動物や虫に至るまで、危険を察知する能力は存在して居る。
例えば蟻などは、雨が降る前に巣穴を塞ぎ雨の侵入を防ぐ様に、事前に危険を察知して居るのである。
然るに、人間は如何であろう。
ほとんどの人は無防備なのが現実であり、其れも仕方がない事かも知れませんが全ての防備を外し、御気楽とも言える精神構造で良いのだろうか?
例えば天変地異、食糧危機、経済崩壊、パンデミック、果たしてこれらは本当に自然発生したものであろうか。
疑問である。
自然発生したのであれば霊的対処も可能だが、人為的かつ作為的で有れば悪魔の所業であり、先ずは個々が立ち上がり声を上げて阻止する事が成道である。
其れすらもせずに事が起きた時に慌てふためいても、後の祭り同様に取り返しのつかない事態に陥って居るのである。
本来、大和民族には「日本人」、優れた察知力が内在して居るが、平和ボケと御気楽さが邪魔をして本来の能力が発揮出来ない状態にある。
此れを打破して自らの能力で現実を知ろうとしなければ、近い将来に於いて涙で知る事に成るのである。
その刻が来れば私が言う意味を知る事に成るであろうが、そうは成って欲しくは無いのである。
雪深い地域に生息するカマキリなどは、子孫「卵」を守るために来年の積雪量を察知し卵を産む高さを変えて居るのである。
そろそろ、目を醒ましませんか?
まだ時間は、少し残っています。
声を挙げ団結して悪政を正さねば、終焉は避けられません。
気狂い坊主の戯言と一蹴される方は、ご自由にされるが良かろう。
敢えて、反論も致しません。
但しその日その刻が来た時、あなたは見放され後悔しても救いの御手は差し伸べられません。
何もせず傍観する事は、あちら側に賛成した事と同じだからである。
賛成か反対か意思を示す事に意義があり、其れすら曖昧で有れば何も考えて居ない事に成るのである。