この方の過去を視ると、社会と関わりを持ちたく無い意味が解りました。
幼い頃はイジメに合い、青年期も好きな人に裏切られ、ようやく結婚してこれからしあわせに生きられると思いきや奥さんは他に男を作り家出、仕事場ではイジメに遭い職場を変えては転々とする状況でした。
自分は何をやっても駄目な人間だと自暴自棄に成り、自殺も考えたが出来無かった。
その後は無気力に成り、生活費を稼ぐ為に働き誰とも関わらなければ悲しい思いもし無いで済むと、強く思う様になったのである。
死因は亡くなってから時間が経ち過ぎて、検死では病死だが酒を飲みながら死んで行ったのである。
従って、死んだ自覚が本人には無いのである。
死んだ今も彼にとっては、いつも通りの生活なのである。
私の経験上で言えば引き取り手の無い遺骨は、市が引き取り納骨堂に安置します。
その場合には当然、葬儀も何も有りません。
正に死を自覚する要素が、何も無い状態なのである。
これも仕方ない事なのである。
身内が居ても引き取れない事情がある。
何故か?
その一つの要因は、お金である。
孤独死や自殺の場合、身元が判明するまで遺体の搬送、保管【冷凍】を市の委託を得た業者が行い、身元が判明し遺族が引き取りを承諾した時点で、必要経費が遺族に請求されるのである。
その費用は、だいたい百万円位に成る事があります。
従って、引き取り手が拒否する事も少なく無いのである。
死しても孤独な彼は、自覚も無いままにアパートの一室に居るしか無かったのである。
私は時間を掛け説得し、ようやく納得した彼の霊を密教の供養法で、霊界に帰幽して頂きました。
昨今の独居老人や老夫婦だけの生活、もしも自分の親ならば電話の一本や安否確認はするべきでは無いだろうか?
今後の日本では、孤独死が増えるかもしれません。
私はお勧めします。
家族、友達、知り合いを増やしなるべく孤独環境を改善して下さい。
そして、正しい死への認識も學んで頂きたい。
死は、怖いものでは無い。
知らないから、怖いのである。
正しい學びは、自らを豊かにする薬である。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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