ある親子の悲劇は、突然に襲って来た。
その日の朝、娘さんは自転車に乗りいつも通り職場に向かったはずであった。
しかし向かったのは、家から自転車で15分位のビルの屋上である。
そして、飛び降りたのである。
警察からの知らせに母は動転しながらも、警察署に急いだ。
警察では、動転して居る母親を落ち着かせ、事情聴取が行われた。
しかし、母親には思い当たる節が無いのである。
あると言えば当日の朝、娘さんが言った言葉だけである。
その言葉とは、ありがとうであった。
母は何時も娘の為にお弁当を作って居たが、その日はいらないと言うので作らなかったのに、変な子だねとしか思わなかった。
警察では、遺書も無く判断に困ったが自殺と断定した。
その後、親類縁者の手で葬儀はしめやかに執り行われた。
後にはやつれ果てた母が一人、線香を上げる姿があつたと云う。
しかしこの現状を誰も助ける事は、出来なかった。
何故?生前は仲の良い親子が共に連れだって歩く姿を周りの人達は知って居たので、慰め様が無かったのである。
そして、娘さんの葬儀から四十九日が過ぎた日に母は、娘の後を追う様に自殺してしまったのである。
こう成ると親類縁者も困り果て、遺体の引き取りを拒否したのである。
それを知った御近所の方々と友人が、間に入って親類を説得し、葬儀だけは執り行う事と成り私の寺に依頼がありました。
事情をお聞きして私も、無償でお受けする事に致しました。
葬儀はしめやかに進み、涙を誘う場と成り私は精魂込めて勤めさせて頂きました。
その最中、誰かを探して居る様な初老のご婦人が居るので、ふと眼を祭壇に向けると、何と御本人【自殺した母親】だったのである。
私は静かに印を組み真言を唱え供養し、誰にも分からない様に説得をしたのである。
御本人は死んだら娘さんに逢えると思って居たのでしようが、逢えないので探して居たのである。
心中や後追いは、故人に逢えると考えがちですが、特別な例を除き逢う事は出来無いのである。
自殺はどんな理由があるとしても、してはいけない地獄の選択である。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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