この世に生きとし生けるもので、先祖が居無いものは存在しない。人間を始め草木に至るまで、御先祖の存在があればこそ存在して居るのである。その中でも人間には、理性と智慧を育む力が備わって居るのは、御先祖様が有ったればこそであります。【我が身は祖先有ったればこその我が身である】
その御先祖様を敬い御仏を尊ぶ心と行い【供養】は、我が身を供養する事に繋がるのである。供養とは読んで字の如く、供え養う心の現れであり、心は行動に現れるのであります。【貧者の一灯】その昔、お釈迦様を尊ぶ王様【阿闍世王】が宮殿から祇園精舎に続く道に【お釈迦様の帰り道】、万灯を灯し供養をされました。其処に一人の貧乏な老女も灯明を捧げ様と自らが持って居る僅かな銭を使い、一灯をともしたところ王様が捧げた灯明は消えたり油が尽きたりしましたが、 貧しい老女が灯した灯明は、終夜消えなかったと伝えられております。【長者の万灯より貧者の一灯】貧しい人の誠意のこもった供養は、金持ちの虚栄で飾った供養より勝るとも劣らないと言う教えであります。春彼岸を目前に控えた今、先祖を想い供養とは、何かを考える良い機会では、無いでしょうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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