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カテゴリ:├人間関係について( 7 )

同調現象に関する密教ブログ

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同調現象

ごく稀に見受けられるのが同調現象である。

これを感受するのは、1万人に1人位の比率である。

事例①母と娘が、同じ所を同じ様な痛みや怪我に襲われたり、別の場所に居るのに、同じ時間に同じものを食べて居たりと、様々に同調する事がある。

事例②これは深刻である。
面識の無い死人の苦しみに身体が反応し同じ痛み、苦しみを共有する現象である。
《上記の場合は然るべき機関に相談が必要である、要注意》

事例③自殺霊に同調して引き込まれ、自殺をしてしまいそうに成る。
此れも要注意《報告例もある》

事例④様々な場所で感受し、気分が一変する。
此れも要注意である。


上記の様な例は1万人に1人位だが、自身に当てはまる場合は注意が必要です。

不思議ちゃんに成らず、科学的知識を養い、理性的に考え學ぶ時、大部分は回避できるので、あまり神経質に成る必要は無い。

美しいものを愛し《花や美術》理性的に思考する事は、自身のしあわせにも繋がります。

その逆に、誹謗中傷やイジメを好むものは、様々な現象を味わう事に成るので覚悟が必要である。


正心に生き、美しいものを愛する人には、今は苦しくとも必ず光明が差して来ます。

快癒

人間は生身。怪我もすれば、病気も患います。


しかし辛いのは御本人、そして家族の心配はいかばかりか。
ましてや癌に冒されたとなれば、抗癌剤投与に癌の除去手術。
大変な心労とお金と看病。
本人と家族は、まさに苦の真っ只中であります。

医師を信じて動くしか無い状況に、人はある種の焦りを感じます。
しかし、何も出来無いのが現実です。

此処でごく最近の実話を紹介しましょう。
《注、御本人の承諾を頂き書いています》

親孝行で信仰心の深いAさんは、お母様と一緒に病院に行きました。
《お母様は以前、肺癌を患い片方の肺を摘出して居るので検診》

そこで衝撃の事実が明らかに。
癌である。
検査を繰り返したが、病巣が大き過ぎて手術不可能と医師から告げられた。

医師は一つだけ方法があると云う。

抗癌剤を4回続けて投与し、癌を縮小出来れば手術は可能。

だが、1回の抗癌剤治療でも大変なのに、4回の抗癌剤治療に耐えられるか?
正に決死の覚悟である。

その日から、癌と親子の闘いが始まった。

抗癌剤の副作用に苦しむ母に、少しでも体力を付けさせる為に奮闘する娘。
彼女は仕事をしながら、寝る間も惜しんで奮闘した。

母と二人暮しの家庭。
母を看病出来るのは彼女しかいない。
彼女は愚痴一つ言わず頑張った。


そして見事に、4回の抗癌剤治療を親子で乗り切ったのです。

実は、彼女には強い信仰心がありました。
多年にわたり信仰を継続しているのです。

彼女は祈った。

『我が身に変えて母を助け給え』

朝な夕な、看病の合間に一心込めて御本尊荼枳尼天尊に祈った。


そして、手術の前夜にお印が降りた。
《何が降りたかはご想像にお任せします》

私は彼女の問いに、お印の意味を教えた。

そして手術、緊迫の刻。
お母様は手術室に入り、娘は祈った。


やがて手術は終了し、医師に手術の結果を聞く《成功です》
手術後の経過を見て退院の日を決めましょう。

2日目から、お母様は食欲を見せた。
驚異的な回復力は継続し、明日退院である。

医師も、高齢者の回復力としては信じがたい速度だと喜んでいる。
正に、お計らいの力が働いたのである。
母を想う娘の心が通じた実例である。


同調現象

今年も大型連休が始まりました。
私が危惧するのは、同調現象に依る憑依や引き込まれです。

簡単に言えば、怒りには怒りが同調し増幅します。
人が増えれば、普段姿を見せない者も徘徊を開始します。
そんな時は、とりわけ理性と智性が試されます。

私が一番氣が休まる時は、花を眺めて居る時であります。
其処に飲み物が加われば、まさに至高の時。

事件、事故が増えるのは、様々な人が一気に溢れる時が多い、と私は考えます。

其処に同調現象が加われば、かなりの確率で発生するでしょう。
では、どうすれば同調現象を回避出来るか?

馬鹿は相手にしない、という理性的対応です。
また、自分で対応せず警察に連絡しましょう。
霊的対応は、素人には難しいので此処では言及しませんが、密教塾では語って参ります。
決して、面白半分で霊的施設やスポットには近寄らない事をお勧めします。

心静かに身体を休め、英気を養う事が心の栄養に繋がります。

スリルを求める行動は、危険を求めるのと大差無いと知る事です。
言わば、同調現象とは気持ちの連鎖。

同調しないようにするには、アホは相手にせず、先に行きたければ、アホを先に行かせて相手にしない事です。


by kongousan-akafudo | 2019-04-04 12:00 | ├人間関係について

パワハラに関する密教ブログ

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今日は社会的問題になって久しい「パワーハラスメント」について書かれたブログ記事を特集致します。
言わないだけで、あなたの身近にいる大切な人も、密かに心を痛め、病んでいるかもしれません。
問題意識を持ち、自分事として考える機会にしてみて頂ければ幸いです。

いま一人で苦しんでいるあなた。
思い詰めてしまう前に、赤不動明王院へご相談下さい。
あなたが背負ったしまった苦しみは、ご自身ではうまく荷下ろし出来なくなっているから苦しいのかもしれません。
家族や友人に心配をかけたくないから黙っているのなら、知り合いではない私たちがお力になります。


立場を利用した暴力

昨今、此の手のパワーハラスメントが、後を絶たないのは、何故か?
会社の上司のパワハラ!
様々な場所でのパワハラ!

私の寺には、パワハラに苦しむ人の相談が、後を絶たない。
特に酷いのが、男女問わず、職場でのパワハラである。

生活の為に働かざるを得ないのは皆同等だが、昨今、立場を利用した暴力、パワハラが、異常なほど急増して居る。

一例を挙げさせて頂きます。

私の寺に、一人の女性が相談に訪れました。
話しを聞いてみると、会社の上司に依るパワハラ《イジメ》問題である。

彼女は、母子二人で生きる為に、事務職で朝早くから夜遅くまで働く、真面目な方である。
しかし、会社の支店長に、事あるごとに威圧的な態度を取られ、精神的に参ってしまい、私の寺にやって来たのです。

私は霊視し、事の真意を確かめ、結論を出しました。
引きなさいと《退職》

何故か?
彼女が、その会社にいれば、命の危険があるのです。
それは、会社の支店長が原因で彼女は病いに倒れ、悲惨な結末が私には視えたのである。

私は、強く退職を勧めました。
引くことも、勇気であると。

その後、彼女は良い男性と結ばれ、今は人生を満喫して居る。

世に、某会社の支店長の様な人はたくさん居るが、氣をつけるが良い。
自身が落としめた事象は、己れに三倍から十倍に成り、まるでブーメランのように襲い掛かって来る。

その日が、来るのは、速い。

人間関係

昨今の人間関係は正に希薄であり、殺伐としている様に私には感じられますが、皆さんはどう感じておられますか?
他人を目の敵の如く、失敗を上げへつらい、またはパワハラと言った様な下品な行為は、正に畜生道に堕ちた亡者の所業である。

そして極め付けは、餓鬼道に堕ちたが如く欲しがり、金の魔力に自身を見失う現象が見受けられるのも事実である。
そして、自身の能力低下をも予見していながら自動車を運転し、罪も無い人を犠牲にし、家族をも地獄に巻き込む老人ドライバーは、學んだ人間の取る行為ではない。
自身を律する事も、學びです。

私も運転しますが、自らの運転が危ういと《自他》が思う時は、潔く免許証は返納します。
クルマは一歩間違えば凶器であり、戦車にも成り得るのであるのです。

若い者もその点は、同じです。
酒を飲み運転する事は犯罪であり、大馬鹿者である。
それから、薬物《違法ドラック、麻薬》の使用は、人間失格の極みである。

批判

批判を繰り返す者を恐れる必要などありません。

批判は、傲慢の表れである。批判を繰り返す者に真実は無い。
あなたが傷つく必要も逃げ出す必要も無いのです。
批判を繰り返す者は、自分が批判される事を一番、恐れるから他を批判し、自らの愚かさを隠蔽して居るに過ぎ無いのです。

逃げるから追う畜生と同じである。イジメ、セクハラ、パワハラ、誹謗中傷、
様々な畜生道が未だ消え無い現実の根底にあるのは傲慢と無恥である。
私は、武力が良いとは、云わないが必要な時もあると考えます。

以下は事例である。

私は以前、横浜で古武術の道場を開いて居た。此れはその時の話である。
私の道場にある親御さんが訪ねて来た。
子供がイジメに合って不登校になり悩んだ末に、僧侶でもあり古武術の道場主である私に相談をされました。

私は子供と話しました《小学生の少女》
イジメの内容は、容姿に始まり、汚い、バイキン、物隠し、暴力と酷く成って来ました。
私は道場に来ることを勧め少女も興味を持ち、練習に励み半年後には、同年代の男の子にも勝つ様になりました。

そして、少女は、学校に通学する様に成り、
噂を聴いたり道場での少女の活躍を見た子供達は、以後少女にイジメをする事は、無かった。

少女は今、三十路で二児の母であり、私の仏弟子でもある。

努力して打ち勝つ事は、暴力では無い。
言葉の暴力は、卑怯であるから、弱い者を狙うのである。

武と論理、理性を兼ね備えた時、恐れは、消え安心立命に學び、活きる、活かすを知る事であろう。

信仰の輪

今年も大勢の方々が、信仰の輪に加わって頂きました。

御本尊赤不動明王尊を信仰し、密教塾で學びを深め、家庭円満、身体健全、学業成就と様々に御本尊様のお計らいを賜わった方々が信仰を益々深められて行く姿を見るたびに、正に、報恩感謝、御本尊様に礼拝の毎日であります。

年末年始は、皆様の幸せを願って大法を修します。
また来年は、多難な年と成るでしょう。

しかし、正しい信仰心さえ内にあれば恐れる必要などありません。
難を學びに変え、経験を感動に転換することが人間として生まれて来た本当の目的なのです。

眼の前の金銭に翻弄されて本当の意味を忘却する時、人は生きる意味を失います。
そうならない為に學ぶのです。

私の様な爺いに教わりたく無いと思う方は、自分一人でも學べます。
學びの基本は簡単です。

向学心の有無だけなのです。

他人の噂をしたり、誹謗中傷、パワハラ、セクハラなど愚劣な行為をして居る者に、向学心の芽生えは無い。

何故か。
真剣に學びに向き合う時、そんなくだらない事を考える事すら無駄と氣づくからである。
イジメなどは、落ちこぼれの捻くれ者の恥行為です。
来年はもっと多くの方々が、學びの道を歩まれる事をご祈念申し上げます。

光と影

世界で一番、強固な金庫を作る人がいますがその金庫を開ける人も存在します。

どんなに自身がうまく隠れたつもりでも、探し出すプロに掛かれば簡単に探し出されてしまいます。

人間は正直に生きる時、逃げる必要も無ければ、戦々恐々とする必要もない。
今、一番強いのは「正直」である。
正直であれば、何も恐れる必要もありません!!

今、イジメやセクハラ、誹謗中傷に悩む方々は、来たれ。
私の旧友、弟子で組織した調査機関があります。
《各界のエキスパート、コンピュータ、法律、武術家、様々な専門家で組織しました。》

運営資金は、私の私財で賄って参ります。
ご安心ください。皆さんには、運営費の協力は求めません!!

私は、以上の事柄で自殺する人や、理不尽に泣く方々を救いたい一念しかありません。
一人で悩まず、一人で泣かないで下さい。
私は、餓鬼は全力で倒しますが、助けを必要とされて居る方々の為には道具と成ります。

上記の事柄についての相談は、メールにてお申込みをお受けします。
《お名前(フルネーム)、ご住所、電話番号、生年月日を必ずお書き添えください》

但し、嘘偽りの類は、報いがあることをご承知の上でお申込み下さい。







by kongousan-akafudo | 2019-03-26 12:00 | ├人間関係について

嘘に関する密教ブログ②

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虚偽

今年に入ってから、虚偽、嘘、偽りのオンパレードである。
自分が犯した罪を免れようと、嘘八百を並べる者達の多さに辟易している。

今、巷には、厚顔無恥な輩、無知蒙昧な輩、が堂々と、自己の権利を主張し、真面目で優しい人々を苦しめているのです。

警察は、事件が発生しなければ、動く事は、無い。
所詮、サラリーマン警察である。
では、何故?上記のような事が、日常茶飯事の様に、繰り返されるのか?
それは、《捕まら無ければ大丈夫。》と言った、安直な考え方が、万延しているからである。

しかし、霊的観点から言えば、愚か極まり無い事であるのです。
この世の罪は、逃れても、必ず、罪は、償わなくてはならない法則がある事を、誰も知らないようである。
そして、死ぬまでに償う事もあるが、その場合、やって来た事の、何十倍も苦しまねばならないのです。

その原理原則を知っていれば、とても恐ろしく、上記のような事は、出来ないのが本当である。
また、知らないからやる。遣れる愚考でもあるが、早く気づかなければ、とんでもない事が、降りかかるのである。

正に、霊的法則には、無駄も無ければ、狂いも無い。
人間が作り上げた、スーパーコンピュータを遥かに超える性能です。

これを読んで、心あたりのある方は、一刻も早く改める事をお勧め致します。

簡単な事です。悪い事を辞め、反省し、謝罪する。
子供たちでも、分かる答えである。
それが出来無ければ、やがて来る末路を怯えながら生きるだけである。
霊的法則から逃げる事は、誰にも出来ないのだから。

無頼漢

昨今、ニュースを見ていて、日本中に無頼漢が溢れて居る様に思います。

煽り運転に依る暴力行為、引ったくり強盗、オヤジ狩りと称する集団強盗、殺人事件…。
上げればキリが無いほどである。

警察は、呼べば来ると言うが、暴漢に「今、警察を呼ぶから待ってくれ」と言って、暴漢が待ちますか?
金を渡しても、その後には、証拠隠滅の為にどんな暴挙に出るか解りません。

私は以前、暴力行為に合って居る人を助けて、駆けつけた警察官に手錠を掛けられた経験があります。

私は素手、相手は複数。
二分くらいで倒しましたが、勘違いした警察官に私は手錠を掛けられました。

数時間後、病院で手当てを受けた被害者の方が証言してくれたので、加害者達は逮捕されました。
しかが、理不尽な話である。

この時、もし被害者の方が亡くなって居たら、暴漢の嘘の証言で私は刑務所に入る事になって居ただろう。
馬鹿げた話である。

しかしこれが現状なのです!

つい1年前などは、にらみ倒し事件がありました。

相手が訳の分からない事を言って私に向かって来たので、やめなさいと一喝したところ、相手は倒れ、軽い怪我をしました。
その時も、警察官により手錠を掛けられました。
しかし目撃者の方の証言ですぐ釈放され、事無きを得ました。

私が考えるに、最早、日本の安全神話は過去の伝説である。

私は若い頃、単身アメリカに渡り様々な経験を積みました。
日本は最早アメリカと同じ。

自分の身は自分で守る時代では無いだろうか。

降霊と霊視

私は、今迄に幾多の降霊の現場を経験して参りました。
今日は、その経験からお話し致します。

普通、降霊の現場では、主と成るのが霊媒と審神者、見届け人の三者が主と成り、依頼主の降霊を行います。

①霊媒とは、自身の身体に霊を憑依させます《身体を憑依霊に貸す》
自身の魂を縮め片隅の置き、憑依霊に自身の声帯を使わせるのである。

②審神者は、霊能者が担当する事が多い。言わば聞き役である。
但し、古語や様々な知識を有して居なければならない!
何故か?基本的に憑依霊は、嘘つきで狡猾である場合が多いので、その嘘を見破れる能力が必要なのです。

例えば、憑依霊が自分は、五百年前に神に仕えし者であると言った様な場合、皆さんは、どう考えますか?
そしてどう捉え、見破りますか?普通に霊媒師の口から流暢な言葉を、まことしやかに語られどうしますか?。

私ならNGである。
考えて下さい五百年前に現代語がありますか?
これは、古語を學んだ人なら分かるはずです。

そして、もう一人の見届け人、此れも重要である。
霊媒師と審神者の会話を冷静沈着に捉え分析、出来る知識と能力が要求されます。

言わば総合監督である、最高に難しい立場と言えよう。
此処には、書けないが、まだまだ大変な課題があります。《模倣やイタズラを差せない為に書きません》

そして、私のやる方法は、一人で一切合切をやって居ります。
言わば、御本尊様との共同作業と言えます。

私が言える事は、興味本位や金目当てに以上の事を行えば、必ず、後悔します。
それは、日を置かず必ず現れます。

地獄

皆さんは、仏教や他の宗教の中に出て来る地獄絵を思い描く方々が多いと思いますが、如何ですか?


地獄は存在します!
私は、何度も視て来ました。

地獄絵とは全く違う様相です。
鬼もお化けも妖怪もいません。

もっと恐ろしい者達が存在しておりまして、我先に争い、奪い、犯し、犯され、殺し、殺される事の繰り返し…昼も夜も存在せず。
時間も、一日の区切りもない世界です。
あるのは、終わりのない不安と恐怖だけです。

場所は、大気圏とオゾン層の間に位置します。

肉眼では、捉えられません。
そこは、無意識界でも有意識界でもありません。

言わば、本能の世界。
生前に金持ちだろうと、政治家、医師…etcだろうと関係ありません。
生きている時の肩書も全て、何も、通用しません。


欲望だけが、行き交う空間です。


何故なら、人は死に逃げが出来ないからです。


死んだら楽?
違います!


散々、好き放題、様々な悪事も全て、アカシックレコードに記録されています!


その記録を基に、階層があり、殺人が好きな者は好きなだけ楽しめるでしょうが、殺すことは、自分も油断すれば殺されるのです。

これが未来永劫続く…と想像して下さい。

お判りですね?

この法則を逃れることは、出来ないのです。
誰も知らない、証拠もない、だから大丈夫?
それでも、良いです。

私を、嘘つき坊主と、笑って戴いても構いません。
魂なんかないと、言われても構いません。

私は、反論しません。

遅かれ、早かれ、解る時が、全ての人に平等に訪れるのだから。


by kongousan-akafudo | 2019-01-18 12:00 | ├人間関係について

嘘に関する密教ブログ①

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偽装とは、嘘

昨今は、呼び方を変えて、欺く痛みを緩和して居る様であります。

食品偽装、データ偽装、政治資金偽装、様々な偽装、改ざん。
これらは、全て《嘘》の表記が正しい。

今の日本の現状は、怒りに包まれて居る。
このままでは、またあの事が起こります。

今、私達に必要なのは、怒りでは無く理性であり、理性的な判断と理性的な行動では無いでしょうか?
怒りの感情は、破壊と破滅しか生みません。

友人関係、恋人関係、夫婦関係、親子関係に置き換えても同じです。
怒りに任せた行動は、破壊と破滅しか生み出さないのです。

その逆に理性的な判断行動は、理解を生み和を育みます。
子供を育てるのも同じです。
怒れば萎縮させ、反発を呼びます。

理性的な行動とは、良い事は良いと褒める。
悪い事は、怒るのでは無く叱るのです。

怒るは、感情。

然し乍ら、現代日本、悪さをしでかした大人を誰が叱るのであろうか?

子供の心

本来、子供の心は、純真無垢。
その心を歪め、傷つけ、変異させているのは大人の様々な嘘なのです。

昔から、厚顔無恥な大人は沢山居りますが、昨今の嘘は、眼に余る行為が多過ぎでは無いでしょうか。

車の嘘、食品の嘘、政治家の嘘。
建築の嘘、飛行場工事の嘘。
様々な大きな嘘、正に嘘のデパートです。

そして、何時も有耶無耶に成り、涼しい顔でまた嘘を重ねてきた車屋。
以前、トレーラーのタイヤが外れ、道を歩いて居た母子が死傷した事件を、皆さんは覚えているだろうか?
あの事件には、隠れた悲惨な結末があるのです。

トレーラーの運転手だったA氏は、自身の整備不良と車会社から断言され、後に自殺したのです。
その後、車会社の部品の嘘がバレ、車会社は謝罪したが、今回もまた嘘!で、一般消費者に嘘で、大変な損害を与えて居る。
最早、厚顔無恥としか言いようが無い。

此れでは、子供たちに嘘をつくなと言えるだろうか?
私達大人が今、襟を正し、子供たちに見本を示す。

正とは何か、邪とは何か。
示さねば、ならない時では無いでしょうか。

あの人がやって居るから、あの人とは関係無い。
あの人達、あの人達が、今、口癖の様に?
あの人では無く、自身に置き換えて、子供たちと話し合い、輪になって考える時では無いでしょうか?

子供たちは、待って居るのです。
大人からのメッセージを。

私も考え、反省します。
今、自分に何が出来るか?
どうすべきか?
俯瞰し考えます。

品位

昨今、品位を問われる人々が横行して居るのは、まさしく魂の劣化と言わざるを得ない。

政治資金の流用行為は昔から絶え無いが、品位の欠片も無い行為である。
国民は汗水垂らしながら稼ぎ、税金を納め、限られた収入で生活して居る。

贅沢など夢。

また、警察官の犯罪!
恥を知るべきである。

犯罪を、犯しては成らない犯罪を抑止する立場の者、国民の模範たる政治家、信頼する企業の嘘。
拙僧が予言した通りである。

今は、まだ中盤です。

呉々も氣を緩めず、毎日を込めて生きて下さい。
核心的な事はここでは、言えませんが、皆さんそろそろ、氣づいて下さい。

私は、過去に再三再四、申し上げて来ました。

罵倒され、誹謗中傷も受けましたが、私は負けません。

私には、私的學舎に大勢の生徒が居ります。
誹謗中傷に屈する事は皆無である。

私が此処に投稿するのは、本気で學びたい人達の為であり、遊び半分では無いのです。

また、金儲けでもありません。

拙僧の活動は、初めて明かしますが、各霊園の供養もさる事乍、葬儀一般、その他活動で夜、就寝するのは、1時過ぎであり、起床は朝5時です。
この歳では、いささか厳しいのが現実です《苦笑》

しかし乍これも、全て自分で選んだ道であり、自己責任なのです。
全ては、責任主体が人間界なのである。

心の居所

喜怒哀楽、人間の心は、状況に応じて様々に変化しますが、其れは全て學びを進める為には、必要不可欠な変化なのです。

平坦な中で學べるほど人間は、未だ進化して居ないのです。
その証拠に様々な犯罪は、後を絶ちません。
哀しい限りであります。

私は、此処で犯罪者の論理を語るつもりは、ありません。
しかし、平坦な道は、人を苦しめ無いが、學びも、もたらしません。
坂あり、谷あり、崖あり、の中で自身が正しい志しを持つ時、道は開かれます。

その逆に、不平不満を抱いて生きる時、波長の法則に依り、同じ様に、不平不満を持つ者が集い、
欺瞞と破壊を糧と成す集団と化します。
不平不満の旗印を掲げ、戦に生きる時、全ての門戸は、閉ざされ暗黒の闇に身を晒し全てを失います。
悪口、罵詈雑言、誹謗中傷、イジメ、全ては、自身を滅ぼす毒と変わります。

神仏を信じざるも良し、他人を信じざるも良し、誰も信じざるも良し。
しかし、自身の心に嘘、偽りの塊を凝固してしまった時、人は、人では、無くなります。
人が真に求める境涯は、安心であり、愛なのだと私は、考えます。

迎合する行為は、愛とは、言いがたいと考えます。
様々に意見交換を繰り返し、正論に耳を傾ける姿勢を持つ事に依り自身の成長が促されると考えます。
正論を退け、自身の持論を展開するも良し、しかし、全ては、自身に帰ることを、踏まえて置かなくては、なら無い。

純真無垢な心の時代は、例外無く誰もが経験して来たのだから。

親と子の関係

親は子を育て、子は親に學びを与える。
親子は、共に學び合う同志である。
霊的に言えば、子供が親を選び、生まれて来ます。
《親とは、究極のボランティア》

人生は、學びの為にある事を知る時、貴女の人生は開花します。
物質的価値観から脱却する時、貴女は本当のしあわせを引き寄せることになります。

本当の幸福は、物質では得られません。
物質は得られても、刹那の喜びに過ぎない。
また、直ぐ次の物質に移行し、求め続けている。

そんな欲を持ち続けると、人は人の尊厳を忘却し、餓鬼道に迷い混み、嘘や堕落の下界に堕ち、本当の人生に素晴らしさを失い、死しても欲界に迷い、地獄の餓鬼に成り下がるのである。

今現在、様々な問題があちらこちらで取り沙汰されております。
しかし、真実を語る者は少ない。

真実なら、書類を黒塗りにする必要は無い。
嘘と混濁は、全て物質的価値観による堕落である。
真実にはばかる必要は、無い。

心に真理を持つ者は、幸いである。
心に偽を持つ者は、哀れである。

増大するカルマ《因縁》

犯罪を犯し逮捕、服役し、その後釈放された者には、民事に依る損害賠償が課せられるが、保証人である親も賠償金を払わないケースがほとんどである。
これは、恐ろしいカルマを積む事になる。《反省の無い犯罪者の末路は、哀れである》

この世の罪はこの世で反省し、償う方が、何倍も何十倍も楽なのです。
反省せずに逃げ切れたと思う者は、大馬鹿者である。

実例を挙げて紹介したいが、あまりにも生々しく酷いので、書くことは控えます。
言える事は、自身が犯した罪に数十倍の苦しみと苦痛を味わう事になるからです。

そして、加担した親も仲間も、同じカルマを背負う事になるのである。
人間界の考え方では、理不尽と思うかも知れません。
しかし、霊的真理から検証すれば、当然と言えるのです。

私の車には、ドライブレコーダーを搭載してあります。
先日、仕事で運転中、信号待ちをして進行方向の信号が青になった時、心の声が《行くな》と叫んだ。《見通しの悪い交叉点で》

私が一拍待った時、赤信号で交叉点に進入した車と青信号で進行した車が衝突した。
明らかに、赤信号で交叉点に進入した車が悪いのは当たり前である。

しかし、赤信号で進入した車の運転手は、嘘を言うのが昨今では多いのです。

当たり前が、当たり前に通らない時代。
常識が、常識で認知されない世間。

あなたは、どうしますか?
嘘つきの横行する時代。

カルマを積み重ねる者達が増大している事実を、直視する勇気を持って物事に当たらなくては、何時自分が、被害者になるか解らない時代なのです。

子供のカバンに、ボイスレコーダーを忍ばせるくらいの用心が必要な時代なのです。
教師も教育委員会も、自己保身に走り、本質など見て見ぬ振りである。

愛する者を守るのは、あなたしかいないのです。
悲劇が繰り返される前に、防ぐ事も愛なのです。

言った、言わない。
やった、やらない。
あやふやな状況は、嘘つきを繁殖させます。
悲しい時代ですが、それが物質的価値観を選んだ私達全員のカルマでもあるのです。



by kongousan-akafudo | 2019-01-17 12:00 | ├人間関係について

恋愛論に関する密教ブログ特集



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愛を引き寄せる

恋愛で悩む人は多い。

好きな人は居るけど、話しもした事が無い。
声を掛けて話しをしたい。
自分なんか相手にして貰えないと悩む。
異性と付き合いたいが機会がない。

理由は、様々でしょう。
キッカケがないが共通点ではあり、男女ともに悩むところでは無いでしょうか。

ご安心下さい。
密教には解決策があります。

古来より、男女の結びつきに悩む事は多く、それを解消すべく、各高僧が経典を紐解き、
現代に伝えられて居るのが、密教秘法であります。

そして、密教秘法を現代語に訳し、誰にでも活用出来る様に製作しました。

簡単そうで難しいのが、男女の仲。
キッカケ無しにいきなり女性に声を掛ければ、嫌われたり、悪くすれば痴漢と間違われて大変な目に合い兼ねません。

その逆に、こちらに興味があっても中々、女性から声を掛けられるものでは、ありません。

男性も同じで、変に思われたく無い、断られたら恥ずかしい、いろいろな想いが交錯して、中々踏み切れ無いのが現実では無いでしょうか。
でも、異性とのお付き合いをたい。

なれば、あなたの想いを目指す相手に飛ばし、引き寄せては如何でしょう。
一人で悶々と考えるよりも、爽やかに想いを伝えられるキッカケにしても、誰にも知られず完結できます。

愛はあなたに様々な事をもたらします。

何も言えず、何も進展せずでは、先には進みません。

愛を体感し、愛の素晴らしさを知った時、あなたは一回り成長して居るのです。

願いを叶える

誰しも、自分の願いを叶えたいと考えるのは当たり前のことですが、中々難しいのが現実ではないでしょうか。


願いは様々。
人によって違うでしょう。
努力して叶えられる願いもあれば、努力だけでは叶わない願いも存在します。
しかし、最初から諦めて居たのでは叶う願いも叶いません。


例えば恋愛。
これは相手が居なくては出来ない。
出会いが必要である。

出会いは求めるだけで実現しますか?
これには縁が必要である。
縁とはどうすれば得られるのか。
引き寄せる心である。

容姿、学歴、金銭に引き寄せられる縁には注意が必要である。

上記は打算であり、結果は見えて居るからである。
本物の縁とは、學び合いである。

富める時も病める時も、互いをいたわり共に生きる。
そこに愛が育まれます。

密教には、古来より様々な秘法が存在します。

願望を達成し、新たな境涯に至る為に用意されて来た。と言っても過言ではありません。
悩み苦しみ、もがく中に安心は得られず、安心の中こそ真理があるのです。

当院では様々な相談を受け、日々活動が活発化しております。
一人で悩み苦しむ前に、相談してみては如何でしょうか。


因縁解脱

密教には、因縁解脱の法が様々に残されて居ります。
それは何故か?
因縁と言うものが、私達が生きて行く中で様々に影響して来るからなのである。



中には、こんな例もあります。

本人は真面目にやって居るのに、様々な苦難に遭遇する。
何をやっても途中まで《中途挫折の因縁》
何度、恋愛をしても上手くいかない。
仕事も、途中までは上手く行くが、他に成功を奪われて自分に残ったのは整理だけ。
様々に絡み合います。

信じて居た者からの裏切り行為。
例を挙げればきりが無いほどあります。

それは、カルマであり因縁の力が作用して居る場合があります。

密教にはその因縁を解き新たな道を開く為の法が用意されて居ります。

では何故、因縁を解かねばならないか?
無垢の状態にし本来、自身が目指す道を進む為に必要だからなのである。

例えば、山を越えるには、大変な体力と知識、装備が必要と成ります。

また目的を果たし、帰るにもまた山を越え無くては成りません。

それがトンネルがあれば、誰でも通行が可能に成ります。
山を登る事が目的では無い場合、山を越える事は苦痛でしかありません。
また、体力の無い人には、最初から無理な話しである。

目的の為には体力が必要ですが、体力を有してい無い人は達成出来ないのか。
違います。

体力が無くても、目的を達成させたいと考えるのが密教である。

だからこそ、ありとあらゆる経典が存在して居るのです。

口伝は、経典の深部を伝える事を真とし、経典はそれに至るまでの教科書である。
密教は、全ての人に平等である。
しあわせも、全ての人に平等であると説くのが密教なのです。


歯車

人間は、人生と言う學びの中で様々に経験と変化を体感します。

自分一人の経験の中では、歯車と云う現象を味わう事はありませんが、
例えば、仕事、恋愛、グループ活動の中で、上手く行かなかった経験をした方は、少なく無いと思います。

上手く行かなかった場合、自分が去るか、活動そのものが崩壊するか?
状況に応じて様々であります。
では、何故、上手く行かなかったのかを考え俯瞰する人は少ない。

何故か?
自分の気持ちを優先するからでは無いでしょうか。

口で言うのは簡単ですが、俯瞰する事が出来れば同じ失態は繰り返しません。
哲学の中に、人間は考える葦である。
と言う一節がありますが、様々な事象を分析し、次に備えることが出来るのは入門だけである。

正に葦が日進月歩、伸びる様に、人間は自身を俯瞰出来る唯一の生きものです。
自身を見つめ、自身を反省し、明日に繋げて行く努力こそが、私達に与えられた使命であり學びなのです。
あの人が、彼奴がと他を責める前に、全ての事象を振り返り、分析し反省して明日に臨む時、あなたの明日は変わります。

人間関係は、歯車の様に複雑に絡み合い、また助け合う大切さも教えています。
明日への努力をせず、ただながら的に生きる時、あなたの周りには同じ波長の者しか集まりません。
挫折をバネにし、明日に向けて學ぶ時、あなたは歯車では無く、独立した個人としての人生に氣づきます。

私達は、それぞれにお役目を持った人生の代表選手なのです。
絶望、悲観、愚痴、怠惰は、人間から學ぶ意欲を奪い、衰退させる毒素と同じです。
あなたの人生をより良くする為に學んで下さい。
學びの門は、何時でも、誰にでも開かれて居るのだから。

護摩炉に宝石

皆さんは、護摩をご覧に成った事がある方も少なく無いと思いますが、護摩炉の中に宝石を投じる事は、密教僧以外では、理解できないと思います。
私は、加持祈祷の種類に寄っては宝石を護摩炉の中に投じます。

その最たる物が、ルビーです。
敬愛秘法を修する時には、愛染明王尊のお力をお借りする為にルビーが必要なのです。

私の寺では、夫婦和合、恋愛成就または、恋人が欲しいが今まで縁が無いと言われる方々の為に特別に修する法があります。
両頭愛染明王法である。

この法は、大変に効験あらたかな秘法で必ず成就します。
私の経験の中で、成就しなかった事は、ありません。

しかし乍ら、護摩炉の中に宝石を投じる事は、簡単では、ありません。
まず、祈願者に宝石を確認して頂き、本物である事を調べて頂く事から始めます。

専門鑑定をして頂く為なら、お預けもして居ます。
そして本物と理解して頂いた宝石を当日、護摩炉に投じます。

燃え盛る炎の中、宝石は、天界に昇天します。
他にも、願い事に合わせた宝石を使いますが、必ず成就します。

これが、喜捨《キシャ》の理論なのです。

護符とお札

御神籤は、元三大師《天台宗の高僧良源》が創始した事で有名ですが、
その他にも疫病を払う角大師の護符も有名です。
真言宗にも弘法大師が伝えられた秘符が御座います。

秘符は、皆さんの願い事の数だけ用意されております。
護符は、庶民でも手軽に入手できることから、日本中に広まりました。

また、何処にでも貼れる利便性もその魅力の一つと言えます。
尚且つ、仏像と違い礼拝も必要ない事から、日本中に根付いたと言えます。

今は、紙も様々に変化し、目的に合わせて紙を変え、より実践的に活用することも出来ます。
例えば、財力向上を願う場合は、黄色か金の紙を使います。
また、恋愛成就には赤を使い、様々に変化を楽しむ事も出来ます。

私が教えようと考えている護符は、皆さんの心の中に光明を見い出し、明るく爽やかな毎日を手助けするサプリメントと考えて下さい。
暗いジメジメしたところには、ナメクジのようなものしか発生しません。
明るく爽やかに希望を目指す時、あなたの上には必ずや光明が差し、目標達成への道が開けて参ります。

ネガティヴ思想を捨てるチャンスは、あなたが一歩を踏み出すことを待っているのです。

霊符

密教には、古来より護符が伝えられております。
私が知るだけでも二百を数えます。
書き方と紙の色、墨の色、濃淡を組み合わせる事により、様々な効力を発揮します。

中でも、恋愛関係の護符は昔から人気があったようで、その形態も数多く残っております。
いつの時代も、恋は盛んだったようです。

密教には、護符だけではなく霊符も数多く存在します。
現在も使われているものも数多く存在します。

霊符は、災いを断つ為であったり、良い結果を呼び寄せる為であったり、と様々です。
但し、悪用、模倣を避ける為に此処では公開しません。

恋愛論

老若男女を問わず、恋愛をすることで人は、生きるエナジーが湧き上がり、人生に喜びを感じ、全てに寛大になれる事でしょう。
恋愛感情がもし人間に無かったら、人類に繁栄は無かったのではありませんか?
人を好きに成る、そして相思相愛に発展!
素晴らしい出来事です。

密教には、理趣経、理趣経法が、御大師様から伝えられて居ります。

老若男女、全てが愛を理解し、実践する事で、不安恐怖、怒り、妬み、嫉妬、全ての負を克服する事が出来ます。
そして、やがて即身成仏が完成されます。

恋愛に破れても、悲観する必要はありません。

何故ならその相手は、本当の相手では無かったのです。
本当の相手は、必ず現れます。
但し、努力が必要です。

何事にもやる気が大切。
やる気の無い者に魅力を感じる人は、居ません!

愚僧も残りの人生を込めていこうと、決意する次第で御座います。

皆様の一日が、幸多き日に成ります様に御祈念申し上げます。


縁結び法は「専願護摩」にてお受け致しております。
赤不動明王院オーダーフォーム「専願護摩」よりお申込み下さい。
ご質問等はmasumi.shinri@gmail.comまでお問合せ下さいますようお願い申し上げます。



by kongousan-akafudo | 2018-12-15 12:00 | ├人間関係について

孤高に生きる

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時々勘違いされる言葉に「孤独」と「孤高」があります。
私たちは一個の独立した人間として、孤独ではなく孤高に生きるべきなのではないでしょうか?
その生き方について説かれた記事を集めました。
どうぞご覧ください。

傷つく貴女に

昨今、男女問わず、精神的に弱体化して居る様に想われますが、私の氣のせいでしょうか?

最近聴いた言葉で、草食系男子?
つまり弱いと云う事でしょうね。

私の年代にはピンと来ないフレーズですが、私が感じた現代の社会事情では、未だ女性が被害を受けるケースが多い様に想われます。

私の相談室にも、男女間の問題で悩む方が多いのは事実です。

いくら女性が強く成ったと言えども、肉体構造上の筋肉はまだ男性には、及びません。
その結果、暴力に苦しむ女性が多いのも事実です。

女性に暴力を振るう男性の90パーセント以上が、間違い無く低級霊の憑依が視えます。

暴力など振るわずとも、話し合えば良いのです。
それも駄目なら離れる事です。

私は、暴力は使いません。話し合います。
男女の区別はしません。

ただし、暴漢には痛い目にあって頂きます(笑)
敵対は相手を選ばなければ、大きな怪我をする時があります(笑)

男女間で自分の主張も大事ですが、過ぎた主張は傲慢です。
妻が家事をするのが当たり前と考える男性も、傲慢で怠惰です。

私は武芸十八版を収め、料理は和洋中全てこなします。
片付け物も、料理をしながら洗い物もします。

私の特技は、一度食べた料理を、家庭で再現する所です。
従って、男だからの言い訳は聴きません。

全ては、ヤル気と実行力です。
ヤル気も実行力も無いなら、望まぬ事です。

望むから、失望するのです。

怠惰では無く、出来無いのであれば、
それを凌ぐ、優しさと想いやりを学びなさい。

両方とも、出来無いと言う人は、
伴侶は、求めず孤高に生きる事です。

少なくとも、摩擦に悩む事は、ありません。
人と関わる事は、自分を磨く修行と解釈しても過言ではありません。

人付き合いが、苦手な貴女、考え直して下さい。

貴女は、学びの中に居るのです。学びは貴女のカルマです。

カルマは、拒否しても、解消するまで、終わりません。
逃げても履修するまで終わりません。

意地とは、ツマラナイ想い癖です。
意地とプライドは、違います。

仕事も同じです、命を削る仕事は仕事ではありません。
自殺です。

天国

天国、極楽、浄土、常世、まだまだ、天国の呼び方は、ありますが(⌒▽⌒)
本当の天国とは?私は亡くなられた方々と、良くお話する機会に、恵まれております。
もちろん、私の亡き家族と他にもおいでになられますが、仕事柄、恵まれた環境ですね(⌒▽⌒)

さて、人が亡くなられると、お迎えの御使者が参られますが、これとて、強制はされていません。
全て、自由意思ですが、拒否する方はあまりいません。
逃げる人は、生前に悪事を働いた方達ですが、後は、浮遊霊となり、彷徨います。
しかし、最後は強制です。

天国は、普通に生きた方々は、必ず、光の導かれて昇天されます。ご安心下さい(⌒▽⌒)

ただ天国にも階層があります。
階層とは、例えば皆さんのレベルがAならば、Aのレベルの方達がいる階層で、次のステージに上がるための学びが、待っています。
ハイレベルな学校と考えても良いですね~。

産まれてから死ぬまで、全ては自分で定めた事なのです。
だからこそ、自由意思とは、責任主体。
どんな、生き方を選ぼうが自己責任です。

他人に迷惑を掛けた人は、迷惑を掛け分を返しましょう。
そうしなければ、蒔いた種は、自分が刈らなければならない、当たり前の事を、返し続ける事になるでしょう。

原因が無ければ、結果は生じません。
わかっていても、現実は孤高には、なかなかなれる筈もない。
私も同じです。ともすれば、亡き父母、妻子を忘れ難く、冥府に踏み込みたくなる心が、顔を出します。

僧侶でありながら、情け無いしじいです。(⌒▽⌒)

今日も、適職を終えました
後は、天職に戻り、読経に邁進です。


良い人仮面と笑顔の悪意

感情を露わにし過ぎれば、他人に嫌われるのは当たり前。
しかし、その逆に、仮面を被り他人を嘲る良い人仮面は、他人を欺いているようだが、本質は自身を穢し汚しているのです。

よく、友達が必要。友達が。友達に。友達を。と、友達尽くしの方がいますが、此れも典型的な依存です。
私には、友達と云う概念は必要ありません。
その代り、沢山の御師匠に恵まれました。

本当に必要なのは學ぶ心です。
人間関係に悩むあなた、放念しなさい。
そして、手放しなさい。
虚ろな人間関係など、暇つぶしにもなりません。

孤独ではなく、気高く孤高に生きる時、新たな扉は開かれます。
人間は、何故この世を生きるのでしょうか?
學ぶ為です。
學びを忘れ、惚ける時、堕落と溷濁を招きます。

若さも、力も、美貌も、何時かは衰え朽ち果てますが、學びは未来永劫に渡り、あなたを助けます。

くだらない過去の出来事や人間関係に終止符を打って自分磨きに専念する時、あなたには救いの手が差し伸べられます。
辛い思い出や、苦しい恥ずかしい事に自己嫌悪する前に、忘れ上手になる事も必要です。

自分が悲劇のヒロインを続けたい人は、どうぞそのままお続け下さい。
人生に観客は必要ありません。
また観客を求める必要もありません。

何故ならば、全ての人が主人公であり、ヒロインなのだから。

心の筋トレ

昨今、心無い仕打ちに傷つき、精神を病む方も少なく無いと思いますが
現界は、様々な階層《魂の階層》から降りて来て、學び合う場であることを理解することが出来れば、
あなたは飛躍的に成長します。

私たちは、ともすれば被害者意識に捉われ、自身を悲劇の主人公にし、本質を見誤る事がありますが、
此れこそ自身を悲劇に落とし入れる事に成り兼ねません。

自身を真摯に俯瞰する時、理解することが出来るよう全ての事象は自身の中で起きているのです。
人間不信に陥る様であれば、孤独に成るのではなく孤高に生きれば良いのです。

孤高とは、気高く生きる事である。
気高くとは、自身を磨き、生きる事であります。

仕事は、生きる糧を稼ぐ手段であり、心を病む場ではありません。
心を病むほど苦しいのであれば、転職することをお勧めします。

そして、自身が本当に學びたい事に時間を費やし自身を磨く事に全身全霊をかけ生きる時、
あなたの前には未来が開けます。

人生は、魂の筋トレなのだから。


悪魔の囁き

また、悲惨な事件が起こりました。

祖父母を殺し母親、近所の御夫人までも手に掛けた犯人は、『誰でもいいから指したかった』

正に悪魔である!

昨今、同様の事件が後を絶たないのは何故か?


それは、一言で表現すれば悪魔の所業である。


如何なる理由が有ろうと、許される事では無い。


よく「常軌を逸した」とか「精神耗弱」とか精神に絡めてくるが、

それだけでは無い事は、皆さんご存知のはずである。


何故、悲惨な事件が続くのか。

正に異常である。


それに、異常な暑さ、各地で起こる豪雨災害、これ以上何が起こるのか不安に思われて居る方も少なく無いと思います。


安全は、最早与えられるものではありません。

様々な危機を想定して、自身で防護する時代である。



そして、希薄な人間関係に悩み、精神を病むのであれば、一人で生きる決意をし

孤高に生きる努力をして、殺伐と成る前に自身を保つことが望ましい。


理性と智性を向上させる事により、悪魔の囁きから身を守る事にも繋がるのである。




by kongousan-akafudo | 2018-11-20 12:00 | ├人間関係について

親孝行に関する密教ブログ特集

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今日は親孝行に関する密教ブログを特集しました。
自分を守り育ててくれた両親に対する思いを深めてみませんか?

大晦日の思い出

私まだ小学二年生の大晦日、母に言われて大家さんの家に家賃を払いに行った。
子供の足で、片道30分くらいの所にある豪邸である。

立派な門を入ると、まず大きな犬に吠えられる。
すると家から家人が出て来る。

私の姿を見て、犬が吠えるのを制止してくれた。
私が家賃を払いに来たと告げると、大きな玄関に通された。
そして、母から託された家賃と家賃帳を渡した。

家人は家の中に。
私は待った。

しばらくして、家人が家賃帳を持って現れた。
そしてお菓子と家賃帳をくれた。
私はお菓子が嬉しくて、帰り道をお菓子を食べながら家路を急いだ。

外は夕暮れ時。
家賃帳を落とさないように握り締め、帰宅した時は真っ暗だった。
母は、夕飯の支度で忙しく働いていた。

私が幼い頃に住んでいたのは、古い長屋の一室であった。
冬は隙間風が入り寒かった。
夏は蚊に悩まされて、寝る時は蚊帳の中で汗をかいて寝る。
それでも、、父母の優しさでしあわせだった。

父母は夜遅くまで働き、私は布団の中から父母の働く姿を見ていた。

ある日、大家さんから家賃の督促があった。
子供の私には解らなかったが、大晦日に私が支払いに行った家賃の督促だった。

昔は、家賃を払うと家賃帳に印を押してくれたのである。
子供だった私は、お菓子に氣を取られ家賃帳を確認して居なかったのである。

父母は私を怒らず、私が寝たのを見計らって話し始めた《私は寝たフリをしていた》

子供だから馬鹿にして二重取りする人の浅ましさ、そして貧乏の悔しさを話していた。

私は布団の中で泣いた。
大きく成ったら、父ちゃん、母ちゃん親孝行するからね。と心に誓った。

あれから長い年月を経て、私も父母の歳を超えた今日この頃、
全ての支払いを済ませ、思い出すのは、あの幼い頃の悔しい思い出である。

人間は正しく生きていれば、必ずしあわせは訪れます。
今、苦しみの中に居るあなた、自暴自棄にならず、信じて生きてください。

当院では、大晦日から祈祷会に入ります。
私は全身全霊をかけて祈ります。
皆様の平和と幸いを。

旅先での憑依

私は、仕事で地方に出向く事が御座いますが、今回の旅は油断した事に反省しております。

あの日私は、朝から親孝行を兼ねて、年老いた両親を温泉旅行に連れて行きました。
ホテルでの出来事で御座います。

両親を部屋に案内して観察し、何も無い事を確認してから自分の部屋に入りました。
慌ただしく両親を伴って大浴場に急ぎ、あとは家族で団欒を楽しみ、すっかり安心しきっておりました。

酒を酌み交わし、宴を楽しみ、夜半に床に就きました。
旅の疲れもあり、無防備で寝てしまいました。

そして、明け方。
しまった。と、思った時は、遅かった。
喉を遣られていました。

私には喘息の持病があり、注意して居たのですが、弱いところを突かれてしまったのです。
憑依であります。

朝、霊視して視ると、私が泊まった部屋の片隅の場所で自殺が有ったのです。

状況は、生々しいので書く事は避けますが、手首と首を斬ったらしく、私は喉を遣られてしまいました。
あれから3日。
ようやく体調を回復しましたが、毎夜、同じ時間に喘息の発作に悩まされ、寝る事も出来なかったのです。

後で思えば、畳が三枚だけ新しく、障子も慌ただしく貼り替えた《素人仕事》跡がありました。
私とした事が、両親に気をとられ、自分自身の防衛を怠った事を、今は反省して居る。

今の日本では、何が何時、起きてもおかしく無い状況であります。

常に理性を持って、自身を律する事は防衛に繋がります。

皆さんも、呉々もお気をつけ下さい。


親孝行

昨今は死語の様に成った言葉。
しかし、根底では生きている行為が親孝行である。

私の元にある一件の相談があった。
相談者のお母様がご病気で入院して居るが、思わしく無いと言う。

よくある相談ですが、私の寺ではまず医師に診察して頂き、その上で相談をお受けして居ます。
身体に関わる事は、早期発見、早期治療が一番であり、それを誤れば良い結果など望め無いと言うのが私の考え方である。


素人判断で治療など及びもつきません。

私の母は貧困の為、医師にも掛からず亡くなりました。

今は、誰でも医師の治療が受けられる時代である。
私の加持祈祷は、最期の手段であり医師の治療とは異なる。

相談者のお母様は、医師も首をかしげる状態である。

私は決意した。

仏母〇〇〇〇延命持仙秘法を修しようと。
この秘法には解毒効果があると言われ、古来より修されて来た秘法である。

修するには様々な供物が必要であり、揃えるには困難を要する。


しかし、相談者のお母様を想う気持ちを知り、揃える決意をした。
相談者にはこの事は伏せてある。
何故か、負担を掛けたく無いからである。

もし私の母が生きて居て同じ事があれば、私はどんな困難をも厭わず揃え、一命を掛けても修したであろう。

増してや、お母様が入院中。
大変であると察する。

私は僧侶。
人に布施が勤め。
子が親を想う心は同じである。

孝行したい時に親は無しの例えあり。
誰でも親は大切な人、悔いのないようにしたいもの、後悔後に立たず。

私はこの親子の笑顔が見たい。

修する手に力が入る。

快癒

人間は生身。怪我もすれば、病気も患います。


しかし辛いのは御本人、そして家族の心配はいかばかりか。
ましてや癌に冒されたとなれば、抗癌剤投与に癌の除去手術。
大変な心労とお金と看病。
本人と家族は、まさに苦の真っ只中であります。

医師を信じて動くしか無い状況に、人はある種の焦りを感じます。
しかし、何も出来無いのが現実です。

此処でごく最近の実話を紹介しましょう。
《注、御本人の承諾を頂き書いています》

親孝行で信仰心の深いAさんは、お母様と一緒に病院に行きました。
《お母様は以前、肺癌を患い片方の肺を摘出して居るので検診》

そこで衝撃の事実が明らかに。
癌である。
検査を繰り返したが、病巣が大き過ぎて手術不可能と医師から告げられた。

医師は一つだけ方法があると云う。

抗癌剤を4回続けて投与し、癌を縮小出来れば手術は可能。

だが、1回の抗癌剤治療でも大変なのに、4回の抗癌剤治療に耐えられるか?
正に決死の覚悟である。

その日から、癌と親子の闘いが始まった。

抗癌剤の副作用に苦しむ母に、少しでも体力を付けさせる為に奮闘する娘。
彼女は仕事をしながら、寝る間も惜しんで奮闘した。

母と二人暮しの家庭。
母を看病出来るのは彼女しかいない。
彼女は愚痴一つ言わず頑張った。


そして見事に、4回の抗癌剤治療を親子で乗り切ったのです。

実は、彼女には強い信仰心がありました。
多年にわたり信仰を継続しているのです。

彼女は祈った。

『我が身に変えて母を助け給え』

朝な夕な、看病の合間に一心込めて御本尊荼枳尼天尊に祈った。


そして、手術の前夜にお印が降りた。
《何が降りたかはご想像にお任せします》

私は彼女の問いに、お印の意味を教えた。

そして手術、緊迫の刻。
お母様は手術室に入り、娘は祈った。


やがて手術は終了し、医師に手術の結果を聞く《成功です》
手術後の経過を見て退院の日を決めましょう。

2日目から、お母様は食欲を見せた。
驚異的な回復力は継続し、明日退院である。

医師も、高齢者の回復力としては信じがたい速度だと喜んでいる。
正に、お計らいの力が働いたのである。
母を想う娘の心が通じた実例である。


いたわる心

若く勇猛だった父、若く美しかった母、幼く弱かった自分、誰にでもあった、あの頃。

光陰矢の如し、それぞれに歳を重ね、老いた父母、老いと病から逃れられる者は、居ない。

いたわりは、他の為にあらず自身をいたわる事に繋がります。
歳老いた父母、強かった父母、病を得た父母。
親孝行とは、親の事を考えて自分がどう行うが問われる時が来たと言う事である。
そして、何時かは、自分にも老は訪れるのである。

永遠の若さも、永遠の命も存在し無い。
優しさが希薄に成って来た、昨今、自分だけが良ければ、私には関係無いと考え生きる時、必ず帰って来る代償があります。
その代償は、言葉の裏返し。

例えば、愛の裏返しは、無関心の様に自分が行って来た事の裏返しを味わう事に成るのです。
自身を振り返って、改め生きる時、全ての雲は、晴れ、新たな道が開かれます。

改める事に、遅い、早いは無い、氣づきは、あなた自身が得る真実です。

御刀供養

以下は、御刀供養にまつわるお話である《依頼者の了解済み》。

古来依り、刀は、武士の魂と申しまして、大切にされて参りました。
今回、依頼のありました御刀は、さる名家の家に伝わる御刀であります。
刃渡り80センチの業物で銘も立派な名刀である。

私は、作法にのっとり、御刀を供養申し上げました。
その結果、思わぬ幸運が名家に《依頼者の元に起こったのです》もたらされたのである。

依頼者は、真面目一方な性格で、浮いた噂も無い親孝行な方である。
そして、家にある刀が錆び朽ち果てる事を哀れに想い私の寺に、お持ちになられました。
しかしその刀は、血刀だったのです。

私は、刀をねんごろに供養し研ぎ師さんと相談をし、元の美しい輝きを取り戻すべく、努力を続けて居りましたところ、
正に驚くべき結果が訪れたのです。

何と、結婚が決まったのである。
今まで結婚など諦めていた依頼者が、一生の伴侶を得たのです。

私は、過去にも数回、同じような経験をして居るので、解ります。
刀には、魂が宿り、そして刀の本懐は、良き主人に仕える事が刀の本懐なのです。
言わば、今回の事は、刀の恩返しと云うべき結果なのです。

古くとも良い物には、昔から魂が宿り、持つ者を守護します。
古くて良い物を大切にする心こそ日本人の美徳では、無いでしょうか。

孝行

静かに考えて下さい。
自分が今在るのは、誰のお陰か?
そうです。父母が至ればこそ現界に生まれ、生きるを學べるのです。

親は、究極のボランティア。
そしてあなたも親になります。
親孝行とは、親に心配を掛けない生き方をする事なのです。

そして、先祖に孝行です。
よく、『自分は長男や長女ではないので、先祖の事は兄がやって居るから関係ない』等という人がいます。

しかし、先祖を否定すれば、あなたはいない事と同じと知る事です。
先祖を否定して自分はない!
今の自分が存在するには、数学上、千人以上の人《先祖》がいなければ、あなたは存在しないのです。

御先祖様に感謝し、孝行するのは簡単です。
先祖に恥じない生き方をする。
先祖に心配を掛けない生き方をする。
これだけです。
誰にでも出来ることであり、簡単な事なのです。

最後に御仏に孝行。
此れは、至ってシンプルで簡単な事を心がけ、実行するだけで何も必要としません。
恥じない生き方をするだけです。


by kongousan-akafudo | 2018-11-03 12:00 | ├人間関係について