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密教1418 何処が沼やら陸やら分からない

現在、日本中を震え上がらせて居る疫病に戦々恐々とする気持ちは、誰しも同じで有ろう。
しかし我々、日本人は過去に様々な疫病に立ち向かい、これを克服して来たのも事実である。
疫病【伝染病】に勝つには、何より智慧と理性が必要である。
現代に於いて、読み書きが出来無い人は皆無で有ろう。
なれば様々な情報を精査し、是が非の判断も当然、出来るはずである。
下らない情報に翻弄され動くは、愚行に等しく沼に自分から入るのと同じと考えます。

例えば、暗闇で沼か陸かも分からない状態で動けば、どうなるか?
そんな時には、朝日が昇るのを待つのが、正しい選択では無いだろうか。
暗闇で無闇に動き廻れば、沼に脚を取られ無駄死にを招くだけである。

例えば、自らが沼に落ちたなら他の人が沼に落ち無い様に、沼の位置を知らせる灯台となり他を助ける行為は、菩薩行に等しいのである。
その逆に、自分が沼に落ちたから他人をも沼に引き込もうとする行為は、地獄行である。 
正に、天地雲泥の差である。
菩薩行を選ぶも地獄行を選ぶも、自由である。
これが本当の意味での、自己責任の原則である。

過去に幾度となく、死界の事について解説して来たが人間は生きた様に死に、生きた様に死後の世界も決められて居るのである。
全ては、信じるも信じまいも自由であるが、結果は同じである。
智慧と理性を重んじ生きる事は、自らをしあわせに導き、我欲に翻弄され欲に生きれば結果は言うまでも無い。
現在、我々が置かれた立場も同じである。
光を灯す者に成るか、沼でもがくか、答えは全ての人に委ねられて居るのである。
我は祈る智慧と理性を重んじる全ての人が、大難は小難、小難は無難へと導かれます様にと、御仏の慈悲は氣づきを得た者に早く作用し氣づかぬ者には、
氣づく迄待つが大慈大悲の法則である。
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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2020-04-13 06:00 | ◎赤不動明王院通信
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