涅槃経に曰く、福の神とは吉祥天であり、貧乏神とは黒闇天である。
一般の人には難しい表現は避けて、分かり易く説明させて頂きます。
その昔、ある家に一人の美女が一夜の宿を頼みに参りました。見るからに綺麗な着物を着て、高貴な香の匂い漂う美女である。
主人は笑顔で迎え入れ、歓待します。
暫くして、また戸を叩き一夜の宿を求める声がするので、主人は喜び戸を開けると身なりは貧しく身体中にできものに侵された不美人だったので、断りました。
すると、不美人は言いました。
あなたは、哀れな人ですね。
せっかく来た幸運も、これで終わりです。
先に来た吉祥天は私の姉であり、妹が断られれば姉も去るのが道理、これであなたは全てを失ったのであると言い、二人は去って行ったのである。
その後、家は絶え全てが終わりを告げたのである。
霊的視点から視れば様々な試練、苦難は學びであり、幸運、幸せはご褒美に過ぎないのである。
人間は元来怠惰な存在であり、試練と苦難ばかりでは生きる事をも拒否してしまう存在であるから、幸運を混ぜ生きる意欲を持たせて居ると言えよう。
福の神を招きたいのであれば、貧乏神をも嫌わない心が大切である。
全てを望めば欲に囚われ、己が分を知り學びに生きれば報われ、無気力に成れば両方を失うであろう。
人間は足る事を知る事で成長する生き物であり、足るを知らず我欲に生きれば、地獄を味わう事と成るのである。
起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半、正に余分な物は不要と云う意味である。
真の學びは、この世のどんな宝より高貴であり、得難い宝である。
この世の害毒に身を置き委ね、氣付けば地獄の真っ只中では余りにも情け無い生き様では無いであろうか。
一刻も早く心の地獄から這い出し、真を學び覚醒する事にこそ、生まれて来た甲斐があるのでは無いだろうか。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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