人気ブログランキング | 話題のタグを見る
<< 聖天尊浴油法に関する密教ブログ 密教1527 心霊体験【真理を... >>

密教1528 心霊体験【自殺霊の現状】

私などがよく見る現象に、不成仏霊の存在がある。
不成仏霊と言っても、現実は様々である。
例えば、事件事故に依り亡くなられた方々や病死された方々と様々であるが、自殺霊は上記とは異質である。
何故か?
自分勝手に死を考え自殺した罪は、全て自分に返る結果と成るからである。
私がよく見るのが、自殺霊の姿である。
橋の上や河のほとり、中でも多いのが踏切や駅のホームである。
その姿は、ただぼんやりとたたづみ自分と波長の合う者が来るのを待って居るのです。
自殺しようと考えて居る人の心を視ると、もう嫌だ死にたい死ねるかなの想いが渦巻いている。
その隙間に自殺霊が入り込み、死にたい死ねるかなが死ねるに変貌してしまい、何も考えずに死を実行してしまうのである。
然る後にある霊は、遺族や他の方々の慰霊に依り渋々、霊界へと向かう事に成り、残った自殺霊が新たなる自殺志願者を呼び込む事になるのである。
自殺は、どんな形を取ろうと絶対に後悔する事に成る【例外は無い】。
私が慰霊した自殺霊は、僅かな距離を進むのに八年掛かったと云う。
どんな自殺にも言える事だが、遺族は一度は自殺現場に行き華や線香を手向けるが、二度三度と足を運ぶ事は無い。
何故か?
当然の事乍ら、悲しい思い出を忘れたいからである。
然るに自殺した本人は、死んでも生きている時と同じに痛みを感じ、心の苦しみも消え無い事に困惑して居るのである。
死ねば楽になると信じ、自殺した結果がこれである。
誠に哀れな事だが、もう取り返しがつかないのである。
泣こうが喚こうが誰も氣づかず解ってくれる人も居ない世界、ただ残された道は、自縛霊に成るか浮遊霊に成り憑依を繰り返し堕ちる所まで堕ちるか、反省し光の使者と帰幽するかの道しか残されて居ないのである。
自殺とは、己れが決めた誓いを己れが破り逃げる事である。
しかし死んで驚く事は、死に逃げが出来無い現実が待っている事である。
密教1528 心霊体験【自殺霊の現状】_e0392772_23102926.jpg
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2020-08-02 06:00 | ◎赤不動明王院通信
<< 聖天尊浴油法に関する密教ブログ 密教1527 心霊体験【真理を... >>