密教法具は時代の進化と共に変化と進化を遂げ来たが、科学の発展に依り現在、過去に遡り緻密で流麗な姿に戻りつつある。その昔の法具は、素晴らしい出来だが緻密、流麗がゆえに脆く量産には耐え難い難点があったのである。昔の密教法具は職人が精魂込めた一点物が主であり、密教僧それぞれに行き渡らせる事じたい不可能な物であった。何故か?製作中に破損、鋳造技術、彫金技術、材質の脆さ、様々な要因が重なり合い一点しか作れ無かったのである。
然るに現代では、科学技術がそれを可能にしたのである。
私が好み愛用して居る密教法具は、全て鳴銅製の法具であり、響銅すなわち音魂の具現化である。
音魂とは、音に魂を乗せ何よりも早く音による浄化作用を具現化したものと言えよう。
密教法具は、僧侶にとって欠くべからざる手脚の延長であり、氣の増幅器でもある。
私が過去に幾度と無く命を救われたのも優れた法具のお陰でもある。
優れた法具は持ち手を自ら選び、その真価を遺憾無く発揮し持ち手と一心同体と成り、悪鬼を打ち砕く武器と変わるのである。
今般、私が法具師と共に復元製作したのは、鳴銅鬼面五鈷杵である。
興味がある方は、写真をご覧下さい。
私が所蔵する法具が何故、鬼に由来する物が多いのか?
響銅鬼目独鈷杵、響銅鬼目三鈷杵、響銅鬼面五鈷杵、響銅鬼目金剛鈴、一例である。
人間の身体能力では遠く及ばない力を発揮するには、鬼の腕力、鬼の脚力に次いで鎧の如く強靭な盾と成る身体が必要に成る。
それを補うのが、鬼の法具である。

私が若い頃、山岳修行で用いた法の一つに天狗の法があるが、まだ若い身体が有ったればこその天狗法であり、今あの法を実践すれば私の身体は壊れてしまうで有ろう。
何故か?
武術家であった私の身体が、天狗法に耐えられるだけの身体能力を有して居たからである。
それに引き換え鬼の法は、精神が強固で有れば十分に発揮する事が出来るからである。
それには、優れた法具が要求される事は当然である。
優れた法具は、飾りでは無い実用である。
また優れた法具は、行者の衰えを補い本来の力を増幅する役目も果たしてくれる分身である。
私はこれからも本物を世に出す為にも、研究と研鑽を重ねて参る所存である。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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