金剛山赤不動明王院 密教

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2018年 10月 08日 ( 2 )

信仰と宗教との違いに関する密教ブログ

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信仰

信仰とは、誰にも左右される事無く自由に持ち続けられる心の栄養である。


その昔、武術家で生きる事を夢観て単身アメリカに渡り、様々な経験を積みました。
帰国後は高名な先生方に指導を賜わり、前途を嘱望された時代。
日本武道館に菊の紋章を胸受けて参内した頃、その後の数奇な運命を知る由も無かった。

その出来事は、突然に訪れた《両親の死》

その後、出家。
しかし、在家から出家した者に風は冷たかった。

阻害と無視。
しかし、武術で培った精神はやわでは無い。
そんな小さな事では微動打にもしない。

そんな時、本物の師僧に巡り会えたのが分岐点であった。

師僧は、様々な秘法を惜しげも無く御教授下さった。
正に、信仰は心の栄養と確信したのはこの頃である。

修行が厳しいのは当たり前。
嫌なら辞める自由は、誰にでもある。

しかし一旦、覚えて身につける喜びを知る時、苦は苦で無くなるのである。

武術を動の修行とすれば、僧の修行は静である。
どちらの修行も己れが選びし道、貫き導き出すしか無い。

修行に楽は無し。

そして歳を重ね振り返れば、自分の道は自分で切り開く事に氣づくであろう。

御本尊様の前に座して読経する時、生まれて来たしあわせに氣づく今日この頃です。


魂《霊》の行方

皆さんは、人間が死ぬと天国か地獄を連想されるでしょうが、それは誤りであります。
亡くなっても、死を受け入れ無い限り霊界へは帰れません。

では、受け入れ無い霊体はどう成るか?

現界を彷徨う浮游霊に成り、生前と同じ様に振る舞い、感覚は生前より鋭利に成り、欲望も増します。
それが犯罪者の場合は、反省が無いので他に憑依を繰り返し、犯罪を助長させます。

何故、そう成るのか?

生前に霊界を理解せず、また霊を否定して、死んだら人間は終わりだと信じていた人間が、死後に意識がある事を知らないからなのです。

経典には、意識界、無意識界を説いた経典も存在します。
ある宗旨宗派では、未だ霊的存在を否定する教義が存在します。
しかし、葬儀や祈祷は実施して居るのである。
矛盾を感じざるを得ない。

密教や古神道では、霊を完全肯定して居るので御座います。
また、肯定して居なければ教義の理解など到底無理なのです。

信仰とは、宗教や信心では御座いません。
正しい学問であり、道標なのです。

学問を極めるには、第一は學ぶ事であり、理解を深め、探求する事であります。
経を上げるだけでは、學には繋がらないのです。

また、意味も理解せず上げたところで、何も変わら無いのです。
理解、実践こそ、真の信仰と言えるのではないでしょうか。

ご縁

当院には、老若男女問わず沢山の方々が御本尊赤不動明王尊様を慕い、御縁を結びに参られます。
胆に感じ、御縁を実感されて、皆さん、安心立命を体感されて居られます。

そんな時拙僧は、僧侶として最高の喜びを実感させて頂きます。

皆さんが、御本尊赤不動明王尊様と御縁を結び、御本尊様の慈悲に触れる時、其処には安心が開かれ立命と成るのです。

私達人間は、ともすれば傲慢な心に翻弄され、自分本意の生き方に成りがちです。
今こそ本来の自分に立ち戻り、真の信仰とは何か?を見極め、邁進する時なのでは無いでしょうか?

様々な悩み苦しみは、何処から来るのか?
何故、苦しむのか?
考える時なのです。

乍ら的に生きて居ては、いつまで経っても、苦しみの世界から脱する事は出来ません。

考えを改め、真に學ぶ事を求める時、其処には御仏の大慈悲が働き、あなたに學びの道を御示し下さいます。
あなたがする事は、御示しに成られた手を摑むだけなのです。

御仏は、望む者には道を御示しに成られます。
御仏は、望まぬ者には、御示しに成りません。

何故ならば、気づきを待つのも御仏の大慈悲だからなのです。

臆病と慎重の違い

私達は、臆病と云う言葉を、現在は履き違えて居る様に思えるのです。

同義語で、大胆と勇気とは根本的に違う事も、現在では履き違えがあると考えております。
私は精神医学者では無いので適切には言え無いが、臆病と慎重、大胆と勇気の違い位は心得ております。

心霊學を學ばずに、霊界を語る。
信仰とは何ぞやを學ばず、宗教を語る。
人間とは何ぞやを學ばず、人を語る。
自分とは何ぞやを學ばず、他人を語る。

様々に俯瞰し、自身に落とし込む時、答えは必ず訪れます。
しかし、自分の浅い知識を振り翳して他を誹謗中傷する時、その方は間違い無く、物質的価値観の罠にはまった哀れな存在なのである。

政治家、実業家、宗教家、同じように私には見える。
誰の為に働き、誰の為に生きるか?

答えは、簡単です。

自身の為に、學び、自身の為に生きる。
夫婦であれば、違いを労わる。

気持ちがあれば全ては訂正し、霊界の力は、私達に平等なのです。
喜び、悲しみ、全ての感情は、私達が霊的存在で在る、と云う証しなのです。
死んだら終わりは、全て物質的価値観の産物である。

本当の答えは…。

戦争

戦争をおこすのは、人間だけである。

何故、人間は、戦争をするのか?
何故、戦争を好むのか?

動物は、争いもするが殺し合いはし無い。
では、人間は、動物以下なのか?

そして戦争は、立場の弱い者が犠牲に成るのも、周知の事実である。
戦争が好きな指導者同士が、リングの上で好きなだけ闘えば良いのである。
そうすれば、兵士も軍備も必要無いのである。愚かな事である、

人間がおこす戦争は、悲劇と悲惨さしかもたらさ無い愚行である!
食料が必要ならば、分かち合い、愛が必要ならば、分かり合えば良いだけである。

民族主義に固執するのであれば、自給自足に徹すれば良いだけの事である。
宗教闘争も同じである。
過去に宗教戦争もあったが、信じたく無ければ、無視するだけで良いのである。

揶揄する必要も無いし、他に勧める必要も無い。
信じたければ信じ、嫌なら辞める自由がある。
全ての争いの根幹は、押し付けにあると考えます。

北朝鮮の実状は、国民は、飢えに苦しみ、一部の階層が自らの生活を守る為だけに、未熟な者を祭り上げ
迎合を繰り返して居るに過ぎません。

争いを好む時、破滅と云う魔物が口を開け歓喜して居る事を知る時では、無いでしょうか。

護摩灰と念持仏

昨今、時代の変化と多様化に翻弄されて来た人達は、今現在、迷い子の様に私には視える。
忙しさに翻弄されて、一番大切な信仰心を置き去りにした様です。

私の言う信仰心とは、宗教ではありません。
宗教は人間がこしらえた物であり、真実とは言い難い。
信仰心とは、誰に言われる訳でも無く心の内底から湧き上がる思いであり、魂の安らぎです。


今は私は、各年代の念持仏の研究を進めている。
様々な場所に、念持仏は、存在し関わって来た。

念持仏は、心の拠り所でもあるが実際は、凄い力を秘めて居ます。
但し、いい加減な開眼では発動しません。
かなりの修練を積んだ法力僧で無ければ、開眼しても意味がありません。

念持仏は、持つ者に智慧と勇気を与え正心に目覚めさせ、様々な外敵からあなたを護ります。

護摩灰は、あらゆる不浄を浄化する力を秘めて居ます。
護摩灰を作るには、一度や二度の護摩法では、僅かしか取れません。
幾度と護摩法を重ねて、念を凝らして、始めて採れるのが護摩灰であります。

地獄は、何処にある?

仏教、神道、キリスト教、様々な宗教が地獄を語っておりますが、明確に何処にあるかは中々ハッキリした答えが無いようです。

それは、当たり前です。
霊界の存在を明らかにしていない思想に、地獄の場所など明確には出来ません。

まず、霊界の位置は大気圏と下界の境目に存在します。
その下に位置するのが、地獄界である。

正に、人間界と地獄界は表裏一体と言えるでしょう。

今の人間を見て下さい。
地獄界と同じような、浅ましい行為が横行しております。

姉が弟を殺し、バラバラに切断してゴミ袋に入れていた。
様々な事件が、最近変わった事に皆さんは気づきませんか?

ピストルを乱射、立て篭り。
ボーガンを持って、立て篭り。
火炎瓶を、祭りの人に投げつける。
人を殺して、自分は自殺。
ホテルの女性従業員に、乱暴。
覚醒剤の氾濫。

正に、犯罪のデパートの様である。
これらは、地獄界と同じである。
何故、この様な状態になったのか、理由は此処では控えます。

その他にも、匿名で他人を誹謗中傷する卑怯な行為は、正に地獄の亡者と同じである。

悪魔崇拝は最後には身を滅ぼし、地獄の最下層に身を置くことに成ります。
それでも良いと思うのは、今のうちだけである。

本当に堕ちた者は、後悔しきりである。
私は、堕ちた者をたくさん見て来ましたが、救いの手は出しません。
自身で選択し、歩み、犯した事は、自身で解決するのが法則である。

困った時の神頼みは、ありません。
神は、そのような事に見向きもしないのです。
だからこそ、正しい取捨選択が必要なのです。
自身の道を選び、進むのは自分自身なのである。

邪法

古来より、正法と邪法は対峙して参りました。

仏教の世界でも、自宗以外の法を邪法と罵り、《現代の宗教団体では、続いて居る》本質を忘れた低俗な争いが観られます。
が、今日はそんな事はさて置き、私が世界で観て来た黒魔術について考察しようと思います。

世界には、恐ろしい黒魔術が存在するのも事実です。
韓国にも、中国にも、欧米にも存在します。

特徴は、呪う対象に容赦無いところです。《手段を選びません》
法律に触れなければ全て良し的な思想があります。

その容赦無い思想は、犯罪にも投影されて居る様に皆さんにもお判りの筈です。

死人帰り、ゾンビ。
略奪、悪魔契約。
呪い殺す、毒薬の法、蠱毒。
数え挙げれば、きりが無いほどである。
しかし、未だに続いて居るのも事実です。

この行為の根底にあるのが、全て自己中心主義であり、物質的価値観《物質中心主義》なのである。
現在、日本も例外ではありません。

様々な怨みを晴らす目的で、黒魔術が行われています。

ある人は、怨みの念から体調を崩し、ある人は、家庭崩壊。
ある人は、言われ無き誹謗中傷に苦しめられ、私の寺にお出でに成られます。

私は、それらを一つ一つ紐解き、解決に向けますが、昨今の多さには驚きを隠せません。
正しくは、どんな黒魔術でも言える事ですが、最後には自分に返って来ます。

例え、お金を払って依頼しても、最後は自分に返って来ます‼️
一番、割に合わない行為が黒魔術なのである。
それを承知でするならば、私は止めません。

ご自由にどうぞ、お続け下さい。

必ず、後悔の日が否応なしに訪れます。

黒い穴は二つあります。

それを逃れる事は、出来ないのです。
しかし、密教には、唯一つ救済の道が存在します。
其れは《模倣を避ける為、伏せ置きます》秘法の一つで、贖罪の法《仮名》である。

しかし、確実に許される法は、正しく生きる事が最高の事であり、開運の道でもあるのです。

死霊の家

最近増えているのが、自分が死んだ事も理解できず、生前と同じように振る舞う霊体である。

其れは、何故か?
簡単な事です。
御利益主義の宗教には、霊的概説も霊的真理も存在しない。

また、現代社会は霊の存在を認めて居ないからです。《当然の結果》
死んだら終り。思想の蔓延が招いた悲劇である。

その結果、穢れ場が増え、幽霊マンションや幽霊住宅が、年々増加の一途を辿って居るのです。

一例を挙げれば、私が家の祓いを頼まれて修法した家には、二人の霊《前の住人》が生前と変わらない生活を送って居たのです。
従って、後から来た住人を、排除しょうとします《新住人》
そこで摩擦が生じ、心霊現象が発生するのである。

如何に、生前に學ぶ事が重要かお解り頂けると思います。

では、無視して住み続ければどう成るか?
簡単な事です。

①家人の中で最も弱い人が、最初のターゲットになります。
②事故や怪我が、頻繁に起こります。
③家人がばらばらに成る《離婚》
その他、あらゆる不吉な事が頻繁に起こります。

しかし乍ら、日本文化を嫌い、アメリカ文化を有り難がり、年老いて世代交代と共に老人だけの孤独家庭《孤独死》
これから、益々、増えて来ると考えられる死霊の家。

あなたは、どう対処されますか?
これは、好むと好まざるに関わらず直面して来ます。

あなたなら、どうしますか?

魂の行方

大変な事件が、日本各地で頻発して居る。

正に修羅場。
罪も無い老婆が暴力に依り重症、障害者施設で惨殺事件!
此れは、異常事態と云う他は無い。

犯人はいずれ死刑に成るであろうが、犠牲者は帰りません。
犠牲者の方々の冥福を祈ります。

事件後、必ず犯人の精神状態が云々されるが、異常な犯罪を起こした者が正常な訳が無いのである。
正に異常者。
根底に何があるのかが、重要な点であります。

私は、魂レベルが重要と考える。

魂のレベルは、生き方に重要な作用を起こします。
本人が自覚し、學ぶ時、確実に成長して行きます。

その反対に、學ばず、ただ自己顕示を繰り返せば、魂は汚れ、退化します。
犯罪者が反省せず、刑の執行を受けた時、《死刑》どう成るか?

肉体は滅びるが、魂は野放しに成り、同じような魂レベルの者に憑依し、悪事が繰り返すのである。
此れを、信じようが信じまいが自由ですが、確実に現在進行して居るのです。

その証拠に、近年の異常犯罪の増加が見られる事は、皆さんもご存知のはずです。
そして、その闇は、確実に広がりを見せております。
いつ自分に降り掛かって来ても、おかしく無いのです。

私は、宗教をやりなさいとは言いません。
正しい信仰心を持つ事を、勧めて居るのです。

信仰心は、誰でも持つ事が出来ます。
お金も要りません。
必要なのは、真摯に學ぶ心と、學ぶ為の行動力だけなのです。

では、どうやって學ぶか?
理性的に判断すれば良いのです。
妥協せず、探し求める時、必ず導きの力が働きます。
自身の中に、引きこもって居ては、學びも解決の糸口も現れません。

一歩を踏み出すのは、あなたなのです。

密教は科学

密教は、科学である。

計算し尽くされた心霊科学と私は、捉えて居る。
ただ現在の科学では、捉えきれて居ないだけである。

科学にも法則がある様に、密教は科学が成立する前から、法則を解き明かして居るのである。

全ての事象には、因縁があり起きる事象にも因縁があります。
因、縁、果、全て法則なのです。

例えば、川は高きから低きに流れ海に注ぎ込む、此処にも法則があります。
山の中の水が川に成りますが、山がなければ川は、存在しません。
山の地中にある、栄養素が川に溶け栄養素を蓄えた水が海に流れ込み海となります。
そして海の動植物が生まれ育ちます、

此れも全て法則なのです。
誰も真相を知ろうとし無いから、密教は、科学されません。

私は、密教の発展の為と皆さんのしあわせを考える時、一日も早く科学で解き明かして頂きたいと切望して居ります。

御大師様は、優秀な科学者であった事は、歴史的事実であります。
知らない人は、《興味が無い、宗教に科学はいらないと考える不思議ちゃんだと考えます》
科学は、未だ到達を知らず、解ら無い事だらけが、現在の科学である。

真摯に學び、何故、何を解明しようとする時、扉は開きます。
しかし、このまま解明もせず精神論のみに費やせば、衰退しやがてとも倒れに成り兼ねません。

御大師様が残された密教は、人を導き、このみこのまま幸福へといざなう教えなのです。
私は、生ある限り、密教塾にて密教の教えと実践法を説いて参ります。

密教

世界には、様々な教えが存在し、修行法も様々に存在しますが、共通の認識は、神仏を尊ぶ文化である。

歪められ歪曲される時、其処に神仏は存在し無い。
神仏は、活かしても殺す行為を否定します。

また、我だけを信じよ、我だけが神である、などとは言わない。
我だけを信じ崇めよと言う神仏は低級霊に思考を奪われた人間だけである。

人類の歴史上最も、残虐で、愚かな出来事は、宗教戦争である。
どの宗教を信じ様が、どの神仏を信じ様が全て自由である。
他の人が信じるものを誹謗中傷する必要も暇も私には無い。
私は、自分が信じる道を行くだけである。

私の寺は、単立寺院でありどんな制約も受け無い。
また、信徒、信者の勧誘もして居ない。
来る者は拒まず、去る者は追わずが基本理念である。

人の欲は、食う食える、稼ぐ儲かるに始まるが、食にこだわらず、可もなく不可もなしに生きる時、欲など、どうでも良く成る。

自分が居ることに氣づくで有ろう。
食にこだわろうと衣にこだわろうと、住にこだわろうと、消費する量などたかが知れたものである。

象でも自分の量を知っている、どんな動物でも自分の量を超えて欲することは無い。
本当のしあわせとは、量を知り、わきまえ満足を知る事にある。

餓鬼に堕ちた亡者には、未来永劫足るを知るまで、苦しみが続くのである。

仏心、邪心

人間には、必ず大我な自分、小我な自分が存在します。

大我とは、正に仏心である。
理性で物事を捉え、自分は勘定に入れず他が為に考え、他が為に生き、他が為に活動し、他が為に生涯を投じた。
そんな人を一人存じ上げている。

皆様もご存知であろう。
マザーテレサである。
マザーは、今世紀最大の霊能者であり、霊界の御使者なのです。

私達が持つ、神我、大我を目覚めさせる為に御出でになったのです。

私も含め、全ての宗教家はマザーテレサを見習い、霊的真理に目覚めるべきである。

小我な自分を捨て、大我に目覚めた時、真実の光が導き出されます。
今こそ私達は、目覚める時です。

全ての宗教の壁を乗り越えて、学ぶ時ではないでしょうか?
宗教は一本の根から始まり、沢山の教えを産み出して参りました。
沢山の先人の知恵が溢れた、宗教を捨てる必要はありません。

しかし、原点も知らず盲目的に従い、信じる事が正しいでしょうか?
まず、自分の五体を駆使して、探すことも学びではないでしょうか。

簡単な事です。
自分の心に、問うてみる事です。
必ずや、道が見えて来ます。




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by kongousan-akafudo | 2018-10-08 12:00 | ├密教の世界

密教893 加持祈祷の種類

ある信徒さんから、『祈祷は願いが違うだけで、拝み方は同じに見えるのですがどうなのでしょう?』と言う質問がありました。
此処では詳しくは書けませんが、概略を申し上げれば全て違います。
正しく言えば、人間の悩みの数、苦しみの数と同じだけ存在します。
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当院には、秘密加持祈祷法が全てと言って良いほど揃って居ります。
しかし、此処で写真や詳しい説明文を載せる事は出来ません。
【悪用、模倣を避ける為】
但しこの後、密教塾では詳しく説明致します。

簡単な説明を加えるなれば、医師にもそれぞれ専門分野がある様に、病気や悩み事にも様々な状況があり、単一的に対処する事が難しいのである。
従って、様々な悩み苦しみを、各界のお力をお借りする事になるのである。
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何故、様々な状況に対応できるのか。
例えば、過去世の問題であれば、降三世明王尊。
誹謗中傷問題であれば、摩利支天尊のように、専門的なお願いの仕方があるのです。

全ては密教秘法であり、素人が手出しすればとんでもない結果になる。
絶対に見よう見真似でやってはいけません。

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by kongousan-akafudo | 2018-10-08 06:00 | ◎赤不動明王院通信