問題の部屋で一応の話しを聞き終わり、問題の核心に迫った私は、家族立ち会いの上で結論を言う前に仏壇横の戸棚を開ける許可を家族全員に頂いた。【私は、戸棚の中身は誰からも聴いて居ない事は、言うまでも無い】戸棚の中には、数体の遺骨が安置されて居た。事情を聞くと両親、妻、子供さんの遺骨だと言うのである。
埋葬許可書を見せて頂き確認したが、間違え無くその通りであった。
何故、墓に埋葬しなかったかは、そのお宅の自由なので言及は致しません。
しかし乍ら願い事の対象にしては、いけません。
前回にも言った様に亡くなられた方々は、供養対象であり願意を込める対象では無いのである。
亡くなられた方々には、供養心と敬いの心が必要なのである。
私は、家族を諭し今後は、一切の願い事をし無い様にして礼拝供養する事をお勧めして、ねんごろに供養させて頂きました。その後、異常現象は無くなり家族は安心して暮らして居ると、連絡を頂きました。私は、一日も早く遺骨を埋葬する様にお勧めしました。
それから数年後【信徒さんからの話しで判明】一家は離散、家族は散り散りばらばら長女はめちゃくちゃな生活をして居るので、信徒さんが注意すると
罵声を浴びせられたと言う。一家は、私の供養の後しばらくは、私が言った事を守って居た様だが、時が経つに連れ忘れ元の様にやって居たと言う。
どんなに周りが心配しようと、教え導こうと努力しても本人達に自覚と決意が無い場合には、それを助ける手立ては無く、逆に罵声を浴びせて来るのが現実である。私も様々な事に遭遇して来た中で言える事は、来るものは拒まず去るものは追わずが良い様である。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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