人生の中で何をやっても上手く行かないばかりか、悲惨な出来事が続けて訪れる事もある。そんな時、頭の中をよぎるのは何で自分だけが苦しまなければ行けないのかと、心の中で悲鳴を上げた経験をお持ちの方も少なく無いで有ろう。私とて、例外では無かった。
父母の死、兄弟の死、妻子の死を経験して参りました。
更に事業倒産、次いで身の病、しかし挫け無かったのも事実である。
何故、挫け無かったのか?
私には、幼い頃から霊的能力が有り、それが私を支えてくれたので有ります。
人間は、苦の渦中に居る時、その苦しさに負ける事も多々ある。
そんな時に感じるのが、孤独感と様々な感情の起伏である。
このまま死んだ方が、楽だとも考える事もある。
私は、死を考える人を責める氣は無い。
何故ならば、解るからである。
【自殺を容認する氣は、断じて無い】
上記の様な場合に、冷静に自らを見詰める事など至難の技であろう。
されど、耳を澄ます事くらいは出来る。
私に聞こえた言葉は、自分を信じろと一言頂きました。
私の守護霊からの助言である。
前回も書いたが、守護霊団が居ない人は皆無である。
但し、私欲で守護霊団に助けを求めても何も答えなど頂け無い。
何故ならば、そんな都合の良い存在では、無いからである。
真剣に守護霊の御声を聴きたいと願うので有れば、自らが折衷する努力を重ねる事である。
何もせず得られる答えなど、存在しない。
ある者は信仰ん深め、ある者は修行を極めた結果が交信の機会を与えられるものである。全ては、己が精進に答えが付随するのである。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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