人気ブログランキング | 話題のタグを見る
<< 赤不動明王尊に関する密教ブログ 密教1600 心霊体験【自分に... >>

密教1601 學べる喜び

人間は、自然の内で最も弱い一本の葦に過ぎない。
しかし、それは考える葦である。
上記は、私の好きな言葉の一つであります。
人間は様々な場面で考え選択し実行に移して来た事で、成長を覚え発展して来ました。
その影には、多くの失敗と挫折も同時に味わい経験して来たのであります。
失敗を恐れる余り手を出せ無くとも、いつかは越えねばならない事も存在します。
密教1601 學べる喜び_e0392772_19555298.jpg
弱い一本の葦であっても束に成り連なれば、立派な道具として珍重されるのである。
人間で最も愚かな行為は、考える事を放棄する事と私は考えます。
どんなに困難な事で在ろうが、考え工夫し努力を重ねる事で克服する事が出来るのである。
始めから諦めてしまう人は、終点を先に見ようとするからである。
本当の終点は、積み重ねの後に現れるもの。
積み重ねもせずには、終点どころか折り返し点さえ見える筈など無いのである。
全ての道筋にそれぞれの學びが存在し、積み重ねる事に依り理解が進み重ね重ねて行く道に、それぞれの答えを見い出し終点に近づくのである。
言わば人生は學びであり、一歩一歩踏み締める様に歩み進む事で、本質の理解が進み學びの喜びが得られると私は考えます。
人生の終点は、否応無しに誰にでも訪れます。
しかし、どう迎えるかは解りません。
しかし、これだけは言えます。
學んだ人生と學び無き人生には、大きな差が生じその差を死後、自らが埋めて行かねばならないのである。
後悔は生ありて覚えるもの、死しての後悔は後悔に在らず。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2020-11-28 06:00 | ◎赤不動明王院通信
<< 赤不動明王尊に関する密教ブログ 密教1600 心霊体験【自分に... >>