私達は日々、生活する中で良い事も悪い事も様々に経験して参ります。その過程で泣き笑いを繰り返し乍ら、人間性を高めて行くのである。
しかしその泣き笑いの中でも、原因結果の法則は働いて居るのである。
そして通常生活以外の出来事で言えば、次の事象に遭遇する事も少なく無い。
以下実例。
例えば事件、事故、事件、病気、その他の事象には、必ずと言って良いほど予兆があります。
予兆とは、発生後に冷静に成り考えれば、どなたでもお解りに成るで有ろう。
あの時に、あの場所で、行くか行かぬか迷い決めてしまった。または、今日はやめておこうと思ったのに行ってしまった。
気乗りが、しなかった。 不吉な予感が、有ったなどなどである。
上記を冷静に分析する時、科学的に考えれば原因結果で片付くであろう。
では何処から、その意識は発生したのであろう。以上を心霊學的に解釈した場合には予兆、即ち霊的声明【メッセージ】なのである。例えば子供が危ないと感じた時、親が静止する様に守護霊団が警告を発して居るのである。それなら、解る様に教えてくれたら良いのにと云う考え方をする人が居るとしたら、それは間違えであり短略思考と言わざるを得ない。何故ならば自分に都合の良い事は、信じるが都合の悪い事は、信じ無いと云う事と同じだからである。【守護霊団が全てを指揮し人生の舵を切った時点で、本人の人生では無く守護霊団の人生に変わってしまうからである。】つまらぬ欲を捨て無垢な心に戻り、心眼を開き視る時、其処に視える景色は真実の景色である。
本当の予兆とは、本来の目的を遂行する為に隔たりや妨害を避けさせる為に下された杖である。諺に曰く、転ばぬ先の杖、転びたくて転ぶ者は居ないが、氣を付ける事が第一前提である。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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