金剛山赤不動明王院 密教

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カテゴリ:└私たちの暮らし( 53 )

自殺に関する密教ブログ①

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■瑕疵物件

昨今では、隠れ瑕疵物件が増えて居る。
別名、事故物件。

家は、借りるにしても、かなりのお金が必要になります。
まして購入するとなれば、大変なお金が必要になります。
なるべく安く良い家を取得したいのは当たり前です。

但し気を付けて下さい。
契約する前に必ず、自分の足で調べる事をお勧めします。
何故か?
自殺や事件事故のあった物件は割と分かり易いですが、前に契約成立者が居た場合、履歴は消えます。

以下は、私が経験した実話です。

ある相談者の方が、中古の家を購入された後から夫婦不和が始まりました。
ご主人の性格が一変したのです《奥様談》

以前のご主人は、荒い言葉など一度も使った事が無い、子煩悩な優しいお父さん。
引っ越してから一週間くらい経った頃、ご主人が豹変して日増しに荒く成って行った、と。

子供達は、今迄ほとんど病気などした事が無かったのに、怪我と病気が連続して起きるのです。

これはおかしいと思い、奥様の同級生だった住職に相談したところ、住職は過去帳を広げました。
《住職は、御夫婦が購入された家の近所の寺の住職である》

『あの家から早く出なさい、あの家は、私では祓い清める事は出来無い土地です』

私が霊視した通り、その土地は刑場跡でした。
その土地に家を建てた人は、必ず離散して居たのです。

私はご主人に説得を試みましたが、聴く耳を持たない無神論者でした。
そして在ろう事か、そんな因縁の有る家なら、見世物で金が稼げて大いに結構だと言うのです。

万事休す。

それから一週間後、ご主人の暴力と様々な事柄によって家族は離散しました。
まず家を選ぶ時は、出来る限り慎重に選び、様々な観点から調べる事をお勧めします。

■自殺行為

私は、再三、呼び掛けて来ました。
自殺は、自身に取って最低最悪な行為である。と。

今日も電車に飛び込み自殺された方が出ました。

自殺は、解決にも逃避にもならないのです。
その逆に、凄い苦しみを自身が招く事になるのです。

では、どう苦しむのかを以下に記しておきます。

①死んだら全てが終わるとお考えの方。
それは、大間違えであります。
死んでも意識は持ち続けます。

②死んでも、自殺の場合は霊界には行けません。
《リセット》など出来ません。

③300メートルを移動するのに何年もかかります。
だから自縛霊と言われるのである。

④自身で移動する事が出来無いので、憑依を繰り返すのです。
結果、他の悪霊にそそのかされて同じ悪霊に成る事が多いのです。

⑤意識があるから、死んだ時のままの姿で居続ける結果に成るのであります。
当然、あるはずの無い痛みも持ち続けるのです。

⑥家族や隣人を悲しみの渦に巻き込みます。
死体の傷みが激しい時は、ビニール袋に詰めて棺桶を入れ、又は火葬して骨にしてから、その後のことを行います。

私は、自殺された方の葬儀もして来ました。
葬儀場は暗く押し黙り、ご家族の方も悲しみとやり場の無い感情を抱え耐えて居られます。
その姿は、形容しがたいものがあります。

そして、他の葬儀では見られ無い決定的な違いがあります。
例えば、不慮の事故で亡くなられた方の葬儀では、事故現場に献花されたり、遺族や友人の方々が故人の冥福を祈ったりお集まりになられます。

その姿を見て、故人も納得して家に帰られます。
そして、日々の供養に依って霊界へと帰幽されます。

しかし、自殺霊の場合は死んだ事を理解出来ません。
ですから、葬儀の時も本人不在が多いのです。

自分の人生は責任主体であり、良い時よりも苦しみの中にこそ自分を成長させる要素があるのです。
苦しみに負けず、苦しみを學びに変えられる心の体力を付けられる様、皆様の弥栄をご祈念申し上げます。

■自殺のもたらす悲劇

自殺の報道を見る度に、私はある悲しい出来事を思い出します。

慰霊
その日の朝、高熱を出して会社を休んでおられました。
奥様は御主人の看病をし、何時もの家事に追われていた日の3時頃に一本の電話が.....。

出てみると、警察からの電話でした。
内容は、「お子さんが自殺されたので、身元確認して欲しい」との事....

夫婦は、取るものもとりあえず警察署に急いだ。
そして、変わり果てた我が子に対面して愕然とし、慟哭した。

警察の事情聴取を済ませた瞬間、夫婦は、我が子の自殺に「何故、解らない...」と。

変わり果てた我が子にすがり、泣き崩れ、言葉にならない。
悲しすぎる親子の対面であった。

葬儀を済ませた後でも、夫婦は愛しい我が子を失ってしまった喪失感に苛まれ、呆然と時を過ごすしか無かった。

そして、知人の紹介で拙僧を知り、寺にお出でになられました。

私が対応に出た時に見たのは、亡くなられた我が子を愛おしむ老夫婦でした。
我が子を失った喪失感、絶望感で、ご夫妻はやつれ果て、精気も失せて憔悴し切っておられました。

私は、この御夫妻の生命の危機を感じてある決断をしました。
その決断とは、降霊であります。

自殺された方の霊から真相を聞き、御夫妻に精気を蘇らせる為に必要と判断した為です。
何の手立てもしないままでは、このまま行けば御夫妻は死んでしまいます。

私は霊媒を頼み、立会人、審神者、御夫妻の五人で、降霊を試みました。
審神者は、拙僧が勤めました。
そして、自殺者の霊を霊媒に移し、真相究明すると、ある事実に遭遇しました。

それは、正に引き込まれでした。

自殺したお子さんはあの日、イジメに耐え兼ねて自殺したいと考えており、死にたい...死ねるかな...と、そればかりを考え、歩いていた時...
瞬間的に死ねる...と、思った後からの意識は無いと本人は言っていた。

私は本人はを諭し、霊界からのお迎えの使者を頼み、本人を霊界に還しました。

自殺された方は、皆さん、口を揃えて言われる事が御座います。

それは.....何故、自殺したのか解らない。と言うのです。

そして、自殺した事を、後悔している事を悟ります。
自殺は、本人だけでなく、周りをも不幸にします。

死んだら終わり.....ではなく、ただ肉体が無くなったに過ぎない事実だけである、という事を私は多くの方に伝えたい。

そして、自殺願望のある方々に、自殺は決して楽な結末では無い事を納得するまで私は伝えたい。

■密教法具 三鈷杵の力

赤不動院は祈祷寺である関係上、様々な案件の依頼が日々御座います。
その中で一番多いのが、加持祈祷であります。

加持祈祷と一口に言ってもお判り辛いと思いますが、いわゆる願い事の成就です。

一例を挙げますと、

病気平癒、恋愛成就、家内安全、厄除祈願、

先祖供養、水子供養、

開運障除、運気上昇、大願成就、

受験合格、商売繁盛、浄霊供養、浄化供養、等。

まだまだ沢山の願意が御座います。

今回は、その中でも特に印象に残っている、自殺された方の供養を頼まれた時に起こった事を書かせて頂きます。

あれは春まだ早い頃、一本の電話から始まりました。

内容を伺ってみると、ご家族の方がビルから飛びおりて亡くなられ、その日から家族に異変が起き始めたと言うのであるのです。
一通り事情を伺いましたが要領を得ないので、私の寺にお出で頂いて相談を始めました。

異変とは、まず家の中で物が壊れる様な大きな音がするが、何も壊れて居ない。
夜、眠りに着くと、亡くなられた娘さんが現れて泣く。
奥様は、心労のあまり病の床にある。
息子さんは会社で嫌がらせに会い、ノイローゼ気味。
相談者ご自身も、体調不良に悩んで居るとの事でした。

私が霊視をして視ると、娘さん自身が、まだ死んだ事に気付いて居ないのでいるのです。
自殺された方に一番多いパターンであります。

自殺された方は、死にたいが反面、止めて欲しいと心の叫びを発して居るのです。

深層心理を言えば、死にたい人は居ないのです。
生きて恋愛を楽しみ、レジャーや仕事に励み、生活をエンジョイしたいのです。

しかし、中々上手く行かない中で、段々気持ちの中で虚無感を増幅して仕舞い、最後には、自分はいらない人間なのだ。と思い込んでしまうのです。
そして、自身で自爆のスイッチを押してしまうのです。

私は事情を伺った後、相談者と一緒に自殺現場に向かいました。
其処には、階下にうずくまる娘さんが居ました。

私は、娘さんを自分に憑依させ、相談者の運転する車で自身の寺に帰り、御本尊様の御前で娘さんを降ろして供養を始めました。
娘さんは逃げ様としますが、逃げられません。

寺には、結界が張り巡らせてあります。
逃げる事は、出来無いのです。
だから、私に憑依させて連れて来たのです。

供養を始めて直ぐに、娘さんに憑依して居たものが姿を現し、襲い掛かって来ました。
しかし、此処は寺。
如何に強いものでも、御本尊様と眷属様の前では無力で御座います。

しかし、私に襲い掛かって来ました。
私は、護摩壇上の三鈷杵を手に取り、バジヤラに変化させ、娘さんに憑依していたそのものを斬って瞬間に消滅させました。

後は娘さんに引導を渡すことが必要であり、大切な締め括りに成ります。

相談者のご先祖様を召喚し、娘さんを託しました。
娘さんは納得して、ご先祖様と霊界に帰られました。

その後、相談者の家庭は円満に成りました。

今では、息子さんがお嫁さんを貰い、孫の世話をご両親と一緒に楽しく送られておられます。

この世に不必要な人間は居ません。
皆、それぞれに、役目を持ち、この世に生まれて来るのです。
生きる事に無駄な事など無いのです。

■家選びに必要な事

新しく、家や部屋を探して居る方々が多くなる時期ですね。

機能性で選ぶ方が多いのではありませんか?
機能性も大切ですが、意外と知られていないのが、家の履歴です。
家の履歴は、本当は非常に大切な事なのです。
一般的な言い方をすれば、事故物件に手を出してはいけません。

以前、私の寺に相談に来られた方が、事故物件を買い、悲惨な目に遭われました。
祈祷の依頼にお見えになり、お話を聞いた時の事で御座います。
その方のご主人が、無神論者を自負する方で、事故物件、事件物件と知りつつも、購入を決めてしまいました。

それ以降、様々な不幸に見舞われて、最後に私の寺に相談に来られた時は、奥様は憔悴仕切って居られました。
その家は、家族全員が自殺された家だったのです。

私が霊視すると、自殺された家族は全員が憑依され、自殺に追い込まれて居たのです。
過去にも、その土地では多くの血が流され空き地と成り、前回、自殺された家族が土地を購入し家を建て、その後に一家で自殺されたのです。

その家族も無神論者であり、地鎮祭も家相も一切信じ無い方でした。
その後の近所への聞き取り調査で、私の言っている事が事実と立証されました。

その家は、祓い切れない穢れに覆われて居るので、最早、人が住める状態ではありません。
私は、その家を諦めて家を出る事を勧めましたが、最後までご主人は言う事を聴きません。

私も諦めて、ご自由にどうぞと言い、手を引きました。
その後、ご夫婦は離婚し、あの家には誰も住んでは居ません。

仲の良い夫婦、家族で有っても、悪因縁には勝てません。

新しく家を探して居る方々は、くれぐれも、急がず、履歴を確認してから引越しをする事をお勧め致します。

■新たなる躍進

当院は、本日より新たな躍進に向けて進んで参ります。

正しい事を正しいと言え無いようでは、自身の生きた足跡を穢すのと同じでは無いでしょうか。

私は、ハッキリと断言して参ります。
そして、様々なイジメ、誹謗中傷を受けて泣く人達の盾と成り、場合によっては闘います。
全ての人に、自己を護る権利があります。
しかし、私の様に闘える人ばかりでは無い事も存じております。

昨今、会社や社会で誹謗中傷を受けて精神を病み、ある人は自殺に走り、ある人は自我を押し殺し、唇を噛んで我慢し、やがて自己崩壊する人が激増して居ります。
その現実を見るとき、最早日本は、厚顔無恥な輩が魑魅魍魎の様に闊歩する、魔界では無いのかと考える時間が増えました。

他人の言葉じりを取って批判がましい言葉を投げかけ、あたかも正義の味方のように振る舞う輩には辟易する。
霊界の法則を真に理解した時、増長傲慢たる者は震え上がるで有ろう。

嫌なら見なければ良いだけである。
また、嫌いなら付き合わず、無視すれば事済む事なのである。
愛情の裏返しは無関心であり、無関心なら口を出す必要も無いのです。

例えば、職場に嫌な者が居るなら、誰よりも売り上げや利益を上げて行く努力をすれば良いのです。
やがてあなたは、他を引き離して成績上位者になれば良いのです。
その時、振り返れば、嫌な奴は遥か下方に居る事に気づくはずです。

要は、精力善用である。


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by kongousan-akafudo | 2018-10-31 12:00 | └私たちの暮らし

仏壇に関する密教ブログ

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今日は、ご先祖さまの礼拝所である仏壇について書かれた記事を特集致します。
どうぞご覧くださいませ。


撥遣作法

仏壇を買い替える時。
古い墓を五輪塔に建て替える時。
密教では、撥遣作法に従い供養法を厳修します。

お仏壇なら、古い仏壇に感謝の念を込めて御供養差せて頂きます。
仏壇は、ご先祖様と私達を結ぶ面会所。
まずご先祖様に、面会所が新しくなる事を伝えて、古い仏壇に引導を渡します。
そして、新しく購入したお仏壇にお移り頂く賜わりの供養法。
開眼供養法を厳修します。

ご先祖様方は、次回からは喜んで面会所としてのお仏壇においでになられます。
古い墓から五輪塔、供養塔にお移りになられる事は最大の喜びであり、子孫が先祖を敬う最高の行為であります。

私も、幾度となく撥遣作法、開眼供養をさせて頂きましたが、墓の新設は心が和みます。
逆に、無縁墓を観る度、心が痛み、世の無情を禁じ得ません。

様々事情があっての事と察しますが、出来得る事なら、子々孫々に至るまでご先祖様の回向をお続けされる事をお勧め申し上げます。

今、生きている貴方…
我が家は分家だから関係ない…
解らないと思っている方々は、もう一度考えて頂きたい。

貴方が生きているという事は、どんなに少なくとも千人以上のご先祖様がおられるのです。
ご先祖様をないがしろにして、我が身は立ちません。

今一度、振りかえり、見つめ直す事により、貴方はご先祖様の御加護を知る事が出来ます。

ご先祖様は、誰より貴方のしあわせを願い、繁栄の手助けをして下さっているのです。

目覚めて下さい…
貴方は護られている事に。

貴方が辛い時、貴方が悲しい時、貴方が苦しみの中にいる時、片時も離れず、貴方を見守っているのは貴方のご先祖様なのです。

そして、貴方がしあわせになった時…
貴方以上に喜び、祝福して下さっているご先祖様がいる事を忘れないで下さい。

貴方は、ご先祖様の代表なのだから。

撥遣作法

撥遣《ハッケン》とは、仏壇や仏像の魂を抜き、お帰り頂く為の作法です。
私が頼まれて行く場合は一般の方が多いですが、その中には悲しい物語もありました。

これは、何処にでも起こり得る実話です。

今回の依頼は、空き家のお祓いと仏壇の撥遣である。

私の寺から近いので、作法前に下見がてら来て見ると、確かに空き家だが住んでいる…
住人がいる…
それも長年住み慣れた方である。

私にはこれで解った。
住人は、この家の元主である。

お婆さんは、この家が大好きだった。

亡くなったご主人と力を合わせて、買ったマイホーム…
お爺さんとの思い出…
子育て時代の思い出…
お爺さんを涙で見送ったあの日…
様々な思い出の籠もった家。

お婆さんは、痴呆症を患い亡くなった。

痴呆症を患い、亡くなった方の中には、ご自分がまだ生きていると錯覚している方々がいるのも事実であります。
お婆さんは、この家で生前と変わらない生活を送っているのです。

私は、強く決意を固めました。
必ず成仏させてみせる…と。

そして撥遣作法の日、ある特殊な密教法具を久々に使う事にした。
この法具は、一般には知られていない法具である。

私は何としても、お爺さんの待つ霊界にお婆さんを届けなくてはならない。

私は、当日、一歩一歩…と帆を進める様に、現場に向かいました。
到着すると、親族と関係者が出迎えてくれました。

早速、仏壇の撥遣作法を始めた。
仏壇はすんなりと進み、仏具店の方々に梱包と搬出作業をお願いして、いよいよ浄霊である。
親族や関係者の方には、知らせず僧侶としての私の独断である。

法具で邪気を祓い、読経と観想で説得…
最後は、優しいお爺さんを召喚した…
二人は全てを受け入れ、仲良く霊界に還って行きました。

人は、理解する者、理解出来る者…
愛の力は永遠に不滅です。

厨子の意味

昔、聖徳太子が一家に一仏の教えを確立され、
一般家庭に仏壇が置かれる様に成った話しは、あまりにも有名な話しです。

聖徳太子の玉虫の厨子は国宝ですが、
今では、信仰の形態も様変わりしたように見受けられます。
今回は厨子についてお話ししたいと思います。

厨子とは祀り所である、其処に大小の決め事は無い

ただひたすらに祈る為にある。
一例を挙げれば、ある貧しい人が自分が静かに祈りを捧げる為に
小さな仏像を手に入れました。

始めは、紙で箱を作り其処に安置しました。
仕事を終え、一人静かに手を合わせて居ました。

そのうち仕事も良くなり、お金も少しは余裕が出て来ました。

其処で考えたのが、このままでは仏様が可哀想だ、しかし自分の家は小さい、
とても仏壇などは置けない…其処で考えたのが御厨子である。

仏壇屋さんに頼み今、自分に出来る最良の御厨子を作って貰い、
其処に仏像を安置しまた毎日、祈りを捧げました。


それから暫くして良縁に恵まれ、今では、家族むつまじく、
朝な夕な、家族で御厨子の中に鎮座する仏様を拝み、
今も平穏な毎日を過ごして御いでに成ります。

撥遣と開眼

撥遣《魂抜き》開眼《入魂》
私は、今迄に、多くの仏像と仏壇の撥遣、開眼供養を手掛けてきました。
今日は、その中の一例を挙げて、心霊世界を皆さんに解って頂きたいと思います。


仏壇と護り本尊

或る御宅から、仏壇を買ったので浄化と開眼供養をして欲しいと頼まれ、御宅に伺い、全ての供養が終って帰ろうとした時の事でした。
表で、或る人に呼び留められた《ご近所の方である》
自分の家でも、最近仏壇を買ったので、開眼供養をして欲しいとの事。

御宅に伺うと、絢爛豪華な仏壇が有りました。
早速、仕度を整え、開眼供養に入ろうとすると、妙な違和感を覚えました。

扉を開けると、一体の仏像が安置されておりました。
家人に聴くと、仏壇が高価だったので、仏像までは買えなかったとの事でした。《仏壇店》

息子さんが、オークションサイトで見栄えの良い仏像を落札したのです。
違和感を覚えた原因は、仏像でした。

その仏像には、前の持ち主の思い入れが強く、とても撥遣を一日で終えられるほど、簡単なものでは無い。
《この仏像の前の持ち主は、既にこの世の人では無く、持ち主の死後売却された物がオークションに出品されて居たのです》

私は取り敢えず、仏像を白和紙と白布にて封印したが、これだけでは不充分な事は承知の上である。
《この仏像を撥遣するには、かなりの日数が必要な事を、家人に説明する事にした。》

この仏像を撥遣するには、寺に持ち帰り、《説得》する事から始め、浄化し、開眼供養をするしかないと説明をしました。

その家人は、『それなら費用がかかるので、このままで良い。』と言われるので、仏壇の供養を済ませて帰路に着きました。

それから三日後、寺に電話が入りました。

息子さんが原因不明の高熱を出し、起きる事も出来ないと言うので、行くことにした《医師の診察済み》
やはりあの仏像である。

家人の了解の上、寺にて懇ろに供養し、その後荼毘に伏した。
それから、間も無く息子さんも回復し、元気である。

いくら安くても、素人が手を出してはいけません。
簡単に出来るものではありません。

便利で安価なものには裏がある事を覚えておくことが、如何に大切か學んで欲しいものです。

厨子

厨子とは、仏壇を指します。
聖徳太子が玉虫の厨子を創建し、日本に広められたのが始まりです。

今日は、仏壇にまつわる私の経験談をお話し致します。

あるお宅で、異変が続くのでお祓いをして欲しいと依頼を受け、そのお宅に行った時の事です。
そのお宅では仏壇が無かったのですが、中古で良い物が安くあったので購入を決めたそうです。

いわゆるサイトで、出どころが解らない品物です。

その仏壇には、前の持ち主の怨霊が宿っていたのです。
私の物を返せ。と訴え、物への執着が剥き出しである。

こうなった場合、説得は不可能です。
私は、霊界に使者を頼み、送り返すしか方法は無く、送り返しました。

この場合、送り返された者は苦しむことになりますが、仕方がありません。

その後、仏壇は専門の炉で荼毘に伏しました。

皆さんには、仏にまつわる物は絶対に中古は避けることをお勧め致します。
いくら安くても、因縁まで買う必要は無いのでしょうか?

仏壇の話し

仏壇は古来、聖徳太子が信仰を広める為に考案した一家一仏思想が始まりである。
現在では仏教神道と分かれて居るが、元は同じなのです。

その証拠に、法隆寺は聖徳宗であり、様相は、教に酷似して居るが、僧侶の服装は白衣に袴の神道色が濃い物に成っている。

仏壇は、聖徳太子伝来の玉蟲の厨子が始まりと言われて居ります。
仏壇は礼拝所、お墓は面会所です。
お墓に忙しくて行けない方々は、仏壇に礼拝する事でご先祖様と意思の疎通を計る事が出来ます。

私のところはお墓も遠方にあり仏壇も無いが、ご先祖様に気持ちを伝えたい、礼拝がしたい方々は念持仏を持たれる事をお勧めします。
念持仏の場合は、仏壇と違う所は礼拝は、もちろん密かな願いを託す事が出来ます。

但し、念持仏だからと言って何でも良い訳ではありません。
素人の方では、到底無理な仏が居る事も事実です。

中には、一度拝んだら一生涯、拝む事を強要するものも存在します。
それから絶対に手を出してはいけないのが、中古の仏像です。

本当の撥遣作法が成されて居ない場合があります。

それと、呪いが目的でひつらえた仏像に手を出して、人生をメチャクチャにされた事例もあります。

仏像は、仏師が精魂を傾けて製作し、僧侶が開眼供養してこその念持仏で御座います。

素人判断は、危険を呼び込む事があります。
呉々も御用心ください。

撥遣と浄霊

昨日は、或るお宅の仏壇を撥遣しました。
いわゆる魂を抜く祈祷ですが、それだけでは終らない結果に成りました。

浄霊供養に発展して、3時の祈祷に成りました。

しかし、嬉しいのが霊体が納得して、霊界からの御使者と帰えられる時に、納得した安心感から見せてくれる表情は、素晴らしい微笑みです。

本来の姿を取り戻し、故郷の霊界に帰幽する彼らはしあわせです。
物質的価値観に翻弄されて自分を見失い、魔界の手先にされて居る事すら氣づいてい無い人は哀れである。

霊体に戻った時に氣づいてくれれば良いのですが、まず97パーセント氣づきません。

3パーセントの方は、法力僧や本物の霊能者の方々の御尽力のおかげで改心し、霊界に帰幽します。
が、後の霊は浮遊したままの状態です。

そして、人に憑依し、悪事を重ねていきます。
その様子は、バクテリアが増殖するのと同じように、次ぎから次ぎと増えて居るのが現状です。

少数の法力僧や本物の霊能者の手に余る数です。

今の日本は、霊的無法地帯です。
霊的真理、霊的真実を学ぶ事は、確かに大変だと思います。
が、あなたが救世主に成らなければ、近い将来、日本は暗黒に包まれる事になり兼ねません。

日本が暗黒に包まれる事は、あなたの身に確実に影響を及ぼすでしょう。
其の時に慌てても、遅いと思いませんか?

今、学ぶ事が自分を救い、あなたの大切な人を救い、やがては地球を救う事に繋がるのです。

密教塾では、此処では、書けない真実を書いて居ます。
何故、此処では、かないか?

それは、過去に私の記事を模倣して犯罪を犯し、罪も無い人々を悲しませた輩が居たからです。

密教塾では、入塾して頂く時に私は霊視します。
其の方が光の系譜である事を祈りながら、密教塾では皆さんの入塾をお待ちして居ります。

一カ月の費用は三千円です。
それ以上は、請求して居りませんから御安心下さい。

供養法

供養法は、様々な方法が語られています。

私が提唱する法は、僧侶としての法と、霊的面から見たことを書いていきます。

①電子線香、電気ロウソクは止めた方が良い。
②仏壇は、奇抜な物はあまり勧められない。
③高い金額の物が良い訳ではありません。
④仏壇に仏像を安置する時には、開眼供養をしてから安置して下さい。
⑤供物は気持ちでお供えする物で、これでなくてはいけないという事はありません。
⑥全ては、貴方の優しい供養心があれば、様々な事にとらわれる事はありません。

人が人を共に養う。
これが供養法であり、供養心なのである。



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by kongousan-akafudo | 2018-10-02 12:00 | └私たちの暮らし

菩薩行に関する密教ブログ

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感涙

私は今日、感動に涙しました。

以前から仏具師さんにお願いし、現在製作中の宇賀神様と聖天尊様の八角厨子の完成を前に、ある方から、二尊の厨子の製作費用に充てて下さいと多額の寄進を頂戴致しました。

正に、菩薩行。
其の方の事を書きたいのですが、ご迷惑をお掛けしてはいけないので伏せ置きます。
私は、有難さに涙しました。
実は、資金が困窮して居たのです。

誰にも言わず、老骨に鞭打ち働いて居りますが、中々、資金には到達出来ずに居た矢先の出来事。
有難さに、ただ涙です。

私は、確信します。
私の信仰は、正しかったと。

お金だけの事では、ありません。
何故ならば、私は資金が困窮して居る事を誰にも告げて居なかったのです。

私は幼い頃から貧しさを味わい、貧しい事は苦になりません。

しかし、老仏具師さんの温かい心に支えられて製作して頂いて居ります。
仏具師さんも金具にもこだわり、金具も彫金師に注文をして下さったので、必ずや素晴らしい八角厨子に成る事でしょう。

全ては、御仏のお計らいと感涙する毎日で御座います。

菩薩行

私は、東京で生まれ育った浅草の街が大好きで、浅草寺の境内は私も遊び場であった。
昭和三十年代は、未だ貧しさに溢れていた。
戦傷兵《傷痍軍人》が片足で街角に立ちハーモニカを吹き、僅かなお金を貰い、その日を生きていた。
浅草寺の境内には、乞食《ホームレス》が溢れて居りました。

その中でも、端に一人で静かに座って居る老婆が何故か気になりパンを買って老婆に声をかけパンを差し出しました。
老婆は、喜びましたが、食べません。子供だった私は、訳を聴きました、老婆は、ゆっくり話してくれました。

坊ちゃんありがとう、このパンは後で三人で食べるよ《老婆の周りには、誰も居ない》。
おばあちゃん周りには、誰も居ないよ、と言うと、息子とお父さんは、此処に居るよと言い、防空頭巾で作った袋を出して言いました。
その袋の中身は、息子さんとご主人の遺骨が入って居たのです。

おばあちゃんは、語りました。あの戦争は、地獄だった、多くの罪も無い人が虫ケラのように殺され
老婆の息子さんとご主人は、老婆の目の前で、焼夷弾の直撃を受け
息子さんをかばいお父さんも黒焦げに成り、果てました。

お婆さんは、言いました。自分で死ぬのは、簡単な事。
死んだ家族の分まで自分は、一緒に生きると。
どんなに恥ずかしくても、雨に濡れ、泥にまみれて道端で寝ても、何時も三人で居られる。
いつか観音さまが迎えに来てくれるまで、三人で生きて行くとあの日、決めたんだよと言う老婆の眼には、涙が溢れて居りました。


生きるとは、ある意味、過酷ですしかし、生きる事に意味があるのです。
この世に生まれ、滅せぬものは、ありません。
なれば滅するその日まで、精一杯に生きる事こそ、勤めであり、御役目だと私は、信じます。

尊厳

様々に尊厳について語られておりますが、本当の意味で尊厳を考える時、最近の考えかたは自己主張になっては、いないでしょうか?

自己の尊厳だけではなく、相手の尊厳を認め尊重する事によって自分の尊厳をも認められます。

自己主張に固執し、主張する時、其処には傲慢の意思が働き、見失うことになるのです。
自己主張の文化はアメリカ特有の思想であり、日本人の文化にはそぐいません。

日本には、素晴らしい思想文化《謙譲の美徳》があります。
まずは他を尊重し、相手を立てることによって自分も立つのが日本人の思想です。

・・・
島根県益田市久々茂町の国道191号で、集団登校で横断歩道を渡っていた市立豊川小学校の児童の列に飲酒運転の軽トラックが突っ込み、ボランティアで通学を見守っていた近くの三原董充さん(73)が全身を強く打ち、翌日病院で死亡した。
三原さんは33年前、小学2年だった下校中の次女(当時7歳)を交通事故で亡くし、子どもたちの事故を防ぐため見守り活動を続けていた。

事故現場近くの女性は「車に気付いた三原さんが、男の子を突き飛ばしてかばったと聞いた。身をていして男の子を守ったようだ」と話した。
三原さんの長女摩弓さんは「二度と娘と同じ思いをしてほしくないと思い、ずっとボランティアを続けてきたのだろう」と話し、
悔しさをにじませた。

《毎日新聞2017.01.31記事》

・・・

先般、登校中の子供達を護って自らが犠牲になり亡くなられた方がいらしゃいます。
正に尊厳を最後まで護り抜いた英雄であり、菩薩行であります。
この方の様な人が、正に日本人の鏡として賞賛されるべきです。

私はこの英雄の死に敬意を払い、御冥福をお祈り申し上げております。
願わくば、英雄の遺された行為を後世に伝え、自らを犠牲にして他を護り、救う事が日本人の美徳と解釈する人々が増える事を望みます。

意見と學び

私は、四十三年前に両親と死別しました。
20歳の時でした。

今、想うに《親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄は無い》人を想い、発する言葉には、どんな厳しい言葉で有っても愛があります。
その逆に、愛の無い言葉には、《誹謗、中傷、妬み、嫉み、憎悪、》物資的価値観を裏付けする利己主義が存在するのである。

時として、言葉は人《他人》を育て成長を促し、激励します。
しかし現代は、揚げ足をとる事がまるで文化の様に成っています。

失言を責める依りも、改めさせる親の愛、《殺す依り、活かす》
正に、愛が無ければ出来無い事である《菩薩行》。

私達の親は、正に菩薩行を教えてくれた恩人であります。
今、私達に与えられた課題は、育てる事である。
育てずに成長は、無い。

私も含めて、人間は、未熟な存在である。
しかし未熟だからこそ、生まれてこられたのです。
全てを達観し、答えを出せる人間なら、生まれて来る必要も無い(解脱)のである。

人は、學びを受け入れる時、其処には、あなただけの愛が存在するのま事実であります。
個性も學び、同じ人生など無い事を知る時、本当の自分が理解出来るのである。
当院は、そんな貴方を待っています。


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by kongousan-akafudo | 2018-09-30 12:00 | └私たちの暮らし

自然災害からの警告に関する密教ブログ

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今日は、主に自然災害からの警告について書かれた記事をまとめました。

常日頃から防災意識を高め、自覚して準備をすること。
流言飛語に惑わされるのではなく、過去の統計や専門家の分析などを元に自分の目で検証することが大切です。

また、私たち霊的真理を學ぶ者は、霊界からの警告に素直に耳を傾けることや隣人と助け合う事も重要です。
どうぞお目通し下さい。

水と揺れ

皆さんは、氣づきましたか?
揺れと水、地震と水。
これはメッセージです。

感じて、考えて下さい。
このメッセージが、何を暗示して居るか?

これは、自然霊からのメッセージです。
私達が理解し、反省しなければ、次は涙で償う事になります。
今、何をするか…
何をするべきか…

私達に問われて居るのは、反省と行動です。
一人の力は微力でも、万民の力は、巨大です。

原発、戦争法案、殺人事件…

我儘が生み出した事故…


今、自然霊が発しているメッセージは、私達が反省し、理解と理性で判断する事を求めらているのです。

メッセージが来ている内は、大丈夫です。
本当に恐ろしいのは、静寂です。

結界の必要性

私達に何時、何度き事件、事故、災害が降り掛かるか、
誰にも分からない事ですが、結界を張り災いを転じて福となす法が存在します。
結界法である。

例えば、勉強嫌いな受験生を机に釘付けにする法も結界法の一種である。
また、訪問販売員に困って居る方々には、結界法が最適である。

但し、素人が実行しても効果は望めません。

また、茶道、華道でも結界は、重要な儀式の一部である。

現代では、形式的な結界、今では知る者も少なく、本当の結界を張り巡らせられる者は、表社会には見受けられ無い。
結界の必要性は言うまでも無い。

今は、正に動乱。
自分の身は、自分で護る気概が必要なのですが、そんな簡単には出来ないと言う方々が多いのも事実。

我が密教塾では、様々な事を、学び、実践する事で、自立自律を果たす原動力に替えて行くのをお手伝いします。

密教塾は、あなたの入塾をお待ちして居ります。


事件・事故

今、日本は大きな過渡期にあるのです。
災害も含めて。
全ては、怒りのエネルギーが大きく作用して居るのです。

個人から、複数に。
複数から、自然界にと。
様々に影響し、私達に脅威としてのし掛かって来て居ます。

それは、何故か?
個々の怒りのエネルギーが放出される事で、怒りのエネルギーは増幅され、様々な事象に繋がるのです。

それは、如何してか?
例えば、池に拳大の石を投げ込みます。
すると波紋は広がり、岸に辿り着き、やがてまた中心に向かいます。
押し寄せる波紋と同じであるのです。

正に、負の連鎖であるのです。

怒りを忘れ、笑顔で暮らす。
先人を敬い、神仏を尊ぶ。
妻を愛し、子を愛で、隣人を愛する時、怒りのエネルギーは消滅します。

そして、新たなる正のエネルギーが増幅されます。

平安と優しさに包まれた環境を、取り戻すことが、出来るのです。

怒りでは、何事も解決を観ません。

笑顔のエネルギーは、癒しをもたらします。
華を愛で、優しい空間を共有する時、人は悟ります。
生きるとは、何かを。

毒と薬

私は、三歳の頃より古武術を習い修行を重ね両親の死後、出家するまで、古武術を學びました。

古武術をご存知無い方の為に解説をさせて頂けば、古武術は、戦さ場に於ける武術である。
組打ち、剣術、手裏剣術、薬学、地学、天文学、弓術、馬術と多彩である。

何故、古武術に薬学があるか?其れは、戦さ場に於いて怪我が付きものだからである。
又は身体の変調不調があっては、充分な働きが出来無いからである。

薬学の中には、毒、火薬の製法も含まれている。昔の僧侶は、薬も調合し人々を助けて居りました。

現在は、薬事法で禁止されているので、調合は、出来ませんが、
災害時の人命救助に関しては、必要最小限の医療行為は、必要と考えます。

私は接骨の資格も有しているので災害時は、持ち得る力を惜しみなく使います。
全ては、人間が作り、人間が使う、知識があってもよこしまな者が使えば害と成す。

何時の時代も絶えない問題であるテロ行為も同じである。罪も無い人々を巻き込み、殺害、傷つけ、
口では、聖戦とうそぶいて居るが、只の人殺しである。


毒と薬、思想も同じである。
間違った思想は、人々に地獄を与え自らは《指導者》隠れ、命令と云う欺瞞を発するだけである。

薬も火薬も狂人の手に入れば凶器と化すが、心正しき者の手に入らば人命を救う鍵と成ります。

イジメや誹謗中傷を繰り返して居る人間は、自らが毒の池に浸かり喜ぶ大戯けであり、
悪口雑言は自ら毒を吐き、その毒に依り自らの命を縮めて居るに過ぎない。

カルマ《因縁》は、必ず返ります。
イジメや誹謗中傷の類いは、卑怯者の一番好きなご馳走なのであるだから、辞めることをし無いのである。
やがて、カルマが増大し破滅を迎える日が来るまで。


地震

大地を激しく揺らし、破壊する地震。
それは、怒りのエネルギーです。

日本人は、本来、穏やかな民族です。
何故、こんな怒りを、凝固させるようになったのか。
その原因の一つに、食生活の乱れがあります。

例えば、肉…怒り苦しみ乍ら、殺された動物の肉はやはり怒りに満ちている。
その怒りの肉を食べれば、怒りの蓄積が始まります。
怒りの蓄積が頂点に達した時どうなるか?
お考え下さい。

最近、よく言われるのがキレる、キレまくり、ヤバイ…汚ない言葉です。
口から、毒を撒き散らしている事と同じです。

辛抱強かった日本人の面影はありません。

地震は、何故起きるか?

我々の怒りのエネルギーが想念となり、大地を激しく揺らし、自らも傷つくのです。

早く、氣付いて下さい。

このままでは、いずれとんでもない事に…?
まだ、間に合います。

死中に活を求める

私の友人は、阪神大震災を経験している一人である。
あの日は地震によって目覚め、灯りが付かない部屋を手探りで出口に向かっていた時、足に激痛が走った。
割れたガラス片を踏んだらしい。
暗くて、何も見え無い。

どれだけ時間が経過したかわからないが、灯りが見えた。
灯りでは無い、炎だ。
後は、無我夢中で逃げた。

彼は単身赴任で被災地にいたが、一人でも必死であったと語る。
私は、被災した彼から學んだ事から、次の物を用意してある。
まず、スリッパ、懐中電灯、ラジオ、保存食、水。

昔からの諺に、備えあれば憂いなし。

正にその通りである。
いつ何時、何が起こるかわからない、その時の備えが必要です。

死中に活を求めるとは、冷静に判断し、理性的に行動する事である。
他を押し退け、自身が助かる道など無い。
愛を忘れ、殺伐と生きる時、人は人に非ず。
餓鬼に堕ちる。


警告

水と揺れ、皆さんは、お気づきのはずです。

私は、予言、警告、注意、様々な形で伝えてきました。
今回の洪水、地震これは、自然霊からの警告です。

何故、警告が発せられたか。
それは、今の日本の現状を見て下さい。
私が予言した結果に、近づいて居る事がお解り頂けると思います。

原発、戦争法案、殺人事件の多発。
自分勝手が原因の事故、何一つとして、反省が無い。

私は選挙に無関心、無関係だから関係無いと思って居る方々、あなたも大いに関わって居るのです。

愛情の裏返しは、無関心!
まさに日本の現状は、無関心なのです。

自分に関わる事には、関心を示すが、直接的には、関係無い事には興味すら感じ無い、と考えて居ること自体がkarmaを呼び寄せます。
京都御所の結界が切れ、また皇居の結界も切れました。

私の仲間は、必死で各地の結界修復に奔走して居ります。

私もやります。
皆さん如何か、伝えて下さい。
平和の有り難さを、平和の尊さを。
あなたの大切な人を守る為には、大勢の善意が必要です。

過去に学ぶ

日本は、世界でも稀に見る、様々な犠牲者を出して来た国だと言う事を思い出して下さい。
近い時代から振り返れば、関東大震災、戦争、原爆、水害、噴火。
様々な出来事の中で、犠牲者が出る度に、二度と有ってはならないと、悲しみ復興して来たが、数年すれば忘却する。

如何かが、おかしいと思うのは私だけでしようか?

私以外にも氣づいて居る方々が居るはずである。
私は、言い続けます。
今のままでは、確実に涙で贖う時が来ると思います。

今からでも、遅くは、ありません。
学びましょう。

尚、この記事は、勧誘目的ではありません。

一人で学べる人は、一人で学んで下さい。

真に学ぶ者の到達点は同じであり、何ら変わりは無い。
私も貴方も大差は、ありません。
有るとすれば、学ぶ姿勢だけでは無いでしょうか。

私は、密教僧であり、御本尊、赤不動明王尊の道具です。

後は、道具としての勤めを果たすまでと考えます。


送り火

今迄にどれだけ、送り火を焚いたか…覚えていないが、忘れられない送り火もある。
今から、お話しするのは、母と子が離れ離れになり、お互いを探す間もなく死んで逝った親子のために焚いた送り火です。

私の横を泣きながら、走り去った一人の少女…
それから暫くして、何かを探す様に歩く女性。
不安と悲しみが私に伝わってくる。

きっと行方不明のお子さんを、探しまわっているのだろう。

人間は、強い衝撃に遭って死亡すると、自分が生きているか?死んでいるかの区別がつかない場合があります。
例えば地震や、火災、津波、噴火…様々な瞬間的な死は、意識する間もないと思います。
あの親子は、着ている物から見て、終戦の前にあった東京大空襲の犠牲になられ方に間違いありません。

私は、支度を整え、あの場所に急ぎました。
暫くして、あの少女が泣きながら走ってくる。

私は、不動七縛りの法をもって、少女をその場に止めて、次は母親を待って、二人揃ったところで開始である。
暫くして、母親が現れたが、子供の事が分からない様である。
私は、二人を寺に連れて帰り、説得してから引導作法を施し、護摩を焚き二人を見送った。

その時の親子の顔は、再会出来た喜びと、二度と離れ離れにならない様にしっかり手を握りあっていた。

私は、二人の供養に護摩を修した。
今は、故郷で親子仲良く暮らしている。


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by kongousan-akafudo | 2018-09-29 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ⑦

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■物質的価値観の落とし穴

物質に囲まれた生活は、一見豊かに見えるが、不自由な事この上ない生活ではないでしょうか?

例えば、洗濯機が無ければ?
冷蔵庫が無ければ?
掃除機が無ければ?
炊飯器が無ければ?
…と言う方がいれば、私はこう答えます。

電気が使え無い時はどうします?

私は、古い人間ですから平気ですが、もし電気が使えない状況になった時の事を想像して下さい。
想像して、どうしたら良いか…常日頃から訓練しましょう。

芸は身を助ける。と言います。
身に着けた知恵は盗まれません。

知恵と経験は、必ずや貴方の財産になります!

その逆に、物質に囲まれ物質に頼る生活は、物質の崩壊に依り滅ぶでしょう。

私達日本人は、元々は勤勉で、発想の転換を得意とする民族であり、物質に頼る民族ではないのです。

物質的価値観を高度成長期に植え付けられ、拝金主義者に毒され、本来持っている能力を忘れているだけです!

私達の時代で得た教訓を、子供達に受け継がせるのは貴方です。
このままでは、子供が危ないのです。

■低級霊の憑依

昨今、低級霊に憑依されている方々を、視ることが増えているのが現実である。

あまり、気持ちの良い物ではない低級霊は、様々なかたちで存在します。
一例をあげれば、自殺者が供養もされず、放置されて低級霊に変化する事もあります。

生前に、自分勝手で傲慢な人ほど、低級霊に堕ちるケースが増えているのも事実です。
男女の比率で考えた時、あくまで私観ですが、男性の低級霊化が増大しているのも事実です。

人間は死んでから霊体に戻りますが、生きている時に物質的価値観の強い方は、自分が死んでいる事さえも認めません。
今、私が抱えている案件の中にも、低級霊に憑依されて普通の生活もままならない方もいます。

低級霊に憑依された場合除霊だけでは、不十分なのです。
今の低級霊を私が除霊しても、別の低級霊が空家に入る様に、またすぐに憑依されてしまいます。
それを全て除霊するには、準備期間を入れて一カ月間の大仕事になります。
私も一カ月間他の仕事が出来ない分、依頼者に掛かる負担は大変です。


憑依される人は、次のような人です。

①傲慢な人

②怠惰な人

③思い遣りのない人

④自分本意な人

⑤残酷な人

⑥人を愛せない人

以上の条件が当てはまる人は要注意が必要です。

憑依を防ぐには、普段からの心掛けが、最も重要なポイントです。
そして、憑依が疑われる様でしたら、先ずは心療内科を受診する事が先決です。

霊能者の出番は、それからでも遅くありません。
先ずは、理性で判断する事が大切です。

■貧困、貧乏

私が生まれた家は、借家で長屋に、両親、兄弟の八人家族の末っ子に生まれ、
物心ついた時は、小さな家で、一つのテーブルを八人家族が囲む、貧しい家で育ちました。

夜、寝る時は、蚊の大群が来る前に、蚊帳の中に入って、朝を迎える、そんな毎日でした。

ある日、近所の家にテレビが来た日、私も見せて貰おうと思い、行きました。
すると、家人が私に言った言葉が、「貧乏人は汚いから上がるな」と言われそのまま帰りました。

帰り道、涙を拭いながら、大きくなったら、日本一大きなテレビを買って、貧乏人だけで見てやる!と思いながら、涙を流していました。

涙を見せると、母が心配するので、手で涙を拭い家に帰ると、
母が「何があったの?男の子が泣いたら、可笑しいぞ?」と一言。
私の顔には、涙の跡が残っていたのです。

日本の昭和三十年初頃は、まだ戦争の傷跡が彼方此方に残っておりました。

今の日本人は、豊かさを知っていても、貧しさを知らない人が多いのではないでしょうか。
豊かさも生きる上では大切な事ですが、貧しさを知ることも、大切ではないでしょうか?

昨今、毎日のように報道される、殺人事件。
その裏側を、私なりに霊視して見ると、ほとんどが、物質的価値観に翻弄された、果ての犯行!
お金、物質は、この世だけの道具、その道具に翻弄される時、人は人である尊厳までも、失われ、亡者、餓鬼に成り下がるのです。

道具は、道具。
本当の視点を見誤る時、あなたは、しあわせの尺度を、見誤る事になるでしょう。

豊かさに学ぶことは少ないが、貧しさに学ぶ時、人は、真の豊かさを実感するでしょう。

■聖なる愛

人々に、御仏の愛を具現化して観せた空海聖人。

学ぶ事の尊さや素晴らしさを伝え、多くの上人を世に送り出した、比叡山延暦寺開山の祖、最澄聖人。
一貫して愛を説き、愛に生きた親鸞聖人。
正に、偉人、天才、慈愛の人。
霊界から選ばれし方々です。

今の日本の現状は、精神性より、物質的価値観の渦巻きの中にいる様に思います。

人間は、何故生まれ、何故生きる?
正に現界は今、精神性の危機と言えます。
物、金、物、金、何処までも、果てしない物欲は、最後自分達に牙を剥く〇〇〇に変化して襲い掛かって来ます。

清貧に生きるとは?
全ての物質を、否定する事ではありません。
自分に必要か、不必要かでもありません。
物に感謝し、恵みに感謝して無駄にしない心です。

理性と想像力を持っているのは、人間である証しです。
豊かさ、貧しさは、本来、心の領分です。
物質を金を、多く所有していれば豊か?少なければ貧乏?違います。
お金をどれだけ持っていても、心を潤すことは出来ません。

貧しくても互いに助け合う精神性を持って、生きる時、悟ります。
自分が如何にしあわせなのかを。

■輪廻転生

あなたは、御存知ですか?
生まれ変わりの周期を!

普通は、二百年位の周期で、生まれ変わりますから、前世の記憶は忘れて、新しい人生の学びに入りますが、
それは人生を全うして、霊界に帰られた人の場合です。

事故や病気で志し半ばで、亡くなられた方は、私が知っているケースでは、20年~30年で、生まれ代わる方も、おいでになります。
そして、極稀に前世の記憶を、鮮明に覚えている方がいるのも事実です。

例えば、今迄に一度も行った事のない場所の、昔の事が解る。
他人に言えば、狂人扱いされそうな事柄まで、知っている。
一例を挙げれば、前世の自分の墓、もしくは前世の親の墓を知っている。
とまあ様々ですが、私の場合は、読んだことがない経典がスラスラ読めるとか、
ある高僧の尊像の前に立った時に身体が硬直して、涙が止めどなく流れて引率の先生が驚き、
保健の先生を連れて来て…騒ぎになった事等様々です。

前世の記憶に、あまり捉われてはイケマセン。
今世の学びに、支障を来たします。
しかし、物質至上主義、物質的価値観に捉われて、日本人が培ってきた精神性を見失なう様では、
輪廻転生して来た意味、そのものを見失なう事になります。

今、非常に早い速度で精神性、すなわち、物質的価値観が、日本人に浸透しています。
死んだら終わり! 楽しんで、何が悪い!生きている内に!これが、物質的価値観であり、物質至上主義なのです。

現在、二極化が進んでいるのも事実です。
霊的真実を真摯に学び、実践しょうと努力されている方々、またそれを利用してお金に、結び付け様と狙う人様々です。

私が、皆さんに教えられる事は、ご自分で見極める必要が、あるという事です。
教えられるままではなく、学ぶ努力が必要なのです。

高級霊界は、私達が学ぶ努力をする事を、待っておられます。
幾らでも、教えて下さいます。
後は、私達の目覚めだけではないでしょうか。

■礼節

大和國、日出ずる国、日本。
日本人の良いところ、礼儀正しく、凛として、凛々しく、礼節を重んじる、謙譲の美徳。
以上のことを、誰でも、わきまえていた時代には、文化が、溢れる水の様に、生まれて参りました。

礼節こそ日本文化です。
礼節が発展して、作法が生まれ、霊的な力も増強されて来たのです。
然るに、現代の礼節の乱れは、霊的な乱れにも、通じ、様々な現象を起こします。

日本特有の霊性が在るのを、皆さんは、御存知ですか?
戦後、アメリカ人によって、日本の霊性は著しく否定されて、
アメリカ文化が日本に流入して来てからは、言葉の乱れと合わせて、物質的価値観は、アメリカ文化、ヤンキーの考え方なのです。

日本人が、本来、兼ね備えていた美しい心を、根底から否定したのが、物質的価値観、
物、金、が一番潤えば良い、自分が満足する事が先、他を排除してものし上がる。American dream、
正に、物質的価値観と云う病氣であり、心の害毒です。

足りる心を知る、武士は食わねど高楊枝、腹が減ってもひもじゅうない、以上の言葉を、的確に解釈して、理解出来る貴方は、
霊性の高い方なのです。
その能力を更に、向上させていく事も貴方の使命です。
授かった魂を磨き、更に磨きをかけ、完成した時貴方は、覚醒します。

■魂の劣化

昨今、痛ましい事件が多発しております。

何故、この様な事件が多発するのか?
それは、物質的価値観による魂の劣化にあります。

正に、犯人は魂の劣化した鬼畜と言わざるを得ない。
犯罪を犯す者は全て、自身の身勝手な欲望を抑え切れなかった魂の劣等生で在る。

しかし、何故、魂の劣等生に堕ち入るのか?
それは、欲界に身を任せたからに他ならない。

人間には自制心があります。
自制心が向上する事で、理性の発達が望めます。

簡単に言えば、犯罪を犯す者は、自制心を養う學びの過程が欠損して居るのである。
言わば、我がまま放題に自身を置いたのです。
自身の欲望が満たす事に主眼を定め、生きたのです。
その事を考える時に、私はある危機感を覚えます。

このまま日本人が學びを捉えずに日々を過ごす時、近い将来に、必ず訪れる事があります。
それは、此処では余りにもショッキングな事象なので差し控えますが、断言致します。

近い将来、必ず皆さんも解ります。

それは、沢山の涙が流れることになるからです。
その日は、必ず来ます。



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by kongousan-akafudo | 2018-08-20 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ⑥

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■呪詛

昨今、呪屋なる者まで出現する様に成った今、皆さんに警告の意を込めて書きます。

簡単な呪なら誰でも出来ます。
しかしカルマも自分が背負います。
プロに頼んだから大丈夫だと思うあなた、それは間違えである。

カルマは、確実にあなたに返って来ます。
お金を払って、大丈夫はありません。

カルマは、確実に増大して居ます。
お金を払ってあるから、私は関係無いと思うのは勝手である。

しかし、思いと現実には隔たりがあり、思惑通りにはいきません。
何でもお金でと思う事が、物質的価値観の現れです。

正当な価値観を持つ方は、理性的に考え、シンプルに行動します。

呪詛にも無数の法が存在して居るのは、事実である。
私は、その人間が呪に携わったか、過去に依頼したかは、一目瞭然でわかる。

如何してかは、此処での言明は避けるが、ある見方をすれば、誰でもわかる様になる。

法具も同じで、護摩炉など黒護摩を焚いた炉は、他の修法には使え無い。
だからこそ、古い護摩炉など素人が手を出して遊び半分で使用すれば、間違えなく被ります。

護摩法や祈祷は、正しい指導を受け、印可を得て始めて厳修出来るのです。

素人が見よう見真似でやれば、とんでも無い事に成り兼ねません。
如何してもやりたい方は、自己責任でおやり下さい。

法は一朝一夕には、使え無い事を知るべきだと思います。
私の塾では、塾生の特性を観て弟子に抜擢し、さらなる指導を実施して居ります。

肩書きより、実力が我が密教塾の根本方針であり、変えるつもりは無い。

塾生が弟子に成り、やがて一人前の能力を身につけてくれる日を、今は夢観て居る私です。

■生きるとは

人の数だけ生き方はありますが、意味を追求して生き方を決めて居る人は、少ないのでは、ないでしょうか?

ここで私が言う、決めた生き方とは、迷いや不安を微塵も抱かないで生きる事です。

不可能だと云う人が、大多数だと想います。
私もそうだと想いますが、だからと言って諦めた時、そこには、虚無感しか残りません。
虚無感を味わう為に、産まれて来たのでは無いのです。

私達には、一人一人に隠れた使命があります。

それは、あなたが覚醒する日まで、閉ざされて居るのです。
それが現界で覚醒するか?来世に持ち越すかは、私にはお答え出来ません。
何故ならば、それを決めるのはあなたなのです。

人間は、誰一人として、未熟な人生を生きるつもりで霊界を後にする者など居ないのです。
様々な使命を胸にして、現界に降りて来るのです。

では、何故、使命を忘れたか?

肉体を持った時点で、自我が芽生え、小我、大我を身に着けます。
しかし最大の原因は、我欲が肉体と融合する事で、価値観に支配される様に成り、物質的価値観の信奉者に成り下がります。

人間の本質は、肉体では、ありません。
魂なのです。
魂は永遠に続き、消滅する事はありません。

魂の真実は、永遠に刻まれます。

かつて、私は、死を何度と無く覚悟する場面に遭遇しました。
その都度、御本尊に依って救われ、今があります。

人間はしあわせの絶頂から奈落に堕ちる刻、死を覚悟します。
死を覚悟し刻を重ね、やっと辿り着いた時に、氣づいた事があります。
老いです。

私は、もう空手で世界を廻って居た時の、肉体は無いのです。
今、私にあるのは、信仰心密教に残りの命を燃やす一人の老骨。

でも、後悔は、ありません。

やがて私の意志を継ぎ、御役目を果たしてくれる弟子が私の元に集まって参ります。

私は、語ります。永遠の命は存在して居る事を。

肉体の儚い刹那を生きるよりも、自由で何物にも捉われない強い魂を育てなさい。と。

■正当化の罠

よく見受けられるのが、他を誹謗中傷して自身の正当性を歌う行為です。

正に、あさましい限りであります。
本当に正当な者は、誹謗中傷などの下卑た行為をしません。

今の日本において死語になって居る言葉に、「品格を重んじる」があります。
上記のような行為は、正に品格のなさを自らが露呈する行為と言わざるを得ません。

また、こと更に自身の正当性を強調する必要もありません。
解る人には解る。それで良いと私は考えます。

しかしながら、品性の失われる世の中には辟易します。
日本には、古来より品格を重んじる文化がありました。

アメリカかぶれの物質的価値観が横行する中で、ひとにぎりの人でも良い、品格、品性を重んじる人が居る限り、
日本文化は護られるでありましょう。

アメリカ人の様に、誤りを認めず自らを正当化する人間が日本に溢れる時、最大の危機が訪れるでしょう。

■ベストパートナーとは?

皆さんの求めるベストパートナーとは、どんな方ですか?

①一流企業に勤め高収入
②イケメン、高身長
③持ち家、高額預金者
④医師、弁護士、

その他以上の項目を重視して居る方は、これから私が書くことをご覧にならない事をお勧めします。

物質的価値観を重視する人に、安心立命は理解出来ない事です。
ならば、難しい思想などに入らずに、物質的価値観を追い求めている方が楽でしょう。

私は仕事柄、大勢の方のカウンセリングをして参りました。
経験上言える事は、真に物質的価値観を理解していない方は、必ずと言って良いほど道を誤るということです。

そして、執着心をも捨てる事が出来ず、迷いの中を彷徨うのです。
俯瞰して見れば簡単に解る事が、物質的価値観を持つ人には、苦しく難解な題材なのです。

人の判断は、物質ではなく心根です。
どんなに美形であろうと、財を持とうと、人間性が卑しければ価値に値しません。

貧しくとも、美形でなくとも、優しく相手を気遣い、
富める時も病める時も、相手を気遣って静かに生きる時にこそ真の人間力が培われます。

美にこだわれば老いを醜悪と嫌い、様々な施術に終始し、人生の學びから遠ざかります。
富に執着すれば、餓鬼道に堕ちるでしょう。

慎ましく生き、學びを極めれば、御仏を現じます。
男性であれ女性であれ、真のベストパートナーを望むのであれば、先ずは相手を気遣う心を養うべきなのです。

■ベストパートナー

あなたにとってベストパートナーとは、どう考えますか?

様々な関係性を鑑みる時、夫婦関係を今回は考えてみて下さい。
真に俯瞰して考える時、純粋に人間性だけを捉えて相手を決めましたか?

容姿端麗、美しい、スタイルが良い、若い、頭が良い…など。
しかし、人間は年を取り、容姿は衰えて変貌を遂げます。
生活力、仕事があり、順風満帆な時は、誰しも自信に満ち溢れております。

しかし、職を失いうらぶれた時、自信を持ち続けられますか?
上記は、物質の裏付けなくして保つ事は不可能であります。

私は、六十三歳になるまで様々な人生を味わい、慟哭の涙を流した時もあります。
生きるとは、正に學びの連続です。
貧困に喘ぎ、愛する者との別離《死》、自らの老い、裏切り、裏切られ。
何故起こるか?物質に傾倒する時、魔を呼び込むのです。
心の闇も全て、物質的価値観を自身が受け入れた結果なのです。

あなたが、本当の意味でベストパートナーを求めるならば、自身を俯瞰し、物質的価値観を棄てて真の道を學ぶ事をお勧めします。
物質のみを求める時、人は無限の地獄を味わい続ける事になるのであります。

■未成仏霊

俗に人が亡くなると成仏されたかどうか、気になる事ですが、今日は、成仏についてお話しします。

私は、普段、成仏出来ない霊体を、未浄化霊と呼んでいます。

昨今、未浄化霊が急増しているのです。
それは、物質的価値観の後遺症です。

私は、お葬式を頼まれて行きますと、大概、故人が遺族者席に座っているのです。
それだけならまだ良いのですが、誰の葬式かも理解できない故人も増えているのです。

それは、まさに物質的価値観の後遺症である。
人間は、死んだら終わり…も物質と捉えた考え方が、表面に出ています。
であるから、死んで自分が意識を持っている事が理解できないのです。
だから、自分は死んでない…となり、自分の葬式も理解出来ないのです。

魂は、現界の学びを終え、故郷の霊界に還る事が現界で言う、死んだ…なのです。
まさに、意識界なのである。
だから死を理解せず、彷徨う様になるのです。

そして快楽を求めて、憑依の繰り返しで、魂は汚れ、帰幽する事も出来なくなり、彷徨うのである。
従って、普通の供養法では、成仏しないのです。

では、どうするか?説得力が必要になります。
ただ普通の人には、ハッキリ申し上げて、不可能です。

何故か?
霊を認知出来る力が必要なのです。

①霊体を視る力。

②知識、経験、説得力の三要素を持つ者。

③霊力を発揮出来る者。

以上は、最低持つていなければ、不可能です。
下手に霊体を、刺激するだけの除霊まがいは、危険を増すだけの行為に過ぎません。

御注意下さい‼️

■心霊現象

私達の本来の姿は霊体であり、肉体は、現界で様々な事を、体験する為に必要なので、肉体が存在するのです。

それが現界に生まれて、月日が経つにつれて、本来の目的を忘れて、肉体のみの体験に頼る様になってしまいます。

物質的価値観がその最たるものです。
魂が本質と理解出来た時、貴女の人生は、大きく豊かに変貌します。

肉体は、わずか百年生きれば限界です。
魂は、無限に広がる存在なのです。

私達の魂は、貴女の番を生きているのです。

現界は学びの場。
イジメ、虐待、暴力、偽り、様々な悪事も、全ては魂の存在を理解していないから、出来るのです。
言わば、可哀想な人達です。

やがて、故郷である、霊界に帰幽する時、悪事を働いた事を、自分自身が後悔に苛まれ、望んで暗闇に没入するのです‼️
そして、二百年~三百年暗闇の中で反省し、再度現界の旅に、自分で志願して、辛い人生を設定して、生まれて来る。
これが宿命の部分である。

そして、生を受け努力を積み重ねて、自分自身が運命を変えられる事に、やっと氣づくのです。

運命を嘆く前に、運命は自分自身で、変えられる事に、気付くべきである。
捻くれて、自分の人生はついていない、運が無い、運が良いなどと、思う暇があるのなら、努力する事です。

運任せの人生を選ぶか?運命を切り開く人になるかは、貴女の選択です。

私は、運命を切り拓く人の為に、教えます。
そして、祈ります。

■飢餓

私が育った昭和30年代は、貧富の差がまだ激しい時代で、餓死する人が巷にはおりました。

現在では皆無に等しいのですが、その変わりに皆さんもお気付きだと思いますが、心の病いが蔓延しているのも事実です。

それは、心の飢餓が原因です。
無関心から~利己主義~物質的価値観~傲慢~攻撃的性格の現れ。
正に、心の飢餓状態と言えるのではないでしょうか?

これは、誰にでも発症する可能性があります。
自分には、関係無いと思う心は捨てましょう。
関係無い事象など、存在しないのです‼️

全ては、無関心を助長差せる為の、現象と捉える事が貴女を救います。

無関心が全ての元凶です。
無関心で、いられる事などないのだから。

広義では皆、魂の兄弟なのです。
真理を学び、受け入れる時、貴女は悟ります。
自分が魂の存在であることを。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-19 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ⑤

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■真剣勝負

密教の加持祈祷は、真剣勝負である。
己が身を削り、ひたすら成就を願う。

自分を他に置き、虚しくして祈る時、成就の道が開かれるのである。

今日私は、先祖供養の為、ある霊園にて供養法を修しました。
最後に、霊園の守護尊に祈りを捧げる為、その霊園の守護尊である観世音菩薩像に読経していた時、それは起こりました。
霊的浮遊現象である。

観世音菩薩像が建っている場所の左横は、崖でした。
私が読経している時に、左の崖に二人の婦人が立ち、私に向かい意識を向けるのである。
《成仏法を実践出来る者を探しているのである》

では、何故この様な事が起こるのか?
それは、全て物質的価値観が最大の原因なのです。

死して死なず。

墓石を管理料未納により撤去され、無縁と成りやがて彷徨う。
正に、現代の象徴の様な現象である。

昔は、墓石を撤去する時には供養の法を修しました。
墓石に宿った仏様の魂を抜き取る際に、必要となってくる供養 でもあります。

しかし現代は、それとて無駄な様です。
業者が撤去し、無縁仏として積み上げる。

正に、物質至上主義そのものである。
全ては、心を無くした結果なのである。

■イジメ

嫌な言葉ですね〜。

今、社会で問題に成って居る現象を貴方は、どう捉えて居られますか?
これは、洗い出し現象です。
私達の中にある、物質的価値観の間違えを正す為の洗い出し現象なのです。

例えば、会社でのイジメがある場合は、転職すれば良いのです。
何故しないか?それは、給料の額なのです。

転職すれば前の様には、行きません。不利益も沢山あるでしよう。
しかし、耐えられ無い状況からは解放されます。
その為に生活が苦しく成っても、絶望する依りは遥かに勇気ある行動です。

自分らしく生きる、自分を信じる、自分の能力を信じる時、道は開きます。

ただ、アレを失いたく無い。コレが勿体無い。
それらは全て、物質的価値観の表れです。

本来、人間は、失う物など何も無いのです。
生まれた時、お金を握り締めて生まれて来た人は、居ません。

生きた過程で、持つか持た無いかなのです。
しかし、霊界に帰る時、お金も土地も、宝石も持って帰る事は出来ません。
持って帰れるのは、経験を感動に変えた意識だけなのです。

何故かと言えば、肉体は、物質、何時かは滅します。
しかし、残るのは、霊体である私達なのです。

分かり易く言えば、霊体は、意識体なのです。
魂は、意識体の集約なのです。

物質に捉われ執着の鎖に我が身を縛る時、それは、地獄の始まりなのです。

自分を信じて下さい、あなたは護られて居ます。

御仏は、平等です。
あなたが信じ様と、信じまいと存在する事は確かです。

洗い出しに翻弄されて生きるか?自分を信じて正しく生きるか?
それは、あなたの自由選択なのです。

学ぶも良し、学ばざるも良し、御仏は強制はして居りません。

■納得の死

昨今、自殺者が急増して居る事を皆さんは、御存知ですか。

これから、自殺のメカニズムについて少しだけ、お話しします。

昨日も親子が電車に飛び込み自殺をしました。
一人は、重傷一人は、死亡する事態です。

自殺した方に聞いてみると、ほとんどの方が、自殺した瞬間を覚えて居ません。
中には、死んだ事も理解して居ないのが現実です。

では、何故その様な事に成るのか。
それは、死んだら終わりと云う考え方、いわゆる物質的価値観がそうさせて居ると言っても、過言ではありません。

嫌なら辞める、捨てる、無視する、これらは、完全な物質的見方であり、物質的価値観なのです。
その逆に、正しい信仰心を持つ方は、おかげさま、有り難い、賜わります、の感謝の念を持つて居られます。

感謝の念を持つ方には、悪霊も近寄れません。
悪霊は、死にたいの念に反応し、死にたい、死ねるかなが、死ねるに成り、自殺が実行される訳です。

引き込まれは、自殺には、成りませんが、納得が無い分、迷います。
死については、如何なる経典、聖書より、納得に勝るものは、無いと考えます。

■撥遣と浄霊

昨日は、或るお宅の仏壇を撥遣しました。
いわゆる魂を抜く祈祷ですが、それだけでは終らない結果に成りました。

浄霊供養に発展して、3時の祈祷に成りました。

しかし、嬉しいのが霊体が納得して、霊界からの御使者と帰えられる時に、納得した安心感から見せてくれる表情は、素晴らしい微笑みです。

本来の姿を取り戻し、故郷の霊界に帰幽する彼らはしあわせです。
物質的価値観に翻弄されて自分を見失い、魔界の手先にされて居る事すら氣づいてい無い人は哀れである。

霊体に戻った時に氣づいてくれれば良いのですが、まず97パーセント氣づきません。

3パーセントの方は、法力僧や本物の霊能者の方々の御尽力のおかげで改心し、霊界に帰幽します。
が、後の霊は浮遊したままの状態です。

そして、人に憑依し、悪事を重ねていきます。
その様子は、バクテリアが増殖するのと同じように、次ぎから次ぎと増えて居るのが現状です。

少数の法力僧や本物の霊能者の手に余る数です。

今の日本は、霊的無法地帯です。
霊的真理、霊的真実を学ぶ事は、確かに大変だと思いますが、あなたが救世主に成らなければ、近い将来、日本は暗黒に包まれる事になり兼ねません。

日本が暗黒に包まれる事は、あなたの身に確実に影響を及ぼすでしょう。
其の時に慌てても、遅いと思いませんか?

今、学ぶ事が自分を救い、あなたの大切な人を救い、やがては地球を救う事に繋がるのです。

密教塾では、此処では、書けない真実を書いて居ます。
何故、此処では、書かないか?

それは、過去に私の記事を模倣して犯罪を犯し、罪も無い人々を悲しませた輩が居たからです。

密教塾では、入塾して頂く時に私は霊視します。
其の方が光の系譜である事を祈りながら、密教塾では皆さんの入塾をお待ちして居ります。

一カ月の費用は、三千円です。
それ以上は、請求して居りません御安心下さい。

■霊媒出現の訳

霊媒出現には、霊界のお計らいが起因している。

今、人間界は、岐路に立っていると言っても過言では無い。
今後人間界は、信じる者、信じない者とが二分する時代が来ます。

霊界の全存在を実感する私達と、現界のみが現実と捉える人々に二分するでしょう。
これも、カルマです。

広義で捉えれば、地球のカルマなのです。
私達人間が繰り返して来た戦争、愚かな結末。
何時になったら氣づくのか?
全ては物質的な奪い合い、戦争自体、物質的価値観の結末、即ち奪い合い滅ぼし合いなのです。

霊媒出現の謎は、霊界の有無を確認させる為の霊界からのメッセージなのです。

私達一人、一人が理解しようとする時には、霊界からの大きなお計らいが働きます。
今は、理解できない方々も大勢おられます。

無理に理解する必要は、ありません。
しかし何故自分は、物質的なのか?何故霊界に否定的なのか?
検証する事が先決では、無いだろうか?

否定も肯定も検証してからでも、遅くは無いと私は考えます。

全ては個に始まり、個に帰ります。
そして、輪廻転生を繰り返し浄化します。

私達が今、理解し合い手を取り合う時霊界も変わります。
それが本当の進化では、ないでしょうか。

そろそろ眼を覚ます時間が迫って居る様に、私には想われます。

■お計らい

皆さんは、こんな経験をした事がありませんか。

まず無理だと思った事が、突然実現した。
それは、お計らいの力が動いたのです。
私の所ですと、御本尊様の眷属が働いて下さり、有難い想いです。

皆さんの場合は、守護霊様達のお計らいが働く場合が有ります。
特に危険が伴う時には、働いて居られる場面を拝見する事が多々あります。

そんな時、私は観えない人達に伝えたい衝動に駆られます。
貴女は護られれ居ます、感謝しなさいと。

観えるから信じる、観えないから信じないも、広義で言えば物質的価値観の表れに過ぎません。

シンプルに理性的に判断するのも、大我を養う訓練の一つなのです。
霊能力は、ただ付随するに過ぎないのです。

大我な思想を持つことこそ、人間としての自分霊体としての自分を開花させることなのです。
永遠の課題とも言えます。

何故ならば、大我な思想、行動を実践できるのであれば、苦しみも哀しみも必要ありません。
全てを超越した世界に居るのだから。

それは、いつか到達する空間であります。
生老病苦の四苦を超えた空間であり、選ばれし者の場です。

私達は、日々の暮らしを、大切に込めて生きる時、
生きるたのしさ、生きられる感謝、生きる喜びを、自身で見出すことが出来る存在なのです。

一日を込めて生きましょう

大切な貴女の一日なのだから。

■死に逃げ

魂の存在を認識出来ない人は、哀れである。
何故ならば、現界が全ての物質的価値観に毒された方だからである。

物質は、未来永劫に続くものと想い込んでいる証しである。
諸行無常、形有る物は何時の日か滅する。
これは当たり前の法則なのです。

では、滅したら終わりか?

違います。
新たな時を迎える為に、滅するのです。

それが霊魂の法則なのです。
これを完全に理解し自分の中に、落とし込み咀嚼する時、
貴方は、真実に目覚めるのです。

そして目覚めた貴方は、様々な法則の有無を、知る事に成ります。
覚醒です。

今迄の疑問点が明白に成って来ます。
其処に辿りつける人は僅かですが、確実に貴方の人生観は変化し、開花する事を保証します。

知ることの素晴らしさを理解し、後の貴方の人生を実りあるものへと変貌させます。

貴方がやる事は、簡単です。
素直な気持ちで受け入れ、理性で受け留めれば良いのです。

貴方の魂は、貴方が受け留め理解する事を望んでいるのです。
そしてその後、貴方は悟ります。

残りの時間を、経験を感動に転換する素晴らしさを。

人は、霊的存在です。
分から無ければ良い、見つから無ければ大丈夫、と言う思想の恐ろしさを実感出来る、選ばれた人である事を。
それが、お役目を受けた人の証しである事を、人間界はその為に有るのです。

難しい答えは、今の貴方には無用です。

今、必要なのは霊的存在である事を理解して学ぶ事です。

学ぶ事に遅早は、ありません。
カルマに怯える事もありません。
貴方は、自由な学び人なのだから、失敗は、貴方を成長させる為の栄養なのです。

真実から目を背けて、生きても、死を迎える時、
全てが白日の下に晒され、その時に氣づくでしょう。

死に逃げは、出来ない事を。

■妄想

私は、今、怒って居る‼️

下らない完璧主義を吹聴する人間に、喝‼️

完璧主義などと言う妄想は、人間の尊厳を根本から揺るがすアメリカ資本主義の害毒である!

人間界に完璧な物など存在しません。
存在し無い所に、何故人間が完璧主義なのか?

正に妄想族である。

では、完璧で無ければ人間では、無いのか、馬鹿げた思想主義である。

日本語に和製英語が戦後、流行してから日本人の思想統制が公けに持て囃され、日本の文化、美徳が失われ和製英語のグローバル化と言えば、文化人に成った気でいる馬鹿者共が、害毒を振り撒いて居る。

もっと美しい日本語を学ぶべきである。

私は、英語も喋れるがあえて使わない。
何故か。
全て、国内では日本語で足りるからだ。

若者に聴いてみた。
シャンプーを日本語で何と言うか?

ほとんどの者が答えられ無い。
現実嘆かわしい。

完璧主義など愚の骨頂である。
完璧主義などと言う戯言を言うなら、原発を何故、終息出来ないのか。

かつての総理大臣、中曽根康弘は、原発は完璧で安全なエネルギー源だと言い、日本に持ち込んだ。

そして今それでもまだ、原発を推進する動きがあるのは、正に物質的価値観の現れである。

完璧主義を平たく言えば、小我な気持ちの現れで、他に良く思われたい、カッコ良く思われたい、広義で言えばこれも物質的価値観の現れである。

物質的価値観の前では、体の不自由な方々はどうなるのか?
働け無いお年寄りは、どうなるのか?

私は、物質的価値観も完璧主義も必要無い。

私に必要なのは、優しさ、いたわり文化、そして真実の信仰心だけがあれば良い。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-18 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ④

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■寄り添い 寄り添う

今、必要なのは、正心を持って物事にあたる事が求められております。
正心あらば、全ての問題に光明が差し、おのずと解決に向かいます。

その逆に、邪心あらば隠し逃げようとするのである。
この様なコンセプトで、実際にはこの様になったと。
何故、責任ある立場の人間が言えないか?
それは、探られては困る邪心が存在するからに他ならない。

恥ずかしい事である。
正に厚顔無恥。

そんな大人が、子供に教育のイロハを解けるだろうか?
恥ずかしい事である。
夫婦、家族でも同じです。
自分の主張ばかり尊重しようとするは、正に物質的価値観の弊害である。


妻の立場。
夫の立場。
子供の立場。

それぞれが正心を學び、実行する時、其処には、寄り添い寄り添う輪が生じます。

人間関係で苦しみ疲れても、それは修行であり、魂の研磨なのです。
全ての人が、寄り添い寄り添う事は無いでしよう。

それは、当たり前なのです。

私達人間は、まだ未完成なのだから。
未完成を完成に導くのが修行であり、學びなのです。

人生は、學びの場。
社会は、ジャングル。
家庭は寄り添い、寄り添う學びの場。

では、一人の方の學びとは?
独立独歩、道を定め、一心不乱に進む時、必ずや御仏の御加護があります。
御仏に寄り添い、寄り添う心が出来た時、貴女はかけがえの無い宝を得る事に成ります。

■親と子の関係

親は子を育て、子は親に學びを与える。
親子は、共に學び合う同志である。
霊的に言えば、子供が親を選び、生まれて来ます。
《親とは、究極のボランティア》

人生は、學びの為にある事を知る時、貴女の人生は開花します。
物質的価値観から脱却する時、貴女は本当のしあわせを引き寄せることになります。

本当の幸福は、物質では得られません。
物質は得られても、刹那の喜びに過ぎない。
また、直ぐ次の物質に移行し、求め続けている。

そんな欲を持ち続けると、人は人の尊厳を忘却し、餓鬼道に迷い混み、嘘や堕落の下界に堕ち、本当の人生に素晴らしさを失い、死しても欲界に迷い、地獄の餓鬼に成り下がるのである。

今現在、様々な問題があちらこちらで取り沙汰されております。
しかし、真実を語る者は少ない。

真実なら、書類を黒塗りにする必要は無い。
嘘と混濁は、全て物質的価値観による堕落である。
真実にはばかる必要は、無い。

心に真理を持つ者は、幸いである。
心に偽を持つ者は、哀れである。

■危機感の無い生き方

人間には、様々な可能性があります。
しかし、それも見ぬ間に年老いては勿体無いと思いませんか?


ただ毎日を過ごした人間と、目標を立て生きた人間とは、必ず差が生じます。
現界には、歳だけを重ねた人間には、情がありません。

何故か?
物質に生き、考え方も物質的価値観の固まりに人間が堕ちる時、情は失われます。

物質的な思想の持ち主に、真の愛は訪れません。
従って、物質的価値観が助長され、いざ自分が死を迎える時、のたうち回る結果になるのです。

執着の無い生き方は、人間を成長させます。
物質的価値観に生きる者は、常に価値観を全面に打ち出し、争い奪い合い、分かち合う喜びを感じることがありません。

死後も奪い合い、無意味な争いの渦中に自らを投入する事になるのです

■良い人仮面とナルシスト

今、日本中に氾濫しているのが、私は良い人を装い、他人を落とし入れようとする《良い人仮面》
会社では部下を持つ身でありながら、悪い結果は部下の責任。
良い結果は、自分の手がらにする。
このような、ナルシストが増えている。

この現象は、何処から発生するのか?
またどうして、そんな人間が上に成るのか?
全ては、物質至上主義が高じて価値観の変化に依り、蔓延した伝染思想《物質的価値観》が魂を穢した。

服装は、文明人。
心は、野蛮人。を形成したのである。

例えば、自分だけでは死なない、無差別に道づれにすると言う考え方は、最早、人間とは言い難い。
現在、普通の人がある日突然凶暴化する現象が、昨今立て続けに起きている事は周知の事実である。

では、どうすれば良いか?
波長を上げる事である。
類は、友を呼ぶ例えもある様に、低い波長に身を置けば、低いものが引き寄せられるのも道理である。

正しい學びを深め、自身を俯瞰し、進む時、必ずや御仏の慈悲に照らされ、知る事が出来るのです。

■貧富

貧を知らずんば富を知らず。
貧しさを真に學ぶ時、富の本質を知る事が出来ます。

富を得る事だけに走れば、物質的価値観に翻弄され、本来の人間としての學びを失い
常に枯渇した心に自らが苛まれ、人間としての尊厳をも失うであろう。

富む者は、貧しき者を救い勤勉に勤める。
此の理想が実現化する時、犯罪も妬みも無い世界が具現化します。

しかしながら、現実化されないのも人の世であります。
富を持つ者は依り多くの富を求め、貧に喘ぐ者は富を妬み富む者は貧する者を蔑むのが現状である。

しかし、人間には一つ平等が存在します。

それは、死である。
どんな富豪であれ、貧する者であれ、必ず死を迎えます。
死から逃れることは、何人たりとも出来ません。

そして、死する時、何一つ持って行く事も出来ません。
お金も家も、形ある物は、現界に残していくしかない。
泣いても笑っても、其処には貧富の差も存在しません。

但し素晴らしいものを土産にする事は出来ます。
感動です。
様々な経験を積んで来たあなただから出来るのです。

経験を感動にに変換する時、最高の土産に成るのです。
何処への土産か?
霊界で待つ仲間への土産であります。
あなたが現界に旅立つ時、涙で見送ってくれた仲間が次は優しく拍手で迎えてくれるのです。

全ての真理を知る時、貧富の差など無かった事を知るであろう。

■パワースポット

よく聞く言葉。

〇〇のパワースポットに行ったが何も感じなかった。
〇〇のパワースポットは、変な感じだった。
〇〇のパワースポットは、凄かった。
この言葉を総合すると、全てがあやふやな表現であることに氣づくはずである。

また、パワースポットと呼ばれる所は、それなりの作用はありますが、あやふやな場合はまだ良いです。
しかし、はっきりと感じ取れる場合は要注意です。

あちらの機嫌の良い時なら良いが、機嫌が悪い場合もある事を、誰も知ろうとしない。
そのような現状では、あまりパワースポットなどと言ってはしゃぐものではありません。
当たり前の事ですが、作用があれば反作用もある事を忘れてはいけません。
全てが、自分の都合の良い様にはいかない現実を知るべきである。

私は、よく皆に注意する事があります。

神社仏閣では、たとえ石一つでも持って帰ってはいけない、と。
パワースポットも同じです。
中には、記念に名前などを書いたり傷付けたりする者がいるが、その時は何も無くても、覚悟しておく事である。

それだけでは終わらない事を、以前ブログにも書きました。

聖域を穢した者が、どんな末路を辿るか?
本人が体験した時は、手遅れになることがほとんどです。
私達は、本来、皆、霊的存在である事を自覚する時、全ての謎が謎では無い事を知るであろう。

肉の思考は、所詮、物質的価値観に堕ち入り、真実を見失うのである。
心の眼を開け、自身が知る時、本当のしあわせを実感するのである。

慈愛は、心の眼。
欲は、肉の眼である。

■増大するカルマ《因縁》

犯罪を犯し逮捕、服役し、その後釈放された者には、民事に依る損害賠償が課せられるが、保証人である親も賠償金を払わないケースがほとんどである。
これは、恐ろしいカルマを積む事になる。《反省の無い犯罪者の末路は、哀れである》

この世の罪はこの世で反省し、償う方が、何倍も何十倍も楽なのです。
反省せずに逃げ切れたと思う者は、大馬鹿者である。

実例を挙げて紹介したいが、あまりにも生々しく酷いので、書くことは控えます。
言える事は、自身が犯した罪に数十倍の苦しみと苦痛を味わう事になるからです。

そして、加担した親も仲間も、同じカルマを背負う事になるのである。
人間界の考え方では、理不尽と思うかも知れません。
しかし、霊的真理から検証すれば、当然と言えるのです。

私の車には、ドライブレコーダーを搭載してあります。
先日、仕事で運転中、信号待ちをして進行方向の信号が青になった時、心の声が《行くな》と叫んだ。《見通しの悪い交叉点で》

私が一拍待った時、赤信号で交叉点に進入した車と青信号で進行した車が衝突した。
明らかに、赤信号で交叉点に進入した車が悪いのは当たり前である。

しかし、赤信号で進入した車の運転手は、嘘を言うのが昨今では多いのです。

当たり前が、当たり前に通らない時代。
常識が、常識で認知されない世間。

あなたは、どうしますか?
嘘つきの横行する時代。

カルマを積み重ねる者達が増大している事実を、直視する勇気を持って物事に当たらなくては、何時自分が、被害者になるか解らない時代なのです。

子供のカバンに、ボイスレコーダーを忍ばせるくらいの用心が必要な時代なのです。
教師も教育委員会も、自己保身に走り、本質など見て見ぬ振りである。

愛する者を守るのは、あなたしかいないのです。
悲劇が繰り返される前に、防ぐ事も愛なのです。

言った、言わない。
やった、やらない。
あやふやな状況は、嘘つきを繁殖させます。
悲しい時代ですが、それが物質的価値観を選んだ私達全員のカルマでもあるのです。

■何故、混迷するのか?

日本が何故、混迷するのか?
全ては、欧米式物質的価値観に由来するのである。

価値、価値に追われ、心を失い、物質的価値観こそ真理と錯覚して来た我々に、最大の問題があるのである。
心を軽視し、物質に生きた時代はありました。

しかし今、餓死する人は皆無と言える日本に於いて必要なのは、古き良き時代の思想であると、私は考えます。
然るに、今の状況は救い難いものがある。

全てが価値で始まり、全てが価値で判断される世の中を、あなたは正常な状態と考えますか?

正常と考える時、あなたは私とは違う世界の住人である。
中国では、懐妊すると、遺伝子検査をする人が多くいます。
それは、障害を持つ子供を産みたくないから、殺すのである。
この根底にあるのが、物質的価値観である。

正常でないものは、不良品であると云う考え方の表れである。

では何故、魂が宿るか?
考えて下さい。
それも救い、學びなのです。

我々が學びを拒否し、忘れ去る時、人類は亡びます。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-17 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ③

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■犯罪の正当化現象

馬鹿げた話と思われる方は、これから書く事をお読みにならない事をお勧め致します。

何故ならば、次のターゲットは、?かも知れ無いからです。
私は、以前から申し上げております。
犯罪者は、障氣を食べると。
《恐怖、疑問、消失感、嘆き、闇》に伴う氣を障氣と言います。

普通に、これらの気持ちになることはあります。

しかし、物質的価値観に染まり、アメリカ的価値観に基づく時、これらの氣は障氣と成り、犯罪者の標的に成り易い状況を創り、招きます。

私は、提言致します。
本来の、日本人思想を取り戻す時、あなたは必ず救われます。
アメリカ的価値観を持ち続ける時、破滅が私達に襲い掛かります。

私達は、忘れて居ます。
日本の文化と思想を。
欧米には文化はありません。

欧米の根底にあるのは侵略的思想であり、日本文化思想とは相見えないのです。
それを俯瞰して真を求める時、日本の諸天天神は、こぞって救いの手を私達に差し延べます。

全ての鍵は、私達にあるのです。

■或る少女の生涯

私のもとに、一通の手紙が届きました。
その手紙には、末期の病に苦しむ娘さんの事が書かれておりました。

私は、手紙を読んだ後にご両親に電話をし、翌朝伺う事を告げました。

娘さんは18歳。
名古屋の隔離病棟に居られます。
身体は、痩せ細り、飲むことも食べることも出来ない容態です。

しかし、唯一、意識だけはハッキリとしているのです。
逆にそれが、当人を苦しめる事にも成っておりました。

娘さんは、幼い頃は明るく快活な性格で皆に好かれていたそうで、友達も多く、中学卒業まで真面目な女の子でした。
それが、高校生に成り、彼が出来た頃から変わり始め、僅かな期間で変貌して行ったのです。

最後には、麻薬、売春に染まり。
その結末は、麻薬中毒になってしまいました。
最後には、第四の性病に感染し入院。
入院した時には、現代医学では手の施しようが無い病状に成って居たのです。

寝返りをすれば身体中に激痛が走り、排泄をすれば激痛が走る状態でした。
正に、生き地獄であります。
私は、薬師如来の慈悲にお願いを致しました。

すると、医師に呼ばれて行って居たご両親が、帰って来て私に言いました。
『 有り難う御座います』と、深々と頭を下げられました。
『 医師がモルヒネを使うと、言ってくれました』と、涙を流して居られました。

モルヒネは、痛みを緩和するが、意識は、朦朧とし…。

お父さんが、ポッリと言われました。
『 痛みの中で苦しむ娘を見ることは、我が身が切り刻まれる依り苦しい』

それから数日後、娘さんは亡くなりました。
お父さんは、娘さんの遺体に向かい一言。

『 これで楽に成ったね』
涙が溢れておりました。

母の愛は海よりも深く、父の愛は山よりも高い。

葬儀は私が導師を勤めさせて頂き、引導を渡しました。

葬儀の間、娘さんはご両親に詫びて居ります《霊体》
私は、これ以上娑婆に置くのは良く無いと判断し、〇〇家の御先祖を召喚し、遺体を荼毘に伏すと同時に帰幽させました。

この出来事は、正に物質的価値観が生んだ悲劇であり、憂うものがあります。
この世《現界》だけを信じ、《霊界》を軽んじた結果、物質的価値観に翻弄され、真の生き方を見失う結果に成るのです。

私の話を信じるかどうかは、皆様の判断にお任せ致します。
キチガイ坊主と嘲笑いたい方はどうぞ、お笑い下さい。

但し、笑い終わった後には、一度真剣に物質的価値観とは何か? をお考え下さい。

■邪法

古来より、正法と邪法は対峙して参りました。

仏教の世界でも、自宗以外の法を邪法と罵り、《現代の宗教団体では、続いて居る》本質を忘れた低俗な争いが観られます。
が、今日はそんな事はさて置き、私が世界で観て来た黒魔術について考察しようと思います。

世界には、恐ろしい黒魔術が存在するのも事実です。
韓国にも、中国にも、欧米にも存在します。

特徴は、呪う対象に容赦無いところです。《手段を選びません》
法律に触れなければ全て良し的な思想があります。

その容赦無い思想は、犯罪にも投影されて居る様に皆さんにもお判りの筈です。

死人帰り、ゾンビ。
略奪、悪魔契約。
呪い殺す、毒薬の法、蠱毒。
数え挙げれば、きりが無いほどである。
しかし、未だに続いて居るのも事実です。

この行為の根底にあるのが、全て自己中心主義であり、物質的価値観《物質中心主義》なのである。
現在、日本も例外ではありません。

様々な怨みを晴らす目的で、黒魔術が行われています。

ある人は、怨みの念から体調を崩し、ある人は、家庭崩壊。
ある人は、言われ無き誹謗中傷に苦しめられ、私の寺にお出でに成られます。

私は、それらを一つ一つ紐解き、解決に向けますが、昨今の多さには驚きを隠せません。
正しくは、どんな黒魔術でも言える事ですが、最後には自分に返って来ます。

例え、お金を払って依頼しても、最後は自分に返って来ます‼️
一番、割に合わない行為が黒魔術なのである。
それを承知でするならば、私は止めません。

ご自由にどうぞ、お続け下さい。

必ず、後悔の日が否応なしに訪れます。

黒い穴は二つあります。

それを逃れる事は、出来ないのです。
しかし、密教には、唯一つ救済の道が存在します。
其れは《模倣を避ける為、伏せ置きます》秘法の一つで、贖罪の法《仮名》である。

しかし、確実に許される法は、正しく生きる事が最高の事であり、開運の道でもあるのです。

■メッセージ

私達は、様々な形でメッセージを受け取って居ます。

しかし、受け取り方の間違いに氣づかず、誤った解釈をして行き詰まりを経験して参ります。

中でも、その最たる例が男女間の問題である。
男女が互いに求め合い結ばれる事を結婚に置き換えれて考えれば、解り易いと考えます。

結婚は、互いに學び合いなのである。 
金、金に執着する夫婦は、金により様々な學びを繰り返し、金に苦しみ、其処から貧困をも學ぶ事になります。

夫婦は、互いに學び合うパートナーである。
良きにつけ、悪しきにつけ、お互いに學び合うのである。
其れを理解出来ずに、互いに主張を繰り返す時、其処にあるのは不和という現実が発生します。

広義で言えば、人間関係そのものが學びと言えます。
また、狭義で言えば、夫婦関係は最良のパートナーを見いだしたと言えます。
共に學び、共に成長する時、本当の目的は達成されたとも言えるのではないでしょうか。

素晴らしいパートナーを獲得するのも、人生の目的なのです。
物質的価値観からは、本当のパートナーを見つける事も難しいのです。
愛するがゆえに許し合い、和合し學び合う時、あなたは最良のパートナーに巡り会えると考えます。

■犯罪

昨今、眼を耳を疑う様な犯罪が頻発して居るが、此の現象は、正に魂の劣化としか思えない鬼畜の所業である。

罪もない人が傷付けられ、殺害される。
犯人は捕らえられても、心身耗弱だの責任能力の有無などが取り沙汰され、
被害者の無念さは、余り表面には語られて居ない様に思われる。

それは何故か?
日本では、心霊科学自体が本気で研究されて居ないからである。

それから、詐欺の横行も心霊科学で言えば、餓鬼の仕業である。
人からお金を集め、実現不可能な事をさも出来るが如く語り《旅行を斡旋》出来なくなれば破産する。
許される事ではない。数え上げればきりがないほどの犯罪の横行は、魂の劣化としか思えないほどである。

人間は死んだら終わり。の思想が原因の一つであり、これを指して物質的価値観と云うのである。
真剣に學ぶことは容易ではないかも知れ無いが、現状が続けば近い将来は、推して知るべしと成るであろう。

■死に逃げ

何故、犯罪者が自殺するか?
それは、死ねばこの世の罪から逃げられると考えたからであるのです。
確かに逃げられるが、次に待って居る世界を、彼らは知らない。

殺せば殺され。
盗めば盗まれ。
騙せば騙され。
傷つければ傷つけられる。

これは法則であり、摂理なのです。
逃げても逃げられない、永遠のカルマである。

死んだら終わりと考えている人は、これから書く事を観ない事をお勧めします。
死んだら終わりなら、嫌ならリセットすれば良いの考えに至る。
それは、正に物質的価値観の表れであり、全てが金と物質の思想で形成されて居る。
この思想の持ち主には金が全てであり、金が減ることを極端に嫌う傾向がある。

これから話す事は、事実です。

ある夫婦の出来事
彼女は、お金のある男性を選び、結婚しました。

半年が過ぎたある日。
ある事で大金《数十万円》が必要に成った事を、主人に説明しました。

しかし主人は、結婚すれば二人で働いて預金が増えると思っていたのに、逆に、預金が減るなら離婚したいと。
彼女は、うな垂れた。
正に、彼は金の亡者である。
家庭に金を使わず、預金を増やしたいだけの結婚だったのです。
正に、物質的価値観の典型的な例である。

自分が良ければ良い。
これも、物質的価値観から生まれる利己主義である。
犯罪も同じである。
物質的価値観が産む弊害である。

霊界からの警告はありました。
これ以上の事はここでは書けない内容なので、この続きは私塾密教塾で解説致します。

■報恩謝徳

恩に報いることに依って様々な謝徳を得ると云う事は、古来依り受け継がれて来た美徳であります。

例えば、自分は御返しが頂きたくてやった事では無いのに、考えもしなかった出来事で幸せな生活を得る事が出来た。
これは、正に報恩謝徳である。

私達は、ともすれば見返りを望んでしまいますが、我が子に対して見返りを求めますか?
そう見返りを求める事は無いでしょう。
正に無償の愛があるからです。

見返りを求めて行う行為は傲慢であり、物質的価値観と言わざるを得を得ません。
結果を求めず、結果を追わず、常に感謝し生きる人は幸いである。
その逆に、こうして、ああしてやったのにと考える時、其処には安心どころか不幸の種が芽生えて居るのである。

一度、幸の種が芽生えて仕舞えば、尋常一様な事では刈り取ることは出来ないのが現実なのです。
この世《現界》に生を成し、學びに意欲を燃やして居た時の自分を思い出すことは容易です。
自分が詰まらない小我を棄て本来の自分に戻り、素直な心で自身を認める時、報恩謝徳の意味を理解出来るのである。

■魂の記憶《思い癖》

私達の本当の実態は、霊的存在にあります。
言わば、肉体は衣類と同じであり、仮の姿なのです。
欲望も肉体の要求であり、実態では無いのです。

私達の本来の姿は、霊魂なのです。

この真実を知るか知らないでは、人生に大きな影響を及ぼす可能性が高いのです。
知らないから物質的価値観に堕ち入り、人生を違った方向に進んでしまうのです。

自身の魂の記憶を辿る時、本来の目的がはっきりと見えて来ます。
思い癖も解消し、豊かな人生を歩んで行けるのです。

あなたは、様々な事を経験する旅《肉体が無ければ出来ない経験》の代表選手である事に気付く時、あなたの人生は、確実に良い方向に転換出来るのである。

進みましょう。
自分の人生は自分で開拓し、良い方向に向けるのです。
他人任せの人生は、あなたの人生ではありません。


独立独歩。
正しく生きるか?
選択は、全てあなたがするのだから。


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by kongousan-akafudo | 2018-08-16 12:00 | └私たちの暮らし

物質的価値観に関する密教ブログ②

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■心の行き違い

今、様々な事象に、苦悩する方々が急増して居ります。

男女関係の縺れ、仕事場での人間関係。
夫婦間の縺れ、家族間の断絶。
学校での人間関係、と様々に、悩み、苦しむ方々が急増して居る。

一番の原因は、心の行き違いが要因と成り、発生して居るのが現状です。
では、何故、心の行き違いが起こるのか?

一言で表せば、心の底にある物質的価値観の台頭にあるのです。
損得に始まり、損得に終始するとき、そこにあるのは、全て物質的価値観に翻弄された人間の姿なのです。

私は、常々申し上げて居る様に、物質的価値観は最終的には自身をも滅ぼす思想なのです。

簡単に言えば、あのアイドル殺傷事件の犯人の考え方は、正に物質的価値観に溺れた結末であります。
自分勝手に思い込んで犯行に及ぶ。
相手の気持ちなど、全く意に返さず、ただ、自身の不満を一方的に行使する。

これこそ、物質的価値観そのものである。

心ある方々は、この現象に氣づいて、頂きたい。
物質的価値観の本質は、単に物質の授受にあるのでは無い。

心をも物質化し、錯覚する時、そこにあるのは、心を失い物質的価値観に溺れた、餓鬼の姿ではないだろうか。

■平和の尊さ

平和は私達一人一人が築くものであり、与えられるものでは無いと考えます。

今、一番考えなくてはならない事は、平和を維持する事。
平和とは何かを考え、行動する時では無いでしょうか。


当たり前な事など何も無い。

努力と理解、無しには何事も継続する事など無い事を知り、まずは自分に出来る事をやる。

今の日本は平和です。
しかし、今から七十一年前《終戦》、事実上の戦争は終結しましたが、

その瞬間から、一般国民は新たな苦しみを抱えねばならなかった事を知る人は少ない。

①家族を戦火で失った苦しみ。

②就労先が無く餓死して行った人達。
③親を戦争で亡くした子供達がある子は餓死し、ある子は病に倒れ遺体は野ざらし状態。
④徴兵が終わり帰国した兵が家に帰っても、家は焼け野原、家族の安否もわからないまま数十年。
⑤生きる為に女性は身体を売り、蔑まれ性病に命を落とし。

まだまだ悲惨な現実を私は知っているが、痛ましくてこれ以上羅列する事が出来ない。

昭和二十年代〜四十年代の日本変貌は、凄まじかった。

最早戦後では無いと言い、景気に酔った。

しかし、貧富の差は様々な悲劇ももたらした。

私達は忘れてはいけない。

物質的価値観は、自ら地獄を招く引き金に成ります。
學ぶ事を忘れずに、自身の魂と向き合い磨く時、あなたには解ります。
平和とは何かが。

■時代のメッセージ

毎日報道される、事件事故は、私達が自分に落とし込み、考え無くてはいけないメッセージなのです。

他人事ではありません。
何時、私達に襲い掛かって来てもおかしく無い。

事件事故、それを未然に防ぐ事は、現状では難しいのです。

但し、回避することは可能で御座います。
回避するには、最低限、以下の事が必要不可欠と考えます。

先ず、物質的価値観を改め、心を學ぶこと。
そして、霊的真理を真摯に學び、魂の向上を図る事。

生きる喜びと、生かされていることへの感謝が必要なのです。
細かな事を、此処で書くことは出来ません。

しかし、全ては法則の中のあるのです。

法則を理解し、実践することは、自身を活かし他を活かすことに繋がるのです。
全ては偶然では無く、必然に始まり、必然的に結果を産み出します。

必然を學ぶのも、法則を理解する上では大切な事なのです。

経典を引用すれば、法華経の言わんとするところは、正に原因結果であり、原因結果論、法則そのものなのです。
結果的に言えば、しあわせへの道は法則にあるとも言えるのである。

森羅万象、法則無しには成り立たないのです。

■心の声《魂の声》

魂の声を聴く事は、自分を見つめることに繫がります。
人間は誰しも、自身を割引いて考え様とし、誤り、後悔を打ち消し、やがて聴く事を忘れます。

私達は、本来、霊的存在です。
聴く耳を持てば、誰でも聴けます。

しかし、長年閉ざして来た事に依り、聴き方を忘れてしまって居るのです。

私達は現界に生を受け、二才か、三才までは霊的能力を有して居るのです。

やがて自我に目覚め、肉体優先に変わる時、霊的能力を忘れます。
そして、現在に至るまで、様々な経験と人間関係の中で葛藤し、氣づいた時には物質的価値観の渦の中で喘いで居るのです。

心の声は、今、あなたに教えて居ます。
このままでは、本来の目的から大きく離れ見失うと、私は助言します。

一日も早く、自身の中にある神我に目覚め、本来の自分に立ち戻って下さい。

■猟奇的事件

猟奇的事件が昨今、多発して居る。

何故、人間が其処まで猟奇的になれるのか?それは、理性の低下が原因である。

では、何故、理性が低下して居るのか、考える必要があります。
腹が立ち犯行に及んだ、心神耗弱状態にあった、などなど。

しかし何故そう成ったのか、理由は様々で有ろうが何故、犯行まで犯してしまうのか、其処には、反省は、無い。
自分本意、自分勝手な性格は、何処から来るのか?
面倒な事には関わりたく無いのは、誰しも同じだが、もし自分の家族が、自分が、巻き込まれ無いと言う保証など無い。

しかし犯罪の裏側を観る事である程度の防衛は、可能です。
昔、よく言われて居た言葉に《他人事では無い、ひとごとではない》其処には様々な意味合いが含まれて居ると私は考えます。
自分の身に置き換え、考えられる知性、理性があります。
自分だけがの思想の発端は、アメリカが日本に持ち込んだ、物質至上主義であり、物質的価値観の蔓延である。

上記を俯瞰し見つめ直す時、あなたには、お解りのはずです。

■詐欺師の横行

平和と便利の影に潜む罠、先日、逮捕された詐欺師は、23歳の若者が三人、
サイト詐欺に落ちた被害者を救済すると見せかけて、お金を騙し摂る手口は、巧妙である。

私は、常々思うが悪い事に頭を使う依りも、これだけの知能が働くのならば、良い事に真剣に取り組めば、凄い成果を上げられたで在ろうに、
魂の劣化か、人間性の欠如か?

これは全て、物質的価値観に身も心も蝕まれた証拠である。
こんな人間は、刑務所を出所してもまた繰り返し悪事を働くで在ろう。

何故か?反省をせず服役中に様々な詐欺の手口を考えて居るからである。
では、何故、断言出来るのか?

金である。
物質的価値観は、全て金の亡者を生み出す思想の固まりだからである。
北朝鮮、アメリカ大統領が良い見本である。

自国の利益イコール、自身の利益主義から発している事は、皆さんもご存知のはずである。
日本も例外では無い。私が語らずとも、皆さんがお分かりのはずである。
但しこの現象が最終的に何を生み出すか誰も考え様としないのが現状である。

私は、微力であるが、せめて學びを求めて来る方々には、真剣に現状を把握し、物質的価値観の愚かさを感じて頂く為にも、
學舎の創設を急がなくては、成らないと考えています。

■土地の因縁

土地には、様々な因縁が存在します。
これは、ごく身近に起こり得る事であるのです。

『 私は、大丈夫 』的な事は、通用しない実例である。

A氏は、所有するマンションを売却し、新たなマンションを購入した事から、不可解な出来事に悩む事になりました。
それは、A氏が新しいマンションに入居した日から起こりました。

誰も居ない台所から鍋が落下。
その音に驚いた奥さんが台所に行って見たが、何も無い!

その後、連続して、毎日同じ時刻に音がするのである。
また、台所以外の場所でも、様々な不可思議な事が頻発しました。

最後には、夫婦の寝室にもそれは起こった。《人影》
たまりかねたA氏が寺や霊能者に依頼して祈祷をして貰ったが、その現象は止む事は無いばかりか、益々激しさを増したのです。

たまりかねたA氏は、友人を介し、私の寺に相談に来られました。
私は事情を聴き、A氏のマンションに行く事にしました。

数日後、A氏が迎えに来られ、私はマンションに向かいました。
マンションに到着した瞬間、強い波動を感じました。

しかし、敢えてA氏には告げて居無い。
A氏所有の〇〇号室に入って霊査するも、予想通りだった。
戦争の犠牲者を荼毘に付した土地だったのである。
《荼毘とは、火葬する事》

しかし、戦争の混乱の中での荼毘は、《火葬》とは、呼べないほど惨い扱いであり《人間の焚き火》供養などとは程遠いありさまである。

何度も何度も同じ場所で、遺骨を拾うこともせずに、繰り返し続けられたのです。
そして、終戦、混乱。

人々は、自身が食べ生きる事に必死でした。
何時の日か、全ての事実は消えて行ったのである。

戦後七十年が経ち、現在、その事実を知る者は居無い。
荼毘の現実は知っている人も居るが、土地の場所まで克明に覚えて居る人は居無いのである。

その他にも、斬首場、腑分け場、晒し首場、刑場跡を、知る者は居無い?
しかし、確実に言えることは、その土地が存在する事実は曲げられ無いのである。

A氏に、私は言った。
『 一日も早く、このマンションから出なさい。』

そして、この問題はA氏だけでは収まらなかった。
同じマンションの住人にも、起こって居たのです。

マンションは敷地面積も広く、土地の履歴を調べる事が困難です。
そのうえ営利目的の為に、徹底したコスト削減から、ほとんど地鎮祭や浄化祈祷は行われ無いのが現状です。

そして購入者も、利便性と集合住宅である事から、あまり土地については関心が無い様です。

A氏のマンションで起こった霊事では、現在住人のほとんどが退去して居る。
そして、売却したくても、買い手が見つからずに困っております。

しかし、この物件を浄化して因縁霊を成仏させるには、大変な人数の法力僧が必要なのです。
私ひとりの力ではどうしようも無いのが現状である。

では何故、そこまで悪化したか?
まだ更地なら、打つ手は合ったのです。
しかし、建物は集合体。

一部屋一部屋を、同時に祈祷浄化する事は不可能である。

皆さんも、考えて頂きたい。

説得する相手が複数人居て、聞き分けの良い人もいれば、言う事を聞かない人も居る。
中には、凶悪の者も居る。
そんな状況の中で、一人や二人の説得者《法力僧》が法を修しても、効果は望めません。


また、数がいれば良いと言う事ではありません。
本当に力のある法力僧を探すだけでも、至難の技なのです。

それだけ、現在の状況は物質的価値観が蔓延し、本物の法力僧が少なくなってしまったのです。
本山と言われる所では、勢力図と他を認めない風潮があり、在家から出家しても、夢破れ去る人が後を絶ちません。

また、昔のように修行に命を懸け、挑むことも無く成りました。
地鎮祭は大切な礼法であり、軽視すれば、結果は上記のように、悲惨な状況になるケースが少なくありません。

■生きる目的

人は、それぞれに生きる目的を持って、生まれて来たのです。

しかし、やがて世俗の垢にまみれ本来の目的から逸脱し、
ある者は物質的価値観に身を委ね、ある者は、真理を求め探求の山に登る。

人の一生とは、長い坂をある時は上り、ある時は下り、やがて自身の生きる目的に氣づくのです。

大切なのは、自身の目的に氣づいた時、素直に自身を認め、學ぶ事である。

諸行無常、形あるものは、何時かは滅し、永遠に残る物など無いと知り
、自らを律し、真理を學ぶ時、光明が照らされ、自身の道に氣づきます。

人間は、長短の違いは、あれど何時かは帰幽する日が訪れます。

その時に、自身に恥じぬ生き方こそ、後悔し無い生き方では、無いでしょうか。


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