今、世界は疫病の恐怖と経済の立て直しの両面で喘いで居るが、歴史を紐解き考えれば今回が初めてでは無い事に氣づく筈である。そしていつの世も乗り越えて来た原動力は、庶民の我慢と努力が無ければ消滅して居たで在ろう。出ては隠れる疫病の脅威、そして経済の下落、到底個人の力だけでは立ち向かえる事では無いが、人間は愚かでは無い。地道な努力を重ね、必ず立ち直ります。
それを加速させるも遅延させるも、私達の自覚と努力が無ければ成り立たないのである。
自由気ままに生きる権利は誰にでもあるが、一人の無自覚が大勢の人を危険に晒す権利など無い。
自分を律する事が出来るのは、人間だけである。
疫病を拡散させるのも人間なら、疫病を治し防ぐのも人間である。
無自覚な行動は、やがて自らに返って来る。
その時は、数倍に成り返って来るのである。
この摂理は、今も昔も変わり無く続く真理である。
信じるも信じ無いも自由であるが、摂理が変わる事は無い。
人間は自らに痛みを感じ無ければ、理解出来ない存在では無いと私は考えます。
あなたの大切な人を護るのは、あなたしか居ないのである。
【善因善果、悪因悪果、仏果覿面】
何事に於いても原因が有るから結果が有るように、悪しき種を撒けば良い結果など生じず、その結果に泣くのは自分である。
悪しき種の成長は早く、広大な地を悪しき物で覆うのも瞬時である。
選択は自由だが、選択の責任から逃れる事は出来無いのが摂理である。
我慢は一時、傲慢、自分勝手は、カルマ果てるまで続く苦しみを生み出すのである。
自分を律し善を成す者は、例え苦しみに遭おうと霊界はその者を見捨てる事はせず、やがて楽を施すのである。
善を成す者は益々、善を貫けば御仏の加護を受ける事に成るのである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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