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2020年 02月 04日 ( 2 )

霊的真理に関する密教ブログ④

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■撥遣と浄霊

昨日は、或るお宅の仏壇を撥遣しました。
いわゆる魂を抜く祈祷ですが、それだけでは終らない結果に成りました。

浄霊供養に発展して、3時の祈祷に成りました。

しかし、嬉しいのが霊体が納得して、霊界からの御使者と帰えられる時に、納得した安心感から見せてくれる表情は、素晴らしい微笑みです。

本来の姿を取り戻し、故郷の霊界に帰幽する彼らはしあわせです。
物質的価値観に翻弄されて自分を見失い、魔界の手先にされて居る事すら氣づいてい無い人は哀れである。

霊体に戻った時に氣づいてくれれば良いのですが、まず97パーセント氣づきません。

3パーセントの方は、法力僧や本物の霊能者の方々の御尽力のおかげで改心し、霊界に帰幽します。
が、後の霊は浮遊したままの状態です。

そして、人に憑依し、悪事を重ねていきます。
その様子は、バクテリアが増殖するのと同じように、次ぎから次ぎと増えて居るのが現状です。

少数の法力僧や本物の霊能者の手に余る数です。

今の日本は、霊的無法地帯です。
霊的真理、霊的真実を学ぶ事は、確かに大変だと思いますが、あなたが救世主に成らなければ、近い将来、日本は暗黒に包まれる事になり兼ねません。

日本が暗黒に包まれる事は、あなたの身に確実に影響を及ぼすでしょう。
其の時に慌てても、遅いと思いませんか?

今、学ぶ事が自分を救い、あなたの大切な人を救い、やがては地球を救う事に繋がるのです。

密教塾では、此処では、書けない真実を書いて居ます。
何故、此処では、書かないか?

それは、過去に私の記事を模倣して犯罪を犯し、罪も無い人々を悲しませた輩が居たからです。

密教塾では、入塾して頂く時に私は霊視します。
其の方が光の系譜である事を祈りながら、密教塾では皆さんの入塾をお待ちして居ります。

一カ月の費用は、三千円です。
それ以上は、請求して居りません御安心下さい。

■大義と狭義

人間界には、様々な考え方や、思想が存在しますが、霊的に物事を分析解釈する事は苦手の様である。

本質を理解し見極める時、霊的真理を理解せずには、先に進む事は難しい。
何故ならば、人は霊的存在であり、肉体は付随するものであるからです。

大義とは、万民のしあわせを願い行動すると、其処には、大義が生じるが、大義を装い狭義を成したのが今回の戦争法案の成立である。

何故、狭義かと言えば、武器商人を肥え太らせる為の法案なのです。
皆さんも理性で考えて下さい!

①貴方は武器を何処で作っているか?知っていますか?
②武器を買う為のお金は、元は、誰の稼いだお金ですか?
③武器は、必要ですか?
④武器は、日本企業が製造して居ります。
⑤防衛、防衛力、防衛費、何故必要なのか?
⑥❺を必要だと思う人に質問します。

貴方は大切な人に、戦争だから死んで来て、殺して来てと言えますか?

争いからは何も生まれ無いのです。
私は、他を殺さ無くては生きられないのなら、潔ぎよく死を選択します。
戦争と云う狭義に生きるなら、魂を汚し辱しめてまで、現界に執着を持つ氣は無い。

■親の眼、子供の眼

親から見れば子供は、何時迄も子供です。
しかし、それがかえって子供の自主性を阻害している場合があります。

私は十七歳でアメリカへ単身渡り、三年の歳月を費やして帰国しました。
次の夢に向かって羽ばたこうとした時に母を亡くし、父を亡くしました。
今になって、なんて自分勝手な奴だったかと身に染みます。

アメリカに行く前の夜、父は床の中からこう言いました。
『男が一旦決めた事、何が在っても突き進め』
母は、私を駅の改札まで送りながらポツリと一言。
『空港まで行きたいが、涙が出るので行かない』

私は、そんな親の気持ちも顧みず、馬鹿の一念、アメリカでの生活に夢見て居りました《空手のインストラクター》

私は、親の事より自分を優先したのであります。
その結果、親と死に別れ、出家し僧侶になりました。
親の有り難さ、人生の厳しさ、自分の甘さを悟りました。
それから、妻をめとり、子を成し、しあわせの渦中に居る時、子を亡くし、妻を亡くしたのです。

絶望の中で、生きるとは?を考え葛藤し、霊的真理を學び、現在があります。

今は、親、子供の眼を學び、住職として生きております。
諸行無常、形あるものは、いつかは滅し無に帰ります。

自身の立場に固執し全てを観る時、誤りには氣づきません。

親の眼も大切です。しかし、親のエゴで子供の将来を考えてはいけません。

人間には、言語と理性があります。
理性を持って俯瞰する時、必ず答えは見えて来ます。

親は、子供を見守るボランティア。
子供は感謝し、何時の日かボランティアになるのです。

今の立場だけで言うのではなく、先ずは子供の立場を親は考え、子供は親の恩の有り難さを感じ知る時、最良の選択と道は開かれます。

■不思議

何故、人は「不思議」に興味と憧れに似た感情を抱くのか?

それは、解らないからです。
解っていれば憧れも持たないでしょう。

私が常々言う言葉に『この世に不思議など存在しない、知らないだけである』というものがあります。

日本は、霊的世界感も霊的真理も霊的科学も百年遅れています。
何故か?明治期の廃仏棄釈、神仏分離令。
その後の霊的科学実験に於いて、関口女史の透視実験を東大の学長がすり替えた事件があります。

それによって関口女史はインチキ呼ばわりされ、入水自殺をしました。
その後東大では、その後霊的実験及び霊的科学を全て禁止し、闇の中に葬ったのです。

世界においては、霊的現象は科学され、徹底的に解明され、心霊科学が確立されています。
イギリスでは心霊治療を保険適用し、国家資格も存在しています。
アメリカでも、真面目に研究が進んでいます。
その他の国でも、国家が認めた活動が存在し、今や、スピリチュアリズムに開花を遂げているのが現実。
私が言う事が信じられない方は、独自に調べられては如何でしょうか。

日本人の特性は、信じ易く、また熱し易く冷め易いということ。
そして面倒くさがりが多い、と私は想います。
かく言う私も同じですが《笑》

自身で経験し探求し得た答えは、崩し難い事実なのです。
あなたも、あの純粋だった頃に帰り、自身の目で確かめては如何でしょうか。
きっと其処には、あなただけの真実を視る事でしょう。

學びとは、努力と探求心なくしては、真理に到達する事はありません。

■肉体年齢と魂の年齢

よくこんな、言葉を耳にします。

歳だけ取っても、物事が解らない人。
歳だけ取っても、常識の無い人。
歳だけ取っても、自分本意な人。
歳だけ取っても、物欲に執着する人。

以上は肉体年齢を重ねても、魂の年齢が浅いのです。
では、如何して、肉体年齢と魂の年齢が在るのか?については、
簡単には説明が困難ですので、密教塾で詳細に理論立て解説します。

以上を広義で言えば、学びの少ない人です。
学びと言っても、学校の授業ではありません。
例を挙げて説明します。

ある大学教授。
生徒には厳しいが、自分の家庭内では、自分の子供が犯罪を犯すまで解らなかった。

この世の学びと、霊的真理は別ものである。

また、霊的真理の本を読んで、エキスパートになった気持ちになり豪語する人も魂が浅いのです。

全ては理論と実践です。
実践を伴わない、理論は正に机上の空論です。

■伝統の世界

伝説の世界伝説というと、皆さんは御伽噺や神話を、想像されるのではないでしょうか?
実は、伝説の中には、隠された真実があるのです。

何故、真実が隠されたのか?
それは、一般の方々が有する知識の、尺度が違い過ぎた現象が起因しているのです。

例えば、私の行場である〇〇の滝の主は、金龍神と私が言っても、皆さんは信じますか?
しかし、私がお連れした方々は、ほぼ全員の方が見られました。

私は、数日後にある方を、行場にご案内する予定ですが、滝は生き物、果たして、機嫌良く御姿を現してくれるかは解りません。

森羅万象の理は、愚僧如きの自由になるほど、甘くはありません!
しかし、その方に御自分の眼で見て、確かめて頂きたい!
何故か?一人でも多くの方々に、森羅万象の理とは、何かを知って頂き、
人間とは、自然とは、霊的真理とは、摂理とはを知って頂き、
一人でも多くの方々に、理解して頂き、理性的に自然と向き合う、一歩にして欲しいのです。

自然と向き合い、自然を愛し、自然を敬う時、自然は、私達人間を受け入れ、様々な恩恵を、人間に与えます。
ともすれば、傲慢になりがちな自分を諌め、謙虚な自分に回帰した時、私達は、子供の頃に見たあの現象を見ることが出来ます。

私だけが特別な力が、ある訳ではありません。
貴方にも、貴女にも、本来ある能力なのです。
ただ忘れているだけなのです。
能力を取り戻す事は、簡単です。
子供の頃の、純粋無垢な心に帰る努力をすれば良いのです。

純粋無垢な眼は、全てを見通します。
真に平和を望むなら、子供の頃の様な、純粋無垢な心を蘇らせる事が、一番ではないでしょうか?


■霊的感受性

私が数十年に渡り、霊的相談を受けてきた経験値に於いて察するには、霊的感受性の高さと精神性の高さは比例します。

何故か?
霊的感受性=精神性は、同一分野に在ると考えます。
男女で比較すると、女性の方が飛躍的に高い事が解ります。

例外も存在します。
昨今、男性も霊的真理等を学んできてはいますが、まだ否定的な面を拭い切れていない様に思います。

これから、女性がもっと霊的感受性、精神性を深めていくには、良い指導者を御自分の眼で確かめ、指導を仰ぐことが大切です。

ではここで、何故女性が霊的感受性、精神性が上かについて。
今迄の女性の立場を考える事により答えは導かれます。

男性は、仕事家庭での事象についても独善的な面は否めません。
その想い癖が、霊的感受性を阻害している一因である事は自明の理であります。

これを超えるには、御自身が努力し、学び取る努力なしでは、到底現状を変えることは難しいと考えます。

男性諸氏に申し上げる事は、以下の格言です。

実るほどこうべを垂れる稲穂かな。

■墓地と幽霊

墓地で幽霊を見たと、言う方々が多いですが、それは当たり前なのです。
人は、死んだら墓地に眠ると、昔から言い伝えの様に語り継がれ、それを聞いて私達は、育ちました。
それは、それで死者を敬う気持ちで、大切な事なのです。

では何故、墓地に、幽霊の目撃者が多いのか?
それは、生前に。死んだら墓地に眠るの思想が、関係しています。

人間は、死んだら肉体を離れ、幽体に戻ります。
幽体に戻っても、生前の意識、思想は、そのまま残り、死んだら墓に入り眠るのだと意識が働き、墓地に向かいます。

そして、自分の墓に入ろうとします。
しかし現実は、入れないのです。

私が見る墓地の風景は、生前の意識のままで、墓地に座る人、話し掛けて来る人、墓石の中に入ろうとして入れない人、様々です。

ですから、如何に生きている時に、霊的真理を学ぶことが、大切かがお解り頂けたと信じます。
次回は、自分が死んで、幽体、霊体に戻った時にどんな感覚になるか?
様々な私の体験を含めて、お話しさせていただきます。



by kongousan-akafudo | 2020-02-04 12:00 | ├密教の世界

密教1349 御本尊様とある暮らし

私の半生は肉親の死を皮切りに、試練の連続だった様に想います。
【肉親、五人の死】己れの死を考えた事も幾たびもありました。
しかしその度に支えて下さったのが、御本尊様でした。
傍目にはどんなに強く見える者でも、試練に際しては脆く弱いものである。
慟哭し血涙を流し乍らも耐えねばならないと解って居ても、頭で考えるほど生易しい事ではありません。
どんな苦しみも試練も乗り越え様とする努力が必要ですが、努力だけでは不可能な事もあります。

私の場合は霊能者であるおかげもありますが、霊聴に依り助けられた事が幾たびもありました。
打ちひひがれ身も心も疲れ果てていた時、優しく包んで下さったのが御本尊様であります。
尊像は、飾りでは無い。
拝む者が如何に折衷させて頂くが本義であり尊像を迎えたからでは、片手落ちと言わざるを得ないのである。
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礼拝供養とは、拝み礼を尽くし供え養う心の現れである。
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それらを怠り御利益本意の考え方から脱却せねば、真に御仏と折衷する事は叶いません。
人事を尽くして天命を待つと言う言葉がありますが、正に的を得た言葉である。

真の御仏【尊像】は、常に私達の事を見護り慈悲の光を放って下さって居るのです。
心構えで大切な事は、余る事は望まず、足るを知る良識である。 
正しい良識に至る者であれば、上記の意味は理解出来るはずである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-02-04 06:00 | ◎赤不動明王院通信