過去〜現在に至るまで、未だ自殺者が絶えないのは何故か?
肉体と魂のズレから起こる不安が、原因である。
魂は苦難を乗り越え心を磨く事を望み、喜び経験を感動に変え向上する事を目的として居るのである。
肉体は細胞が望む栄養を欲し、肉体の一部である脳は肉体優先に思考する事に依り、魂と肉体のズレが生じるのである。
しかしそこに精神と云う仲介がある事に依り、魂と肉体の均衡が保たれて居るのである。
自殺者の心理を心理学的に解釈するば、個々に様々な理由付けが出来るで在ろうが、自殺者の行末【霊的見地】を考えれば余りにも短略的としか言えない。
【死を知らねば恐れ、死を知らねば愚行に走る】
今迄に何度も繰り返し書いて来た題材だが、これからも浸透するまで書き続けます。
ある一例で言えば、夫が自殺、残された奥さんと子供達には過酷な現実が待った無しで襲い掛かって来る事を皆さんは、何処までご存知ですか?①警察からの連絡で自殺を知らされ警察署へ出頭する。
②遺体との対面【納体袋に入れられた故人との対面】ショックで、気を失う遺族も珍しく無い。
③担当警察官に依る事情聴取では、様々な質問が浴びせられる。
④遺体検案【検視】料と遺体搬送料を支払う。
⑤自殺者の葬儀は大体が骨葬で営まれる事が多い。
何故か?
死に方に寄っては棺から血液が漏れたり、死に顔が見るに耐えられない形相にある場合があるからである。
⑥葬儀から納骨には、かなりの費用を負担せねばならない。
上記の他に、心意的な傷を遺族は持ち続ける事に成るのである。
自殺は理由如何に関わらず、無責任行動としか言え無い。
私は幾多の慰霊をして参りましたが、何時も案じる事は残された遺族の事である。
生きるとは試練を乗り越え魂を磨く行為であり、試練を乗り越えた先に幸福と云うご褒美が与えられるのである。
苦労は試練、耐えられない試練など始めから存在しないのである。
あなたに愛する人が居るのなら、愛する人の涙が見たいですか。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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