遠い過去に私が見た母の笑顔は、忘れられ無い宝物である。誰にでも、経験がある筈である。例え記憶に無くとも、今、自分があるのは母の胎内に居たからに他ならない。十月十日、母の胎内に宿り母は、未だ見ぬ我が子に笑顔で接して居たのである。子供は母の胎内の中からでも、母の声・母の笑顔は見て居るのです。
小さな我が子を憎いと思う母は、皆無で有ろう。 自分も、母の胎内に居たのだから。笑顔、微笑みは、しあわせを呼び寄せやがて宝物に成る。
幸不幸は比べるものでは、無い小さなしあわせこそ真のしあわせである。母の恩は海より深く、父の恩は山より高い、子供は成長し大人に成り、親と成る。大人とは、大きな人と書き、親とは、高い木の上から見る、【子供を見守る】人間とは、段階を経て成長と変化を繰り返し、笑顔の尊さを知るのである。
子供の成長を喜ば無い親は、居ないで有ろう。
子供が成長し満面の笑顔で居る事を望ま無い親は居ない様に、子供は一人では大きく成れません。
大きく成るとは、身体の成長だけを指すのでは無い。
善悪の分別、知恵から智慧を身につけ理性を持つ者に育て上げるのも、親の使命である。
親は究極のボランティア、命の救済者と私は、捉えて居る。

笑顔の素晴らしさを教えるのも親の役目であり、子供のしあわせを願う親の姿です。
正に総論で言えば笑顔は、万物を救い育てる最良のオーラなのである。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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