上記は葉隠【葉隠聞書】の一説であるが、私は密教祈祷僧として上記の意味を以下の様に捉えて居る。命を惜しむな名を惜しめの名を誇りと捉えて居る。
人生の中で様々な決断をしなければならない時は、誰にでも一度や二度は経験するであろう。
しかし、越えられ無い山は有りません。
泣いても良い、悔しさに身を震わせても良い、但し自分を否定してはいけない。
どんなに苦しい事でも、必ず終わりがあるのです。自分にとって良い事も悪い事も必ず終わりが来るのである。
以下は、選択してはいけない事を選択した青年の実話である。彼を知る友人達は、葬儀の席で私に話してくれました。彼は大学卒業後ある大手の会社に就職が決まり、その時は皆で祝い喜びを語りあったそうである。
それから一年が過ぎた頃、彼の様子が変わったそうである。明るかった彼が無口に成り歓談して居ても一人何かを考え込んで居る様子で元気が無かったと云う。
それから暫くして彼の訃報を知り皆が駆けつけ彼の亡骸に涙し私に教えてくれたのである。
遺書めいたものは無かったが彼が残した走り書きにただ一言、疲れたと書かれていました。
彼は人けの無い場所を選び、首吊り自殺をしてしまったのである。
そして葬儀が終わった数日後、故人の友人の依頼を受けて私は自殺現場に向かった。
何故彼の友人達が私に依頼して来たのかは、次の通りである。
友人達は自殺した者が自殺現場から離れられないと云う事を様々な情報で知り、それでは余りにも可哀想だと考え友人どうしで話し合い結果、
私に依頼して来たのである。
その日私は、彼等を集め守護法を施した。
自殺現場は、必ずしも安全では無いからである。
自殺現場に選ばれる場所は、独特な障氣が漂って居る場合がある。
それから、彼等を護らねばならない。
【当然、彼等には上記の事は説明済みであるが、誰一人として怖がる者は居ない。それどころか早く行くべき所に行かせて上げたいと云う気持ちが、
彼等を動かして居たのである】
現場に到着後すぐに霊視をしたところ、やはりたたずむ彼が居る。
そして他にも居た、まず慰霊の為に読経を開始する。
以下は、次回にお話し致します。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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