人間は、万物の霊長と言われ乍ら未だ邪気邪心を持つ者が何故、絶えないのか。それは、理性のかけらも無い間違った欲に翻弄されて居るからに他なりません。
何故、間違った欲に翻弄されるのか?
それは、他と自分を比較対照し自分が優位なら満足し、劣って居ると錯覚すれば妬み嫉みの気持ちが増大し、邪気邪心が頭をもたげる。
誠に物資的価値観の現れである。
本来、人間に優劣など無い。 皆、個々に素敵で素晴らしい個性を持ち、自分の人生を懸命に生きて居るのだから競争に例えるならば、皆、代表選手なのである。
人生の路線が、違って居て当然なのである。
同じ路線など始めから存在せず、それを比較対照する事、事態愚かな事なのである。私の友人で、有名な刀匠に二人の息子が居る。二人とも好青年であり、一人は会社員で立派な社会人として大成して居る。一人は、父の反対を押し切り月山鍛冶に入門し、刀鍛冶の道を選んだ。
父親は何故、自分と同じ刀匠の道を選んだ息子を喜ば無かったのか。
それは、辛く険しい道だったからである。
現在、刀匠の道一本で生計が立って居る人は、極少数である。
息子は月山で十年以上修行し帰郷後、父の元で技に磨きを掛け、その後、刀匠として最高峰の賞【内閣総理大臣賞】を獲得したのである。
正に、修行の賜物である。
その後、父の跡を継ぎ立派な刀匠として活躍して居る。
自分の人生は、自分で選び掴むもの苦しみを乗り越えた先に自分の答えが待っている。
それぞれの道、素敵で素晴らしいではありませんか。 つまらない邪心邪心に捉われ、人生を無駄に浪費しては勿体ないと思いませんか。
誰にでも輝く道は、用意されて居るのです。出来る出来無い、向き不向き、才能のある無しは、一歩を踏み出す勇気と持続する忍耐力の前では、不必要な感情に他ならないのである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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