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2018年 08月 06日 ( 1 )

密教845 私の祈祷遍歴⑤

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物への執着は、時として恐ろしい結果をもたらす事から多々あります。

今日は、その一例を紹介して参ります。

私達が便利に使って居る車が、あなたを不幸の淵に招いたとしたら、あなたはどう対処されますか?

私が奉職して居る頃は、車はまだまだ高嶺の花でした。
ある日、真面目そうな人が『交通安全の祈祷をして欲しい』とお申込みされたので、私が御祈祷を担当する事になりました。

車を見ると、中に誰かが乗って居る。
そこで、『降りて祈祷を一緒に受けて下さい』と言うと、依頼者が『あのー、私一人ですが』と、怪訝そうに言うのである。
それ以上を言うのを控えましたが、確かに運転席に女性が座って居たのです。

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私は、普通の祈祷を済ませてから、依頼者に言いました。
『もし車に乗って居て、意思と関係の無い動きをする様であれば、もう一度来て下さい』
依頼者は不機嫌になり、それ以上の事は話す事も出来ませんでした。

それからしばらくして、1本の電話がありました。
私は後悔しました。
それは、以前に交通安全祈願をした依頼者からの電話だったのである。

今は怪我で入院中であるという。
怪我の原因は、ドライブ中の崖からの転落である。
幸い途中の棚で止まり、大事には至らずに済んだ。
また、後ろから来て居た車の人が警察に通報してくれたので、九死に一生を得たのである。
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私が後悔した理由。
それは、彼が祈祷依頼をした時、どんなに怪訝そうであっても伝え、中の者を祓えば良かったと考えたからである。

今は単立寺院の院主である。
それゆえ、依頼者が怪訝な態度を取ろうが、事実は事実とハッキリ告げ、嫌ならお帰り頂ける立場にある。

この事例は、誰にでも起こりうる事例なのです。
何故ならば、彼は中古車ではなく、展示車両を購入して居たのである。

私は、同じ様な事例を何度も経験して居るから言える。
一方的に、その物を自分の物であるか如く執着し、他人が取得した場合は取られたと解釈する。
そして、執着を募らせる者が存在するのである。
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例えば、アイドルを自分の恋人と思い込む者も同類と言えよう。
全ては、度を越した執着心の現れである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2018-08-06 06:00 | ◎赤不動明王院通信