犯罪者を客観的に見れば、許す事が出来無い存在である。総論で犯罪を捉えれば、社会の外敵である。裁判では心神耗弱状態であったとか取り沙汰されるが、各論で言えば犯罪を犯した者が正常な訳が無いのである。
しかし乍ら、昨今の犯罪事情は異常である。
今日のニュースで高齢の女性が、ハンマーのような鈍器で頭を殴打される事件が発生した。
正に狂気の沙汰としか、言いようが無い。
私達は、ともすれば過去の事件事故を忘れがちだが、どの事件も他人事では無い。
何故か?
いつなんどき自分が巻き込まれるか、判らない。
また巻き込まれる訳が無いと言った、不確かな根拠は存在し無いのである。
此処で考えて貰いたい。
如何に、愛する人と自分を護るかである。
家族や愛する人と真剣に対処法を考え、話題にするだけでも無防備から警戒心が芽生え、普段の行動も変わって来るのである。
正に、心構えの変化である。
武術の世界では、殺気を感じ取る為に修行を重ねます。
警戒心があるのと無防備では、受ける衝撃にも大きな差が生まれます。
また、霊的観点から犯罪者を捉えた場合、ほとんどが憑依の可能性がある【可能であるならば犯罪者一人ひとりを霊査、霊視する事が出来れば証明する事も
不可能では無い】。
悪霊の憑依は、どの様にして起きるのか?
それはその者が持つ悪想念の波長が、悪霊と同じ周波数に成った場合に必然的に起きる現象である。
従って呼び寄せたも、同然なのである。
例えば、普段から悪想念を抱き馬鹿な妄想に耽り心を汚し続ければ当然、良い霊は離れ闇を形成するのである。
正に、因果応報の結果と言える。

但し、ひとたび悪霊に憑依を許せば、尋常一憂には解けるものでは無い。場合に寄っては、終生離れ無い事もざらでは無い。そして死後は、仲間として取り込まれ未来永劫に渡り、憑依を繰り返す存在に成る場合が、多々見受けられる。悪意とは、他にとっても己れにとっても百害あって一利なしの想念である【正心を持って學び智慧と理性を育む者は幸いである】。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-28821541"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/28821541\/","__csrf_value":"8c51eb4162d2bec3cdeb98282463fa7fa4914455a3ed554a253d0751cd0939f34de9a0abf0cf06a6c66e67c178f84fd2e3be5a3675640b08149dfb395ac26c21"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">