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1537 心霊体験【経験と感動】

人間は何故、生まれ生きるのか?
今回は様々な観点から、考えて参りましょう。
人間はたかだか生きても、百年位しか生きられ無い。
現実をあなたは、どう捉えますか?
百年されど百年【敦盛】、人間五十年下天の内にくらぶれば、夢幻の如くなり。
五十年、百年と言っても霊界の時間で言えば一瞬である。
されど、その一瞬を込めて生きる事で何倍にも成るのである。
目標も無くながら的に生きても、目標を定め苦労・苦難を乗り越え生きても同じ、一生に見えるが全く異質な人生なのである。
ながら的に生きた場合、貧乏を嫌い表面的な裕福がしあわせと思い、病気に成れば死を恐れ、安堵の心を見失うで在ろう。
人間の生は、修行を生きるである。
辛い事、苦しい事、悲しい事に修行があり、全てを乗り越えた先にあるのが安堵と達成感である。
良い事は御褒美、苦しみは學びである。
自らが決めた期間【寿命】を全うし帰幽した時、霊界の仲間たちは賞賛を持って迎えてくれるのである。

古い諺に曰く、苦あれば楽あり楽あれば苦あり、楽を追い求めれば苦は最大の試練と成り、己れを苦しめる最大の敵と成る。その逆に苦は己れを磨く試練と捉え立ち向かえば、成長の糧と成りその後の人生は學び多きものと成るのである。
楽を好み苦を嫌おうと全ての人に訪れる苦なれば、自ら向き合い學びに変えて仕舞えば良いのである。
誰も苦の法則から逃れる事は出来無いのが、人間として生まれた者の定めである。
苦は學び多き経験、その経験を感動に変え達観した時点で苦はあなたから離れ、全てが感動に変わるのである。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2020-08-14 06:00 | ◎赤不動明王院通信
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