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院主 永作優三輝 経歴

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大阿闍梨 永作優三輝

1953年12月 22日 東京都浅草出身。

道場を経営する両親の元、8人兄弟の末っ子に生まれる。


幼少期より劍術、骨法、空手、杖術、暗器を學び始める。

17歳で空手のインストラクターとして単身渡米。

20歳のとき両親が相次いで他界し、その菩提を弔うために出家。


数十年前に霊示を受けて愛知県の山奥にある滝行場に導かれる。

そこで、滝行場の護り本尊である不動明王尊を修復したことが縁で、赤不動明王院を建立する。



金剛山赤不動明王院建立までの道程

赤不動院の成り立ちについてお話致します。
今から数十年前のこと。
拙僧は霊示受け、愛知県の山奥にある滝行場に導かれました。
その滝行場の護り本尊が、赤不動明王尊であります。

御本尊さまとのご縁は、不動明王尊を修復した時より始まりました。

その日は、啓示を頼りに愛知県の山奥に私はおりました。

辿り着いたのは山寺…

しかし、私が啓示を受けたのは滝行場の中にある不動明王尊。
寺にご挨拶をした後、自分の想い違いと考え、帰路に着こうとしました。

すると、私に啓示をくださった声が聞こえます。
「待ちかねた…迎えに来い」

声を頼りに山奥へ入り、獣道を行くと、水が激しく堕ちる音…
まさしく滝…それも凄い水量であります。

私が滝壺近くの大石の上で護摩祈祷を始めた時…またあの声が聞こえて来ましたた…
「待ちかねた…迎えに来い」

その声に導かれて滝の中腹に登った時、倒れかけた石像を見て驚きました。
不動明王尊であります。

高さは、2メートルくらい。
私1人の力では、到底無理かもしれません。
しかし、倒れかけた石像をそのままにはできない。

辺りを見回し、使えそうな物を拾って梃子の原理で石像を元の状態に戻す事に成功しました。

急ぎ山を降り、町の店でセメントを大量に購入。
石像の近くまで店軽トラで私とセメントと砂を運んで頂きました。
そこから、いよいよ石像の土台を作る修復作業を開始です。

その夜は、石像の近くで野宿。
翌日も夜明けから作業開始。
その夜も野宿。

しかし心の中は、明るかった。
なぜならば、不動明王尊と一緒であるから。
とても楽しい夜を過ごしました。

翌日は修復後の掃除を終えて、滝で身を清めてから読経を始めました。

読経も終わり、家路に着こうとした時…
「汝と参る…」
またしてもその声が聞こえました。

私の不動明王信仰は、この時から長く険しい道を歩む事になるのです。
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by kongousan-akafudo | 2018-01-01 10:00 | 院主 永作優三輝 経歴