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2020年 02月 06日 ( 2 )

神仏習合・廃仏毀釈に関する密教ブログ

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両部神法

明治の廃仏棄釈の前までは、密教僧が、神仏を勧請する事が出来た。

いわゆる廃仏棄釈とは神仏分離令であり、その後、日本は軍国主義に移行した。
天皇陛下を現人神として、各神社の統括神として、軍国の時代に突入して行ったのである。

本来、神仏融合、分け隔ては無かった。

私は、今でも神仏を勧請しますが、一般的には、神様は、神社、仏様は、寺院と成って居ますが、その昔は同じ扱いだったのである。

その代表的なのが、八幡大菩薩、八幡宮である。
私が拝む時は、八幡大菩薩だが、仏像には、僧形八幡大菩薩が有名です。

その他、蔵王権現、稲荷神、数えたらきりがない程に密接な関係にあります。

私は、想います。
人間が勝手に付けた区別。
当に区別されるべきは、人間ではないのかと。

霊符

古来より、様々な事で霊符は用いられて来ました。
その霊験はあらたかで、特に頻繁に用いられた時代が平安時代です。

陰陽道が盛んに成り、霊符は必需品とも言えるほど用いられました。
しかし、その源流が密教である事を知る者は少ない。

本来、密教は両部神法が基本であり、現在とは形態が異なる。
あの悪法《神仏分離令、廃仏棄釈》が、今の仏教界を衰退させたと言えよう。

また、その弊害も甚大であった。
和歌山が生んだ大学者、南方熊楠先生の著書には、その時の日本政府役人の汚さを克明に記されている。
また、明治天皇にも言上申し上げたが、結果は周知の事実である。

この時代から、霊符は影を潜めていったのである。
そして現在、密かな霊符ブームが到来して来ました。

しかし、見るに耐えない酷い物も紛れているのも事実である。
霊符の作成は、斎戒沐浴し、炭にある物を混ぜ、書法も独特である《朱を用いる事もある》

梵字とは、違う図形や文字も用いる。

密教には、秘書として、資料室に保管されているのも事実である。
何故、秘密書籍となったか?
それは、効験の凄まじさと、悪用を避ける為にとられた処置である。
この秘密書籍は、簡単には見ることが出来ない《資料室に出入りする特別な許可が必要》

私は、混迷する現在の状況には、密教霊符が必要と考える。

霊的テリトリー

今迄に様々な事件、事故の解明の為、外国から霊能者を招き《マスコミ報道》解決しようと様々な企画が、行われて参りました。
しかし、全て思わしくない結果になったのは当たり前の事なのです。

私は世界各国を旅し、様々な霊体と遭遇して参りました。
例えば、近い所では沖縄は日本でありながら、独特な神々がおわせられる土地なのです。

また、ハワイの神々も然り。
アラスカも然り、カナダも然り。独特であります。
韓国も中国も、独特な神々がおわせられます。
風俗も土地により様々です。
神々ではない存在も様々なのです。

ここまで書けば、お解りの方も多いと思います。
必ず存在するのがテリトリーであり、縄張りなのである。

日本は、神仏融合ですが、その他の国にはそれぞれの支配が存在していることを知る者は少ない。
そして、また違う意味でのテリトリーが存在する事も事実である。

日本の神仏が現在、何故衰退して居るか?
それは、信仰心の欠如にあるのです。
古来の神仏を廃して来た日本《廃仏棄釈、神仏分離令》

失われた神仏の影に暗躍するもの。
正に、今の日本を象徴しているのです。

今の日本は、影により支配が進んでいます。
人の心は物欲が走り、怒りが支配して居る街。
其処にあるのは、テリトリー。
その縄張りを切り、真相を解明するには、興味では解決出来ません。
解明を望む強い意志と、慈悲の心なのです。
視聴率などと言う興味ではなく、心から解決と解明を望む強い意志なのです。

意志を持っての依頼がない限り、様々な事件の解明は難しい。

秘仏の定義

秘仏と言うと何かおどろおどろしいイメージを持つ方もいると思いますが、それは誤りです。

その昔、日本に廃仏棄釈、神仏分離令と言う馬鹿げた法律が発布され、貴重な文化財が破壊された時代がありました。
日本が生んだ、偉大な学者である南方熊楠先生は、廃仏棄釈、神仏分離令を真っ向から反対し、
明治天皇に言上しましたが聞き入れられませんでした。
そして、貴重な文化財も貴重な建物もそれに付随する植物も、全て破壊され、日本から消えて行ったのです‼︎正に愚行であります。

その後、日本は、軍国主義の道を走り、最後は敗戦と犠牲者の屍の山を築いただけでした。

一度破壊された文化遺産は、二度と復元は不可能です‼︎
秘めた祈りの世界は、やがて秘仏となり、寺では拝観を止めて現代に至ります。

私は昔、隠れキリシタンの家系の方から、その昔受けた迫害の事実を聴いたことがあります。
それは終戦後まで続いたとのこと。
そして秘仏としてキリスト像、マリア像を秘仏として信仰を続けました。

当院では、後世に残すべく、現在純銀の宇賀神尊像を製作中です。
純銀の宇賀神尊像の胎内には舎利と経典を納め、古来、密教の尊像と同じく胎内納経、胎内仏を入れるべく準備を進めています。

当院では、今後も失われた秘仏を現代に甦らせる為に努力して参ります。

不思議

何故、人は「不思議」に興味と憧れに似た感情を抱くのか?

それは、解らないからです。
解っていれば憧れも持たないでしょう。

私が常々言う言葉に『この世に不思議など存在しない、知らないだけである』というものがあります。

日本は、霊的世界感も霊的真理も霊的科学も百年遅れています。
何故か?明治期の廃仏棄釈、神仏分離令。
その後の霊的科学実験に於いて、関口女史の透視実験を東大の学長がすり替えた事件があります。

それによって関口女史はインチキ呼ばわりされ、入水自殺をしました。
その後東大では、その後霊的実験及び霊的科学を全て禁止し、闇の中に葬ったのです。

世界においては、霊的現象は科学され、徹底的に解明され、心霊科学が確立されています。
イギリスでは心霊治療を保険適用し、国家資格も存在しています。
アメリカでも、真面目に研究が進んでいます。
その他の国でも、国家が認めた活動が存在し、今や、スピリチュアリズムに開花を遂げているのが現実。
私が言う事が信じられない方は、独自に調べられては如何でしょうか。

日本人の特性は、信じ易く、また熱し易く冷め易いということ。
そして面倒くさがりが多い、と私は想います。
かく言う私も同じですが《笑》

自身で経験し探求し得た答えは、崩し難い事実なのです。
あなたも、あの純粋だった頃に帰り、自身の目で確かめては如何でしょうか。
きっと其処には、あなただけの真実を視る事でしょう。

學びとは、努力と探求心なくしては、真理に到達する事はありません。

凶行

狂人は救う事は出来無い。

ミサイルをまるで花火のように打ち上げ悦に入っている姿は、最早、狂人以外の何物でも無い。

完全な悪魔憑依《乗っ取られ》である。
ここまで来ると、憑依を引き離す事は不可能である。

昨今の日本の犯罪者にも、完全憑依の者が増えている。
これは、日本の危機を暗示して居ると言わざるを得ない。

例を挙げれば、人を殺して見たかった、誰でも良いから殺したかった、

馬乗りになって女性を撲殺した狂人、小学校に進入して次々殺した、まだまだあります。


精神耗弱状態とか精神鑑定とか、様々に理由は着くが、被害者はもう帰って来ないのである。
犯罪者に人権があるのなら、被害者にも当然あるはずである。

私は死刑には反対である。
何故か?
反省をしていない者を、死刑に依って自由にする必要は無いと考えるからである。

犯罪者には、罪に依り100年〜200年の刑を与え、死後は霊的呪縛に依り刑期満了まで拘束する必要があると考えます。

然るに現状の日本では、霊的教育も霊的真理も否定されているの不可能なのです。


そして、犯罪者が死刑執行後に自由になり、反省していない魂は憑依を繰り返し《一般人を巻き込み》

魂年齢の低い者に憑依し、犯罪を繰り返すのである。

明治の悪法《廃仏棄釈、神仏分離令》が発布される前までの日本は、世界一の心霊国だったのである。
歴史にも証拠があります。
興味のある方は、學んで下さい。

廃仏毀釈
仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。
「廃仏」は仏を廃し(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。
日本においては一般に、神仏習合を廃して神仏分離を押し進める、明治維新後に発生した一連の動きを指す。

大政奉還後に成立した新政府によって慶応4年3月13日(1868年4月5日)に発せられた太政官布告(通称「神仏分離令」「神仏判然令」)、および明治3年1月3日(1870年2月3日)に出された詔書「大教宣布」などの政策をきっかけに引き起こされた、仏教施設の破壊などを指す。

神仏分離令や大教宣布は神道と仏教の分離が目的であり、仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として廃仏毀釈運動(廃仏運動)と呼ばれた破壊活動を引き起こしてしまう。

神仏習合の廃止、仏像の神体としての使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われた。
祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の破壊、仏事の禁止などが見られた。

1871年(明治4年)正月5日付太政官布告で寺社領上知令が布告され、境内を除き寺や神社の領地を国が接収した。

(中略)
廃仏毀釈がこれほど激しくなったのは、江戸時代、幕府の間接統治のシステムとして寺社奉行による寺請制度による寺院を通じた民衆管理が法制化され、権力から与えられた特権に安住した仏教界の腐敗に対する民衆の反発によるものという一面もある。
藩政時代の特権を寺院が喪失したことによってもたらされた仏教の危機は、仏教界へ変革を促し、伝統仏教の近代化に結びついた。
Wikipediaより引用



神仏分離
神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。

その動きは早くは中世から見られるが、一般には江戸時代中期後期以後の儒教や国学や復古神道に伴うものを指し、狭義には明治新政府により出された神仏判然令(神仏分離令。慶応4年3月13日(1868年4月5日)から明治元年10月18日(1868年12月1日)までに出された太政官布告、神祇官事務局達、太政官達など一連の通達の総称)に基づき全国的に公的に行われたものを指す。

明治元年、明治新政府は「王政復古」「祭政一致」の理想実現のため、神道国教化の方針を採用し、それまで広く行われてきた神仏習合(神仏混淆)を禁止するため、神仏分離令を発した。

神道国教化のため神仏習合を禁止する必要があるとしたのは、平田派国学者の影響であった。
政府は、神仏分離令により、神社と寺院を分離してそれぞれ独立させ、神社に奉仕していた僧侶には還俗を命じたほか、神道の神に仏具を供えることや、「御神体」を仏像とすることも禁じた。

神仏分離令は「仏教排斥」を意図したものではなかったが、これをきっかけに全国各地で廃仏毀釈運動がおこり、各地の寺院や仏具の破壊が行なわれた。地方の神官や国学者が扇動し、寺請制度のもとで寺院に反感を持った民衆がこれに加わった。 これにより、歴史的・文化的に価値のある多くの文物が失われた。

新政府は神道国教化の下準備として神仏分離政策を行なったが、明治5年3月14日(1872年4月21日)の神祇省廃止・教部省設置で頓挫した。
これは特に平田派の国学者が主張する復古的な祭政一致の政体の実行が現実的には困難であったからである。
神道の国教化は宣教経験に乏しい神道関係者のみでは難しく、仏教界の協力がなくては遂行できないことは明白であった。
そこで、浄土真宗の島地黙雷の具申をきっかけとして、明治5年に神祇省は教部省に再編成、教育機関として大教院を設置、教導職には僧侶なども任命されて、神道国教化への神仏共同布教体制ができあがった。
神道国教化にはキリスト教排斥の目的もあったが、西洋諸国は強く反発、信教の自由の保証を求められた。
結果、明治8年には大教院を閉鎖、明治10年には教部省も廃止し、内務省社寺局に縮小され、神道国教化の政策は放棄された。
代わって神道は宗教ではないという見解が採用された。

神仏分離政策は、「文明化」への当時の国民の精神生活の再編の施策の一環として行われたものであり、修験道・陰陽道の廃止を始め、日常の伝統的習俗の禁止と連動するもので、仏教界のみならず、修験者・陰陽師・世襲神職等、伝統的宗教者が打撃を受けた。
Wikipediaより引用


まず自身で検証する事が一番である。
検証もせず、ただ迷信だと決め付ける事は科学を知らない証拠である。

国会図書館にもその証拠は秘蔵されている。
自身で真実を探求する時、あなたは科学者である。



by kongousan-akafudo | 2020-02-06 12:00 | ├密教の世界

密教1351 秘仏と法具

当院では、蘇婆呼童子経を元に純銀を使用し、秘仏、法具を復元して参りました。
秘仏では、聖天尊を始め宇賀神尊、双身毘沙門天、新たに両頭愛染明王尊を製作中である。
次の目標は、大元帥明王尊をお作り申し上げる事が、使命考えております。
大元帥明王尊の御姿をご存知無い方の為に、写真をご覧頂きます。
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現在、銀製の型と成る木彫りの尊像は、当院に安置しております。
以下、蘇婆呼童子経原文
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蘇婆呼童子経は、真言八祖の内、第五祖、善無畏三蔵が翻訳され現代に伝わる貴重な経典の一巻であります。
蘇婆呼童子経に記された意味を元に、当院ではこれからより一層の努力を重ね、一般の方々が密教に親しまれ理解を深めて頂くお手伝いをさせて頂きます。
密教は深遠な教えですが、一般の方々が知ってはいけないとは何処にも、高僧、大徳も仰ってはおりません。
その逆に、學ぶ事を奨励されて居るのです。
そして密教の學びを通して、しあわせの道を掴んで欲しいと願って居るのです。
下らない流言飛語に騙されず、真の教えを理解し掴むのは、あなた自身なのであります。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-02-06 06:00 | ◎赤不動明王院通信