人生は學びの時間、苦しみ悲しみ涙し眠れぬ夜を重ねこれでもかと云う事態に苛まれ、慟哭した日もある。
穴が有ったら、逃げ込みたいと思った日もある。
強い人ばかりでは無い。
私も、その一人である。
過去に妻子を亡くした時、他から言われた言葉に傷つき怒りを覚えた事もある。
【永作さんは強い人だ、自分だったら耐えられない。後追い自殺をするだろう、あなたは強い人だ。】
その人は、私を元気づけ様と思って発した言葉で有ろうが、笑い乍ら言う言葉では無い。
私はじっと耐えたが一人に成った時、泣きました。
愛する者を亡くす悲しみは、耐え難い苦しみと自分も帰りたいと思うのが普通であろう。
その後も大病を患い死の淵を彷徨った事も幾度もあるが、その度に帰還して参りました。
理想と現実は違うが、理想は目標であり現実は目標を達成する為の努力の場であると私は考えます。
自らが生ある内に目標に近づけば最良であり、近づけ無くとも努力を重ねた証は、自らの中に残るのである。
挫折とは放棄であり、解決には程遠い小石を一つ一つ積み上げて行く時、ようやく積み上がると思った瞬間、全てが崩れ去る。
そして諦める事無くまた積み上げて行く作業は、どこか人生と同じ様である。
傲慢に生きる依り謙虚な心で生きる時、本来の自分を取り戻し心の安心を得るものである。
他と自分を比べず、自らを信じ生きる。
そして全ての御役目を終えた時、静かに自らの経験を感動に変え帰幽すれば、賞賛をもって迎え入れられるのであります。
人間界は、檻の無い動物園の様な場所である。
その中で人生を全うし、経験を積み経験を感動に変え帰還する事の素晴らしさ、全ての答えは其処にある。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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