私が出家した頃は、まだ僧侶が全てを取り仕切り、葬儀一切を営んで居た時代は、師僧の指導に基づき丁重に湯灌【お風呂】で清め、様々な段取りを整え懐かしいお布団にお休み頂くのであります。私の師僧は、正に達人と言える人でした。
死後硬直を解き、顔の表情さえも安らかにお戻し出来る僧侶で有ります。
私も師僧から技術と心得を學んだおかげで、この時も実践出来たのであります。
御依頼を受けた亡骸は、悔しさと恐怖に顔が歪み御遺族の言われる様に参列者に対面して頂くには、哀れな様相でした。
私は薬湯を仕立て御遺体に湯灌を施し、作法通り湯灌を終了したのです。
それから、大切な御顔の段取りである【復顔作法は模倣の恐れがあるので割愛します】。
生前の優しい御顔になられた後に、遺族のお母様に御化粧をして頂いた時、亡くなられた方の眼から涙がこぼれたので有ります。
お母様は涙を流し、私にお聞きに成りました。
この子は、喜んでくれたのですか。
そうです。
家に帰れた喜びと、帰幽する事を納得されたのであります。
その後の葬儀では、参列者の方々からこんな言葉が聞かれました。
【安らかな死に顔で安心した。綺麗な顔だったね、きっと天国に行けるねと、涙乍らに話しておられました】
私には、まだ最後の御勤めがあります。
死者へ、引導を渡さねば成りません。
上記の様に亡くなられた方は、自然死で亡くなられた方より悔しさと悲しさが強く現界に未練が残り易いので、供養にも別法を修法せねば成りません。
別法とは、死者を納得させ帰幽して貰う法である。
具体的な事は、模倣を招くので割愛します。
私は、危惧します。
霊安室に眠る方々に、真の供養法を施して差し上げ無ければその後の魂は、彷徨い兼ねないのである。
普通に亡くなられた方でも、迷う方が増えて居るのです。
今、求められて居るのは、私達が真に學び霊的理解を深める事である。
やがて私達も、例外無く死を迎える瞬間が訪れるのである。
その時に驚き狼狽しない為にも、必要なのが學びなのです。
【不思議思考は真に學ぶ者には、不必要であり邪魔にしかならない】
理想は學びを深めた方々が、真摯に霊と向き合い現界から身浄化霊を成仏させられる世界の実現である。それが私達にとっても、最良の道だと考える次第である。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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