基本的に全ての人は自由であるが、唯一点に於いて自由を履き違えて行っては、いけない事がある。昨今の隠れた心霊流行の中で、霊的な事を學ぶ人が増えた事は歓迎すべき事であるが、流行れば流行るほど其れに便乗した商法も芽を出して来るのも仕方が無いであろう。
しかし、覚えて置いて頂きたい。
意図して虚偽を行えば、被ります。
以下は、私が観て来た実例である。【助けを求める自称、霊能者】過去に数え切れないほどの相談を受けて来て想う事は、霊的事を売りにしたり自称霊能者を演じて来た場合には、必ず後悔が訪れます。その人は、最初の数年は順風満帆に見えましたが、その後突然の病に侵され何件もの病院で診察を受けたが原因不明と診断され、治療を続けたが回復の兆しさえも無く、それだけならまだしも精神までも犯されるまでに追い込まれ、私の寺に助けを求められました。私は、その方に言いました。
直ちに、全ての心霊業務を辞めなさい。
この意味が分かりますかと聴いたが、本人は辞めたら生活が出来無く成るので先生の力で何とかして下さいと頼まれたが、お断り致しました。
何故か?
この場は回避したとしても、上記の問題は何度でも繰り返し襲って来るからである。
言わば、本質的な問題である【霊的無知】。
解り易く言えば、人間でも同じだが優しい人、厳しい人、頑固な人が居る様に、全ての人と上手く付き合えますか?
霊の世界は、もっと複雑怪奇と言わざるを得ないのである。
それを浅學非才の身を持って行えば、如何なる結果が降り掛かって来ても自業自得である。
しかし、どうしてもこの道で生きたいと志すので有れば、寝る間も惜しみ學びを極める事をお勧めします。
學びは一点に非ず、川の水が海に集まる様に様々な智識を身に付けてからでも、霊的な事は遅くは無いのである。
全ては霊が起すに非ず、自らが撒いた種に過ぎない。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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