神社仏閣への参拝、氣場【パワースポット】に行く人は多いが自らが行く神社仏閣、氣場の故事来歴を学習してから行く人は少なく、従って作法も知らず参拝しても無意味な結果に終わる事がほとんどで有ろう。
では何故、無意味な結果に成るのか下記にて説明しよう。
例えば御願い事をしに行く時、相手の地位人格も知らずに御願い事を頼みに伺いますか?
先方に伺って挨拶もせずに、その家にヅカヅカ上がり込みますか?
頼み事を言い終わり、自分の都合で帰れますか?
今、様々な御神域で見かける光景が、無礼千万な実情である。
参道を横広がりに歩き、前方から脚の弱い方が来ても道を譲るわけでも無く、互いに喋り続けて居る。
正に行儀から、學び治すべきである。
神社仏閣には、様々な故事来歴が存在する。
参拝する事は良い事であるが、自分に合った神社仏閣や氣場を選択して行く事の方が、有意義な時間を過ごせるのでは無いだろうか。
職業柄では無いが、私は様々な御神域に伺う前に行く場所の故事来歴を現状で知り得る限り學び、その場に失礼が無い様にしてから伺う事に徹して居る。
そのおかげで有ろうが、御神体の御姿を拝見させて頂いた事は多々ある。
中でも、あらがみ【荒神】尊の御姿を拝見させて頂いた時は毎回、感謝と感動を頂いております。
【現在までに体験して、一例】
下界にいながら頂上の御神体を拝観させて頂けた幸運、その日は家内と一緒にある大社にお詣りに伺った折に、私は膝が悪いので山道を上がる事が出来ません。
従って、登山口にて礼拝し失礼をお詫びした瞬間、頂上の景色は疎か御神体の御姿を見せて頂いたのです。
登山経験のある家内にその景色と御神体の話しをしたところ、私が言う景色と情景が同一だったのである。
正に感応の栄誉に、感謝の気持ちでいつぱいでありました。
心通ずる時、神仏は分け隔て無く私達に寄り添って下さるので有ります。
礼を尽くせば礼に救われ、礼を失すれば?である。
南無大日大聖不動明王尊蓮華合掌金剛山赤不動明王院院主 永作優三輝
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