ちして居ります。

一カ月の費用は、三千円です。
それ以上は、請求して居りません御安心下さい。

■霊媒出現の訳

霊媒出現には、霊界のお計らいが起因している。

今、人間界は、岐路に立っていると言っても過言では無い。
今後人間界は、信じる者、信じない者とが二分する時代が来ます。

霊界の全存在を実感する私達と、現界のみが現実と捉える人々に二分するでしょう。
これも、カルマです。

広義で捉えれば、地球のカルマなのです。
私達人間が繰り返して来た戦争、愚かな結末。
何時になったら氣づくのか?
全ては物質的な奪い合い、戦争自体、物質的価値観の結末、即ち奪い合い滅ぼし合いなのです。

霊媒出現の謎は、霊界の有無を確認させる為の霊界からのメッセージなのです。

私達一人、一人が理解しようとする時には、霊界からの大きなお計らいが働きます。
今は、理解できない方々も大勢おられます。

無理に理解する必要は、ありません。
しかし何故自分は、物質的なのか?何故霊界に否定的なのか?
検証する事が先決では、無いだろうか?

否定も肯定も検証してからでも、遅くは無いと私は考えます。

全ては個に始まり、個に帰ります。
そして、輪廻転生を繰り返し浄化します。

私達が今、理解し合い手を取り合う時霊界も変わります。
それが本当の進化では、ないでしょうか。

そろそろ眼を覚ます時間が迫って居る様に、私には想われます。

■お計らい

皆さんは、こんな経験をした事がありませんか。

まず無理だと思った事が、突然実現した。
それは、お計らいの力が動いたのです。
私の所ですと、御本尊様の眷属が働いて下さり、有難い想いです。

皆さんの場合は、守護霊様達のお計らいが働く場合が有ります。
特に危険が伴う時には、働いて居られる場面を拝見する事が多々あります。

そんな時、私は観えない人達に伝えたい衝動に駆られます。
貴女は護られれ居ます、感謝しなさいと。

観えるから信じる、観えないから信じないも、広義で言えば物質的価値観の表れに過ぎません。

シンプルに理性的に判断するのも、大我を養う訓練の一つなのです。
霊能力は、ただ付随するに過ぎないのです。

大我な思想を持つことこそ、人間としての自分霊体としての自分を開花させることなのです。
永遠の課題とも言えます。

何故ならば、大我な思想、行動を実践できるのであれば、苦しみも哀しみも必要ありません。
全てを超越した世界に居るのだから。

それは、いつか到達する空間であります。
生老病苦の四苦を超えた空間であり、選ばれし者の場です。

私達は、日々の暮らしを、大切に込めて生きる時、
生きるたのしさ、生きられる感謝、生きる喜びを、自身で見出すことが出来る存在なのです。

一日を込めて生きましょう

大切な貴女の一日なのだから。

■死に逃げ

魂の存在を認識出来ない人は、哀れである。
何故ならば、現界が全ての物質的価値観に毒された方だからである。

物質は、未来永劫に続くものと想い込んでいる証しである。
諸行無常、形有る物は何時の日か滅する。
これは当たり前の法則なのです。

では、滅したら終わりか?

違います。
新たな時を迎える為に、滅するのです。

それが霊魂の法則なのです。
これを完全に理解し自分の中に、落とし込み咀嚼する時、
貴方は、真実に目覚めるのです。

そして目覚めた貴方は、様々な法則の有無を、知る事に成ります。
覚醒です。

今迄の疑問点が明白に成って来ます。
其処に辿りつける人は僅かですが、確実に貴方の人生観は変化し、開花する事を保証します。

知ることの素晴らしさを理解し、後の貴方の人生を実りあるものへと変貌させます。

貴方がやる事は、簡単です。
素直な気持ちで受け入れ、理性で受け留めれば良いのです。

貴方の魂は、貴方が受け留め理解する事を望んでいるのです。
そしてその後、貴方は悟ります。

残りの時間を、経験を感動に転換する素晴らしさを。

人は、霊的存在です。
分から無ければ良い、見つから無ければ大丈夫、と言う思想の恐ろしさを実感出来る、選ばれた人である事を。
それが、お役目を受けた人の証しである事を、人間界はその為に有るのです。

難しい答えは、今の貴方には無用です。

今、必要なのは霊的存在である事を理解して学ぶ事です。

学ぶ事に遅早は、ありません。
カルマに怯える事もありません。
貴方は、自由な学び人なのだから、失敗は、貴方を成長させる為の栄養なのです。

真実から目を背けて、生きても、死を迎える時、
全てが白日の下に晒され、その時に氣づくでしょう。

死に逃げは、出来ない事を。

■妄想

私は、今、怒って居る‼️

下らない完璧主義を吹聴する人間に、喝‼️

完璧主義などと言う妄想は、人間の尊厳を根本から揺るがすアメリカ資本主義の害毒である!

人間界に完璧な物など存在しません。
存在し無い所に、何故人間が完璧主義なのか?

正に妄想族である。

では、完璧で無ければ人間では、無いのか、馬鹿げた思想主義である。

日本語に和製英語が戦後、流行してから日本人の思想統制が公けに持て囃され、日本の文化、美徳が失われ和製英語のグローバル化と言えば、文化人に成った気でいる馬鹿者共が、害毒を振り撒いて居る。

もっと美しい日本語を学ぶべきである。

私は、英語も喋れるがあえて使わない。
何故か。
全て、国内では日本語で足りるからだ。

若者に聴いてみた。
シャンプーを日本語で何と言うか?

ほとんどの者が答えられ無い。
現実嘆かわしい。

完璧主義など愚の骨頂である。
完璧主義などと言う戯言を言うなら、原発を何故、終息出来ないのか。

かつての総理大臣、中曽根康弘は、原発は完璧で安全なエネルギー源だと言い、日本に持ち込んだ。

そして今それでもまだ、原発を推進する動きがあるのは、正に物質的価値観の現れである。

完璧主義を平たく言えば、小我な気持ちの現れで、他に良く思われたい、カッコ良く思われたい、広義で言えばこれも物質的価値観の現れである。

物質的価値観の前では、体の不自由な方々はどうなるのか?
働け無いお年寄りは、どうなるのか?

私は、物質的価値観も完璧主義も必要無い。

私に必要なのは、優しさ、いたわり文化、そして真実の信仰心だけがあれば良い。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-18 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ④

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■寄り添い 寄り添う

今、必要なのは、正心を持って物事にあたる事が求められております。
正心あらば、全ての問題に光明が差し、おのずと解決に向かいます。

その逆に、邪心あらば隠し逃げようとするのである。
この様なコンセプトで、実際にはこの様になったと。
何故、責任ある立場の人間が言えないか?
それは、探られては困る邪心が存在するからに他ならない。

恥ずかしい事である。
正に厚顔無恥。

そんな大人が、子供に教育のイロハを解けるだろうか?
恥ずかしい事である。
夫婦、家族でも同じです。
自分の主張ばかり尊重しようとするは、正に物質的価値観の弊害である。


妻の立場。
夫の立場。
子供の立場。

それぞれが正心を學び、実行する時、其処には、寄り添い寄り添う輪が生じます。

人間関係で苦しみ疲れても、それは修行であり、魂の研磨なのです。
全ての人が、寄り添い寄り添う事は無いでしよう。

それは、当たり前なのです。

私達人間は、まだ未完成なのだから。
未完成を完成に導くのが修行であり、學びなのです。

人生は、學びの場。
社会は、ジャングル。
家庭は寄り添い、寄り添う學びの場。

では、一人の方の學びとは?
独立独歩、道を定め、一心不乱に進む時、必ずや御仏の御加護があります。
御仏に寄り添い、寄り添う心が出来た時、貴女はかけがえの無い宝を得る事に成ります。

■親と子の関係

親は子を育て、子は親に學びを与える。
親子は、共に學び合う同志である。
霊的に言えば、子供が親を選び、生まれて来ます。
《親とは、究極のボランティア》

人生は、學びの為にある事を知る時、貴女の人生は開花します。
物質的価値観から脱却する時、貴女は本当のしあわせを引き寄せることになります。

本当の幸福は、物質では得られません。
物質は得られても、刹那の喜びに過ぎない。
また、直ぐ次の物質に移行し、求め続けている。

そんな欲を持ち続けると、人は人の尊厳を忘却し、餓鬼道に迷い混み、嘘や堕落の下界に堕ち、本当の人生に素晴らしさを失い、死しても欲界に迷い、地獄の餓鬼に成り下がるのである。

今現在、様々な問題があちらこちらで取り沙汰されております。
しかし、真実を語る者は少ない。

真実なら、書類を黒塗りにする必要は無い。
嘘と混濁は、全て物質的価値観による堕落である。
真実にはばかる必要は、無い。

心に真理を持つ者は、幸いである。
心に偽を持つ者は、哀れである。

■危機感の無い生き方

人間には、様々な可能性があります。
しかし、それも見ぬ間に年老いては勿体無いと思いませんか?


ただ毎日を過ごした人間と、目標を立て生きた人間とは、必ず差が生じます。
現界には、歳だけを重ねた人間には、情がありません。

何故か?
物質に生き、考え方も物質的価値観の固まりに人間が堕ちる時、情は失われます。

物質的な思想の持ち主に、真の愛は訪れません。
従って、物質的価値観が助長され、いざ自分が死を迎える時、のたうち回る結果になるのです。

執着の無い生き方は、人間を成長させます。
物質的価値観に生きる者は、常に価値観を全面に打ち出し、争い奪い合い、分かち合う喜びを感じることがありません。

死後も奪い合い、無意味な争いの渦中に自らを投入する事になるのです

■良い人仮面とナルシスト

今、日本中に氾濫しているのが、私は良い人を装い、他人を落とし入れようとする《良い人仮面》
会社では部下を持つ身でありながら、悪い結果は部下の責任。
良い結果は、自分の手がらにする。
このような、ナルシストが増えている。

この現象は、何処から発生するのか?
またどうして、そんな人間が上に成るのか?
全ては、物質至上主義が高じて価値観の変化に依り、蔓延した伝染思想《物質的価値観》が魂を穢した。

服装は、文明人。
心は、野蛮人。を形成したのである。

例えば、自分だけでは死なない、無差別に道づれにすると言う考え方は、最早、人間とは言い難い。
現在、普通の人がある日突然凶暴化する現象が、昨今立て続けに起きている事は周知の事実である。

では、どうすれば良いか?
波長を上げる事である。
類は、友を呼ぶ例えもある様に、低い波長に身を置けば、低いものが引き寄せられるのも道理である。

正しい學びを深め、自身を俯瞰し、進む時、必ずや御仏の慈悲に照らされ、知る事が出来るのです。

■貧富

貧を知らずんば富を知らず。
貧しさを真に學ぶ時、富の本質を知る事が出来ます。

富を得る事だけに走れば、物質的価値観に翻弄され、本来の人間としての學びを失い
常に枯渇した心に自らが苛まれ、人間としての尊厳をも失うであろう。

富む者は、貧しき者を救い勤勉に勤める。
此の理想が実現化する時、犯罪も妬みも無い世界が具現化します。

しかしながら、現実化されないのも人の世であります。
富を持つ者は依り多くの富を求め、貧に喘ぐ者は富を妬み富む者は貧する者を蔑むのが現状である。

しかし、人間には一つ平等が存在します。

それは、死である。
どんな富豪であれ、貧する者であれ、必ず死を迎えます。
死から逃れることは、何人たりとも出来ません。

そして、死する時、何一つ持って行く事も出来ません。
お金も家も、形ある物は、現界に残していくしかない。
泣いても笑っても、其処には貧富の差も存在しません。

但し素晴らしいものを土産にする事は出来ます。
感動です。
様々な経験を積んで来たあなただから出来るのです。

経験を感動にに変換する時、最高の土産に成るのです。
何処への土産か?
霊界で待つ仲間への土産であります。
あなたが現界に旅立つ時、涙で見送ってくれた仲間が次は優しく拍手で迎えてくれるのです。

全ての真理を知る時、貧富の差など無かった事を知るであろう。

■パワースポット

よく聞く言葉。

〇〇のパワースポットに行ったが何も感じなかった。
〇〇のパワースポットは、変な感じだった。
〇〇のパワースポットは、凄かった。
この言葉を総合すると、全てがあやふやな表現であることに氣づくはずである。

また、パワースポットと呼ばれる所は、それなりの作用はありますが、あやふやな場合はまだ良いです。
しかし、はっきりと感じ取れる場合は要注意です。

あちらの機嫌の良い時なら良いが、機嫌が悪い場合もある事を、誰も知ろうとしない。
そのような現状では、あまりパワースポットなどと言ってはしゃぐものではありません。
当たり前の事ですが、作用があれば反作用もある事を忘れてはいけません。
全てが、自分の都合の良い様にはいかない現実を知るべきである。

私は、よく皆に注意する事があります。

神社仏閣では、たとえ石一つでも持って帰ってはいけない、と。
パワースポットも同じです。
中には、記念に名前などを書いたり傷付けたりする者がいるが、その時は何も無くても、覚悟しておく事である。

それだけでは終わらない事を、以前ブログにも書きました。

聖域を穢した者が、どんな末路を辿るか?
本人が体験した時は、手遅れになることがほとんどです。
私達は、本来、皆、霊的存在である事を自覚する時、全ての謎が謎では無い事を知るであろう。

肉の思考は、所詮、物質的価値観に堕ち入り、真実を見失うのである。
心の眼を開け、自身が知る時、本当のしあわせを実感するのである。

慈愛は、心の眼。
欲は、肉の眼である。

■増大するカルマ《因縁》

犯罪を犯し逮捕、服役し、その後釈放された者には、民事に依る損害賠償が課せられるが、保証人である親も賠償金を払わないケースがほとんどである。
これは、恐ろしいカルマを積む事になる。《反省の無い犯罪者の末路は、哀れである》

この世の罪はこの世で反省し、償う方が、何倍も何十倍も楽なのです。
反省せずに逃げ切れたと思う者は、大馬鹿者である。

実例を挙げて紹介したいが、あまりにも生々しく酷いので、書くことは控えます。
言える事は、自身が犯した罪に数十倍の苦しみと苦痛を味わう事になるからです。

そして、加担した親も仲間も、同じカルマを背負う事になるのである。
人間界の考え方では、理不尽と思うかも知れません。
しかし、霊的真理から検証すれば、当然と言えるのです。

私の車には、ドライブレコーダーを搭載してあります。
先日、仕事で運転中、信号待ちをして進行方向の信号が青になった時、心の声が《行くな》と叫んだ。《見通しの悪い交叉点で》

私が一拍待った時、赤信号で交叉点に進入した車と青信号で進行した車が衝突した。
明らかに、赤信号で交叉点に進入した車が悪いのは当たり前である。

しかし、赤信号で進入した車の運転手は、嘘を言うのが昨今では多いのです。

当たり前が、当たり前に通らない時代。
常識が、常識で認知されない世間。

あなたは、どうしますか?
嘘つきの横行する時代。

カルマを積み重ねる者達が増大している事実を、直視する勇気を持って物事に当たらなくては、何時自分が、被害者になるか解らない時代なのです。

子供のカバンに、ボイスレコーダーを忍ばせるくらいの用心が必要な時代なのです。
教師も教育委員会も、自己保身に走り、本質など見て見ぬ振りである。

愛する者を守るのは、あなたしかいないのです。
悲劇が繰り返される前に、防ぐ事も愛なのです。

言った、言わない。
やった、やらない。
あやふやな状況は、嘘つきを繁殖させます。
悲しい時代ですが、それが物質的価値観を選んだ私達全員のカルマでもあるのです。

■何故、混迷するのか?

日本が何故、混迷するのか?
全ては、欧米式物質的価値観に由来するのである。

価値、価値に追われ、心を失い、物質的価値観こそ真理と錯覚して来た我々に、最大の問題があるのである。
心を軽視し、物質に生きた時代はありました。

しかし今、餓死する人は皆無と言える日本に於いて必要なのは、古き良き時代の思想であると、私は考えます。
然るに、今の状況は救い難いものがある。

全てが価値で始まり、全てが価値で判断される世の中を、あなたは正常な状態と考えますか?

正常と考える時、あなたは私とは違う世界の住人である。
中国では、懐妊すると、遺伝子検査をする人が多くいます。
それは、障害を持つ子供を産みたくないから、殺すのである。
この根底にあるのが、物質的価値観である。

正常でないものは、不良品であると云う考え方の表れである。

では何故、魂が宿るか?
考えて下さい。
それも救い、學びなのです。

我々が學びを拒否し、忘れ去る時、人類は亡びます。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-17 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ③

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■犯罪の正当化現象

馬鹿げた話と思われる方は、これから書く事をお読みにならない事をお勧め致します。

何故ならば、次のターゲットは、?かも知れ無いからです。
私は、以前から申し上げております。
犯罪者は、障氣を食べると。
《恐怖、疑問、消失感、嘆き、闇》に伴う氣を障氣と言います。

普通に、これらの気持ちになることはあります。

しかし、物質的価値観に染まり、アメリカ的価値観に基づく時、これらの氣は障氣と成り、犯罪者の標的に成り易い状況を創り、招きます。

私は、提言致します。
本来の、日本人思想を取り戻す時、あなたは必ず救われます。
アメリカ的価値観を持ち続ける時、破滅が私達に襲い掛かります。

私達は、忘れて居ます。
日本の文化と思想を。
欧米には文化はありません。

欧米の根底にあるのは侵略的思想であり、日本文化思想とは相見えないのです。
それを俯瞰して真を求める時、日本の諸天天神は、こぞって救いの手を私達に差し延べます。

全ての鍵は、私達にあるのです。

■或る少女の生涯

私のもとに、一通の手紙が届きました。
その手紙には、末期の病に苦しむ娘さんの事が書かれておりました。

私は、手紙を読んだ後にご両親に電話をし、翌朝伺う事を告げました。

娘さんは18歳。
名古屋の隔離病棟に居られます。
身体は、痩せ細り、飲むことも食べることも出来ない容態です。

しかし、唯一、意識だけはハッキリとしているのです。
逆にそれが、当人を苦しめる事にも成っておりました。

娘さんは、幼い頃は明るく快活な性格で皆に好かれていたそうで、友達も多く、中学卒業まで真面目な女の子でした。
それが、高校生に成り、彼が出来た頃から変わり始め、僅かな期間で変貌して行ったのです。

最後には、麻薬、売春に染まり。
その結末は、麻薬中毒になってしまいました。
最後には、第四の性病に感染し入院。
入院した時には、現代医学では手の施しようが無い病状に成って居たのです。

寝返りをすれば身体中に激痛が走り、排泄をすれば激痛が走る状態でした。
正に、生き地獄であります。
私は、薬師如来の慈悲にお願いを致しました。

すると、医師に呼ばれて行って居たご両親が、帰って来て私に言いました。
『 有り難う御座います』と、深々と頭を下げられました。
『 医師がモルヒネを使うと、言ってくれました』と、涙を流して居られました。

モルヒネは、痛みを緩和するが、意識は、朦朧とし…。

お父さんが、ポッリと言われました。
『 痛みの中で苦しむ娘を見ることは、我が身が切り刻まれる依り苦しい』

それから数日後、娘さんは亡くなりました。
お父さんは、娘さんの遺体に向かい一言。

『 これで楽に成ったね』
涙が溢れておりました。

母の愛は海よりも深く、父の愛は山よりも高い。

葬儀は私が導師を勤めさせて頂き、引導を渡しました。

葬儀の間、娘さんはご両親に詫びて居ります《霊体》
私は、これ以上娑婆に置くのは良く無いと判断し、〇〇家の御先祖を召喚し、遺体を荼毘に伏すと同時に帰幽させました。

この出来事は、正に物質的価値観が生んだ悲劇であり、憂うものがあります。
この世《現界》だけを信じ、《霊界》を軽んじた結果、物質的価値観に翻弄され、真の生き方を見失う結果に成るのです。

私の話を信じるかどうかは、皆様の判断にお任せ致します。
キチガイ坊主と嘲笑いたい方はどうぞ、お笑い下さい。

但し、笑い終わった後には、一度真剣に物質的価値観とは何か? をお考え下さい。

■邪法

古来より、正法と邪法は対峙して参りました。

仏教の世界でも、自宗以外の法を邪法と罵り、《現代の宗教団体では、続いて居る》本質を忘れた低俗な争いが観られます。
が、今日はそんな事はさて置き、私が世界で観て来た黒魔術について考察しようと思います。

世界には、恐ろしい黒魔術が存在するのも事実です。
韓国にも、中国にも、欧米にも存在します。

特徴は、呪う対象に容赦無いところです。《手段を選びません》
法律に触れなければ全て良し的な思想があります。

その容赦無い思想は、犯罪にも投影されて居る様に皆さんにもお判りの筈です。

死人帰り、ゾンビ。
略奪、悪魔契約。
呪い殺す、毒薬の法、蠱毒。
数え挙げれば、きりが無いほどである。
しかし、未だに続いて居るのも事実です。

この行為の根底にあるのが、全て自己中心主義であり、物質的価値観《物質中心主義》なのである。
現在、日本も例外ではありません。

様々な怨みを晴らす目的で、黒魔術が行われています。

ある人は、怨みの念から体調を崩し、ある人は、家庭崩壊。
ある人は、言われ無き誹謗中傷に苦しめられ、私の寺にお出でに成られます。

私は、それらを一つ一つ紐解き、解決に向けますが、昨今の多さには驚きを隠せません。
正しくは、どんな黒魔術でも言える事ですが、最後には自分に返って来ます。

例え、お金を払って依頼しても、最後は自分に返って来ます‼️
一番、割に合わない行為が黒魔術なのである。
それを承知でするならば、私は止めません。

ご自由にどうぞ、お続け下さい。

必ず、後悔の日が否応なしに訪れます。

黒い穴は二つあります。

それを逃れる事は、出来ないのです。
しかし、密教には、唯一つ救済の道が存在します。
其れは《模倣を避ける為、伏せ置きます》秘法の一つで、贖罪の法《仮名》である。

しかし、確実に許される法は、正しく生きる事が最高の事であり、開運の道でもあるのです。

■メッセージ

私達は、様々な形でメッセージを受け取って居ます。

しかし、受け取り方の間違いに氣づかず、誤った解釈をして行き詰まりを経験して参ります。

中でも、その最たる例が男女間の問題である。
男女が互いに求め合い結ばれる事を結婚に置き換えれて考えれば、解り易いと考えます。

結婚は、互いに學び合いなのである。 
金、金に執着する夫婦は、金により様々な學びを繰り返し、金に苦しみ、其処から貧困をも學ぶ事になります。

夫婦は、互いに學び合うパートナーである。
良きにつけ、悪しきにつけ、お互いに學び合うのである。
其れを理解出来ずに、互いに主張を繰り返す時、其処にあるのは不和という現実が発生します。

広義で言えば、人間関係そのものが學びと言えます。
また、狭義で言えば、夫婦関係は最良のパートナーを見いだしたと言えます。
共に學び、共に成長する時、本当の目的は達成されたとも言えるのではないでしょうか。

素晴らしいパートナーを獲得するのも、人生の目的なのです。
物質的価値観からは、本当のパートナーを見つける事も難しいのです。
愛するがゆえに許し合い、和合し學び合う時、あなたは最良のパートナーに巡り会えると考えます。

■犯罪

昨今、眼を耳を疑う様な犯罪が頻発して居るが、此の現象は、正に魂の劣化としか思えない鬼畜の所業である。

罪もない人が傷付けられ、殺害される。
犯人は捕らえられても、心身耗弱だの責任能力の有無などが取り沙汰され、
被害者の無念さは、余り表面には語られて居ない様に思われる。

それは何故か?
日本では、心霊科学自体が本気で研究されて居ないからである。

それから、詐欺の横行も心霊科学で言えば、餓鬼の仕業である。
人からお金を集め、実現不可能な事をさも出来るが如く語り《旅行を斡旋》出来なくなれば破産する。
許される事ではない。数え上げればきりがないほどの犯罪の横行は、魂の劣化としか思えないほどである。

人間は死んだら終わり。の思想が原因の一つであり、これを指して物質的価値観と云うのである。
真剣に學ぶことは容易ではないかも知れ無いが、現状が続けば近い将来は、推して知るべしと成るであろう。

■死に逃げ

何故、犯罪者が自殺するか?
それは、死ねばこの世の罪から逃げられると考えたからであるのです。
確かに逃げられるが、次に待って居る世界を、彼らは知らない。

殺せば殺され。
盗めば盗まれ。
騙せば騙され。
傷つければ傷つけられる。

これは法則であり、摂理なのです。
逃げても逃げられない、永遠のカルマである。

死んだら終わりと考えている人は、これから書く事を観ない事をお勧めします。
死んだら終わりなら、嫌ならリセットすれば良いの考えに至る。
それは、正に物質的価値観の表れであり、全てが金と物質の思想で形成されて居る。
この思想の持ち主には金が全てであり、金が減ることを極端に嫌う傾向がある。

これから話す事は、事実です。

ある夫婦の出来事
彼女は、お金のある男性を選び、結婚しました。

半年が過ぎたある日。
ある事で大金《数十万円》が必要に成った事を、主人に説明しました。

しかし主人は、結婚すれば二人で働いて預金が増えると思っていたのに、逆に、預金が減るなら離婚したいと。
彼女は、うな垂れた。
正に、彼は金の亡者である。
家庭に金を使わず、預金を増やしたいだけの結婚だったのです。
正に、物質的価値観の典型的な例である。

自分が良ければ良い。
これも、物質的価値観から生まれる利己主義である。
犯罪も同じである。
物質的価値観が産む弊害である。

霊界からの警告はありました。
これ以上の事はここでは書けない内容なので、この続きは私塾密教塾で解説致します。

■報恩謝徳

恩に報いることに依って様々な謝徳を得ると云う事は、古来依り受け継がれて来た美徳であります。

例えば、自分は御返しが頂きたくてやった事では無いのに、考えもしなかった出来事で幸せな生活を得る事が出来た。
これは、正に報恩謝徳である。

私達は、ともすれば見返りを望んでしまいますが、我が子に対して見返りを求めますか?
そう見返りを求める事は無いでしょう。
正に無償の愛があるからです。

見返りを求めて行う行為は傲慢であり、物質的価値観と言わざるを得を得ません。
結果を求めず、結果を追わず、常に感謝し生きる人は幸いである。
その逆に、こうして、ああしてやったのにと考える時、其処には安心どころか不幸の種が芽生えて居るのである。

一度、幸の種が芽生えて仕舞えば、尋常一様な事では刈り取ることは出来ないのが現実なのです。
この世《現界》に生を成し、學びに意欲を燃やして居た時の自分を思い出すことは容易です。
自分が詰まらない小我を棄て本来の自分に戻り、素直な心で自身を認める時、報恩謝徳の意味を理解出来るのである。

■魂の記憶《思い癖》

私達の本当の実態は、霊的存在にあります。
言わば、肉体は衣類と同じであり、仮の姿なのです。
欲望も肉体の要求であり、実態では無いのです。

私達の本来の姿は、霊魂なのです。

この真実を知るか知らないでは、人生に大きな影響を及ぼす可能性が高いのです。
知らないから物質的価値観に堕ち入り、人生を違った方向に進んでしまうのです。

自身の魂の記憶を辿る時、本来の目的がはっきりと見えて来ます。
思い癖も解消し、豊かな人生を歩んで行けるのです。

あなたは、様々な事を経験する旅《肉体が無ければ出来ない経験》の代表選手である事に気付く時、あなたの人生は、確実に良い方向に転換出来るのである。

進みましょう。
自分の人生は自分で開拓し、良い方向に向けるのです。
他人任せの人生は、あなたの人生ではありません。


独立独歩。
正しく生きるか?
選択は、全てあなたがするのだから。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-16 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ②

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■心の行き違い

今、様々な事象に、苦悩する方々が急増して居ります。

男女関係の縺れ、仕事場での人間関係。
夫婦間の縺れ、家族間の断絶。
学校での人間関係、と様々に、悩み、苦しむ方々が急増して居る。

一番の原因は、心の行き違いが要因と成り、発生して居るのが現状です。
では、何故、心の行き違いが起こるのか?

一言で表せば、心の底にある物質的価値観の台頭にあるのです。
損得に始まり、損得に終始するとき、そこにあるのは、全て物質的価値観に翻弄された人間の姿なのです。

私は、常々申し上げて居る様に、物質的価値観は最終的には自身をも滅ぼす思想なのです。

簡単に言えば、あのアイドル殺傷事件の犯人の考え方は、正に物質的価値観に溺れた結末であります。
自分勝手に思い込んで犯行に及ぶ。
相手の気持ちなど、全く意に返さず、ただ、自身の不満を一方的に行使する。

これこそ、物質的価値観そのものである。

心ある方々は、この現象に氣づいて、頂きたい。
物質的価値観の本質は、単に物質の授受にあるのでは無い。

心をも物質化し、錯覚する時、そこにあるのは、心を失い物質的価値観に溺れた、餓鬼の姿ではないだろうか。

■平和の尊さ

平和は私達一人一人が築くものであり、与えられるものでは無いと考えます。

今、一番考えなくてはならない事は、平和を維持する事。
平和とは何かを考え、行動する時では無いでしょうか。


当たり前な事など何も無い。

努力と理解、無しには何事も継続する事など無い事を知り、まずは自分に出来る事をやる。

今の日本は平和です。
しかし、今から七十一年前《終戦》、事実上の戦争は終結しましたが、

その瞬間から、一般国民は新たな苦しみを抱えねばならなかった事を知る人は少ない。

①家族を戦火で失った苦しみ。

②就労先が無く餓死して行った人達。
③親を戦争で亡くした子供達がある子は餓死し、ある子は病に倒れ遺体は野ざらし状態。
④徴兵が終わり帰国した兵が家に帰っても、家は焼け野原、家族の安否もわからないまま数十年。
⑤生きる為に女性は身体を売り、蔑まれ性病に命を落とし。

まだまだ悲惨な現実を私は知っているが、痛ましくてこれ以上羅列する事が出来ない。

昭和二十年代〜四十年代の日本変貌は、凄まじかった。

最早戦後では無いと言い、景気に酔った。

しかし、貧富の差は様々な悲劇ももたらした。

私達は忘れてはいけない。

物質的価値観は、自ら地獄を招く引き金に成ります。
學ぶ事を忘れずに、自身の魂と向き合い磨く時、あなたには解ります。
平和とは何かが。

■時代のメッセージ

毎日報道される、事件事故は、私達が自分に落とし込み、考え無くてはいけないメッセージなのです。

他人事ではありません。
何時、私達に襲い掛かって来てもおかしく無い。

事件事故、それを未然に防ぐ事は、現状では難しいのです。

但し、回避することは可能で御座います。
回避するには、最低限、以下の事が必要不可欠と考えます。

先ず、物質的価値観を改め、心を學ぶこと。
そして、霊的真理を真摯に學び、魂の向上を図る事。

生きる喜びと、生かされていることへの感謝が必要なのです。
細かな事を、此処で書くことは出来ません。

しかし、全ては法則の中のあるのです。

法則を理解し、実践することは、自身を活かし他を活かすことに繋がるのです。
全ては偶然では無く、必然に始まり、必然的に結果を産み出します。

必然を學ぶのも、法則を理解する上では大切な事なのです。

経典を引用すれば、法華経の言わんとするところは、正に原因結果であり、原因結果論、法則そのものなのです。
結果的に言えば、しあわせへの道は法則にあるとも言えるのである。

森羅万象、法則無しには成り立たないのです。

■心の声《魂の声》

魂の声を聴く事は、自分を見つめることに繫がります。
人間は誰しも、自身を割引いて考え様とし、誤り、後悔を打ち消し、やがて聴く事を忘れます。

私達は、本来、霊的存在です。
聴く耳を持てば、誰でも聴けます。

しかし、長年閉ざして来た事に依り、聴き方を忘れてしまって居るのです。

私達は現界に生を受け、二才か、三才までは霊的能力を有して居るのです。

やがて自我に目覚め、肉体優先に変わる時、霊的能力を忘れます。
そして、現在に至るまで、様々な経験と人間関係の中で葛藤し、氣づいた時には物質的価値観の渦の中で喘いで居るのです。

心の声は、今、あなたに教えて居ます。
このままでは、本来の目的から大きく離れ見失うと、私は助言します。

一日も早く、自身の中にある神我に目覚め、本来の自分に立ち戻って下さい。

■猟奇的事件

猟奇的事件が昨今、多発して居る。

何故、人間が其処まで猟奇的になれるのか?それは、理性の低下が原因である。

では、何故、理性が低下して居るのか、考える必要があります。
腹が立ち犯行に及んだ、心神耗弱状態にあった、などなど。

しかし何故そう成ったのか、理由は様々で有ろうが何故、犯行まで犯してしまうのか、其処には、反省は、無い。
自分本意、自分勝手な性格は、何処から来るのか?
面倒な事には関わりたく無いのは、誰しも同じだが、もし自分の家族が、自分が、巻き込まれ無いと言う保証など無い。

しかし犯罪の裏側を観る事である程度の防衛は、可能です。
昔、よく言われて居た言葉に《他人事では無い、ひとごとではない》其処には様々な意味合いが含まれて居ると私は考えます。
自分の身に置き換え、考えられる知性、理性があります。
自分だけがの思想の発端は、アメリカが日本に持ち込んだ、物質至上主義であり、物質的価値観の蔓延である。

上記を俯瞰し見つめ直す時、あなたには、お解りのはずです。

■詐欺師の横行

平和と便利の影に潜む罠、先日、逮捕された詐欺師は、23歳の若者が三人、
サイト詐欺に落ちた被害者を救済すると見せかけて、お金を騙し摂る手口は、巧妙である。

私は、常々思うが悪い事に頭を使う依りも、これだけの知能が働くのならば、良い事に真剣に取り組めば、凄い成果を上げられたで在ろうに、
魂の劣化か、人間性の欠如か?

これは全て、物質的価値観に身も心も蝕まれた証拠である。
こんな人間は、刑務所を出所してもまた繰り返し悪事を働くで在ろう。

何故か?反省をせず服役中に様々な詐欺の手口を考えて居るからである。
では、何故、断言出来るのか?

金である。
物質的価値観は、全て金の亡者を生み出す思想の固まりだからである。
北朝鮮、アメリカ大統領が良い見本である。

自国の利益イコール、自身の利益主義から発している事は、皆さんもご存知のはずである。
日本も例外では無い。私が語らずとも、皆さんがお分かりのはずである。
但しこの現象が最終的に何を生み出すか誰も考え様としないのが現状である。

私は、微力であるが、せめて學びを求めて来る方々には、真剣に現状を把握し、物質的価値観の愚かさを感じて頂く為にも、
學舎の創設を急がなくては、成らないと考えています。

■土地の因縁

土地には、様々な因縁が存在します。
これは、ごく身近に起こり得る事であるのです。

『 私は、大丈夫 』的な事は、通用しない実例である。

A氏は、所有するマンションを売却し、新たなマンションを購入した事から、不可解な出来事に悩む事になりました。
それは、A氏が新しいマンションに入居した日から起こりました。

誰も居ない台所から鍋が落下。
その音に驚いた奥さんが台所に行って見たが、何も無い!

その後、連続して、毎日同じ時刻に音がするのである。
また、台所以外の場所でも、様々な不可思議な事が頻発しました。

最後には、夫婦の寝室にもそれは起こった。《人影》
たまりかねたA氏が寺や霊能者に依頼して祈祷をして貰ったが、その現象は止む事は無いばかりか、益々激しさを増したのです。

たまりかねたA氏は、友人を介し、私の寺に相談に来られました。
私は事情を聴き、A氏のマンションに行く事にしました。

数日後、A氏が迎えに来られ、私はマンションに向かいました。
マンションに到着した瞬間、強い波動を感じました。

しかし、敢えてA氏には告げて居無い。
A氏所有の〇〇号室に入って霊査するも、予想通りだった。
戦争の犠牲者を荼毘に付した土地だったのである。
《荼毘とは、火葬する事》

しかし、戦争の混乱の中での荼毘は、《火葬》とは、呼べないほど惨い扱いであり《人間の焚き火》供養などとは程遠いありさまである。

何度も何度も同じ場所で、遺骨を拾うこともせずに、繰り返し続けられたのです。
そして、終戦、混乱。

人々は、自身が食べ生きる事に必死でした。
何時の日か、全ての事実は消えて行ったのである。

戦後七十年が経ち、現在、その事実を知る者は居無い。
荼毘の現実は知っている人も居るが、土地の場所まで克明に覚えて居る人は居無いのである。

その他にも、斬首場、腑分け場、晒し首場、刑場跡を、知る者は居無い?
しかし、確実に言えることは、その土地が存在する事実は曲げられ無いのである。

A氏に、私は言った。
『 一日も早く、このマンションから出なさい。』

そして、この問題はA氏だけでは収まらなかった。
同じマンションの住人にも、起こって居たのです。

マンションは敷地面積も広く、土地の履歴を調べる事が困難です。
そのうえ営利目的の為に、徹底したコスト削減から、ほとんど地鎮祭や浄化祈祷は行われ無いのが現状です。

そして購入者も、利便性と集合住宅である事から、あまり土地については関心が無い様です。

A氏のマンションで起こった霊事では、現在住人のほとんどが退去して居る。
そして、売却したくても、買い手が見つからずに困っております。

しかし、この物件を浄化して因縁霊を成仏させるには、大変な人数の法力僧が必要なのです。
私ひとりの力ではどうしようも無いのが現状である。

では何故、そこまで悪化したか?
まだ更地なら、打つ手は合ったのです。
しかし、建物は集合体。

一部屋一部屋を、同時に祈祷浄化する事は不可能である。

皆さんも、考えて頂きたい。

説得する相手が複数人居て、聞き分けの良い人もいれば、言う事を聞かない人も居る。
中には、凶悪の者も居る。
そんな状況の中で、一人や二人の説得者《法力僧》が法を修しても、効果は望めません。


また、数がいれば良いと言う事ではありません。
本当に力のある法力僧を探すだけでも、至難の技なのです。

それだけ、現在の状況は物質的価値観が蔓延し、本物の法力僧が少なくなってしまったのです。
本山と言われる所では、勢力図と他を認めない風潮があり、在家から出家しても、夢破れ去る人が後を絶ちません。

また、昔のように修行に命を懸け、挑むことも無く成りました。
地鎮祭は大切な礼法であり、軽視すれば、結果は上記のように、悲惨な状況になるケースが少なくありません。

■生きる目的

人は、それぞれに生きる目的を持って、生まれて来たのです。

しかし、やがて世俗の垢にまみれ本来の目的から逸脱し、
ある者は物質的価値観に身を委ね、ある者は、真理を求め探求の山に登る。

人の一生とは、長い坂をある時は上り、ある時は下り、やがて自身の生きる目的に氣づくのです。

大切なのは、自身の目的に氣づいた時、素直に自身を認め、學ぶ事である。

諸行無常、形あるものは、何時かは滅し、永遠に残る物など無いと知り
、自らを律し、真理を學ぶ時、光明が照らされ、自身の道に氣づきます。

人間は、長短の違いは、あれど何時かは帰幽する日が訪れます。

その時に、自身に恥じぬ生き方こそ、後悔し無い生き方では、無いでしょうか。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-15 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ①

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■式神

私達、密教僧の中には、式神を操れる者も存在するのも事実であります。
密教僧の中でも少数だが、長い年月を掛けて、式神を練り上げる修行をして居る者がいる。

拙僧もその一人であります。
式神も様々で、密教僧に依って異なり、同じ式神は無いのです。

道具を使う者から、念を持って練り上げる者まで様々であります。
しかし、それには大変な修行が必要なのも確かで御座います。

拙僧は、永年、赤不動明王尊に仕えて会得する事が出来ましたが、横道にそれる者も少なく無いのです。
何故、横道左道に行ってしまったのか?
それは、金、物質的価値観の魔力であります。

護摩にも、黒護摩が存在します。
正しい式神を練り上げるには、あらゆる誘惑に耐え、信仰心を持ち続け無くては叶いません。

黒護摩も白護摩も、本来呪術。

曲がった法を修すれば黒に成り、正しい法を修すれば白に成る。
当たり前の事なのです。

私は、想います。

正しい法を修し、しあわせを理解し、神仏を敬う時、本当のしあわせを悟るのではと。

拙僧は、今しあわせで御座います。
御本尊様と静かに送れる毎日が。

願わくば、一人でも多くの方々がしあわせである事を願っております。

■明日を生きる

明日の事は誰にも解りませんが、日本人は古来より明日を目指し、日々努力を怠らない民族だったので御座います。
そのような精神を持つ日本人だったからこそ、敗戦の悲惨な状況を乗り越え、世界に冠たる今の時代を築き上げたのです。

家族を失い、友を失い、家を、帰る場所を失いながらも生きる事が出来たのです。
今、あの時、あの状況を忘れて、目先の欲に翻弄され、物質的価値観に毒された時、私達にあの状況を乗り越える事が出来るかは疑問であります。

私は、想います。

日本人が日本文化を理解する時、本当の意味での自立自律が理解出来ると。
考え方は自由です。

しかし、本当の意味での自由とは、誰も観て居なくても自分を律し、他を愛し、生きる事だと。

このままでは、大変な時代が来ます。
それは、正しくは自分達が呼び寄せて居るのであります。

聖人君子に生きる事は、凡人には不可能であります。
私も凡人でありますが、心は覚者とならんと考え、精進潔斎を実践します。

人は愚かな存在ではありません。
真実を見つめる時、必ず、今の迷宮から脱する事が出来ます。

一人でも多くの方が、真理とは何か?に目覚め、自己の人生を実りあるものに変えて頂きたいと願うばかりです。
来年は試練の時を迎えますが、自己を律し、自己の脚で立つ時、必ずお計らいが御座います。

他に優しく、自己をいたわり、人を愛する時、しあわせはあなたを選びます。
私達の本当の姿は、霊界の仲間から選ばれし代表選手なのです。

霊界の仲間からエールが毎日届きます。
現界は競技場であり、私達は選ばれし代表選手なのです。

メダルは経験と感動です。
恥ずかしく無い競技をしようじゃありませんか。

勝負、正に勝ち負け。
しかし負けても良いじゃないですか。
負ける事が無ければ、勝ちは存在し無いのです。

大切なのは、其処に至るプロセスです。

インチキ、搾取、騙し採った勝利は勝利ではありません。
真の勝利とは、正々堂々と行い、勝者は敗者をいたわり、敗者は明日の勝者を目指し努力する事であるのです。

人生も同じなのです。
自分に言い訳をしては、いけません。
受け止め、受け入れ、自己改革を出来るのは人間だけなのだから。

■霊界

本当の意味での霊界を知っている者は少ない。
本を読んでも、講演を聴いても、本当の事を知っている者は少ない。

何故か?
何処で物質的価値観が現れ、話しがズレるのです。
では、私達が何故、現界に生まれて来たかを考えて下さい。

遊びに来た訳ではありません。

肉体を持つ事でしか味わえ無い事を経験しに来た、霊界の代表選手なのです。
肉体を持つ事で出来る事は、体感する事であります。

肉体が無いのに、体感は出来ません。

では、体感とは何か?

痛み、快感、飢餓、その他、肉体が無ければ出来無い事を學ぶ為に、現界に来たのです。
言わば、霊界の仲間から選ばれた代表選手なのです。

霊界には、大霊を筆頭に、高級霊が指導する階層を始めとする様々な階層が存在しております。
人間界で云う天国は、高級霊がおわす階層なのです。

そして地獄とは、妬み、誹謗中傷を、繰り返し行なって来た人間が、死後も同じ事を繰り返し行なって居る階層なのであります。

言わば自分で蒔いた種であり、類は友を呼ぶ、そんな霊達の階層が地獄です。
霊界があるか?無いか?の議論をしても何の意味も無い。
死ねば分かるのです。

しかし、死んでからでは遅いのです。
後悔するだけで、意味がない。

ならば、生きている今こそ學ぶチャンスなのであります。
また、チャンスを活かすも殺すも自由なのです。

但し、後悔、先に立たず。
學ば無ければ、學は成就ならず。

■倫理観の欠除

今、中国人に次いで、日本人の倫理観も危機にある。

料金を払って安全に廃棄処理した食品が、スーパーや弁当屋の食材になり販売されていた。

何を信じて良いのか?
倫理観は、年齢に比例しません。

金に成れば何でも良い!
正に餓鬼である。
食べられない物を、偽り売る。
正に鬼畜である。

清貧に生きるは、死語のようである。
清貧とは、気高く生きる事であるのです。

恥を知る。

正に、日本人の美徳でした。
分からなければ良い。
分かるはずが無い。
正に、恥を知れ。で、ある。

物質的価値観に基づく思想は、上記のような非常識者を生むのであるのです。
日本人の美徳である、恥を知る思想は、日本人の文化であります。

アメリカかぶれの物質的価値観を持ち続ける時、日本人は日本人に非ず。
美徳を忘れ、現を見る時、日本人は滅びるでしょう。

■開運の嘘

開運とは、お金持ちに成る事では、御座いません。

開運とは、様々な學びを繰り返し、最後に、経験を感動に転換できる人生を送る事を出来る様にする事なのです。

お金は、人間界を円滑に送る為の道具であり、道具に振り回される人生など、開運では無いのです。
今、現界では開運流行りですが、これは正に、アメリカ流の物質的価値観の末期的症状としか捉えられ無いのです。

開運の意味を履き違えれば詐欺にあい、大事にしてきたお金を奪い取られてから、詐欺に気づく事に成るのです。

お金を稼ぐ事は良い事です。
沢山稼いで、美しく使う事が、お金を活かす事に繋がります。

お金は道具であり、全てではありません。
他に迷惑を掛けず、他を喜びに満たして得たお金は活きたお金です。

もう、お金に振り回され、間違った開運を望む事から卒業しましょう。

私達が現界の學びを終えて霊界に帰る時《帰幽》する時、持って行けるものは、沢山の経験から得た感動と言うお土産なのです。

感動と言うお土産は、私達を送り出してくれた霊界の仲間が、最高に喜ぶお土産なのです。
経験を重ね、より多くの感動を味わいましょう。
感動こそ最高の宝物なのです。

■開眼供養

地蔵尊を祀る御堂の前に、昨晩は様々な参拝客が訪れました。

正にすがる様に、龍神池の動物達が参拝に来たのです。
狸、イタチ、イズナを始め、様々な参拝客が訪れてくれました。

寺の前をゆっくりと歩き、参拝を知らる様に、その姿は哀れを誘いました。
池の主である龍神尊は、御本尊赤不動明王尊の眷属。
動物達の願いは唯一つ、平和な営みを望んでいるだけなので御座います。

私に出来る事は、池の様々な生き物達が、無事に生き伸びてくれる様に祈ること。

人間の身勝手は、止まる所を知りません。
様々な生き物達の命を踏みにじり、開発の名の下に物質的価値観に身を委ね、心を蝕んで行くのです。

池の地主と私は面識が御座いません。
また、あったとしても、聴く耳を持た無い事は分かって居ます。
しかし、池を埋め立てた後に起こり来る事に怯え、人づてに聞いて私の寺に来る事は分かって居ます。
が、今は何を言っても理解する心が無い事をも、私は分かって居ます。

人間は、過ちを認めるには時間がかかるのであります。

また、過ちを認めても、犯した事は変わりません。

私は、祈ります。
池に生息する全ての生き物が、無事に避難出来る事を祈ります。

■悪意の結末

悪意《悪想念》は、必ず自分に返って来ます。
正に、愚の骨頂であります。

悪意を向ける暇があるのであれば、私なら自分の修行に励みます。

悪意を抱く者の共通点は、唯の一つであるのです。
物質的価値観に翻弄された者が行く、末路です。
物質的価値観とは、心の幼児性から生じる欲張り病の様なものであります。

真面目に働き、真面目に學ぶ時、必ず天は貴方に味方致します。
その逆に、欲を貪り怠惰に生きる時、魔を呼び寄せ、魔の世界に引き込まれ、破滅の路に身を晒すことに成るのです。

人間に生まれて、他人のしあわせを妬んで生きる姿は、最早、人間ではありません。
他を羨ましく思う前に、精一杯の努力を積み重ねる時、其処には達成感と満足感が残るのであるのです。

■悩み解消

私の元には連日、様々な悩み苦しみを抱えた人が訪れていらっしゃいます。

その悩みと真摯に向き合い、解決の糸口を模索しております。
世の中が複雑に成れば成るほど、悩みは増大しているのです。

欲望と物質的価値観が支配する相手に合えば、普通の人は必ず不幸の渦に引き込まれます。
そんな相手に会わない様にするには、自分の人間力を上げて行くしか方法が無いのです。

人間力が高ければ、必然的に人間力の低い者を寄せ付けず、また、人間力の低い者も近寄り難く成るのです。

人間力を上げるには様々な方法がありますが、私が最も良いと想う方法は、普賢菩薩の智慧を身につける修行。
普賢菩薩法《仮称》が、最も適して居ると考えます。
この方法は、一日僅かな修法を繰り返すことで自然に身に着く有り難い修行法ですが、一般には知られて居りません。

その他、私の知る限りの修行法でも、一般の人に教えて差し上げたい修法が御座います。
しかし、悪用を避ける為には、一定期間私の元での學びが必要です。

昨今は、生体エネルギーを霊的エネルギーと勘違いして居る人々を見かけます。
身体を壊さねば良いが、と危惧して居ります。
彼方此方で、影響が出て居る様であります。

生体エネルギーと霊的エネルギーとは、根本的に違います。
他にも、様々に間違った方法が横行して居ります。

呉々もご用心下さい。

また、見分けるのも人間力にあるのです。





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by kongousan-akafudo | 2018-08-14 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑩

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■低級霊の憑依

昨今、低級霊に憑依されている方々を、視ることが、増えているのが現実である。

あまり、気持ちの良い物ではない低級霊は、様々なかたちで、存在します。
一例をあげれば、自殺者が供養もされず、放置されて低級霊に変化する事もあります。

生前に自分勝手な、傲慢な人ほど、低級霊に堕ちるケースが、増えているのも事実です。
男女の比率で考えた時、あくまで私観ですが、男性の低級霊化が、増大しているのも事実です。

人間は死んでから、霊体に戻りますが、生きている時に、物質的価値観の強い方は、自分が死んでいる事さえも、認めません。
今、私が抱えている案件の中にも、低級霊に憑依されて、普通の生活もままならない方もいます。

低級霊に憑依された場合除霊だけでは、不十分なのです。
今の低級霊を、私が除霊しても、別の低級霊が空家に入る様に、またすぐに、憑依されてしまいます。
それを、全て除霊するには、準備期間を入れて、一カ月間の大仕事になり、
私も一カ月間、他の仕事が出来きない分、依頼者に掛かる負担は、大変です。

憑依される人は、次ぎのような人です。

①傲慢な人

②怠惰な人

③思い遣りのない人

④自分本意な人

⑤残酷な人

⑥人を愛せない人

以上の条件が当てはまる人は要注意が必要です。

憑依を防ぐには、普段からの心掛けが、最も重要なポイントです。
そして、憑依が疑われる様でしたら、先ずは心療内科を受診する事が先決です。

霊能者の出番は、それからでも遅くありません。
先ずは、理性で判断する事が大切です。

■自殺者の証言

私は、この題材を書く事を今まで躊躇して来た。
しかし、自殺者が急増してきた昨今の現状を見て決意した。

何故、人は自殺に走るのか?
それは、精神医学では様々な学説があるが、根本には、死んだら終わりの物質生滅思想とも言える考え方が、背景にある。

何故、そうなるのか?
簡単明瞭に言えば、霊界の真実を知らないからに他ならない。

私は、此処に自殺者本人から直接、語られた真実をお伝えします。
信じないと思う方、嘘、虚言と思う方は、以下はお読みになられない事を、お勧めします‼️

実例①
列車に、飛び込んだ若い女性の証言。
あの日は、朝から頭痛がして、寝ていたかった。
しかし、大学の単位が必要だった。
起きて、いつものように駅に向かった。
足元が少しふらつく、そして、駅のホームに、そこに特急列車が走って来た瞬間強い力で引き込まれた!
後は、覚えていない
彼女は、自縛霊に引き込まれた被害者だが、警察の調べでは、自殺扱いだった。

②ビルからの飛び降り病院の屋上から、飛び降り自殺したA氏は、家族にも恵まれていたが、
自分が病気で、入院している事が我慢出来なかった!
今迄に自分の思い通りに、生きて来たA氏には、耐えられない出来事だったのだ。
毎日が嫌で、いっそ死んだ方がましだと、考えていた。
あの日の明け方、死にたいと考えていたA氏が、死にたい、死にたい、が、突然、死ねる!に変わり、屋上に上がり飛び降り自殺した!
人間は、動物の中で、唯一自殺をする。
それは、肉体と魂のアンバランスから起こる、憑依現象である。

③感電死彼女は恋人と別れ、尾椎の底にいた。
同居している実の兄は、電気技師。
彼女は、兄に冗談っぽく聞いた。「家庭の電気では、人間は死なないよね?」
兄は、答えてしまった!「簡単にこうすれば、死んじゃうぞ」と。
その日の夜、彼女は、自室で感電死を遂げた。
兄は、自分が教えた事で妹を殺したと、自分を責めた!

私は、様々な相談の中で上記の様な自殺者と、話しをすると、自分が自殺した事を覚えていないケースが、多い事に氣づいた!
それは、憑依に依る例が、増えている証しなのです。
私は、昨今の現状に、不安を覚えている。

■依存

親子依存に依る、憑依現象があります。
依存には、様々なパターンがありますが、親が自分の寂しさを癒す為に、
ほぼ強制的に子供を自分に依存させ、子供の精神的自由をコントロールして、自分に依存させていきます。

最初は、親に褒められたい一心で、子供は従います。
時が経つにつれて、親が子供に対する依存度が増していきます。

そして、子供が成長し成人し結婚しても続く。
子供に対する、親の依存、ここまで来ると、簡単には打開する事は難しく、深刻な状態になっていきます。

過去に、私が手掛けた依存に依る憑依現象を、少し語ります。
子供は、親に良く思われたいと、必死に母の言いなりに行動します。
母は、いつしか自分の子供なのに、便利な子分が、出来た様な錯覚に陥ります。
その母は、元々が依存心の強い人なので、あらゆる神仏に願を掛けては放置して、新しい神社仏閣に行く人で、
結局、行った先で憑依されて、その影響で子供も憑依され、自殺未遂を繰り返す様になった頃、
ある人の紹介で、私の庵に来られた時は、子供さんの憑依と母親の憑依を外すのに、相当な苦労をしましたが、
今では子供は、しあわせな結婚生活を送っておられます。

母親は、自業自得と申しましょうか?
現在は精神を病み、入院中である。

愚僧があと少し、母親と早く会っていれば、何とか、助けられたかも知れません。
今、想うと、切ない一件でした。

■納得

人は千人いれば、千人の考え方があります。
霊体は、もっと複雑です。

事件、事故、自殺…状況に依り説得していくには、時間と根気が必要です。

何故か?

人間は、死んだら終わりと考えている人は、自分が死んで居る事を理解出来ないのです。
死んだ自分に何故、意識があるのか?
何故、自分を家族や友人が、無視するのか?

解らないのです。

御線香、御華、供物を供えても、死んだ事を理解していない霊体には届きません。

何故か?
死んだ事を理解し、納得していないからなのです。

死んだ事を納得すれば、見守ってくれている高次元の霊体が優しく寄り添い、幽界へと導いてくれるのです。
生きている、私達も同じです。

自分が納得して行う事と、納得していない事をする時の事を考えて下さい。
納得する事の大切さが、お解り頂けると存じます。

■経験談

あれは暑い夏の日でした。
一人の女性が、庵を訪ねて参られました。
亡くなられた、友達の供養をして欲しいとの事。
まずは、供養して欲しい方の名前と命日を書いて頂き、亡くなられた時の事を聴き、読経に入ると全てが視えました。

ビルの屋上から、投身される姿が…
しかし、変なのです。
お家に帰られているはずのその方が、今だにビルの下にうずくまる様に一階の非常階段の横にいる姿が視えるのです。

読経が終わり参拝者にその事を告げると、親友なので助けて欲しいと頼まれ、私はその方の車に乗って現場に直行しました。

到着して、直ぐにわかりました。
亡くなられた方が、戸惑い帰りたい…何故?…と様々な、思いが伝わります。

私は、相談者に口速に告げました。
此処には、沢山の地縛霊がいます。
貴方の友人だけを、私に憑依させてます。

私が訳のわからない事を口走るかもしれませんが、貴方は取り合わず、友人の実家に私を連れて行って下さい。
私は真言を唱え、一人だけをその場から引き離して私に憑依させ、車は実家に向けて走りました。

実家の近くに来ると、運転手の彼女が、お葬式の時に一度しか来た事が無いので道に迷いました。
すると、私の中にいる彼女が道案内をしてくれました。
当然、私が彼女の家を知る訳もありません。
ある家の前に来た時に、彼女と運転手の彼女が同時に「実家です!」

私は、憑依させている彼女を連れて実家の前に立ち、彼女を帰して庵に帰り、彼女の為に供養の読経を続けました。
今では、霊界に帰った彼女が、あの時の真相を教えてくれました。

やはり、自殺ではなかったのです。
引き込まれ!でした。

■自殺のメカニズム

私は、今日まで、多くの自殺された方々と、向き合って参りました。
皆さん口を揃えて言われることは、後悔の言葉です。

親、兄弟、夫、妻、子供…自分にと、皆さん悔やんでおられます。

人は、自分の中に自爆のスイッチを持っています。

では、どのような時に、自爆のスイッチを押してしまうか?

一緒に考えてみて下さい。

①学校や職場でのイジメ

②家庭内の不和

③お金にまつわる揉め事

④先行きの不安

⑤失恋、その他

最大の原因は、魂の迷子です。

魂の迷子に落ち入る前に、自分自身を俯瞰して観る訓練をお勧めします。

俯瞰するとは、理性的にあらゆる角度から自身を見つめ、自身の行動の善悪を理性的に捉え、分析し、魂の成長を計ることが目的です。
難しく考えず、客観的に自分を眺めて下さい。

そして、自分を愛して下さい。

自己中心愛では、ありません。
自分を愛するとは、正しい視点に立って、自分を見つめる事です。

自身の心に、自問自答する事も、魂の成長につながる、大切な行為でもあるのです。
自分を、自身が、滅する事は、魂の理解度不足から来る、魂の迷子なのだから。




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by kongousan-akafudo | 2018-08-13 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑨

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■お計らいを逃す人

拙僧の元には、多くの方々が様々な悩みを抱え、相談と加持祈祷の依頼にお出でに成ります。

しかし、どんな祈祷をしても無駄な例を挙げて置きます。

拙僧の自論ですが、効かない祈祷は気休めにしかならない。


では、本題に入ります。

ある御婦人が悩みを抱え、寺社を訪れ、悩みを打ち明け、僧侶、神官は、適切な祈祷法を選択し、祈祷に入りました。
お計らいの力が働き、成就。
その後、御婦人は事ある度に祈祷を依頼、そして成就。
だんだんと傲慢に成り、想う結果が出ないと心の中で、

想う様な結果が出ないのは弱い神仏に、頼ったからだ

と思い、大社、大寺院に依頼をする様になってしまった。

最後は妖しい宗教にのめり込み、全てを失って自殺してしまった。

一見、宗教が悪い様に思われますが、真相は、傲慢と怠惰が招いた結果である。

感謝が無い、お計らいを理解出来ない未熟さ故の結果である。

例えば、あなたが御本尊様にお願い事をした時、御本尊様は、あなたの人生で学びに成る事に対して眷属を動かし、様々なお計らいの力を発揮して下さいます。
それは、御本尊様そのものなのです。

あなたが塾生に成ったのも、あなたの守護霊様のお計らいです。
言い返れば、私達は護られて居るのです。

守護霊様や諸尊の御加護にそれを自覚出来て居ないだけなのです。

これからは学びを一層深め、自分に御役目が降りて来る事を願い乍ら待ちましょう。

そして、準備をしましょう。
相応しい自分に成る為に。
全てに早道は、ありません。

あるとすれば、それは日々の暮らしの中に有る課題を探し出して学ぶ事なのです。

■私の天職と適職

私の天職は密教僧ですが、適職も持っております。

適職はあくまで生活の糧であり、それ以上でも無ければそれ以下でも無い、
但しどんな適職であろうと、疎かにした事は無い。

以前、仕事上のコンクールがあり、冷やかしで出場させられた大会で優勝してしまった。

私は、仕事場では、必要以上の事は喋らない。
工場の片隅で、黙々と与えられた仕事をこなすだけの変な爺である。
若い者に馬鹿にされても、黙っている。

そして、コンクールの日がやって来た。

ゼッケンを付け、いざ競技開始。
終わった時、私は優勝していた。

私の会社の人間は、全員呆気に取られていた。
馬鹿げた事である。
笑い者にしようとした爺に、全員が敗退。
誠に愚かな事である。

私が適職を続けるには、訳がある。

密教僧としても食べては行けるが、最大の訳は依存である。
私を頼り、遠方より祈祷を受けに来る方々に、過分な負担を掛けたく無いのです。

私は祈祷料の請求をし無い。
依頼者の気持ちに任せて居るが、それで良いのだ。

私は、適職で食べて行ける。
天職を穢す必要は無い。

ところが、一度来た方々は必ず長い付き合いに成って居る。
私の弟子も、元は参拝者の一人だったのです。

こんな、爺を頼り託してくれた加持祈祷。
私は、全身全霊を掛けて祈祷する毎日です。

皆さんも、仕事をお持ちだと思いますが、適職はあくまでも生活の糧。
命を削る仕事は、お辞めなさい。
不幸の種にしか成りません。

適職は、あくまで適職。
命を削るほどの価値などありません。
適職は、家族を養い、自分も生きる糧と心得えておやりなさい。

命を削る仕事は、自殺です。
貴女は、自殺する為にこの世に生まれたのではありません。

■末路

私は、祈祷僧…依頼があれば、何処へでも行きます。

その日は、信徒さんからの紹介で、ある企業の不浄祓いと、火伏の祈祷を頼まれていた。
行ってみると大きなビルに、工場と敷地…立派な会社である。
その様な会社が、何故、私に祈祷を依頼して来たのか?

その会社には専門の寺が付いていたおり、様々な怪異現象が発生する度、専門寺が祈祷に来ていた。
が、怪異現象は収まるどころか、火事騒ぎまで起きる始末…。
そして私の元に依頼が入り、行って視ると怒りの念が渦巻いていたのです。

ひとまず依頼された事案に対して、祈祷を開始して驚いた‼️
怒りの念が湧いてくる源は、会社の中。
生きている人間の怒りの念は、死者よりよほど怖いのです。
時により、人間の念は人を死に追いやる場合があります!

そして、執拗に何度でも繰り返し襲って来ます。

今回の場合は、念の発信場所も特定出来ているので大丈夫だと思ったが、思わぬところに落とし穴があった…。
経営者である。
経営者の社長室に招かれ、社長と談笑していたときは、温厚な良い人だなぁ~と、思ったが間違えだった…。
私が帰った後、不満分子を探り始めたのである。

不満分子を探る様な事をせず、不満解消を考え実行すれば、会社には新たな息吹が起こる。
と助言したにも関わらず…

犯人探しをした影響で不満は増幅し、最後は、詐欺師に会社ごと乗っ取られ、経営者の社長は、入水自殺をした。
と、後年聞いた時は人の念の怖さを改めて知ったのでした。

■自殺

昨日、帰宅途中に電車が緊急停止した。
車内アナウンスでは、人身事故発生だという。
代替え輸送の案内に導かれ、バス、電車を乗り継いで自宅になるべく近い駅を教えて戴いた。

下車後1時間、徒歩にてやっと帰宅。

私は、歩きながら犠牲者の事に思いを馳せた。
僧侶である私は、過去に電車飛び込み自殺をされた方の葬儀の導師を勤めた事があります。

その時の話しです。

ご主人が亡くなられ、奥様と幼い子供達が残された葬儀は、愚僧の提案により骨葬にて執り行ないました。
子供達には、遺体に成った父親との対面は控えたが、その訳は御察し下さい。

愚僧は遺体引き取り時に同席。
ご主人の遺体に引導作法を施し、遺族と火葬場に同行した。

荼毘に付した遺骨を奥様が抱き、親戚の方々に付き添われて自宅に到着。
子供達と涙の対面と成った。
読経中もすすり泣く声が絶えず哀れを誘った。

初七日の法要に行った愚僧は、其処に見たものは電車会社の人達であった。

愚僧の姿を見て話しは中断したが、察しはつく。
費用負担の話しである。

昨日の電車人身事故では、代替え輸送の費用は私一人でも600円位は掛かっていました。
距離に寄っては、もっと費用が発生したと思いますが、電車会社が費用負担するとは考え難い?

私には費用の事はわからないが、この時の遺族の心境を考えると、察して余りある所があります。
初七日の法要が進む中、部屋の隅でうずくまる男性。
自分のしでかした事の重大さに、今気付いた様である。

そう、行くところにも行け無いのです。
然りとて元に戻れる筈も有りません。

死んだら全てが終わると思い、咄嗟に衝動的にした行為でも必ず後悔します!

愚僧は苦慮しましたが、今この場で浄化するよりも、奥様、子供達がご主人の自殺によりどれだけ苦しみ、傷つき、悲しみ、現実に喘ぐ姿を見て、ご主人が反省された時に、改めて浄霊に来ようと心に決め、初七日の法要を終えました。

四十九日の法要は頼まれて居ませんが、あくまで愚僧の好意である事を、前日に奥様の実家にご連絡させていただきました。
了解を得て参上させて頂くと、奥様、御親族の方々が出迎えて下さり、しめやかに法要を執り行ないました。

一言。「今より浄霊供養をさせていただきます。」
浄霊により、ご主人の亡き祖父にお迎えをしていただき、ご主人の御霊は、界に帰られました。

帰る時は、自分の過ちを認めて反省し、修行を約束されて霊界に帰られました。

人の感じ方、苦しみの度合いがある事も解ります。
しかし自分の命を自分で断つ行為は、人生の卒業では有りません。
中退です。

人生に無駄は、有りません。
耐えられ無い苦しみを神仏は、与えません。

自殺する勇気があるなら、何もせず寝て苦しみが去るのを待つのも勇気ではないでしょうか?

■ラップ、騒霊現象

私は、今迄に数えきれないほどのラップ音を聴いて来ました。
その中でも悲しくせつないラップ音の話しです。

そのご夫婦は、息子さんと三人暮らしの平和な家庭でした。
ご夫婦は、正に、オシドリ夫婦。
何処に行くにも手をつなぎ、労わり合う優しいご夫婦でした。

其れが在る事件を境にバラバラになって行ったのです。

息子さんは、幼い頃から優しく利発でした。
その息子さんが魔性の者に魅入られて性格も一変。

ご夫婦は、何とか自分達の力であの優しかった息子さんを取り戻そうとしました。
が、結果は、惨敗❗️

愚僧に相談していてくれたら、悲惨な出来事を回避する事が出来たと思うと慚愧に耐えません。
何故、ご夫婦が相談に来なかったか?

後にご主人から伺いましたが、こんな事で相談に行ったら恥ずかしいと思う気持ちが強かった。
結果、最悪の事態に成り、自分も死のうと思い歩いていると、寺の前に立っていた。
後は、号泣…。

魔性の者は人間界に入り込み、人間の負の感情を最高の糧とし、歓喜します❗️

普段は、男女問わず化身し、在る時は美女美男、その他、注目を集めそうな者に憑依します。
最後にはその者をも破滅させ、糧として歓喜乱舞します❗️

見分け方は、簡単明瞭です。

善を嫌い、悪を尊び、悲しみの涙を飲用し、悲痛な叫びに歓喜する。
今迄の事件で、上記に当てはまる事がここ数年頻繁に発生していますね⁉︎

息子さんは自殺、奥さんも後追い、ご主人は幸い元気でおられますが、今は俗世を離れ出家されました。

何故、魔性の者が出てくるか❓
其れは、現代人が無機質に成りつつ在るからかも知れません。

魔性の者が大手を振って跳梁跋扈する様な日本にはしたく無いですね。
精進潔斎

■宿命と寿命

宿命と寿命は基本的には、変えられないのです。
しかし、好転させる事は、出来ます‼️

全てに於いて、何もしなければ変わりませんが、何もしなければ、悪化する事も多々あります。
例えば病気。
治療しなければ、確実に悪化する事でしょう。

家庭を例に挙げれば、夫妻の間にも、夫が妻を道具の様に扱えば、
何時の日にか、手痛い反撃に合い、悲しい顛末を迎えることでしょう。

また、逆に妻が夫を、金を運ぶ運搬車の如き、扱いをすれば、運搬車は、二度と元の車庫には、戻りません。

互いに、助け合う所には、調和が生まれ、自己主張の中には、不協和が生まれ、
やがて破局を迎える様に、何もしないと言う事は、何も好天しないと言う事なのです。

寿命も同じく、身体を大切に、使いケアーする事も大切です。

人間は、生まれてくる前に、寿命も決めて、生まれて来ます。
生きるも、死ぬも天まかせは、真っ赤な嘘である‼️

広義では、死ぬ時期も、死に方も、自分で決めて生まれて来るのです。
ただし、自殺は肉体の意志であり、魂の意志では、ありまかせん‼️

言わば、宿命も寿命も、自分で決めて、生まれて来ます。

運命は、変えられます‼️あなたの、強い意志があれば、変えられます。

しあわせを決めるのも、あなたが主体なのです。
逆に、不幸を決めるのもあなたなのです。

物質を得ることだけが、幸、不幸のバロメーターだとしたら、人生とは、愚かな時間の無駄だと私は思う。




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by kongousan-akafudo | 2018-08-12 12:00 | └私たちの暮らし

自殺に関する密教ブログ⑧

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■納得の死

昨今、自殺者が急増して居る事を皆さんは、御存知ですか。

これから、自殺のメカニズムについて少しだけ、お話しします。

昨日も親子が電車に飛び込み自殺をしました。
一人は、重傷一人は、死亡する事態です。

自殺した方に聞いてみると、ほとんどの方が、自殺した瞬間を覚えて居ません。
中には、死んだ事も理解して居ないのが現実です。

では、何故その様な事に成るのか。
それは、死んだら終わりと云う考え方、いわゆる物質的価値観がそうさせて居ると言っても、過言ではありません。

嫌なら辞める、捨てる、無視する、これらは、完全な物質的見方であり、物質的価値観なのです。
その逆に、正しい信仰心を持つ方は、おかげさま、有り難い、賜わります、の感謝の念を持つて居られます。

感謝の念を持つ方には、悪霊も近寄れません。
悪霊は、死にたいの念に反応し、死にたい、死ねるかなが、死ねるに成り、自殺が実行される訳です。

引き込まれは自殺には成りませんが、納得が無い分迷います。
死については、如何なる経典聖書より、納得に勝るものは無いと考えます。

■學び

人は、學びを求めて現界に生まれて来るのです。

では、學びとは、と首を傾げる方も居るものと考えます。

例えば、しあわせいっぱいに過ごして居る人を見て、うらやましいと思う人は沢山居ると想いますが、頑張ったねと想う人は、少ないのでは無いでしょうか?

人が成功しようと、凄い幸運に恵まれようと、うらやましいと考えてはイケマセン!
うらやましいと考える方々は、次の事もうらやましいと考えて下さい。

しあわせいっぱいの老夫婦、家もある、食べる心配も無い、家の中には、全てが揃って居る。
そして、老夫婦は、仲良しである正に、絵に描いたような生活である。

それを知る他の老夫婦は、毎日のように夫婦喧嘩に明け暮れて、あの家は旦那が良いから、あの生活が出来るのだと羨みます。
あの家の奥さんの様に美人なら、俺も頑張れる。

それに引き換え、内の奴は、文句ばかり、まったくあの家が、うらやましいと思う爺さん。
まったく何を学んで来たのかと想う方も居るでしょうが、彼らも學びの最中なのです。

実は、他にしあわせいっぱいに見えて居る老夫婦の過去には、大変な悲しい過去が有ったのです。

営んでいた事業が倒産、家族の相次ぐ自殺、生活苦、裏切り。
様々な苦を乗り越えて、やっと掴んだ一握りのしあわせ、なのです。
他人を見てうらやましいと思うなら、その人が乗り越えて来た苦難もうらやましいと思う事です。

但し、あなたが耐えられるかは別です。

人には、それぞれに學びの段階があります。
他を羨み、自己を卑下する者には、低い學びの段階が待っているのである。

高次の學びには、それだけ負荷が掛かります。
その選択をするのは、あなたなのです。

學びの段階を自己が選び、自身に負荷を掛けるのですが、途中で怖気付き、この世を放棄する人が増えて居るのも現実です。

私達は、もっと學び、理解を深めより高度な學びの段階に進ま無くてはなら無いのです。

文明が発達、進化しても、魂の発達、進化が伴わなければ、また、地上に戦火が巻き起こります。

あの愚行を、繰り返さ無い為には魂の発達、進化が必要なのです。
では、如何すれば発達、進化出来るのか?

それは、一口には、語り尽くせません。

學びたい方々は、密教塾に入塾して下さい。
様々な角度から見る景色と同じように、楽しみ乍ら学ぶ事が出来ます。

學びは自分磨きの時間であり、人生をより良く生きる為の法則なのです。

■乗っ取られた意識体

昨今の犯罪者の大部分が、意識躰レベルの憑依である。
この憑依は、完全な地獄レベルであり、救いきるのは不可能に近い、恐ろしい憑依である。

そして、最も恐ろしい点は、本人から罪悪感をも感じさせない点であり、従って、再度犯罪に走らせ、前回より兇悪で残虐な犯罪を犯させるのである。
また、生命の尊厳など微塵も感じ無いので、獄中でも自殺出来るのである。
過去に兇悪犯罪者が獄中で自殺を遂げたのは、このケースである。

そして、浮遊霊に成り、今度は自分が憑依霊と成り、心の弱い者に憑依して新たな犯罪を生み出して楽しみ、繰り返して行くのである。

彼らは、二度と霊界に帰ることは無い。
現界にとどまり、新たな殺戮の準備をして居るのである。
最終目標は、戦争と云う大量殺戮と、善良な人達の悲しみ、怒りの障気である。

■想念と感情

人間は時として、意識と関係無く、他人に悪想念を発している場合がある。
その場合、悪想念が生霊に変化し、相手に危害を及ぼす場合がある。
以下は、その実例を私の経験から記しておきます。

生霊に変化した想念

私はその日、あるお宅に病気平癒の祈祷を頼まれ、訪れた家で家人の異変に氣づいた。
娘さんの後ろに異様な人陰が揺らめいて居る。
私は、娘さんに質問をした。

①最近食べ物の好みに、変化が無いか。
②突然の不安を感じる事が無いか。
③何でもない様な事で、怒りを感じる事が無いか。
④恐ろしい夢や、嫌な夢を最近よく見る。
⑤よく、怪我にみまわれる特に、最近は、多い。
⑥友達や同僚に言われの無い事でイジメに遭う。
⑦最近、何か集中して物事が出来無い。
⑧寝て居るのに、眠くてたまらない。
⑨他人との関わりが、面倒に思われ、一人で居る事が多くなった。
⑩自殺を考えている、または、死にたいと考えて居る。

上記の項目に複数、該当する方は要注意が必要です。
間違い無く、憑き物です。

放置すれば、悪化する事は必定。
信頼出来る法力僧の力を借りて下さい。

本題に戻る。
娘さんは、全ての質問にハイであった。
私は、加持祈祷を勧めた。

そして、寺で加持祈祷をする事に。
母親が見守る中、娘さんの祈祷開始。
不動護摩供である。

開始後、生霊を不動尊の捕縄を以って呪縛、護摩の炎に曝し消滅差せた。
相手は、意識的に飛ばしていたのだ。

祈祷後は、相手もただでは済むまい。
呪い返しである。

この様に、意識的な生霊は逆に始末が仕良いが、無意識的な生霊は、本人が解って居ない分始末が悪い。
そんな場合に私は、或る法をよく使うその法は…・

模倣を避ける為に公開はしませんが、実に効果的に働きます。

人を怨んではいけないと解って居ても、怨んでしまう人間の性。
正に煩悩。
しかし、私の記事を読んだ方々は、人を怨むのは止めましょう。

何故か?
全てはカルマ、いわゆる宿業因縁に成り、自分に全て跳ね返って来るのです!

一番、恐ろしい事である。

このカルマは、自分が氣づき解消するまで、未来永劫引きずる事に成るのです。
氣づけばまだましな方です。

氣づかずにカルマに苦しむ人がどれほど居るか、皆さんはご存知では無いでしょう。
次回は、カルマに苦しむ人の実例を挙げて、書かせていただきます。

■愛別離苦

現界では、どれほど愛する人とも、別れは訪れます。

あれは、ちょうど今頃でした。
亡くなったお子さんの供養を頼まれて、お宅に伺いました。
重く沈んだ空気が立ち込めて居ました。

それも、仕方ありません。
幼い我が子との別れ。
私にも経験があります。

仏壇に灯明をともし線香を焚き、読経。
幼子は成仏して居ない。

読経を終えてから幼子と会話して、成仏出来ない理由が解りました。

娘ちゃんは三年近く入退院を繰り返し、桜の花が散る頃に亡くなったのです。

娘ちゃんが亡くなり、家族の顔から笑顔が消え、口数もメッキリ減り、暗い毎日の中で、おかあさんは娘ちゃんの写真を見ては泣くばかり。
このままではお父さんも、大好きなお兄ちゃんも、バラバラになってしまう。
自分が死んだ事で、家族がダメになるのはイヤと、
家の中を泣きながら走り回る姿には、私も涙を流しました。

私は、家族に全てを告げました。

おかあさんにの言葉、お父さんにの言葉、お兄ちゃんにの言葉で、娘ちゃんがこのままでは、お兄ちゃんは死んでしまうと、言うのである。

おかあさんも、お父さんも、お兄ちゃんをもっと見て、私の身体が弱かったから、みんな私に優しかったありがとう。

でもお兄ちゃんは、何時も我慢して、笑顔をくれた。
お兄ちゃん、ありがとう。

お兄ちゃんは、自殺を考えて居たのです。

学校でのイジメに耐え、家に帰って来ればおかあさんは泣いている。
お父さんは、何も喋らない。
そんな中で一人で我慢を重ねて来た、お兄ちゃん。
限界だったのです。

私は、お兄ちゃんに、普賢菩薩のお力をお借りして、強い意志を芽生えさせ強く、生きる事を念じました。

お父さんおかあさんには、文殊菩薩の智恵を頂き、家族に光明をもたらし給えと御祈願申し上げました。

娘ちゃんは、母方のご先祖様に護られながら昇天して行きました。

その顔には笑みを浮かべ、父、母、お兄ちゃんのしあわせを、願う幼子の姿がありました。

■傷つく貴女に

昨今、男女問わず、精神的に弱体化して居る様に想われますが、私の氣のせいでしょうか?

最近聴いた言葉で、草食系男子?
つまり弱いと云う事でしょうね。

私の年代にはピンと来ないフレーズですが、私が感じた現代の社会事情では、未だ女性が被害を受けるケースが多い様に想われます。

私の相談室にも、男女間の問題で悩む方が多いのは事実です。

いくら女性が強く成ったと言えども、肉体構造上の筋肉はまだ男性には、及びません。
その結果、暴力に苦しむ女性が多いのも事実です。

女性に暴力を振るう男性の90パーセント以上が、間違い無く低級霊の憑依が視えます。

暴力など振るわずとも、話し合えば良いのです。
それも駄目なら離れる事です。

私は、暴力は使いません。話し合います。
男女の区別はしません。

ただし、暴漢には痛い目にあって頂きます(笑)
敵対は相手を選ばなければ、大きな怪我をする時があります(笑)

男女間で自分の主張も大事ですが、過ぎた主張は傲慢です。
妻が家事をするのが当たり前と考える男性も、傲慢で怠惰です。

私は武芸十八版を収め、料理は和洋中全てこなします。
片付け物も、料理をしながら洗い物もします。

私の特技は、一度食べた料理を、家庭で再現する所です。
従って、男だからの言い訳は聴きません。

全ては、ヤル気と実行力です。
ヤル気も実行力も無いなら、望まぬ事です。

望むから、失望するのです。

怠惰では無く、出来無いのであれば、
それを凌ぐ、優しさと想いやりを学びなさい。

両方とも、出来無いと言う人は、
伴侶は、求めず孤高に生きる事です。

少なくとも、摩擦に悩む事は、ありません。
人と関わる事は、自分を磨く修行と解釈しても過言ではありません。

人付き合いが、苦手な貴女、考え直して下さい。

貴女は、学びの中に居るのです。学びは貴女のカルマです。

カルマは、拒否しても、解消するまで、終わりません。
逃げても履修するまで終わりません。

意地とは、ツマラナイ想い癖です。
意地とプライドは、違います。

仕事も同じです、命を削る仕事は仕事ではありません。
自殺です。




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by kongousan-akafudo | 2018-08-11 12:00 | └私たちの暮らし