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密教1535 心霊体験【親と子の関係】

私の元には連日、様々な相談がありますが、以下はその一例で同じ様な悩みを抱えて居る方々の一助に成ればと考え、書き記します。
親の眼から見ればどの子も可愛い存在で在ろうが、幼い頃は良いが大人に成り事の分別も付けられない場合には、親は我が身の無力さを痛感し嘆く他は無い様である。
人間界の眼で捉えれば親は親、子はいつまでも子である。
しかし霊的視点から視れば、親は究極のボランティアであり、子供はそのボランティアを目掛けて降りて来た魂に他なら無いのである。
言わば、子供側からすれば大恩人である。
しかし、人間界はその事実をも忘れ曲解すらする始末である。
そうゆう私達も、御先祖様と云う大恩人を忘れがちでは、無いだろうか?
感謝を忘れた時、私達も同じ過ちを繰り返しては居ないだろうか。

【ある家族の話し】
五十に手が届く息子が年老いた親に金をせびり、親が金を渡さなければ罵声を浴びせ暴力を振るう始末、正に餓鬼である。
他の事例では、娘がある男性を好きに成り同棲、親が娘を叱り、しかし娘は聴く氣は無い。
そして男性との破局の後、上手く行かなかったのは、親の責任と言って親を殺害しようと計画したが、私が未然に防ぎ事無きに至ったがこれ以上、親子の関係を続ける事は不可能と判断し、別々の人生を歩む決断に至った。

正に上記の二例は、子供側の未熟にある。
世の中には親の顔さえ知らずに育った人も、早くに親と死に別れた人も沢山いるのである。
それを考えれば、愚かな行動など出来るはずも無いのであるが、人間は中々他人の境遇と自分を重ねて視る事が難しい様である。
私なども二十歳で親と死別し一人で生きて来たが、今から考えれば多難な人生であったが、親との良い思い出しか浮かばない、今日この頃です。
親は親として子の行く末を案じ、苦言を呈し裏に廻っては様々な心配をし、子のしあわせを願い続けて居るのである。
親と成れば親の立場、子供もいつまでも子供では居られないのが現実世界である。
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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2020-08-09 06:00 | ◎赤不動明王院通信
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