最初に簡単に説明すれば、人間は輪廻転生を繰り返し現界に再度生まれ変わって参ります。
言わば、前世から受け継いだ因縁が有って当然なのであるが、普通の因縁で在れば人生を営む間に自ら因縁解消をして居るのであるが、稀に解消しきれない因縁が存在する事がある。
それが、悪因縁である。
例えば、横変死の因縁【自殺、事故死、殺される】投獄の因縁【様々な原因で投獄される】これを未然に防ぐ事は、素人では難しく不可能に近いで在ろう。
しかし、上記の事が以外に多いのも事実である。
自分は何もして居ないのにと思うであろうが、因縁はそれを解消する為に生まれて来たと言っても、過言では無いであろう。
霊的に言えば、因縁とは學びである。
しかしながらいざ直面した時、解決法の糸口さえ見えず苦しむのが現状である。
密教では大難を小難、小難を無難に変え本来の自分に帰し安心立命に導くのが、密教の教えであります。
とは言え、因縁も知らず単に苦しみの中にあれば当然、悲観的にならざるを得ないであろう。
本来、因縁は自らが解くものでありそれが人生でもある。
しかし、自然に解けるのを待つのは辛く厳しいだが、因縁を知り解く努力を重ねれば、解けるばかりか自らの學びに変えて行けるのである。
あらゆる苦難も因縁も越えて終えば、後は安楽と安心立命の身が残るだけである。
弘法大師空海、曰くこの世で仏と成らずあの世で仏と成って何に成る。
この世で仏となるが、【即身成仏】であると説いておられるのである。
真のしあわせを知らず死しても成仏は難しく死して尚、死後の世界を彷徨い続ける亡者【未浄化霊】に身をやつす事に成らぬ様にするのが、因縁解脱法である。
因縁解脱に関しては様々な法が伝えられて居るが、私は密教の方法論が一番ふに落ちるのである。
人生は學びの場、學び終えて帰る時は物理的な物を持って帰る事は出来無い。
持って帰れるのは、経験を感動に変える事が出来る己れだけなのである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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