水子とは、幼くして亡くなった子達や流産、中絶に依りこの世を観る事が出来無かった幼き子達を、供養する事である。
私の長女も、幼くして亡くなりました。
親に取っては、我が身に替えても助けてやりたかった思いは、何方でも同じで在ろう。
私の脳裏には数十年経った今でも鮮明に愛しい我が子の全てが、焼き付いて居ります。
この世の御役目が終わり帰れば、逢える我が子達、抱きしめてやりたい。
未だ御役目の最中にある身、叶わぬ思いと知りつつも愛おしさは拭えない。
生きとし生けるものの魂は、死後も永遠に不滅である。
この世に残りし者の勤めは、逝った者に対して恥じぬ生き方をする事である。
そして、心配を掛けない生き方をする事と、私は考えて居る。
当院にてお祀りさせて頂いて居る地蔵菩薩尊【1メートル以上の銅製】日々、浮かばれ無かった幼き魂の浄化を願い、読経させて頂いて居ります。
幼き魂は今でも親を思い、親の無事を祈り願って居る姿は、涙を誘います。
幼き魂は親を怨んだりせずに、我が身が悪いからいけないのだと思い、お母さんごめんなさいと泣いて居るのである。
水子霊の祟りなど、有りません。
あるのは、子が親を慕う思いだけである。
成れば親として、子に勤めを果たすは人の道、親の自覚がある成れば、線香の一本でも手向けるのが親の道、人の道では無いだろうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-29239828"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/29239828\/","__csrf_value":"e84ed01eb20e5b1125c2f02a4f4292c2af678da8e35ee9fc4e7979f06d0c0eb701a5da3cd79f0ee3dd4cd37e61bbb22796f1b4fb2b32653edb15549695d29e5b"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">