人間界に渦巻く、様々な事象の裏を視る者は少ない。
例えば、疫病に侵され【コロナ】亡くなられた方の遺族の悲しみは大きい。
何故か?
入院中の面会もダメ、死後の対面も荼毘に伏す時の立ち会いもダメ、許されるのは遺骨の受け取りだけである。
もし、あなたの大切な人が亡くなり同じ状態に遭遇したら、あなたは耐えられますか?
自殺の場合は、想像を絶する悲しみと現実が容赦なく襲って来るのです。
私は何度も自殺について書いて来ましたが、もっと書いて行きます。
何故か?
自殺の現実を知らないから、自殺に走る人が絶えないと考えるからである。
いくら綺麗事を並べても、自殺は減りません。
自殺を止めるには、事実を知って貰うしか無いのである。
事実を知っても、尚且つ自殺を決行するので有れば、仕方ありません。
苦しんで下さい。
今から書く事は、私が体験して来た事実である。
悲恋の上の自殺
ある若者が、恋愛をした。
二人は相思相愛の様に見えたが、相手が良く無い。
その相手は全てが、遊びだったのである。
それを知らない若者は、燃え上がり夢中に成った。
したたかな者に掛かれば、人生経験の少ない若者は格好の餌食である。
一度は別れたが、再度の誘いに若者は舞い上がり、同棲〜破局まで時間は掛からなかった。
実家に戻った若者は無気力と成り、雪の降る寒い日に首吊り自殺をしてしまった。
実家から数百メートルの場所にある運動場の鉄棒で、発見されたのである。
両親は各方面に謝罪し、疲れ果て多額の費用も必要とされた。
供養を依頼に来られた御両親は、疲れ切って居られました。
悲しみと持ち場の無い怒りその時、私に視えたのは自らの死が分からず、途方に暮れて居る若者の姿である。
死が理解出来無いのも、当然である。
自殺を考えたり、自殺を実行してしまった人の全ては、死後の事など考えても居なかったからである。
しかし死後の現実を知った時、自殺とは何と浅はかな事をしでかしてしまったのかと嘆くのである。
しかし後戻りは不可能であり、死の現実を受け入れるしか無い。
以下は、自殺した人が感じた現実である。
以下、次号に続く

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝