人間は何故生まれ何故死ぬのか、については今までに何度も書いて参りましたが、絶対に選択してはいけないのが自死、自殺である。
敢えて何度も書きますが、自殺は地獄の選択である!
先日、年老いた御夫婦が墓の前で自殺された事を知り衝撃を受けました。
高齢に成りながら何故、地獄の選択をしてしまったのか、悔まれます。
全ての人が霊界の摂理を知り、例え浅學でも良い心の中に落とし込んで居てさえ居れば、悲劇は未然に防ぐ事も出来たのである。
何度でも書きますが、自殺は人生の中退であり逃避である。
逃亡、逃避、逃げは何の解決も生み出す事は無い。
残るのは、後悔だけである事を考えて下さい。
自殺の仕組【メカニズム】、人間は本来生への執着は強いが、 ある引金が元で誤った行動を起こす事がある。
その行動とは、自殺である。
嫌な事、辛い事から逃げたい、振り出しに戻りたい【リセット】人間は機械では無い。
ボタンを押せばリセット出来ると思い考える事は、心がインスタント化して居る証拠である。
死ねば終わる、死んだら無くなる、これに類する言葉は全て嘘、偽りである!
正しくは、生まれ生きる事は自らが望み自らが己れに課した、修行の道である。
【自殺した霊の言葉】
何故、死んだか分からない。
お母さんの所に帰りたい、死んでも意識があるとは誰も言わなかった、死んだら痛みも苦しみも無いと思っていたが、生きて居た時より苦しい、助けて欲しい、死にたい、その他である。
死を知らず死を理解して居ないから、自殺に楽を求めるのである。
私は過去に幾度と無く、死んだ方が楽と思うほどの地獄を味わって来たが、今も生きて居る。
そして、幸福である御仏の道具とさせて頂き、御役目を全うさせて頂ける光栄に浴する我が身はしあわせ者である。
楽あれば苦あり苦あれば楽あり、全ては平等であり御仏はえこひいきなど絶対にしません。
苦は修行、楽は御褒美とわきまえて精進する事が、平等に与えられた使命である。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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