人間は極限に立たされた時、自らの中で様々な葛藤に苦しみ、ある者は絶望し、ある者は最後の戦いに挑む。今般、私も癌を発症し五時間の手術の末に生還した。大腸癌と肝臓癌である。
そして生還した現在、手術前より氣は高まり充実して居る私は、戦いを挑むより折衷する事を選択した。
どんな事にでも言える事だが、始めから対決姿勢を示す事は、得策とは言い難い。
何故ならば、対決姿勢に調和は望め無いからである。
【宣戦布告】争いは、悲しみしか産まないからである。
個人の体内に置き換えて考えても、同じである。
【病気】氣の病いである。
不調和、不協和の結果では、無いだろうか。
長年の蓄積や身体からの悲鳴に似た、危険信号なのである。
私事だが、身体からの危険信号にもっと早く私が氣付いて居れば、身体を切り刻む事も避けられたかも知れ無いと思えば、反省しか無い。また、上記以外の避けられ無い病いは、愛の學びと捉え俯瞰し學びに特化する時、必ずや答えはもたらされます。
悲観、絶望からは、何事も好転しない。 折衷し達観する努力を続ければ、得られない答えは無い。
私は今回の入院で、様々な事を學ばさせて頂いた。
一例を挙げれば、病院側のミスに依り、私の上に起きた事である。
下手をすれば手術延期に迄、発展する事態で有った。
それは、薬剤師のミスに依る投薬遅れが原因であった。
その結果、私は手術当日の数時間前まで苦しむ結果に成ったが、手術は無事成功し今日がある。
その後も二度も投薬ミスが有ったが、私は霊的能力で未然に回避し事なきを得たが、決して怒りはしなかった。
薬剤師、看護師長、医師が謝罪をしに病室に来られたが、私は言った。
私で、良かったと。
私で無ければ他の人が苦しむ結果と成り、最悪の事態にも成り兼ねないからである。
人間は間違えを犯す者、大切なのは反省し、二度と間違えを犯さない事である。
その後の私の入院生活は、入れ替わり立ち替わり看護師さん達の相談で、賑わいを呈した【苦笑】。
あるデータで言えば、人間の緊張感は最大で四十分が限界であり、それ以上は持たないと言う。
ダラダラするのでは無く、良い緊張感を持続させる事が良い。相田みつを氏の言葉を引用させて頂けば【人間だもの】である。私の医学的治療はこれからも続くが、良い人達との縁もまた開け、しあわせである。私に残された命を今迄以上に昇華させ、私に救いを求める方々の為にまだまだ頑張ります。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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